Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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おまたせしました。後日談です。

・・・穏やかな終わりと言ったな。アレは嘘だ(白目。

今回はもう、バッドエンドです。救いがない。絶望オンリー。自分で書いててドン引きしました。え、私ってこんなもん書けんのか?って感じで。いやホント、それぐらい酷いです。

それでもいいならいざ行かん万里の彼方(ページの最下部)まで!


エピローグ・慟哭する王は復讐鬼へと

 生まれて初めて見た光景は、試験管越しに自分を見ている母の顔であった。

 美人だったのだろう。綺麗だったのだろう。

 でも、俺にはそれがとても醜悪な物に思えた。そして聞こえてくるのはいつもいつも同じ言葉。

 

 ――――私の愛しい息子よ。どうか王を倒しなさい。そしてあなたが王となるのです。私のために。

 

 その言葉に愛情など欠片も無かった。

 ただ私欲を満たすためだけの汚い感情が込められていただけ。その時点で俺は『母親からの愛』と言う物を知ることができなかった。

 

 それから何年も経って、母から言われた”打倒すべき王”を見た。

 

 綺麗だった。

 美しかった。

 慈愛に満ちていた。

 

 そして思った。

 この人に従いたい、と。騎士として、その背を預けてもらえる素晴らしい騎士になりたいと。

 

 それから頑張って頑張って剣を振って、少しでも強く成ろうと努力した。

 魔力の扱い方を教わった。敵の殺し方を学んだ。

 だけど――――それが騎士に相応しいのかと言われれば、違うだろう。

 

 騎士という者は、人々を守る者だ。敵を殺す者では無い。

 

 でも小さかった俺はそんなことに気付かず無我夢中で暴れて、結果的には円卓の騎士という立場に就けたがその頃にはもう他の騎士達からは厄介者扱いされていた。

 誰の言う事も聞かず、勝手に暴れる問題児。それが俺に付けられた烙印だ。円卓の騎士という座に付けたのも、はっきり言ってしまえば『どこに行っても同じ』だからだ。だからその突出した能力を活かすために、単独で敵陣に突っ込ませるための役割を押し付けられたのだ。

 

 だけど嬉しかった。厄介払いとして名誉を与えられたのは屈辱だったけど、王のそばに近付けたのはそれ以上に嬉しかった。

 

 しかしある出会いが、俺を変えた。

 

 その人は、宮廷料理人だった。見た目は真っ黒なローブに怪しげな道具を腰に吊り下げていて、どう見ても魔術師なのだがあれで城一番の料理人らしい。

 そして今日は彼女が俺のため――――新しく円卓の騎士が現れたことへのお祝いということで、凄い御馳走を出した。すげぇ美味かった。兜越しだから凄く食べづらかったが、兜を脱いでむしゃぶりつきたいと思えるほど美味かった。結局脱がなかったけど。

 

 で――――円卓の騎士達がその宮廷料理人と談笑していることに凄まじい違和感を覚えた。一介の料理人風情が、ブリテン最強の騎士達と対等な立場で話している。

 気に食わなかった。料理人が最高の騎士達と対等というのが。

 

 少しだけ苛立ちながら自室でふて寝しようと思って、邪魔な鎧を脱ぎ始めたその時、

 

 

「お邪魔しま―――――――ッス!!」

 

 

 そんな掛け声と共に扉が蹴破られた。

 

 思わず固まってしまい、兜をかぶり直すという考えが吹っ飛ぶほどにインパクトを受けた。

 

「えーと、モードレッドだよね? 料理の感想聞いてないんだけど」

 

 しかもそんな理由で扉を蹴破ったらしかった。

 その馬鹿さ加減に思わず呆れて――――でも顔を見られたからには斬るしかないと思って、使い込んできた剣に手をかけようとした。

 

 瞬間、俺の剣は既に掠め取られていた。

 

「へぇー。使い込んでるんだね。でもちゃんと手入れしないと折れちゃうよ?」

 

 何が起こったのかさっぱり理解できなかった。

 思わず憤慨して殴りかかろうとしたら、ヒュンと頬を何かが通り過ぎ去るのを感じた。

 

