Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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今回は日常回だ。愉悦したい者達、残念だったな!聖杯戦争までは後二話ぐらいだからちょっと待っててね!

しかし、今回マジで書きにくかった。
何でかって?

・・・自分が幸せじゃないのに、他人の幸せが綴れると思うのかい?(絶望


第三話・互いの関係

 酷く陰鬱した気持ちで俺は目を覚ます。

 

 日々の疲労の溜まり具合から発生した頭痛は、気持ちよく頭を叩き起こしてくれた。ついでに軽度の胃痛まで脳に刺すような痛みを送っている。本格的に養生したほうがいいのかもしれない。

 自室に置いた救急箱から頭痛薬と胃薬を取り出して、水差しから直接水を飲みそれらを流し込むと、少しだけ痛みが和らいでくる。

 いつもの調子とは言えないが、何とか心の余裕はできた。

 幸い、今日は休日。心の疲れを癒すにはたんまりと時間はある。

 

「……まさか出てきたのが救国の英雄とはな」

 

 呆れの籠った声で、そんなことを呟いた。

 何せイギリスで一番有名と言っても過言では無いほどの大英雄だ。

 

 アルフェリア・ペンドラゴン。

 

 名高いアーサー王の義姉にして最強の英雄。国を救い、文化を変え、美食の道を開拓した紛れも無い偉人だ。

 その逸話はどれもが一度聞けば「嘘だろう」としか言えない物ばかりで、実際存在を疑われたことは多々ある。しかし本人が遺した聖遺物が今だ現存しているというのだから、信じるしかあるまい。正直実物を見るまでは絶対人外の類だと思っていたのだが。

 

 彼女が築き上げた伝説は以下の通りだ。

 

 曰く、剣一本で数万の軍勢を全滅させた。

 曰く、素手で竜を叩きのめした。

 曰く、巨大な斬撃で大地を割った。

 

 そんな嘘の様な伝承が残っており、最後の伝承に関してはその跡地が残っているのだから呆れるしかない。

 

 このグレートブリテン島には、不自然なまでに地面が二つに分かれた場所がある。その割れ目は遥か向こうの海岸まで届いており、地図が確かならば優に百キロを超える斬撃痕だ。人間業とは思えないが、未だにその切断面に魔力の残滓が残っているという話だ。馬鹿らしいと思うかもしれないが、事実だ。

 一体どうすれば島を割りかねないほどの斬撃が繰り出せたのだろうか。そう思うと実に古代の地上と言うのは魔境だったのだろうと理解する。

 

 英霊としては間違いなく超一級。例えるならヘラクレス並に有名な英雄である。当然、ヨーロッパでは知らぬ者はいないというほど有名であり、その伝説はもはや神話の領域。実は神だったのではないかという説も存在しているのが、彼女の規格外さを物語っていた。

 

 そしてそんな彼女が聖杯、万能の願望機に託す願いとは、一体なんだろうか。

 少なくとも、俺の様な視野の狭い人間が分かるほどの物では無いことは確かだ。救国の聖女と呼ばれたほど高貴な存在。そんな人の望みなど、とても想像できない。

 

「しかし、なんで俺なんだ……………?」

 

 一つ腑に落ちないことがあった。

 なぜ彼女があそこまで強引な召喚にもかかわらず、正確な座標に現れることができたのか。

 サーヴァントの召喚というものには、ある程度狙った召喚ならば聖遺物――――つまり触媒と言う物が必要になる。その触媒はいわば現世と英霊の座にある魂とのつながりであり、だからこそ狙った英霊が召喚しやすくなるのだ。

 当然、聖遺物がレプリカなどの場合は効果を発揮しない。

 

 そして、あそこまで正確な出現が出来たという事は、俺の工房の中に彼女に縁の深い何かが残っていたという事なのだろう。推測だが、無視もできない。

 彼女に縁のある聖遺物とは即ち、アルフェリア・ペンドラゴンが唯一後世に残した自伝に他ならないからだ。

 銀色の皮で作られた一冊の本。イギリス・ロンドンの大英博物館に保管されている『銀の書』――――しかしアレは偽造品であり、本物は魔術協会がどこかの魔術師の家系に託したという噂だ。

