使えそうなストックを漁って改変しただけだからそんなに時間は掛からなかったよ。次回からは無理だけどね!でもどうにか導入編は作れた。
※アルフェリアのマスターはオリキャラです。そう言ったものに嫌悪を覚える方は読むことは推奨しません。それでもいいならレッツゴー。
あ、たぶん今回で今週の投稿は打ち止めです。OK?
第一話・運命の始まり――【挿絵有り】
夢を見る。
それは、未だ忘れられない、遥か過去の出来事を綴った夢だ。
暗い夜でボロボロの毛布に包まり、孤独に裏路地で蹲る一人の子供。
目に光はなく、死んでいるのかと見間違うほど生気が感じられないその子供は、何もしゃべることも無くただ一人で時間を過ごす。
その理由はわからない。
親に捨てられたのか。それとも自分から家を出たのか。
否。単純に『最初から』親などいなかった。
生まれた時から孤独だった。
最初から頼れるものなど誰一人存在していなかった。
世界のどこかに位置している紛争地帯。名は知らない。だがそこでは日々銃声が止まず、何時もどこかで人が死んでいた。だがそこの住民にとって、それは当たり前の光景だった。
尊うべきだとされる命の価値が、塵屑同然の場所。
そこが俺の故郷であった。
腹が減った。体が痛い。寒い。
そんなことを言った所で、助けてくれる者などいやしない。誰も彼もが自分を生かすだけで精一杯な状況で、自分の身を顧みず他人を助けようとするのは一種の狂人しかいない。
当然、そんな都合の良い存在がそう多くいるわけがない。
このまま孤独に死ぬのだろう。
子供はそう思った。不思議と恐怖はなかった。
此処ではそれが当たり前だと、知っていたから。
誰も助けてくれない。誰も見てくれない。誰も彼もが自分だけを見ている。
なら願うこと自体が無意味だ。ならば寂しさなど捨てよう。絶望さえそぎ落として、無心のまま死ぬ。
それが『幸福な死に方』だ。子供はそう信じて疑わない。
疑う余地など、余裕など、無い。
虚ろな目で、子供は夜空を見上げる。
静かだった。いつもなら銃声と爆発が響いているであろう。しかし、自分の命日を祝ってでもくれるのか周りの音は消えている。明りも消えて、その夜は星がとても輝いていた。
綺麗だった。素直に、生まれて初めてそう思った。
思えば空を見上げたのも、その日が初めてだったのかもしれない。
空を切るとわかっていても、子供は空へと手を伸ばす。永久に届かぬと理解していても、美しいからこそ、手を伸ばす。
そして気付く。
自分がどれほど小さな存在であるかを。
この空と比べれば、自分の死など虫が死んだようなことと同じだ。
そして思う。
自分が何のために存在しているのか。
人がなぜここに生まれ、死んでいくのか。
それが知りたい。
自分が生まれた理由を。
自分が何を求めているのかを。
自分が何を成せるかを。
――――空が綺麗かい、坊や。
低く、とてもはっきりとした声が子供の耳を刺す。
いつの間にか、汚れの少ない高価そうなレザーコートを着た中年男性が子供の傍に立っていた。
子供は別に怪しいとも思わず、ただその問いかけに答えた。
――――綺麗、か。そうだ、まるで宝石の様だ。
その頃、子供は宝石が何なのかも知らなかった。
だけどあの空と同じくらいだというのならば、それはさぞかし綺麗なのだろうと思った。
――――この広大な宇宙に比べれば我々人間なぞ小さい。小さすぎる。
当然だ。海とコップ一杯の水を比べられる物か。
だがその男性は、こうも言った。
――――だが、それでも一個の命だ。可能な限り尊重し、守護し、愛でるべき物だ。
ならばどうして自分はこうやって死んでいく。
どうして誰も助けてくれない。
――――同時に、死もまた尊重する物だ。生と死があるからこそ、今我々はこうやって生きている間に『答え』を見つけようとする。自分が何者か。何を成せるか。何を求めるか。悠久ではなく、限られた時間だからこそ、我々は己の『人生』を書き上げようとする。
その言葉に、子供は胸を打たれるような衝撃を受ける。
先ほど自分が考えたことと同じだったから。
何を成すか、何を求めるか。その究極の問いを、その男性もまた求めていたのだ。
――――己を助けない他者を恨んではならない。助けられたくば、己もまた誰かを助けるべきなのだから。少年よ、お前は今まで一度でも誰かを助けたことはあったか?
