さぁて、今回で甘酸っぱい青春は幕を引かせてもらうZE。
そして次回は、皆待たせたな切嗣陣営のOHANASHI。どうぞ、ご期待ください!
俺は今、商業区画に来ていた。
商業区画と言っても普通のそれでは無い、魔術関係の代物溢れる時計塔特有の場所だ。売ってるものがほとんど骨董品の様な物であるが、ほぼすべてが魔術的価値を少なからず保有している一品。
時計塔の生徒たちも魔術研究用の材料をよく買いに来る、
そして、その商業区画に居る人間たちはかなりざわついていた。
例えるならば、突然何処からともなく銀髪銀眼の女性が街を出歩いているとしよう。君たちはどうする? 俺なら確実に声を失っている。他の者達も同様の反応をし、その後小声で近隣の人たちとざわついていた。
モデル顔負けのプロポーション。人形のような人とは思えないほど整った顔立ち。朝日に照らされて本物の白銀の様に光る銀髪。それを身に付けた高級素材をふんだんに使った衣服がその輝きをさらに引き立てている。
クスリと微笑を浮かべれば万人が見惚れる美しさ。
柄の悪そうな男でも唖然と口を開いて身動き一つ取れていないことから、その異様さが身に染みてわかる。
そして、その隣を歩いている俺はどう思われているのだろうか。
少なくとも現在、周囲全ての羨望と嫉妬と憎悪の視線を一点に集めているのは想像に難くない状況だ。
男女問わず負の感情がこもった視線が突き刺さるたび、脂汗が増えていく。集団恐怖症になりそうだと心の中で毒づきながら、俺は深いため息を吐く。
「ヨシュア、疲れたの?」
「……いや、人の多い場所が好きじゃないだけだ」
「それは……私も同じかな。他人の多い場所っていうのは、あんまり好きじゃない」
彼女も視線が辛いのだろう。何とも言えない困ったような顔をしていた。
それすらも宝石以上の価値だと断言できるほど美しいのだから、俺は苦笑するしかない。
「はぁ……スキルってホントに便利なだけじゃないんだね」
「え?」
「スキルで常時他者に軽度の魅了を発する物があるんだよ。たぶん、周囲の視線はそのせいかな」
効果など無くても視線を集めそうなのだが、とは言わない。
しばらく歩いていると、人が少ない場所へと出る。ここは呪術関係の店が多い区画。その独特な不気味さのせいで、近づく者は大体呪術を得意とする者だ。
が、何故か呪術関係は時計塔の生徒たちの中では人気が低い。外面的な印象もあるのだろうが、やはり『呪い』と言う物に奇異な感情を抱いている者が多いからだろう。つまり呪術を扱う物が基本的に少ないのだから、人が少なくて当然なのだ。
そもそも呪術などの暗い魔術を専門とする
できれば来たくは無かったのだが、多数の目線に晒されるぐらいならここに来たほうがマシだと判断した。
アルフェリアはどう思っているのだろうか? と恐る恐る目線を向けてみると、対して気にしていなかった。むしろ周りを興味深そうに眺めている。
初めて博物館に来た子供の様な反応だった。それがおかしくて、俺はつい笑ってしまう。
「ん? どうしたの?」
「あ、いや、何でもない。……それより、黒魔術に興味があるのか? お勧めはしないぞ」
「いや、単純に黒魔術には詳しくないから、初めて見るものばっかりで」
「……初めて? お前が?」
「私は基本的に補助魔術か魔力砲しか使わないよ?
