Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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初めに、私のしょうもない暴走で振りまわしてしまい大変申し訳ありませんでした。

日々積み重なるストレスの管理を怠った結果、自分でもよくわからないスイッチが入ってしまいあの惨状を引き起こしてしまった事は、とても後悔しております。改めて改稿前の奴を見たら「うわぁ・・・」と自分でもドン引きするぐらいのアレ過ぎて、正直今でも凄く頭を抱えています。壁に頭を打ちつけるぐらいに。

此度の失敗を踏まえて、今回の話はシリアスありギャグありしんみりありなどなど、自分なりに色々工夫して作り上げました。

・・・これでも駄目だったら泣いちゃうなぁ(´・ω・)

追記

誤字を修正しました。


第十三話・痛哭の誓い

 首を絞める感触が頭を刺す。

 呼吸できなくなっているのは別にいい。生前、海に潜って逃げようとしたピクト人を同じく潜って三十分以上息継ぎ無しで仕留め続けた経験から、長時間呼吸をしなくとも活動できるので息ができないこと自体は、特に問題は無い。

 だが――――その、かつて宝石のように眩しく美しかった碧い双眸が、狂気に染まっているのを見て心臓が引き締まるような悲痛に襲われる。

 

 彼女は言っていた。『貴女が私を見捨てた』と。それは違う――――などとは、言えないのだろう。

 勝手な我が儘で身を投げ出したこの身に、そんな言い訳をする資格など無い。

 

 家族として互いに深く愛していた者が突然居なくなる心の痛みは、想像を絶する。そして昔の私はそれを理解出来ず、勝手に、傲慢に、一人で走り続けた。

 隣に居たいと言ってくれた者たちが居たのに。

 護りたかった――――そんな言い訳を並べて、無理に押しとどめていたのだ。

 

 これは、罰だ。

 

 身勝手なことばかりしてきた己への罰。そう再認識して、私は歯噛みする。

 最愛の妹を、ここまで苦しめてしまった事に。

 

「ッ――――アルトリア!!」

「? どうしました、姉さ――――」

 

 最後まで言い切らせず、私は両手で自分の首を絞めているアルトリアの左手の手首を掴み、強引に力を緩めさせる。そして、その間に晒した致命的な隙を逃さず――――その腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「――――がっ、は」

 

 肺に入った空気を残らず吐きながら、アルトリアは衝撃波をまき散らしながら吹き飛ばされる。

 何回転もした後アルトリアは、冬木市の象徴ともいえる未遠川に掛けられた大橋――――冬木大橋の鉄骨部分に叩き付けられた。『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』による魔力障壁で衝撃を軽減したのか、ぶつかった鉄骨は凹む程度だ。しかし、超至近距離からの蹴りを防げるほどあの障壁は優れていない。

 

 口から少量の血を吐きながら、アルトリアは殺意と狂気に満ちた視線で私を貫く。

 

「あ、アッハハハハハハハッ……そう、ですか。ここでやるんですね、姉さんとの――――殺し合い(愛し合い)を……」

「――――今の私は、貴女に何も言えない。贖罪の言葉すら、空っぽな物になる。だから」

 

 魔力放出と魔力操作を最大限駆使し、最低限の魔力で滞空状態になった私は自身の付近に黒い孔を生み出す。

 己が生涯かけて集めた武具の数々を保管している『虚数空間(倉庫)』へと。

 

 その孔に右手を差し込み、引き抜く。するとその手には、一つの弓があった。

 しかしそれは普通の弓では無い。通常の弓ならば一本だけなはずの弦が、琴の様に幾つも存在している。更にその素材のほとんどが幻想種や聖樹などの莫大な神秘を内包している素材でできていた。弦もまた、竜種の筋繊維で作られている。間違いなく宝具としての格は高位に達しているだろう。

 

 これぞ彼のキャメロット一の弓の名手であるトリスタンが愛用し、無駄なしの弓とまで称えられた弓――――『痛哭の幻奏(フェイルノート)』。その、発展型である。

 

「その弓は、トリスタン卿の…………!!」

 

 名は『痛哭の幻奏・冥府反響(フェイルノート・オルフェウス)』。私がトリスタンの弓を借りて作り上げた、対竜兵器にして所持している武器の中で遠距離戦における最強武装。

 その形状に一切の無駄がない美しき白銀の弓を月光で煌めかせながら、私はその弓をアルトリアへ向けながら弦を引く。

 同時に私の魔力を弓が吸い、弦を挟んだ指から青く輝く魔力の矢が形成された。

 その破壊力、対物ライフルの五十口径弾以上の代物。最大出力なら竜の頭部を一撃で爆散させかねないその弓は、幾分か出力を抑えてもなお凶悪な一撃を放つ。

 

