Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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昔のブリテンの食事はどれだけ酷かったのだろうか・・・。現代日本の食事を持って行けばどんな反応するんだろうね。


第一話・兄は飯マズ。いや国が飯マズ。

「ケイ兄さん。料理はもう作らなくていいです」

「は?」

 

 この世界に来てから二週間目。ついに堪忍袋の緒が切れて私は怒気混じりの声音でそう告げた。

 その声だけで厨房で野菜を刻もうとしていたケイはその手を止めて「何を言っているんだこいつ」と言った顔をしている。

 

 確かに、確かにケイ兄さんは良くやってくれている。両親が居ない中、義妹を男で一つで育て上げさらに私と言う居候の世話までしてくれるのだから。毒舌が無ければ文句なしのイケメンの男だ。都会に出れば女が黄色い声援を上げるほどの。

 

 しかし、料理の腕が決定的に足りない。

 

 掃除洗濯。これは大丈夫だ。そう言うのは基本的に何回もやっていれば身につく。

 だが料理だけは、駄目だった。この中世の食文化が致命的に欠如しているとはいえ出される料理が生野菜オンリーとはどういう事だ。

 

「何言っているんだアルフェリア。まさかお前が料理すると?」

「そうです。だから兄さんは頼みますから下がっていてください。本当に」

「……あ、うん」

 

 私の言葉に只ならぬ悲壮を感じたのか、ケイはあっさりと引いてしまう。

 これで私もようやく本領発揮できると言う物だ。

 

 私は蔵から自作していた料理器具の数々と、幾らか貯蔵していた肉と調味料の類を取り出す。

 調理器具は簡単に熱した屑鉄を再利用して作った物だ。鍛冶などやったことも無いが、見よう見まねで何とか形だけは取り繕うことができた。

 

 肉は森の中で果実なんかを採っている時に出て来る兎や猪なんかを素手で仕留めたものを内緒で保存していたのだ。保存方法? 袋に包んで冷たい水を入れた桶の中に叩き込んで置いたら数日は持った。長期保存法などで貯蓄しておきたかったが、生憎そんな手間も時間も無いのでヤケクソ紛いの方法を取った。これがまた結構持つのだから驚きだ。

 調味料は塩とハーブ程度の物しかない。できれば醤油とか味噌が欲しかったが……ない物ねだりしても仕方あるまい。

 

 包丁を手に持ってみると、不思議と手になじんだ。かなり使い込んでいたのだろう。

 ケイ兄さんはツンデレだからね。なんだかんだ言って世話を焼いてくれるんだから憎めないのだ。

 

 さて、私は料理をしながら今までの事を振り返る。

 

 まず数日前、アルトリアが急に「剣を学びたい」と言ったことからが始まりか。ケイが多少剣を嗜んでいることからそう言ったのだろうが、当然ケイは猛反対。ケイとしてもアルトリアが剣を学ぶことには抵抗があるのだろう。しかし三日も付きまとわれれば毒舌家にして堅実なサー・ケイも折れてしまった。

 

 しかし、アルトリアはその後たった四日で師であるケイを越えてしまう。一方的にボコボコにされたケイの憔悴しきった顔といったら見るに堪えない物であった。しかもアルトリアはそれでもまだ満足できないらしく毎日木剣を素振りする毎日。きっとこれから、あの優しくて綺麗なアルトリアは直ぐに騎士の様に堅実で誇り高き精神へと進化してしまうのだろう。

 

 姉としては喜ぶべきなのだろう。しかしあの頃のアルトリアが好きだった身としては悲しみもまた感じている。

 私でさえこうなのだからケイ兄さんの悲しみは計り知れない。偶に見せる暗い顔がまるで暗黒の様であったのは良いトラウマだ。

 

 とか思いながらも無事料理を終える。

 出来たのは肉の香草焼き野菜炒めという、少し雑な料理ではあったが今まで食べていた物と比べれば天と地の差だ。私が料理できたのがそこまで驚くべき事実なのか、ケイ兄さんは食卓で茫然と口を開けている。

 料理を皿に盛り、卓上に並べていく。ちょうどいいタイミングでアルトリアも剣の素振りから帰って来た。汗だくで足元がふらついていたが、料理の匂いを嗅いだのか鼻を揺らして釣られるように食卓の椅子に座る。

 