「えー…………」
あの『三賢人』と呼ばれた物がここまでアバウトな性格だったとは。ていうか基本的に使う魔術が補助魔術か魔力砲って、それ魔術師と言えるのだろうか。
「使える魔術は幾つだ?」
「えーっと……錬金術、強化、宝石魔術、
「……属性は」
「全部」
「………は?」
「だから、全部。私に使えない魔術はよほどヘンテコなものじゃなきゃ、事実上存在しないよ」
我が耳を疑った。
全ての属性を併せ持っている? 二重属性というだけで天才と呼ばれる魔術世界で、全ての属性を持つものなど居たら全ての魔術師共が血眼で探すだろう。それだけ異常なのだ、彼女は。
「私の属性って『
「……そ、そうか。凄いんだな」
深く考えるのはやめた方がいいだろう。現代の縮尺で測るには、アルフェリアは余りにも異常すぎた。いわばエベレストの高さを定規で測定しようとしているようなモノ。考えるだけ時間の浪費という事なのだろう。
隣を歩いている女性の化物ぶりに呆れ、俺はどこか遠い目をしながら店を眺めていく。
やっぱり黒魔術関係の代物が多く、異様な空気を放っているアイテムが多い。黒魔術自体が生贄を使うかなりアレな代物なので、無理もないが。
その中で珍しくまともなものを扱っていそうな――――比較的に――――店を見つける。アルフェリアもそれに気づいたのか、俺の手を引っ張って歩き出した。
俺の手を、引っ張って。
手を、繋いで。
「ぶっ――――」
思わず小さく噴いてしまう。笑ったのではない。驚いたのだ。
無遠慮に思春期の青年の手を握って歩き出すこのアルフェリアは、きっと可笑しい。自分が美人であることに自覚がない時点で色々アレなのだが、だからと言って会ったばかりの異性の手を遠慮なく握る女性が一体どこに居るのだろうか。
ここに一人いるのだけれど。
「ほら、早く早く!」
「いや、おまっ……」
そして本人は全然気に留めていないという現状。本当に女としての感性を持ち合わせているのか疑いたくなる。
アイツがおかしいのか? それとも俺がおかしいのだろうか? いや確実に前者なんだろうけど、天文学的な確率でもし俺がおかしいなら俺は女性に対して免疫がないことになって、いやでもいきなり手を握られるというのは常識的に考えて色々不味いというかアレ? え? アレ? 俺は誰でどこで何をどうして――――
「――――シュア――――ヨシュア?」
「え、あ、えっ? な、なんだ?」
気づけばアルフェリアに体を揺らされていた。どうやら声も届かないほど考え込んでいたらしい。
しかし何を考えていたのだろうか自分でも思い出せない。大切だったような気がするが、忘れてしまったという事はそこまで重要でも無かったのだろう。
少なくとも命の危険はない、はず。
「どうしたの、さっきから。調子悪い?」
「いや、大丈夫だ。少し考え事をしていた」
「うん…………そっか」
彼女はそれ以上の詮索はせず、いつも通りの笑顔で店内に飾られている装飾品などを眺めていく。
水晶でできた髑髏とか怪しげな民族の飾りとか、かなり変な物が多い。しかし割と普通の金物も扱っているのか、アクセサリーなどの類もかなりあった。どれも少なからず魔力が込められており、いざとなれば使い捨ての『弾丸』にも使えるだろう宝石付きまで存在していた。
護身用に持っておくのもアリか、と考えながら眺めていると『ある物』が目に付く。
黒に輝く宝石を使ったペンダント。傍目から見ればただの高そうな装飾品だが、かなりの一品だ。高級宝石にも劣らない品質を誇るだろう。
いざという時の『切り札』にはもってこいの品物だ。
しかし悲しいかな、宝石程度なら家に幾らでもある。先代の遺産は何も金だけでは無い。様々な魔術に関連する品物もまた俺が継承している。家に代々遺されてきた最高級の宝石も。
なのでわざわざ高い金を払ってこんな物を買う必要は無い。
だが――――
「装飾品としてなら有りか」
家に残っているのは加工も殆どされていない無骨なものばかり。削る個所を最低限にした、装飾目的で無く接触面積拡大による魔力貯蔵効率を限界まで高めた代物である。贈り物としては少々見た目が悪い。
――――贈り物?
