・・・ごめんなさい。本当は今回で倉庫街戦闘するつもりでしたが、何故か文字数が予想以上に伸びてしまいまして。悩んだ末に切のいい所で切り上げて投稿することにしました。
戦闘を期待していた方々、ごめんネ☆(テヘペロ
追記
ケイ兄さんが殺意の波動を覚醒させそうなミスが発覚。修正しました。
「えへへぇ……姉上ぇ~」
「なーに?」
「ご飯おかわり! 大盛りで!」
「はいはい。ふふっ、よく食べるねモードレッドは」
「姉上が作ってくれた飯なら何杯でも行けるぜ!」
「あはは。はい、おかわりどうぞ」
何気ない日常の光景が広がっていた。
現在時刻十二時半程。私は目的を果たした後自分たちの拠点へと帰還しセイバー、否、モードレッド達と共に食事をしていた。
メニューは白米に味噌汁、鯖の塩焼きに出し巻き卵と質素な和風料理だったが――――私のスキルにより一級シェフにも勝る極上の供物と化しているそれは一口食べるだけで気力が湧き出る物となっていた。味も当然最高に維持されており、ご飯が進むは進む。
朝を少なめに食べていたせいか、食卓を囲むほとんどの者が既にご飯二杯目に突入していた。初めて食べる少女――――氷室鐘に至っては涙を流しながら頬張っている。もう涙を流すのはデフォなんだね。
でもここまで美味しく食べてもらうというのは、料理人として冥利に尽きると言う物である。そこは素直に嬉しい。
「……なぁ、一つ質問していいか?」
「ん? どうしたのヨシュア。なんか変なものでも混じってた?」
「いや、料理は相変わらず美味い。だがな…………今って聖杯戦争中だよな? 俺の感覚が確かならそいつはセイバーのサーヴァントで、普通は俺たちの敵対陣営のはずなんだよな?」
「はい? 何言ってるのヨシュア。モードレッドと戦うわけないじゃない」
「…………ああ、うん。そうか。もういいや」
何故か目から光を失わせて、死んだ魚のような目になったヨシュアは何処か遠い所を見つめながら食事を再開した。一体どうしたと言うのだろうか。
確かに今の光景は聖杯戦争という言葉には似合わないが、それでも食事は大事だ。特に家族と囲む食卓なのだ。どこにでもある光景なのにどうしてそう訝しげな表情なのかがわからない。モードレッドは家族だから、こちらと敵対するはずがないだろうに。
「いや、しかしまさかモードレッド卿まで召喚されていたとは。流石に驚きましたよ」
「俺もだぜランスロット卿。それも姉上と陣営を共にしていたとはな。流石第一の円卓の騎士。行動が早いぜ」
「いえいえ。成り行きの様な物です。……本当に、貴女ともう一度食卓を囲めるとは」
「ああ……懐かしいな」
本当に、懐かしい。
こうして一緒の卓を囲んで食事をするなど夢だけの出来事かと思っていた。だけど、不完全ながらもその夢がかなった。その嬉しさが顔に出ていたのか、二人が私を見て微笑を浮かべる。
――――でも、やはり足りない。
ケイ兄さん、ベディヴィエール、トリスタン、ガウェイン、ギャラハッド、ガレス、ガヘリス、パーシヴァル、ユーフェイン、パロミデス――――そして、アルトリア。
沢山の者が欠けていた。嬉しい反面、それがとても寂しい。
それでも新たに卓を囲む家族が増えたのは喜ばしいことだろう。
ヨシュア、雁夜、桜、氷室――――現世で知り合った大切な家族たち。確かに色々なものを失ってしまったが、新たに得た物もあった。それだけは、決して悲しむべきでは無い。
「――――げぷぅ。はー、食った食った! 久しぶりに姉上の飯が食えたぜ。しかも前より美味くなってるし、胃も満足してる」
「こらこら。口元に米粒が付いてるでしょ。ほら、こっち向いて」
「ん? ああ」
だらしない姪の世話も大変だなと思いつつ、私はモードレッドの口元についていた米粒を取ってひょいと自分の口の中に入れる。うーん、微量のアルトリウムが実に美味。
「っ……あ、姉上、ひ、人前でそんな…………」
「? なんで顔を赤くしてるの?」
「いや、だからぁ……あー、もういいや。姉上、ハグしてハグ!」