無い。
生まれて一度も、誰かを助けたことはなかった。
自分の事で精一杯で、他者など見ることもできなかった。
それを聞いて男性は小さく笑う。
――――ならば今からでも遅くはない。他者を助けよ。尊重せよ。己が救われたければ、己もまた誰かを救わねばならない。……私と共に来るか、少年。こう見えて私は、助けられる命は見捨てられない性分でね。
子供は生まれて初めて、他者から助けられた。
そして知るのだ。
今度はお前が助ける番だと。
男性は裏路地から子供を抱えて、静かな夜空の下を歩く。
血の臭いが風に流される、亡骸だらけの街道を。
俺は問う。貴方は何者か、と。
――――私か? 私は……そうだな。
男性は少しだけ考え込み、やがて微笑みながら答を返した。
――――優しいおじさん、かな。
実にふざけた回答が帰ってきたのは、とても記憶に強く残っていた。
◆◆◆◆◆◆
頭が痛い。どうにか目を開いて、見えた光景はいつも変わらない自室の天上。
ただ違うのは、俺がベッドから落ちていること。もろに頭から落ちており、どうやら頭痛の原因はそれらしかった。
おぼろげな思考を取り繕いながら、床に落ちている目覚まし時計を手に取り、記された時刻を見る。
現在時刻、六時半前。
いつもより少し早い目覚めであった。
「…………あぁ、クソが」
俺は誰にも向けることのない悪態をつき、くしゃくしゃの頭を掻きながら体を起こす。
変な体勢で固定されていたせいで妙に体が凝っている。軽く体を動かせば酷い鈍痛が頭を刺す。
しかし皮肉なことに逆にそれが思考を正常にする材料となった。
気分は最悪なままであるが、早起きは三文の徳と言うだろうと自分に言い聞かせて自室のドアを乱暴に開く。
出迎えてくれたのは豪華な絨毯や窓で埋められた廊下。毎度毎度見るたび目が痛くなるのだが、外すのも手間がかかるのでそのまま放置している。正直もう少し質素な物にしてくれなかったのだろうかと、屋敷を飾り付けた義父に恨み言を吐きながら廊下を進む。
俺が住んでいるのは二階建ての巨大屋敷。十人家族が住んでも十分すぎるほど広いその建物は、今のところ俺一人しか在住していない。偶に親戚が来ることもあるが、年に一度か二度ぐらい。基本的に部外者が立ち入ることは無い。
掃除をさせるためのメイドも雇っていないので、埃は溜まる一方。しかし気にしない。俺はふらふらと不安げな足取りで行き慣れた道を歩き続け、やがて目の前には二メートルを超す巨大な門が姿を現す。
取っ手に触れ、魔力を流すと自動的に門が開いて行く。目に飛び込んできたのは、変わらず質素な
と言っても昔はかなり豪華ではあった。こんな殺風景になったのは、一昔前俺が義父の集めていた変な装飾品や家具は粗方売り払ってしまったのが原因である。それについては俺も悪いのだろうが、流石に不気味なオブジェクトに囲まれて生活するなど、精神に悪すぎるという事で邪魔な物は全部売ったのだ。
流石にこんなに殺風景になるとは思わなったが。それだけ義父が変なものをよく集めていたという事だろう。
その後気分転換に冷たいシャワーを浴び、頭を冴えさせた後に朝食の準備をする。
今日の朝食は、残っていた食材が少ないのでベーコンエッグとする。昨晩、食材が尽きかけているのにも関わらず、買い置きするのを忘れていたせいだ。
と言っても、そこまで不満があるわけでは無い。
ベーコンエッグも調理する者によって味は変わるのだ。焼き加減、調味料の量、一緒に食べるトーストの状態。それらを完璧にすれば朝食としては十二分。
それに、十年近く自炊をしている俺からすれば少ない食材でより美味なものを作るというのは朝飯前だ。
…………いや、別に洒落を言ったわけでは無い。
自分らしくも無いくだらないことを考えながら、仕上げた朝食を更に盛る。
薄いベーコン、
完璧だ。
朝食を乗せた皿を今のテーブルに並べて、玄関の新聞入れから届けられた新聞を取った後椅子にどすんと座る。
そして新聞を広げ、記事を見ながら朝食を食べる。
いつも通りの日課だ。生活の一部ともいえるこの行動を終えて、初めて俺は『朝』になったことを体に教える。
そのまま記事を読み進めていると、ある文面に目が留まる。
「…………また協会と教会のもめ事か」
此処、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国およびこれを構成するイングランドの首都、ロンドン――――の郊外に位置する中世と近世の入り混じった街。四十を超える学生寮と百を超える学術錬、および膨大な数の商業で成り立つ巨大な都市。