「これは、姉さんが?」

「うん。食材が余っていたからね。たまにはしっかり食べないと(私が死ぬ)」

「……アルフェリア、料理ができるんなら最初から言ってくれ。おかげで自分の恥を延々と晒すことになった」

「恥は隠さず表に出すものです。一人で考えていたら、恥も永久に変わらないですよ」

「……そうか。勉強になった」

 

 ならなくていいです。ただの出まかせの冗談なのに。

 まぁ、確かにもう少し早めに申し出るべきだったのかもしれない。しかし前世の記憶が少しずつしか流れ出てこないから中々料理に関しての記憶が曖昧だったのだ。こっちもあんな料理をずっと食べさせられるとわかっていたらもう少し早く言っていた。

 

 そんな事を挟みながらも、三人一緒に食事をする。

 まずはパクッと肉と野菜を一緒に一口。

 私は「まぁ普通かな」とあまり出来がよろしくない料理を頬張る。やはり限られた食材と調味料ではこれが限界らしい。記憶もまだおぼろげなので、『悪くはない』としか言えない出来であった。

 

 ただし、私以外の二人は一口目で硬直していたのだが。

 

「おいしい……!」

「すごいな、これは」

「……えぇ」

 

 二人から称賛の声が聞こえる。

 悪くはない。むしろ嬉しい。しかしこんな雑な料理でまるで『天上の料理を食べた』とでも言いたげな表情になるのは作った身としては首を傾げざるを得ない。

 今までお前らは何を食べてきたんだと言いたくなる。

 

 食事を再開しながら、今後について考えてみる。

 

 確かアーサー王伝説では、十五歳で選定の剣を抜くことになっている。つまり今から大体五年後だ。長いようで短いこの期間内で出来ることは、無理やりアルトリアをこのブリテンから連れ出すか、それとも互いに切磋琢磨しながらこの国を苦しめる蛮族を撃退するための技術を磨くか。

 

 個人的には前者を選びたい。だが、それをやったが最後抑止力による抹消を想定しなければならない。歴史の修正力と言う物は凄まじいのだ。もし私がこの国の歴史を致命的に狂わせれば世界は私を『存在しなかった』ものとするだろう。これから来る未来と小娘一人の命――――どちらが重要かは言う必要もあるまい。

 

 なので私が取れる選択は必然的に後者になる。

 あまりしたくはないが、それでも私ができることはそれくらいだ。毎日毎日無心で作物が育つかもわからない畑を耕すよりはそっちの方がよっぽど有意義と言える。

 

「アル、私も剣の鍛錬に参加していいかな」

「姉さんが? ケイ兄さん、アルフェリア姉さんに剣なんて教えていたのですか?」

「いや、初耳だぞ。剣なんて使えたのか。……いや、記憶が戻ったのか?」

「どっちも違うよ。私は剣が使えないから、自衛もかねて覚えておきたいんだ。それに……折角妹とこうして一緒に暮らせているんだ。少しくらいは一緒に何かをしてもいいでしょ」

「確かにな。では俺が――――」

「いや、アルトリアから技を盗む。ケイ兄さんは村の仕事や食材調達なんかに出かけてくれない?」

「……はははっ。俺は仲間外れか。そうか。二人とも俺を情けない兄だと思っているんだな。うん……凹むな」

「いや、そう卑屈にならないでよ」

 

 なんかこっちが虐めているような形になっているじゃないか。

 

 とりあえず食事をしながら数十分ほど説得し続け、何とかケイの誤解は解くことができた。彼はこの中で唯一の男であり、力も強い。だからただでさえ人手の足りない村でケイの損失はかなり痛いだろう。結果、不満の矛先が私たちに向かう可能性が否定できない。そうなったら最後袋叩きだ。歴史の修正力があるとはいえ、死なない程度ならばそんな大層な力は働かない。

 だからこそケイには村のために動いてもらいたいのだ。アルトリアに剣を教えていた時は私が働いていたからどうにかなったものの、ケイまで同時に居なくなると流石にごまかすのは厳しいものになる。

 

 などと言いながら説得を終えた頃には、既に食事は終了していた。私は食器の後片付けを済ませ、仕事に出かけるケイ兄さんを見送る。彼の後ろ姿は、十分な食事を取ったことでいつもより勇ましく見えた。逆に言えばいつも良くない食事ばかりだったと言うことなのだが。

 

「それでは、修練に励みましょう! どんどん私から学んでいってください、姉さん!」

「うん。ありがと、アル」

 

