マリーゴールド   作:暦坂真理

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"お前の所為で"





何度も言われてきたことば



意味も理解してないで――――




所為

「有り難う御座いました」

 

聞き込みを初めて既に十うん件目。未だに件の喰種に関する情報は掴めずにいた。精神的にわりと殺がれるこの捜査だが、それとは比例する事なく只管腹が減るだけだった。

こんなに聞き込みをしているのに一切住民からの情報が手に入らないことに疑問を抱く。"ファイヤーマン"は夜に火事を起こしては、焼身したヒトの遺体を持ち去って行く。つまり、火事が起きたとき、必ず誰かが消防署へ連絡を入れているはずだ。その音で目を覚ましたり、外の騒がしさで野次馬に来る人がいてもおかしくないだろう。然しそういった情報提供は1つも入ってこない。流石に不自然だ。

 

「"ファイヤーマン"がこの辺の住人たちに守られてるのか…?」

 

大きな桜の木が立つ小さな公園。花弁がちらちらと舞う中、真理は1人顎に指を当てて思考を巡らせていた。パートナーの仁堂はというと、砂場で暇そうに何かを制作していた。

 

「ちょっと!遊んでないで一等も捜査に協力してくださいよ!!って上手い…!?」

 

やけに上手く砂で作られたおくらの花だった。

 

 

「――――で、結局この時間まで住民の皆さんはこれといって進展する情報は持っていなかったようで」

 

昼時。一度全員で集合しようと班長である常子から十数分前に連絡が入り、今は駅の交番を借りて会議をしているところだ。

 

「暦坂、お前手を抜いて捜査してるんじゃないだろうな」

「んなっ!そんな訳ないじゃないですか!!あたし捜査は真面目にやりますー!」

 

お互い火花を放ちながら威嚇をしては険悪さを増す。常子がそれを宥め、再度話し合いの続きをする。仁堂は交番に入ってから自前の折り紙で何かを折り続けていた。

 

「こっちだって見回りしてても何もなかったんだから、暦坂だけに責任転嫁するのは違うと思うわ」

「……」

 

捻くれた性格故に天人宮は不貞腐れたのか顔を逸らす。31歳とは思えない態度だ。

 

「えっと…午前中でこれじゃあ、多分"ファイヤーマン"も夜まで出てこないと思います。今は事務の仕事や会議をやって、夜にまた見回り始めませんか?ずっとここに居るのも迷惑かけちゃうと思いますし…」

「そうだな。そうと決まればすぐに局へ戻ろう。暦坂の馬鹿につきあってる暇も惜しい」

 

話を戻そうと提案した宇井㟢に賛成した天人宮はさり気ない流れで暦坂を罵倒しながら席から立ち上がる。流石に暦坂も頭に来たのか、口元を引き攣らせ、眉間に皺を寄せた。

 

「ちょっと……上司だからってしょっちゅう喧嘩売ってるんですか?あたしだってもう我慢の限界ですよ!」

「お前に喧嘩を売る暇があるなら仕事に時間を費やしているに決まってるだろう馬鹿。お前の所為でどれだけ私たちに迷惑が掛かってると思ってるんだ。勝手な行動ばかりで私たちの階級は一向に上がる気配はない。私たちはお前の所為で連携プレーも上手くいかずにお前のサポートばかりして失敗して他班に協力を頼んでは私たちは昇任できずの繰り返し。いったい貴様はどれだけ周りに迷惑を掛ければ気が済むんだ?…我慢の限界だと言ったな。果たしてどちらが(・・・・)本当に"我慢の限界"なんだろうなあ?」

「っ――――!」

 

天人宮の心からの本音をこんなに聞いたのはいつぶりだろうか。かなりの数の言葉の棘を突き刺されたようだ。班長も宥めないという事は、きっと天人宮と同じ気持ちで居たのだろう。

暦坂はその場に立ち尽くして下唇を噛み締めた。場の雰囲気が険悪に包まれたのを打ち壊す様に、この公共建物の管理者である警官が「あの」と口を開く。

 

「あ、はい。すみません、長居してしまって。もう退席しますので――」

「いえ、そうではなく。その…貴方方の話が聞こえて、ここ1ヵ月の火事件数を纏めたファイルを、と思いまして」

「! 本当ですか!?有り難う御座います!」

 

中年くらいの男性警官は、一言「いえ」とだけ言って件のファイルを常子へと受け渡す。が、その時

 

「ま…まって!」

 

金髪を翻した暦坂が冷や汗を一筋流しながら、ファイルをぐい、と警官へ突き戻した。

 

「な、何してんスか!」

「お返しします」

 

宇井㟢の驚愕した声も届いているのかいないのか。彼女は今一度班員へと顔を向ける。その表情は何を考えているのか、何を思っているのか分からないと言ったところだ。ただ言える事は、いつもと何かが違うという事だけだ。

次の瞬間、暦坂は頭を下げた。

 

「ごめんなさい!天人宮先輩の言う通りでした。あたしの身勝手な行動ばかりで…。…だから、この件はあたしたちの班だけで片付けたい。警官の貴方にも折角気を使ってもらったのに、すみません。本当に。これもあたしの身勝手なところだけど、お願いします。この件が上手くいったら――――あたしを認めてほしい。だから…」

「ぷっ」

「え?」

 

突然誰かのが吹き出したことで拍子抜けした声が漏れ、軽く頭を上げた。それと同時に、頬に強く熱い衝撃が加わった。

暦坂は交番内に置かれていた棚の角に勢いよく背中から頭をぶつけ、その場に小さく呻き声を上げながらへたり込む。

 

「っ…!!」

「ちょっと…宇井㟢!!」

「きみ、なにしてんの!」

 

どうやら殴られた痛さを、熱さと錯覚していたようだ。

宇井㟢は警官に取り押さえられながら足掻き、怒りの標的を睨む。頭のぶつけた所を抱え、ぼやける視界に映る宇井㟢を見つめた。

 

「……いい加減にしろよ。なんでわっかんねえんだよ!今まで俺だってずっと我慢してきてたんだぞ!お前の所為ですげー不満なんだよこの班!!喰種捜査官になったら喰種たくさん駆逐できるって活き込んでたのに…なのに!!!」

「――――――――!!!」

 

普段は穏やかな宇井㟢でさえにも怒りや不満を抱えさせてしまってる事実を突き付けられ、そこで暦坂は漸く理解した。

 

"お前の所為で"

 

この言葉の重さも、棘の鋭利さも。

 

 

 


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