そして今回は生前編最終回です。それではどうぞ。
追記
誤字修正しました。あと表現追加を少々。
巨大な脚が振り下ろされる。
四十メートルという巨体を誇るORTが繰り出す一撃。地を割り、下敷きにされたのがどんなものであれ、その脚は標的を容易く押し潰すだろう。それが身長170㎝前後の小娘ならば、熊が蟻を踏みつぶすように。呆気なくその一つの命は散る。
それは『法則』であり、『理』であり、『掟』である。決して違反できず、覆せない世界のルール。
ORTの脚が水晶世界を二分する。
周囲に生えた水晶が残らず砕け散り、地面には大量の亀裂が広がっていく。
敵がアルテミット・ワンならば今の一撃に絶えられたかもしれないが、ORTが戦っているのは星では無い。『人間』だ。
星は神を産み、神は人を産んだ。その格差は明確であり、一つ違うだけで絶対的な差をもたらす。
しかし、普通の人間ならORTを視認した時点で死んでいる。その殺意が向けられた時点で膨大な神秘に押しつぶされ肉塊へと成り果てている。
人間が相手ならば動く必要さえないのだ。だがこうしてORTは動いている。己の脚を敵の頭上へと叩き下ろしている。その上で――――敵の気配は未だ健在。
「――――遅い」
純粋な武術により到達した
縮地。彼女はそう呼んでいるが、空間転移に近いそれは人の身では掠ることすらできぬ魔技。例えアルテミット・ワンであろうが見えない以上見切ることは不可能。
神剣『
――――ゴッガァァァァァァァァアアァァァァァァアァァアンッッ!!!!
物質同士がぶつかるとは思えない異質な轟音が鳴り響く。
神剣の切っ先は白い装甲を穿ち抜き、ORTの巨体が仰け反った。
星が傾く。
その余りにも荒唐無稽な光景は、関係者が見たならば確実に発狂していただろう。
これはそれほど『あり得ない』ことなのだから。
本来であればアルフェリアはORTの攻撃を避けることすら叶わない。今までの彼女ならば先程自分の居た場所を抉ったORTの攻撃でこの戦闘は終わっていただろう。
しかしそれは起こらなかった。
理由は、彼女が持つ剣にある。
世界最後の神造兵器、『
一つ目は、所有者の全ての基礎能力を四倍にするという規格外の能力。その能力によってアルフェリアは魔力の消費など一切行わない、単純な身体能力だけで空間跳躍が可能なほどのスペックを獲得した。その速度、もはや星のアルテミット・ワンでさえ捉えきれないほどの超速。亜光速で縦横無尽に空間を飛び回る彼女は疑似的な分身さえしている。
二つ目は、その身に神剣が纏わせた鎧。外部から所有者へ害をなすあらゆる現象、法則全てを九割遮断する最高の盾。アルフェリアがORTの水晶峡谷の中で存在し、尚且つその殺意を向けられているにも関わらず平然と存在していられる要因でもある。
三つ目は所有者の持つ道具類の機能を『昇華』させる加護。ただの鉄の剣を聖剣と十二分に打ち合えるほど強化させるほどの強力な加護。これによりアルフェリアが服の裏に付けている魔力増幅用の魔術礼装の機能を『昇華』させられ、一瞬にして膨大な魔力を獲得することが可能になった。
最後に四つ目。これがORTにダメージを与えられる理由にして、神剣が最強の矛である所以。
この剣は、神の力を内包している。即ち『権能』。神々が振るいし超常の力をその小さな刀身に凝縮されているのだ。そして、その『権能』は――――『絶対切断』というただ切ることにのみ特化した法則を持つ。
例え斬る物が隕石であろうと、巨人であろうと、神であろうと。この剣は皆ことごとく『斬った』という結果を持ってくる。
しかし相手が『星』である以上神の権能は通用しない。それはこの地球に居る限り反映される絶対の法則であり、逆らうことはできない。どれだけ凄まじい力が存在していようと、それを生み出したのは元を辿れば星なのだから。
子が親を傷付けることはできない。
故にORTと戦うアルフェリアの勝算は皆無。
そのはずだった。
だがそれには一つ抜けがある。
概念的には切断できないだろう。それは神剣であろうと不可能な所業だ。
――――ならば
単純にその一撃が星の一部を削り取れるほどの一撃ならば、どうだろうか。
概念的に守られている敵であろうが、物理法則と言う物は何処にでも存在している物だ。例え素っ頓狂な『権能』であってもその法則無しでは実現すらできやしない。『基準』が無ければ『改変』はできない。