 振り返ると、俺の鎧が真っ二つにされていた。

 ブリテンでも有数の魔術師であるモルガンが丹精込めて作った鎧がだ。ただの鉄製の剣に叩き切られていたのである。当然、俺にはそんなこと出来ない。

 つまり目の前の宮廷料理人は俺を越える剣技を誇っているというわけだった。

 

 悔しかった。

 でも、同時に凄いと思った。

 この人みたいに強くなりたいと、思ってしまった。

 

「じゃあ親睦を深めるために、添い寝しようか」

「はぁ!?」

 

 余りにも荒唐無稽な発想に俺は素っ頓狂な声を出した。どういった思考をすれば親睦を深めることに添い寝が関係するというのだ。

 でも俺に拒否権はなかった。

 無理やり拘束されてベッドに連れこまれた。抵抗しても全く力が入らなかったので、直ぐに諦めた。

 

 …………それでも、悪い気はしなかった。

 

 俺は頭を撫でられて、誰かと一緒に寝るという体験は初めてだった。

 嬉しかった。とても気持ちよかった。

 その人はまるで母親の様で、笑顔で俺を抱いて一緒に眠りについてくれた。

 

 そして思った。

 この人が母親だったら、俺はどんなに幸せだっただろうか。

 愛情を注がれて、どれだけ胸がいっぱいか。

 

 その日俺は初めて、ぐっすりと安心して眠ることができた。

 

 

 

 何時頃だろうか。

 俺が王ではなくあの人を守ろうと剣を振るうようになったのは。

 母のように私に優しく接してくれるあの人に命を差し出してもいいと感じたのは。

 

 でも、心のどこかで思った。

 あの人に俺は必要ないのではないか。

 

 円卓の騎士達を一人で負かしたり、数万の蛮族を一人で蹴散らすことができる人だ。俺が居たところで、足手まといになるだけではないか。

 

 そんな迷いを振りきって、俺はあの人と共に過ごした。

 一緒に遊びに出かけた。一緒に釣りをした。一緒に釣った魚を食べた。水浴びをした。風呂に入った。稽古を付けてもらった。お菓子を食べさせてもらった。

 

 ――――一人の人間として、接してもらった。

 

 それだけで俺は、もう幸せだった。

 

 

 そんな俺に業を煮やしたのか、モルガンが俺の出生をついに語ることになった。

 お前は私の子であり、アーサー王から生まれた嫡子でありそのクローン――――人造人間(ホムンクルス)であると。

 

 最初こそ、衝撃を受けた。自分は人間では無く、人が作った紛い物。化け物なのだと。

 でも同時に歓喜した。憧れた騎士王の生き写しであることに。

 

 俺は急いでアーサー王の前で自分の出生を語り、言った。

 俺こそが次代の王に相応しいと。だから王位を継ぎたいと。

 

 だけど帰ってきたのは、冷淡な言葉だけであった。

 

 

「…………なるほど。確かに話が確かならば貴方は私の息子だろう。だが、王として貴方を息子だと認めるわけにはいかない。故に私は王位を降りないし、貴方に継がせる気も無い」

「っぁ――――――」

 

 

 その言葉が、心に深く突き刺さった。

 自分の存在全てを否定されたようで、ずぶずぶと心が絶望に沈んでいき――――

 

 

 

 ズパァン!! と王の頭が叩かれてそれは止まった。

 

 

 

 叩いたのはほかでもない、あの人。

 宮廷料理人としてこの城に名を馳せている、俺にとって王以上の存在。

 それが、王の頭を叩いた。

 

「なっ……アルフェリア姉、さん?」

 

 そして王の口から「姉さん」という単語が出てきた瞬間、俺は理解した。

 彼女は、王の姉だった。だからこそ、王の頭を軽々と叩けたのだろう。よく見ればその義兄であるサー・ケイも一緒に居る。

 

「な、何をするんですか!?」

「はいはーい。ケイ兄さん、説教は任せた」

「相承知した。行くぞアル。やっぱお前の教育をマーリンに任せるんじゃなかった」

「ケイ兄さんまで!?」

 

 サー・ケイはそのまま王の首根っこを引きずってどこかへと去ってしまう。聞く限り、どこかで説教というものをするのだろう。

 残ったのは、俺とあの人――――アルフェリアだけであった。

 

