Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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ハイ、遅くなって申し訳ありませんでした。最近マジで調子が悪いです。
暫く執筆活動を休止するかもしれません。ご迷惑をおかけしますが、ご了承下さい。

追記
台詞追加しました。


第二十二話・物語の胎動

 頭が痛い。目覚めてから俺が思ったのはそんな小さな物だった。

 重い瞼を開けると、見慣れた自室の天井が見える。しかし非常に視界が朦朧しており、かなり意識が泥酔しているのが分かる。体もいつにも増して重い。

 

「俺は……一体……」

 

 痛む頭を押さえながら、俺は上体を起こそうとする。

 が、それは突然肩を掴まれて体を倒されたことで無駄に終わった。驚きながら横を振り向くと、ランスロットが呆れの表情で俺を見ていた。

 

「傷に障りますよ、ヨシュア」

「ランスロット……? なんでお前が……」

「……どうやら、昨日の事はあまり覚えていなさそうですね」

 

 昨日の事? ――――そう言われて、俺の脳裏に電流が走るような痛みが通る。

 確か昨日は、ケイネスと共に大聖杯を調べに行って、それで……、

 

「――――ッ!!」

 

 布団を捲り、右腕を見る。記憶が確かなら、気絶する直前俺の右腕に大量の金属結晶が――――

 

「……ない?」

 

 なかった。そこにはいつも通り、筋肉の付いた自身の腕があるのみ。金属など欠片も生えていない。

 夢だったのかと一瞬疑うが、あり得ない。あの生々しい感覚は現実で無ければ納得できない程はっきりしていた。ではどうして何もない。

 

 直ぐにランスロットへと問いを投げかけようとした。しかしそれは突然の来訪者によって遮られる。お粥を乗せたお盆を携えているTシャツとショートパンツ姿のアルフェリアがこの部屋に入ってきたのだ。

 

「こら、モードレッド。さっきご飯食べたでしょ」

「えー、いいじゃん一口ぐらいー。な? 氷室」

「モードレッド。どうしてそこで私に同意を求めるの?」

「……モードレッド、我慢」

「う~っ……。わーったよ、だからそんなに睨むな桜!」

「「ほんとかな~」」

「何で二人して疑うんだよ!? 俺ってそんなに信用ないのか!?」

「冗談だよ」

「ん、冗談冗談」

「くっ、なんか納得できねぇ……!」

 

 しかも一人だけではない。モードレッド、氷室、桜も一緒に居た。様子から見て、お粥の匂いに釣られてきた様だった。先程飯を食べたばかりだと言っているのにまだ何か食べたいとは、食い意地が張ってると言っていいものやら。

 

「アルフェリア、ヨシュアが今起床なされました」

「え? あ、ホントだ。……うん、熱とかは無い。特に後遺症なんかは無さそうだね」

 

 俺が起きたことに気付いたアルフェリアはベッドの傍に駆け寄り、お粥の乗ったお盆を隣に置いて俺の額に手を当てる。仄かに温かみのある柔らかい感触を感じて、ついドキッとしてしまった。冷静、冷静になれ。此処で焦っても何の得にもならないぞ……!

 

 羞恥心を押し殺すこと十秒。診察を終えたアルフェリアは胸を撫で下ろして深いため息を吐いた。無駄な心配をかけて、気を張り詰めていたのかもしれない。そう考えると途端に彼女に申し訳なくなる。

 

「その、すまん。色々と」

「気にしなくていいよ。私がしたことと言えば、倒れたあなたを拠点に連れ帰るだけだったし」

「……そうか」

 

 それでも手間をかけさせたのは事実だ。本来なら己のサーヴァントを支援するはずのマスターが逆に助けられてしまった。出しゃばり過ぎた真似をした、罰かもしれない。

 功を焦っていたのだ。このままだと、自分が必要とされなくなると不安になって――――何とも女々しい理由だ。エーデルシュタインの名が聞いて呆れる。

 

「ヨシュア?」

「……いや、なんでもない。それより俺の右腕はどうなったんだ? 記憶が違わなければ変な金属結晶が生えて、血だらけになっていたはずなんだが」

「それならもう大丈夫だよ。私がちゃんと治療したから」

「なら、安心だな。頼りになるよ、相棒」

「ふふっ」

 

