ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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四十四話『ミナモデート』

 

 

 海面から顔を出し、少しずつゆっくりと昇りゆく朝日差す、陸地の最果て海の街、ミナモシティに今日も朝は来る。

 ポケモンコンテストマスターランク会場を筆頭に美術館やデパートといった施設が充実する街、そんな街の一角にある民宿、民宿モナミで彼も今日も目を覚ます。

 

「ふぁぁ……と、そうか、昨日は民宿に泊まったんだったな」

 

 そう言って今だ眠たそうに目を擦る少年はクリア、チョウジジムリーダーにしてポケモン図鑑を持つ図鑑所有者の一人。

 ホウエン地方へ骨休みの旅行へとやって来た彼はまず初めに踏んだホウエンの街の一つ"カイナシティ"でミツルと出会い、海上の町"キナギタウン"でそのミツルと別れ、そして今、ミナモシティについた彼等は民宿に寝泊りしていた。

 ――彼等、彼ともう一人の同行者、金髪のポニーテールを麦藁帽子の下に隠した少女、

 

「おはようクリア、今日はボクの方が早起きだったね」

 

 イエローが襖を開けて寝起きの彼へとそう挨拶する。

 元々ブルーと共に旅をする予定だった――というかブルーから騙されて今この場にいる少女は柔らかな笑顔をクリアへ向け、同じく騙され仲間のクリアもまた僅かに頬を攣らせて応え、

 

「ホント、珍しい事もあるもんだね」

 

 何時もと違う場所で何時もと変わらない挨拶を交わす彼等の日常は、そうして始まるのだった。

 

「おはよう、イエロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、探知機の方はどうなんだいホカゲ?」

 

 ミナモの街の路地裏、日当たりが悪く犯罪の温床とも言えそうなそんな場所で、一人の女性が自身のポケギアへ向けて話しかけていた。

 黒髪の整った顔立ちで、主に左足を中心にロングスカートを切り開いた露出が高い黒の服装、そんな格好でフーセンガムを膨らませながら器用に口を動かして、

 

『あぁ、もうちっと掛かりそうだなこりゃあ、こいつさえ直れば後はすぐなんだけどよ』

「そうかい、それならそれまでの間は、あたしも自分勝手にやらせて貰うとするよ」

『好きにやりゃあいいさ、どうせ頭領(リーダー)もそう言うに決まってるからな』

 

 ポケギアから聞こえてくる若い男の声、長年の腐れ縁とも言える付き合いの長い"ホカゲ"という男の言葉にカガリは一度口に咥えたフーセンガムをパチンと割って、

 

「じゃあ宝珠(たま)探し、あたしの好きにやらせて貰うからね、後で頭領(リーダー)に怒鳴られる事はあってもそれはアンタの役目だよ」

『……おいカガリ、お前今どこにいる?』

「んー? それはねぇ……」

 

 そして再びフーセンガムを膨らませつつ、表通りへと足を運ぼうとする"カガリ"と呼ばれた女性。

 その瞬間、彼女の背後から明らかに目付きの悪い街のゴロツキだと言わんばかりの"暴走族"の男達が数人、下卑た笑みを浮かべて悟られない様彼女へと迫るが、

 

「ミナモシティ……まっ、ここは一つ宝珠(たま)探しのついでにアクア団のアジト捜索でも一緒にやってやろうじゃないのさ」

『オイコラテメェ! さてはこの大事な時に自分一人だけ楽しもうと……』

 

 ポケギアから怒声が聞こえたきたその瞬間、何の躊躇いも無く彼女はポケギアの電源を落とす。

 ――と同時に、手早く自身のボールへと手を伸ばし、数秒後――彼女は何事も無かったかの様にそのまま表通りへと出た。

 いつものマグマ団の赤装束の団服は目立つ為控え、少しだけ質素になった黒の衣服を身に纏って、路地裏に焼け倒れた暴走族達を置き去りにしたまま、彼女は今日も迷いの無い歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どこ行くのクリア?」

「あぁ、まずは忘れない内にデパートに買い足しにでも行こうかなーってね」

 

 ミナモシティの一角を連れ添って歩くのはクリアとイエローの二人。民宿モナミを先程出た二人はこのまま昨夜立てた予定通り一日掛けてミナモシティを観光し、夜にはトクサネシティへと向かう船に乗り、またも再び船の上で夜を明かそうと計画していた。

 と言っても何も彼等二人、船上の夜に病みつきになったとかそういう事は一切無く、彼等がこの計画を立てたたった一つの理由、それは早朝から行われるという"ホエルコウォッチング"という項目、ただそれだけの理由。