 

 まさか、と思う。

 

「……善は急げ、だな」

 

 衝動的にベッドから立ち上がり、手慣れた動作で自分の工房への扉を開いて薄暗い道を進んで行く。

 不思議と頭痛も胃痛も消えており、俺の中にあったのは今まであまり感じたことも無い好奇心だけだった。何か面白い物が、自分の心を躍らせる何かがあるのではないか。そんな気分だ。

 

 暴風によってこれでもかというほど散らかった工房に到着する。

 片づけは……面倒だし後でやろうと思いながら、目的の代物を探していく。たしか、義父の部屋にあった怪しげな黒い箱を置いていたはず。

 たぶん、それに『銀の書』を保管してるはずだ。

 

 ガサゴソと音が工房の中を反響する。

 

 三十分ほど経ったその時だろうか。本の山の中に何か硬い感触があった。

 俺は無造作にそれを引っ張り上げると、複雑な錠前の付いた黒い箱が姿を現す。

 

(これか。随分複雑な封印が掛けられてるな)

 

 鍵穴は無い。しかし触れるとわかる。これは何十重もの封印が施された錠前だ。特殊な錬金術で作り上げた特別製なのだろう。今まで触ってきたどんな金属よりも異質だという事は、見るだけでも十分理解できた。

 普通に開錠しようものなら、何年かかるだろうか。恐らく何十人もの魔術師が封印をかけたのだろう。正攻法で解き明かすには、少々時間がかかり過ぎる代物であった。

 

 正攻法なら、の話だが。

 

「――――崩れろ」

 

 その一言で錠前は綺麗サッパリ砂と変わる。

 俺の魔術による自己崩壊だ。前に言ったと思うが、俺の属性は『金属』。金属であるならば、どんなものでアレ自由自在に操作できる属性。例え未知の物質であろうが、それが金属ならば俺の手足も同然。こうやって分子結合を崩壊させて砂へと変えることも余裕だ。

 

 こうして苦労して作ったであろう封印は一瞬にして崩れ去った。作った者達には申し訳ないとは思うが、挑戦者がいつも正面から来るわけがないという事を想定しなかった方が悪い。

 

 息を呑みながら、俺は封印の消えた箱を開いた。

 中に状態保存の魔術が施されていたのだろう。中は埃一つない、綺麗な状態だった。

 

 そして、箱の中には一冊の本が置かれている。

 

 魔術師にとって喉から手が出るほどの価値を持つ聖遺物、『銀の書』。

 これが原因で数百人の魔術師たちが殺し合いをしたというのだから、歴史的価値も魔術的価値も、恐らく最高峰だろう。何せ千五百年前の遺物だ。

 

 表紙に使われているのは竜の皮。

 紙は推測であるが聖樹の類。

 インクも幻想種の血を加工した物が使われている。

 これ一冊そのものが幻想種の希少素材を余すことなく使われて作り上げられた、最高の魔導書。

 中身はアーサー王伝説の原本のような物であるが、開くだけでその内包した神秘を振りまく一冊だ。魔術世界のオークションに出せば確実に数十億以上の額が掲示される。下手すればまた奪い合いで数百人もの犠牲者が出る可能性すら存在しているだろう。

 

 そんな危険性があったからこそ、こうやって厳重に封印を掛けられていた。誰にも使われない様に。

 今、俺がそれを解いてしまったのだが。

 

(……さて、封印を解いたはいい物の、どうするべきか)

 

 ぶっちゃけ、この先の事は考えていなかった。好奇心は満たされたが、正直また封印し直すのも面倒だし、かといってしないまま放置というわけにもいくまい。盗まれたら一大事だ。少なくとも魔術協会から『罰』を与えられるのは想像に難くない。しかし俺がまた封印をかけたとしても、解かれる可能性は高い。

