フランス生活一日目。
適当な筏を作って帆を張って強力な風の魔術で加速したらあらビックリ一時間以内でフランスに渡れました。いや元々近かったのもあるけどね。丸太をつなぎ合わせてボロ布の帆を張っただけの筏がジェットスキーみたいな感じでイギリス海峡を渡る図っていうのはシュール通り越して真顔になる。
人目につかなかったからよかったものの、もし見つかってたら軽いパニックになっていただろうね。
マーリンが言っていた。ブリテンは今や現代最後の神秘の地。神代の法則がわずかに残った唯一の場所であるのだと。
そこから来たブリテン人の魔術なのだ。既に法則が塗り替えられたフランスで今の私が扱う魔術は異様にしか見えないだろう。
なるほど、確かにマーリンの言っていたことは本当だったようだ。
肌が感じるのだ。『此処は違う』と。大気中のエーテル濃度がブリテン島と比べて希薄過ぎる。
正直満足のいく魔術行使はあまり出来ないだろう。人一人焼殺するには十分だが。
フランスに渡ってまず私が行ったのは『湖の乙女』に関しての情報収集であった。
理由は三つ。一つ目は湖の精霊の加護を授かることで水上の移動を可能にするため。二つ目は私が得られそうな強力な武器を可能ならば確保するため。三つめは噂の不倫騎士ランスロット・デュ・ラックの幼年期姿を見たいだけだ。
三つ目の理由が完全にアレだが、まぁおまけと思ってくれればいい。
私はマーリンからくすねてきた宝石や貴金属を近くの町で売り払って路銀を確保し、早速情報収集に取り掛かることにした。
――――が、得られる情報は微々たるもの。
どこかの森の中に絶世の美女が居る。
誰かが真っ白な剣を振っている少年を森の中で見た。
などなどそれっぽい情報は集まるのだが、肝心の場所が分からないのではどうしようもない。
ため息を吐きながら私は酒場で軽いつまみを食す。簡素な干し肉だが、ブリテンの食事と比べればはるかにマシと言えるのが何とも言えない。
一人で寂しく食事をしていると、どこかからか興味深い話が聞こえてくる。
本当に小さな声ではあった。だが確かに聞こえたのだ。
……『動く死体』、と。
「――――また村一つが動く死体だらけになったらしい。肌が真っ青になっているのにまるで生きてるかのように動くんだとさ」
「まだ風のうわさじゃないだろうな。この前も聞いたぞ、それ」
「それが嘘じゃないんだよ。今回は目撃者付きだ。何でも『シト』って名乗る奴が片っ端から人に襲い掛かって動く死体にしたって」
「それこそ嘘だろう。誰が信じるんだそんなこと」
「情報屋だよ。信頼できるやつだ、間違いない」
「…………世の中何が起こるかわかったもんじゃないな」
その会話の中のキーワードに脳内ウィキペ○ィアが反応する。
シト、しと――――死徒。死徒か。確か後天的に吸血鬼になった奴の総称だったか。そして、動く死体というものは恐らく『
そいつが雑魚ならいいが、死徒二十七祖の場合は流石に私も逃亡せざるを得なくなる。
目的変更。今から死徒についての情報収集を最優先にしよう。安全確保のための情報はいち早く集めるべきだ。
とはいえやはりゼロから始めなくてはならないのが情報収集の辛い所である。
せめて腕のいい情報屋が一人いてくれれば色々楽になるのだが、贅沢を求めていても目の前に美味しいパンが出されるわけでは無い。結局地道に行くしか方法は無いか。
しかし肝心なことを忘れている気がする。
……ああ、死徒って倒す方法が限られてるんだった。『
「はぁ……幸先悪いな」
あそこまで宣言した癖にこの様だ。
妹に合わせる顔が無いと言うのはこの事だろうか。
とりあえず私は、休憩を兼ねて今日の夜は近くの安宿で過ごすことにした。
お金も節約しないとね。
あかいあくまが聞いたら褒めてくれるかな。