いや待て、何考えているんだ俺は。
今日は服を買いに来ただけだろうに、何故贈り物までする必要がある? いや、それ以前に服なら動きやすくてコストパフォーマンスに優れた代物の方が良かっただろうに、あんな超高級品を買う必要も無かったはずだ。
じゃあなぜ俺はこんな事をしている? 単なる街の案内が――――デートみたいになっているんだ?
「いやいやいやいやいや待てマテ待て待てマテ」
混乱する頭を冷やそうとするが、冷却が追いつかず脳細胞がヒートアップしていく。
デート? デートなのか? いや骨董品を漁っているのをデートとは言わない。言わないはずだ。そう言ってくれ。じゃないと――――なんだ? 何か困るのか? デートだと何か……いや待って。マジで待って。今日の俺なんか可笑しいぞ。
胸が絞まるような違和感に目を白黒させる。
初めての感覚に戸惑いながらも、少しずつ感情を整理していく。
「いや、まさか、まさかな…………」
まだ会ってから一日経っていない。経っていないのだ。
だからそんな気持ちになるなどあり得ない。いくら相手が絶世の美女だからと言っても、ここまで簡単に今まで不動を貫いていた気持ちが動かされるなど。
だから少し落ち着け。クールに、クールに行くんだヨシュア・エーデルシュタイン。此処で焦っても何のためにもならない。お前は何時でもクールだろ。今回に限って熱い男にならなくてもいいじゃないか。そうだ、俺は心を冷たい鋼にして――――
「――――ヨーシューアー?」
「いっ………!?!?」
後ろからアルフェリアに声をかけられて、静かだった心臓が跳ね上がる。
俺はとっさに後ずさりしながら彼女と距離を取り、震える口で何とか声を絞り出した。
「なななななな、何!?」
「何、じゃないよ。さっきから声かけてるのにさ。やっぱり調子悪いの? もしかし無理させて外に――――」
「違う。大丈夫だ。体調は良好。完璧だ」
「じゃあどうしてさっきから何度もボケーっとしてるのさ」
お前のせいだよ、とは口が裂けても言えず俺は適当にはぐらかした。
「……宝石を見てたんだよ。何かに使えるかなって」
「ふーん………黒の宝石かぁ。これは……うん、魔術にも使えそう」
「そうか。まぁ、屋敷に宝石が腐るほどあるから、必要は無いけどな」
「じゃあ、私がもらっていい?」
「……………は?」
予想もしなかった言葉が出てきて、俺はつい目を丸くした。
それを見て何を思ったか、アルフェリアは小さく笑ってその宝石を眺める。
「だって、黒くて綺麗な所って、貴方みたいじゃない? ヨシュア」
満面の笑顔で、彼女はそう告げた。
その時俺は思考が一瞬飛んだ。
そして今まで否定していた自分の心をありのまま受け止めた。
――――こいつに惚れた。
ああ、もう否定しない。
初めて感じるモノだったからか、戸惑いはあった。だがもう、隠しきれなかった。
こいつが好きだ。否定しようも無いぐらい。
我ながら軽い男だと思う。それでも後悔は無かった。むしろ、こいつが初恋の相手であって心底嬉しく思ってしまったりしている。
馬鹿な男みたいだ。
だが、それでも恥じる心は一切ない。
「――――決めた」
「え?」
柵はもう無い。故に俺は宣言する。
「俺は聖杯戦争に参加する」
こうして俺の戦争は始まった。
◆◆◆◆◆◆
「――――成程、お前も聖杯戦争に参加する故に、一定期間の特別欠席をさせてほしいと。エーデルシュタイン家第11代目当主、ヨシュア・オブシディアン・エーデルシュタイン」
「……はい」
魔術師に取って栄誉あるフルネームで呼ばれても覇気のない返事を聞き、ケイネスは眉をピクリと動かす。
ここ時計塔内部の上層階に存在するケイネスの自室の中で両者は対面していた。