 こんな事ならもう少し封印系の魔術を伸ばしておくんだったと後悔する。

 

 では、どうしようか。

 

(――――仕方ない、アルフェリアに相談してみるか)

 

 優れた魔術師なら何とか策を講じれるかも知れない。仮にも『三賢人』と称えられるほどの者だ。魔導書の封印程度ならば不可能ではないだろう。もしかすれば完全に誰の手にも届かない様に完全隔離する術も持っているかもしれない。

 

 そんな期待を胸に早足で自室に戻った俺は、寝間着から私服に着替え外に出る。

 起床から一時間ぶりに浴びる陽光が目を刺す。暖かな光が冷えた身体を温め、俺はその快感に浸ることで溜まったストレスを少しずつ解しながら廊下を歩き始めた。

 

(今は六時半ぐらい。朝食は、簡単に済ませるか)

 

 幸い材料は昨日買い込んだおかげでたっぷりある。しかし時間的に昼の弁当を作る時間もあるから、弁当を作った余り物で朝は済ませよう。

 

 そう思った時であった。

 

「…………………ん?」

 

 ふと、今まで嗅いだことも無い匂いが鼻を刺激する。

 悪臭ではない。むしろ凄く美味そうな匂いだった。それこそ自分が普段作っている料理とは比べるのも烏滸がましいほどの、一級シェフでも平伏するだろうと直感で知ることができてしまうほどの香り。

 その匂いに引かれるように、俺はふらふらと不安な足取りで足を速く動かし始める。

 

 何というか、これは、逆らえない――――

 

 無意識レベルで食欲を刺激する匂いを辿った先は、屋敷の食堂だった。

 口から涎を垂らしながら食堂の大扉を開けると、ブワッと美食の香りが身体を包んだ。

 

 質素なテーブルには美白のテーブルクロスが敷かれ、色とりどりの花が差された花瓶が部屋を爽やかに感じさせる。更に、部屋の隅々まで掃除したのだろう。埃一つ感じられない清潔な部屋が、まるで異空間の様に俺の目の前に広がった。

 

 そして、テーブルの上に乗っている料理の数々。

 

 こんがりと焼き上がったスモークチキン、甘酸っぱい匂いを漂わせるソースで味付けされたローストビーフ、きつね色に輝くから揚げ、ほくほくと煙を上げるサーモンのホイル焼き、見るだけでその新鮮度がうかがい知れるシーザーサラダ、本場顔負けのインサラータ・カプレーゼ、葉野菜の上にベーコン・ポーチドエッグ・クルトンを乗せたリヨネーズ、ロシア風ボルシチ、数々の野菜を用いられたミネストローネ――――どう見ても朝に食べる量ではないが、何故か俺は目の前に広がる料理を全部食べたいという欲求に襲われていた。

 視覚と嗅覚だけでもこれなのに、本番である味覚を味わったら、一体俺はどうなってしまうだろうか。

 

「あ、マスター、起きたんですね。起こしに行こうとしたけど、必要なかったようです」

「……あ、アルフェ、リア、さん?」

「? はい、なんでしょう」

「これは、一体」

 

 口から垂れる涎を吹きながら、俺は紅茶を銀のタライに乗せてキッチンから出てきたアルフェリアに問う。

 目の前に広がる美食地獄は一体何なのかと。

 

「ええと、少しよくわからないスキルがあったので、効果を確かめてみようかなと思いまして。それに暇でしたし、朝食ぐらいは用意しようかなと」

「そ、そうですか。いや、にしても……」

「ていうかマスター。何で私に敬語を使うんですか?」

「いや、その……何と言うか」

 

 銀色のドレス――――たぶん魔力で編んだ物なのだろう――――の上に白いエプロン。その母性溢れる姿に、一瞬とはいえ顔を背けてしまった。緊張のあまり、口調もなんか敬語になっている。

 胸に手を当ててみれば心臓がバックバク音を立ててるし、身体もなんか熱い。

 やばい。これは、不味い。

 