 否、この二人から言わせれば、恐らく"ポケモン"という単語が話に絡んでくる時点で"それだけ"という事も無いのだろうが。

 

「うん、分かっ……あ、ちょっと待ってクリア」

「ん?」

 

 そうしてデパートの前までやって来た彼等だが、不意にイエローから静止の言葉をかけられ硬直するクリア。

 そして麦藁帽子を僅かに揺らし、イエローは小走りで彼の視線の先、開いた自動ドアの前へと走り行くと、

 

「あのう、これ落としましたよ」

「うん?……あぁ、これはどうもありがとう"お嬢ちゃん"」

「いえいえ……え?」

 

 スタイルの良い黒髪の女性、その女性が落としたポケギアを拾い手渡すイエローに、女性は礼を言ってポケギアを受け取った。

 そして次に発せられた言葉にイエローは一瞬呆気に取られ、その間に女性は麦藁帽子の少女から目を離すとすぐにデパート内へと消え去る。

 

「なんだ落し物か、それにしても……」

「ク、クリア、今あの女の人ボクの事お嬢ちゃんって……!」

「綺麗な女の人だったなぁ……」

「どこを見ていたのかなクリア?」

 

 それから小一時間、頗る機嫌の悪くなった少女への対応、もといご機嫌取りに一人の少年は追われる事となったのである。

 

 

 

「ねぇイエローさん、私的には美術館なんてつまらないと思うのですが……というかイエローさんもつまんないでしょ」

「もう、何言ってるのクリア? せっかく遠くまで来てるんだから観光しなくちゃ、それにボクだって、たまにはこういう静かな所でのんびりとしたい時だってあるんだよ」

「常時のんびりしてる奴が何を言うか……」

「何か言ったかいクリア?」

「ハハ、まさか」

 

 所変わってミナモ美術館、過去からの遺産とも言うべき絵画や彫刻、古い壁画等も展示されている場所だ。

 デパートでどうにか無事に買い足しを終えた二人は、その後すぐにデパートの隣に位置するこの建物へとやって来ていた。

 来て早々そんな文句を呟くクリアだが、その声はイエローの極めて冷静な言葉に押し黙る。そうする事しか出来ない、主に目の前の少女の静かな怒りを表に出さない為に。

 尤もクリア自身、何故彼女が物静かにだが怒っているのか、最早恒例の如く理解していないのだが。

 

「ふ~ん? まぁいいけど……あ、見てよクリア! 幻のポケモンの絵だって!」

「幻のポケモン?……うん、まぁ見た感じミュウだなこれは、絶滅したって言われてるポケモンだよ」

 

 一枚の壁画の前で足を止め、タイトルと説明文へ目を通す二人の少年少女。

 それは桃の色を大胆に使った頭と瞳が大きな尻尾を持つポケモンの絵、確かに今しがたクリアが言った通り、幻のポケモンミュウの絵でほぼ間違いは無いだろう。

 そして、特に説明文の類を見る様子も無く何気無くそう言ったクリアにイエローは、

 

「あ、相変わらず詳しいんだねクリアは……」

「そうでも無いさ、こんな知識、現実に会ったら途端に意味を無くすよ……っと、向こうにはセレビィの絵もある、懐かしいな」

 

 適当に答えた後、クリアはどこか物寂しそうな表情でそう呟いた。

 セレビィはクリアにとって、少なからず因縁のあるポケモン、彼の師であり仮面の男"ヤナギ"が目指したポケモンであると同時に、そのヤナギを時間の旅へと連れ去った緑の妖精。

 クリア自身、別にその事で、ヤナギが帰って来なかった事で特別セレヴィを恨んでる訳でも無く、ヤナギの様にセレヴィを捕獲しようとも考えてはいない。

 結局はヤナギの自業自得でセレヴィはむしろ被害者の側、それが分かってるからこそ、非力な自分がどうしようもなく小さく思えるのだろう。

 どれだけ新ジムリーダーと、"瞬間氷槍"と持て囃され様とも、"無くしたモノ"を取り戻すだけの力すら、彼の手の中には無い。

 その時不意に、クリアは顔を俯けた。同時に何やら瞳の辺りへと両手を当てて何かを拭う様な仕草を見せている。

 ――そして、その姿を見たイエローは、

 

「……大丈夫だよ」

 

 そんな彼の心境を察したのか、それとも心からの言葉なのか、はたまたそのどちら共なのか。

 その答えは確かでは無いがしかし、クリアの傍で、優しく笑った彼女は続けざまに言う。

 

「もう誰も君の前から消えたりしない……少なくともボクは、クリアの前からいなくなったりしないから」

 