通称、時計塔。
世界に広く分布している『魔術協会』の総本部である町で、またもや水面下での争い。対立している組織である『聖堂教会』との争いが綴られた記事がそこにはあった。
今年で一体何回目だ、と俺は軽くため息をつく。
まるで小規模の紛争地帯と化している状態に、いい加減嫌気がさしてきているのは俺だけでは無い。
不可侵条約を結んだにもかかわらず、見えないところで殺し合いを続ける組織につくづく不満が積もるばかり。せめてこちらを巻き込まないでほしいが、街中でそれをやらかしており、被害を被る者も少なくないのだから実にはた迷惑な話だ。
嫌な気分を紛らわすためにさっさと新聞を読み終え、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放る。
よく見れば時間もまだたっぷり余っている。
余裕があるのならば気分を直すついでに、日々欠かさずやっている訓練を一通り済ませることにする。
自室に戻った俺は、椅子に座って作業机の上に引き出しから取り出した拳大の金属結晶を置く。
それを包むようにして手に取り、目を閉じて集中。
魔術回路、起動。
それを念じた瞬間、掌から青い光が仄かに現れる。
しかし気は抜かない。ここからが本番だ。
「…………操作、開始」
構造把握、完了。
分子解析、完了。
結合崩壊、完了。
形状変化――――進行。
固体の金属としてはあり得ない速度で、手元にある金属結晶が変化していく。
イメージするのは、鋭い刃。鋭利で、触れれば傷を作ってしまうほど、冷たく薄い鉄の刃。
出来上がったのはイメージ通りの鋭利なナイフだった。
魔術で作り上げたので強度はさして高くはないが、強化の魔術を施せば名剣並の切れ味にはなる。
しかも自分の魔力で仕上げたので、己の魔力が通りやすい。
人間一人殺すには十分すぎる一品だ。
「……ふー、無事終了っと」
捨てる様に作り上げたナイフを徐に放る。
瞬間、それは一瞬にして砂へと代わり宙に散った。
自分で作り上げたのだ。即時分解も大して苦労しないのが道理だろう。
そしていつも通り、腹筋百回、腕立て伏せ百回などのトレーニングをこなして筋肉を鍛える。
十年もこんな事をやっているせいで、俺の体は既にボクサー顔負けの物へと変化していた。別にスポーツなどを嗜んでいるわけでもないので完全に宝の持ち腐れなのだが。しかも学業の方でも全く役に立たないと来た。
無駄だとわかっていて、それでも続けているのはやはり他界した義父の言葉があるからだろう。
曰く『体を鍛えるという事は心を鍛えるという事だ。体と心、どちらも両立して初めて真の『強さ』というものが生まれる』らしい。要するに心を鍛えるなら体も鍛えておけという事だ。いざという時のために頼れるのは自分の体だけなのだから。
それに個人的に鍛錬が趣味でもあるので、欠かす気は無い。
そうやって一通りトレーニングを終えて、掻いた汗をタオルで拭いたのちに寝間着から私服へと着替える。
無地の白Tシャツに紺色のスラックス、その上に薄めのレザージャケットを着て外に行く準備を終える。
持っていくものをまとめたショルダーバッグを肩に掛け、玄関の扉を開けば爽やかな日光が目を刺す。
俺は居住区に存在する自分の別荘である屋敷の扉に鍵をかけ、車庫に泊めてあったバイクに跨った。
時計塔までは少々遠いので、こうやってオートバイを使って通っているのだ。
当然、こんな物を使って通学しているのは俺くらいしかいない。おかげで俺は周りから中々に許容されにくい存在となっているが、どうってことない。興味の無い連中に気に入られたところで迷惑するのはこちらの方だ。
ハンドルを捻ってエンジンを鳴らす。調子は変わらず好調。
身なりを軽く整え、俺は今日もまた魔術を学ぶ場所へと赴く。
――――こうしてまた、ヨシュア・エーデルシュタインの一日が始まる。
俺、ヨシュア・エーデルシュタインはいわゆるハーフと呼ばれる人種だ。東洋と北欧の混ざった者であり、外見も確かにそれらを足して二で割ったような顔つき。そして髪は黒く、肌はそれに反比例するように白いのだからよく変な目で見られる。
それに関しては別にどうでもいい。初めてパンダを見た馬鹿みたいな視線などいくらでも耐えられる。
だが侮蔑の視線だけは何年経っても居心地が悪い。
嫉妬、憎悪、嫌悪。何であれ侮蔑として、俺は年中そんな視線を向けられている。