多少異なる法則がそこに存在していようが、星を破壊するほどの一撃であれば細かい理屈は関係無くなる。
要するに、アルフェリアの一撃は星を削り取る一撃であった。
しかしORTは自分の周囲に異界の物理法則を発生させている。これがある限りORTを物理的に傷付けることは不可能であり、ORTの物理法則下で勝つのもまた不可能。
なら、その法則を消してしまえばいい。
神剣の持つ権能で、『絶対切断』を使いアルフェリアはORTの異界法則を文字通り叩き切った。そもそもそれが無ければこうやって立つことさえままならない。この神剣は理解不能な異界の法則を切り裂き、
つまりこの剣は異界法則を切り裂き、ORTを物理的に傷付けられる唯一の武器。
先程の一撃でORTの装甲が抉れたのは、そういった要因が絡み合ったが故に。
決して傷つくはずの無いORTの額から光る液体が漏れ始める。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?!?!?!?』
アルフェリアの亜光速に至った突きがORTの額の装甲を抉り飛ばし、そこから浅い傷が出来上がっていた。
剣の持つ『絶対切断』の権能、アルフェリアの生物の枠組みから外れた身体能力と技術。それらが奇跡的に噛み合い放たれた突きは、星の一部を破壊しながらその体を揺るがした。
物理的に例えるならば、巨大隕石が衝突して星の一部が滅茶苦茶になり、公転軌道が少しずれた様な物。
これを人の形をした者が実現している。
流石のこれには抑止力も絶句した。
「――――ごぼっ、ぁぐ…………!!!」
だがアルフェリアも無事というわけでは無かった。
彼女は神剣を握る右腕をもう片方の手で押さえながら吐血している。
人間が星を削り取る。
そんな出鱈目を実現した代償に右腕の骨と筋肉がズタズタに引き裂かれて、衝撃で内臓がいくつも破裂してしまっていた。神剣の補助と鞘の高速再生があっても尚、星を削り取る攻撃など人体に耐えられるわけがない。彼女は今、全力で攻撃するだけで自滅しかねない存在になっている。
その代償に、相手に傷がつけられるほどのスペックを獲得したのだ。代償も無しに偉業を成し遂げられるほど彼女の今の形態は都合のいいものでは無い。
「ッ……離れ、ないと!」
そのダメージを治癒魔術と鞘の効果で強引に治癒し、アルフェリアはORTの周辺から高速で離脱した。
間一髪。ORTは怒りのまま周囲を滅茶苦茶にその足を振りまわすことで破壊し、世界がそれにミシミシと軋む音が木霊する。いくら四倍の耐久とダメージ9割カットを獲得したアルフェリアでも、一撃が致命傷と成りうる。それがアルテミット・ワンという存在であり、だからこそアルフェリアは神経を削る気分で状況を何度も分析し、最適解を導き出そうと脳細胞をショート寸前にまで酷使している。
次は、どう動く。何をすればいい。そんな問いが彼女の中で一体何回繰り返されただろうか。並ならぬ焦燥を顔に出しながら、アルフェリアはORTの脚攻撃を避け続ける。
彼女が焦る理由としては――――時間がない事だった。
神剣の全機能を解放していられるのはアルフェリアでも十五分が
つまり十五分以内で状況を改善しなければ全てが終わる。
余りにも残された時間が少なすぎた。だからこその焦り。自分が失敗してしまえば何もかもが水の泡。既に彼女に一切の余裕はなく、一歩間違えれば脳が機能停止しかねない程の心理状態と化している。
それでも『予定通り』ならばある程度撃退の可能性も見えてくる。百回やって一回成功するかどうかの確率だが、それでも生きて帰れる未来が存在する。それがあるからこそアルフェリアはその一歩を踏み切らず、こうして「生きて帰れる」確率を最高まで高める行動を取っているのだ。
相手を倒し、生きて家に帰る。
そんな理想の未来を掴める――――――――
――――『予定通り』に相手が動けば、だが。
ORTの口に光が収縮されていく。
圧縮されていく光は彼の体から漏れ出る緑の炎。星の触覚を形作る最上級の神秘の光。
魔力に換算すれば、何千万人もの人間を魔力結晶に還元しても尚足りないほどの量。
それが、高々直径二メートル程度の光球にまで収縮され、