 "ヤナギ"という唯一無二の師、相対し、最後には和解したクリアにとって大切な存在。

 約一年もの付き合い、それはきっと、もしかすると彼女よりも大きくクリアという存在に影響を与えていた人物。

 そんな存在の消失が一体どれ程の苦痛をクリアの精神に与えたのか、それは彼女には分からない。

 だからこそ、分からないからこそ何度でも彼女は言うのだろう、折れてしまいそうなクリアの心を再び蘇らせる様に、イエロー自身の言葉をクリアへと投げかけるのだ。

 

 そしてクリアも、俯きかけていた顔を上げて、

 

 

「えぇと、いきなりどうしたよイエロー?」

 

 

 何時もと変わらない尖った目付きのまま、クリアは少し驚いた様にイエローへと問いた。

 その表情の中にはイエローが予想した哀愁、悲しみの色等一切見られず、あるのは日常的ないつもの彼の姿。

 本来ならば喜ばしい事なのだが、何分彼女は先程自身の心の言葉をオブラートなんてものは投げ捨てながら、そのままの状態でかつ勢いで告げたばかりだ。

 これがもしシリアスな場面ならば感動物として場に馴染むだろうが、残念ながらその可能性は今のクリアの態度からもう既に諦めるしか無い状況である。

 

「……え? あれ、なんで?」

「なんでって、それは俺の台詞だよ、何か唐突に消えたりがどうのって言ってきたりして」

「だ、だって! 今クリアってば目に見えて落ち込んでたじゃない! だからボクは少しでも元気付けようと……」

「ん? いやこれは目にゴミが入ったからさ、取ってた」

 

 あっけらかんと言うクリアだったが、先程自身の心中を吐露したばかりのイエローは堪ったものじゃない。

 今にも顔から火が噴出しそうな程顔を赤くして、自身の言葉を思い返し、そして更に顔の赤みが上昇する。

 

「そ、そんな、じゃあ……今のボクの言葉って……」

「うーん、全部は聞こえなかったけど……まぁでも」

 

 そこで一旦言葉を区切り、頬を欠いたクリアは必死に顔を背けるイエローに向けて白い歯をチラつかせながら言う。

 

「何となく俺の事を心配してくれてるってのは伝わったよ、だから……ありがとうな」

「っ……うん、その……ボクも、ありがとう……」

「アハハ、なーんでお礼言ってるのにお礼言われてんだか! それじゃあそろそろ行こうか、イエロー」

「う、うん! クリア!」

 

 一時は恥ずかしさで死んでしまいそうな程の思いだったイエローだったが、クリアからそれ以上の言及は無かった。

 あくまで普段通り、いつも通りに戻った彼は、先程のやり取りを思い出の中に仕舞った彼女は、クリアとイエローの二人は再び歩幅を合わせ歩き始める。

 そうして美術館の出口へ向けて歩き始めてクリアは、

 

(まっ、本当は全部聞こえてたんだけどね)

 

 隣の少女に悟られない様に、一瞬チロリと舌を出して、クリアは心中そう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 美術館を後にして、マグマ団の幹部"カガリ"は自然とコンテスト会場へと足を運んでいた。

 "三頭火"と呼ばれる、三人のマグマ団幹部の紅一点、カガリ。

 ――そう呼ばれる以前、幾年も昔、まだ彼女が少女と呼ばれる位の時代に、ポケモンコンテストに夢を燃やしていた時代が彼女にはあった。

 同年代の有名な博士の孫という茶髪のロングヘアーの少女と共に競い合い、夢を見ていた時代。眼前で繰り広げられるコンテストバトルを見ていると、その出来事がつい昨日の様に彼女の脳裏に浮かび、そして消えていく様な錯覚に陥る。

 

「ふっ、あたしとした事が何センチになってんだか……」

 

 自嘲気味に呟いて彼女は立ち上がった。

 まだ終了していない、熱気に包まれたメインホールへと背を向け何の迷いも無い足取りで出口へと向かう。

 元々彼女は仕事でこのミナモシティに来ていた、遊びに来ていた訳じゃない、そう自身に言い聞かせ諦めてしまった夢に再度背を向け、そして開閉扉を開き、固く扉を閉ざした。

 

「美術館にそれらしい宝珠(ブツ)は無かったし、結局アクア団のアジトも見つけず仕舞いだった、次はシダケのトンネル辺りを探ってみようかねぇ……ん?」

 

 そうして呟きながら、コンテスト会場から出るべく廊下を歩こうとした直後だった。

 見た事のある黄色の髪、麦藁帽子の少女が彼女の視界に入る。

 どうやら人探しをしているのだろうと一目で分かる彼女の挙動に、カガリは一瞬考え込み、

 