「す、すまん、ちょっとぼうっとしてただけだ。問題ない」

「そうですか? にしては随分汗を流していますが」

「布団の中が熱かっただけだ!」

「……十月下旬なのに?」

「俺は体温が上がりやすい体質なんだよ!?」

「…………はぁ、そうなんですか」

 

 珍妙な顔をしながら、アルフェリアは紅茶をテーブルに置いて椅子に腰かける。

 

「ん? 食べないんですか?」

「あ、いや……食べる。食べるよ。お腹空いてるし」

 

 俺は胸の焦りを収めながら、食事に精神を傾けて気を紛らわすそうと椅子に座った。

 しかし、改めて見てみると料理が信じられない輝きを放っている。これが天上の料理人と呼ばれた者の腕前か。実に楽しみだ。

 

「うーん……なんで料理が光ってるんだろう」

「え?」

「あ、いや、何でもないです。たぶん、大丈夫でしょう。たぶん」

「たぶん……? ま、まぁいいか。じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 

 互いに両手を合わせて「いただきます」と言い、早速俺はローストビーフを一口。

 肉を噛む。

 

 瞬間、天国が口の中に広がった。

 

「――――!?!?!??!?!!!!?!?!?」

 

 溢れ出る肉汁は肉本来のうまみを完全に閉じ込めており、歯ごたえはしっかりとしておりしかし柔らかい。味付けのソースは果物の甘味と酸味を最大限に引き出され、尚且つその味は肉の味とベストマッチ。極上のハーモニーが舌を躍らせる。

 まさに極上の料理。今まで食べてきた料理が生ゴミに思えるほどの強烈な美味であった。理性を強く保たねば、人間の本能が表に出そうなほどの強烈な刺激。一口一口を噛みしめ、俺は最高の料理を味わう。

 

 しかし、作った当人であるアルフェリアはかなり珍妙な顔をしていた。

 何かが気に入らなかったのだろうか。

 

「うぅぅぅ~~~~ん…………?」

「……? どうか、したのか?」

「いえ、その……生前と比べて料理の味が酷く変わっていて。いえ、美味しいと言えば美味しいのですが」

 

 複雑な表情になりながら、アルフェリアは詳細を口にする。

 

「たぶんですが、料理がスキルで昇華されちゃってますね、これ。私こんな美味しい料理、生前では作れませんでしたし」

「は? そ、そうなのか?」

「はい。正直気味が悪いというか、何というか……」

 

 確かに、第三者の手で自分の技術が改造されていれば気味も悪いだろう。

 こっちとしては美味しいので文句はないのだが。

 

 そのまま何とも言えない空気を漂わせたまま食事をしていると、俺は食欲の刺激で忘れていたことを今更思い出し始めた。

 

「あー……アルフェリア、こんな物が俺の工房にあったんだが」

「はい? ――――って、それは……」

 

 俺が見せた『銀の書』を見て、アルフェリアは厳しい顔つきになる。でも口周りにソース付けているので威厳もクソも無い。こっちとしては場が和んだので別に構いやしないけど。

 アルフェリアは俺が差し出した本を受け取り、中身を軽く流し読みした。そして少しだけ、顔を緩ませる。

 

「うわぁ、懐かしいなぁ……まさか思いつきで書いた本が千五百年経っても残ってるなんて。ああ、そうか。妙に正確な召喚だと思ったら、これがあったからか」

「やっぱりそうか。なんか、うちの家系が代々管理してきたみたいでな、勝手に封印解いちまったが……何とか再封印できないか?」

「ふむ…………成程。元々魔導書染みていたのに、歴史と神秘が蓄積されて完全に魔導書になっちゃったか。そうだね、名前を付けるなら――――『湖光を翳す銀の書(ホロウレコード・グリモワール)』、かな?」

 

 何やら集中していたのか、アルフェリアは俺の言葉を見事にスルーしてなにやらぶつぶつ言い始め――――途端、『銀の書』に光が満ち始める。

 何事だと目を見開きそれを凝視するが、一番近くに居るアルフェリアはまるで新芽を出した植物を見守るような目でそれを見ていた。

 