決して多くは無いものの、少なくないのも事実だ。
理由としてはいくつかあるが、やはり俺が『孤児』だったということが知られているからだろう。
魔術社会に置いて血統というのはかなり重く見られる。より長く代続きしていればいるほど優れた『魔術回路』の保持者であるともいえるのだから。逆に廃れていく者もいるにはいるが、それでも代々続く血統の集大成には変わらない。
俺の場合、それが皆無だ。
ただ紛争地帯で拾われて、そのまま養子となった者。それが俺の立場なのだ。魔術に深く関わっている者からすれば『異端分子』として見るほかない。何せ親も先祖もわからない、どこの馬の骨とも知れない奴が成り行きで魔術協会の総本部である時計塔に入り込んできたのだから。
それについては認めよう。伝統を大事にしている社会にいきなり見たことも無い輩が横入りしてきたのだから。
しかし一番問題だったのは、俺が『あの』エーデルシュタイン家当主の養子であり、更にその才覚も並外れた物であったからだろう。
魔術回路。魔術に置いて最も重要な『魔力』を生み出す炉心にしてそのシステムを動かすためのパイプラインである疑似神経。生まれながら持つ本数が定められている、多ければ多いほど優れた魔術師とされるそれは二十本もあれば魔術師としては平均といった代物だ。
俺の場合はそれが――――メイン92本、サブ25本ずつの合計142本という破格の数を所有している。またその質も優良。ランクで表せば『量:A++』『質:A++』と一流魔術師と比べても遜色ないほどだ。
故に、異端として見られた。
戦災孤児としては余りにも『優れ過ぎた』が故に。妬まれ、嫌われ、疎まれたのだ。
先祖が魔術師だったのかもしれないが、それでも他者は考えずにいられない。
何故自分があんな拾われ者に劣らねばならないのか。
何故その才能が自分に備わらなかったのか。
要するに『理解』はできても『納得』できないという奴だ。
おかげで今の俺は腫物のような扱いを受けており、恐らく亡き父の俺に家督を譲るという旨が記された遺言状と、エーデルシュタインの発言力が無ければとっくの前にこの時計塔を追い出されていただろう。
とはいえ、扱い自体は最悪のまま変わってもいないのだが。
なんにせよ、俺は周囲の視線を無視しながら早々に鉱石科の講義室へ赴く。
そこでもまた色々と舌に尽くしがたい視線を送られるが、いつも通り無視を決め込む。
「……………はぁ」
嘆息を漏らす。なぜこうも、人間というのは自分を磨かず他者をそぎ落とすことしかしようとしないのだろうか。自分は特別、というつもりは更々ないが、少なくとも他者より自分を鍛え抜くことを優先し続けていた俺には到底理解できない。
あれか。他人の足を引っ張ることが生きがいなのか。
だとしたらつくづく呆れるしかない。
そんなことを考えていると、講義室に一人の教師が入ってくる。
時計塔に存在する各学部を統括する学部長が一人、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。真鍮色の髪をオールバッグで纏め、見える額が眩しい『
その実力は、魔術師手の位階として事実上の最高位である『色位』の名にふさわしく、『風』と『水』の二重属性というエリート。そこについては万人が認めるであろう、時計塔有数の魔術師だ。
魔術師至上主義という、人格面に非常に問題ありという事を除けば、理想的な教師ではあるといえよう。
しかも同じ魔術師であろうが血筋の卑しい者は問答無用で見下すという有様。
当然俺もその範囲内だ。実に迷惑である。個人的に鉱石科に入って一番後悔したのは、アレの存在を調べなかった事だろう。調べたとしても、自身の持つ属性の事を考えれば仕方なく入っていただろうが。
「――――お静かに。これから講義を始める。皆、心してこのケイネス・エルメロイ・アーチボルトの言に耳を傾ける様に」
その一言で講義室の音が止む。
人格面がアレでもこの発言力なのは、やはりその実力が一級品と認められているからだろう。
本当に、性格だけ直せばいい人なのだが。
しかし真面目に授業を受けていれば特に問題はない。こちらがヘマをすれば嫌味たっぷりとネチネチ言ってくるが、逆に何もしないならばあちらからは何も言われないのだ。
むしろ度々小さな抗議を仕出かしているウェイバー・ベルベットの方が、ケイネスにとっては問題児だろう。
問題を起こさない厄介者。
問題を起こしてくる問題児。