全てを焼き尽くす破壊の極光は放たれた。
超高密度の熱量と化した魔力の光は触れずとも全てを破壊し、吹き飛ばし、焼き滅ぼす。
眼前の障害を欠片も残らず消滅させるため、ORTは人間などに使うはずの無い外宇宙から侵入した侵略者用の技を使った。下手すれば地球を消滅させかねないと知っていても、それを使わねばアルフェリアは倒せないと理解したが故に。
「な…………ッ!?」
何をしたかは理解できない。だが放たれた物が途轍もなく危険なものであると肌で感じたアルフェリアは思考する。
防げるかどうかわからない。だが躱せば後方に居る味方やブリテンは確実に丸ごと消滅する。
そう直感し、アルフェリアはコンマ一秒経たせずに己の回答を導き出す。
斬る。元よりそれしかできない。
アルフェリアは背後に虚数空間への孔を開き、自分の切り札の一つである黄金の剣を左手で抜き放つ。
神剣の加護によりその機能を『昇華』させ、失敗作の黄金剣は星が作り出した人々の願いさえ超える光を手に入れた。既にそれは聖剣と呼んでも差し支えないほどの神秘の奔流を携えており、その圧力で空間が音を上げていく。
即座に解放。黄金剣は所有者から無尽蔵に魔力を吸い上げ、それを光へ変えていく。
――――その剣は確かに失敗作だっただろう。本来あるべき機能が損なわれ、必要としない機能が伸びてしまったのだから。だからこそこの剣はアルフェリアに振るわれ、それに喜びを感じていた。
こうして共に戦場に出ることも。彼女と共に何かを守ることも。
剣に意思が宿ったように突如、黄金剣が呼応する。持ち主を、後ろにいる全ての存在を守り抜かんと。
今魅せるのは一時の奇跡。黄金色の極光は星が放つ光さえ退ける―――――!!
「『
正面へと放たれる眩き光は、水晶に包まれた世界を裂きながら、黄金の剣から放たれた美しき黄金光は緑色の破壊光と衝突する。
四方に飛び散る幾条もの光。何かに触れれば巨大な火球を作り水晶地獄を炎に包む。
幾重も響く鈍重な爆発音。水晶の世界は瞬く間に火炎地獄に成り代わり、全ての生命を受け付けない煉獄と化してしまう。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■…………!!!』
「はぁっ、はぁっ…………あ、がっ…………!」
排除すべき敵が未だ健在。それを知ったORTは低い唸り声を上げる。
アレは一時といえど己の身を削って放つ切り札の一つ。未知の外敵用の技ゆえに手加減不可能な攻撃である。直撃せず迎撃されたとはいえ、相手のしぶとさにORTは意識せずに不快気な声を上げた。
対してアルフェリアは、左腕を抑えていた。
いや、左腕が
幾ら何段階も昇華された聖剣の光とはいえ、星が放つ超級の熱量を相殺しきることはできなかった。
防ぎきれなかった光はそのままアルフェリアの左腕を消し去り、しかしそれにより光は直線軌道を逸らされてブリテン軍らがいるであろう背後から大きくそれた空へと握っていた黄金剣と共に弾かれた。
反応はできた。しかしそれをすれば確実に守るべき物が消える。そう理解し、アルフェリアは己の左腕を犠牲にして背負ったものを守り通す。
傷口は炭化している。止血する必要は無い。
崩れ落ちそうな体に鞭打ちながら、アルフェリアはまだ炎が燈っている目でORTを睨む。
諦めない、と。
それを見たORTは容赦なくその頭上に足を振り降ろした。
広がる破壊。余波だけで粉々になり、宙を舞い散る美しき水晶結晶。アルフェリアは避けなかった。大技を放った反動で動けなくなっていた。そこへと無慈悲に叩き込まれた攻撃は、アルフェリアの華奢な体を引き延ばす。
アルフェリアが正面から受け止めた、という事実が無ければだが。
「ぉっ、ぉぉぉおおおおおおおおおおッッ…………!!!」
神剣を盾の様にしてORTの攻撃を防いだアルフェリア。しかし身動きが取れない。少しでも気を抜けば潰されかねないからだ。
軋む骨。破裂する筋肉。それらのダメージを無視して、アルフェリアは地を踏みしめる。
そして一瞬の隙を突き神剣をORTの脚へと突き刺す。緑の血がそこから溢れ、微かな痛みにORTが唸った。しかしそこで終わらない。
「っっとぉぉぉぉぉおぉぉぉおおおりゃぁぁぁああああああァァあぁァアアアアアア――――ッッ!!!!」
