Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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うん、遅い!(白目)

いや、自覚はあるんですけど、やはり夏特有の灼熱の環境とずっと同じものを書いているという、何というか創作意欲がそがれていくような状況だったからね?うん、正直ちょっとペースが落ちてきた。初期の投稿ペースを今見てみると「うわぁ・・・」ってぐらい早かったし。二日に一回(平均一万文字)って、どんだけ暇人だったんだよ私・・・。

まぁ、そんなこんなで遅くなりました。申し訳ございません。今後も似たようなペースになるかもしれませんが、可能な限り早くお届けしますので、悪しからず。

追記
誤字修正しました。


第十八話・相互理解って大事

 宴の場所として選ばれたのは城の中庭の花壇であった。

 白い花がそこかしこに咲き誇り、月明りに照らされ輝く花はまるで天然の蛍光灯。冷たい微風で舞う花びらを眺めながら、征服王は担いでいた酒樽を庭の中央に置いて胡坐をかき、それを挟んでアルトリアと対峙する。

 

 下手にはアイリスフィールとウェイバー。戦闘が禁止されているとはいえただならぬ空気に気をもみながら、先の読めない展開を見守っている。

 

 軽く周りを見渡し終えた征服王が一息つき、そのいかつい拳で酒樽の蓋をたたき割る。すると中に入ったワインの芳醇な香りが場に充満した。

 

「いささか妙な形だが、これがこの国の由緒正しき酒器だそうだ」

「……これが、か? 本当に妙な形だ」

 

 そう言ってライダーは、竹製の柄杓を自慢気に取り上げる。周知の事実ではあるが、柄杓は確かに水や汁物を掬うための道具だ。だが酒を汲み上げることに使う者は、ライダー以外には一人もいないだろう。というかどうやったらこれを酒器などと間違えたのか。

 いくら現代の知識を与える聖杯といえど、こういう知識は与えないらしい。

 

 ライダーはまず一杯、柄杓でワインを掬い取りそれを飲み干す。それに合わせ彼の頬が少しずつ紅潮し始め、酒が回っているのだとわかる。

 

「聖杯は、相応しい者の手に渡る定めにあるという」

 

 酔っている様子とは裏腹に、いつもとは違い静かに告げるライダー。しかしその声には多少ながら威厳が籠っており、普段の豪快さとはまた違う『凄み』を生ませている。静かになっても己の威厳を示す、それがこのイスカンダルという男なのだろう。

 

「それを見定めるための儀式が、この冬木における闘争だと言うが――――なにも見極めを付けるだけならば、血を流すに及ばない。英霊同士、互いの”格”に納得がいったなら、自ずと答えは出る」

「…………相応しい者、か」

 

 差し出された柄杓をアルトリアは無表情を崩さずに受け取り、樽からワインを掬い取って軽く飲んでいく。

 

「む? なんだ、酒が苦手なのか?」

「飲めないわけでは無いが、好きでは無い。姉も、あまり飲まないしな。曰く、過度な飲酒は身体を悪くするそうだ」

「ん~……そうか。まぁ、個人の趣向についてはとやかく言わんが、酒を飲むことの楽しさを知ればもう少し人生楽しく生きられるのではないか? 騎士王よ」

「必要ない。そもそも生きるだけなら飲酒の必要性など皆無だろう」

「それはそうだがのぅ……」

 

 何処か残念そうな顔でライダーは唸る。彼にとっては美味い飯を食って、美味い酒を飲むことこそが『生きる』ということ。つまり『生きる』という事は楽しむことに他ならない。感情の上下がない時間の経過は『死』と大差ないからだ、とライダーは思っている。そして目の前の騎士王は――――心が死にかけていた。

 

 故に「酒を飲む楽しさを教えてやらんことも無い」と意気込んではいたが、本人が「そんなに好きでは無い」と言ってしまった事で出鼻が挫かれてしまった。それを残念がったのかもしれない。

 ついでに、新しい飲み仲間ができなかった事にも。

 

「それで、まずは私と”格”を競いたいというわけか。ライダー」

「おうとも。互いに『王』と後世で称えられている以上それをしない道理はあるまい。これはいわば『聖杯戦争』ならぬ『聖杯問答』――――どちらが”聖杯の王”に相応しい器の持ち主かの競い合いよ」

「…………私は――――」

 

 アルトリアが何かを言おうと口を開いた。――――が、その瞬間二人は同時にただならぬ気配を肌で感じ取り、直感的に首を上にあげた。

 

 ――――空に『王者』が居た。

 