どちらを気にするかは自明の理だ。
そういうわけで、俺は今日もまた真面目に授業に取り組む。
そしていつも通り、穏やかで何もないまま時刻は正午を過ぎるのであった。
◆◆◆◆◆◆
正午を過ぎれば、俺は流れる様に講義室を退室し図書館へと赴く。
午後の授業は基本的に自主参加なので出る必要はない。単位が足りない者や学が無い者以外は、基本的に午後からは己の研究に没頭するのだ。
俺も、その類を出ない者だ。
基本的に自主学習を積んでいるので、俺が午後の授業に参加する必要性は皆無。むしろ嫌な視線を向けてくる場所に自分から行くなどあり得ないだろう。
そういった理由で、俺は比較的人気のない大図書館で机を借りて、昨晩の残り物を詰めた弁当を咀嚼するのがいつもの日常だ。
寂しいとかそういう感情はとっくの昔に消えている。
そもそも時計塔に居る連中は基本的に慣れ合いはしない奴らばかりだ。していても共通の研究に取り組んでいるか、たまたま利害が一致しただけのビジネスパートナー止まり。よほどの昔なじみで無ければ交流などほとんどない。
つまり俺の行動はそこまで珍しい物では無い。一人で食事など、むしろ多い方だ。
――――多少、虚しさは否めないのだが。
「…………ん?」
ふと自分の体内に違和感を感じる。まるで煙が身体全体を包み込んだような、致命的とまではいかないが小さな違和感が感じられた。
まさか、呪いの類か。確かに昔から嫌がらせなどでよくガンドを向けられてはいたが、それについては魔術回路の鍛錬として体表に展開している極薄の対魔術防壁で弾かれる。
度々改良を重ねているため、例え『フィンの一撃』であろうが、余程高い威力で無ければ余裕で防げると自負している。そんな障壁を通り越せるほどの呪いとなると、そう多い物では無い。
最低でも一小節レベルの規模が必要だが――――感知魔術を展開しても、その反応はない。その規模となると魔力の残滓が少なからず感じ取れるはず。ならば超遠距離からの魔術か。
……いや、あり得ない。魔術師に限ってそんな非効率的な行動はあり得ない。百メートル以上離れた場所からの呪いなど、少ない魔力では済まないだろう。ただの悪戯でこんな真似をするほどアイツ等は暇ではない。
ならば何だ。無差別的な魔術か。
それとも時計塔全域を包んだ聖堂教会の仕掛け――――
「―――――――ッい!!?」
唐突に右手に鋭い痛みが走る。
攻撃か? と警戒しながら右手を見ると――――見たことも無い赤色の痣が、手の甲に浮かんでいた。
「……なんだ、これ」
その痣は、十字架を模した剣の様な形をしていた。儀礼用の剣、と言えばわかりやすいか。
問題はこれが何で、何の拍子で俺にこれが浮かび上がった、という事だ。
単純に外的要因ならば、これは呪いの類で徐々に俺の体を蝕むとか、そんな感じだろう。解呪できるかどうかはまだわからないが、もし呪いならば仕掛けてくれた本人に直々に出向いて二度と出来ない様にする。
しかし一見して、呪いでは無い。と直感がそう告げる。
どちらかというと……何かの『証』の様な、そんな性質が読み取れる。
……何にせよ、調べてみるしかないだろう。幸い、此処は図書館だ。『痣』について何か情報があるかもしれない。
証明系統の魔術、それとも紋章を使った魔術儀式と見るのが妥当か。
この際だ。片っ端から『痣』に関わるような文献を漁ってみるのがいいだろう。有用な情報がない以上、しらみつぶしに探すしかない。
ちょうどいいことに時間はたっぷりある。食材の買い出しなら六時七時程度に行えば、特に問題もあるまい。
「ったく……迷惑な嫌がらせだな」
得体が知れないからこそ警戒する必要がある。例えこれが呪いの類でなくとも、これについての知識が皆無な以上必然的にこういった行動を取らざるを得ないのだ。
相手がそれをわかった上でやっているとしたら、かなり悪質だ。そいつは高確率で、何が入っているのかわからないカプセルを呑ませてこちらの反応を楽しむような最悪な性格だろう。見つけたら絶対にぶん殴ってやる。
十五分ほどそれらしき文献を漁り、適当に選んだ書物を幾つか机へと運ぶ。
地道な作業になりそうだと顔をしかめながらも、パラパラと書物を読み進めていく。とはいえ一文ずつ呼んでいたら日が暮れるので、流し読み気味だ。それでも一冊読み終わるのに二十分近くかかるのだ。このペースでもなければ時間が足りない。
そのまま五時間ほど過ぎた頃には、既に片頭痛が現れ始めていた。