ORTの脚を刺した神剣の柄を起点に――――
突然の事に理解が追いつかないORTは声も出せず、確実に数千tは凌駕するだろうその巨体は宙に浮く。
不条理。全ての頂点に立つ星が初めてその感情を覚えた瞬間であった。
「ハァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
アルフェリアはORTの足を強く掴み、肩に担いで投げ飛ばすことでその頭を地球に叩き付けた。
星同士の衝突。巨大なクレーターが生じ、衝撃で水晶が撒き散らされる。
地面に頭をぶつけたことよりも、自分が投げられたことに混乱を覚えたORTはいつもよりも反応が数段と遅れてしまう。人間が四十メートルを越える巨体に背負い投げを決めてしまえば誰だって茫然とするだろう。それは星も例外では無かった。こんな事をやらかしたアルフェリア自身も、実を言えば投げ飛ばせたことに困惑しているのだから。
「好機………! ――――『
彼女の上から虚数空間の出入り口が開通し、そこから一本の朱い剣が地面に突き刺された。
その剣は刀身の表面から赤黒い液体――――血を流し、柄へと昇ってある物を形作り始める。
腕だ。
大量に血を吸い、存在が変質した人工の魔剣は所有者の意思に応え、蓄えた血を腕に変えアルフェリアに装着させる。当然、無理の在り過ぎる行為だ。人体の複雑怪奇な部位を血で再現しただけでなく、あまつさえ神経を強引に接続するなど。
だが、アルフェリアは躊躇なく実行した。
傷口にスタンガンをぶちこまれたような痛みがアルフェリアを襲う。脳を容赦なく攻撃するそれは収まるところを知らず、しかしそれでもアルフェリアは耐えきる。
何か優しい魂が、守ってくれたような気がするのだから。
これでもある程度『抑制』された痛みなのだ。細胞の拒否反応が起こらないだけまだマシと言う物だ。何が原因かはわからないが、吸血剣内部の血液がアルフェリアとの親和性を限界まで上げることで拒否反応を最低限にまで抑え切れた。
アルフェリアは謎の現象に首を傾げるが、戦えるのならばどうでもいい。今気にすることはそれではないのだから。
「星を縛れ、飢えた獣ども!! 行けッ!!」
直ぐにアルフェリアは『
狼、鳥、獅子、虎――――千差万別の形状を模った『吸血衝動』を具現化した血の獣が倒れたORTの身体にその牙を突き立てる。しかし、その牙は肉を通らない。浅いかすり傷は作っても、それのみにとどまる。
当然だ。星を食い尽くすには後数百万人分ほど血が足りない。
今できるのは精々小さいひっかき傷を残すか――――その動きを鈍くすることぐらいだろう。
獣たちがORTの身体に取り付いた瞬間、紅い鎖へと形を変える。その鎖は幾重にもORTの身体を縛りつけ、ほぼ全身を絡めとり地面へと固定した。それでもただの血の鎖ならばORTの身体能力を以ってすれば容易く抜け出せるだろう。
なら、壊れない様にすればいい。
壊れないほど柔らかくすれば、力では抜け出せなくなる。
弾力を限界まで伸ばすことでゴムのような強い弾力性を持った血の鎖はORTの挙動を食い止めることに成功した。どれだけ足掻こうが鎖は壊れず、斬ろうとしても直ぐに再生してしまう。
先程の超熱量の光線を吐き出そうとしても、鎖が喉を絡めとりその射線を強引に上方へと向けてしまう。
これである程度の身動きは封じた。
これで、ようやく『制限解除』の余裕ができる。
「――――――――
神剣の十字架を模した柄がその装甲をずらし、中にある白銀に輝くモノが露わになる。
瞬間、膨大な神秘が荒れ狂う風となって吹き荒れた。神剣を持つ腕が軋みを上げ、ガタガタと震え始める。
これは神剣に存在していた
風に触れたアルフェリアの肌が切り刻まれる。それだけでなく風に触れた全てがズタズタに斬られていた。アルフェリアが真っ二つにならないのは、神剣の所有者故。他人が傍に居れば確実にサイコロステーキの材料が一つ出来上がっていただろう。
そして――――ORTの脚もまた切り刻まれていた。
その光景に焦りを覚え、ORTは必死にもがき始める。不味いと、本能が叫んでいる。
「――――――――
その声と共に暴風が勢いを増し、溢れ出た力は神剣の形状さえ変化させる。
先程までは一メートル半程度の直剣だったはずの『
