Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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ヘイお待ちー。戦闘回だから比較的すらすら書けたという謎。
今回はランサーVSアヴェンジャー。またまた暴れてもらいました。神秘の隠匿?ナニソレオイシイノ(´・ω・`)?


第二十四話・凶星狂獣

「ふむ…………討伐令、か」

 

 冬木ハイアットホテル上層階。スイートルームにてケイネス・エルメロイ・アーチボルトはソファーに腰掛け考えを巡らせていた。考え込んでいたのはやはり昼頃に通達された討伐令。ケイネスは数時間も費やし、この討伐令について考えていたのだ。

 

「教会が何かを企んでいることは間違いない。問題はこれに私が乗るべきか……」

 

 意図は不明だが、不自然な討伐令から教会側が何かを企んでいることまでは推測できた。しかも報酬に令呪まで使ってだ。これはかなり不可解だとケイネスは小さなため息を吐き、グラスに注がれた紅茶を啜って一度喉を潤した。

 

 討伐令は怪しい。しかし報酬は令呪。リスクに見合ったリターンなのだから、乗ってもいいかも知れない。しかしリスクが中々高い。何せ討伐には多数の陣営が集まってくるのだ。漁夫の利を狙い、アヴェンジャー以外の陣営を狙い輩が出ないとは限らない。流石の大英雄たるランサーでも、同格の英霊が複数相手では勝機は薄くなる。

 

 だからこそケイネスは判断を渋っていた。より確実な勝利と栄光を得るためにはどうすればいいのか。

 

 凡そ数時間考え込んでも今だ答えは出ない。ケイネスはもう一度ため息を吐いてソファーの背もたれに背を預けて窓の外の景色を見た。気分転換にと見てはみたが、心境は何も変わらない。

 

「……これは聖杯戦争、か」

 

 既存の魔術師同士の戦いとはまた違う。サーヴァントという超常存在を使った闘争。指揮官たるマスターが一歩間違えれば全てが崩れ去るデスゲーム。負けは許されない。許されるのは常勝必勝。

 常に勝ち続ける――――それがどれほど難しい物か、以前のケイネスならば「簡単なことだ」と笑っていただろう。しかしこの聖杯戦争で幾度なる想定外に出会ったことでその思考は根本から折られている。自身の常識が通用しない以上、生半可な知略と知謀ではこの戦争は勝ち抜けない。

 

 より慎重に。より安全に。だが完璧な安全などこの聖杯戦争には存在しない。何時狙われても可笑しくない状況かなのだから。つまり、驕った者から落ちていく。ならばケイネスとて慎重にならざるを得ない。

 

 何より、この場所に自身の婚約者である――――

 

 

「――――ケイネス、少しいいかしら」

 

 

 ケイネスの物でもランサーの物でもない声が聞こえる。それは第三者の声だった。

 

 奥の寝室から出てきたのはケイネスの婚約者であり、時計塔の降霊科学部長の地位を歴任するソフィアリ家の息女――――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。燃えるような赤髪を揺らせ、しかしながらその居住まいは凛冽な氷を思わせるような美女だ。歳の頃はケイネスよりやや若く、少女期を終えたばかりの瑞々しさを誇っている。

 

 そんな彼女はやや失望の混じった声音でケイネスへと言葉を投げた。その視線もどこか鋭い物がある。

 

「……なんだね、ソラウ。ディナーならばもう少し後だが?」

「違うわ。……ケイネス、貴方何時までこんな所で引け腰になっているつもりなの? しかも何日も私を部屋から出さずに。これは少し問題なのではなくて?」

「いやしかし、私はお前を危険に――――」

「私の事を想ってくれるのは有り難いわ。でもね、本当にそうならこんな辺境で行われている下らない戦争なんかとっとと終わらせて! もう耐え切れないわ! 幾ら付き添いとはいえ、これじゃ私が貴方についてきた意味なんてないじゃない! こんな事ならロンドンから出てこなければよかった……!」

「ソラウ…………」

 

 人間、何時までも外とのつながりを強制的に断たれて一つの部屋に押し込まれていたらヒステリーも起こす。これに関してはケイネスの采配ミスと言えるだろう。彼はソラウの身の安全を重要視するばかりで、彼女の感情の動きを見ていなかった。