 そう形容するしかない、圧倒的な威圧感。その場に居るだけで体が潰されそうな圧力が二人の体に圧し掛かる。

 夜空を舞う『それ』は一対二翼の翼を羽ばたかせながら、ゆっくりとこちらへと降りてきた。

 

 降り立ったのが銀の竜。しかしただの竜では無い。千年以上を生き長らえた最上級の竜種。

 身に纏う大量の鱗一つだけでも、現代ではこれ以上無い価値を持つだろう神秘の塊。一晩にして国を焼き滅ぼせる災厄にして竜種の王。月光を反射して輝く銀の鱗は本物の白銀以上に煌めき、この場を照らす閃光となる。

 

 そして銀竜が中庭に降り立つと、その背に乗る影が見えてくる。

 

「――――ほほう。まさか、竜の背に乗って現れるとはな。見事なり、キャスター!」

「……姉さん」

 

 竜の背には銀髪銀眼の美女、紺色の髪を伸ばした男性、アルトリアに容姿がよく似た金髪の少女、そして旗を掲げた金髪の少女が乗っていた。当然、アルフェリア、ランスロット、モードレッド、ルーラーの四人である。

 

 アルフェリアが竜の背から飛び降り、己の専従である銀竜――――ハクの頭を優しく撫でながらこちらを見る。その顔は、いつも通りの笑顔。アルトリアはそれを見て咄嗟に目を逸らしてしまった。

 その笑顔が、眩しすぎた(・・・・・)から。

 

 汚れ、濁った自身への嫌悪でアルトリアは思わず血がにじむほど手を握りしめた。

 今の自分に彼女を見る資格はない。笑顔を向けられる資格も。愛を受ける資格も――――そう考えていたアルトリアの体を、暖かな温もりが包み込んだ。壊れて、荒んで、汚れきったアルトリアの心を癒すように。

 アルトリアは唇を震わせながら、俯いた顔を上げる。

 

「姉さん……私はっ、貴女に、剣を……!」

「ふふっ、大丈夫だよ。大丈夫だから……もう少しだけ、こうさせて」

「……ごめん、なさい…………っ」

 

 自分の不甲斐なさと姉への申し訳なさに涙を流すアルトリア。しかしアルフェリアは優しい笑みのまま、彼女の華奢な体を抱き、背中をさすってそれを宥めていく。その様は、まさしく姉妹。長きに渡り離され続けた家族は、ようやく真の形で再会を果たしたのだった。

 

 これぞ感動的な場面。

 傍らで見ていた征服王すら少し涙を浮かべ、アイリスフィールなど「よかったわね……!」と言いながらハンカチ片手に号泣している。ウェイバーは状況が飲み込めず「え?え?」と言った様子であったが、まぁ些細なことだろう。

 

 しかし悲しいかな――――どこの世界にも空気を読まない者というのは存在する。

 具体的には、黄金の鎧を纏った天上天下唯我独尊のサーヴァントが。

 

 

 

 

「フーッハッハッハッハッハッハ!!! 愉快! 汚らしい鼠が無様に泣きわめく様は見ていて実に愉快よ! だが鼠が我の庭で涙を落とすなど、本来であればこの我直々に断罪するべき行為。だが――――許す。貴様の美しさに免じてな、キャスター!」

 

 

 

 

 何処からともなく聞こえる高笑いと共に、しんみりとした空気が一気にぶち壊れる。

 

 瞬間、眩い黄金の光が一同の眼前にて発生した。そしてその声音、その気配に覚えのある者達は一斉に引き攣った笑いを浮かべ出す。生真面目なランスロットに至っては「やはりあの時殺しておけばよかった……」と深く後悔したような顔だ。実にたった今乱入した者の悪質さが理解できる一場面と言えよう。

 

 出現したのは着込んだ黄金の鎧を輝かせた金髪赤眼の男。サーヴァント・アーチャー。殆どの英霊の真名が明らかになっている中、未だ正体が知れない謎のサーヴァントでもある。

 

「……ん? どうした雑種共。此処は我の登場と共に盛大な喝采と拍手を送るところだろうに! わかっていない、実にわかっていないな。やはり雑種は雑種か」

「アーチャー、どうしてここに?」

 

 震える声――――呆れが一周して怒りに変わり、身体を振るえさせながら問うアルフェリアに応えたのはライダー。凄く申し訳なさそうな顔で、征服王は疑問に答える。

 

「いや、な。街の方でこいつの姿を見かけたんで、誘うだけ誘って置いたのさ。――――ここまで空気の読めん男とは知らんかったが」

 