 場を和らげるように軽口を飛ばすと、アルフェリアがくすっと微笑した。そんなさり気ない動作でも絵になるというのだから、実に目のやり場に困る。

 

「それじゃ、お粥作ってきたから食べようか。お腹空いてるでしょ?」

 

 壁に立て掛けられた時計を見れば、もう十時を過ぎている。朝食にしては少々遅いが、病み上がりの体をしっかりと治すにも食事は必要だ。無言で俺は首を縦に頷き、アルフェリアもそれに応じて――――お粥を救ったレンゲを俺の前に突きつけた。

 

 ……どういうつもりだろうか。

 

「え?」

「ほら、あーん」

「はぁッ!?」

 

 お前は何を言ってるんだ。

 そう叫びたくなるのを我慢して、俺は体を起こしてレンゲを引っ手繰ろうとした。しかし、全身に痺れるような痛みが駆け抜けることで変な悲鳴が口から漏れ、体の動きが硬直する。

 それを見たアルフェリアは「やれやれ」と呆れた表情で、俺の体を支えるようにゆっくりと起こす。

 

「っ…………体が、痺れて……!?」

「宝具から作り出された毒を受けたんだよ? たった半日程度で治るわけないでしょ」

「……面目ない」

 

 言われてみればそうだ。アサシンは詳細はわかりかねるが、金属を溶かすほど強力な酸性毒を体中から分泌していた。十中八九宝具の類なのだろう。それを経口摂取したであろう俺が死ななかったのは不思議だが、強力な毒ならば半日程度で消えるはずがない。体の痺れはそう言うことなのだろうと、俺は納得した。

 

 しかしだからと言ってこの大勢の面前で「あーん」などしたくない。何の羞恥プレイだと抗議を申す。

 そんなことをするつもりなら――――ちょっとだけしたい気がしなくもないが――――朝食は取らなくていい。昼食頃になれば痺れも幾分マシにはなっているだろうし――――

 

「ヨシュア。一応言って置きますがそのお粥は、アルフェリアが貴方の身を案じて作ったものなのですよ? まさか、『食べない』とは言いませんね?」

 

 ランスロットォォォォォォォ!! この裏切り者ォォォォォォォ!!

 

 わざわざ言ってくれてありがとう、と俺は半ギレ気味の視線をランスロットへと投げた。それを見てランスロットは面白そうにニヤけるだけ。こんの野郎。他人事だからって全力で楽しもうとしやがって……。

 

 別に嫌なわけじゃない。嫌なわけじゃないのだ。ただ皆の前でコレはちょっと恥ずかしいというか、絶対後で弄られるネタにされるからというか何というか。とにかく回避せねば。何か良い言い訳は無いかと、俺は今までないほど冴えた頭を回転させ始める。きっといつかたぶん無難な答えが見つかるはず――――がしかし、時間がそれを許さない。

 

「……ねぇ、冷めちゃうよ?」

 

 そんな泣きそうな顔で見ないでください。こっちが泣きたくなります。

 もう覚悟を決めるしかない様だ。弄られネタがなんだ。上等だぜチクショウめ。

 

 俺は武者震いよろしく全身をガタガタを震わせながら口を開けた。緊張しすぎてもうガッチガチだ。おいランスロット、ニヤニヤするな。モードレッドは何か震えてるし、幼女二人組は何か興奮気味に凝視してる。なんだこれ。もう一度言う。なんだこれ。

 レンゲが目と鼻の先まで近づく。脳内からアドレナリンが大量に分泌され、ゆっくりになって行く景色は走馬灯の如し。何でお粥食べるだけなのにこんな状態になってるんだろうか俺は。

 

 そして、ついに――――

 

 

 

「うがぁぁぁぁぁぁ! 姉上は渡さねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「えっちょ――――ギャァァァァァァァァァ!?!?」

 

 

 

 プルプルと身を震わせていたモードレッドが飛び上がる。ギリギリ天井にぶつからない絶妙な跳躍だ。しかしそこは気にするべきとところでは無い。

 

 モードレッドは空中で綺麗に三回転して、俺の頭に――――噛みついた。勿論痛い。凄く痛い。おかげで自然と悲鳴が喉から這い出てきた。強烈な刺激に反応して腕も無意識に動き出し、頭に噛みついて離れないモードレッドを引き剥がそうとしている。これが荒療治という奴か……!

