ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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七十八話『vsトゲキッス 運命の始まり』

 

 裁きの光が下ろされる。その瞬間、一人の図鑑所有者と一人のロケット団員の戦いに終止符が打たれた。

 対立する両者。ジョウト図鑑所有者の一人と、ロケット団四将軍の一人。何も言わず"ある一点"を指し示すゴールドと、無表情で佇むアポロ。

 砂煙が立ち上り、彼らの視線が交差する。

 ゴールドの状態は、既に満身創痍と言っていい程、これで決着をつける事が出来なければ最早彼に打つ手は無いだろう。

 果たして最後に立っているのはゴールドの"トゲたろう"か、はたまたアルセウスか――。

 

「……ッ!」

 

 そうして、晴れていく煙の中にゴールドが見たものは、巨大なポケモンの姿。

 アルセウス。小さなポケモンが渾身の一撃を放った先に待っていたのは、"力の差"という現実。世界の厳しさである。

 そもそもの事、元々無理な話だったのだ。

 どう転んだところで、一介のポケモンでしかない"トゲたろう"が幻に勝とうなど単なる夢物語でしかない。

 それが現実、ちょっとの事では覆らない差。それが百パーセント負ける戦い。

 そしてそれは、ゴールドという少年ならば"絶対に行わない"戦いだった。

 だからこそゴールドは、"トゲたろう"が歩みを始めたその瞬間にとある方向を指さしていたのだ。

 

「……よくやったぜ、"相棒(トゲたろう)"」

 

 煙が完全に晴れた先にあったもの、それを見て、ゴールドは自身の相棒へと賞賛の言葉を贈った。

 何のアクションも起こさずにゴールドを見下ろすアルセウス。

 その後ろで、地面に一つの軌跡を作った"トゲたろう"は傷だらけの、そして成長した姿で確かに彼へと振り返る。

 トゲピーの進化であるトゲチック、その先の形、トゲキッスへと進化"トゲたろう"はそのままゴールドの下へと降下して、

 

「さて、これでおめぇが認めてくれなきゃ、また振り出しに戻っちまうが……どうするよ? アルセウス」

 

 静かにこちらを見つめるその眼差しを真っ直ぐに見つめ返して、彼ら一人と一体のコンビはアルセウスへと問いかける。

 

「俺は"俺たち"の全部をおめぇに見せた。そんで"おめぇを縛る鎖"もぶっ壊してやったんだ。流石にこれ以上、俺たちに出来ることなんて何もないと思うぜ?」

 

 そう言って見つめた先、そこにいたアポロ、そして彼の手に収まった"機能を停止したボール"をゴールドはもう一度確認する。

 先の衝突。アルセウスが"さばきのつぶて"を放った瞬間、彼は"トゲたろう"に狙いの変更を伝えた。

 負ける戦いを、勝つ為の戦いへと昇華させる為の一令。

 ――だがそれだけでは、まだ勝負は五分のものだったはずだ。

 何よりも、この場において最後の最後で勝敗の決めてとなったもの、それはゴールドすらも気づかなかった一つの置き土産の存在。

 彼らに吹いた"おいかぜ"の最後の一陣は、確かに彼らの追い風となって吹いていたのである。

 

 

 

 元はと言えば、彼らは別にアルセウスに戦いで勝利する為に戦っていた訳ではない。アルセウスに勝利することなど、単なる方法に過ぎないのだ。

 シルバーやクリスタルも含めた彼ら元々の目的は、時空の歪みを正してジョウトとシンオウの衝突を防ぐこと。

 それとは別に、ゴールドがアルセウスと何度も相対し続けた理由はもう一つあった。

 ただ彼はその理由を知りたかった。幻や伝説なんて関係ない、悲しい目をした一体のポケモン、そのポケモンの力になりたかっただけなのである。

 

 アルセウスが人間に絶望した事を知った。

 だからゴールドは、どんな人間でも間違いを正す事は出来るという事を行動で証明した。

 だがそれでも足りなかった。

 しかし足りないピースは、ずっと彼と共にあったのだ。

 