 気まずい空気が流れた。

 何も言わずに王を叩いたという事は、会話を聞いて事情を知ったという事だ。何も知らずに誰かを叩くほど、この人は愚かではないのだから。

 

 だからこそ、俺は恐怖した。

 自分が人間でないことを知られた。

 だからもう、今までの様に接してくれないかもしれない。

 存在を否定されたことよりもそれが怖くて、震えた。

 

 

 だけど、それでも――――あの人は俺を抱きしめてくれた。

 母のように、優しく。

 

 それがどれだけ暖かいか。

 

 それがどれだけ儚いか。

 

 俺はあの人を見上げた。

 その表情は、いつも通り――――優しい聖母のような笑みがあった。

 

「頑張ったね。怖かったね。でも、もう大丈夫だよ。安心して」

「う、あぁっ…………!」

 

 思わず涙が溢れた。

 これが許されるのか。俺は幸せなままでいいのか。

 俺の様な化け物が、こんなにも立派な人の傍に居ても――――。

 

「俺は、俺は、人間じゃないんです! 貴女の傍に、居ていいような存在ではッ……!」

「……うん。でも、私はそれでも――――貴女のことを愛してる。大切な、家族だから」

「ッッ―――――――!!!!」

 

 全身に衝撃が走る。

 

 こんな俺を、愛してくれる人がいる。

 

 父に否定されても、家族だと認めてくれる人がいる。

 

 それがこんなにうれしい。

 

 幸せだった。

 

 この人ならば、本当に、この人のためならば死んでいいとさえ思えた。

 

 彼女の背中が好きだ。

 

 彼女の料理が好きだ。

 

 彼女の笑顔が好きだ。

 

 彼女の剣技が好きだ。

 

 彼女の愛情が好きだ。

 

 全部、全部、全部全部全部。

 

 あの人の全部が好きだ。

 

 もう王にならなくてもいい。

 この人の傍に居れるだけで、俺は満足だ。他にはもう、何もいらない。

 彼女は、俺にとって俺以上の存在だから。

 

 

 だから。

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が消えてしまったとき、俺は全てに絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分を愛してくれる人がいなくなった。

 戦いが終わってからのことは、何も覚えちゃいない。ただ全部忘れたくて、茫然自失としていたことだけは確かだった。

 何も考えたくなかった。

 生きる意味が、無くなってしまったのだから。

 

 

 そんな状態が何日続いたかは覚えていない。しかし部屋に籠って食事を摂らなかったせいですっかり窶れていたその時、変化は訪れた。

 サー・ケイが、己の伯父である者が暗い顔で俺の部屋に訪れた。

 前見た時の様な、寝床に寝ていても肌を刺すような覇気はもう失われており、皮と骨だけになったような彼は殆ど無言で俺の臥せるベッドに腰掛けた。

 

「……生きてるか」

「……ああ」

 

 何日ぶりに声を出したのか、ガラガラの声で俺は返事をした。

 いや、死ぬほど泣いたせいでもある。一生分泣いた。それぐらい悲しかった。感情の起伏も収まり、残ったのは果てしない虚無感と絶望。

 姉の居た頃に存在していた激しい炎は既に姿形さえ存在せず、どうにか絞り出した声も感情という物が消えていた。自分の声だと一瞬気づかないほどに。

 

「何しに来た。嫌味か」

「そんなもん言う気力があるなら、こんなとこまで来て世話のかかるガキを励ましに来やしない」

「……死人のような奴に励まさせるとはな」

「そうか。まぁ…………俺は家族を残して先に行きやがった馬鹿(アルフェリア)の遺言に従うだけだ」

「ッ――――な」

「遺言状。アイツの部屋に会った。他の奴は全員読んでるから、お前が最後だ。まったく、何を書いていればアルトリアの奴をあれだけ泣かせられるんだか。・・人の事は、言えないがな」

 

 虚ろな笑みを浮かべたサー・ケイは、頬に流れる涙を拭きながら懐から茶色の古びた封筒を取り出す。

 残った体力で俺はそれを奪い取り、中身を開いた。

 それは何も書かれなかった手紙であった。

 馬鹿にしているのかと激昂しかけたが――――その直前、手紙の表面にうっすらと文字が浮かぶ。

 