勢いを増した『権能』を宿らせた風は、見境なく全てを切り裂き始める。ORTの脚も切り刻まれ、しかしそれは薄皮程度を傷つけるだけであった。
だがそれを見てもORTの焦りは収まらない。
この風は氷山の一角に過ぎないのだから。
「――――――――
更に肥大化し、もはや人の手では振ることすらできないであろう五メートル以上の大剣に変化した神剣。刀身からは抑えきれない膨大な力が風となって全てを断ち切る力が周囲に放たれている。既にアルフェリアの足場が消えてしまったほどに。
足場を失ったアルフェリアは、背から魔力の翼を生やすことで空中に浮かぶ。
その様は、神話に登場するであろう天の御使い。
彼女は人々の希望となって、今ここで剣を振るう。
空間に傷がつき始める。その力が抑えきれぬ神剣は震えだす。
自らの血で血だらけになったアルフェリアは、冷たい目で正面の大蜘蛛を見据えた。
「終わりだ
アルフェリアは身の丈を優に超える大剣を頭上に振り上げた。
抑圧された力が暴れ出す。
万物を傷つける風は吹き荒み、そして散らばった力はまた一か所へと収束を始め出した。
星が作りし聖剣すら凌駕する魔力を神剣は所有者から吸い上げ始め、その刀身からは白銀の光が吐き出され極大の柱を形作る。
機は満ちた。
天へと昇る光に、誰もが息を呑む。
全てを切り裂いても尚足りない光の剣。
一度は全ての人に忘れ去られた悠久の白銀。
神が遺した意思は此処に再誕する。
人々を守護せし儚き光は、全ての夢と栄光を背負い、今こそ星を断とうとする。
その剣の担い手は――――今、その真の名を解き放つ。
悲劇の幕を引く、最強の一撃を―――――――。
「『
銀の光が猛々しく吠え狂う。
雲を、空を断つ忘却の光は――――振り下ろされた。
「―――――――
天地を断ち切る一条の光は全てを飲み込み進んでゆく。
広がった水晶の世界が、
光を閉ざした夜の世界が、
果てしなく広がる大地が
――――共に
全てを断ち切る神の力は、その通りに森羅万象を切り裂き空の果てまで伸びていく。
地上全ての者の記憶に、もう一度己の存在を刻み付けんと。
儚き銀の幻想は、今宵終わりを告げた。
◆◆◆◆◆◆
「ごふっ、ごぼっ、ぁ、がは――――」
べちゃり。
そんな音が、私の耳に届いた。
握っていた神剣は陳腐な音を立てながら地に転がり、私は自分の血でできた血だまりに横になりながらとめどなく血を吐き出し続ける。
内臓の八割が潰れた。痛みはもう一周回って感じなくなっている。
手も足も動かない。立つ気力も無い。
全ての魔力と生命力を費やし、あの一撃を放ったのだ。むしろ全身が原形をとどめているだけ良い方だ。内臓はもはや修復不可能なほどにゲル状になっているが。
「はっ、ははははははっ…………あっはっははははははははははは!」
残った体力で体を仰向けにしながら、空へとそんな笑い声を飛ばす。
本当に、笑うしかない。
全身全霊、全てを使っても――――あの化け物は、大蜘蛛は死ななかった。死ぬとは思っていなかったが、それでも自らの全てをぶつけて未だ健在というのだから、笑うしかあるまい。
『■■■、■…………■■………!』
――――それでも、体の六割近くを吹き飛ばせたのは上出来か。
驚くべきことにORTは直撃を受ける寸前、身体を全力で捻って回避を試みた。結局避けきれなかったが、予想よりダメージを二割も抑えられてしまった。殺せるとは思って無かったとはいえ、アルテミット・ワンの名は伊達ではないという事だろうか。
その星の最強種の体を半分以上吹き飛ばした私は何なのだろうか。自分でも実に笑えてしまう。
『■■■……! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!』
ORTは残った体の四割を蠢かせながら、私に止めを刺そうと這い寄ってくる。
怒りの咆哮を上げながら、絶対に私を殺そうと。この世界から抹消しようと。それが抑止力からの命令なのか、それともORT自身の感情からなのかは知らない。
だが、このままでは私が死ぬだろうという事だけは確かだ。
「うん。全てを出し切っても、貴方は殺せない。神剣があったからってそこまで舞い上がらないさ。だからさ――――私が力を使い果たした後の手段を、考えていないと思う?」