 

 

 "トゲたろう"の進化、それこそがアルセウスの求めていた答えだった。

 トゲピーがトゲチックへと進化する為の条件、それはポケモンとトレーナーとの間にある"絆"をどれ程深めることが出来るかが鍵となる。

 だからアルセウスは、知らず知らずのうちにアルセウスの支配下に置かれたアポロを巧みに利用して、ゴールドを焚き付けたのだ。

 

 ――もしこれで、このまま"彼ら"が変わらなければ人間など所詮はそこまでのもの。

 

 そう考えての行動だった。

 少しずつ、少しずつアポロの意識に己の意思を反映させていき、そして最後にはアポロを完全に支配下においたアルセウスの行動。

 その先に待っていた結果、それはもしかすると――無意識の内にアルセウス自身が望んでいた結果なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、こちらはアルフの遺跡前。

 気がつくと、彼は茫然と空を眺めていた。

 身体のあちこちから悲鳴が上がり、呼吸をする度まるで鞭で打たれるかの様な苦痛が生まれる。

 直後、二人の人物たちの声が聞こえた。

 ホカゲとツクシ、一体いつから近くにいたのか。必至な形相で彼、クリアの下まで走り寄ってきた彼らは、眼前に佇む男からクリアを守る様にすぐさま身構える。

 一体何が起きたのか、クリアがそれを理解するまでに数秒かかった。

 まるで世界から色が失われた様な感覚。虚無感。そして空白の景色が目の前に広がって、

 

「ククッ、どれ程この時を待った事か!」

 

 不意に青年の声がクリアの鼓膜を揺さぶり、反射的にクリアは声のした方へと顔を向ける。

 

「俺様が豚箱にぶち込まれる事になったそもそもの切欠、"クリア"、テメェを絶望に底に陥れる時をな!」

 

 そこにいたのは一人の青年だった。

 ホルスと名乗った国際警察の青年。そして今しがた、共に黒いバンギラスの捕獲に挑んだ戦友でもある人物。

 まだ会って間も無い人間だった――が、それでいてどこか妙な親近感を感じる青年。これまで出会ってきた者たちと同様に、きっとこの事件が収束した後も、少年はこれからも彼と良好な関係を築くのだろうと考えていた。

 

 だがそんなクリアの予想を、青年はあざ笑うかの様に裏切る。

 そもそもホルスという名自体が偽名だったらしい。偽りの名を捨て、"カラレス"と名乗った青年の言葉を聞いて、そしてクリアは追憶する。少年は"その日"の事を鮮明に思い出す。

 

 

『あぁ? なんだガキかよ、ってか何でお前はこんな所にいやがったんだ?』

 

 

 それはクリアという人物が初めて"こちらの世界"で目を覚ました時の話。彼が初めて出会い、そして戦った相手。

 "名も知らないロケット団残党員"。それが、カラレス。

 それが、クリアの眼前で歪んだ笑みを浮かべる男性。クリアと共に捕獲した黒いバンギラスを従えて、憎悪に満ちた瞳を彼へと向ける"正真正銘の敵"。

 

「……エ、エース……?」

 

 ふと気づくと、彼の傍らにいたポケモン。リザードンの"エース"もまたカラレスへと視線を向けていた。先の黒いバンギラスとの戦いでの疲労を残しながら、そんな状態でも主を守るために。

 だがすぐにクリアは異変に気付く。おかしい。様子が変だ。そこにいつもの覇気が感じられない。

 ワタルのカイリュー、伝説のルギア、黒いバンギラス、どんな相手を前にしても、臆さず戦ってきた今までの面影は無く、その時クリアは、初めてエースが戦いに躊躇する姿を見た。

 

「……ふん、"リザード"か。驚いたか、俺に?」

 

 カラレスの言葉に、エースがビクリと両翼を震わせる。

 エースは元々目の前の男、カラレスの手持ちだったポケモンである。その(エース)が、一体今どの様な心境にあるのかなど、到底クリアには理解できないだろう。

 