 その字は紛れも無く亡くなった姉の物であり、俺は強迫でもされたかのようにその文に目を通した。一字一句、一文字さえ見逃さず脳裏に刻み込むように。

 

 

【モードレッドへ

 

 この手紙を見ているという事は、きっと私は失敗したのでしょう。この手紙にはある特定の人物が持った時に、それに対応する文章が浮かぶようにした手紙です。だからこれを読んでいるという事は、きっとモードレッド、貴女なのでしょう。

 まず最初に、ごめんなさい。約束を、破ってしまって。私は全力を尽くしました。それでも届かなかったという事は、相手がそれだけ高みに居たということ。それでも、貴方が生きているという事は道連れにしたのかもしれません。

 正直言って、生き残れるとは思っていませんでした。あの大蜘蛛は、それほど危険な存在です。この島で一番強い私でも、勝てるかどうかは怪しい。いえ、確実に勝てない。苦肉の策である封印も、成功するかどうかもわからない。でもこれを読んでいるという事は、少なくとも封印には成功したのでしょう。

 みんな無事でしょうか。私はもう死んでいるので、わかりません。

 きっと貴方は悲しんでいるでしょうね。あんなにも、私を想ってくれていたのだから。だからこそ、勝手に逝ってしまった事を謝りたい。いえ、これはもう、自己満足。私が直接謝らないといけないこと。でも、私はもういません。だからこうして、文に綴らせてください。

 

 モードレッド、私は貴女を愛しています。家族として、姪として。その感情に偽りはありません。だから泣いている貴方を想像すると、胸が痛みます。

 悲しまないで、なんて無責任なことは言いません。悲しませたのは、他でもない私なのだから。

 

 だから、最後にこの言葉を遺します。

 

 誰も恨まないでください。こうなったのは他でもない、私が原因なのだから。アルは、あの子は悪くない。私が、無理をさせてしまったのだから。

 

 だから、あの子とどうか仲良く。私がいなくても、家族みんなで幸せに暮らしてください。そんな優しい世界になることを、祈っています。

 

 ――――大好きだよ。モードレッド。

 

                  アルフェリア・ペンドラゴンより】

 

 

 すっかり枯れてしまったはずなのに、俺の頬にはまた熱い物が伝っていた。

 手紙を握った手は震え、鼻からは啜り声が漏れ、口からは嗚咽が溢れ出している。

 

「なん、だよっ…………こんな、こんなっ、結末……ありかよ…………ッ!」

「……アイツはな、俺に無責任にも『アルとモードレッドを頼んだよ』って言い残しやがった。まったく、それはお前の役目だろうによ……。こんな不甲斐ない、妹一人も守れず、その最期も見届けられず、怪我しておめおめと城に引きこもっていた駄目兄貴に、まかせんじゃねぇよ、ったく………ッ。なに先に逝きやがってんだか…………」

 

 自嘲の感情がこもった皮肉を飛ばしながら、ケイは自分の顔を抑えて泣いていた。

 それを見た俺は、それがとても無理をしているように見えて、そしてやっと理解した。

 

 俺だけが悲しんでいるわけじゃない。皆、悲しんでる。

 それでも前に進もうとしている。

 彼女が、姉が、守ろうとしたこの国を守り通すために。

 

「……おい馬鹿姪(モードレッド)。お前はどうしたい」

「お、れは」

「自由にしろ。この国をぶっ壊すために動こうが、何も言わずに国を出ようが、全部お前の自由だ。それが、お前の幸せに繋がるならな」

 

 言われて、苦悩する。

 自分が何をすれば、幸せになれるのかを。

 姉を死に追いやった王を殺すことか? 姉が死んでも我が身可愛さ溢れる馬鹿どもを虐殺することか?