 家族に矢を向けている。その事実が酷く頭を打ち、体の動きを鈍重にさせる。

 これぞ固有スキル、『悠久なる愛情』の効果。

 愛する者へ武器を向けた場合、宝具以外のパラメータを最大2ランクダウンさせるデメリットスキル。逆に守護するための戦いならば2ランク上昇するが、ここに庇護の対象は一人しか存在せず――――またその対象は『敵』であった。

 

 その事実で生まれる悲哀に顔を歪めて、私は震える唇を抑えて告げた。

 

「――――貴女を、救う。その絶望から、引き上げて見せる。それが今私ができる、最大の贖罪だからっ……!」

 

 絶望に落としてしまったのが私なら――――その絶望から引き上げるのも私だ。

 まだ声が届いているのなら、例え刃を最愛の妹に向けることになろうとも救って見せる。それが、私に許された唯一の罪の償いなのだから。

 

 

「ッッゥウウアアアアァァァアアァァァ■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!」

 

 

 喉が避けんばかりの雄たけびを上げながら、アルトリアは冬木大橋を蹴っただけでなく魔力放出と『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を併用した超加速で私の居る方向へと突進してくる。

 その速度は音速以上。それを迎撃せんと『痛哭の幻奏・冥府反響(フェイルノート・オルフェウス)』を使って魔力の矢をマシンガンばりの発射レートで撃つが、衝撃波や魔力による疑似的な残像さえ残しながらアルトリアはネク○トACばりの変態的な軌道を描きそれらを難なく躱しながら、右手に持つ魔剣を唸らせて確実に私との距離を詰めていく。

 

「アルフェリアァァァアァァァァァァア――――――――ッッ!!!」

「アルトリアっ――――」

 

 ついに互いの距離が三十メートル程度にまで縮まる。それでも私は弓を離さず、アルトリアの右腕を狙って最後の一射を放とうとした。

 今度は通常の矢ではない。この弓に備え付けられた全ての弦を使った絶対破壊の一矢。

 鋼鉄よりも硬い三本の弦を己が持てる剛力で纏めて引き絞り、通常よりも遥かに巨大な魔力の矢を形成。それを真名解放と共に放つ。

 

 

「『痛哭の幻奏・堅城破砕(フェイルノート・ドミネーター)』ッ…………!!!」

 

 

 竜では無く城を破壊するために編まれた絶技。直撃どころか掠るだけでも並の英雄では致命傷になりかねない対城宝具の一矢は強烈な螺旋を描きながら超音速を越え、極超音速に至り、触れた物全てを貫き破壊する絶命の一撃となってアルトリアへと襲い掛かる。当然、彼女が一級の英霊と言えど当たれば瀕死は免れない。

 

 ただし、その守りは城の如き硬さを誇っていた。

 

 第一に『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』による守護。彼女の周囲で高速回転をし、強力な竜巻を包んでいる状態ともいえる彼女にとってはライフル弾ですら豆鉄砲当然。例えそれを破っても、魔力による攻撃である以上クラススキルである対魔力による障壁が存在している。セイバークラスで無い以上ランクは低いだろうが、それでも侮れない護りだ。

 

 そして何より――――アルトリアが迎撃行動をする以上、威力の減衰は免れない。

 今の攻撃、『痛哭の幻奏・堅城破砕(フェイルノート・ドミネーター)』はランクにしてA程度。減衰した威力ではB程度にまで軽減されているだろう。果たしてそれで向こうの護りを突破できるかどうかは怪しい所だ。

 

 だから私は、その判断を下した直後にすぐさま持っていた弓を虚数空間へと放り投げ、今度は二本の剣――――黄金の剣と緋色の剣を虚空から取り出した。

 向こうが必ず今の攻撃を突き破ってくるだろうと信じて。

 

 

「――――『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』ッ!!!!」

 

 

 予想通り、『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を纏わせ巨大化させた剣で私の放った一矢を斬り裂き、アルトリアはその勢いを止めずに魔剣を振りかぶってきた。私をその黒い凶刃の餌食にするために。

 勿論、受けるわけにはいかない。

 まだ果たさねばならないことがある。あの子を救わなければ――――死ぬ資格すらありはしない。

 

「姉さんッ!!」

「くっ――――!」

 

 鈍重な魔剣の一撃を、交差させた二つの剣で防ぎ止める。

 闇夜び響き渡る甲高い金属音。飛び散る花火は季節外れの蛍を思わせる優美な赤色を見せながら、空へと無常に飛び散っていった。

 キキキキ、と耳を刺す金属同士が擦れる音が頭に木霊する。頬を流れる汗が、今はひどく冷たく感じた。

 