『■■■■■■■■■■■■■■■!!!』
皮肉気に私が笑っても、ORTは怒りのまま近づいてくる。
それが、自分の首を絞める行動とは知らずに。
「――――
私は奥歯に仕込んでおいた宝石を噛み砕き、身体に最低限の魔力を補充させる。
普段の私の魔力貯蔵量と比べれば雀の涙だが――――それでも、半径数百メートル以内の場所に、少し大きめの
『■■■■■■■■――――■■■■■、■■■■■■■■■■!?!?』
ORTの巨体の背後に、直径四十メートルを超える真っ黒な球体が現れる。
私が用意した、『
例え星のアルテミット・ワンであろうが、私の許可なしでは絶対に脱出不可能の独房である。
それを即座に見抜いたのかORTはその球体から距離を取ろうと移動を始める。
しかしそんな行動予測して居ないわけがなく――――
「捕まえろ、虚無の鎖」
真っ黒な球体から何千もの影でできた鎖が出現し、逃げようとするORTの体を隙間なく縛りつける。
虚数物質で作られた無限の鎖だ。何度壊そうが代わりは無限に生じるし、弱り切ったORTにもはやその鎖を振りほどくだけの力は残されていなかった。
普段の大蜘蛛ならば容易く引きちぎっていただろうが、体の六割を消失させた今のORTでは、振りほどくことさえ容易では無くなっている。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』
「終わりだ大蜘蛛。虚無の底で寝てろ」
『■■■■、■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――』
緑色の大蜘蛛が、虚無の穴へと引きずり込まれていく。
やがてその全身が見えなくなり、天を揺るがした怒号も収まった。
こうして、最強の大蜘蛛との戦いが終わる。
そう何度も再認識し――――呆れの表情が漏れた。
まさか、本当に星のアルテミット・ワンを封じてしまうとは。人間の執念というものはこれ程恐ろしいものなのかと、自分で自分に呆れてしまう。
もう、本当に身体が動かない。普段なら鞘に行くであろう魔力も、もう無い。全て使い果たした。異空間に溜めていた魔力ももう切れた。魔術回路は
誰かに助けられなければ、私の命もここまでという事になってしまうだろう。
しかし不思議と不安は無かった。
遠くから微かに聞こえる馬の足音が、そうさせてくれた。
「―――――――姉さん!!!」
名馬ラムレイに乗った我が妹、アルトリア・ペンドラゴンが必死の形相で駆けつけていた。
それが何とも可笑しくて、私はつい笑ってしまう。
いそいそとラムレイから降りたアルトリアは私の傍まで駆け寄り、その体を起こす。
「姉さん、良かった……生きていて、本当に…………っ!」
「ふふっ、お姉ちゃん、頑張っちゃったよ。だからもう、ホントに動けないや」
「安心してください。直ぐに応援がやってきます。ほら、もう」
アルトリアの後を追いかけてきたのか、ランスロットやモードレッド、そして何人かの救護班らしき者が馬に乗って近づいてきた。
特に先頭の二人は私を見るや否やあからさまに安堵した表情を浮かべており、それを見て何故か笑いそうになる。きっと――――いつもの日常みたいで、帰れないと、もう見れないと思っていたはずの光景が広がっていたのが、自分でも信じられなかったのだろう。
「姉上ぇぇぇええええぇぇええ――――!!」
泣きそうな顔をしながらモードレッドが馬を蹴って私に飛び込んできた。
ま、えちょ、私重傷患者――――
「ごぶぇ」
「姉うえっ、姉上ぇええっ……! うわぁぁあああぁぁぁぁあん!!」
「ま、待って、傷、傷が…………」
「……あ、ご、ごめん!」
私の状態に今更気づいたのか、モードレッドは申し訳なさそうに後ずさる。それが可愛いもので、微笑を漏らす。
本当に、帰ってこられた。
私が守りたかった、家族の元に――――
「さぁ姉さん。帰りましょう。軍勢の残党は現在、他の騎士達が片付けています。後は全て私たちに任せて、ゆっくりお休みください」
「ええ。今日だけは、アルに甘えてみるよ」
「じゃ、じゃあ俺看病する!」
「こらこらモードレッド卿。治療や看護は救護班の仕事で「うっせぇ根暗野郎! 俺と姉上の触れ合いを邪魔すんじゃねぇ!」ね、根暗……根暗…………」