 真顔で告げる征服王の顔には、何処か悲壮が感じられた。

 

 確かに、ここまで見事に感動的な空気をぶち壊してくれる男なら流石の征服王も宴会の誘いは戸惑ったかもしれない。やはり相互理解は大事という事だ。良い意味でも悪い意味でも。

 

「……しかし、よもやこんな鬱陶しい場所を『王の宴』に選ぶとは。それだけで貴様の格は決まったものよな、征服王。こんな場所へと我に足を運ばせた非礼をどう詫びる?」

「まぁ、そう固い事いうな。ほれ、駆けつけ一杯」

 

 アーチャーの尊大な態度をライダーは苦笑を交えながらも笑い飛ばし、ワインを掬った柄杓を差し出そうとする。が、その寸前でアルフェリアが手を突き出してライダーの剛腕を止めた。

 何の前振りもなく行動を止められたライダーは怪訝そうにアルフェリアへと問いを飛ばす。

 

「ん? どうかしたのか、キャスター?」

「……それ、何なのか知ってる?」

「当然だとも。この国の由緒ただしき酒器――――」

「いや違うから。水や酒を掬う事はあってもワインを掬うことには使わないから! はぁぁ……聖杯ってどうして『常識』っていうのをサーヴァントに教えないのかな、全く……」

 

 聖杯がサーヴァントに与える知識は飽くまで大まかなものである。

 例えば、飛行機。「飛行機が空を飛ぶ機械」という知識は与えられても「どんな原理で飛行機が飛んでいるのか」という知識は与えられない。要するに箱の形は知っていても箱の中身を知らないのだ。

 

 アルフェリアは前世――――名前も知らなければ、家族の顔も知らない者の記憶を受け継いでいるせいで、現代の詳細な知識を保有するイレギュラー故に一番常識が身についている。だがそれを彼女が他者へと明かすことは今まで一度たりともなかったし、今後も起こりえないだろう。

 

 しかしもし彼女がそんなインチキをしていなければ、やはり彼女も周りのサーヴァントと同様だったのだろうか。

 

「そんな下らんことよりも、我としては中立を謳う小娘がキャスターと共に参上したことに疑問を覚えているのだが――――これはどういうことだ? ルーラーよ」

「っ……」

 

 ギラリ、とアーチャーのルビーの様な赤眼がルーラーへと向けられる。

 突拍子もなく睨みつけられたルーラーはその威圧にビクッと体を震わせながら、一度ワザとらしくせき込み説明を述べ始めた。

 

「こほん……。理由としては二つです。一つ目は、私が行き倒れていたところに彼らに拾われ、保護を受けたこと。本来ならば勧められない状況ですが、空腹による餓死寸前という緊急事態だったのでやむなく……」

「……プッ、フフフフハハハハハハハハハハッ!! 中立役が空腹で倒れるだと? 無様すぎて呆れすらできんわ、雑種の小娘よ! その胸についた贅肉は飾りか何かだったのか?」

「むっ……!? 胸は関係ないでしょう胸は!?」

「ククククッ……良い、続けろ」

 

 ルーラーが空腹でダウンという話は、確かに視点を変えれば笑い話だろう。要するに試合の審判が空腹で倒れて、選手に食事を分けてもらったという、笑っていいのか笑えないのか判断に困る話だ。

 因みに笑っているのはアーチャーだけで、他の者は全て苦笑だ。流石アーチャーと称賛すればいいのか、やっぱりアーチャーかと呆れればいいのか。

 

「二つ目は、過度な戦力の集中により聖杯戦争の進行に支障が出ないかの監視です。途中で仲間割れなどされれば、民家に影響がないとは言い切れませんので。今回ここに参じたのも同様の理由で――――」

「――――おいテメェ! 俺が姉上を裏切るわけねぇだろうが! 寝言は寝てからほざきやがれ!」

「――――モードレッドの言う通りですよ、ルーラー。万が一にも、我らがアルフェリア様を裏切るなど天地がひっくり返ろうが隕石が落ちてこようが断じてあり得ない。そんなことをするならば我が聖剣で迷いなく自身の首を断つことでしょう」

「…………ア、ハイ」

 

 鬼の様な怒気を発しながら、モードレッドとランスロットがルーラーの言葉を断固と否定する。

 

 事実彼らが裏切るなどあり得ないだろう。単純な忠義や尊敬以上に、彼ら彼女らは『家族』という切っても切れない絶対的な繋がりで結ばれているのだから。

 裏切るとすれば、それこそ体が『この世全ての悪』に汚染されるほどのことが無ければ断じて起こりえない。

 