 

「――――違う」

 

 姉は、あの人は、人々の笑顔を守るために死んだ。

 家族の居場所を守るために、亡くなった。

 自分がいなければ、全部無意味だと知らずに。

 

 でも、それでも――――姉は言った。

 

 王と、アーサーと、仲良く家族の様に暮らせと。

 この国で、幸せを掴めと。

 

「…………なぁサー・ケイ。食堂って、まだ空いてるか?」

「――――ああ、馬鹿用の残飯なら大量に残ってるよ」

「十分だ」

 

 歯を食いしばり、俺は毛布を蹴り飛ばして久々に床に足を付ける。

 少し足取りが不安だが、歩ける。自分の脚で、立てる。

 

「守って見せる。姉が守ろうとした光景を。人々の笑顔を」

「ハッ……じゃあ、遺言通り、手のかかる姪の世話をしましょうか。……くたばんなよ」

「言ってろ馬鹿伯父が」

 

 そして俺は、一歩ずつ歩き出して――――――――

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「っ――――あ、ぐ、っそ………ッ」

 

 強烈な頭痛でモードレッドは寝ていた意識を強制的に覚醒させられる。

 鼻を突く金属臭が充満した丘。沈みそうな日が雲を照らし、夕焼けが赤く染まった戦場を鮮明に見せる。

 そして、モードレッドはようやく現状を理解する。

 

「ハッ……夢は夢でも、走馬灯かよ……! 馬鹿すぎるだろ、畜生が……!」

 

 こらえきれない自嘲を漏らしながら、モードレッドはぬめりとした己の腹を抑える。

 血だった。他人ものでは無く、円卓の騎士の一人であるモードレッド自身の血液。

 気持ち悪い感触が大量の槍で串刺しにされた自分の腹の状態だったと察すると、気づいた様にモードレッドは喉の奥から血の塊を吐き出した。

 

「ごぼっ、げほっ、は、ぁっ…………クソッ、アグラヴェインのクソヤロウめがッ……! アコロンのアホもやってくれやがったな糞が…………!!」

 

 自分をこんな状態にした元凶二人の名を忌々しく吐き捨てながら、モードレッドは姉が自身に遺した武器である王剣クラレントを杖代わりにして、おぼつかない足取りで立ち上がる。

 死んでいても可笑しくない。だがそれでもモードレッドは残された体力と有り余る気力だけで歩くことを可能としていた。人間の執念がなせる業なのだろうか、モードレッドの顔に既に血の気は無く今にも死にそうなほどに肩で息をしている。

 

 こうした者は他でもない、モルガンの愛人アコロンだ。モルガンがアーサー王から盗み出した鞘を身に着け、劣化したとはいえ途轍もないほどしぶとくなった凡庸な騎士は、モードレッドが戦場で生んでしまった一瞬の隙を突き、その体に幾つもの魔法の槍を刺した。

 代わりにモードレッドはその首を撥ね飛ばしたが、こうして一度気を失い、命からがら動けている状態にまで追い込まれてしまった。

 

 どうしてこんな事になっているのか。

 それは、アルフェリアが死んだ後の経緯をかいつまんで話す必要がある。

 

 

 あの最後の大決戦が終了した後、ブリテンは山ほど問題を抱えることになった。

 消えた戦力の補充。荒らされた領地の復興。崩れてしまった食料供給ラインの再構築。居場所を無くした国民の待遇の左右。他にも色々ある。だがそれは簡単に解決できる問題でもなく、そして国民の不満は度重なる激戦により最高潮に達していた。

 何より、アルフェリア・ペンドラゴンの死亡という知らせが国民に大いなる影響を与えた。

 

 彼女の情報が一切合切公開され、そして国民は誰もが嘆いた。彼女の存在は、かなり有名な物であった。名を名乗らず、誰も彼もを助ける聖女と。戦場にて勝利をもたらす女神だと。文化を作り上げた偉人だと。全員が認めるほどの人格者であり、また人々にとってアーサー王以上の光であった彼女の死は国民総出で葬式を上げるほどの物であったのが、その人望の大きさを証明しているだろう。

 本人も自覚なしに、何万人もの信頼を勝ち得ていたのだ。対話し、観察し、助け合い――――だからこそ彼女の死は国に大きな揺らぎを生じさせ始める。

 

 そこに追い打ちをかける様に暴露された円卓第一の騎士ランスロットと王妃ギネヴィアの不義。ガウェインの弟君であるアグラヴェインがその事実を公表し、国を混乱の渦中に叩き込んだ。

 しかしランスロットは――――狙いすましたかのように忽然とその姿をブリテンから消すことになった。不義の相手であるギネヴィアと共に。

 本当に一瞬で、誰にも悟られずに裏切りの騎士は物語から退場したのだ。

 数日間捜索してもその痕跡すら見つけられず、国民はその不満を漏らし始めることになる。

 