 ステータスダウンのハンデか、アルトリアの力に少しずつ押され出す。それを魔力放出で強引に補助しながら、私は最愛の妹の顔を真っ直ぐ見据えた。

 目を離してはいけない。たとえどんな痛ましい姿でも、そうさせてしまったのは私なのだから。

 

「どうしてっ……どうして、どうしてどうしてどうしてェッ!!! どうして私の願いを否定するのですか!? 寄りにもよって貴女がッ!! 同じく全のための一として切り捨てられ、世界を恨んでもいい資格を持っている貴方が何故……ッ!」

「私はっ、罪なき人々の努力を白紙にしてまで、自分の幸せを掴もうだなんて思ったことはない!!」

 

 交差させた剣でアルトリアの剣を弾く。攻撃を弾かれ、大きく体勢を崩した隙にアルトリアの右手に一撃を放とうとして――――直ぐに逆方向から襲ってきた白い短剣による一撃を黄金剣で防いだ。直後、体勢を立て直したアルトリアが再度魔剣による一撃を繰り出し、それを左手の緋色の剣で防ぎ切る。

 尋常では無い怪力による鍔迫り合いで、剣が震える。カチカチと音が鳴るたびに花火が散る。

 

 それでも両者共に、一歩も引かなかった。

 

「罪なき人々……? アハハハハハハッ! 他者を切り捨ててのうのうと存続している世界に罪がないとでも!? そんな世界で能天気な顔して過ごしている人類に、本当に罪がないとでも……!? たとえ神が罪を許しても、私が許さない! 姉さんや皆を切り捨ててなお続いているような世界は、私が壊す……ッッ!!!」

「アルっ……そんなことをしても、過去は変えられないんだよ……!」

「変えられる!! 聖杯が、奇跡を降ろす聖遺物ならば、私の願いを叶えてくれるッ!! だからっ――――邪魔をするなァァぁアァァァァァァァァあああァァアァァッッ!!!!」

「ッ――――」

 

 筋力パラメータの差により押し負け、魔剣を押しとどめていた緋色の剣が大きく弾かれる。幸いだったのは、私の体も同じく吹き飛ばされて距離が開けたことだろう。もし距離を空けられていなかったら、武器を弾かれた隙に致命傷を受けていた。

 回転する体を抑え、体勢を立て直しながら私は黄金剣を構える。最早手加減する余裕などない。

 

 全力で行かなければ、此方がやられる――――ッ!!

 

 

「溢れよ星の息吹、輝け黄金の剣。この一撃、人々の願いと知れ…………!!」

「束ねよ星の絶望、輝け漆黒の剣。この一撃、人々の絶望と知れ…………!!」

 

 

 何の因果か、互いに対極になる口上を告げ乍ら、空で黄金の光と漆黒の光が共に天へと上り出す。

 空間そのものが軋む音を立て始め、この場における神秘の圧力がいかほどの物かを知らしめる。今宵起こるは星の極光の衝突。魔力同士の摩擦で雷撃が散り、真下に広がる水が抉れ出す。

 

 そしてついに――――二つの極光は振り下ろされた。

 

 

「『偽造されし黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』――――――――ッ!!」

「『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』――――――――ッ!!」

 

 

 轟音を空へ轟かせながらぶつかり合う黄金と漆黒の極光。膨大な神秘の熱量の奔流が川の水を吹き飛ばし、風を掻き回し、光をまき散らす。不自然に夜空で輝く失墜する星の輝きは、既に数キロ以上離れてしまった冬木市の市街でもはっきりと認識できるほどの強さで光り輝き、見るもの全てを魅了する。

 先程とは比べ物にならないほどの魔力の摩擦。熱だけでなく強烈な雷電すら空間中を飛び交い、その光景は幻想的にして圧巻。誰かが見れば「神話の再現」とまで称えるだろう衝突は、もうすぐ決着がつこうとしている。

 

「ぐっ、ぉぉぉおぉおぉぉぉおぉぉぉおッ…………!!!」

「ハァァァアアァァァアアアァァァァアアアアアッ!!!」

 

 私の方が押され始めていた。当り前だ。この黄金剣、『偽造されし黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』のランクはA+。アルトリアの宝具はA++。瞬間的な出力ならば二倍以上差がある。何かしなければ押し負けてしまう。だがこの剣のコントロールに気を抜けば流し込まれた魔力が暴走して爆発する危険性が存在する以上、下手に余計なこともできやしない。

 

 どうする、一体どうすれば――――そう考えていた時、ふと誰かの手が肩に触れる。

 

「――――え?」

「――――自分を信じなさい。魔王さえ討った貴女が、あんなもの程度に負けるはずないでしょう?」

 