嫌になるほど文字を目に入れたので、今日はもう何も読みたくない気分になる。辞書のように分厚い本を十五冊も読みふけっていれば当然の帰結だろう。
結局有用な情報は得られぬまま。
深いため息をついて、最後の本を手に取る。
本の銘は、『Holy Grail』。所謂、中世西ヨーロッパで有名な『聖杯』。
……何故こんな本が紋章関係の区画に置いてあったのだろうか。
誰かが置き間違えたのか? と懸念を抱きながらも、期待せずにページをめくってみる。
瞬間、ある単語が目に付く。
「……『令呪』?」
そのページには、人の手の甲に文様が描かれた図が乗っていた。
まるで今の俺の様に。
予想に反してこの本が『当たり』だと理解すると、俺は何かに囚われたように本を読み進めていく。
結果、俺の手の甲に存在する文様が『令呪』と呼ばれる代物だと知る。
そして――――知らなくてもよいことまで知ることになってしまった。
この『令呪』は、とある儀式を行う際に現れる『参加資格』である。
その名も『聖杯戦争』。
万能の願望機と言われる『聖杯』――――聖人の血を注いだと言われる聖遺物を求めて、この『令呪』を持った者たち七人が殺し合う大儀式。
そして最後に残った者がその願望機を得られるという争い。
六十年に一度行われるそれは、記録では過去に三回ほど行われている。
しかし何れも全ての参加者が死亡。聖杯を手に取る者が現れず、そのまま二百年近い時間が流れ今に至る。
つまりそんな殺し合いの参加資格が、今俺に宿ったのだ。
一切の事情を理解した頃には、俺の顔は酷く青ざめていた。
「……七人の魔術師の殺し合い? 冗談じゃないぞ。くそっ、ふざけやがって……!」
曰く令呪は聖杯が『相応しい』と判断した魔術師に配られる。
つまり本人の意思など関係ない。聖杯がそう判断した時点で強制的に参加権を渡されたのだ。
単純な殺し合いなら、俺もここまで焦っちゃいない。魔術師同士の殺し合いなど日常茶飯事。研究成果の奪い合いで幾多もの血が流れてきている。時計塔こそ『非戦闘区域』と銘打って入るが、実際のところ原因不明の死者が年に何人か出ている。当然その中には被害者と『粛清』された加害者を含む。
問題なのは、その争いに使われる『手段』。
サーヴァント。英霊と呼ばれる、過去の英雄。
今よりずっと神秘が色濃い大昔の偉人が現代に呼び出され、殺し合う。当然、人間が想像できる次元の話では無い。人の身で伝説を作り上げた猛者たちが殺し合いなどしたら確実にその被害は計り知れない物となる。
当然、今の人類が敵う相手でもない。
確かにこちらも同じサーヴァントを召喚できるとはいえ、どんなサーヴァントが召喚されるかは本人の運か財力次第。
サーヴァントには七つのクラスが当てられており、その中から魔術師は召喚することになるというのが問題だ。
セイバー。
アーチャー。
ランサー。
ライダー。
キャスター。
バーサーカー。
アサシン。
触媒――――召喚したい英霊に縁のある聖遺物などを使えば高確率で狙ったサーヴァントを召喚できるが、そんな聖遺物などそこら辺に転がっているわけがない。
とはいえエーデルシュタイン家は先代が奇怪な遺物を収集するのが趣味だったので、聖遺物ならばいくつか存在しているだろうからある程度は狙った召喚も可能だろう。
しかし、それ以前に俺は参加する意思も無い。
単純に、怖いのだ。そんな奴らと対峙するのが。
今は死ねない。
自分の生きる意味を、自分の成せることを、見出すまでは。
乱暴に本を閉じる。自分でもよくわからない苛立ちを感じながらも、抜き出してきた本を黙々と片付ける。
いや、声を出せる余裕が消えていただけだ。
あんなふざけた争いになど巻き込まれてたまるか。という気持ちで一杯になりながら、そう言えば買い出しの予定だったのを思い出し直ぐに図書館を出て商店街へと赴いた。
可能な限り安値で質の高い食材を探しながら、ふと思い出す。
召喚の際に用いる呪文だ。もしかしたら今後の研究――――金属ゴーレムを素体とした降霊術に応用できるかもしれないと少しだけ期待する。
アレはかなり期待している。実現すればあのだだっ広い屋敷を自動で掃除する自律型ゴーレムを作れるのだ。あの埃だらけの毎日からもついにサヨナラできるのだから頑張れる気力がわいてくる。
理由が少しずれているような気もしなくもないが、どうでもいい。他者からの評価など無視が一番だ。
――――ふと、胸が焼けるような息苦しさを発する。
それは錯覚のようにすぐさま消えたが、その一瞬の違和感に俺は果てしない不安を覚えた。