 

 それでも、ケイネスがソラウの事を大切に思っているのは事実だった。あくまでケイネスが魔術師ゆえに、人の感情と言う物に無頓着なだけであっただけで。

 

「どうせあなたも私のことを『道具』としてか見ていないのでしょう? 自分の家の品格を上げるための政略結婚の道具! お父様もそうだった。私はいつも兄様の予備にしか見られず、愛情なんてこれっぽっちも注がれなかった! そうよ、私は誰にも愛されない。一生道具として――――」

「――――っと、そこまでだぜソフィアリの嬢ちゃん。自虐も度が過ぎると周囲の人間を傷つける」

 

 ポンと、ソラウの肩に手が乗せられた。それは背後から霊体化を解いて現れたランサーの物。

 突然の事に驚き、ソラウは台詞を止めて肩に置かれた手を振り払いながら、ランサーへと敵意に満ちた視線を送る。淑女の体に軽々しく触れないで、というメッセージも込みで。

 

 ランサーはそんな視線を受け取り「やれやれ」と肩をすくめた。まるで子供の背伸びを見る大人の様だ。

 

「ま、何時までも閉鎖された場所に閉じ込められてストレス溜まってんのはわかるけどな、それを人にぶつけるのはどうかと思うぜ? それに、マスターもマスターだ。たまには婚約者さんの心境も察して、一緒に外に出かけてデートでもして来いよ。何時までも気を張り詰めていちゃ、何時かへばるぜ?」

「ランサー! 貴方には関係ないでしょう! 口を出さないでちょうだい!」

「いーや、関係あるね。マスターの不調は俺の不調だ。一緒に戦争潜り抜ける仲なんだ。『調子が悪かった』なんて理由で戦いの中で全力を出せずそのままくたばるなんぞ、俺は御免だぜ」

「っ…………」

 

 少しだけドスの効いた声音がソラウに刺さる。今は戦時、片方が不調では生き残ることはできない状況の中第三者がそれを引き起こすなどランサーが許さない。命を預け合う状態なのだ。痴話喧嘩が原因で死ぬなど戦士として迎えたくはない死因だろう。

 

 大英雄の鋭い視線を受けたソラウは一気に頭がクールダウンし、深いため息を吐きながらソファーへと腰掛ける。やはり軟禁染みた状態で色々溜まっているのか。

 

「……すまないソラウ。私はどうやら、君の気持ちを尊重して居なかった様だ。心から謝罪しよう」

「こちらこそ。少しだけ気が高ぶり過ぎたわ。ランサーがいなかったらどうなっていたことやら……。少しは早いけど、食事にしましょう」

「おー、良い提案だ。嫌なことがあったら、美味い飯でも食ってぱーっと忘れちまえ!」

「下品な言葉ね、全く……」

 

 色々ありながらも、ランサーの介在により内部分裂は回避できた様だ。溜まっていた物を吐き出したおかげか、ソラウの表情も幾分か晴れている。ケイネスはかなり複雑そうな表情ではあったが。

 

 そんな中、ケイネスはソラウに聞かれない様に念話でランサーへと問いかける。

 

 婚約者に内緒で、一体何を話そうとしているんだ? とランサーは首を傾ながら己のマスターの言葉を最後まで聞き届けた。その内容は、何とも答え難い物であったが。

 

『ランサー、私は……ソラウと上手くやれるのだろうか』

『……はぁ?』

『私は魔術師だ。魔術師だからこそ、人の心を理解しにくい。そんな男が、どうすれば『家庭』と言う物を築き上げられるのか、心配になってな。……フッ、らしくないと笑うか?』

『…………そうだなぁ。ケイネス、一度お前さんの気持ちを嬢ちゃんにぶつけりゃどうだ?』

『何?』

 

 答えを返しながら、ランサーは小さく苦笑を浮かべた。

 

『一応聞いておくがお前、自分の気持ちを嬢ちゃんに伝えたことないだろ?』

『それは……言われてみれば、確かに』

『だったら正面から向き合って言いやがれ。『俺はお前の事を女として愛してる!』ってな。あの嬢ちゃんの言葉を聞いた限り、嬢ちゃんはお前のことを誤解してる。行動で示すのも大事だが、偶には言葉で伝えるのも大事なんだぜ? ――――功績ばかりに目が向いてると、いずれ身内に手をかける羽目になるからな』