 そう言って自身を励ましてくれたのは、黄金の髪を揺らす紅眼の美女。人間味が薄いと思えるほどの妖艶さを身に纏った、かつての仇敵。

 黄金の吸血姫、墜ちた真祖、魔王ミルフェルージュ・アールムオクルス。

 この手に掛けた真祖の女性が、そこに存在していた。

 

「あな、た、どうして………!?」

「事情は後で。ほら、前を向いて。――――貴女は一人じゃない」

 

 ミルフェルージュは微笑を浮かべながら、その白く細い右腕を突き出してとある術式を組み立てていく。

 

「『永久に続く闇夜の中絢爛と輝け赤い星。高く、高く、万物の目印なれと願う。我が渇望、此処に有り』」

 

 突き出された手から黒い魔法陣が一つ出現する。その魔法陣は徐々に巨大になってゆき、やがて分裂して五つまで増え、私の背後へと配置された。

 そして――――莫大な魔力を収束し始める。私の魔力だけでなく、ミルフェルージュの魔力や大気中の『大源(マナ)』までをもかき集め、集った魔力の塊は術式により強力な魔力砲と化していく。

 

 

「行きなさい――――『五重門解放(クィンテット・カノン)黒き星光よ絢爛に輝け(ノワール・リュエール・デ・ゼトワール)』ッッ!!!!」

 

 

 漆黒の光にて全てを焼き払う熱線が五つ、同時に放たれる。

 

 一つ一つがBランク以上の対軍宝具と鬩ぎ合える強力な一撃。それが五つ。尋常では無い破壊力がこちらを押していた漆黒の極光を押し返し始め、そしてついに拮抗させるところまでに至った。

 しかしこれだけやって漸く『拮抗』。Bランク宝具五つ分とA+ランク宝具の一斉掃射でコレとか、一体どんな威力だと叫びたくなる。

 

 まだ、足りない。せめてあと何かもうひと押し――――そう思い始めた瞬間、私の背後の空間が割れ始めた(・・・・・)

 

「んなぁ……!?」

 

 今度は何だと涙目になるが、割れた空間の隙間から見えた物は――――とても、懐かしい顔であった。

 

 かつて、共に戦場の空を駆けた。

 かつて、共に体を温め合った。

 かつて、共に笑いあった。

 

 生前の相棒である竜種――――ハクが、その手で空間を強引に抉じ開けこちらに顔を見せていた。

 あの子はその身に内包する神秘が濃すぎて、まだ神代の環境が残っていたブリテンでも排斥対象になっていた。そしてそのブリテンとは比べ物にならないほどに神秘が薄れた現代で、ハクが存在できるはずがない。

 だから世界はハクを裏側へと押し込んだ。二度と表に出られない様に。

 

 それでもハクは――――帰ってきた。

 

 不甲斐ない相棒のために。

 

『グルルルルルルルルルルッ……!』

「ハクっ――――」

 

 自然と涙が流れる。

 今のハクの状態を例えるなら、周囲が真空状態になったようなものだ。体の中から発生する、体の外側へ向かう神秘の圧力がハクの体を襲っている。気を抜けば、そのまま圧力で爆散しかねない。

 格の低い竜種ならばまだ簡単な問題に終わったのだろうが、幻想種の頂点に位置する種の頂点に居るハクがそんな生易しい神秘の濃度なわけがない。

 あの子は表に出るだけで苦しむ。それでも、こんな私のために駆けつけてくれた。

 これで泣かないわけにはいかないだろう。

 

 

『オォオオオオォォォォオォォオオォオォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!』

 

 

 天を震わすほどの雄叫びを響かせ、ハクはその剛腕をもって空間を大きく裂いた。

 ついに、その巨体が現世へ降臨する。存在するだけで周囲の物体全てを押し潰す幻獣の王。己の周りを異界同然の環境へ変質させながら、竜王は翼を広げて高らかに空を舞った。

 

 そしてその口に空気が吸い込まれる。

 竜の持つ心臓――――超一級品の魔力炉心から生成される無尽蔵にして膨大な魔力が、口の隙間から輝き始める。

 これぞ竜の代名詞にして最強の切り札。

 

「行きなさい、ハク! 『竜王の息吹(ドラゴンブレス)』!!」

『グルァァァァアアアァァアァアアァアアァァアアアアアアアッッ!!!!!』

 

 巨大な顎が開き、超高濃度の魔力の奔流が吹き荒れる。

 白銀の極光と化した竜の息吹は、環境故に最全盛期と比べて格段に威力が落ちているにも関わらず、その絢爛な輝きは全く衰えず。幻想の頂点が生み出した光は、この世の奇跡にも勝るとも劣らない美しさを放っていた。