 更にそんなアグラヴェインの行為に疑問を持った兄であるガウェインが、モルガンの洗脳により離反。円卓の騎士の大半を殺害し、国民も少なくない犠牲が出た。残った円卓の騎士であるサー・ケイ、モードレッド、ベディヴィエール、トリスタン、ギャラハッドらはその鎮圧に駆り出され、暴走するガウェインを殺害。しかしトリスタンが犠牲となり、多くなかった戦力が段々と減り始める。

 万能の願望機のうわさを聞き、アーサー王は何かに迫られたようにギャラハッドにその捜索を命令。結果、願望機である聖杯の発見には成功する。だが聖杯が神聖過ぎたが故に、ギャラハッドは聖杯と共に天へと還り結局は失敗に終わることとなる。

 

 ここに来て遂に国民の不安が爆発した。

 

 改善もままならない食糧事情。再発しだした飢餓による大量の餓死者。弱ったブリテンの地を狙いまたもや来襲してくる蛮族。異界の法則に汚染された土地を元に戻す解決法不明。

 頼みの綱であったマーリンも妖精たちとの衝突によりアヴァロンに存在する塔に幽閉され、何を思ったか塔を自分で完全に封印してしまったことでもう二度と塔から出られない身となっている。

 

 事態は最悪を極めた。

 

 アーサー王に見切りをつけ離反する大勢の騎士たち。そんな王に募らせた不満をぶつけるために反乱を企てる国民。こちらの事情も構わず攻めてくる蛮族。

 完全に収拾不可能なほどに、事が大きくなりすぎていた。

 反乱を鎮圧する戦力も足りず、蛮族を撃退するための騎士も千を切り、日々後を絶たない餓死者もまともに処理できず――――徐々に、ブリテンは崩壊していった。

 

 大決戦からわずか三年。いや、もう三年。これまでの全ての清算が行われ、二度目の決戦が行われた。

 結果、ブリテン側は全滅。モルガン率いる十万の蛮族を含んだ反乱軍も、同じく全滅。

 残ったのはベディヴィエールなどの猛者程度。モードレッドも辛うじて生きてはいるが、既に一日持つかどうかという状態だ。兵が全滅した以上医療班もおらず、治療はできなくなっている。

 

 人の血で赤く染まったカムランの丘で、その美しかった金髪を度重なる心労で白く変えてしまった騎士王アーサーは空を仰いでいた。彼の――――彼女の目の前には、胸を深く切り裂かれたアグラヴェインが光の無い目で空を見ている。

 

 全部終わった。

 戦争も、ブリテンも。全て。

 

「……アーサー王」

「…………モード、レッド……か」

 

 頭から血を流しながら、アーサーは、アルトリアはその両手に抱えた男の死体を見る。

 彼女の義兄、ケイの死体だった。

 この戦いで彼はアグラヴェインの不意打ちから妹を庇い、命を終えたのだ。

 

「そいつは……」

「不器用な、私の兄です。……最後まで甲斐甲斐しく、私の面倒を見てくれた、頼れる兄でした。最後まで、姉の遺言を――――私を支えろという命を貫き通した、大切な兄です」

 

 涙を流しながら、アルトリアはゆっくりと義兄の亡骸を地に横たわらせる。

 彼女にとっての家族が、また消えてしまった。

 それがアルトリアの残っていた心を深く抉り、とめどなく涙をあふれさせる。

 

「…………アーサー。俺は、もうすぐ死ぬ」

「……モードレッド? 何、を」

「いいから聞け。……正直に言おう。俺は、『王としてのアーサー』を見続けてきた。だが今まで一度として『人としてのアーサー』は、見てこなかった。見れなかった。世話をしてくれた親がロクデナシだから、俺にとっての父親が何なのか、全然理解できず『王としてのアーサー』を父として見ていたんだろうさ。でもそれは、王だ。父じゃない」

 

 モードレッドはアルトリアの傍に倒れ込むように座り、今まで胸の内に秘めていた本心を吐き出していく。もう、次に言う機会も無い。ならばここで吐き出してしまおう。

 彼女は最期になって、ようやく自分に素直になったのだった。

 