「はいはい。モードレッドは甘えん坊だね」
久々に味わうモードレッドを抱きしめる感覚。これだけで後数十年は不休不眠で戦える気がする。そして柔らかいモードレッドの髪をあやす様に撫でると、モードレッドも顔を赤くするほど嬉しがりながら私の胸に顔を埋めていった。
そんな様子で姪とじゃれ合っていたら、周りの皆は何というか呆れた様な視線がこちらに向けられていた。ランスロットだけは微笑ましいという視線であったが。
「えっと、皆どうしたの?」
「……家族にしちゃ少々過剰過ぎるスキンシップな気がするんだが」
「俺もそう思った。桜ちゃんと葵さんでもそれは無いぞ?」
「色々凄いですね」
「私は……ちょっと羨ましいかな、と」
そんなコメントをヨシュアと雁夜、そして氷室と少しだけ頬を赤くした桜から貰う。
と言われても生前から行っていたことなのだが。こうして愛をたっぷり与えることで家族の絆を深めるのだ。拳を交わして武闘家同士が分かり合うように、私もこうして抱きしめ合うことで互いの関係を深めていく。おかしなことでは無い。可愛い姪を抱きしめて何が悪いと言うのだ。
あと羨ましがっている桜ちゃんには後でやってあげよう。私は小さくそんな固い決意をした。
「これは私なりの愛情表現だよ。愛したいと思ったから抱きしめた。簡単でしょ?」
「シンプルイズベストってことか」
「わかり合いたいなら体で触れあうことが一番。欧米じゃキスが挨拶代わりなんだから、これぐらいはまだまだだよ。ん~、よしよーし」
「ごろにゃーん。ハッハッ」
「……家族っつーか猫と飼い主だな。いや、犬か?」
「姉上ぇ……えへへへへ……」
モードレッド可愛い。可愛いよモードレッド。
こうやって頭を一撫でしてあげるだけで満面の笑顔を向けてくれる。供給されるアルトリウム(Type-MO)がマッハを越えて無量大数。お姉ちゃんは今日も幸せです。あ、鼻血出そう。
その後三十分ほど撫で続けていると、モードレッドが寝息を立ててぐっすりと眠ってしまった。寝顔可愛いです。こちそうさま。そんなアホな思考を走らせながら、私はモードレッドをソファの上に寝かしてお腹を冷やさない様に毛布を掛ける。サーヴァントだから病気にはかからないだろうけど、身体は大切にしないとね。
最後に軽く頭を撫でて、早く事を進めるために私は素早く食卓へと戻る。
先程とは打って変わってほぼ全員が真剣な表情だった。唯一違うのは、不安げな顔をしている氷室だけだ。
今から話すのは、その氷室についての事であるが。
「じゃあ俺から話させてもらおう」
以外にも話を切り出したのはヨシュアであった。
本当なら、私が話を始めようと思っていた。氷室から生まれるだろう様々な感情を受け止める役になるために。しかしそれを理解したヨシュアが一足先にその役目を奪っていったというわけだ。
こちらに気を使ってくれているのだろう。それについては嬉しく思うのだが、これをきっかけに無理をし始めないでほしいものである。
「氷室鐘、お前はこの聖杯戦争に参加する意思はあるか?」
「え? あ、あの、私は――――」
「わかっている。巻き込まれた非正規のマスターなんだろ。見ればわかるよ。俺も似て非なるような物だからな。最終的には自分の意思で参加したが」
「…………私は」
そう。氷室鐘は魔術師などではない。魔術使いとも言えない少女である、ただ単に偶然その身に魔術回路が備わっていただけの一般人である。
故に問う必要がある。
彼女自身は、この聖杯戦争と言う危険な儀式に参加する意思があるのか。
「正直、まだ実感がありません。魔術、と言われてもまだ受け入れきれていませんし……怖いです」
「当り前だ。何の前触れも無く魔術世界に引っ張り込まれたんだからな。――――だが、まだ後戻りはできる」
「……できるんですか?」
「厳重な記憶封印に魔術回路の強制的な閉鎖をすればな。そうすれば今後魔術関係のゴタゴタに関わる可能性が
「……無くなりは、しないんですね」
本当にただの一般人ならば記憶措置を施して帰らせるだけで元々の日常を過ごせただろう。