 

 ハクから放たれた息吹は、漆黒の極光を打ち消してもまだ有り余る威力だった。アルトリアの『殴殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』を押し切ったにも関わらずその勢いは全く減衰されず、光の柱は空を穿つ。

 その結果、空を覆っていた雲のほとんどが吹き飛び、星や月が空一杯にに見えるようになった。

 まさに『竜王の息吹(ドラゴンブレス)』聖剣の光すら跳ね除ける絶対の一撃である。

 

「っ――――アル!」

 

 当然、その一撃に巻き込まれたアルトリアが平気なはずがなく、彼女は苦悶の表情を浮かべながら未遠川へと墜落し始めていた。悲痛な様に胸を痛めながら、私は全速力で空を飛び、墜ちていく彼女を受け止めようと手を伸ばして――――逆にその手を掴まれる。

 

「!?」

「姉さん、詰めが甘い、ですよ……ッ!!」

 

 急にバランスが崩れたせいで魔力放出による飛行がままならなくなり、私はそのままアルトリアに引きずられる形で川の上へ落ちた。

 

 水柱が高く舞い上がる。豪雨の様に大量の滴が身体を打つ中、私とアルトリアは水の上で揉みあっていた。アルトリアが私の首を馬乗りになって絞めようとしていて、私はアルトリアに跨れながらその手を掴んで抵抗をしている。

 

 ミシミシと筋肉が悲鳴を上げて、両手が震えていた。それほどに狂化されたアルトリアの筋力が、私の力を押しているのだ。後もうひと押しでこちらが押し負けるほどに。このままではこちらの負けは確定的と言ってもいいだろう。

 あの吸血鬼とハクが助けに来るかもしれないが――――それでは意味が無い。こればかりは、私がやらなくてはならないのだ。

 

「力で駄目なら―――技でっ!!」

「うあっ――――!?」

 

 私はアルトリアの加えている手の力の向きを逸らし、強引に重心を崩させて水面へと押し付ける。

 その隙に私が逆にアルトリアへ馬乗りになり、その両腕を魔力放出を最大限まで利用し抑え込んだ。アルトリアもその馬鹿力で脱出しようとするが、もう遅い。

 

「ッ、ァアアァァァァアアッ!!! アアァァァァアアアァァ■■■■■■■■■!!!」

「……ごめんね」

 

 狂気のまま狂乱の雄たけびを上げるアルトリアへと、先に謝罪の言葉を述べ――――私は徐に自分の唇をアルトリアの唇へと押し当てた。

 

 

 

 

 押し当てた。

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 今まで狂気しか浮かべていなかったアルトリアの目に、僅かながら光が戻ってくる。

 恐らく精神に作用する宝具の効果が今の行為で解除されたのだろう。――――やはり、何かの宝具での反作用だという私の推測は的中していたようだった。

 

 それでも、全ての憎悪が消えたわけでは無いが。

 

 たっぷり三十秒間接吻を続け、頃合いを見て唇を離した。

 するとどうだろうか。今までの暴れっぷりが嘘のように鳴りを潜め、茫然としたアルトリアの顔がそこにあった。まぁ、いきなり姉からキスされれば絶句もするだろう。無理も無い。

 

 ――――かと思いきや、急に顔を赤くして顔を背ける。

 

「あ、あの、その……は、初めてだから、最初は優しく……」

「……はい?」

「わっ、私たちは姉妹ですけど、義理ですから問題ありません! むしろ私伝承では男扱いされてますから大丈夫です!」

「いや、えっと、何の話――――」

「結婚式はいつ挙げますか!?」

「――――はぁぁぁぁぁああ!?」

 

 今までとは別の意味で錯乱しだしたアルトリア。別に今の行為は恋愛的な意味でやったわけでは無くて、より強い刺激と感情を生ませることで一時的に憎悪という感情を消し去る意図があってやったのだが――――何か別の方向で勘違いしていないだろうか。

 

 いや、アルが結婚すると言ってくれるならハイヨロコンデーしますけどね? でも今は自重すべき場面というか、今まで積み上がった雰囲気台無しというか……。色々な物が壊れた気がする。

 

 とりあえず暴走を始める妹の肩を掴んで宥める。このままでは話もままならない。

 

「落ち着いて、アル。深呼吸。はい吸ってー、吐いてー」

「っ……すー、はー。すー、はー。……はい、落ち着きましたので結婚を――――」

「全然落ち着いてないよ!?」

 

 一体どこで教育を間違えてしまったのだろうか私は。マーリンか? マーリンのせいなのか? よし、マーリンのせいにしておこう。悪いことがあった場合大体アイツが悪い。そういうことにしておこう。