外から来る光がすっかり消えてしまった真夜中、私はおんぼろの安宿の一室で怪しげな実験道具を弄りながら日課になっている魔術実験を行っていた。
内容は極めて簡単。『強化』の魔術の鍛錬と魔術的素材を使った錬金術もどきのなにか。
前者はただの魔術回路を慣らす習慣であり、特に深い意味はない。
だが後者の方は今後の安全にかかわる重要なことだ。
今私が行っているのは魔術礼装の作成。
通称ミスティック・コードとも呼ばれているそれは魔術的儀式に際し用いられる装備・道具の事だ。ぶっちゃければ魔法の杖か何かだと思ってくれればいい。
機能は大きく二系統に分類されており、一つは魔術師の魔術行使を増幅・補充し、魔術師本人が行う魔術そのものを強化する「増幅機能」、もう一つはそれ自体が高度な魔術理論を帯び、魔術師の魔力を動力源として起動して定められた神秘を実行する「限定機能」。前者の機能を主に発揮する礼装を「補助礼装」、後者を「限定礼装」と呼ぶ。
要するにブースターかモーターかの違いだ。補助か出力。よくわかる違いだろう。
で、私が今作っているのは、対吸血鬼用装備――――通称『
だがそんなもの造るには並大抵の技術ではできない。
メディアレベルの道具作成スキルが必要と言えばいいか。神代の魔女っ子でもないと造れないとかどんな難易度なんだよとツッコミたいが、私の知識の全部とマーリンから学んだ錬金術を組み合わせることでギリギリ「それっぽい」ものを作ることができるのだ。理論上は。
――――結局、どうにか力技で完成させてしまったのだが。
我ながら乱暴な奴だと思う。
いやでもこれは私に道具作成スキルが芽生えたという事ではないだろうか。もうけものだと思えば悪くはない。むしろいい。得したぜ。
実験として私の指先に切っ先を刺してみる。
「――――っが」
たった数ミリ刺しただけで百数十ミリリットルは吸われた気がする。まずい。これはヤバい。アトラス院の変態共が開発した変態武器並に危険すぎる。
私は苦肉の策として刀身を延長させることでその効力を広く分散させることにする。
濃度が濃すぎるなら水を足せ、だ。実にわかりやすい解決策だろう。
そうして私は出来上がった赤い長剣を手に取って、軽く振り回す。
手になじむ。戦闘機能は問題無し。切れ味もそんじょそこらの鉄製剣よりは切れやすいだろうし、十分か。
私は適当な鞘を作り出し、そこに『
「よーし、目的の物もできたし、寝るか」
久方ぶりにいい仕事が出来たと、私は凝り固まった身体を伸ばしながらボロイベッドで横になる。
マーリンの住む塔にあったベッドと比べれば雲泥の差だが、あのジジイが居ないだけ気が楽というもの。
……でも、アルトリアを抱き枕にできないのが残念だな。
「あーあ、こんな事なら素直に着いて行けばよかったかなぁ……」
正直寂しいです。上手く行くかもわからない旅に身を投じるよりは、愛しの妹と共にブリテン統一の旅に出た方がよっぽどよかった。忌々しい抑止力の歴史修正力が無ければ私だってこんなことしていない。
――――うん、寝よ。
もう深く考えるのはやめた。それにフランスに着いたばかりの今、ごちゃごちゃ言っても仕方がないだろう。このまま帰っても合わせる顔が無いだけだ。
大きな欠伸をして、瞼を閉じる。
どうか明日は良い日になりますように、と何かに祈りながら私は眠りに入った。
「きゃぁぁぁぁぁああああああ―――――――――っ!!!?!?」
その寸前に悲鳴によって強制的に覚醒状態になる。
盛大な舌打ちを鳴らしながら『
嫌な予感が正しければ襲撃者。良い予感が正しければか弱い女性が虫を見て驚いたと言うところか。
迫真の悲鳴が虫程度で起こっているのならばかわいいもんだが。