「……疲れてんのか、俺」
そう言えば最近十分な睡眠をとれていないような気がする。きっとそのせいだろう。日々の疲れの蓄積は、思いの他日常に影響すると言われているのだ。今日は研究を一時中止して早めに寝てしまおう。
額に流れる冷たい汗を拭きながら、一週間分の食材の買い出しを終えた俺は、時計塔近くに駐車してあった自分のオートバイを使い真っ直ぐ帰宅する。
自分でも怖くなるほど他所に気など向けず真っ直ぐと。
屋敷の塀を潜ると、不意に心臓が引き締まるような感覚を覚える。
慣れた動作でバイクを駐車し、買い込んだ食材を入れた紙袋を抱えながら玄関の扉を開いた。
いつも通り、変わらない光景が目に入る。
それを見てどこか安堵を覚えた俺は、買い出しした食材をてきぱきと冷蔵庫にしまい、シャワーを浴びて汗を流し、普段着に着替えて自室に入る。
それから床に敷いたカーペットを捲り――――そこに存在している隠しドアを開いた。
ドアを開けば、そこには幾つもの電球に照らされた石造りの階段があった。
魔術師にとっての聖域、即ち魔術工房への入り口だ。
魔術工房とは簡単に言えば魔術の研究室だ。様々な魔術を実験し、試行し、研究する。そうして生じる資料や研究成果を保管する場所でもあり、故に独り根源を目指す魔術師にとって一番守りを固めなければならない場所。研究成果の盗難は、すなわち魔術師にとって根源から遠ざかることを意味するのだから。
――――それ以外にも特許など申請すれば莫大な利益を上げられるので、金銭的にも盗難されるのは堪ったものでは無いだろう。
(まぁ、盗まれようが別にどうでもいいがな)
しかし俺は違う。俺は根源など最初から目指していない。
魔術を根源を目指すためではなく、一種の道具として魔術を習得しているのだ。
そんな俺の様な人間を魔術世界では『魔術使い』と呼んでいる。根源に至るための尊く気高い魔術を道具としか見ていない奴ということで、それはある意味蔑称になっている。
なので俺は表向きは『魔術師』として生きている。これ以上こっちに向けられる視線が険悪になるなど、勘弁してほしい。
心もとない小さな光源たちに照らされた薄暗い階段を降りきると、不気味なほどに冷たい空気が俺の体に纏わり付く。この工房全体に入った者へと軽度の呪いが掛けられるようになっているのだ。申し訳程度の妨害である。
自分で作ったとはいえ、やはり慣れない。こんな場所でも根源のためなら喜んで突っ込むのだから、魔術師というのは実に気が狂っている。
そんな工房の中心に、白い花が敷き詰まれた大きな棺桶が置かれている。
更にその中には、足まで届きそうな髪も、来ている白いワンピースから見える肌も真っ白な、生きているとは思えないほど人形の様な一人の女性が瞼を閉じて横たわっていた。
近くに置かれた椅子に座り、俺はその女性を覇気の無い目で見つめる。
俺はその女性を数分ほど見つめた後、服の内ポケットから一枚の写真を取り出した。
棺桶で寝ている女性と全く同じ顔が、そこにはあった。
「…………母さん、か」
そう。これは、棺桶で寝ている女性は、俺の母――――を模った金属ゴーレムである。
人間の細胞を限界まで再現した生体金属を使い作られた肉体は、俺が今まで研究してきた全てを注ぎ込み作り上げた特殊金属。五年もの歳月を費やして作ったこの肉体は、理論的には人間とほぼ大差ないほどの生理機能を持つ。
要するに金属から作られたホムンクルスだ。
俺は属性がかなり特殊だ。その名も『金属』。周りにある金属を自由自在に操作することに特化している属性である。
特化しているが故にそれしかできず、他に使える魔術と言えば強化ぐらいだ。
基本的に特化している属性という物はヘンテコな物が多い。本質を理解せねばまともに使いこなすこともできないワンオフ。俺も慣れるまでは四苦八苦したものだ。
しかし悪いことだらけでは無い。
こうやって『生きている金属』すら作り上げられたのだから。
……見つかったら封印指定なんかされないだろうか。
流石にそれは勘弁してほしい。
話は変わるが、俺にはまだ目の前に居る女性が自身の本当の親を模った物だというのが信じられなかった。
何せ今は亡き義父がこの写真一枚突き付けて「これがお前の母親だ」と言っただけで、後は一切手がかりも情報も無し。信じる方が無理がある。
親に関する記憶も何もないのだから、余計信じられない。
そんな親を『蘇生』してみようとしている俺自身が、何より信じられないのだが。