 

 深いため息を吐いて川辺に上がり、精神安定剤代わりに濡れた手でアルトリアの頭を撫でる。

 久々に、妹の頭を撫でられた気がする。そんな懐かしい気分が胸の内に広がった。

 だからこそ―――彼女がここまで変貌してしまった事に、悲痛を感じる。

 

「姉、さん。私は」

「…………あの滅びが、結末が、認められないんだね」

「……はい」

 

 その気持ちはわかる。今まで積み上げてきたモノが全て崩れ去る。なくなってしまう。その恐怖は何にも代えがたい絶望を与えるだろう。

 しかし、だからと言って他人の気持ちや努力を消し去る理由にはならない。

 何よりその行動は――――無意味と思われる結果を『本当の無意味』にすることなのだから。

 

「私もさ、むかついたよ。こんな結果ありかー、って。でも、私たちの歩みは無意味じゃない。無意味じゃないんだよ」

「でも私は、そうとは思えない……! 全てが無に帰した以上、私たちの歩んできた道は、努力は、全て無意味になったのですよ! 何の結果も残せず、私に付いて来てくれた騎士たちは無駄にその命を散らせた……っ! だから――――」

「じゃあ、貴女はその付いて来てくれた騎士たちの気持ちを、努力を――――今度こそ全部『無かったモノ』にしたいの?」

「…………え?」

 

 アルトリアの肩が震える。

 気づきたくない事実に、気づいてしまったように。

 

「過去を変えるって事は――――貴方を想ってくれた人みんなの気持ちが、全部本当に『無かったモノ』になる。皆が貴方にささげた忠義も、皆が貴女にささげた信頼も。本当に、貴女はそうしたいの?」

「わ、私、は――――」

 

 喉に何かが詰まった様に、呂律が回らなくなったアルトリアは自分の肩を抱きながら虚ろな瞳で震えだす。

 己がやろうとしていた事が、己が絶対に許さない事そのものだったのだから。自分自身に自分の願いを、思いを、否定されたのだ。

 異様なまでの自己矛盾。狂気に陥り正確な思考ができなかった故に、指摘されて初めてその事実に気付いたアルトリアは泣きそうな顔で震え続ける。

 

「ち、がう、私は、私はただっ……あの時みたいに、また皆で、一緒に……っ!」

「アルトリア……」

 

 この子は、ただ願っただけだ。

 幸せな毎日が、ずっと続きますように、と。あの輝いて暖かい毎日を、もう一度始めたい。それだけなのだ。

 そしてそれすら許されなかった。

 小さな願いすら否定され、国を守れず、その果てに折れてしまった。

 

 その願いの果てで産まれたのは狂気。己に降りかかる理不尽への憎悪。

 手に持っていた全てを取りこぼしたからこそ、彼女は深く絶望し、世界に憎悪した。そうすればもう一度やり直せると。取りこぼしてしまったモノが戻ってくると。そう信じて。

 

「姉さん、私はっ――――」

「ッ――――!? アル!」

 

 何の前兆も無く、アルトリアの姿が霞み始める。反応からして恐らく令呪による強制転移。アルトリアのマスターである衛宮切嗣が令呪を使用したのだ。何の意図があるのかは知らないが、タイミングが最悪過ぎた。

 私は手を伸ばしながら言葉を紡ぐ。

 せめてもの、言葉を。

 

「アル、私たちのやってきたことは、絶対に無駄なんかじゃない! この世に無駄なことなんて、何一つないんだからっ!」

「私はっ――――どうすれば、いいのですか……!」

「だからっ、だから――――『全部やり直す』なんて、悲しいことを言わないで……!」

「――――誰か、教えてっ…………!」

 

 伸ばした手が空を切った。

 もう一度瞼を閉じて開くと、そこにはもうアルトリアの姿はなかった。令呪による転移が、正常に行われた証拠だろう。

 

 空虚な心で、私は延ばした手を降ろす。

 

「話、終わっちゃったわね」

「……うん」

 

 ささやかな元気づけだろうか、ハクの背に乗ってこちらに降りてきたミルフェルージュは妙に優しい声音で私に声をかけてきた。何というか、生前とのギャップが酷過ぎてこっちは「お前誰だ」状態なのは知ってか知らずかは知らないが。

 

 ……色々、疲れた。小さなため息を吐きながら、ボロボロの体を起き上がらせようとして――――ふと上から降ってくる何かに気付く。

 それは白い鎧を着た金髪の少女とダークスーツを纏ったロン毛の男性で、言い換えれば魔力放出でロケットみたいにただ真っ直ぐ突っ込んでくる二人であって――――私は無言でその場から引いた。