アルに肩を貸されながら、私は立ち上がる。
もう一人では上手く歩くことすらできない。だけど、今日だけはこれでいい。誰かの手を借りるのも、たまには悪くないだろう。
戦いは終わった。
あとは、ゆっくりと
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!』
空間が震える。
世界が潰れる。
その場にいた全員が顔を強張らせながら、振り返った。
閉じかけていた虚数空間の出入り口に、一本の緑色の脚がかけられていた。その本数は次第に増えていき、その都度閉じかけていた穴は強引に開いて行く。
黒い鎖に繋がれた体が、露わになり始める。
白い装甲に包まれた顔が大気に触れ、その口からは怨嗟の雄叫びが高らかに上げられた。
「嘘、でしょ…………」
虚数空間に叩き落したはずのORTが、這い出てきた。
冗談かと、一瞬思った。だがその原因は直ぐに分かった。
「――――――――抑止力ッ…………!!!」
そう、ORTは抑止力に後押しされた身。星のバックアップにより体の修復が劇的に早まり、虚数空間を這い出られるほどまでに回復したのだ。
完全に失念していた。無理に魔力を使ってでも、さっさと出入り口を閉じるべきだった。
最後の最後に、しくじった。
「……………………あぁ、全く。本当に……糞みたいな世界だね」
「姉さん、下がって!」
「此処は俺に任せろッ!」
聖剣と宝剣の担い手である二人が私を庇うように前に出て、各々の剣を構える。
すぐさま真名解放。最大出力をORTへと叩き込む。
「『
「『
黄金の聖光と緋色の雷撃が大蜘蛛に直撃した。
普通ならば万人屠ってもまだ有り余るその威力――――しかし、ORTを押し返すには余りにも足りなかった。
ORTが纏った異界法則を貫くことができるのは、『絶対切断』の権能を持つ神剣しかないのだから。
「そんな、馬鹿な…………!?」
「俺の剣が効かないだと…………ッ!?」
二人は自分の切り札が全く通用しなかったことに歯噛みする。
その間にもORTはどんどん穴を広げて体を通していく。このままでは、全滅か。
「……やっぱり、こうなるか」
アルトリアの腕を振りほどく。
その腕は意外にも簡単に振りほどけた。いや、わかっている。
自分の生命力を燃料に、身体を動かしていることなど。
私は私が生きるための力を使い、強引に動かない身体を操っているのだ。当然、こんなことをすれば肉体が死ぬ。魂が健在でも、こんな事を続ければ器が原形を留めぬほどに崩れてしまう。
それでも、と私は願う。
地に転がった白銀の剣を拾う。
ORTの絶対防御を突破できる、私の最強の武器を。
「姉さん……? 一体どこに――――」
「アレを、押し返す」
「駄目です!! そんな、どうやって動いているかもわからない身体で無茶をすればっ!!」
「待て、待ってくれ姉上! 駄目だ! 行くなッ!!」
アルトリアとモードレッドの二人が私に掴みかかろうとするが、もうすべて遅かった。
私は生命力から搾り取った魔力で、私と援軍を隔てる壁を造った。虚数物質でできた、聖剣でも容易に破壊できない壁を。
「姉上ッ!! やめろ、やめろよッ!!」
「姉さん、何故ですか! 何故、何故貴女がこんな目に合わなければいけないのですか!!」
悲痛な声が背から聞こえる。
……こんな声、聴きたくなかった。愛する家族が泣く声など。
でも、これは罰だろう。
私は世界の異物だ。本来ならば存在してはいけない、汚点。直ぐにでも、消えなければならなかった存在。
そんな私が、あんな幸せな時間を過ごせた。
それで、十分だ。
「ランスロット」
「……はい、アルフェリア。何なりとご命令を」
「ふふふっ……貴方らしい返事だよ。――――貴方の部屋に手紙を置いた。困ったときはそれを開いて。きっと、役に立つだろうから。それと……あの子を、泣かせないでね」
「……御意に」
振り返れば、悲痛に満ちた顔のランスロットが私を見つめていた。
きっと、悔しいのだろう。何もできない自分が。
だけど、それは恥ずべきことでは無い。人間、できることとできないことがあるのだから。
「モードレッド」
「っ、姉上ッ――――!」
「あなたと共に過ごした時間は短かった。けれど、貴女は私にとって、大切な家族。今までも、これからも。ずっとね。大好きだよ」