 

「な、何やってるのモードレッド!?」

「これは予想以上に大惨事になってきましたね。あ、水を注ぎましょうか? アルフェリア」

「なんでそんなに落ち着いていられるの……? えっと、とりあえずお願い」

「ハハハ。ヤンチャするということは若い証拠なので――――あ」

「――――え? きゃっ!」

 

 水差しでコップに水を注ぎ、ランスロットはそれをアルフェリアへと差し出そうと歩み寄った。だが何の不幸かな。ランスロットは何もない所で躓き、コップに注がれた水をアルフェリアへと掛けてしまった。それだけならまだよかったが、それで終わらないのが湖の騎士の本骨頂。

 

 躓いたせいで一瞬でバランスを崩したランスロットは、何とそのままアルフェリアの方へと倒れ込んでしまった。アルフェリアも突然のことで対応しきれずそのまま床へと押し倒されてしまう。そして偶然にも、倒れ込んだランスロットの手がアルフェリアの胸を鷲掴みにしていた。

 

 鷲掴みにしていた。

 

 更にTシャツが濡れてるせいで着用したブラジャーも丸見えという、どう考えても男が女を襲っているという絵面。それを見てこの場全ての者の時が停止する。

 偶然が重なり重なって起こった事故なのはわかる。しかし、それでも、これだけは言える。

 

 これは酷い。主に湖の騎士のラッキースケベ。

 

 その張本人である彼は顔から冷や汗を滝のように流しながら、ランスロットはせめて場を和らげるために素早くアルフェリアから離れ、コホンと一度咳き込み、震える声で告げるのであった。

 

 どう考えても爆弾にしかなりえない発言を。

 

 

「アルフェリア、その…………――――下着は、黒だったのですね」

 

 

 この瞬間ランスロットの有罪が確定した。

 

 

 

 

「『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』ォォォォォォォォォ――――――――ッッ!!!!」

「ちょっ、モードレッド卿ォォォォオォオオオォォ――――ッ!?!?!」

 

 

 

 

 何時かの光景のリプレイの様に、また赤雷が空へと延びる。

 

 俺は「またかよ」と考えるのをやめた目でそれを眺め、アルフェリアは「あーあ、濡れちゃった」と胸を触られたことは全く気にしてない素振りで立ち上がった。胸を触られて何の反応も示さないとは、女としての自覚が本当にあるのかと疑ってしまった俺はきっと間違ってない。

 

 そして家の中で対軍宝具を(手加減したとはいえ)ぶちかましたモードレッドはこれでもまだ飽き足らないのか、ゆらゆらと幽鬼のような足取りでクラレントを振り上げた。彼女の目の前には『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』を避けたが余波で吹き飛ばされ転んだランスロット。

 

 吹き飛ばされてぶつけた頭を押さえながら、ランスロットは上を見上げそれを見た。彼の顔から一気に血の気が引いて行く。殺気全開で剣を振りかぶった奴が目の前に居ればそうなるか。

 

「チェストォォォォォ――――――――ッ!!」

「ぬぉぉぉおおぉぉぉお!?!?」

 

 モードレッド渾身の一撃が振り下ろされた。完全に殺す気だ。でも文句は言えない。アルフェリアの胸をワザとでは無いとはいえ鷲掴みしたのだから。個人的にはモードレッドを応援したい。俺だってまだ触ってな――――いや、なんでもない。

 

 流石に命の危機を感じたのか、ランスロットは素早く『無毀なる湖光(アロンダイト)』を具現化させモードレッドの剣を受け止める。瞬間尋常では無い衝撃波と音、花火が飛び散った。一級宝具同士の衝突なのだから、何もない方がおかしいか。おかげでインテリアが吹き飛ばされて部屋が滅茶苦茶だが。

 

 にしても、流石最硬の聖剣。あの一撃を受けて刃毀れ一つない。並の剣ならそのまま持ち主共々ぶった斬られていただろう。斬られればよかったのに。

 

 と、無意識に自分の口から舌打ちが聞こえたのは気にしないでおこう。

 

「俺だってまだ触ったことないんだぞこの不倫野郎ォ!」

「知りませんよそんなこと!? というか動機が完全に嫉妬だと思うのですが……!?」

「私は別に気にしてないんけどなぁ……」

「いや気にしろよ」

 