「昔のお前なら、俺の正体に気付くなんて訳もなかったはずだぜ。いくら俺が風貌変えて匂いを香水で誤魔化しても、テメェは必ず"敵"に気付いた。そういう風に俺が仕込んだのだからな」

 

 その言葉で、クリアの内にあった疑問が一つ解消される。

 カラレスとクリアの邂逅から、もうかれこれ六年以上もの月日が流れており、その間クリアのカラレスに関する記憶が多少薄れていても不思議ではない。

 だからクリアはカラレスに気付けなかった。

 

 だがポケモンたちは――中でもエースは、少なからずカラレスに勘付いていてもおかしくなかった。

 

 否、もしかするとエースも違和感には気付いていたのかもしれないが、だがそれも今となってはどうでもいい事である。

 カラレスは風貌を変えて香水で匂いまでも誤魔化した。

 そうする事でクリアとエースの目をまんまと掻い潜る事に成功した。それが事の真実、結果なのだから。

 

「随分と、弱くなったじゃねぇか"リザード"、いや今は"エース"だったか。はっ、"エース"がこの様じゃ他のテメェのポケモンもきっと大した事ねぇな!」

 

 完全に彼らを見下したかの様なカラレスの物言い。

 その瞬間、どうしようも無い程の悔しさがクリアの中で生まれる。

 

 

「弱いな、お前ら……!」

 

 

 その一言が切欠だった。

 その怒りは、自身を弱いと言われた事に対して、では無い。

 こんな自分でもついてきてくれるポケモンたち、何ものにも変えることのできない仲間、そんな彼らポケモンたちの強さの全てまでも否定されたのである。

 クリア自身、別に自分の強さにプライドを持っている訳ではない。頼りにならない自尊心など、これまでの経験の中で捨ててきた。

 

 一体どれだけ迷い、傷ついてきたか。

 

 四天王事件の時、仮面の男事件、ホウエン大災害、ナナシマ事件、ガイル事件。いくつもの出来事の中で、クリアはポケモンたちと力を合わせ、時に迷って、しかしそれでも今に至るのである。

 最後の最後にはきちんとクリアの傍にいてくれる。そんな彼らの事が本当に大好きだから、だからクリアは今の一言を見過ごすわけにはいかない。

 

「……弱く……なんてねぇよ」

 

 ツクシの支えを振り切って、クリアはエースに手をついて自身の足で立ち上がる。

 精一杯の虚勢でも構わなかった。今目の前にいる人物に"弱さ"を見せる、それだけは何があっても嫌だったのだ。

 視界が僅かに霞み、声を振り絞るだけでも相当の体力を使う。

 それでもクリアは口を開いた。自身のポケモンに対する想いを、そのままの言葉でカラレスへとぶつける為に。

 その刹那だった、彼の思考に僅かにノイズがかかる。

 しかしクリアは衝動のまま、構わずカラレスへと視線を向けて、

 

「確かに俺は弱ぇよ。馬鹿みたいな事も沢山してきたよ。だけどな……!」

 

 ――だがな――。

 

「俺の仲間(ポケモン)を馬鹿にすることは、絶対にさせない!」

 

 ――俺の家族(ポケモン)を馬鹿にする事だけは、絶対に許さねぇ!――。

 

 

 

(……今、のは……?)

