ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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三十四話『最終決戦Ⅳ』

 

 

 スオウ島での決戦から約一年、その間に彼等は群れを率いる長となっていた。

 

 決戦直後に"おや"と別れた"ねぎま"は、合流した群れの中ですぐに頭角を現し瞬く間に群れの長となって、この三十三番道路を拠点に活動していた。

 そんな折、彼の元に近くで妙な人間同士が戦闘していると仲間から情報が入る。

 例え仲間が捕獲されても、捕獲された仲間が幸せそうならひっそりと住処を変えて、極力人間とは関わらない生き方をして来た彼である。

 その時もすぐにそんな情報は無視しようと一瞬思った彼だったのだが、しかし人間達が争っているという場所は彼等の住処のすぐ近く、万が一にも火の粉が飛んでこないとは限らない。

 従って、様子見程度に仲間とその場所を訪れた彼の眼に飛び込んで来たのは――約一年振りの再会となった、友達(にんげん)の顔だった。

 

 極最近"おや"から離れ、仲間達と共にヤドンの井戸やヒワダタウンを自由に闊歩し、のんびりと暮らしていた"ヤドンさん"。

 つい三日程前の事、何の因果か、はたまた長の印として頭に被っていた"おうじゃのしるし"の影響か、突然ヤドキングへと進化した彼だったが、それでも矢張り彼の生活は変わらない。

 寝て食べてまた寝る、時々遊ぶ。そんな自堕落かつ快適な生活を送っていた彼だったが、彼は、彼等ヤドン達は見た――ウバメの森上空を飛ぶ伝説の五匹の鳥を。

 ウバメの森はヒワダタウンの真横に位置していて、その森で、彼等の目と鼻の先でそんな伝説級のドンパチをやられていたら、せっかくの彼らの憩いの場であるヒワダタウンにも何らかの被害があるかもしれない。

 そう考えた彼等は、此方もまた様子見がてら森へと入って――そして彼は見た、約一年前の決戦で一緒に戦った少女を、今正に窮地に陥っていたイエローを。

 

 ――そうして、

 

「……ねぎま?」

「……ヤドンさん?」

 

 彼等は再び彼等の前に現れた。

 今度はクリアという少年の手持ち等では無く、彼の指示無しに野生の状態で、彼等は彼等の戦う理由から。

 そしてなにより、クリアという少年とイエローという少女を救うべく、彼等二匹もまた、巨大な悪に立ち向かう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デリバードが放った氷攻撃で所々点々と氷付けになっている三十三番道路、その場所でクリアは仮面の男、ヤナギと再度対峙し、そしてまた敗北した。

 絶対優勢の状況からの逆転敗北、更には最後のキーアイテムの"時間を捕えるモンスターボール"を完成させたヤナギを取り逃がす形に終わって、後に残されたのはデリバードとイノムーという二匹のポケモン。

 Pは倒れ、エースもゴールドを逃がす為に今は手元を離れ、残ったレヴィの体力も真っ赤な状態。

 唯一まともに戦えるVでも、流石にデリバードとイノムーの二匹を相手取るのはキツイと考えたクリアは、せめてゴールドへと攻撃の矛先が向かぬ様にデリバード達の攻撃の囮になろうと考えたのだったが、すぐに彼は追い詰められてしまった。

 

 そんな絶体絶命のピンチを、コンマ一秒の差で救ったポケモンは――。

 

「……ははっ、全く、相も変わらずナンバーワンの意外性だなお前は……いいのか、お前は今俺の手持ちじゃないんだぞ、そんな状態で仲間を危険に晒すというのか?」

 

 そう彼に問いたクリアに、変わらぬ笑顔でネギ(クキ)を振って答え、そして意表をつかれた攻撃に、思わず飛ばされてしまった二匹の氷ポケモン達の方を向き、その方向へ自身の得物を構えた。

 同時に、彼が纏める二十数羽のカモネギ達もねぎまの意思に従う。

 彼等はある者はねぎまの様に得物となるネギ《クキ》を、鋭い視線を、翼を広げたり等して二匹の氷ポケモン達に向けて威圧する。

 そしてそれで――ねぎまの行動は決まった。

 反対する者は誰もいない、いるはずも無い――今から彼らは、カモネギ達はリーダーたるねぎまの為に力を振るう。

 