『……すまない、ランサー』

『ハッ、いーってことよ。んじゃ俺は屋上で警戒を――――』

 

 

 ――――瞬間、ランサーの目が限界まで見開かれた。

 

 

「ケイネス! 伏せやがれ!!」

「ッ――――!? ソラウ!」

「何、ケイネ――――きゃあっ!?!?」

 

 

 ランサーが一瞬で臨戦態勢へと移り、同時にケイネスは近くに居たソラウを庇うようにして伏せた。

 

 外の景色が一望できるガラス張りの向こうから見えたのは――――『死』。

 

 黒い魔力で構成された、空を貫くほど巨大な漆黒に光る剣を掲げてこちらへと突撃してくるアルトリアの姿だった。悍ましいほどの濁り切った魔力。貫かれた空は混沌の気を帯び、虚無より黒く輝く、狂気や災厄その者を凝り固めた様な魔剣は空を裂きながら――――今、振り下ろされる。

 

 

「『鏖殺するは(エクスカリバー)ァァァァァァァッ――――!!」

「『抉り穿つ(ゲイ)――――ッ!!」

 

 

 それと並行してランサーが握りしめた赤槍が呪気を纏いだした。だがそれだけでは無い。ランサーはルーン魔術により己の体に限界を越えた強化を施し、細胞組織を崩壊させるほどの力を凝縮している。しかし肉体が崩れることは無い。ルーン魔術により強引な再生でそれを留めているのだから。

 

 肉体的限界を突破した全力投擲。放たれるは一軍を即殺する魔槍。途方もない苦痛を受けながら、アイルランドの大英雄は渾身の一撃を凶星の一撃へと投擲した――――

 

 

「――――卑王の剣(ヴォーティガ)』ァァァァアアァァァァァァァアアァァンッッ!!!!」

「――――鏖殺の槍(ボルク)』ゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!」

 

 

 絶対必中の魔槍と災厄の魔剣が衝突する。

 

 

 この日、冬木ハイアットホテルは謎の爆発により避難勧告をするのだった。

 何が起こっているのかも、把握出来ず。

 

 

 

 

 

 ガラガラと崩れたホテルの一部が音を立てて剥がれ落ち、床を転がる。

 大量の粉塵が舞い上がる中、平然と何事も無かったかのように立っている二つの影。二人はそれぞれの得物の切っ先を相手に突きつけ、視線で威嚇し合っている。

 

 ギリギリのタイミングで衝撃と飛び散る破片を魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』で弾き、自身と婚約者であるソラウを守り通したケイネスは水銀の膜越しにその修羅場を見ていた。

 

 見ているだけで肺が押しつぶされるような圧迫感。間近でサーヴァント同士の戦闘を見たことが無いからこそ初めて感じる『恐怖』。想像を絶する超常存在がぶつかるという天災を目の前にして、自身が天才であると自負していたケイネスは恐らく人生で初めて『無力感』と言う物を体感する。

 

 自分が介入した所で何も変わらない。もうすでに此処は彼らの戦場。今の自分にできることは、ランサーの補佐のみ。それを理解して歯噛みしながらも、ケイネスは両腕に抱えたソラウの状態を確かめる。

 

「ソラウ、無事か……?」

「ケイ、ネス……? 一体、何が…………」

「……やはり、君を連れてくるべきでは無かった。二度目の謝罪をしよう。私は己のエゴで、君を危険に晒してしまった。挙句『危険にさらしたくない』と言う理由で、君の意思を無視した。聖杯戦争に参加している時点で、危険では無い場所などどこにもないというのにな。全く、私は馬鹿な男だよ……」

「何を、言っているのケイネス……? どうして今、そんなことを……」

「今だけは眠っていてくれ、ソラウ。――――明日には全て終わっている」

「待っ――――」

 