 

 言い終えたクリアに、デジャブの様な違和感が襲い掛かる。

 原因は、簡単に想像できた。

 かつてのホウエン大災害の際、ホカゲとの対決時の事、クリアはそこで失われた記憶の断片を垣間見ている。

 後にホカゲに聞いた話では、それはクリアすらも覚えていない、空白の歴史となってしまった彼の記憶の一部という可能性が大きいらしい。

 恐らくはそれだろうと、故にクリアは考える。

 意識を保つことさえやっとのこの状況、感情の高ぶり、その他様々な要因によって、クリアの中に残っていた記憶の残り火が再燃したのだろうと。

 

 そしてそれを最後に、クリアは意識を失った。

 

 

 

「クリア……」

 

 意識を失ったクリアを抱えて、ツクシは彼の名を呟く。

 その行為自体には何の意味もない。その言葉に込められた労りの意こそが重要なのである。

 クリアが倒れると同時に、彼の手持ちであるエースもまた倒れていた。エースもまた"おや"のクリア同様に、全ての力を出し切ったという事だろう。何も言わずに、ツクシはクリアをエースの傍へと運ぶ。

 

「ふん、倒れたか。ったく、弱ぇ奴が無駄に頑張るからそういう事になるんだよ。弱者は弱者らしく、隅っこで縮こまってればいいものをよ」

 

 歪んだ表情で僅かに寝息を立てるクリアとエース、彼らを見下げて、カラレスは誰ともなしに言う。

 黒いバンギラスを従えて、その両脇にはダーテングとルカリオを連れた"強者"が放ったその言葉には、一体どんな意味が込められているのか。

 

 だがしかし、そこにどんな意味が込められていようが、関係ないと思った人物がいた。

 

「……けっ、全く、相変わらずの様だなカラレス……!」

 

 過去の雪辱、そして今のライバルへの罵倒。先のクリア程では無いが、それでも怒る理由としては十分すぎる程の素材だ。

 かつて手も足も出せなかった相手を前にして、炎の影は妖しく揺れる、ホカゲという男は、ただ目の前の敵へと照準を定める。

 だがカラレスは、そこで初めてホカゲの姿を認識したかの様に言い放つのである。

 

「……誰だお前?」

「元マグマ団三頭火の一人にして、こいつの(ライバル)ホカゲ、二度と忘れられねぇよう、しっかりとこの名を刻み込んでやるよ……! エンテイ!」

 

 そしてホカゲの後方から、一つの伝説が飛び出る。

 ジョウトの伝説の一体"エンテイ"、かの仮面の男が操る特殊な氷すら溶かす強力な炎を操る大型ポケモン。

 対してカラレスは、

 

「迎え撃て、"ギラス"」

 

 "ギラス"。黒いバンギラスで伝説を迎え撃つ。

 炎と砂が交錯する。炎を纏ったエンテイの"ほのおのキバ"と、"あばれる"状態となったギラスが激しく衝突し合う。

 

「なっ、伝説のポケモンと互角……だと!?」

「チッ、腐っても伝説か。互角程度とはな」

 

 その事に対する二人の反応は対照的だった。

 苦労して捕まえたはずの伝説のエンテイと互角の勝負を繰り広げる黒いバンギラス"ギラス"の存在に絶句するホカゲと、冷めた表情で勝負を眺めるカラレス。

 だが忘れてはならないのが、このギラス、つい今しがた一つの戦いを終えて捕獲されたばかりであるという事だ。

 詰まる所、ギラスは大きなハンデを持った状態で、伝説のポケモンと渡り合っているのである。

 それに加えて、それ程までに強大な力を持つポケモンを、捕獲したての状態で従えるカラレスの力量もまた桁外れなものだと言える。

 

「まぁいい、こっちにはまだ手はあるからな……ルカリオ、ダーテング!」

 

 決着は当分つかないだろう。そう判断して、カラレスはギラスとエンテイの戦いから目を背け、再度クリアへと視線を向ける。

 

「しまっ……!」

 

 一瞬だけ、ホカゲの反応が遅れた。

 その瞬間、二体のポケモンたちがクリアとエース、ツクシ目掛けて襲い掛かる。

 ルカリオとダーテング、今現在カラレスの手持ちである黒いバンギラスのギラスに見劣りはするが、それでもその力はそのギラスと戦い合う事ができて、また捕獲の為の一打も与えられる程のものだ。

 当然、今の意識を手放したクリアや、アルセウス襲撃で傷を負ったツクシでは太刀打ちできない相手である。

 だからこそ彼らは、誰の指示もなく自身の意思で動く。

 