 それは確かに誕生だった。

 

 千年以上の年月を積み重ね、元々膨大な神秘を溜め込んでいた魔導書のような伝記は、今その歴史を昇華させ英雄の武器となる。

 つまり、宝具の誕生であった。

 

「ありゃ、なんかできちゃった。これ、もう宝具扱いみたいになってますね」

「え、マジか…………。宝具ってそんな簡単にできる物なのか?」

「いいえ、流石にそれは無いでしょう。たぶん、使われている素材と、作られてから経過した年月のせいかと。千五百年物ですから、下手な骨董品より神秘は積もってるでしょうし。名付けた者が作者ですからね」

 

 確かに理屈の上では可能といえる。一応、マクレミッツ家などが現代にまで宝具を継承させているという話だし、どこかの地下遺跡にはまだ古代に存在していた宝具などが現存している可能性が高いという話だ。

 元々宝具級の神秘を内包していたのならば、作り手が名付けた瞬間にその英霊の宝具として完成しても、可笑しくない話だ。

 

「――――返すよ、それ」

「……は? いや、しかしこれは貴方の家系が代々管理してきた物でしょう? 魔術的価値も高いはずなのに」

「面倒事を引きこむブラックホールを家に置いて置きたくないんだよ。それに元の持ち主が丁度目の前に居る。返さない理由は無いだろ?」

 

 こっちとしては存在するだけで頭痛の種になりそうな代物だ。安心して預けられる先があるならば、預けない道理はない。むしろ厄介な爆弾が一つ無くなったので、胸が軽くなる気分であった。

 

 アルフェリアはあまり納得していないような顔だったが、暫く経って「まぁいいか」と諦めて『銀の書』を――――突如空間に現れた虚空にしまい込んだ。

 思わず顔が引き攣るが、もう今更だろう。島すら剣で両断仕掛けた化物だ、空間に穴を作ってもある意味道理と言える。何かおかしい暴論ではあるが、深く考えたらいけない気がする。

 

「……マスター、この後何か用事など控えていますか?」

「ん? ああ、一応時計塔で講義を……何でそんなこと聞くんだ?」

「もし時間が空いていれば服を買いに行こうかと思いまして。私は今手持ちがないし、街並みが分からない以上迷子になりそうなので。……学業があるのでしたらまた今度――――」

「いやいい。今日はサボる」

「………………えっ?」

 

 はっきり言って時計塔の講義など聞き飽きた。得れるものはもう全て得たので、鉱石科にはもう行くことは無いだろう。次時計塔に行くときは俺が降霊科に移籍の手続きをしに行く時だ。

 

 それに、女の頼みを『学校だから』という理由で断るなどふざけている。

 亡くなった義父も「いい女には優しくしろ。頼み事は断るな」と言っていたからな。初めて義父からの助言が役に立つ時が来たというわけだ。

 

「いや、しかし、その……大丈夫なのですか?」

「ああ、問題ない。一日二日休もうが、小煩い講師からの抗議ができるだけだからな。それに――――食事のお礼もしたい」

 

 これだけ美味い食事を出してもらったのだ。何か返さないというのも、俺が受け入れられない。

 財布役程度なら喜んで買って出よう。

 

「マスターがいいなら、いいのですが……」

「気分転換もついでにな。あんな息苦しい場所に通い続けていると、頭が痛くなる」

「そうですか。じゃあ、お願いしますね、マスター」

「――――ヨシュアだ」

「……?」

 

 衝動的にそんなことを言ってしまう。軽く後悔するが、もう後の先だ。

 覚悟を決めて頭の中を整理し、言いたいことを口にした。

 若干、声が上ずりかけるが。

 

「マスターって人前で呼ばれたら少し、気まずい。敬語も要らないし、呼ぶときも名前でいい」

「……魔術師って、誇りの塊か何かだと思っていたのですが」

「俺は魔術使いだ。魔術に対する誇りなんぞ欠片も無い」

「ふむ………――――わかったよ、ヨシュア」

 