古い歴史を持つエーデルシュタインだからこそ、こうやってアーチボルト家九代目当主ケイネス・エルメロイが時間を割いているのだぞ――――と、実に貴族的な思考を走らせながら、ケイネスは入れたばかりの紅茶を啜り目の前の少年を見る。
エーデルシュタイン。
千年以上前から続いている宝石魔術師の家系であり――――しかしその全盛期は数百年前にとうに過ぎている没落していた家系でもある。
現に、先代当主であるヨハネス・グレイオーブ・エーデルシュタインの魔術の腕は決して優れてはおらず、とても『根源』を目指せる様な物ではなかったとケイネスは断言できた。
その事実は自他ともに認めていたし、しかしだからと言ってケイネスはヨハネスを卑下しなかった。
彼は努力する天才だった。
切れる頭を回転させ、応用の利く宝石魔術を使い切磋琢磨した技術を駆使し遥か格上の相手と拮抗する。その実力は魔術協会から依頼され、数々の封印指定された魔術師を何度も屠ってきたという経歴から見て取れるだろう。そう言った手腕は評価に値すると今でも思っている。
流石に趣味で紛争地帯を歩き回ったという少々おかしな行動力には頭を悩まさざるを得ないが。
更に他の魔術師たちが『愚か』と断じた養子を取る選択も、決して悪しき物でないと理解している。何せ、回路の数が下がる一方だったのだ。これ以上代を重ねても『根源』への道は見えない。ならば、少しでも才覚のある若者を引き入れ積み上げてきた技術を遺すのは正解であるともいえる。
とはいえ、戦災孤児を次期当主にしたのは少々アレな選択だと言わざるを得なかったが。
しかし近くで見る彼、ヨシュアの才覚は並ならぬものであると理解している以上ケイネスに文句は無かった。代を重ねていない者ながらも、その潜在的なポテンシャルはそこらの木っ端の魔術師とは比べ物にならない。
ケイネスが子に恵まれなかった場合、鉱石科の『
問題点としては、その人物像がわかりにくいことと口数が少ないことだろうか。
個人的な問題にとやかく文句を付けるつもりはケイネスには毛頭ないが(二重の意味で)、思春期真っ盛りの男児にしては余りにも寡黙なのだ。故に、その性格や人物が読み取れない。
だからこそ、数少ない機会が転がり込んできたことで、ケイネスは二つ返事ではあるが対面に応じた。
流石に講義を休んだ当日に「聖杯戦争に参加する」という話を持ってきたのは驚いたが、真っ先に自分を頼ってきたのは実に評価できる行動だ。悪くない。
と、ケイネスはつい深く考え込んでしまった自分を反省しながら再度意識を強くする。
「それについては全く構わん。栄誉ある聖戦に行くのだ。誰が止められる物か」
「……という事は、ケイネス先生も参加するのですか?」
「当然だ。既このケイネス・エルメロイ・アーチボルトが聖杯に選ばれぬ道理は無し。――――とはいえ、あの問題児に大事な聖遺物を盗まれてしまったのだがな。全く、忌々しい盗人めが……ッ!!」
そう言いながらケイネスは憤慨した。
わざわざ手間暇かけて取り寄せた聖遺物、古代マケドニア王国のアレクサンドロス三世――――征服王イスカンダルのマントの欠片を、忌々しくも時計塔の生徒の一人であるウェイバー・ベルベットに盗難されたのだ。
宅配者の手違いで起こった事件とはいえ、実に由々しき事態であった。
「では、代わりを用意しましょうか?」
「――――なんだと?」
信じられないことを言いながら、ヨシュアが持っていたアタッシュケースをケイネスの仕事机の上に置く。
突然の事で茫然とするケイネスだが、直ぐに気を取り直してケースのロックを外して中身を見た。
そこにあったのは、少々の欠損がありながらもしっかりとその中に神秘を残す紅い槍の穂先。