 やっぱり気にもしていなかった。本当に女としての自覚があるのかこいつ。

 

 そんな事はさておき、此処で以外な人物が現れた。色が抜けきった白髪ではあるが、かつて麻痺していた左半分の顔は正常へと戻って中々悪くない面貌を見せている雁夜だ。

 彼はモードレッドとランスロットが鍔迫り合いを見て軽く顔を引きつらせる。安心しろ雁夜、それが当たり前の反応だから。

 

「……何やってんだお前ら?」

「ランスロがラッキースケベを発動してアルフェリアの胸を鷲掴みにした」

「あ、じゃあ気にしなくていいな」

「雁夜ぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 元とはいえマスターの冷たい態度に悲鳴を上げるランスロット。しかし自業自得だ。自分で何とかしてくれたまえ。HAHAHA。

 

 ……いや、嫉妬じゃないぞ。俺も触ったことないからって拗ねてるわけじゃないからな? 違うからな?

 

「そういえば雁夜さんはどうしてここに? 桜ちゃんは此処に居るけど」

「ああいや、確かに探してはいたけど、今はそうじゃない。お前らにお客さんが来たんだよ。だから連れてきた」

「お客さん?」

 

 雁夜が道を譲ると、彼の後ろから見知った顔が現れた。

 少しだけ厚めのコートを着込んだ金髪の美少女。ルーラーだ。あのコートは確か昨日アルフェリアが渡したものだから、他人の空似という事はあり得ないだろう。

 

 彼女は少し申し訳なさそうな顔をしてこちらを見る。

 

「あの、すいません。……来ちゃいました」

「……改めて確認するが、お前中立役だよな?」

 

 こめかみを指で押さえる。記憶が確かならルーラーは中立役、聖杯戦争における審判のはずだ。そんな彼女がこうも容易く他陣営の拠点に訪れることは本来ならば推奨されないことであり、昨日のアレは単純にこちらが行き倒れていたところを拾っただけだ。彼女が自分から来ていないためノーカンである。

 しかし今回ばかりは違う。彼女は自分からここに足を踏み入れた。それでいいのか中立役。前提が崩れてきてないか。

 

「ちゃ、ちゃんと用事があってここに来たんですよ!? べ、別に行ったらご飯食べさせてもらえるかな~とか、そんなこと思うはずないじゃないですか!」

「本音漏れてるぞ」

 

 中立役が他陣営に飯をたかりに来るって、そこら辺どうなんですか聖杯さん……。まぁ、人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲は嘘をつかないので、嘘を嫌う彼女らしいと言えばらしいが。

 

「っ、こほん! ――――真面目な話、ご飯食べに来たこと以外にもちゃんと理由はあります」

「ご飯食べに来たことは否定しないのか」

「仕方ないじゃ無いですか! アルフェリアさんのご飯が美味しいのが悪いんです!」

 

 開き直りやがったよこの中立役。聖杯さん、采配間違えてませんか。

 

 そう考えていると、ルーラーは無言で道を譲る様に扉の前から退いた。その行動に俺は疑問を持つが、よく見ればルーラーの顔色がおかしい。まるで厄介事を誰かに持ちこんでしまったような気まずさの広がる表情で――――まさか、と俺は素早く扉へと視線を戻した。

 

「……あなた方に用事がある方を、連れてきました」

 

 扉を潜ってきたのは、赤い外套を纏った褐色白髪の男性。

 昨夜俺を助けてくれた、命の恩人にして――――この場に置ける一番の『異物』。平穏を犯す危険分子。

 

 

「――――初めまして、と言った方がいいか? そこのマスターは別だがね」

 

 

 肩をすくめながら、『正義の味方(あの男)』は肩をすくめて言い放った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 剣呑とした空気が広がる。

 その原因はソファーで足を組み、遠慮もなくくつろいでいる赤い外套の男。アルフェリアは訝し気に紅茶を彼に出し、対面するようにソファーへと腰掛ける。

 

 此処リビングにはキャスター陣営のほぼ全員が集まっていた。不審な男が不敵な笑みを浮かべてやってきたのだ。怪しんで警戒している証拠。にも拘らず男は笑みを崩さない。囲まれていても抜け出せるという自信でもあるのだろうか。