「……うん。この場はお願い、ねぎま、ヤドンさん!」

 

 カモネギ(ねぎま)ヤドキング(ヤドンさん)。それはかつてクリアと旅を共にした仲間たち。

 今となっては彼の手から離れてはいるが、それでも、手持ちで無くてもクリアと心を通わせているポケモンたちである。

 持前の速さを活かしねぎまが"つばめがえし"の構えでダーテングへ、ヤドンさんもまた渾身の"しねんのずつき"でルカリオへと突撃する。

 そうして次の瞬間には、空中と地上で、二つの激突が生まれた。

 ねぎまの"つばめがえし"を受け止めた後、すぐに"きあいだま"でダーテングが反撃に出て、今度はねぎまがそれを避けながらもヒット&アウェイの要領で小技を中心にダーテングを攻めたてる。

 一方地上、ルカリオとヤドンさんはひたすらに技と技のぶつかり合い、"シャドーボール"と"はどうだん"が、"サイコキネシス"と"あくのはどう"が、出し惜しみなくいくつもの技の応酬が繰り広げられる。

 

 

 

「……チッ、どこもかしこも接戦かよ。しょうがねぇ、ここはこいつで一気に……」

「そこまでだカラレス」

 

 ギラス対エンテイ、ダーテング対ねぎま、ルカリオ対ヤドンさん、三つの戦いはどちらもほぼ拮抗、僅かにカラレス側のポケモンたちが優位に立っているものの、それでもこのままでは決着が着くには相当時間がかかるだろう。

 その事に対し、僅かな苛立ちとじれったさを覚え始めていたカラレスが四つ目のボールへと手を伸ばしかけた時だった。

 一人の影が、突然と彼らの前に現れる。

 一瞬、仲間の増援を期待したツクシだったが、そこにいたのは名前も知らない一人の女性だった。

 胸元に"G"のマークを飾った、冷たい印象を与えてくる女性。本能的なものか、その姿を見た途端、ツクシは確信する。

 

 ――この人間は、決して"良い人間"などでは無いと。

 

「"サキ"か。何の用か知らねぇが、ちっとばかし待ってな。今すぐこいつらを片付けて……」

「悪いがカラレス、そんな時間はもう残っていない。今すぐ戻れと、"私たちのボス"からの命令だよ」

「……聞けねぇな、何にしてもクリア(あいつ)だけは是が非でも処理していくぜ、牢獄の中で俺はそれだけを糧に生きてきたんだからな」

「ンフフ……だからこそ言っているのですよ。シントの方が粗方片付いた、もう間もなくして"彼ら"がこちらへと戻ってくるだろう。そうなれば、お前は"もう一人"への復讐もままならないのだよ?」

 

 どう手を出せば良いか分からず、ホカゲとツクシは彼らのやり取りを無言で見守る。

 未だ闘志の火が消えないカラレスと、対照的な冷徹さを持つサキ。彼ら二人はそう何度かやり取りをして、そして数秒、カラレスは歯を食いしばると――、

 

「チッ、ダーテング"ふきとばし"だ」

 

 ギラスとルカリオを瞬時にボールへと戻し、それと同時にダーテングが動いた。

 カラレスとサキを除いてその場にいた全員を、ダーテングは無造作に吹き飛ばす。

 凄まじい程の突風が彼らを襲って、数メートル、着地に寸前にヤドンさんの念力が無ければ怪我の一つもしていただろう。

 そして次にホカゲが気が付いた時にはもう既に、カラレスとサキ、彼ら二人の姿は煙の様に消えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして遺跡内部から出てきたのはアルセウスだった。

 ロケット団四将軍のランス、ラムダ、アテナと共にサカキ、ワタル、ヤナギの手伝いとして三体の伝説たちを諌め、三体の距離を離すという作業をしていたシルバーとクリスタルはその事実に最初、最悪の予想をしてしまう。