穂先のみという事でかなりの劣化品だと思われるが、確かに聖遺物だとわかるそれは魔術的価値は数百万は下らないだろう。それを易々と差し出したヨシュアを警戒の目でケイネスが睨む。
「これは一体なんだ」
「波濤の獣、クリードの牙で作りし魔槍の折れた穂先。――――クー・フーリンの魔槍、ゲイ・ボルクの残骸です」
「クー・フーリンだと……っ!?」
クー・フーリン。ケルト神話の大英雄。
本場のアイルランドならば知らぬ者はおらず、それ以外の国でもそれなりの知名度を誇る文句なしの上級の英霊と成りうる存在。それを呼び出すことのできる触媒ならば、聖杯戦争関係者ならば喉から手が出るほど欲しがるだろう。
何せ大英雄が愛用した槍の穂先だ。内包している神秘からして偽物という線もあり得ない。間違いなくクー・フーリンを召喚できる触媒。元々征服王イスカンダルを呼び出すつもりで、しかしその触媒を盗まれたケイネスがどうにか入手できたのは『
故にこの触媒はケイネスからしてみればこれ以上無い宝物同然。だからこそ警戒する。
魔術師がただで善意を振るまうなどあり得ない。必ず何かの『対価』を求める。
「……見返りは何だ」
「これを」
そう言ってヨシュアは懐から紙を取り出す。
ただそこにかかれている内容には、ケイネスも一瞬目を丸くしたが。
「……
「はい。これを対価として、明日まで支払えるでしょうか」
「――――ふん。アーチボルト家の力を使えば容易い。何に使うかは言及しないが、用意すればこの触媒は貰っていいのだな?」
「いえ。これについてはもうそちらの好きにしてください」
「何故だ? 私が約束を破るかもしれんだろうに」
「誇り高き魔術師が、高々数十数百キロのレアメタルを渡さないために約束事を反故にすると?」
「……くくくっ。その通りだ。それでこそエーデルシュタイン家現当主。いいだろう、明日の朝には貴様の屋敷へ配達させよう。くれぐれも、確認を怠らぬように」
約束は守ると断言し、ケイネスは上機嫌で手に入れた触媒を眺める。
あのクー・フーリンの触媒なのだ。これで聖杯戦争への優勝に一歩近づいたと言っても過言では無い。
勝利を確信した。
だからこそ気づかない。
何故そんな上等な触媒を高々レアメタル数十数百キロ程度と交換したのかを。
実際は既にサーヴァントを召喚しているため宝の持ち腐れなだけであるが、それでも気づくべきだった。
魔術師が敵に塩を送るわけがないのだと。
ヨシュアがそれ以上のサーヴァントを召喚したという事に、ケイネスは気づくべきであった。
既に昼を過ぎ、月が空に浮かぶ夜となった時間。俺は時計塔に来ていた。
用事は単純。同じく聖杯戦争に参加する――――といううわさが流れていた――――ケイネスへとそれを報告するためだ。
正直早々に対策を練られるようなことはしたくなかったが、
だからこそ、だ。
一対一なら、まずこちらに負けは無い。聖杯戦争中に同盟関係を作るためにこんな形ではあるが、ある程度信用を得て事を有利に進ませる。そのために、わざわざ倉庫を漁ってゲイ・ボルクの折れた穂先など探し出したのだ。おかげで腰が痛い。
「しっかし、まさか親父があんなものまで隠し持っていたとは」
長い階段を昇りながら独り言を呟く。
あの義父が古代アイルランドの代物を保管していたとは驚くしかない。幼少の頃から骨董品の収集家であったのは重々知っていたが、まさか一級の英霊縁の聖遺物まで収集していたとは完全に予想の範疇外だ。
まぁ、ここら辺は深く考えても仕方あるまい。そう俺は斬り捨てた。
なにせ、本人はもう衰弱死した後なのだから。
義父――――ヨハネスは五年前大量の遺産を残して衰弱死した。
寿命だったのだろう。義父は齢八十という老衰に勝てず、俺に家督を託す旨を書き残した遺書を綴って笑顔で逝った。