「姉上と接していて、ようやく知ったよ。これが本当の家族なんだってな。馬鹿な話だろ? 家族としての接し方もわからねぇのに、いきなり自分を息子にしてくれ、なんてな。今思うと、あの時の自分が実にアホらしく感じる」

「モードレッド……私は」

「何も言うな。未練が増えちまうだろ。……ま、でだ。人としての貴方を見て、なんつーか……自分に似てるなーって、思ったんだよ。姉上に甘えるところとかな。で、ようやくわかった。貴方も俺に対する接し方がわからないんだな、って」

 

 支えになっていたクラレントが転がる。

 しかしそれも既にモードレッドにとってはどうでもいいことだった。

 もうすぐ、自分が死んでしまうことを悟ったのだから。

 

「貴方は、王としては凄かった。だが人としては……普通だった。理想に憧れる少女、って感じで。でも、それでもずっと無理して、だけどそれは民のためで――――その民に裏切られた貴方は、それでも民に尽くした。理想として、生きようとした。俺はそれがとても眩しくて、だから着いて行こうとした。憧れたんだよ。だから、……あー、クソッ。なんか、遠まわしな言い方になっちまったな。まぁ、要するに、だ」

 

 アルトリアに背を向けたモードレッドは、その心をこぼす。

 

 

「貴方が親であることを、誇りに思ってる」

「――――――――っ」

 

 

 迷いも無くそのことを言い切ったモードレッドは、どこか清々しい顔で深紅の空を見上げた。

 自分でもわからなかった、自分を知れた。

 そしてそれを、一番伝えたい人に伝えることができた。それでもう十分だと感じて体の力が抜けて行き、人形のようにモードレッドは力無く仰向けに倒れる。

 

「でも、姉上を死地に向かわせた事は今でも怒ってるさ。殺してやりたいぐらいにな」

「ではなぜ、貴方は私を誇りに思うのですか……!? こんな、惨めな私をっ……!」

「だって、さ」

 

 看取るようにアルトリアは倒れたモードレッドの上体を起こし、その顔を真っ直ぐ見据える。

 迷いはあった。だが、それでもアルトリアはこれをやらなければならないような気がした。王では無く、アルトリアという個人が、そうするべきだと告げたのだ。

 

「家族って、仲良くするもんなんだろ? 姉上が、言ってたぜ? 身内の恥は、喜んで……受け入れろ、って」

「な、ぇ………………………」

「貴方が否定しても、俺は貴女を家族だと、思っている。それだけは、本当だ。……結局、こんな様になるまで話しかけることもできなかったがな。あの時みたいに否定されるのが怖かったのか、それとも馬鹿みたいにまだ迷っていたのか。この際どっちでもいい。だから、だから――――最後ぐらいは、息子として、接してみようかな、ってよ」

 

 モードレッドの体から生気が抜けていく。その体を支える小さな力が、次第に消えていく。

 それを肌で感じ、アルトリアは肩を震わせる。

 また、■■を失うのかと。

 

「…………簡単な、ことだったのに。ただ、ただ少しでもいいから認めて……家族として、歩み寄ろうとする。それだけで、それだけでよかったはずなのに、私はッ…………!!」

「アーサー…………父上(・・)、泣くなよ。そんな顔が見たくて、話をしたわけじゃない」

「モードレッド、貴方は……私の、自慢の息子です。もっと、早く気付けばよかった……!」

「な――――は、はははっ、何だよ…………」

 

 愉快そうに笑いながら、モードレッドは最後に己の父の手を握る。

 

 

「最後に、未練……できちゃっただろ。父、う……え………………―――――」

 

 

 そう言い残し、モードレッドはその瞳を閉じ――――呼吸を止めた。

 

 冷たい風が騎士王の頬を撫でる。

 孤独に血の丘で佇む。

 その顔に生気は無く、その瞳に光は無く、その心に希望は無く――――どうしようもなく、今のアルトリアは絶望していた。

 

 最愛の姉は己の選択で死に至り。

 幼少のころから共に過ごした兄は自分を庇って息を引き取り。

 自分の息子はこうして自分の不始末により起こった戦いで命を落とした。

 