 彼らの掛け替えのない仲間の一人"ゴールド"、一人シント遺跡内部に残った彼は果たしてどうなったのか。アポロはどうしたのか。何故アルセウスだけ単独で出てきたのか。

 その疑問が悪い疑念へと変わるが、彼らが何か行動を起こす前に、次の瞬間には既に事態は再び進行を始める。

 アルセウスを中心に、光の球体が生まれたのだ。

 それは彼らが"こちらの空間"、すなわちシント遺跡へと入った時のものと同様のもの。

 それを理解した瞬間、彼らは光の球体に包まれて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、今度は一体何なんだ!?」

 

 何はともあれ脅威は去った。残る不安はあるものの、こちらの形勢が不利だったのは事実である。

 その事に、ひとまず安堵したホカゲだったが、彼の眼前から降って湧いた様に突然現れた三つの巨体に、彼は再び臨戦態勢をとる。

 ――が、

 

「そう身構えなくてもいい。全てが終わっただけの事だ」

 

 そんな彼に声をかける者がいた。

 ワタルである。一時とはいえ、ホカゲと共に行動していた彼の言葉に、事態の把握を全くできないまま、それでも一応の納得はしてホカゲはボールを仕舞う。

 

「……ッ、ゴールド! 無事だったんだね!」

「ん? おうツクシか、まっ、このゴールド様にかかればこれ位の事件、楽勝楽勝!」

 

 一方ツクシも遺跡の中に消えていた友人の姿を見つけて、心底安心した様に声をかける。

 対するその友人の方はというと、これまたいつも通り、先の激闘を感じさせない"いつも通り"の態度で振る舞っている。

 

「もういつも無茶ばかりなんだから……」

「あぁ、全く……おい、そこに倒れてるのは……」

 

 そんな彼ら二人の少年の様子を、クリスタルは目じりに僅かな涙を溜めて眺めて、シルバーもそちらへ視線を移そうとしたが、その手前で彼の視線は停止する。

 そこにいた人物、倒れていた一人の人物を見つけて、シルバーの顔に再び緊張が走る。

 

「え……え、クリアさん!?」

「お、クリアだと? ……って、なんでこいつ、こんなにズタボロになってんだよ?」

 

 シルバーに続き、クリスタル、ゴールドもクリアの存在に気付き、その異様さに顔を強張らせた。

 一人だけ、この場において一人だけ意識を手放した少年の姿。

 その事に、自身たちの知らない内に起こった何かを彼らは悟ったのだろう。説明を求める様に、彼らは同時にツクシとホカゲへと視線を走らせた。

 

「詳しい事は後で話すが、だがこの事件、まだ全てが終わっちゃいない。恐らくはそれだけの事だろうよ」

 

 最後の方はワタルへと目を向けて、ホカゲは呟く。

 "終わってはいない"。ホカゲのその言葉が、まるで重圧の様に彼らの肩に圧し掛かる。

 だがそれも当然だ。今しがたまで確かに、彼らは事件の終わりを確信していたのだから。

 そんな彼らの不安など知らないと言う風に、ギラティナが"異世界"へと潜っていき、ディアルガ、パルキアの二体もまたその場から飛び立ち始める。

 

「これからの事は、これから考えればいい」

 

 再び重苦しくなる空気の中、そう発言したのは一人の老人だった。その人物を視界に入れた瞬間、ツクシが驚愕の表情を見せる。

 かつてのチョウジジムリーダー"ヤナギ"。そう言って彼は、ぐっすりと眠る現チョウジジムリーダーの前まで来ると、

 

「……本当に立派になった。私はお前を誇らしく思うぞ、クリアよ」

 

 聞こえていない。それは分かっている。だからこそかもしれない。

 素直な言葉を吐露してから、彼は一度だけ少年の髪を優しく撫でる。

 ほんの僅かな短い時間、永遠とも言うべき時間を彷徨った老人はその束の間をしかと心に刻み込んで、

 

「……もうこれで思い残す事は無い」

 