 そう言われたアルフェリアは、先程とは一風変わった明るい口調に変わった。

 これが彼女の素なのだろう。敬語で喋られた時少し違和感を感じていたが、やはりこっちを気遣った喋り方だったのだろう。こちらの方が、俺も気楽にできるし、彼女に似合っている。

 

「じゃあヨシュア、食べきれない分は昼食用に詰めておくけど、いい?」

「お前に任せるよ」

「うん。了解したよー」

 

 しかし、何というか。二重人格じゃないかってぐらいに変わった。根っこは変わっていないのだろうが、聖女と呼ぶには少々フワフワした感じだった。

 いや、彼女も人間である。英雄だからと言って全員が全員硬い性格では無いということだ。

 案外英霊と言うのは、そう人間と変わらないのかもしれない。

 

 満足するまで食事をして、その後俺はすぐに身支度をすることにした。

 といっても、服を買いに行くだけだからそこまで硬くならなくていい。別にデートではないのだ。ただ男女二人で服を買いにショッピング――――

 

 

 ――――アレ、これ……デート?

 

 

 いや、ない。ないないないないない。それはない。

 しかし男女でショッピング――――デートの範疇ではある。交際経験など一度も無い身であるが、異性同士が共にどこかに行くというのは十分そう言ったことの範囲内なのではないか。

 

(…………深く考えるのはやめよう)

 

 頭がショートしそうになり、俺はついに考えるのをやめた。

 うん、服を買いに行くだけだ。それだけ。それだけだから、きっとデートとかそう言う物では無い。

 

 俺は無言で着替えを始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 いやー、まさかマスターの方から敬語を取りやめる様に言うとは思わなかった。

 現代の魔術師にしては結構毛色が違うと思っていたが、まさか魔術使いとは。回路が三桁以上なのに、もったいないと言えばいいのかそれともよかったと言えばいいのか。

 とりあえず良好な関係が築けそうな人でよかったと思う。天然なので少々不安があったが、人間としてはある程度信頼できそうなマスターが引けて何よりだ。

 

 あ、どうも。アルフェリア・ペンドラゴンです。現在絶賛イギリス観光中のキャスターのサーヴァントであります。

 ……誰に言ってるんだろう、私。まぁいいや(小並感)。

 

 私は今服を買いに外へ出ていた。やっぱり千五百年も経てば街並みも一気に風変りをして、中世と近世を混ぜた様な街が目の前に広がっている。ちょうど通勤時間でもあるので、人もそこそこ道を歩いていた。服装さえ変わればファンタジー世界に迷い込んだとも思えてしまうほど、古い風味が漂っていた。

 しかし、これはこれでいい街だと思う。

 活気こそ少ないが、静かで穏やかな街だ。もし人としてここに居るなら、別荘を持ってみたいと思えるほどには気に入った。

 

 ……でもなぜだろうか。道行く人が必ず一回は私に顔を向けてくるのは。

 

「ヨシュア、なんか私目立ってる?」

「ああ。石ころの山にデカいダイアモンドがテカテカと光ってれば、誰でも一回は釘づけになるだろうよ」

「……? このドレスが目立ってるのかな」

 

 今の私は魔力で編んだ白銀のドレスを着ている。と言っても飾り気は無く、見た目では無く性能重視の代物。そこまで目線を引くほど煌びやかなものではないと思うのだが。

 

「お前の存在自体が目立ってんだよ。いきなり街に絶世の美女が現れたんだ。嫌でも目線は引くだろ」

「美女? 私が? いや、私の顔なんて普通でしょうに」

「……それ周りの女性どもに言ってみろ。すぐにお前を殺しにかかるぞ」

「えぇ…………?」

 

 確かに私の顔は整ってはいるが、アルトリアやモードレッドと比べれば負けているだろう。

 いや比較対象がおかしいのか? それとも私の感覚がずれているだけか? なんにせよ、あまり目立ちたくは無かった身としては視線がうっとおしい。

 