「……まぁ、気分転換には持ってこいって事なのかねぇ」

 

 そう呟いて、麦藁帽子の少女へと歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 ミナモシティポケモンコンテストマスターランク会場のとある廊下で、イエローは自身に近づく気配にゆっくりとした動作で振り返った。

 

「ちょっと、もうコンテストは始まってるよ、何してんだいこんな所で?」

 

 そう声を掛けて来たのは見覚えの有る黒髪の女性、可愛いというより綺麗という言葉が似合う目の前の人物に多少の憧れを感じるイエローだったが、そこでふと、その人物がデパート前で彼女がポケギアを拾ってあげた人物だという事に気づくと、

 

「……あ、貴女はさっきの!」

「あぁあの(デパート)は助かったよ、で……どうしたのさ一人で、彼氏と喧嘩でもしたのかい?」

「か、彼氏ぃ!? ち、違います! ボクとクリアは別にそんなんじゃ……」

 

 否定はしていても、その表情には満更でも無い、という感情が見て取れる。

 そんなイエローの朱色に染まる表情に楽しさを感じ、カガリは意地の悪い笑みを浮かべてから、

 

「へぇークリアってのかい、アンタの彼氏は」

「その、クリアとはお友達というか、でもお友達とは少し違うというか……」

「だったら何だってんだい、友達じゃない? ならやっぱりアンタの彼氏じゃないのさ」

「だ、だから彼氏じゃあぁ……うぅ」

 

 あまり苛め過ぎた様だ、顔を赤くし必死に抵抗を見せるイエローだが、除々にその勢いは弱まっていく。

 自分は彼とは恋仲では無い、だけど頭ごなしに否定も出来ない何故だかしたくない、そもそもどうして自分は彼との事でこんなにも悩んでいるのか――そんな未知の感情が、思考がイエローの中に現れては渦巻き続ける。

 その様子を眺め、そしてカガリは口元のフーセンガムを一度膨らませてから、

 

「はぁ……だったら質問の仕方を変えるよ、アンタにとってそのクリアって男は何なんだい?」

 

 ため息を一つ吐いて、カガリは真剣な声色でイエローへと聞いた。

 何故カガリがここまで目の前の少女に入れ込んでいるのか、それは目の前の少女のあまりにもどっちつかずな態度に若干の苛立ちを覚えたからだろうか。

 恐らくそれもあるだろう、言いたい事を躊躇い無く言うカガリと、自身の意見すらも他人の為に飲み込んでしまうイエローとでは、まずその性格からして正反対、カガリが苛立つのも仕方が無い。

 だがそれと同時に、何故だかカガリは目の前の少女が放って置けなくなったのだ。最初は唯の気分転換程度の気持ちで話しかけていたのだが、気づくと彼女を叱咤している自分に気づき、しかしそれを止め様とは思えない。

 そしてそのままカガリはイエローを見据えて、

 

「ボクにとって……?」

「そうさ、アンタはそのクリアって男の事が好きなんだろ?」

「なっ、ち……!」

「"違う"……ほら、はっきりと言ってみな」

「ち、ちがっ……」

「はい駄目、全然駄目だ、そんなんじゃ何時まで経ってもアンタ自身の気持ちに気づけないよ」

 

 どこまでも曖昧なイエローの態度、だがそれでもはっきりとした"否定"の言葉は出す気配が無い。

 その事からカガリは今の目の前の少女の、イエローの"本物の感情"を彼女は一人感じ取る。

 イエローの性別を一目で言い当てる程の洞察力、そして何より彼女の"女の勘"と言われるもので、イエロー自身すらまだ気づいていないその大きな感情の一片を。

 

「……ボクの、気持ち……?」

「あぁそうだ、アンタが今も心の内に持ってる本当の気持ち……言っておくが"分からない"なんて言って逃げるのは反則だよ、その言葉は"否定"してる事と同じだからね」

「ボクは……」

 

 不意に麦藁帽子を取るイエロー、直後現れる長いポニーテール。

 その事に少しだけ驚きの色を表情に浮かべながらも、カガリは次の言葉を待つ。

 必死に振り絞ろうとするその彼女の感情の一片を――始めは唯茶化していただけで、それから除々にお節介と分かってながらも、カガリ自身も気づけない何とも言えないモヤモヤ感、それを払拭する為、目の前の少女の背中をカガリは後押して――、

 

 

 

「あ、いたいた、おーいイエロー!」

「……クリア」

「ッチ、邪魔が来たね」

 