 覚悟を決めた言葉、ヤナギはそう言って、今度はサカキへと向き直り、

 

「サカキ、すまなかっ……」

「よせ。俺も元より、覚悟の上で非道の限りを尽くしてきた」

 

 因果応報。サカキはそう言って、ヤナギの謝罪の言葉を受け取らなかった。

 強さを求めて、悪に手を染めた代償。その報いはいつか必ず受けると、彼もそう心の内では思っていたのだ。

 だから自身だけ、ヤナギに謝罪を求めるわけにはいかない。

 彼は絶対的な強さを求め始めた時点で、あらゆる凶を受け止める覚悟を既に決めていたのである。

 

(……そう。"因果応報"だ。この言葉はいずれ、お前自身も味わう事になるぞ、"カラレス")

 

 苦し気な様子を見せるサカキと、それを心配げな表情で見つめるシルバーやロケット団員たち。

 そんな彼らの心配とは裏腹に、サカキは至って冷静だった。

 病魔に蝕まれた身体でこの場所まで来て、実の息子、果ては世界の為に戦った男は、今際の際に一人の青年を思い浮かべる。

 ただひたすらに強さを求めた、まるでかつての自分と重なる様な青年。

 強くなりたいと願ったかつての少年は、今はもうサカキの手を離れ彼のあずかり知らぬ所で何かをやっているらしい。そんな話は風の噂で聞いていた。

 だがそれも、今となっては最早サカキには関係の無い事である。

 そうして、複数の人々に見守られる中、サカキは静かに目を瞑ろうとした。

 ――その時だった。

 

「サカキ様ぁ!」

「くすり! セレビィの薬です!」

「やっと任務に成功できたー!」

 

 朗報が、幻と共にやってくる。

 彼らは、ケン、リョウ、ハリーと呼ばれるロケット団の中隊長である。

 ロケット団史上最も大きな障害、果ては解散の危機にまで発展する問題は、こうして三人のロケット団員たちの手によって解決へと導かれるのだった。

 

 

 

 セレビィの薬。

 元々サカキは、その薬を求めてウバメの森へ入り、ヤナギやワタルと遭遇していた。

 ジョウトやシンオウ、そして実の息子であるシルバーの危機に、彼はその場を三人の中隊長に任せて後にしていたが、恐らく彼もかの三人が無事に任務を終えて戻ってくるとは予想外の事だったようだ。

 彼らは常に失敗ばかりだった。中隊長とは名ばかりに、下っ端に毛が生えた程度の存在。

 

 どうやらその認識を正す時が来たようだと、サカキは心中考えていたりいなかったり――。

 

「行くぞ、ロケット団を再興する」

 

 そう言った首領の姿は、かつてのものと同様のものだった。

 威厳に満ちた、悪のカリスマ。その姿に、彼らロケット団員たちも心底心打たれただろう。

 そうして別れ際、シルバーを自身の組織に誘ったサカキだったが、

 

「ロケット団は、俺の手で潰す。そしてサカキ、お前を改心させる……!」

 

 シルバーのその答えに、彼はどこか満足げな様子で立ち去った。

 その場にいた全てのロケット団と、気を失ったアポロを連れて、彼らは再び悪事を働くのだろう。

 だが怯える必要はない。

 なぜなら、影ある所には、必ず光が生まれるものだからだ。

 彼らロケット団が現れるところ、必ずその悪を正す者が現れるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、アルセウスを巡る此度の事件は一旦の閉幕となった。

 

「そーだ忘れる所だったぜ。おいクリス、その恰好……」

「そ、そんなこと、今思い出さなくていいから!」

 

 いくつかの不安要素は残るものの。

 それでも、彼らは今までと変わらない日常を過ごしていく。

 

「私はクリアを連れてチョウジへ戻るが、ワタルよ、お前はどうする?」

「私は事件の裏で動いていた"影"が気になるのでそちらの調査を……まずはホカゲに話を聞く所からだな」

 