 まるで特大の刃物でも向けられたような恐怖に包まれ、ルーラーは涙目になりながらカタコトで返事を返し、そのまましゃがんで床を指でなぞり始めた。

 

「……私、審判役なのに……どうしてこんな人たちに囲まれなきゃいけないんだろう……。星が綺麗だなぁ……」

 

 彼女の今の姿は実に孤独としか言いようがなかった。これが審判役の姿だと言って、誰が信じようか。

 

 ――――それはさておき、自身の胸の中で泣くアルトリアを宥めていたアルフェリアは、場の端で微かに漂う異様な気配を感じ取った。真水の中に漂う小さな毛糸の様な、本当によく凝視しなければ見つけることすらできない程、よく自然に溶け込んだ気配。

 

 彼女はそれを感じ取るや否や殺気を込めた視線を投げた。

 

 殺気が放たれた瞬間一瞬にして冷え込む場。

 向けられた方向こそ一方だが、滲み出る殺気は並の英霊の追随を許しはしない。触れるだけで気絶しそうな殺意が視線の先に居る『それ』を穿つと、違和感が存在していた空間が少しずつ揺らぎ、青い光を漏らし始めた。

 

 

「――――おいおい、覗き見していただけでそこまで殺気を向けるこたァねェだろ?」

 

 

 皮肉気な笑いを浮かべながら、漏れ出た青い光――――魔力の粒子が人型を形作り始める。

 

 現れたのは青いタイツを着込んだ男性、サーヴァント・ランサーだった。彼は普段握っているはずの赤槍を持たず、明らかに隙だらけだという事が分かる。

 だがそれは素人の見解。実際のランサーは一つとして隙が見当たらない。武器が無くても一流の戦士だという証拠だ。そして彼は肩をすくめながら、中庭の中央付近で足を止めた。

 

 幾ら観察しても、隙は無くとも彼に敵意はない――――戦闘をするつもりはないようだと判断し、アルフェリアは向けていた殺気を収める。そして体を圧迫していたモノが消えたことで、ランサーも「ふー」と一息ついた。

 

「いやはや、まさか隠れてみてるだけであんなふざけた殺気を向けられるとはな。お前さん、ホントにキャスターか?」

「キャスターだよ。あと、私が殺気を向けたのは『この場所で隠れる理由がないのに隠れていた』から。普通に登場してくれれば、私もあんなことはしないよ」

「そうかい。まぁそれでも、お前さんの強さが底知れないって事が分かったからな。何も悪いことだけじゃねえ」

「…………そう。それで? 貴方もライダーに誘われて?」

 

 疲れた様な顔でアルフェリアがランサーに問うが――――その答えはライダー本人から帰ってくる。

 

「いんや。余は誘っておらんぞ」

「たりめェだ。俺はマスターの工房の中で待機していたからな。連絡の取りようがねェ」

「じゃあどうやって」

「お前さんのマスターに誘われたんだよ。キャスター。宴会をするけどお前もどうだ? ……ってな」

「ヨシュアが……まぁ、ならいいか」

 

 とりあえず、これでアサシン以外の全てのサーヴァントがまた集ったことになる。

 一日目だけでなく二日目もサーヴァントが大集合。ここまで来ると事前に話し合いでもしていたのではないかと思えてくるほどの状況だ。普通のマスターなら意地でも漁夫の利を狙おうとするだろうが――――

 

 

「あ、ここで少しでも戦おうとした奴は速攻でマスター諸共ぶっ殺す(・・・・・・・・・・)から、そのつもりでね?」

 

 

 アルフェリアの一言で、この状況を静観していたマスターたちはごくりと固唾を飲み込んだ。

 

 その台詞に籠められた威圧はまるで竜種の咆哮。耳に入れるだけで全身が上から押し潰されるような感覚を味わい、この瞬間から全てのマスターは行動を制限されてしまう。下手に動こう物ならアルフェリアは文字通り即座に殺しにかかるだろう。

 無論、正当防衛という建前がある以上『戦闘禁止令』という盾を使う事も不可能。

 

 つまり、この場は彼女の一言で絶対神聖領域と化したのだ。

 

 まさに聖女――――何処か勘違いをしながら、ルーラーはその腕前に感嘆しキラキラとした憧憬の眼差しを彼女へ向ける。……やってることはただの脅迫なのは内緒だゾ☆

 

 色々予想外の事はあったが、予想通りほぼすべてのサーヴァントが揃ったことでアルフェリアは小さく頷き、苦笑のまま片手を空へと伸ばして軽く指を鳴らした。

 