 微笑を浮かべて、ケイネスはソラウへと催眠魔術をかけて眠らせた。こんな光景を彼女に見せるわけにはいかない、と。

 眠ったことにより力なくぐったりとしているソラウを床に横たわらせたケイネスは一度深く息を吐き、ランサーの方へと振り返る。その表情に笑みはあったが、何時にもなく『余裕』と言う物が無い。当然だ、今ここにマスターという足枷が存在して居るのだから。全力で戦うには、ケイネス達の存在は『邪魔』としか言えない。

 

 今ケイネスに要求されているのは『一刻も早くこの場から離脱すること』だ。だが敵に狙われている以上それは容易では無い。しかし――――その奇跡(願い)を実現できる物が、彼の右腕には存在している。

 

 令呪という存在が。

 

 

「令呪を以て命じる――――ランサー、私たちが無事逃げられるまで『絶対』に敵をこちらに近づかせるな!」

「ヘッ――――言われなくともわかってるっつーの!」

 

 

 ケイネスの右手の甲から一つの文様が書き消える。

 同時にランサーの体を赤い光が軽く包み込み、一瞬で霧散した。それは令呪の効果がランサーに働いた事を意味する。これでランサーは令呪という膨大な魔力の後押しで、敵をケイネスへと近づかせない様に行動するだろう。

 

 ――――準備は整った。

 

 令呪を使用して数秒後、ケイネスは『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の膜を瞬時に解除し、変形。水銀の上に乗り、触手を足代わり生やした四足歩行形態にして逃走を開始した。

 

「逃がすかッ!」

「テメェの相手は俺だぜ騎士王さんよ!」

 

 それを逃がさんと追いかけようとするアルトリアだったが、令呪の効果もあって敏捷値に後押しを受けたランサーがその道を阻む。互いに敏捷値は同じくA++。ならば令呪を使って若干だがステータスが向上しているランサーの方が早いのは道理。

 

 小さく舌打ちをし、アルトリアは足を止めず駆けだした速度を乗せて魔剣を振るった。ランサーもほぼ同じタイミングで槍を横薙ぎに振るう。衝突して生じる巨大な花火。周囲の埃が吹き飛ぶほどの衝撃波を生じさせながら、両者は十秒も満たない時間の中数十もの攻撃を交わし合う。

 

 豪快にして美麗。大胆にして繊細。

 

 生涯をかけて研磨した技術のぶつかり合いは言わば天然の輪舞曲(ロンド)。刃は空気を裂いて鳴き、刀身はぶつかり合って震えを木霊させる。剣戟の奏でる音が夜空へと反響し空しく散る様は一つの劇の様。

 

 人知を超えた戦いを背に、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』に乗っているケイネスは崩れて外が丸見えになっている壁からソラウを抱えたまま飛び出した。無論、彼の身にはパラシュートや命綱など存在しない。そんな物が無いにもかかわらず宙に飛び出すなど自殺行為同然。

 

 が、自殺する気など彼には微塵たりとも存在していない。

 

 ケイネスはすぐに『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』に命令し、パラグライダー状(・・・・・・・・)に変形させた。液体だからこそできる自由変形。重力軽減の魔術も併用し、ケイネスは即席の飛行用具を作り出せて見せたのだった。

 

 魔術師たちの総本部たる時計塔でも『天才』と謳われたのは伊達では無いという事か。

 

「後は任せたぞ、ランサー。このロード・エルメロイのサーヴァントなのだ、敗北は許さんぞ!」

 

 マスターとしての命令を最後に言い残し、ケイネスは自身に不可視化の魔術をかけて景色から掻き消えた。

 これで、ようやくランサーは周りを気にせず戦える。

 

 ランサーは攻撃の手を一旦止めて後退しアルトリアと距離を取った。一度状態を仕切り直す目論見だ。アルトリアも下手に追撃することなくランサーと距離を置き、呼吸を整える。しかし警戒は解かない。油断すれば、その瞬間がこの戦いの終了の合図だから。

 

「……ハッ、初めて戦った時より随分殺気が大人しいな。怖気づいたか?」

「戯言を。戦いの時に呑気におしゃべりするとは、ついに気でも狂ったか? ランサー」

「俺を仕留め損ねた奴がよく言うぜ」

「邪魔が入らねば殺せていたがな?」

 