 少しずつ、変化していく日常を、それでも彼らは変わらず謳歌するのである。

 

 

 

「……ここは?」

 

 そして目が覚めた少年が見たものは、見知った天井。自室の天井である。

 おぼろげな記憶、身体に残る激戦の後、暖かな室内。

 まずは状況を理解する必要がある。

 そう判断した少年は、ゆっくりとした動作でベッドの上から上半身を起こして、

 そして――、

 

 

「フッ、遅い目覚めだな。クリアよ」

「……え? 今の声って……」

 

 少年は一つの再会を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

「……上出来だよ」

 

 どこかの場所で、一人の老婆が声を発した。

 かつてカントー四天王と呼ばれスオウ島での決戦にも参加したトレーナー"キクコ"。彼女は眼前にて綺麗なお辞儀をした弟子の"サキ"に向けて賞賛の言葉を贈る。

 

「とんでもございません。私はただ、任された仕事を行っただけのこと。言われた通り"伝説たち"のデータは採取しました。これでディアルガ、パルキア、ギラティナの三体の居場所は手に取る様に分かります」

「あぁ、これで一番の難題はクリアした。本当によくやったよ」

「ンフフ……これも全て"彼"のお陰です。"彼"が最後まで演技を通しぬいてくれたお陰で、今の結果があるのですから」

「フェフェフェ、そうだったね。確か名を"ラムダ"と言ったかね。あの小僧は」

「えぇ、遺跡からの脱出の際も、彼からの通信があったからこそ、ヤナギやワタル、サカキらの到着前にカラレスを回収できました」

 

 サキがそう言った直後、どこからともなく舌打ちした音が聞こえてくる。

 その舌打ちを、サキは華麗に聞き流してから、

 

「それで、お前の"足"は後どれ程かかる?」

「そうですね……シロガネ山に籠って大体、"一年ほど"、でしょうか。」

「そうかいそうかい、いいよ。万全の状態にして来るんだよサキ。その間に、アタシたちは"三組織"のパイプ生成に専念するとしよう」

「"ロケット"、"ギンガ"、そして"プラネット"……あの男はもう?」

「あぁ、マツブサならもう出ていったよ。暫くは"鎧"の調整とリハビリ、それに構成員を集める事に月日を使うそうだ」

「了承しました。では私は。それと……」

「あぁ、分かってるよ。カラレスの手綱なら、ちゃんと持っているさ」

「……ンフフ。では」

 

 それで彼女らの会話は終了した。

 どこかの場所、どこかの時間に、"運命"は刻一刻とその時を待つ。

 そして、その時は――もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサギシティ。

 その町において、一隻の客船を見上げる二つの影があった。

 一つはシロナと名乗る女性のもの。ごく最近、クロツグと呼ばれるジョウトのフロンティアブレーン、それでいて彼女と故郷を同じにするものと出会い、そして空へと消えていく二つの影を彼女は見た。

 その影響あって、彼女は今から久方ぶりに故郷"シンオウ地方"へ戻る事を決めた。

 今はそのため、出航の時を待っている状態なのである。

 そしてもう一つは、全身を黒で固めた少年のもの。

 年は大体十六、十七程の少年だった、一般的な帽子を被り、サングラスの向こうから客船を見上げている。

 

「ったく、別にサングラスや帽子なんか無くても平気だってのに」

「ダメよ、熱中症になったら大変なんだから」

 

 不満を言って、口を尖らせる少年に軽く注意して、そしてシロナは先導する形で船へと足を運んでいく。

 

「ほら、行くわよトール君」

「あぁ分かったよ、シロナ……姉さん」

 

 そうして、シンオウ地方チャンピオンを姉と呼んだ少年は、軽やかな足取りで船へと乗り込んでいく。

 その先に待つ自身の未来、それを知らない少年は、今はただ平和な今を存分に享受する。

 約一年後、その時に自身を待つ"死"の運命を、少年はまだ知らない。

 

 




 エアスラッシュ! エアスラッシュ! エアスラッシュ!

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