だが魔術回路持ちとなれば話は違う。例え封印しても、一度回路が開いた以上その体液には魔力が残り続けているだろうし、モードレッドを苦も無く実体化出来ていることから数も質も上々だろう。魔術師に取っていい研究材料だ。野に放っておけば、何時か魔術師に発見され拉致される可能性がある。
勿論その可能性は高い物では無い。だが『可能性がある』と言うだけで十分な不安材料になるのだ。
だからこそ、ヨシュアは第二の選択を突きつける。
「落ち込むのはまだ早い。お前にはもう一つの選択がある」
「もう一つの、選択?」
「――――お前が魔術を学んで、最低限の自衛ができるぐらいの魔術師……いや、魔術使いになることだ」
その選択とは、氷室鐘が本格的に魔術世界に関わる事。
自身の身を護れるほど力をつけ、例え狙われたとしても撃退できるほどの魔術の腕を保有していれば幾分か不安は取り除ける。また同じ魔術に関わる人間との交流も結べ、いざとなれば伝手を頼って保護してもらうことも可能だ。ある意味こちらの方が安全性と確実性が高い。
しかし、この世界に一度深く関わってしまえばもう二度と抜け出せなくなる。
この選択は、氷室鐘の日常を過去にする選択。個人的には、あまり選んでほしくない。魔術世界というのはそれほど厳しく無慈悲なものであるのだから。
「……それを選べば、家族を巻き込まなくて済みますか?」
「ああ。少なくともお前が自分や自分の家族を護れるほど強くなれれば、何もしないよりはずっと安全だろうな。しかし、お前にその覚悟があるか? 茨の道を歩む覚悟が」
「………………」
たった六、七歳の子供に強いるには余りにも厳しすぎる選択だった。
自分だけでなく周りの家族すら護れるほどに腕を磨くには、一体どれだけの修練と時間を必要とするのか想像に難くないだろう。普通に魔術を一人前ほどに修めるには十年単位の時間が必要となる。それだけの修練を時間を積み重ねて「ようやく」一人前だ。家族全員を守るためにはさらに時間を費やす必要があるだろう。
長い沈黙の後――――ついに氷室は選択する。
「私を――――弟子にしてください。お願いします」
ヨシュアへと頭を下げて、氷室は子供とは思えないほどの決意が籠った言葉を口にした。
子供とは思えないその真摯な姿に心を打たれる。
「…………後悔は許す。泣きごとも許す。恐怖も挫折もして構わない。だが――――絶望だけはするなよ。お前が選んだ選択だからな」
「っ……はい!」
それを言い終えて、ヨシュアが溜めに溜め込んだ息を吐いた。慣れないことをしたのだからある意味必然だろう。そもそも対人関係すらまともに構築してこなかった奴にこんな事が出来たのかと、若干驚いているのが本心だ。コミュ障でも鍛えればこれだけできるという生き証人である。
……冗談だからそんな目を向けないでよヨッシー。
「はぁぁぁぁ…………アルフェリア、後は頼んだ。俺はいつも通り工房に籠っているから、用事があったら念話を飛ばしてくれ」
「わかった。こっちは任せて」
「やれやれ。やっぱりもうちょい、人と触れ合うことになれておくべきだったか……」
ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、ヨシュアはそのまま自室へと籠ってしまう。
その背中を苦笑交じりに見届け、師事を断られたのかとオロオロし始めた氷室の頭をポンポンと撫で事情を説明してやる。全く、話ぐらいちゃんとしてっての。
「あ、あの、私はどうすれば……」
「えーっとね氷室ちゃん。ヨシュアは少し特殊でね、普通の魔術があまり使えないんだ。簡単に言うと……使える魔術が尖ってるの。だから、教えるって事にはあまり向かないんだ。だから、私が教える」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。大体の魔術なら私が教えられるから。今から本格的に回路を開くから、私の私室に移動するけど――――ランスロット?」
