あちらの柘榴は何かの実
序章
どれくらい走っただろう。どれくらい時間が経っただろう。もうそれすらも分からないくらいへとへとだ。足が動かない。
ああ、お腹が空いた。
あいつらから逃げるために路地裏を通ったとき、2人ほどの化け物に襲われた所為で出血が止まらない。
「早く…」
あいつらに捕まる前に、もっと遠くへ逃げなければ。
破れた袖を隠し、ぼろぼろのフードを被る。
片方しか靴を履いていない足で、再び駆け出した。
*
こんな所で自分は何をしているのだろう。あいつらに捕らえられ、あいつらに手を貸し、挙句には同胞──と、言うべきなのだろうか。兎に角、自分はそいつらにまで手をかけた。唯々“愉しい”と思ってしまった自分に、尽く嫌気が指す。
「………。」
特にこれといってする事の無い無の時間が過ぎていく中、毎度の様に自分の腕に爪を尖らせる。溜め息。俯く事さえも、今では習慣なのだ。
*
いつか、母が言っていた。『悪夢を見るのは、現実が楽しいから』なんだと。本当にその通りかもしれない。この仕事を始めてから、毎日が楽しくて仕方が無いのだ。班長は相も変わらず仏頂面であまり構ってはくれないが、班全体の空気は悪くはない。
化け物を殺してしまう事に抵抗を感じて、真面に働けないことで班員に迷惑をかけているのは充分 分かっている。然し、この職を辞めようとは思わない。自分にはここでやるべき事があるのだ。
*
*
ああ、やってしまった。殺してしまった。大好きな先輩を、命の恩人を。この手にかけてしまった。繰り返してしまった。同じ過ちを。
「あたしが…────殺した!!!」
口内いっぱいに広がる柘榴の味に嫌気が指す。吐きたい、吐いてしまいたい!!
目前で伏している1人の男性を見つめると、自分が死ぬ訳でもないのに、走馬灯のように…彼との今までの思い出が蘇ってくるのだ。たった数年の付き合いなのに、こんなにも沢山の思い出ができていた。
どうして自分は、こうも力不足なのだろうか。誰かに助けてもらわなきゃ何もできない。
ああ、先輩ごめんなさい。貴方をその様に悲惨に、無惨に、酷い死なせ方をしてしまった。自分の所為で、自分なんかの所為で。
遺体を端に運び、ガラスの何かを扱うかのようにそっと下ろした。
「………」
何かを言おうとした。何も言えなかった。今の自分には、後ろにいるただ1人を殺す事を全うすべきだと思ったから。
折れたヒール靴を脱ぎ、踵を翻す。割れた窓から不吉な風が入ってくると、髪が靡いた。
沢山泣いた。沢山叫んだ。沢山助けてもらった。
だから────
次に目を覚ました時、視界には、誰かの柘榴が落ちていた。