 私が優しく頭をなでると、アルトリアは笑顔で返してくれる。

 やはり根本は変わっていないんだなとしみじみと感じながら、家から裏の庭に移動すると地面の上に置かれていた木剣を手に取り、アルトリアは静かに目の色を変え、構えた。

 

 ケイの教えを自分なりに改良しているのか、自然と綺麗な構えになっている。成程、生真面目なアルトリアらしい。その後、アルトリアはいつもの様に剣を振る。それはまるで演舞の様に、舞うように、しかしそこに隙は無くまるで獲物をつけ狙う狼の様な鋭さも兼ね備えていた。剣の才能はやはり十分。肌から漏れ出る魔力もそれを補助しており、今のままでもその辺の騎士程度ならば十分拮抗できるだろう。

 

 そう、サーヴァントとしてのアルトリア・ペンドラゴンの保有スキルである「魔力放出」の兆しが今見えた。微弱ではあるが体内の魔力をジェットの様に噴射させて肉体能力を向上させている。マーリンが竜の因子を埋め込んだおかげでその心臓――――魔力炉心から生み出される魔力は膨大だ。無意識に使っているにもかかわらず息切れ一つ起こしていない。完璧の一言に尽きる。

 

「うーん。アル、魔術は使える?」

「っ――――いいえ、そう言うのは使えません。何分、学が無いもので」

 

 という事はやはり気づいていない様だ。

 ならば、こちらが一度気づかせた方がいいだろう。

 

「アル、少し剣を貸して」

「はい。喜んで」

 

 アルトリアは疑うことも無く剣を私に手渡してくれる。それだけ信頼してくれているという事かな。

 私は体内に流れる魔力を感じ取るため、剣を両手で握り、目を閉じる。明鏡止水、というやつだ。ちょっと違うが、極度の集中状態に入る。

 肌に何かが纏わりついている。体の中に血液で無い何かが流れている。――――その流れている場所を、強引に開く。

 

「ッあ――――ぐっ」

 

 魔力回路を開いた。かなりの激痛だが、何とか堪えた。

 そして回路から生み出した魔力を、ごく自然に私が握っている剣へと纏わせる。かなり神経を削る行為ではあったが、手ごたえを感じた。

 

 目をゆっくりと開き、試しに剣を振りまわしてみる。

 いつもの自分とは違う、何かに後押しされているような素早い動き。私は流れに乗る様にして剣を振るい、宙を舞う。

 草を薙ぎ、空を裂き、音を切る。

 

 やがて体内の魔力の減少を直感的に感じ取り、私は剣を振るのを止めた。

 見てくれの模範だが、我ながらよくできた。

 しかし――――やはり自分で振ったという感覚が薄い。しばらくは肉体強化に勤しむべきか。

 

「……姉さん、凄い」

「そう? でも今のはアルの真似だよ。それに荒削りの我流。褒められたものじゃないよ」

「いえ、私はそんなすごいことはできません」

「謙遜しすぎだよ。じゃあ今の技のやり方を教えよう。まずは――――」

 

 そんな感じで、私はアルトリア強化計画を立ち上げ着実に進めていくことを当分の目標とした。

 本音を言ってしまえば、姉妹で一緒に居る時間を増やしたかっただけという小さな望みだが。

 でも――――妹の笑顔を見れたので、大満足だ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 初めて彼女と出会ったのは、ケイ兄さんの言いつけを破り森へ遊びに行った時であった。

 私が当時住んでいた村はとても貧しく、子供もまた少なかった。容姿的にも性質的にも浮いていた私、アルトリアが同じ年頃の者たちから敬遠され、孤独になるのはそう難しいことでは無かった。

 だからだろう。未知の多い森へと足を踏み入れたのは。

 今となってはそれが私の運命の転換期だったと思っている。

 

 池で魚を眺めていると、おかしな音が聞こえた。

 それが不安で、私は音の正体を確かめるため音のする場所へと近づいた。そのまま逃げかえっていたら、何もない日常がまた私を出迎える。それではつまらない。だから私は近づいたのかもしれない。

 

 予想に反して、現れたのは池の主でも、傷ついた魔獣でもなく――――人間の少女であった。

 

 白銀色の目と髪。本物の貴金属の様に輝くそれは、当たり前のように私の目を奪う。

 よく綺麗だと言われる私が、初めてその気持ちが分かった瞬間だった。

 少女は私以上の動揺を見せながら、何かを探すように挙動不審で周りを見渡す。それが酷く心配で、つい声をかけてしまう。

 