 遠くの廊下から声を発し、駆け足で此方へ向かってくる少年、顔は見えないが今のイエローの言葉からその少年が件の少年だという事が分かった。

 イエローの不明な感情、その正体の発生原因となっている少年。

 

「それじゃあアンタの"連れ"も戻って来た事だし、あたしも色々と忙しい身だから退散するとしようかね」

「あ、あの、ボクは……!」

「そんな急ごしらえな答えなんていらないよ、決めるならもっと考えて、悩み抜いてから決める事だ」

 

 言ってカガリは、もう用は済んだと言わんばかりにイエローに背を向けた。

 そして、去り間際、半分だけ表情を覗かせてカガリは、

 

「全く、アンタも変に真面目な奴だな、見ず知らずのあたしの言う事なんて無視してしまえばいいものを」

「……出来ませんでした、貴女の言葉は、それはきっとボクの為になる言葉だと……そう思ったものですから」

 

 会話を始めて、ずっと思ってきた言葉を口に出したカガリだったが、その言葉は即座にイエローに否定される。

 カガリとイエローはほぼ初対面同士、相手の事も良く知らない、そんな浅い関係なのに、イエローはカガリに恐らくブルーやクリスに相談する以上の案件を話していた。

 クリアと自身の関係について、一歩踏み出せばそれまでとは全く違う日常が訪れる、言わばパンドラの箱。それも自身が抱える感情の正体にすら気づいていないイエローが、だ。

 だが何故なのか、見抜かれたから仕方なくかは分からないが、それでもイエローはカガリの言葉で決心を固めたのだった。

 ――自身がずっと抱えてきた感情、その感情の正体を見つける決心を、勇気を。

 そうしてイエローは、駆け寄ってくるクリアとは反対側の通路から外へと出ようとするカガリに最後にもう一度声を掛ける。

 

「あの、ボクはイエロー、イエロー・デ・トキワグローブです! 貴女の名前は!?」

「……あたしはカガリだ……ふっ、こうして自己紹介も終えたんだ、次会う時には答えを聞かせて貰うよ?」

「は、はい!」

 

 それで彼女等の会話は終わった。カガリは出口から外へと出て、入れ替わる様にクリアがイエローの傍まで駆け寄る。

 

「いやー探したよイエロー、まさか人混みに紛れて迷子になるなんて……ってどうしたんだ?」

「何でも……無いよっ!」

 

 カガリが去った後、麦藁帽子を深く被って出来る限りクリアの顔を見ない様にしていた少女の姿が、そこにはあった。

 カガリが見たら最早呆れの言葉すら出なさそうな状況だが、

 

「そういやさっきの女の人、デパートの所で会った人だよな、知り合い?」

「う、ううん、何でも無いよ、ちょっと今さっき知り合っただけだから!」

「?……そ、まぁいいや、じゃあ行こうか、コンテストはまだ終わっていないんだし」

「……うん」

 

 そう言って、手を差し伸べたクリアだったが、イエローはその手を無視して彼の先を行く。

 いつもなら手を握り返してくる場面で多少の疑問を持つクリアだったが、思い返せば確かにそれは木っ端恥ずかしい行い、彼自身も少しだけ顔を火照らせながら肩を竦め、そして続く様にイエローの後ろを歩くのだった。

 顔を赤くして、少しだけ目を潤ませた、そんな少女の後ろ姿を眺めながら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミナモシティ郊外、コンテスト会場から出たカガリは先程とは打って変わって赤を基調とした服装に身を包んでいた。

 今ではすっかりホウエンの一般家庭にも浸透し始めた赤装束、アクア団総帥(リーダー)アオギリの策略で少しずつ派手な動きを封じられつつあった彼女等だったが、彼女――カガリはそんな事は気にしない。

 精神攻撃を得意とするホカゲや、煙による睡眠攻撃を仕掛けるホムラと違ってカガリの戦術は焼いて焼いて焼き尽くす、唯ひたすらに圧倒的火力で迫るスタンス、それが彼女であり、カガリという女性の特徴でもあった。

 ――優しさの象徴の様な"回復"の能力を持つイエローとは、全く逆の戦い方、性格――そんな彼女だからこそ、もしかするとイエローとカガリは気があったのかもしれない。

 尤もそれが良い事なのかどうかは、判断しかねる所だろう。理由は矢張り、ただ一つ――、

 

「それじゃあまずはシダケで、派手にやっちまおうかい……!」

 

 暴力性の強い笑みを浮かべた彼女が悪の組織の幹部、マグマ団のカガリという事実に他ならない――。

 

 




もう恋愛タグの?は抜かさないと詐欺な気がするので抜かします。

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