先程から顎に手を当てて氷室を凝視しているランスロット。まさか
すると彼は何かに迫られたように口を開き『その言葉』を言い放とうとして――――
「アルフェリア、彼女はッ――――!!」
「――――しーっ」
その口に一指し指を当てて、ランスロットの口を止めた。それ以上は、少々不味い。
全く、勘が良すぎると言うのも問題だね。
気づかなくてもいいことに気付いてしまうのだから。
「
「……わかりました」
苦虫を噛み潰したような顔で、上がりかけた腰を下ろした。
状況があまり理解できていない氷室の背中を撫でて落ち着かせながら、私たち二人は邪魔されることなく二階にある私の部屋へと移動する。
部屋は簡素で質素なモノであった。正直寝起きするだけの部屋なので飾る必要性が皆無なので一切手を加えていない。何せ、本来用意すべき魔術工房は
かなり良質な材料で作られたベッドに氷室を寝かせ、上着を捲って背中を外気に晒す。
やってることが完全に変態なので顔に少々冷汗が流れ始める。しかし必要な事なので仕方ない。私だって好きでやってるわけじゃないよ? ロリコンにしてレズとか救いようがない人種じゃないからね?
そんな冗談は一旦止めて、静かに私は右手を氷室の背に当てる。
柔らかい感触が手に広がり、つい息を呑んでしまった。だから違うんです。私は子供好きなだけなんです。深い意味はないんです。
「あの、今から何をするんですか?」
「魔術には魔力が必要になる。今からするのはその魔力を生成するための器官を作る――――いや、元々あった物を活性化させるようなものかな? まぁ、とりあえず魔術を使う上で欠かせない事だよ」
氷室に今からすることを説明しながら、彼女の体を解析魔術で調べていく。
回路は三十一本。質も上々。不完全な状態で開いているにもかかわらずモードレッドを扱えたのはこの素養があったからだろう。成程、天才とまではいかないが一流になるのは十分すぎる素質を持っている。ランクで表せば量はB++、質はA。魔術師として大成できるレベルだ。
しかし何らかの精神的ショックで不完全に開いてしまったのか、何時暴走しても可笑しくない状態になっている。もし修復できないまま何年も過ごしていれば、本人の意思にかかわらず回路が暴走して延々と魔力をたれ流し、干からびて死ぬ可能性もあっただろう。
そういう意味では、彼女は非常に運が良かった。悪質な魔術師では無く自分たちと知り合えたのだから。
「かなり痛いけど、我慢できる?」
「……はい、お願いします」
「わかった。出来るだけ痛みは和らげるから、押さえてね。――――ふッ!」
一定量の魔力を彼女の回路に流し込む。それにより閉じていた回路が一斉に開き――――氷室の脳へと強烈な痛覚を伝え始める。
「ぃぎ、ァッ…………! ぐ、ぁあっ、ぁ、ぎっ…………ッ!?」
しかし氷室は近くにあった枕を精一杯噛んで嗚咽を押さえこむ。これがたった六歳前後の少女の忍耐力とは、末恐ろしい物を感じる。こちらが可能な限り痛覚を抑えるために工夫しても、全身を小さな針で刺されるような激痛だというのに。
一時間ほど痛みに悶える彼女を介抱すると、ようやく落ち着きを取り戻し始める。
念のために鎮静剤と痛み止めの水薬を薄めたドリンクを飲ませるが、様子からしてとてもすぐに修練には移れないほど疲労している。本格的な鍛錬は明日からの方が良さそうだ。
「は、ぁっ、はぁっ…………! よ、予想以上に、痛かった、です……」
「本当ならゆっくり修練を積んで開くものだからね。でも今回は少し特殊な状況だから、無理に開かせちゃった。ごめんね、氷室ちゃん」
「だ、大丈夫です。……美味しいごはんを、いただきましたから。これぐらい、我慢しないと」
「うんうん、えらいね、氷室ちゃんは」
年相応に背を伸ばすその姿が微笑ましくて、私は微笑を浮かべ乍ら氷室の頭を撫でる。
本人もそう悪い気はしなかったのか、顔を赤らめていた。
実に可愛い。キュート。これが―――新・妹成分ヒムロニウムか……ッ!