「…………あの、誰、ですか?」

「え?」

 

 自分でも全く気の利かないセリフだったと後になって後悔する。

 けど少女はそんな事など気にもかけず、私に対して返事をしようとしていた。

 

「いや、その……ええと」

 

 そして――――彼女は衝撃の事実を述べる。

 

「……名、前? 思い出せない? なんで?」

 

 酷く狼狽した様子で、そう呟いた。

 様子から見て嘘ということはまずないだろう。あそこまで演技できるのならば詐欺師の才能がある。だが目の前の少女は恐らく齢十前後ほど。とてもそんなことができる年齢では無い。

 つまり、本当に名前を思い出せないという事。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、その、ごめん。名前が、思い出せなくて」

「名前を、思い出せない?」

「……記憶が無い、みたい」

 

 先程の様子から見ても、嘘ではない。

 記憶が無い。言うのは簡単だが、その実不安以外の何物でもない。

 周りにいるもの全てが未知。しかし知識はある。知識に伴わない経験の欠落。その齟齬は人一人を不安のどん底に突き入れるには余りにも容易すぎる。

 

「あの、良かったら一緒に来ますか?」

「…………は?」

 

 私はつい、そんなことを言ってしまった。

 相手もいきなりの提案で多少戸惑っているようであった。確かに、後から思えば余りにも唐突過ぎる話であっただろう。でも、結果的に彼女は私の提案を受け入れてくれた。

 

 帰ったら、ケイ兄さんはとても怒っていた。私の身をそれだけ案じていたと思うと、少しだけ安心してしまう。

 当然、連れ帰った彼女の事を説明するのは少し慌ただしかった。でもケイ兄さんは根負けして、彼女を私の家で匿ってくれたのだ。兄には感謝してもしきれない。

 

 それでまず最初に、連れ帰った彼女の名前を決めることにした。

 ケイ兄さんはかなり辛辣で、碌に考えもせず名前を付けようとした。彼女もそれを抵抗なく受け入れようとするものだから、私はムッと頬を膨らませてしまう。

 

 それで結局私が彼女に名前を付けることにした。

 なら折角だし、自分に似ている名前にしてみよう。

 父も母もおらず、兄妹だけで生活していた私はそんな衝動にかられた。本当に自身の姉を求めているかのように。

 

 反射的に思いついた名前は――――アルフェリア。

 

 彼女の妖精の様な見た目と私の名前を合わせたものであった。

 その名前を聞いた彼女もその名を気に入り、すごく喜んでくれた。

 私も、嬉しかった。

 

 

 一緒に暮らしてから数週間経ち、私は自分の非力さを理解する。

 兄と姉が働いているにもかかわらず、私は一日中村でぼんやりと空を見たり花を見たりするだけ。何もしていない。にもかかわらず二人は何も言わず私を育ててくれている。

 

 これではいけない、と思い私はケイ兄さんに剣を教えてもらおうとした。昔棒を振ったりしてよく遊んでいたのを思い出したのだ。私に畑仕事はできない。加減を間違えて鍬を折ったり新芽を踏んだり、どこか抜けているところがあったのだ。だからせめて、二人を護れるくらい強くなろう。

 そんな意気込みでどうにか粘り強くケイ兄さんに教えを請い、剣を習得した。元々ケイ兄さんが剣を齧っただけと言うのもあり、直ぐに超えてしまったがそれでも兄は喜んでいた。どこか暗い顔もしていたが。

 

 でも私はこれで満足しなかった。もっと強く。自分の護りたいものを守り通すために、修練を欠かさず続けた。

 そのすぐ後に――――姉は私以上の剣技を見せてくれた。

 本人は「荒削り」と言っていたが、凄かったのだ。私に新たな目標を示してくれた。しかも、姉から直々にコツを教えてもらったり、一緒に剣を鍛えたり。

 それに修練後の料理はとても美味しかった。限られた食材でケイ兄さんの雑な料理が霞んで見えるほど、とても美味な料理を作ってくれたのだ。

 

 それから私にとって姉は、アルフェリアは欠かせない存在となっていた。

 でも、それはずっと続かない。

 どこかで、そう思ってしまっていた。

 

 

 

 予想通り――――私という存在が変わるとき、姉は私の目の前から消えてしまった。

 

 

 

 

 


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