「――――ガァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」
案の定扉が剛力によってぶち破られる。
入ってきたのは二十代ほどの男性。しかし明りによって照らされた肌は青白く、生者のそれとはまったく違う。目も人間の物とは決定的に差異があり、虹彩が赤であった。
人間離れした力にこれらの特徴。
間違いなく死徒だ。当たってほしくない予感が見事的中したわけだよ糞が。
「血をォッ、寄越せェエエエェェエエ!!」
「他人の血を吸わないと肉体の維持もできない出来損ないが――――ッ!!」
黄金の剣を抜き放ち、飛び掛かって来た死徒とすれ違いざまに一閃。
魔力放出により加速された剣閃は見事死徒の喉元を走り、その首を軽やかに撥ね飛ばす。
沈黙。割とアッサリ倒せた。
まぁ、どうせ死徒になってからまだ日が浅い雑魚だろうが。
念のために作って置いた『
そして撥ね飛ばした頭も踏みつぶす。不死性があるとはいえここまで徹底的にやれば復活はしないだろう。
弾ける様にして私は部屋の外へと飛び出す。
予想的中。血を吸われて安宿の中は『
顔を少しだけ歪ませながら全員切り捨てる。まだ『
とはいえ、巻き込まれただけの被害者を切り捨てるのは中々堪える作業であった。
加害者になる前に昇天させたと思えば気は少しだけ楽になるものの、結局は言い訳。深いため息を吐きながら、私は安宿の外を窓から覗き見る。
「探せ! 女子供一人残らず見逃すな!」
「血を、血をぉぉぉおおおおおおおおお!!」
「キケケケケケケケキャキャキャ!!」
百鬼夜行が広がっていた。
死徒の群れが街の人々を探しては血を吸い、己の『子』を増やしていく。彼らにしてみれば普通の行いであるだろうが、人間からしてみれば捕食行為か何かだと思える。行われるのは一方的な蹂躙。人外級の身体能力の前では一般人などただの血液袋でしかない。
このままやり過ごすか? 無理だ。いずれ感づかれる。
こちらから仕掛ける? 勝算が低すぎる。
じゃあどうする。
どちらを選んでも茨の道。
ならば――――。
「……全部上手く行く、なんて甘い考えは無かったけどさ。何で私が化物連中と剣を交えなきゃいけないんだか」
私は自嘲するように呟き、黄金の剣と『
目の前で茫然とこちらを見ている死徒を発見。即座に首を撥ねて胴体に『
干からびた身体を蹴り飛ばして、近くの死徒にまたこちらから襲い掛かる。相手は完全に油断しきっている。どうせ一方的な
だが残念だったな。
兎にも牙はあるんだよ。
「な――――」
「首置いてけ」
速攻の首飛ばし。からの吸血。
ある程度対死徒戦のコツが掴めたような気がする。結局こいつ等の能力は人間の延長線上に過ぎないのだ。
などと考えていると他の死徒どもに私の存在を感づかれる。
数はおよそ九匹。気配を隠している奴がいるかもしれないが、私が気づいたのは少なくとも九匹だけ。
ならばまずはこいつらを仕留めることに集中しよう。余所見をして楽に勝てる連中ではないのは嫌というほど本能が教えてくれている。
「小娘がァッ!」
「ハァァァアアア――――ッ!」
襲い掛かる死徒へと黄金の剣を一閃。その体を左肩から足まで切り裂き、真っ二つに両断する。
そしてその奥でこちらへと歩を進ませようとした死徒へと『
――――いける。
だが油断はしない。
即座に『
「貴様ッ、何者だ! どうやって不死の我らを殺せる!」
「不死じゃなくて不老の間違いでしょ」
そう。こいつ等は確かに驚異的な再生能力を持ってはいるが、決して死なないわけでは無い。そういう意味では不老不死ではなくただの不老の存在だ。不死と思われるのはその生物としては異常すぎる高速再生が原因であり、これさえ無効化できれば普通の武器でも勝機はある。