「っ、ぅうっ、あぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああっ…………!!!」
涙で顔を歪め、モードレッドは泣き崩れた。
どうして、こうなってしまったのだろう。後悔の念が、私の胸の中を渦巻く。
私はただ家族と、平和に過ごしたかっただけなのに。
「アル」
「…………何故っ、何故ですか! 貴方は、いい人だ……! 死ぬべき人では無い! だから、だから――――」
「愛してる。ずっと、あなたの事は忘れない」
「っう、あ、ぁ」
「あなたが居たから、私はここまで来れた。あなたがいたから、今の私はここに居る。あなたがいたから――――私は幸せになれた」
「わ、たしは――――私は、まだあなたに何も返せていない!! 与えられてばかりで、何も返せてなんていない! 戻ってきてください姉さん! 私は、貴女がいないと………」
「いいえ、十分返してもらったよ。許されない幸せを感じて、家族ができて、面白い日々が過ごせて。……私に取っては、何にも代えられない宝物。家族と共に過ごした時間は、決して忘れられない。だから、返してもらったよ、アル。……ありがとう、私を『お姉ちゃん』にしてくれて」
「ッ――――姉さん!!!!」
私とアルトリアを隔てる壁が叩かれる。
見なくともわかる。泣いている。もっとも泣かせたくなかったはずの存在が、泣いていた。
後悔だらけだ。家族は泣かせて、失敗して――――そんな自分を笑ってしまう。
ホント、馬鹿な奴だな。私。
頬を一筋の涙が伝う。
ああ、そうか。
私は――――死にたくないのか。
「ふっ、あ、あっはっはっはっはっは! この期に及んで、まだそんなことが思えたんだ。……でも、本当に、過ごしたかったな。皆と、またご飯、食べたかったな――――」
両目から溢れる涙をぬぐうことなく、精一杯の笑顔を取り繕い振り返った。
「さようなら、みんな。今まで、お世話になりました……っ!」
崩れそうな肉体で地を駆ける。
生命力を還元し作り出した魔力が背から翼となって噴き出し、私は真っ直ぐ穴を這い出ようとする大蜘蛛へと向かう。
これで、本当に最後だ。
全部、終わりだ。
「さぁ、共に逝こうか。星の代弁者。この一撃――――簡単に防げると思うなァァァアアアッ!!!」
神剣を正面に構えて、突進する。
全てを、己の命を込めた一撃は――――ORTの胸に深く突き刺さる。
抑止力の後押しを受けても、弱り過ぎていたのか剣は容易く大蜘蛛の肉を貫いた。それによりORTはその力を弱め、魔力放出による推進力で再度虚数空間に押し込まれていく。
「アァァァアアアアアアアアアアァァァァァアアァァァアァアアアアアァァアアアアッッッ!!!!!」
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!』
魂の底から叫び、片目が神秘の圧力で潰れてもその力は一切揺るがなかった。
そしてついに、大蜘蛛が虚数空間へと落とされる。
私と、共に。
「――――――――は、ははっ」
虚数空間の出入り口が、その開閉を妨げる存在が消えたことで今度こそ完全に閉じ切った。
これで、もう誰もここから出られない。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』
ORTの脚が私を掴む。
それに抵抗する力は、既に無く。私はただ、不敵な笑みを浮かべるしかなかった。
もう私にできることは無い。
後は結末を、受け入れるだけだ。
「これで――――よかったんだ」
本当に?
いいわけ無い。
それでも、今の私ではこれが精一杯だった。後一手、届かなかった。
「……悔しいなぁ」
ORTの口が開かれる。
自分の結末を知り、それでも私は笑うのをやめなかった。
「あと一歩、届かなかったか」
死が迫る。
恐怖は、無かった。
「――――ごめんね、みんな」
最期に聞こえたのは、肉の潰れた音だけだった。
最終確認がアレだから誤字は多いかも。
そして情け容赦ない捕食END。救いがない。個人的には一番悲惨な終わり方だと思ってる。でも、だからこそ幸せを掴めるんだ。そう信じて、私は筆を走らせる。
一応エピローグ的なものを挟む予定です。次回をお楽しみに!