おかげで、今まで生きてこれた。エーデルシュタイン家の力が無ければ、俺はとっくの昔に分家の方に暗殺でもされて魔術社会にもみ消されていただろう。
元々謎が多かった義父であったが、今回でもっと謎が増えてしまった。
どうして彼はこんなに遺物の類を集めていたのだろうか。コレクターと言うには少々収集物の扱いが雑であったし、命の危険があるにも関わらず積極的に集めていた理由には少々薄い。
「いや、まさか、な」
嫌な予感がしたが、直ぐに振り払う。
そして丁度考えるのが終わると同時に、俺は階段を昇り終えた。かなり長かったが、日ごろ鍛えている身としては適度にいい運動だ。
ここは展望台だった。時計塔の最上層に存在するテラス部分。ここから街を一望できることから、時計塔の生徒たちは偶にここを利用している。偶に、だが。
研究第一のアホどもだ。気分転換ぐらいにしか使わないので、実に勿体ない。
おかげで、今だけは人一人いない空間を楽しむことができるが。
いや、一人いたか。
「待ったか?」
「? あ、おかえり、ヨシュア。待ってないよ」
「そうか。ならよかった」
端にあるベランダで、縁に体を預け乍ら夜景を眺めている白銀の美少女が居た。
月光に照らされたその姿は、一言で言うなれば幻想。正直精霊と言われても納得がいくほどの姿に、俺はつい見惚れた。もうこれで、その姿に見惚れるのは三回目か。
更に首に吊り下げられた黒い宝石――――黒曜石と銀で造られたペンダントが、所持者を引き立てるのではなく所持者によってより輝いているのは、もう絶句するしかない光景だ。
――――こんな自分の状態、以前の俺からは全く考えられない姿であったが故に、俺自身も呆れてしまう。
自嘲するように肩をすくめ、俺も彼女を見習って縁に身体を預けて夜景を一望する。
ここに来るのは、初めてでは無い。過去に気分を変えようと何度も訪れたことがある。
しかし今回だけは、『特別』だった。
初めてこの夜景を『綺麗』だと思えた。初めて、世界に色が生まれた。
そのきっかけは、言うまでもないだろう。
「――――ねぇヨシュア、どうして急に参加する気になったの?」
「……なんで、そんなことを聞く?」
「もし、貴方が私に『同情』して気が変わったと言うのなら――――私は此処で自害する」
真剣な眼差しで、アルフェリアを俺を見据えて告げた。
その言葉はとてもはっきりと、俺の耳に突き刺さる。
「その理由は」
「……私の我が儘で、貴方を巻き込みたくない。まだ短い間だけど、一緒に過ごして貴方が『いい人』なのはわかったからね。だからこそ、そんな理由で巻き込みたくない」
「…………そうか。だが生憎、これは自分の意思だ」
「願いが、できたの?」
「ああ」
体の向きを変え、俺は縁に背を預けて空を見ながら呟く。
自分で笑ってしまうぐらい、とてもくだらない、小さな望みを。
「お前の願いをかなえてやりたい」
「――――は?」
「言って置くが同情じゃない。
ぽかんとするアルフェリアをよそに、俺は苦笑交じりの顔で頭を掻く。
そう。これは同情などでは無い。
単純に自分がそうしたいからするのだ。彼女の願いを、叶えてやりたい。
初めてできた願望で、小さく下らない物。
だけど俺にとってそれは――――確かに、初めて抱いた自分の『願い』。
それだけは、決して間違いでは無い。
「……ぷっ、ふふふふっ、あっはははははははははは!」
「なんだよ」
「ふふっ、いや、本当にお人よしだな、って……ぷふっ、くくくく」
「悪かったなお人よしで。でも、本当に同情なんかじゃない。俺自身の意思だよ」
「うん、嘘じゃないみたいだね。ははっ、だからこそ笑っちゃうんだけど」
散々笑ったアルフェリアは、天使の威光さえ霞む笑顔になりながら俺を真似て空を見る。