「あ、ぁぁああぁ、アァアアあぁぁああぁぁあアァアああぁあぁあアァアアア」

 

 壊れたように、アルトリアは亡き自分の息子の亡骸を抱きしめて泣き続ける。

 その涙は止まらなかった。止めようとしても彼女はもう何も考えられなかった。

 自分の家族が、自分のせいで死んだ。

 その事実は、彼女を完膚なきまで壊すには十分すぎるものだった。

 

 

「あぁぁあああぁぁアァァアアアァァァァァアぁあぁああアああぁあアァアアアァァアアアああぁアァアアアアアアアアアアアああぁアアアぁアアアアぁああアアアアアッッ!! アアァァァアアアアアアアぁぁあああああアアアア!!!! ッアぁああァぁああァアアアアああぁアアアアァァああああああアアアアアアアぁああアアアアあぁァアアアアアアアぁあッ!!!!!!!!!」

 

 

 アルトリアは泣き続けた。もう、それしかできなかった。

 昔ならば、彼女を泣き止ませてくれる存在が居た。

 

 だが、もうその者たちは居ない。

 

 自分のせいで、死んでしまったのだから。

 

 

「どうしてっ、どうしてだ!!! なぜ、何故…………! 私は、私はただ安寧を求めただけだ!! 人々に希望であれと願われ、その理想であろうとして王となり、家族と幸せに過ごせる国を作りたかった……っ!! それだけなのに何故……ッ!! ふざけるなっ、ふざけるなぁぁァァアアァァぁあアアアああぁアあアアァアアッ!!!」

 

 

 悲痛な慟哭が空へと木霊する。

 ただ自分は誰もが平和に暮らせる国を作りたかった。家族と平穏に、幸せな時間を過ごせるそんな場所を作りたかった。世界は、それすらも許さないというのか。

 

「――――――――認め、ない」

 

 憎悪に満ちた呟きが、彼女から漏れる。

 全てを憎むような声が。

 

「こんな、結末――――認めない! 認めて堪るかッ!!」

 

 怨嗟を叫んでも、世界は変わらない。

 だが彼女は知っていた。

 全ての望みをかなえる万能の願望機を。一度は手にし、手から取りこぼした最高の聖遺物を。

 

「世界よ、見ているならば聞けッ! 私は私の魂を捧げよう!! だからどうか、聖杯をッ…………聖杯を手に入れる機会に逢わせろッ! 全てを覆すために!!」

 

 その声に応じ、雲が割れ世界に孔が開く。

 それこそ世界の意思――――抑止力。

 ブリテンを滅びの歴史へと導いた、全ての元凶。

 アルトリアはそれを憎々し気に睨みつけながらも、嗚咽をこらえて言葉を続ける。

 

 

「――――契約完了だ。さぁ、貴様の作った歴史を、壊させてもらうぞ…………ッッ!!!」

 

 

 騎士王としてでは無く、彼女は一人の妹として時間の果てへと凱旋する。

 こんな悲劇など認めない。

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に頼ることになろうが、全てをひっくり返して見せる。

 誰もが納得する、最高の喜劇へ変えて見せる。

 

 

 その心を冷たき鋼にして――――アルトリア・ペンドラゴンの魂は天へと昇った。

 

 

 己が望みを果たすために。

 

 

 世界に、復讐するために。

 

 

 

 

 




・・・アルトリアさんメンタルボッキボキですわ。原作よりも精神状態酷くなってないかコレ。

しかしちゃっかり半分救済されてるモーさん。贔屓じゃないよ!アルさんのメンタルをメッタメタにするための要素なんかじゃ、ないんだからね!(ジョージボイズ)

いやぁ、ホントに酷いENDですわ。


ガウェイン「私は悪役にされたのですが」
トリスタン「俺が出た意味とは一体」
その他の円卓「俺たちなんてセリフもねぇよ」
ランスロット「・・・本当に申し訳ない」


・・・円卓が不憫だなぁ。

まー、ランスロットは外面上はハッピーエンドだけど、精神的にバッドエンドしたので結果的には救済されていないという結果に。あの糞真面目が助けられなかった人に助けられることに、果たして耐えられようか。(+原作での苦悩)

追記
指摘された箇所を修正しました。

追記2
少しだけ表現追加。

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