 認識阻害の魔術を使ってもいいのだが、他の魔術師に感づかれる可能性があるので下手に魔術の行使もできない。やれやれ、便利な道具が突然使えなくなると、こうも不自由するのか。八極拳使いのアサシンが使う『圏境』が使えれば訳ないのだが……流石に八極拳は見様見真似程度なので、そんなチート技は使えない。使えたらよかったのに。

 

 服屋の方はヨシュアがあらかじめ調べてくれていたので、スムーズにたどり着くことができた。

 どうやらブランド物を多く扱っている服屋らしく、かなり大きい。並んでいる服も、殆どが高級素材でできている。当然値段も馬鹿にならないぐらい高い。

 

「あの、ホントにいいの? ただ外を出歩くための服が欲しいだけだから、ジャージでもいいんだけど……」

「駄目だ。女性なんだから身だしなみぐらいはしっかり整えろ」

「こ、これは、オカン属性……!」

「誰がオカンだッ!?」

 

 そんなやり取りを繰り広げながらも、私は適当に服を選んでいった。

 流石に過ぎる服を選ぶのは気が引けるので、適当にやすそうな服を買って――――

 

「――――あの、お客様?」

「え、はい。なんでしょう?」

 

 唐突に店員にそんな声をかけられた。何事だと思いながら返事をしながら振り返れば――――なんか目を輝かせている女性の店員が立っていた。

 何というか、最高の素材を見つけた様な。そんな顔だった。

 

「もし服選びに迷っているのでしたら、こちらでいくつかお選びしてもよろしいのですが!」

「あー、その、適当に安い物を――――」

「値段は構いません。似合いそうな服を選んでください」

「ヨシュア!?」

「かしこまりました! 少々お待ちを!」

 

 ご機嫌な様子で店員がいくつかの服を選びに去ってしまう。

 何故か自分の財布を圧迫する行動を取ったヨシュア。高々服程度に何故、と聞こうとヨシュアを見れば、本人は苦笑したまま頬を掻いている。

 

「お金を払うのは貴方なのに、どうして……」

「気を悪くしたか?」

「気遣いは有り難いのだけれど……大丈夫なの?」

「金なら心配無用だ。一生遊んで暮らせる程度の金額なら持っているよ」

 

 わぁお。ブルジョワジー思考め。と内心突っ込みながら、どうして彼がこんなことをしたのか考えてみる。

 私に服を与えるメリットは…………何だ? 関係をよりいい物にしたい、とか? うぅむ……こんな事ならもう少し男性経験を積んでおくべきだった。

 

 その後私は店員が持ってきてくれた服を試着する作業が始まった。

 

 

『これはどうですか? あ、でも黒の方がより艶やかな雰囲気を出せるかもしれませんね。しかし白も捨てがたい……』

『いや、あの、適当でいいので』

『いけません! 折角綺麗な容姿なんですから、もっとおめかししないと! あ、下着もちゃんと整えないとっ』

『ちょっ、下着は別にいいです! 別にいいですから待って! 脱がそうとしないで!? わかりましたっ、自分で脱ぎますからぁあああぁぁああ!?』

 

 

 ……何があったかは、聞かないでほしい。

 

 

 約三十分程で着せ替え人形状態は終了を告げる。

 もはや燃え尽きたジョー並に精神が疲れ果てていた私ではあったが、何とか耐えられた。凄く、辛かったッ……! 他人に体を弄ばれるのがこんなにも辛いだなんて……! 純潔は何とか守り通せたけど。いや、女同士だから奪われるわけないか。

 

 ……ないよね?