「…………やれやれ、今後は降霊科に行ってみるべきか」
棺桶の床に刻まれた大規模降霊術式の魔法陣を眺めながら、自嘲するように呟く。
刻まれたソレは、俺が様々な文献と研究を重ねて独力で作り上げた魔法陣。死者の魂を現世に呼び込むための起点、であるはずだった。
あまり俺が降霊術に詳しくないのもあるだろうが、実験は物の見事に失敗。器は用意しているが、入れ物が見つからないという結果に終わる。というか、特定個人の魂だけを呼び込むなど無理があり過ぎる。
故に最近は降霊科への移籍も視野に入れている。これ以上鉱石科に居たところで、もう得られる物は何もない。
小さくため息をつきながら腰を上げ、今日はもう寝ようと工房の出口へと向かった。
――――その時である。
「い…………ッ!!?」
右手が焼ける様に痛み出す。熱した針を無数に差し込まれているような激痛。唐突過ぎるそれに困惑しながらも、俺は頭の中で急速に状況を整理していく。
確か右手には令呪があったはず。つまりこの現象は――――
「サーヴァントの召喚現象……!? 嘘だろ……ッ!!?」
こちとら詠唱の一句さえ唱えていないというのに、一体どうやったというのだ。
そんな文句など俺以外誰もいないこの場で受け付ける者がいるはずなく、右手の痛みは俺の意思を無視して段々と大きくなっていく。
「くっ、そがァッ……!! 魔力を、制御ッ――――自然な流れを、組む…………よう、にィッ…………!!」
この痛みは恐らく、外部から強制的に魔術回路を叩き起こされ魔力を吸収されているが故に発生している激痛だ。つまり暴走した魔術回路を制御し、正常に魔力の流れを組み直せば立て直せる。
微かに残った精神力全てを使いそれを実行しながら、俺は横目で『それ』を見た。
赤く光りながら大量のエーテルを振りまく、俺の刻んだ魔法陣。
それは『門』だ。霊界と現世を繋ぐ扉にして通り道。つまり今から現れるのはその霊界からの訪問者。
サーヴァントと呼ばれる過去の英霊。
ピギリ、と音がする。
空間に割れ目が広がった。どう考えても正常では無いその現象を前に、俺は言葉を失う。
召喚が無理やりならば、現界もまた無理やり。
アレは何かの拘束を力任せに振り払って、こちらに現れようとしている。
俺は、どうするべきか。
得体のしれないアレを追い返すべきか。
そうすれば――――どうなる? 何でもない、またいつもの退屈で糞みたいな日常を淡々と過ごすだけだ。
もう一度自分に問う。
俺は、何をするべきか。
何がしたいのか。
「――――はっ、ハハハハハハハハハハッ!! どうせ逃げられないんだ……やるだけやってみても、いいかもなッ…………!!」
訳も分からず俺は割れ目が生じた部分に右手を突き出した。
俺の中の何かが叫んだ。この機会を見逃すなと。何かが決定的に変わる筈だと、直感が告げた。
魔術回路、正常。
魔力経路、正常。
――――いける。
瞼を閉じて、俺は頭の中に浮かんだその言葉を口に出す。
「来い――――――――
呼びかけに応じ、空間が割れた。
自然界では起こりえない異様な音と共に、凄まじい衝撃波が部屋を襲い俺は堪らず吹き飛ばされた。
壁に強く叩き付けられながら、見る。
時間を越えて現れた、儚い幻想の体現者を。
その者は、一言で言えば美しかった。
白銀の腰まで届く長髪に、身に纏った黒いローブから覗く雪の様に白い肌。僅かに見れる体つきは理想的なまでに整っており、その顔は人形のようにも感じられるほど完璧に整っている。
現代には存在しないだろう、絶世の美女。
高貴な気品を身に纏った白銀の理想――――俺は尻もちをつきながらも、それに見惚れてしまった。
「――――サーヴァント、キャスター。召喚に従い参上しました」
天上の福音のような音色の声で、彼女は告げる。
戦争開始の宣告を。
「――――問います。貴方が、私のマスターですか?」
俺の運命は、変わり始めた。
さぁ、チートの凱旋だ。震えるがいい・・・!(私が一番怖い
登場の仕方ですが、これは抑止力の拘束を独力で振り切った結果こうなったものです。普通はもっと穏やかだからね?
それとこのシーン、正直言うと『あの場面』を意識して作った。気づいたかな?
追記
海鷹様に支援絵を描いてもらいました!圧倒的感謝ッ・・・・!!
pixivの方には以下URL:http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=57851452