 

「ふむ……いい味と香りだ。使われた水は軟水、しかも汲み立てで空気をよく含んでいる。紅茶の香気がよく出ているのが高評価点だな」

「使ったブランドはフォートナム・アンド・メイソン。百五十年前から王室が好んで使ってるブランドだね。入手に苦労したよ。でも茶葉の品質に頼った淹れ方じゃ駄目。どんな物を使っても最高の技術と努力で淹れて、初めて紅茶は完成する。……お味はどう?」

「文句無しの出来だ。スコーンが欲しくなる程にな」

「なんでお前ら紅茶談義してんだ……」

 

 どうしたらこの状況で呑気に紅茶について語り合ってるのかとヨシュアは顔を顰める。図太いのか肝が据わってるのか。どちらにせよ、両者が何度も修羅場を潜ってきた歴戦の猛者であると知るには十分すぎる光景ではあった。不穏分子の前で世間話などよほどの馬鹿でもない限りしないだろう。

 

「……それで? 私たちに何の様かな、守護者さん」

「私の正体に感づいていたか」

「貴方の上司には色々嫌がらせを受けていたからね。嫌でもわかるよ」

 

 守護者。人類の自滅を防ぐために、抑止力――――アラヤが派遣する破滅回避の最終安全装置。その存在は人類を守護する存在であり、同時に現在『人類が自滅しかかっている』という状況を説明する存在でもある。

 

 それを理解してアルフェリアは頭を痛くした。たださえ把握しきれていない状況が更にごちゃごちゃになって行けば頭も痛くなる。

 転生をしてから体感的には早数十年。既に彼女の前世の記憶など擦り切れかけているが、少なくとも第四次聖杯戦争で『守護者』が出てくる展開など知らない。つまりもう収集不可能なほど状況が正史と乖離してきたという事だろう。もうこれからは彼女の知識は殆ど意味を成さなくなった。

 

 自分がその状況を歪めている最大の因子(ファクター)なのは重々理解していたが、ここまで状況が抉れるとは流石に予想外だった。アルフェリアは深いため息を吐いて、目の前の英霊――――エミヤを睨む。

 

「――――私を連れ戻す気?」

「そうだな。それも目的の一つでもある」

 

 空気が、否、空間が震える。

 

 飾られた花瓶は何も触れていないのも関わらず罅が入り、照明器具が点滅を繰り返す。これがただ一人の人間が殺気を放った影響だと言って、誰が信じるだろうか。

 その殺気を間近で受けている者達は本能から理解させられたが。

 

「勘違いするな。それはあくまでついでだ。私の本来の目的は別にある」

「……本来の目的?」

「この写真を見てくれ」

 

 そう言ってエミヤは懐から一枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。アルフェリアは一旦殺気を収めてその写真を手に取り、写された絵を一瞥。

 

「――――っ……!?」

 

 見て、目を丸くする。

 写真に写っていたのは白髪で長身の男。黒いロングコートに身を包んだ初老の男性は――――つい二日前、円蔵山にて出会った者その者だったのだから。

 

「彼の名はアダム。約紀元前3000前より生まれ、今まで5000年間生き長らえてきた生粋の怪物だ」

「…………は?」

 

 あまりにも突拍子の無いこと過ぎて、アルフェリアが思わずそんな呟きを漏らした。

 五千年間生き長らえてきた人間? そんな者、簡単に信じられるわけがない。しかしエミヤから嘘をついているような様子は見れない。だからこそ困惑した。

 

「ちょ、ちょっと待って。どういうこと? 五千年間?」

「信じるも信じないも勝手だが、とにかく今冬木市でこの者が聖杯を使い『人類史の再生』をしようとしている。それは現代に住まう人類を一度滅ぼし、新たに人類史を組み立て直すことだ」

「……………………ごめん、ちょっと本当に意味わかんない」

 

 五千年も生き長らえてきた人間が人類を滅ぼそうとしている。要約すればそんな答えだろう。だからこそ理解が追いつかない。証拠も何もない状況でこんな事を信じろという方が無理がある。

 