 嫌味たっぷりな会話を交わしながら、二人は己の魔力を高めていく。

 発揮するのは紛れも無い全力。アルトリアはその超高密度の魔力を肌から放出し、攻防一体の宝具『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を起動。黒い霧状の魔力が彼女の武具として発現する。ランサーもまた纏う魔力の禍々しさを跳ね上げ、『切り札』の発動準備を行っていた。

 

 漂う空気はさながらニトログリセリン。触れれば爆発しかねないほどの圧力が周囲の空間を染め上げる。ただ立っているだけで瓦礫や埃が吹き飛んでいくほどに。

 

 そして何の偶然か、二人の間にある空間に大きめの瓦礫が落ちて――――埃を大きく巻き上げた。

 

 ――――合図が鳴った。

 

「行くぞ、ランサーッ!!」

 

 黒い霧が魔剣を包み、一つの巨剣を形成する。触れるだけで身を犯しそうな毒々しい色を放ちながら、アルトリアは魔力放出と『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を併用し銃弾染みた爆発的な加速を得て、ランサーへと突貫する。

 初速で既に音速を突破し、生じた衝撃波で瓦礫が粉々になった。その速度がいかにすさまじいか理解できる現象である。

 

 しかし――――ランサーは不動。更に槍すら地面に刺して手放している。

 

 戦闘を放棄した? 否、あり得ない。戦闘狂であるランサーがそんなことするはずがない。持前の直感で嫌な物を感じ取ったアルトリアは更に(・・)速度を速めた。何かが起こるのならば、起こる前に叩き斬る。単純にして効果的なその方法を全力で実行し、アルトリアは『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』で作り上げた剣を振り上げた。

 

 当たれば致命傷は確実。黒き凶刃はランサーの肉体を一閃して――――

 

 

 

 

「全種解放……加減は無しだ。絶望に挑むがいい――――『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)』!!」

 

 

 

 

 言葉と共に魔力の爆風が紡がれた。赤熱した空気がランサーへと突撃するアルトリアの頬を撫で、同時にその異形を目に焼き付ける。

 

 具現化したのは『鎧』。紅と黒を織り交ぜた様な禍々しく悍ましいほど恐怖を掻き立てる『魔物』がそこには顕現していた。一目見ただけで『攻撃的』と、『必ず相手を殺す』と伝わるような威風。骨で作られた全身鎧は、まさしく『怪物』だった。

 

 その骨の持ち主はクー・フーリンの持つ魔槍ゲイボルクの素材になった紅海の覇者、波濤の獣、クリードとその宿敵コインヘンの代物。その骨はクー・フーリンの怒りと共に形成され、纏った者の力を遥かに引き上げながらその殺意を増していく。

 ただし弱点はある。この鎧を纏っている以上ランサーの自慢の槍は使用不能となる。槍が無い以上リーチを生かした戦いは不可能となる。――――だが、それ以上に利点もまた存在していた。

 

 それは、この鎧を装着すれば耐久が1ランクアップ、筋力をEXまでランクアップさせる破格の効果。槍は使用できなくなったが、対価として近接戦では敵なしの攻撃力と防御力を手に入れたのだ。そのステータス、筋力EX、耐久B+。敏捷は変わらずA++だが、十二分すぎるほどの脅威なのは不変。

 ギリシャ神話の大英雄、ヘラクレスと正面から殴り合える地力を手に入れたクー・フーリン。その赤黒く変色した双眸で、彼は自らに迫ってくるアルトリアを睨みつける。それだけでアルトリアの直感が悲鳴を上げた。「避けないと死ぬ」、と。

 

 

 

 

「――――ウォォォオオ゛ォオ゛ォオォォォォオォォアァァァア゛アアァァァアア゛アァアアァァアアァァア゛アァ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!」

 

 

 

 

 狂獣の如き咆哮。ランサーは音だけで崩壊寸前だったスイートルーム全体に罅を入れ、爆発にも似た現象を引き起こす。ただ叫んだだけ(・・・・・)でこれだ。最早人の領域を軽く超えている。

 

 アルトリアは見た。筋肉が伸びきって千切れるのではないかというほど引かれた右腕を。拳と一体化した五つの赤き爪が赤黒い魔力を纏う瞬間を。見ただけで理解させられる。――――アレを受ければこの世で最も残虐な死が待っていると第六感が訴える。だが回避するのは不可能。魔力放出で強引に軌道を変えるにも――――もう遅すぎる。

 

 ならばできることは一つだけ。

 

 

(あの一撃を――――防ぎ切る!!!)