 

「お待たせしましたお客様! それでは、どうぞ!」

 

 試着室のカーテンが開かれると、長々と立ったまま三十分も待っていたヨシュアと対面する。

 彼は今の私を見て――――あんぐりと口を開いた。

 

 黒の縦セーターに白のショートスカートのモノクロ調ファッションスタイル。更に上に白を基色とした暖かそうなポンチョが被せられ、足にも長い黒ストッキングを付けて寒冷対策もバッチリ。

 高級素材を使っているだけあって、全て単品でも輝くほどの代物。すべて合わせれば一体幾らになるのだろうか。払うのは私じゃなくてヨシュアなので、それを私が気にしても仕方のない事なのだけれど。

 

 しかし、口を開けたまま固まっているという事はやっぱり金額とか気にしているのだろう。

 なんだか申し訳なくなって、柄にもなく委縮してしまう。

 

「その、ヨシュア……?」

「――――え? あっ、ああ、似合ってるよ。凄く。すまん、頭が少しフリーズして」

「やっぱり高いからね……申し訳ありませんけど、もう少し安――――」

「店員さん、即払いで。これ買います。お釣り要りませんから」

「おおっ、甲斐性抜群ですね! お買い上げ、ありがとうございます!」

 

 ――――え?

 

 今度はこちらがフリーズしてしまう。何故、どうして、即払い? はい? なんで?

 

「良かったですね、頼もしい彼氏さんみたいで!」

「彼……は!?」

「アレ? 違うんですか? あっ、今日付き合い始めたばっかりって事なんですね! 応援してますよ!」

「いや違っ――――」

 

 否定しようとしたが、もうヨシュアが店の外に歩き出したことで言葉が途切れる。

 誤解を解いておいた方がいいのかもしれないが、今はヨシュアを追いかけるのが先決だ。後々弁解するとして、私は脱いだドレス片手に速足でヨシュアを追いかける。

 

 困惑した顔で彼の顔を見てみれば――――何故か本人は凄く満足した顔になってる。

 

 無性に殴りたい衝動に駆られた私は悪くない。

 人を困惑させておいてドヤ顔決めてるこいつが悪いのだ。

 

「ヨ、ヨシュア、どうしてこんな……服なんて何でもよかったのに」

「俺がやりたかった。それだけだよ」

「……私を困らせて楽しいの?」

「ちょっとだけ」

「……………………(イラッ」

 

 決め顔が凄まじく癇に障ったので、臑に強烈な蹴りを叩きこんだ。手加減はしているので折れてはいない。痛みは最大限にまで伝わるように工夫した拷問技だがね。

 

「いっ……ぐぉぉおぉぉぉぉぉっ…………!?」

「クククク、天罰だ。喜んで痛みに悶えるがいい」

「明らかに私刑なんだが!?」

「フッ、私が法だ」

「なんでさっ…………!」

 

 コント染みた何かをしながら、私たちは道を歩き進む。

 

 そんな小さな平和をゆっくりと噛みしめて、私は微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「あのカップル、将来が楽しみですね……。ああ、甘酸っぱい恋! 溜まらないですっ……!」

「――――ちょっと、シャーロット。わたくしの服はまだですの?」

「あ、申し訳ありませんルヴィアお嬢様! もう少しお時間を……」

「全く、恋愛好きは構いませんが、時と場所を選んでくださいな。このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、将来家督を継ぐものとして常にレディとしての身だしなみを整えなければなりませんの!」

「ふふっ、大丈夫ですよ! お嬢様はきっと素晴らしい人になりますから!」

「当り前のことをおっしゃらないでくださいな。さぁ、早く新しい服を! 半端な物は許しませんわよ!」

「了解しました、お嬢様!」

 

 

 

 

 




イチャイチャすんなリア充めぇぇぇえええええっっ!!(血涙

というわけでいかがでしたかリア充回。リア充爆発四散すればいいのに(チッ

恋愛好きの服屋店員シャーロットさんはうちのオリジナルキャラです。エーデルフェルト傘下の企業に勤めていて、現在時計塔の視察に来ているルヴィア(ロリ形態)とそのハチャメチャな性格が合って仲良くしてるとか、そんな設定です。チョイ役だからもう出番ないけどね(無慈悲

期末試験控えているので、投稿速度が少し遅くなるかもしれません。申し訳ありませんが、ご了承を。

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