 しかし嘘をついている可能性が低いのだから余計混乱してしまうのだ。嘘をつくにももう少しマトモな物があるだろうからだ。外来の魔術師が聖杯を使って人類を滅ぼそうとしていると言われた方がまだ説得力はある。なのにわざわざ信憑性の薄いキーワードをはめ込んでいるとなると、嘘では無い可能性が高い。

 

「……嘘じゃないよね?」

「私は先ほど言ったぞ? 信じるも信じないも勝手だ、とな。ここに来たのは、貴様に協力を求めるためだ。キャスター。居場所が分からなかったが、そこのルーラーに案内させてもらったのでな。探す手間が省けたよ」

「その協力を引き受けて得るこちらのメリットは?」

「彼を倒したら私は貴様の邪魔をしないで早々に立ち去ろう。それでどうかね?」

「――――……詳しく聞かせて」

 

 アルフェリアの表情から一切の疑念が消える。何せ此度の問題は『人類滅亡』に繋がりかねない事態。一つ間違えれば全てが終わる可能性がある以上、おふざけは無しだと腹をくくったのだ。

 

 確かな返事を受けたエミヤも表情を厳しい物へと変え、全てを話そうと口を開き――――

 

 

 

 ――――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……………。

 

 

 

 突然そんな気の抜ける音が聞こえてズッコケた。

 全員が音のした方向――――ルーラーの方を見つめた。その視線には例外なく呆れが混じっている。おまけに全員苦笑だ。真面目な話をしようとしたのにコレは無いだろうコレは。

 

「な、何ですか皆さん? わ、私じゃありませんよ?」

 

 往生際悪く言い逃れをしようとするルーラーだが、アルフェリアが静かに懐から手作りクッキーを取り出して見せつけると、二度目の腹の音が鳴る。

 

 ……これは、何とコメントすればいいのか。

 

「だ、だって! 財布無くしちゃったから何も買えないんですよ私! ホテル代は前払いで払いましたけども、できる限り節約するために食事は頼んでませんし……。外食中心で過ごそうにも、無一文だし……!」

「……ああ、だからここに来たのか」

 

 そう言えば財布を無くしたと言っていた。確かにそれでは何も買えないので、食事もままならないだろう。成程、単純に美味しいご飯を食べにここに来たわけでは無いようで少しだけアルフェリアはホッとする。いや、ホッとしていいのか。

 

 たぶんよくない。

 

 エミヤはため息を吐きながら今まで周りに漂わせていたギラギラした空気を解き、スッと立ち上がる。何をするつもりだろうか。

 

「キャスター、厨房を借りていいか?」

「お客様は此処でくつろいでなよ。私がやる」

「いや、私が――――」

「だから私が――――」

 

 どちらも一歩も譲らない。アレか、料理人としてのプライド的なものが張り合っているのか。

 

「……ふっ、料理実習三年間無敗記録。世界に旅立ってからは世界中の一流ホテルのシェフとメル友になること百余名。貴様に真の食の頂というものを見せてやろう!」

「言ってなさいよ。私は現代に置ける食文化の五割以上を築き上げた伝説の料理人……! 貴方がその理想だというなら、そのことごとくを打ち砕く!」

 

 そう言って互いに決めポーズをしながら言い合う始末。さっきの重々しい空気は何処へ。

 

 などと言った形で二人の料理人が動き出す。

 食べてもらう者の舌を満足させるための料理を作り上げるために――――!!

 

 

 

 

 

 ※この作品はFateです。

 

 

 

 

 

 

 なんだかんだで二人で料理を作ることになったアルフェリアとエミヤ。先程とは打って変わって、二人は無言で黙々と手を動かしていく。

 用意された具材を見るにアルフェリアは肉じゃが、エミヤは味噌汁と今日の昼食は和食中心の様だ。

 漂う香りは間違いなく一級品。嗅ぐだけで生物的本能を刺激するそれは空腹の者にとっては実に毒と言えた。具体的には厨房にあるリビングへと続く扉の向こうから「はぁ……はぁ……!」と不穏な声が聞こえている。ほぼ間違いなくルーラーの物だ。どれだけお腹を空かせていたんだ。

 

 アルフェリアは軽くスプーンで肉じゃがの汁を味見し、スキルの後押しによる美味化を脳内で分離させながらしっかりと分析していく。そしてもう一度汁を救い、エミヤへと差し出した。

 

 頬を掻きながらエミヤはスプーンを受け取り汁を啜る。

 