その姿はまるで、冷たく滴る水のようで――――本当に、美しかった。
思わず頬を赤らめるほどに。
「私はね――――生前、家族と普通に過ごしたかった」
「…………え?」
「ただ、家族と一緒に生きたかった。そんな小さな願いを抱いていた。誰でも叶えられそうな、そんな願いを」
その声には初めて感じる感情がこもっていた。
後悔、絶望、焦燥、恐怖――――そんな負の感情を乗せた言葉は、風に乗って轟いていく。
「でも、叶えられなかった。そんな願いすら、私は許されなかった」
「……ってことは、お前は」
「うん――――私はもう一度家族全員と、平和に暮らしたい。それが私の願いだよ。ヨシュア」
それはとても普通の願いだった。
普通の家庭で生まれ育っていれば、誰でも成し遂げられる小さな願い。
だが、彼女にはそれさえ許されなかった。
母も父もわからず、それでも彼女は血のつながっていない家族と楽しく過ごし――――全てを壊された。
祖国を救おうと身を投げ出しても、最後の最後に全てを踏みにじられた。
普通で無かったからこそ、普通の願いが許されなかったのだ。彼女は。
「……そうか。いいな、それ」
「そうかな? 英雄が抱くには、ちょっと小さすぎない?」
「馬鹿言えよ。得られなかった物を得たい。それは立派な願いだよ、アルフェリア。――――俺も戦災孤児だからな。本当の親なんぞ記憶にないし、義父も基本的に『親』じゃなくて『師』として接していた。はっきり言って、普通の暮らしなんぞしたことが無いし、親子の愛情を育てた覚えも無い」
それでも彼女の境遇と比べれば雲泥の差。潜ってきた修羅場の質も数も違う。
だがヨシュアは少なからず、彼女の気持ちを理解できた。できてしまった。
「俺もしてみたいよ。『普通の暮らし』ってやつを」
「……うん、そうだね。ただ、家族と一緒に、平和に――――それだけだったのに、叶えられなかった。家族に、悲しみを味わわせた。もう、あんなことを繰り返したくない」
決意に満ちた声。それを聞いて、もう後戻りはできないのだとヨシュアは理解する。
否―――戻るつもりなど端から存在しない。
既に剣は鞘から抜いた。既に俺の戦争は始まった。一度の敗北すら許されない殺し合いが。
「だから願いが叶えられたら、皆と一緒に楽しく暮らすんだ。ヨシュアも一緒にね」
「――――――――は?」
「ん? 何?」
―――そう、意気込んでいた俺に爆弾が投下される。
何を言っているんだ、こいつは。
「いや、俺はマスターだろ? お前の願いが叶ったら、別れるんじゃ――――」
「何言ってるの。ヨシュアも『家族』でしょ? 一緒にご飯食べて、家で過ごして、街を遊び歩いて、これから助け合う――――ほら、ね?」
「…………は、ははっ。そうか、俺が、家族か」
彼女の言い分に少し呆れてしまうが、それ以上に嬉しかった。
何年も孤独に過ごし、乾き切った自分の心に水が注がれたような気分だったのだ。
「そう、だな…………。家族か……ああ、俺はお前の家族だ」
「うん! 家族だからね、互いに助け合うのは当たり前。だから、私は貴方を絶対に死なせない」
「俺も、お前を死なせない。必ずな」
「じゃあ、約束する? 互いに互いを死なせない、って」
「バーカ。――――当り前だろ」
この日初めて、俺は心の底から笑った。
そして、新しい家族を得た。
共に信頼し、助け合う。家族を
墜ちました(たった一日で)。
ヨシュア君・・・可哀想に・・・君もアルフェリアさんの無意識ノックダウンの犠牲者になったんだね・・・!
因みにこんな感じで円卓の騎士の大半を攻略してます。うわヤベェ。何この逆ハーレム製造機。
そして次回からはいよいよ他陣営のお話。楽しみに待っててね!グッバーイ!