今の私は魔力放出を使う事でこいつ等と対抗できている。洗礼詠唱や概念武装が使えればもう少し楽に戦えただろうが、生憎そんな物を手に入れられる伝手は無い。今後もこの状態で戦闘するしかないと言うのが悲しい。
さて、戯言は此処までにしよう。
感染拡大阻止のために――――まずはこいつ等を片付けるか。
「死人は死人らしく――――」
魔力を全力で背から噴き出させて死徒の群れへと突撃。
今持てる全ての身体能力と感覚をすり減らしながら迎撃してくる死徒の動きを先読み。筋肉が千切れ強烈な頭痛が我が身を襲うが構わない。
模倣する。かの大英雄の絶技を。
筋肉が擦り切れ毛細血管が弾け跳ぶ。当然だ。少女の身で放てる技では無い。
脳神経が焼き切れるような痛みを発する。限界を超えた超速信号を発する反動か。
だが、届いた。
激痛と引き換えに今、私は全てを切り裂く九連撃を放つ。
「――――土に還ってろッ!!!」
一瞬にして放たれる二刀流での九つの剣閃。それらすべてが死徒共の喉を抉り、切り裂き、吹き飛ばしていた。
当然絶命。真祖や高位の死徒でもない限りこの一撃に誰が耐えられるだろうか。
交錯した多数の影。
一拍後――――地に倒れ伏せる九つの影。
最後に立っていたのは、私だけであった。
「やっと終わっ――――いっっ……………!」
体を動かした瞬間、激痛が四肢を走り抜く。
筋繊維がいくつ千切れ飛んだのだろうか。鍛錬不足の体で能力以上の動きを行えばそりゃこんな様にもなるだろうが、まさか『
さっさと体に治癒魔術を施す。その間も当然周りの警戒は続ける。
何せこの町を襲撃した死徒がこいつ等だけとは限らないのだ。もし一匹でも取り逃がしてしまえば相手に見す見す自身の情報を渡すことになる。それだけは避けたい。
――――視界の端で影が動く。
常人離れした動き。間違いなく死徒だ。
「待て!」
待つわけがない。そして傷ついた身体で追いつけるわけも無く、瞬きした後には既にその影は消えていた。
「くっ……鍛錬を怠った結果か…………」
日ごろから直接身体を鍛えていたのならばこんな事にはなっていなかったはずだ。
こんな事なら毎日毎日魔術の練習だけじゃなくて、筋肉をもう少し付けておくんだった。だが今更後悔した所で時間は巻き戻らない。
「……それよりも感染を防がないと」
地に這い蹲る死徒どもの死体に『
何人犠牲になっただろうか。
自分がもっと強ければ。自分がもっと早く気付けていれば此処に転がっている死徒以外誰も死ななくて済んだのではないか。
……いや、それは傲慢だ。増上慢だ。何を馬鹿なことを言っているんだ私は。
これは私の責任ではない。
私のせいじゃない。
――――誰でもいいから、そう言ってくれ。
奥歯を食いしばりながら、二つの剣を鞘へと納める。
「……強くなりたい」
できれば、可能な限り望むものを守り通せる様な力が。
どんな暴力にも屈しない不屈の力が。
今まで求めてこなかった物が、今になって欲しくなる。己の不甲斐なさ、弱さ、慢心。全てをこの瞬間自覚したからか。
「――――行くか」
無言で街の外へと歩き出す。
騒ぎを起こした以上この街には居られない。下手すれば異端者として捕えられかねない。
なら立ち去るまで。まともに一睡もしていないが、人間頑張ればなんとかなるだろう。
強くなる。
そう言えば、武者修行でここに来たんだっけ、私。
「……なんだ、ちょうどいい相手、いるじゃん」
死徒。そうだ、良い練習相手だ。
まだまだ一杯いるなら、多少狩り尽くしても構わんだろう。
この瞬間、後に『
まるで取りつかれたように死徒を見つけては殺し、襲われている町を救っていく天の御使いと人々に称えられ、後に彼女は歴史に隠れた偉人として後世に語り継がれていくとかなんとか。
この時点で単独で多数の死徒をぶっ殺せる主人公ェ・・・
追記・指摘されたミスを修正しました。