「……少し甘いな。醤油をもう少し入れた方がいい」

「わかった。醤油醤油、っと」

 

 アドバイスに従ってアルフェリアは醤油を加減しながら足していく。そして軽くかき混ぜ、再度味見して首を頷かせた。納得のいく味が完成したのだ。

 

 そんなアルフェリアを見て、エミヤは複雑そうな視線を向ける。

 無理も無い。

 彼女は――――彼の世界では存在しなかった偉人なのだから。

 

「少し、いいかね?」

「ん? 何か足りなかった? それなら――――」

 

 

「――――君は、誰だ(・・・・・)? 何故、彼女の性を持っている?」

 

 

「……………………」

 

 ただならぬ威圧に、アルフェリアは無意識にその手を止めた。

 きっと今の彼女の中では様々な葛藤が入り混じっているのだろう。自分は本来存在しない『IF(もしも)』の存在。ほぼ正史に近い世界からやってきたエミヤからすれば『異物』にしか映らない。何より、自身に取っての星である彼女(アルトリア)の姓を持つ者ならば、尚更だ。

 

 数秒間無言の状態を続け――――アルフェリアは苦笑交じりの表情を浮かべた。

 それが、彼女なりの答えなのだろう。

 

「……私も、わからないんだ。自分がどうしてここに居るのか。……どうしてかな。気づいたらこの世界に居て、死にたくないって思って生きようとして、大切なものを見つけて――――まぁ、色々迷ったり悩んだりしたこともあったけど、これだけは言える」

「…………」

「私は、あの子(アルトリア)の味方だよ」

「……そうか。なら、もう何も問うまい」

 

 それだけを告げて、エミヤは今度こそ本当に鋭い剣の様な雰囲気を解いた。彼としても彼女に思う事は色々あったのだろうが――――アルトリアの味方ならば、そこに細かいことは必要ない。自分が口を出す必要は無いと、彼は自分で答えを出した。

 

 会話を終えたアルフェリアは食器の用意をするためにエミヤから離れ、戸棚にあった食器を数々を取り出していく。箸や皿などを出していき――――ふと、隣にいつの間にか存在していた自分以外の気配に気づいた。

 

 金髪の麗人、ミルフェルージュが無言でただならぬ空気を纏い立っている。

 ミルフェルージュは責め立てるような口調で、アルフェリアに問う。何故、と。

 

「どうして、彼に本当の事を言わなかったの?」

「え? 何を……」

「………………」

「…………わかってるよ。でも、言えるわけないでしょ……?」

 

 彼女たちが話しているのは、ヨシュアの体について。

 

 ヨシュアはアサシンに襲われて、一度重傷を負った。だがそれはアサシンによる物では無い。理由は不明だが、アサシンの毒は彼には効かなかった。宝具による毒だというのに。

 

 重症の要因は、彼の体から生え出た謎の結晶。魔術的にも解析不可能な未知の物質が、彼の体内をズタズタにし――――変質させた。

 生え出た結晶と同じ、謎の物質に。

 

 

 

 

「――――もう体の八割が、金属に近いナニカに変質してるなんて」

 

 

 

 

 その時厨房の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは息を荒げたヨシュア。まさか先程の言葉を聞かれたのかと、アルフェリアの顔が青ざめる。

 しかし彼の口から出てきたのはもっと別の事であり、そして重大な事実であった。

 

 

「アルフェリア、不味いぞ。教会からアヴェンジャーの討伐令(・・・・・・・・・・・)が出された……!」

「…………え?」

 

 

 カシャンと、何かが割れる音が厨房に木霊した。

 

 

 

 

 聖杯戦争三日目――――物語は本格的に、動き出し始めた。

 

 たどり着くのは喜劇か、それとも悲劇か。

 

 答えは、神のみぞ知る。

 

 

 

 




一日目、二日目は前座。

三日目からが本番デスヨ?
具体的に言えばサーヴァントたちが冬木市で同時多発戦闘を繰り広げます。
自衛隊が泣きます。
ケイネス先生の魔術工房(笑)が崩壊します。
アインツベルンの森が色々ヤバいことになります。

要するに冬木市ヤヴァイ。

というわけで次回をお楽しみに!


・・・・しばらく休載しそうですが。

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