「……もし私に姉がいたら、貴女みたいな人なんでしょうか」
「え? 私が?」
「はい。私、一人っ子なので。だから、その……頼れる兄や姉というのが、欲しかったと言うか…………ご、ごめんなさい。変な話を、してしまってっ」
「……ふふっ、別にいいんだよ? 私を姉だと思って甘えても」
むしろウェルカムです(真顔)。
氷室ちゃんの意外な一面が見えて、もうお腹いっぱいです。ああ、シスコンの神になりそうな気分だッ…………!!
「――――…………お姉ちゃん。っ……や、やっぱり、は、恥ずかしいですっ……!」
…………ハッ。まずいまずい、今一瞬解脱しかけてた。こんな事でセイヴァー化したら仏さんとか聖☆おにいさんが泣いてしまう。ぶっちゃけどうでもいいけど。
いやぁ、まさか一日の間で立て続けに新成分を発見するとは。たまげたなぁ……。今なら乖離剣を素手で受け止められそうな気分だ。いや、流石に今の状態では死ぬけど。全盛期じゃあるまいし。
「鐘、今日はもう休みなさい。後で親御さんに連絡して、迎えに来てもらうから」
「はい……ありがとう、ございます。……ぁ、なんだか、急に眠たく、なって……」
あれだけの痛みを耐えきった反動か、氷室はそのまま寝息を立てて眠りについてしまった。
当然だ。たった六歳の子供が耐えられるようなものではないのだから。それを強いてしまった事に後悔を抱きながら、私は優しくその髪を撫でる。
こうしてると、姉と言うより母のようだ。
実際、やってることは母親の様な物であるのだが。
「――――アルフェリア」
「なぁに、ランスロット」
霊体化していたランスロットが私の背後にて音を立てずに実体化する。眠っている氷室に配慮してくれたのだろう。しかしその声は、普段と比べて恐怖の様な物が混じっていた。
それも、仕方あるまい。
此処に有るはずの無いモノがあるのだから。
「その少女は、やはり」
「うん。やっぱり、気づいていたんだね。――――
「ッ…………………!」
その事実が告げられ、ランスロットの纏う空気がより一層重くなる。
生前の伴侶の転生体が目の前に居るのだ。どういう反応をすればわからないのだろう。下手すれば一度はその身を蝕んでいた狂気を再発させかねないほどの苦い表情で、ランスロットは拳を強く握りしめていた。
そうしなければ、自分を抑えられないと言うように。
「本人には言わないでよ? 自覚もしていなければ記憶も無い。単純に輪廻転生の法則に乗っ取って正規手順で転生したんだから。貴方の事は、たぶん……」
「……はい、承知しています。ですが、どこかで淡い希望を抱いていたのでしょうね。こんな、酷い顔をしているという事は」
例え転生体だったとしても、かつて愛し合った者が自分のことを忘れているというのは苦しいだろう。最期まで結婚どころか恋愛すらしなかった私でも、それが想像以上の苦しみだと言うのはわかる。
家族に自分の事を忘れられたら―――そう思うだけで心臓が引き締まる感覚が全身を襲うほどだ。それが生涯を共にした伴侶ならば、それ以上の痛み。
全身全霊で耐えることでようやく抑えることのできる激情。
慰めの言葉は無意味だ。その気持ちを、完全には理解できていない私が言うべき台詞では無いのだから。
「――――ランスロット、気分が落ち着くまで街の見回りに行って来てくれる?」
「……わかりました。少々、頭を冷やしてきます」
「あ、それと」
私は素早く虚数空間を開き、中に納まっていた一本の武器をランスロットへと投げ渡す。
それを軽く受け止め、不思議そうな顔でランスロットは私の渡した武器――――白鞘のサーベルを軽く抜き、現れた真っ黒な刀身を見た。
「これは、一体なんでしょう?」