 

「うおおおおおおおおおおおお姉上ええええええええ!!! ――――ふぬばっ!?」

「ちょっ、ぶつかるっ、ぶつかってしまいますからモードレッド、私を掴んでる手を放して――――ぶべらっ!?」

 

 爆音と粉塵を立てて両者が川辺の地面に頭から突っ込んだ。

 数秒後、土煙が晴れると――――上半身を土に埋めて下半身だけが表に出ている二人の姿が目に移る。

 死んだ目でその犬神家状態を眺め、マリアナ海溝より深いため息を吐いて私は渋々二人の足を掴んで土に埋まった上半身を引き抜いた。

 

「――――ぷはっ! ……アレ? まさか遅れちまった的なアレか?」

「…………モードレッド。貴方が道に迷って右往左往しているからですよ」

「………………………」

 

 何しに来たのこの二人。私は本心からそう思った。

 

 その時不意に脳裏ががチクチクと刺激される。懸念を覚えながら頭の裏辺りを擦ってみると、ビリッと刺激されて何かがつながったような感覚が頭を刺す。

 

『――――おいアルフェリア! 無事か!』

「……ヨシュア?」

 

 念話で聞こえてきたのは自分のマスターであるヨシュアの声だった。先程から何も声が聞こえてこないなと思っていたら、何かにジャミングでもされていたようだった。他の陣営が使い魔か何かで通信阻害でもしていたのだろうか。

 まぁ、念話ができようができなかろうが、結果にそこまで変化はなかっただろうが。

 

『はぁ……ったく、心配したんだぞ。声をかけても返事はしないわ、経路(パス)のつながりが不明瞭になるわ……。それで、無事だよな?』

「うん、一応なんとか。今から戻るよ」

『……アヴェンジャーは、どうなった』

「……令呪で逃げられた。追撃する?」

『いや、いい。声からして、疲れてるみたいだしな。もう今日はゆっくり休め』

 

 声の感触からして、本気で私の事を心配してくれていたのだとわかる。

 まさかそこまで心配させてしまうとは……明日の料理は少し豪華にしてみようか、などと思った。余計な心配をさせてしまったのだから、それぐらいはしてあげるべきだろう。

 

「ヨシュア」

『? なんだ』

「ありがと。心配してくれて」

『……ああ、早く帰ってこいよ。……ん? 氷室、お前なんか目が死んで――――』

 

 最期に不穏な言葉を残して念話が切れる。

 気にしない様にしよう。気にしたら負けだとおもうし。うん、そうしよう。

 

 さて、皆で帰りましょうか――――そう意気込んで振り返ると、

 

「だーかーらー、細かい制御ができねぇから失敗したんだっての! わざとじゃねぇよ!」

「制御できないならできないと事前に言ってください! おかげで高所恐怖症になりかけましたよ!?」

「るっせぇ不倫ヤロー! 川に叩き込んむぞゴルァ!」

「不りっ……ふ、ふふふ、言ってはならないことを言いましたね、モードレッド……少しお話(物理)いたしましょうか?」

「まぁまぁ二人とも。喧嘩はやめなさいな」

「お前誰だよ!?」「貴女誰ですか!?」

『グルルルルルルル……』

 

 …………星が綺麗だなぁ。

 

 半分濁った眼で、私は雲が晴れた空を見上げた。

 そして同時に、誓う。

 

「――――必ず、迎えに行くから。……必ず」

 

 愛する妹を救う、己への誓いを。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 小さな振動が長い眠りに落ちていた衛宮切嗣の不安定な意識を揺らす。

 後ろへと高速で流れていく景色、車がエンジンの振動や道の凸凹などで小刻みに震えるのを虚ろな目で見ながら、彼は視線を自身の右手の甲に移した。

 

 己の右手にある――――先程、これ以上の魔力消費を避けるために『拠点へ帰還しろ』という命令で一つ使って二画になってしまった令呪が刻まれた手を見る。

 まだ一日目だというのに、貴重な切り札を一つ失ってしまった。切嗣の心の中には小さな後悔と空虚が広がり続けている。

 たださえ問題ありのサーヴァントを当ててしまったのにもかかわらず、幸先がよくないと来た。

 度重なるストレスで彼は半ば無意識に胃の辺りを手で押さえて呻く。本格的に心を休養せねば身体機能にまで支障が出るほどのストレスに苛まれているのだから、仕方あるまい。

 

「……舞弥、アイリからの連絡は」

「はい。無事アインツベルン城へのアヴェンジャーの転移が成功したと連絡が来ました。問題なく、令呪による命令は働いたようです」

「……そうか」

 

