マリーゴールド   作:暦坂真理

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返事

 

 

あの後、あたしたちは交番を出た。常子班長はあたしの殴られた箇所を冷やすために、応急処置ができるものを買いにコンビニへ、天人宮は「こんなことしてる暇があるなら捜査をした方が時間を有効活用できる」と、仁堂を連れて行ってしまった。

斯く言うあたしは、小さな公園でベンチに項垂れていた。砂場とベンチしかない公園には、子供の1人すらやって来ない。というか、近づけるような雰囲気ではないのかもしれない。

向かいのベンチには宇井㟢があたしと同様に項垂れている。

 

宇井㟢マサル──暦坂の同僚・同期で、家は金持ち。所謂“ボンボン”というやつだ。

父はCCG本局配属の特等捜査官、母はクインケ製造に関わる仕事をしているんだそう。宇井㟢本人も、他班の上司から相当期待されており、それに応えようと尽力している。

が、それを班員であるあたしに悉く妨害されているというのが現実である。そんな彼はつい先刻、我慢の限界を迎えてあたしを殴り飛ばしたのだ。あたし自身も、そうされても仕方のないことだと思う。

 

「……宇井㟢」

「…………」

 

無反応。先程からずっとこれだ。

 

(まさかとは思うがこのまま無視され続けるんじゃないだろうか)

 

若しそうであったとしても、なんとかしなければいけない。

あたしが招いた事態だ。自力で解決しなければ。

 

「あの……」

「なあ」

 

話を続けようとした直後。彼は口を開いた。

 

「な、なに?」

 

内心どきどきしつつも訊き返すと、宇井㟢は頭を擡げてじっとこちらを見つめた。

 

「お前は、さ……俺達の邪魔したい訳?」

「ち、違う!!そんな訳ない!あたしはただ、……ただ」

「“ただ”?」

「────」

 

言葉が、出てこなかった。

邪魔をしたくてしている訳ではない。然し個人的な動機で動き、結果的に彼らの邪魔をしているのは事実であった。

 

言葉をぐっと呑み込んで口を紡ぐと、彼は失望したままの眼でまた口を開いた。

 

「俺はさ、俺らが研修生の頃の方がよかったと思う。体術も筆記も何もかも成績よかったよな、お前。あの頃は2人で喰種を駆逐してやろうって、……なのに、それなのにどうしちまったんだよ。本当に、捜査官になってからどうかしちまってるぞ」

「…………っ」

「……なあ、一体何があったんだよ。俺には、今のお前の考えてることがわからない。理解できない!教えてくれ。どうして“喰種を逃がそうとする”のか!」

「──……」

 

弁解の余地などない。それが事実だったから。

 

「……あたしは、」

 

記憶が脳内で断絶的に映し出される。

 

「……」

 

決して忘れることのできない、過去。

 

「────もう、」

 

あの時の感情がどろどろと、溶岩のように熱く込み上がってくるのがわかる。胸が押し潰されそうになる。

その時だった。草むらから雰囲気を読めぬ携帯端末の着信音が流れ出した。3コール程鳴り響き、4コール目に差し掛かるところでその音は小さな電子音と共に止まる。瞬間、草むらから一人の人物が音の主であったと思われる端末を耳に当てて出てきた。常子班長だった。

 

「班長!?なにしてんですか、そんなところで──」

「分かった、すぐ向かう」

 

その言葉を最後に常子は電話を切り、暦坂と宇井㟢を見据えた。

 

「まだ2人は解決できてないみたいだけど──喰種は捕食も殺人も待ってくれない。行くよ!」

「なっ……!待ってください、暦坂は置いて行くべきです!こいつが居ればまたいつもみたいに逃がされます!」

 

宇井㟢の言葉にぴたりと足を止め、再び向き直り、常子は普段の穏やかな雰囲気とは一転。虎の如く相手を睨みつけてゆっくりと宇井㟢に歩み寄った。

 

「……だったら、宇井㟢。貴方もここに残りなさい」

「なっ!」

「暦坂は一人にすべきではない。普段から独断専行が多いんだ。誰かが見張るしかない。そうじゃない?」

「…………それは、……そう、ですけど……」

 

宇井㟢は暫したじろいだ後、真理の方へ向き返り、

 

「っ……行くぞ!」

 

真理の返事を待つ事なく駆け出した。

 

「────えぇ!」

 

勿論彼女は二つ返事をする。


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