「私の錬金術で作ったサーベル。無銘の一品だけど、貴方の宝具で宝具化すればそこそこ使えると思う」
「Cランク宝具相当の代物が『無銘』ですか。全く、貴女はつくづく私の想像を超えてくれる」
「…………無茶はしないでよ。それは、一応護身用に渡したんだから」
「……了解いたしました」
暗い表情のまま、ランスロットは霊体化し部屋から退出する。
その後、残された私は微かに頭を刺す痛みに苦い顔をしながら、壁に背を預けて窓の外を眺める。
どうしてこうも容易に、厄介事がいくつも転がってきているのだろうか。今のところ軽度の頭痛だけで済んではいるが――――嫌な予感が拭えない。
恐らくこれで終わらない。私の直感が正しければ、この聖杯戦争――――過去最大級に荒れる。
冬木市全域に渡る催眠魔術で全住民避難も視野に入れねばならないほどに。
そんな最悪の事態を想像すると、軽かった頭痛が少しずつ重く鈍く頭を刺してきた。
「サーヴァントに頭痛薬って、効き目あるのかなぁ……」
気休めの一言を呟きながら、私は額から流れ出る汗を冷たくなった手で払った。
夕焼けにより黄昏色に染まった空の下、屋敷から虚ろな表情で出てきたランスロットは誰にも向けられない激情を内に秘めながら歩を進める。
纏っている空気は近づくだけで他者を怯ませかねないほどの覇気。偵察どころか敵をこちらに引き付けかねないほどの狂気だった。この様子は、召喚された当時のバーサーカーの如きオーラ。
これでは駄目だと理性では理解していながらも、本能が苦悩を隠せない。
そして思いを馳せるのだ。
――――このような思いを抱くなら、記憶など無ければ。
――――考えることのできない狂気に身を染めれば。
そんな愚行を二度も侵しそうになる寸前、ランスロットの前にある者が立ちはだかった。
「……モードレッド卿」
「よぉ、しけた顔してんなサー・ランスロット」
いつも通りの明るい笑顔で、円卓の騎士モードレッドがランスロットの前に佇んでいた。
先程まで寝ていたはずなのにここに居るという事は、つい先ほど眠りから目を覚ましたのだろう。それを理解し、ランスロットは彼女の横を横切ろうとする。
「まぁ待てよ。そんなにピリピリした空気漂わせてどこ行くつもりだ?」
「貴女には、関係ないだろう……!」
「あぁん? バッカかお前。お前が今どう接すればいいのか悩んでいる氷室は俺のマスターだぞ? それともなんだ、俺が未だ気づいてない馬鹿だとでも思ってんのかよ」
「……気づいて、いたのか」
「姉上の親友だからな。魂の質が似てるなーって思っていたが……アンタの様子から今確信が持てたよ。ギネヴィアなんだろ、氷室は」
隠していた真相を言い当てられ、何も言えなくなるランスロット。だがそれでも彼は、纏う狂気の質をさらに色濃くしながら、その鋭い目でランスロットはモードレッドを睨みつけた。
「……私はどうすればよいのかわからない。理性では別人だと理解していても……どうしても、ギネヴィアの面影が重なってしまう……! だからこそ、憤怒した。彼女が、私を忘れていることに……! 何と愚かしい我が身だろうかッ…………彼女とギネヴィアは、違うというのに……」
「…………そっか。ああ、確かに苦しいだろうな。転生体とはいえ、大切な人が自分のことを忘れてるんだ。俺も、姉上が俺のこと忘れていたんなら軽く絶望できるぜ?」
「ならば――――」
「だがな、アンタとあの人の関係はその程度の物だったのか?」
「……何?」
予想外の反論にランスロットは剣を抜きかけていた手を止め、モードレッドは複雑そうな顔をしながらもランスロットに真剣な目で向かい合う。
「互いの非すら受け入れられずに一方的に怒りをぶつける程度の関係だったのかって聞いてんだよ。サー・ランスロット」