 パチン、と軽い音が空へと消え――――直後、庭の上空に『孔』が空く。

 

「なぁッ!?」

「嘘でしょ……!?」

 

 ウェイバーとアイリスフィールが驚愕の声を漏らす。

 

 今アルフェリアが行ったのは間違いなく魔術の発動だ。しかし魔術と言う物は基本的に詠唱や儀式を伴う代物。軽度の物なら一工程――――魔力を流すだけで発動できる物もある。だがそれは本当に簡易的なもの、それこそガンドなど初心者でも苦も無く使えるような初歩の初歩の魔術だけだ。

 

 そして今、アルフェリアは詠唱もせず、指を一回鳴らすだけで空に半径数メートル級の虚空を生み出した。言葉にすれば単純だが、今やったことを簡単に言えば現世と異空間の接続。そして接続空間の拡大。――――普通の魔術師が今彼女が使った魔術を再現しようものなら、確実に長大な詠唱と魔力を必要とする。当然、アイリスフィールも例外では無い。

 

 もし現代の魔術師がコレを見たなら、それだけで数百年積み重ねてきた努力が彼女(アルフェリア)の前では道端の小石同然だと理解できるだろう。例えこの先何百年、何千年努力を積み重ねようが決してたどり着けない魔術の極地。

 

 ウェイバーはそれを理解して絶句し、アイリスフィールはただ言葉もなく冷や汗を流した。

 

 何せ今の魔術は、やろうと思えばキャスターは指一本動かさずともここに居るマスターやサーヴァントたちを殺せる用意ができる、という証拠でもあったのだから。

 

「宴会だからね。最低限の用意はさせて貰ったよ。どうぞ、楽しんでくださいな」

 

 虚空から降りてきたのは、重力が消えたようにゆっくりと下降する、大量の料理や酒などが乗った純白の円卓。

 

 円卓に置かれた料理は一個一個が至高の品。神がかった技術だけでなく食べる者を思う気持ちも欠けていない、料理人がたどり着く終着点の一品。

 漂う香りを吸えば、それだけで頭の中に爆発するような多幸感が広がる。無意識に口から涎を垂らすものも多数。あの尊大なアーチャーでさえ目を丸くしてそれらを見ている。

 

 そして、酒類は確認できるだけでもビール、ウォッカ、ワイン、ウィスキー、ブランデー、焼酎、日本酒等々。他にも彼女特製の製造法不明の酒なども存在している。この世のすべての種類の酒がここにあると言われても納得するだろう品揃えだ。

 

「料理に関しては色々な国の物を用意させてもらったよ。イタリア、スペイン、ポルトガル、フランス、ベルギー、ドイツ、スイス、オランダ、イギリス、アイルランド、スウェーデン、オーストリア、マケドニア、ギリシア、ブルガリア、ロシア、メキシコ、ブラジル、コスタリカ、ペルー、アメリカ、ハワイ、カナダ、キューバ、オーストラリア、エジプト、トルコ、サウジアラビア、イラン、イラク、シリア、インド、スリランカ、インドネシア、ベトナム、マレーシア、フィリピン、チベット、ネパール、中華、台湾、タイ、日本――――他にもほしい料理があったら遠慮せずに言ってね?」

 

 その数実に四十三ヶ国。それぞれの国の料理を見事作り上げ、更に独自にアレンジを加えることでさらに高みへと昇華したその料理群は最早空腹の者からすれば『理想郷(アヴァロン)』に他ならない。

 

 証拠に――――アルフェリア以外の者達は既に臨戦態勢(・・・・)に入っていた。

 

 

「――――それじゃあ、宴会を始めましょうか」

 

 

 開戦の狼煙が、上げられた。

 

 

 七騎のサーヴァントが一斉に円卓へと飛びつく。始まったのは聖杯戦争ならぬ美食戦争。

 己の糧となる美食を取り合う、生命の根幹に繋がるだろう闘争。美味い飯を食い、美味い酒を飲み、体の糧とし明日を生きる。それに必要な最高の素材(料理と酒)が目の前に広がっているとなれば手を出さない理由は無い。

 

 ――――始まったのは料理の取り合いという子供の喧嘩染みた何かだったが。

 