 

 

 ランサーが爆ぜたように右手を振り上げた。又下から脳天まで斬り裂くような一閃。四つの赤い爪が空間を抉る様に繰り出される。空気を、音を、万物を裂きながら異音を轟かせ――――その一撃はランサーの眼前に存在してした全てを抉り取った(・・・・・)

 スイートルームの床は勿論、射線上に存在していた数キロ向こうにある人の住まなくなった廃ビルの上部が爪で引っ掻いたような形の傷が生じ、跡形も無く吹き飛んだ。凄まじい破壊音が数キロ離れているにもかかわらずけたたましく届いてくる。

 

 しかし、ランサーが求めていたのはそんな結果では無い。敵が死んだというただ一つの真実を求め、ランサーは敵の死骸を探すため周囲に目線を走らせる。が――――そんな物は、無い。

 

「ッ――――まさか!!」

 

 嫌な予感を感じ、それに従ってランサーは真上を見上げた。

 

 そこには空へと伸びる魔剣を構えた死神が浮いていた。己の一撃から逃れ、剰えそれを利用し視界の外へと逃れ出た怪物が。濁っても尚未だ熱を灯す碧眼が、暗闇で仄かに輝く。

 

 あの一瞬――――アルトリアはランサーの振り上げに合わせて跳躍。爪に剣の刃を当て、超常の衝撃を受け流しながら(・・・・・・・)空へと飛んだ。それがあの攻撃の唯一の回避方法であり、反撃に移るための行動。一歩違えればそのまま死んでいただろうが、アルトリアは賭けに勝った。

 

 今度はこちらの番だ。

 

 

「我が敵を喰らい尽くせ、災厄の極光!! ――――『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガ)』ァァァァァァァァンッッ!!!」

 

 

 アルトリアは真下へ向かって魔剣の極光を放った。崩壊寸前のビル諸共ランサーを消し飛ばすために。

 

 森羅万象を呑み焼く厄災の光が刃となってランサーへと迫る。無論、ランサーとてただでそんな物を喰らうほど阿呆では無い。彼はアルトリアを認識した時点で回避は不可能と断じ、その両手に可能な限りの魔力を凝縮していた。練り上げるのは、極光を削る狂獣の死牙。

 

 

 

「噛み砕けぇぇぇぇええぇぇえェェエエェエエ゛エ゛エエェエ゛エエエエエェェェッッ!!!!」

「呑み込めぇぇぇぇぇええぇぇエエエェェェエエ゛エエェェェエ゛エ゛エエエェェッッ!!!!」

 

 

 

 八つの紅き爪が唸り、漆黒の極光とぶつかる。

 

 莫大な神秘の衝突。規格外の筋力とその一歩手前の敏捷を噛み合わせて繰り出した至高の一撃と、遍く全てを消し去る星の災害。そんな物がぶつかれば一体どんなことが起こるのだろうか。きっとそれは誰にもわからない。

 確かなのは――――戦っているこの場所がただでは済まない事。そして『目立たない』という言葉が一番似合わない現象が起こる事は、確かだった。

 

 

 

 謎の光と共に冬木ハイアットホテルは見事に真っ二つになり、そのまま左右に倒壊した。

 

 

 

 後に『ガス爆発による謎現象』と処理されたとかなんとか。

 ……自棄になっていないか聖堂教会。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 謎の轟音と光が夜闇を裂く。

 それを見てアルフェリアは内心の焦りを加速させる。もう始まってしまったのか、と。

 

「ハク、もっと急いで!」

『わ、わかっています! しかし……』

 

 アルフェリアは現在他の皆(ただしマスターたちやルーラー除く)と共に竜の背に乗って移動していた。竜はその図体と比べ飛ぶ速度は戦闘機並だ。小さな街程度の移動ならば数分かからず移動できるだろう。

 

 だが、それは『制限』が無ければの話だ。

 