「違うッ! 私と彼女は、そのような軽い関係では無い……!」
「じゃあ受け入れろ。で、許せよ。無責任な言葉に聞こえるかもしれないがな、お互いの悪い点も受け入れ合うのが『夫婦』ってもんだろーが。姉上はお前をそんなことすらできない腑抜けに鍛えたか? 違うだろ」
ただ正直に、モードレッドは思ったことを口にした。
故にその言葉に偽りは存在せず、純粋な感情が乗ったからこそその言葉はランスロットの爛れた心を揺さぶる。
「…………情けないですね。かの湖の騎士が、年下の騎士に諭されるとは」
「人間、一人でできることの方が少ないだろ。こういうときは誰かに相談するのが一番だって、姉上が言ってたぜ!」
モードレッドが浮かべた邪気の無い太陽の様な笑顔を見て――――ランスロットは思わず笑いをこぼす。
「くっ、ふははははは!」
「な、なんで笑うんだよ!? 折角勇気出して、頑張って励まそうとしたんだぜ俺!?」
「くくっ、いえ、申し訳ありません。貴女の笑顔を見て、つい釣られてしまいまして。……礼を言います、モードレッド。危うくまた、間違った道を歩むところでした」
「? おう、よくわからんが、役に立ったなら何よりだ! んじゃ、ちゃんと役目を果たして来いよな! またアホな顔してたら、今度はぶん殴るからな~!」
そう元気よく叫んで、モードレッドは手を振りながら住宅の中へと消える。
余りにも元気溢れるその様子を見て苦笑するランスロットであったが、同時に感謝した。また道を間違えようとした己を、狂気の海から引きずり出してくれたことに。
「――――ええ、終わりではないのですから。また、積み上げてみましょうか」
終わっていない。ならば、その上に積み上げればいい。
一度崩れ去っても終わっていないのならば、また重ねていくことができるのだ。何を諦めていたのだと、ランスロットは自分を鼓舞する。
例え全てが無になっても、自分が覚えている。あの、満足して逝った彼女の笑顔を覚えている自分が。
ならば自分がするのは、彼女がまた満足した笑みを浮かべ逝くことを助けることだ。
「ギネヴィア、これがせめてもの罪滅ぼしになるのかはわかりませんが……此度も、護り抜いて見せましょう。今度は一人では無く、皆で。貴女の笑顔を」
覚悟を決めたランスロットは手にしたサーベルを握る力を強くしながら、アルフェリアの張った結界の外へと出る。
瞬間、感じたことも無い――――しかし覚えのある悍ましい気配をランスロットの肌が感じとる。
「ッッ――――――――――――!?!?!?」
反射的に辺りを見渡せる電柱の頂上へ跳躍して昇り、そこから気配のした方向を睨みつけた。
方角は、冬木市倉庫街辺り。
数々の戦場を渡り抜いた生前でさえ味わうことの無かった濃密な殺気と憎悪――――無意識に滲み出る汗をスーツの袖で拭いながら、ランスロットは喉を鳴らす。
「……まさか、いやそんな馬鹿な…………ッ!!」
微かにだが感じ取れたその気配は、ランスロットが知っている気配と酷似していた。
差異はそれこそ殺気と憎悪のみ。
あり得ない。だが見違うはずもない。
思考を巡らせた末に突き付けられた結論は――――彼にとって一番信じられないモノ。
「何故貴方が、そんな禍々しい気配を纏っているのですか――――
聖杯戦争開始からまだ一日目。
波乱は、まだ始まったばかりである。
不穏な空気が漂ってきたなぁ・・・(黒笑。
そして我らがゴッドシスコン・アルフェリアさんは立った一日にして新たな妹成分を発見。サクラニウムとヒムロニウム・・・もうロリキャラ全員を妹にするつもりなんじゃなかろうかこの人(畏怖
次回はいよいよ久々の戦闘回です。お楽しみに!