「うべ?!」
ごつん、と鈍い音を立てて顔面に落下した目覚まし時計。枕元の棚に置かれていた目覚まし時計を寝ぼけながら弄っていたところ、どうやら朝には真面にはたらかない手で弾いて落としてしまったらしい。
「くっそ痛ぇ…」
シーツの擦れる音と、窓の外から聞こえる雀の囀りが何とも漫画の世界の朝っぽい。なんてどうでもいい事を考えながら身を擡げた。
*
欠伸をしながらも朝の身支度を始め、オーブンで食パンを焼いているうちに金色の髪を整え、着慣れたスーツに身を通した。
マーガリンとグラニュー糖を塗った甘いトーストとエスプレッソの香りが、おんぼろアパートには似合わないと言わんばかりに部屋に充満していった。
然しそんなのはいつもの事だから気にしない。誰に見られてるわけでもないしね。
「行ってきます。父さん、母さん」
そんなこんなで出社時間。棚に飾られた写真立てに挨拶をして家を後にした。
*
暦坂真理、自称永遠の18歳(本当は23歳)。女。
身長、162㎝ 座高、80㎝ 体重、シークレット。バスト、C ウエスト、65㎝…
イタリア人と日本人のハーフとして生まれ、東京都7区在住。ぼろいアパートで独り暮らしをしている。
トレードマークは頭部で編まれた三つ編み。
CCG7区配属、常子班所属、二等捜査官。
人よりポジティブで騒がしい。功績で大したものは無し。エトセトラエトセトラ…
*
「遅い」
「すみません」
集合時刻2分前、班員はもう既に全員集まっていた。冒頭辺りで“漫画っぽい”と綴ったであろうあれは今もまだ継続されているのだろうか。
「集合時間の10分前には来いと昨日言ったばかりだよな?」
「はい…」
然し出社中、迷子を交番へ連れていって居たらこんな時間になってしまったと言っても『だったらそうなっても時間が余るように家を出ろ』と言われそうな気がしたので言い訳に聞こえるような事は言わずに黙っていた。
「今日も見回りですか?」
「ああ。相変わらずこの区は平穏だが、見回りを少しでも怠ればCCGの危機に成りかねん」
「……スミマセン」
責める様に此方を睨む天人宮へ、謝罪をすると同時に目を背けられた。
「あっ…え、えっと!きょ、今日はどの方面を?」
「いつも通り南だ。北なんてうちの班が任される訳もなかろう。どっかの誰かさんの所為でな」
天人宮は逸らしていた視線を再び暦坂へと突きつけた。いい加減暦坂も憤りが多少沸いてきた。
「ほら、時間食ってるから早く仕事しよう。暦坂、遅刻した分働きなよ」
「はい」
暦坂は天人宮と決裂する事を避け、班長である常子に二つ返事をした。
空調の利いた7区のCCG局内を出ると、4月とは思えない薄ら寒い風が常子班を迎え入れる。コートを着ていなければ風邪を引いてしまいそうだ。
「さっむ~~!」
「そんな膝丈のスカートなんて履いてるからだろ」
この女はとことんあたしに突っかかってくるようだ、と内心思いつつ、彼女の言葉に返事はしないことにした。
*
数分後、7区の南方に着くと、常子は班員全員が見える様に向き返った。
「昨日言った事は覚えているか?件の喰種…“ファイヤーマン”」
――――“ファイヤーマン”。
自らの鱗赫を分離させて爆発するという特殊な技を使う。人の就寝時間帯を狙い、独自の赫子を用いて家を燃やしては、その家の主であるヒトを食っているんだそう。推定レートはA~A⁺
「覚えてます。深夜に活発になる喰種ですよね?」
「うん。今日はこいつについても聞き込みをしながら見回りをする」
ふむ、と一瞬の関心をした直後、天人宮は口を開いた。
「班長、暦坂は聞き込みだけに回るべきだと思います」
「え?」
「暦坂の今までの“奇行”を見てきたでしょう。彼女は遭遇した喰種と――」
おそらく、今まで暦坂が彼女に溜めてきてしまっていた憤りを感じさせる口調だった。普段より低い声色はより一層暦坂を責め立てているのが、その場にいた全員に伝わった。が、
「天人宮」
「……」
常子が困ったように彼女を制し、以降続く言葉を天人宮は言う事はなかった。
「うん、じゃあ、暦坂は今回は聞き込みだけに回って。――仁堂と」
「……」
「よ、よろしくお願いします。仁堂一等!」
「……」
無言なのは愛嬌であると信じたい。