「貴様アーチャー! そのザウアーブラーテンは私が先に目を付けた物だぞ!」

「フハハハハッ! 鼠は鼠らしく穀物でも食しているがいい、アヴェンジャー。しかしこれは……実に美味! 益々気に入ったぞ、キャスター」

「おいランスロット! お前のビーフストロガノフ寄越せ!」

「なっ……モードレッド卿、これは私が盛りつけた料理です! 何故貴方に差し出さなくてはならないのですか!」

「このチーズマカロニグラタン、美味しいです……故郷の料理とは思えないぐらいに」

「ほう! 余の国の料理であるパスタラマリヤまであるのか! ――――むほォ! こいつは美味い!」

「マジかよ……ウチの宮廷料理顔負けの美味さだ。ケルトじゃ基本丸焼きだからな。……ホント美味ぇな、オイ」

 

 名目通り、宴会の様な熱い盛り上がりを見せるアインツベルン城の中庭。

 異国の英雄たちが食卓を囲んでいるという異色にして圧巻の光景――――そして、その光景を見たほぼ全てのマスターたちは、同時にこんな疑問を浮かばせる。

 

 

 

 ――――…………聖杯戦争とは一体?

 

 

 

 戦闘禁止令が出されているとはいえ、明日には殺し合う仲だというのにそんな要素は一切見え隠れしない。本人たちが細かいことを気にしない性格なのか、それとも単純に馬鹿か。

 できれば前者であってほしいと願うマスターたちの祈りは、果たして叶うのだろうか。真相は本人たちのみ知る。

 

「しかしキャスターよ、何故貴様はこうも料理を得意とする? 生前は魔術師だったのだろう?」

「いや? 宮廷料理人だけど?」

「……は?」

 

 その一言が場に広まると、生前の彼女を知っていた者達以外の手がぴたりと止まる。

 

 気持ちは理解出来なくもない。

 何せ、世界的に見ても五指に食い込む大魔術師が自分を『宮廷料理人』だと称したのだから。

 

「……キャスターよ、それは所謂『ジョーク』と捉えればよいのか?」

「違うよ。確かに魔術はちょっと(・・・・)人より上手かったけど、半分趣味だしね。国防にも必要だったから、青年期の頃にマーリンに教えてもらった基礎を独学で発展させて使っていただけ。魔術師というか、魔術使いの枠を出ないよ、私は。それを周りの人たちがいつの間にか「大魔術師だー」とか、「三賢人だー」とか騒いで、勝手に異名を付けていったせいで誇張表現されたに過ぎないよ。だから、私の本職は宮廷料理人。決して稀代の大魔術師とか三賢人なんて御大層な名前を付けられるほど、偉い人でもなんでもないんだ。――――ご理解いただけたかな、英雄王ギルガメッシュ(・・・・・・・・・・)?」

「――――ほう……」

 

 真名を言い当てられたアーチャー、英雄王ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべる。その笑みは名を言い当てられたことに対するものか、それとも工房内で焦燥が滲み出た顔で歯噛みしている自身のマスターの無様を見ての反応か。恐らく答えは『どちらも』なのだろうが。

 

「ギルガメッシュ……? ッ、古代ウルクの王――――人類最古の英雄王か!?」

「まさしくその通りだ。気づくのが遅すぎるわ、雑種ども。だがキャスターよ、貴様はどうやら違うらしいな。何時から気づいていた?」

最初から(・・・・)

「……クッ、クククハハハハハハハハハッ!! 面白い! 実に面白いぞキャスターよ! 一体どうやって気づいた? 少なくとも我は現世に現界してから我自身の名を口にしたことは一度も無かったのだが?」

「ん~…………まぁ、聞かせても大丈夫か」

 

 ポリポリと頬を掻きながら、苦笑交じりにアルフェリアは果実酒が注がれたグラス片手に解説を始める。

 

「まず倉庫街での戦闘。あの時アーチャー、ギルガメッシュは大量の宝具を黄金の波紋――――たぶん、異空間系の宝具だろうね。で、そこから何百もの宝具を取り出した。普通多数の宝具を持っているのはライダーくらいしかありえないけど、そのライダーは此処に居るからギルガメッシュがライダーという事はあり得ないよね」

 

 宝具を複数、少なくとも三個以上所有できるのはライダーのクラスのみ。勿論例外は数あるが、十個以上となるとライダーでも厳しい数だ。だがギルガメッシュは百以上の宝具を所有している。たとえ彼がライダーのクラスであろうと、常識外の数だ。

 

「で、クラスに関わらず宝具を多数所持しているとなると、生前数多の宝物を集めた英霊が該当する。そしてアーチャーの高いプライドと暴君じみた傲慢な態度――――纏めれば『生前百以上の宝物を収集したことがあるプライドが高い暴君』。ここまでヒントが出されれば、後は様々な文献を当たっていけば大まかな推測はできるでしょ?」