 白銀の竜――――ハクは今限りなく力を弱めている。それは世界の裏側に引きずり込まれることを最小限にするためであり、下手を打てばまた裏側に戻りかねないからだ。そんな細心の注意を払わねばならない状態で高速飛行などできるはずもないし、また地上に居る一般人に見られないためにも低速飛行を強いられているのだ。

 

 低速と言っても時速300Kmは越えているのだが。

 

「いっそ冬木市全体に催眠魔術を……」

『物騒なこと言わないでくださいアルフェリア様!?』

「姉上、心配なら俺たちが先に向かえばいいんじゃないか? 霊体化して移動した方がいいだろ」

「私もそれに賛成です、アルフェリア。この場所では空を飛ぶより地上を使った方が早いかかと思われます」

「ま、私は隠蔽魔術使いながら魔力の翼で飛べるんだけど」

「私としてもそちらの方がやりやすいのだがね」

「確かにそうかもしれないけど……」

 

 連れて行ける戦力は完璧であるべきだ。今回は失敗など絶対に許されない。何せアヴェンジャーを――――アルトリアを保護するのだから。

 たださえ『ある道具(・・・・)』を作り出すために何時間も費やしたのだから、失敗などして見ろ。きっとアルフェリアは半狂乱で冬木を破壊しようとするだろう。当り前だが、正面からそれを止められるものなど存在しない。魔力が切れるまでこの生きる災害は暴れ続ける。それは自他共に防がねばならない。

 

 それに、下手に先行させて返り討ちに遭う可能性だった否定できない――――

 

 

「探したぞ? キャスターよ」

 

 

 その声を聞いた瞬間、アルフェリアの背筋に嫌な物が走る。

 

「ハク! 回避!」

『――――!?』

 

 ハクが身を翻すと先程まで飛んでいた場所を無数の武器が撃ち抜いた。一つ一つが濃密な神秘の気配を漂わせる代物。全てが宝具。そんな物を無数に用意し、尚且つ遠慮なく撃ち出す(・・・・)サーヴァントなど、二人しか存在しない。

 そしてそのうち一人はこちら側に居る。ならばその正体は、自然と一つへ絞られる。

 

 アルフェリアが上空を見上げれば、暗い空に存在するには余りにも眩しく異色な黄金の舟が遊泳していた。どう見ても空を飛ぶために創られたようなシルエットでは無いのにも関わらず、航空力学や重力などの物理法則を無視したようにそれは浮かんでいた。

 更にその舟に上には黄金の玉座が存在し――――そこには一人の男が不敵な笑みを浮かべて座っていた。

 

 ――――人類最古の英雄王、ギルガメッシュ。

 

 彼は『天翔ける王の御座(ヴィマーナ)』と呼ばれる、古代インドの二大叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」に登場する飛行装置に乗っていた。黄金とエメラルドで形成された空飛ぶ舟。水銀を燃料とする太陽水晶によって太陽エネルギーを発生させ駆動する現代の飛行装置とは似ても似つかないオーバーテクノロジーの産物である。

 

 玉座に腰掛けていたギルガメッシュは己の宝具の射出を避けられたことに感嘆しながら、ヴィマーナをハクの傍へと近づかせ停泊する。先程の攻撃は挨拶代わりとでもいうつもりなのか。

 

「我の挨拶は気に入ってくれたか? キャスターよ。見事に避けられてしまったがな」

 

 どうやら挨拶のつもりだった様だ。

 

 アルフェリアはギルガメッシュの存在に心底頭を悩ましながら、引き攣った笑顔で彼を睨みつけた。何せこんなタイミングで狙ったような登場をしてくれたのだから。正直これ以上ないほどイラついている。

 

「……どういうつもり? ギルガメッシュ。私の邪魔をする気? これから大事な用事があるのだけれど」

「それは貴様の都合だろう。我には関係無い。この我が貴様に用事があると告げたのだから、こちらを優先するのは当然の理。故に、少々我の遊戯に付き合うがいい、キャスター」

「……………………(ピギピギ)」

 

 額に青筋が浮かんでいた。たださえ今は心に余裕がないというのに、意図しているのかしていないのかは知らないがこの男は狙いすましたかのようにその余裕の無さを突いてくる。大事な要件があるのに途中で割り込んで邪魔した挙句「自分優先」と堂々と宣言したのだ。最早清々しすぎて笑いすら込み上げてくる。