 命令は問題なく遂行された。しかし、喜べる要素は何一つない。

 マスターである切嗣は過多な魔力消費による過労、そして切り札である令呪一画分の消費。これでサーヴァントの一体や二体を屠ってくれたのなら喜びもするだろうが、残念ながら小聖杯――――脱落したサーヴァントの魂を収める器であるアイリスフィールの様子に変化がない事から、脱落者がいないことは明白。

 

 つまり、ここまで疲労を強いられた挙句何の成果も得られず、挙句の果てに切り札を一つ切ってしまったのだ。

 スタートダッシュとしては、最悪そのものだろう。

 

「アハト翁から貰ったホムンクルスの様子は」

「……古城にて待機しているマダムの報告では、十体中九体が死亡。残りの一体も、あまり様子は芳しくないようです」

 

 一級魔術師並とはいかないが、それでも魔力を生み出すだけなら十分すぎるホムンクルスが一夜にして九割壊滅。もしホムンクルスの補助がなかったなら――――そう想像し、切嗣はぞっとする。

 アヴェンジャーの規格外さとその行動の問題さに頭痛を重くしながら、切嗣は深いため息を吐いて車のフロントガラスから見える空を見上げる。

 

 用意していた数々の戦略を叩き潰してくれたアヴェンジャー。サーヴァントのはずなのにその戦略的価値はゼロに等しい。個人の戦闘力が高くても、協調性や従順性が皆無では話にならない。あれでは野放しにしただけで誰もかれもに噛みつく狂犬。制御を放棄したバーサーカーと大して変わらない。

 

 だからこそ切嗣は思いを馳せる。

 

 今回の聖杯戦争。勝利はほぼ無理だ。アヴェンジャーが強力でも一回戦うだけで死にかけるほどの消費を強いられては、勝利の前に死が確定してしまう。

 

 そんな犬死は御免だと呟き、切嗣は静かにドイツに残して来た娘であるイリヤスフィールの顔を思い出した。

 己の命を差し出しても、護りたいと断言できる愛娘の姿を。

 

「舞弥……僕は、イリヤと約束したんだ。絶対に迎えに行くって」

「……はい」

「だから僕は――――絶対に生き残る。例えどんな手を使っても、どんな汚い手を使っても……聖杯を掴み、世界を平和にして、あの子を迎えに行って見せる。絶対に、だ」

 

 己への誓約のように、彼は強迫されたかのように呟く。

 その声の質はとてつもなく鈍重であり、壊れたガラス像のようにもろかった。機械のようにふるまう人間。それが、衛宮切嗣という男なのだから。

 故にこの切羽詰まった状況は、彼を挫折一歩手前まで追い込んでいる。

 

 それでも彼は「諦めない」と自身に誓うことで、無理矢理己の心を直しているのだ。全ては、長年夢見た平和のために。誰も犠牲にならない理想の世界のために。

 そして何より、娘と交わした約束事のために。

 

「僕は……負けない……!」

 

 唇を歯で噛み切り、泥沼に沈みかけた意識を痛覚で引き摺り出しながら彼は空を見る。

 

 切嗣はかつての光景を浮かべる。

 あの時の、まだ平和で穏やかな道を歩いていた自分の人生で、酷く鮮明で印象的な瞬間を――――

 

 

『ケリィはさ、どんな大人になりたいの?』

 

 

 まだ子供の頃、初めて恋をした少女の姿を見た。

 大切だと思っていた、守ってあげたいと思っていた、大人になったら――――そんな思いを抱き、そして救えなかった少女を。『正義の味方』になりたいと、気恥ずかしくて言えなかった少女の姿を。

 

 もうあんな犠牲は出さない。罪なき人々に死を強いる世界なんて認めない。

 そして何より――――自分が人々の犠牲を減らせるのならば、遠慮なくそれを遂行しよう。恒久的世界平和という形で。

 それが――――あの時救えなかった少女への、贖罪なのだから。

 

 震える手を抑えて、切嗣は心を冷たい鋼にする。

 

 世界平和を成し遂げる、機械となるために。

 

 引き金を引くだけの、人形になるために。

 

 

 

 

 




あの時の私「あー、あっつー、マジダリィ・・・気分転換に小説書こう。ご都合主義展開?いや、うーん・・・今回はちっとダークにしてみるか(・ω・)」

こんな感じで頭を暑さでやられてて、冗談抜きで色々すっぽ抜けていた・・・今も穴があったら入りたい気持ちです。
本当に、色々申し訳ございませんでした。


モーさん「活躍すると思ったか!? 残念だったな、オチ役だよ!」
氷室「・・・・(死んだ目」
らんすろ「なんで私まで・・・」

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