「なるほど……確かに古代ウルクの王であるギルガメッシュ王は様々な宝物を自身の蔵に収めたという。つまりアーチャーの宝具はバビロニアの宝物庫か!」

 

 掌に拳をポンと置いて、征服王は「どうだ?」いったといった顔でギルガメッシュを見る。

 

 そんなギルガメッシュは自分の宝具を言い当てられたというのに全く焦りの様子が見えなかった。それは例え知られても問題無いという強者の余裕か。確かに、彼の宝具は詳細が知られたところで対処法は限られる。少なくとも発言者であるライダーの持つ手札ではどうしようもない――――ある一つの宝具を除いては――――という事は確かだろう。

 

「『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』、と言ってもらおうか征服王。……しかし、まさかそんな少ない情報で我の真名を当てるとはな、キャスター。その聡明さ、益々相応しいと言えよう」

「………ん? 相応しい?」

 

 アルフェリアはギルガメッシュの言っていることがよく理解出来ず、彼に問いかけた。

 理解出来ていないのは彼以外全員であることは言わずもがなだが。

 

「まだわからんか? 仕方あるまい。特別に、この我直々に伝えてやろう――――この世で最も素晴らしき誉れをな」

「?」

 

 やれやれと首を振りながら、ギルガメッシュは高らかに宣言する。

 

 爆弾となる発言を。

 

 

 

 

「――――キャスター、貴様に我が伴侶となる名誉を与えてやろう! 泣いて喜びながら受け取るがいい!!」

「……………………は?」

 

 

 

 

 爆弾は爆弾でもツァーリ・ボンバだった。

 

 ギルガメッシュのその発言を聞いたアルフェリアの生前関係者――――アルトリア、モードレッド、ランスロットは同じ瞬間、各々の持っていたグラスを無意識に粉々になるほど握りつぶした。更にその顔からは表情が消え失せ、並ならぬ殺意が滲み出始めている。

 最後に止めとして、三人は自身の宝具を無言で手に具現化しだす。

 

 間違いなくギルガメッシュを抹殺する準備であった。

 

「姉さんを、伴侶に? ハハハハハハハハ■■■■■■■■■■■!! …………殺ス」

「アロンダイトよ、今こそお前の力の見せ所だ。彼女に近付く悪漢を始末するぞ…………!!」

「姉上と結婚していいのは父上と俺だけだ! テメェなんかに奪われてたまるかぁっ!!」

 

 色々可笑しい気がしなくもないが、愛の前では細かいことだ。気にしたら負けという奴だろう。

 

 …………たぶん。

 

「やれやれ。騒がしい鼠どもめ。この俺の婚儀を邪魔立てするか。いいだろう、お望み通り罰を与えてやろう」

「ちょっ!? アーチャー、今日は戦闘禁止令が――――」

「知らん。そんなルールに我を当てはめるでないわ、ルーラー。そもそもこれは『戦い』ではなく『断罪』であるが故、そんな凡俗な決まりなどには引っかからん」

「それただの屁理屈ですよね!?」

「屁理屈も理屈だ。何、単なる遊戯よ。大人しくそこで見ているがいい」

 

 喧嘩を吹っ掛けられたギルガメッシュも妙にやる気で、背後から多数の宝具の顔を出させたまま仁王立ちする様は実にノリノリだった。まさか惚れた女の前でいい恰好でも見せたいのか、この英雄王は。

 

「おいキャスター、いいのかアレ? アイツ等が戦うなら俺らも巻き込まれるぞ?」

「その心配は実に的確だと言わざるを得ないね、ランサー。でも大丈夫だよ。ちゃんと私が止めるから」

「は? だがどうやって――――」

 

 流石にこの事態を重く見たランサーが顔を引きつらせながらそう言うが、それでもアルフェリアは微笑のまますーっと息を吸い――――

 

 

「今から大人しくしなかった人は特製デザート抜きですよー!」

「「「「ッッッ!!!!」」」」

 

 

 光の速さで四人が元の位置に戻る。

 デザート抜きにされると聞いては彼らとて大人しくせざるを得まい。何せ至高の料理人が作る特製だ。英雄王の宝物庫にもないそんな物を食す機会を自分から捨てるわけがない。

 良く言えば食い意地が張ってる、悪く言えば胃袋を掴まれている、か。どちらにしても残念な感じなのは変わらないが。

 