 ただの傲慢野郎だったのならばアルフェリアは一蹴出来ていただろう。が、相手は人類最古の英雄王。そんなことが軽くできれば苦労はしない。

 

 厄介な性格の実力者がどれほど面倒くさい存在なのか、この男と一度ぶつかるだけでよく理解できるだろう。

 

「オーケー、オーケー。で、何の用?」

「我と戦うがいい、キャスター。我は貴様の外見は認めたが、未だ実力(中身)は測っておらん。故に『試す』のだ。誰にも邪魔されぬ一心不乱の闘争を以てな!」

「……ああ、うん。今ようやく理解した。ホント、早く気が付いておけばよかった」

 

 感情の消えた笑みが浮かぶ。

 この瞬間、アルフェリアにあった『スイッチ』が切り替わった。一切の慈悲無く相手を殺害する『殺戮機械(キリングマシーン)』へと変貌したのだ。既にその内面は温厚な彼女では無く、蛮族を虐殺しつくしてきた冷酷な戦女神のソレへと変えたのだ。――――目の前に居る男を『全身全霊で屠る敵』と認めて。

 

 一騎当千を凌駕する伝説(アルフェリア)の纏う空気が一瞬にして鉛のように鈍重な物になる。味方であり、家族である円卓の騎士でさえ『恐怖』という感情を抱かずにはいられないほどの圧力。

 

「――――一日目(最初)から殺しに行けばよかったって、後悔してるよ」

「クッ、ハハハハハハッ!! ……そうだ、それでこそ我が認めた女! そこの雑種共、引け。此処からは神話の領域(・・・・・)だ。死にたくなければ下がるがいい」

「んなっ……!」

 

 モードレッドが反論しようとするが、それは行われなかった。アルフェリアが彼女の肩を掴み、後ろへ下がらせたのだ。『来るな』と言うかのように。

 

「あ、姉上……どうして…………!?」

「――――アルトリアを追いかけて。今ならまだ間に合う」

「でも!」

「お願い。……今のあの子には、『止めてくれる人』が必要だから」

 

 そう言ってモードレッドの頭を撫でるアルフェリア。微かに残った慈愛の心を注ぎながら――――自身とミルフェルージュ以外の者を風の壁で突き落とした。落ちた時、傷がつかない様にその体に風のクッションを纏わせて。

 

「姉上ぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

「……ごめんね」

 

 最後に謝罪の言葉を告げて、冷徹な心になり切ったアルフェリアは再度上空に居るギルガメッシュへと視線を移す。恐らく召喚されて初めて行う、自分の全てを使った『全力戦闘』。その相手はあの英雄王。手加減は許されない。

 

「ミルフェルージュ。剣に戻って」

「はいはい。……無茶しないでよ」

「可能な限り善処はするよ」

 

 赤い剣がアルフェリアの左手に収まる。同時に右手に黄金の剣が実体化し、赤と黄金の二刀流スタイルがここに完成する。生前から使い続けた相棒たちが手に馴染む感覚を玩味しながら、その切っ先を黄金の王へと突き出す。

 両者の間に流れる静かな風。不気味なほど冷たく鋭い風は――――ほんの一瞬だけその勢いを強めた。

 

 それが、合図となった。

 

「行くぞ、英雄王。――――私をそこらの木っ端と一緒にしないでよね!!」

「来るがいい、救国の聖女。――――精々足掻いて見せるのだな、この英雄王の前で!!」

 

 無数の黄金の波紋が天に広がり、数多の宝具が夜空を覆う。

 

 深淵の広がる虚構の孔が地に広がり、虚無の絨毯が街を覆う。

 

 

 

 此処に新たな神話が生まれ始めた。

 

 

 

 

 

 




今回の被害
・冬木ハイアットホテル全壊+倒壊で破損した道路等々

真っ二つにぶった切られて左右に倒れちゃってますから、ケリィのデモリッション以上に凄まじい被害になってます。けど人的被害は出ていません。人 的 被 害 は 出 て い ま せ ん(大事なことなので(ry

そして始まる(スペックが)チートVS(アイテムが)チート。果たして冬木市は生き残れるか!? 次回をお楽しみにィ!!

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