「全く、折角開いた宴会で暴れ出そうとしないでよね。頑張って用意した料理を無駄にしないためにも」

「ご、ごめんなさい……」

「あの阿呆王の戯言で少々頭に血が上ってしまいまして」

「その通りだぜ! 全く! 全く!」

「フン、我は我の気持ちを正直に述べたまで。それで? 返事を聞かせてもらえるか? キャスターよ」

「保留で」

 

 タイムラグ無しの速攻でアルフェリアは返事を返す。しかも返事は無難な『保留』だ。ある意味妥当だが、英雄王からすれば「むっ」とする返事であった。

 

「保留とは……何を迷う必要がある? 我の伴侶となる事、それ即ち世の全ての悦を手に入れたも同然――――」

「――――いや、好きでもない異性と結婚とか、普通に無理でしょ?」

「ぐはァッ!?!?」

 

 アルフェリアの鋭い一撃が英雄王の心を的確に穿つ。ゲイ・ボルク顔負けの精度だ。

 

「ば、馬鹿な……! この我に対し『好きではない』、だと……? 黄金比の領域に整えられた我の肉体のどこに欠点があるというのだ!?」

「肉体面じゃなくて、精神的な話だよ。私、人は見た目じゃなくて性格で選ぶタイプだし。……まぁ、異性としてはともかく、人間としては貴方の事は好きになれるよ? ギルガメッシュ」

「それは我との婚約の了承と見て――――」

「違うからね~」

「ゴフッ……!」

 

 再度心を穿たれたギルガメッシュは椅子から転げ落ち、膝をついてプルプルと体を震わせた。人類最古の英雄王の名前が泣いているだろう絶景(笑)であるのは言うまでもない。

 

「ま、そう言うわけで、もっとお互いの事を知らないうちには返事は返せない。だから『保留』。返事は、もう少し待っててね?」

「くっ……まあ良い。その答えは『私が貴方の物になるのは時間の問題』と言っているようなモノだからな! フーッハッハッハッハ!!」

「…………そんなこと一言も言ってないんだけどなぁ」

 

 高らかに笑うギルガメッシュへの対応を諦め、アルフェリアは光の消えた遠い目で夜空を見た。勿論現実逃避である。

 英雄王は人の話を聞かない――――アルフェリアは密かに胸へとその言葉を刻み付けたのだった。

 

 そんな茶番が終わったころに、ライダーが一度注目を集めるために大きく咳き込んだ。

 色々脱線してしまったが、ようやく『本題』に入るつもりなのだろう。

 

「んん! 皆の者よ、聞け。――――食卓の上には美味い飯と美味い酒。そして此処には八騎のサーヴァント。ここまで揃うモンが揃ったからにはしなければならんことがあるだろうよ!」

「? おい、征服王さんよ。アンタは一体何をやるつもりなんだ?」

 

 未だ状況があまり飲み込めていないであろうランサーのその問いに、征服王は笑みを崩さずアルフェリアが用意した銀の酒器に、数百年もの間熟成されたであろう極上のワインを注ぎながら、喜色を含んだ声で答えを返す。

 

「ランサーよ、我らは互いの事を知らん。故に語り合う必要がある。拳で語り合うもよし、口で語り合うもよし。しかし悲しいことに、今宵は争い事が禁じられている。――――だが先程も言った通り、語り合うだけなら拳ではなく口でもできる。ならば此度の夜は杯を交わし、己の大望を語り合うことで各々の器を示すべし!」

 

 征服王は銀の酒器に注がれたワインをがぶりと一気に飲み干して、卓上へと力強く叩きつけた。

 何杯もの酒を飲み干した征服王の頬は紅潮しており、何処からどう見ても酔っている。だがその目には確かな強き炎が燃え滾っており、今の言葉に偽りがない事を魅せられる。

 

 そして空を貫かんばかりの大声で、ライダーは大声で全員へと呼びかけた。

 

 

 

「――――さぁ、我らの問答を始めようぞ!」

 

 

 

 英霊(ゴーストライナー)たちの長い夜はまだまだ続く。

 

 

 




戦闘がない・・・戦闘が欲しい・・・!!今更だけど二日目戦闘禁止にしたのちょっと後悔してる!でも仕方ないじゃん?こうでもしないとジャンヌと聖堂教会の胃が死ぬんだし・・・アレ?別に良くないか?

璃正「解せぬ」
じゃんぬ「解せぬ」
麻婆「愉悦」

・・・あー、暑っちぃー・・・早く秋来てくれ~(;´・ω・)



なお、夏でも秋でもAUOはフラれる模様。

AUO「何故だぁぁぁぁぁ!!」

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