「……分かったよ、俺もこう見えて結構ピンチだったんだ、力を借りるぞねぎま、それにねぎまの仲間達」

 

 一時的に手持ちに加わったねぎまの技を図鑑で確認しながら言ったクリアの、嬉しそうな声を聞いて一斉にねぎま達カモネギの軍団がデリバードとイノムーの二匹に飛び掛り、そして二匹の氷ポケモンもそれに応戦する。

 数の上では圧倒的、しかしタイプ相性と個別の力では圧倒的にデリバードとイノムーに分がある。

 差し引いて五分五分、普通に戦えばどちらが勝つかの判断はし辛い事だが、しかしクリアは微笑を浮かべて、勝利を確信した声でねぎまへの指示を出した。

 

「いくぜ……ねぎまはデリバードとの一騎打ち、他の奴等はイノムーに集団でかかれ!」

 

 クリアの支持はねぎまへと伝わり、ねぎまの指示は他のカモネギ達へと伝わって、勝つ為の作戦が展開される。

 トレーナーの有無、相手は飛行ポケモン、そんなどこか懐かしいデジャブに、初めて出会った時の映像が一人と一匹の脳裏に浮かび上がりそして、ただ一人だけねぎまに指示が出せるトレーナーは、今一度ただ一人からの指示しか受けないポケモンとタッグを組んで。

 そして彼等ねぎまの仲間のカモネギ達は、彼等のリーダーとその旧友の為に全力を注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ! このヤドンの群れは!?」

 

 三匹ずつのペルシアンとヘルガー、それにデルビルの一匹を加えた計七匹のポケモン、その軍団を指揮するロケット団残党達の幹部にして、仮面の男直属の部下、シャムとカーツは目に見える焦りと動揺を隠せずにいた。

 理由は明白、今しがた彼等に攻撃を加えたヤドン達の群れ、そして彼等に挑む様な視線を向ける、イエローの傍に立つヤドキング。

 何故野生の彼等が、ヒワダもしくは井戸にいるはずの彼等が、そして何故彼等が自分達の標的を――数々の疑問が生まれては、消化されないまま混乱だけを頭に残していく。

 ヤドン達の数は二十弱程、決して多い数では無いが、今の彼等には下っ端達のサポートは無い。手負いの子供一人に人員を裂くのも無駄だと彼等が連れて来なかったからだ――だからこそ、その数のヤドン達は彼等にとってとてつもない脅威となる。

 

(クソッ! 想定外だぞこんな事は……! 何故奴等はあのガキの味方をするんだ!? 見た所あいつの手持ちでも無い様だし……)

 

 そう思案するカーツだが、イエローとヤドン達の長、通称ヤドンさんと呼ばれるヤドキングの関連性を彼は知らない。

 かつてのスオウ島での四天王との決戦や、クリアという共通項を持ち、当然彼女とヤドンさん同士も友人同士。

 それだけで、ヤドンさんには十分な戦う理由になるのだ。

 

 

「君は、ヤドンさん……なんだよね、本当に……」

 

 そう呟いて、イエローは不意にヤドンさんの記憶を、心を読み取った。

 "癒す者"、そうオーキド博士から評される彼女が持つトキワの森の特別な能力。

 ポケモンの治癒と、心を読み取る力を使って、彼女はヤドンさんに手を翳し、ヤドンさんも無言の了承なのか特に抵抗の意を示さない。

 

 ――程なくして、戦闘中であるという事からおよそ数秒間だけ記憶の表層部分のみを読み取ったイエローは、

 

「……そうなんだね、ヤドンさん……君はクリアと別れて……今はヒワダ近辺で暮らしてるんだ」

 

 そう納得の声を出したイエローに、ヤドンさんは一声だけで返答する。

 イエローが読んだのはヤドンさんとクリアの別れの時の記憶、ロケット団残党との戦闘後、お互いに少しだけ寂しそうな素振りを見せた後すぐにそれぞれの道を歩んだ一人と一匹。

 その時のヤドンさんは少しだけクリアに似た態度をとっていて、そして今彼はイエローを守る為に群れを率いてロケット団残党幹部の二人、シャム、カーツと対峙している。

 ポケモンはトレーナーに似る、もしかしたらこの言葉も、あながち間違っていないのかもしれない。

 

 

「ッチ、だがしかし、我々もあの方の為にあの二枚の羽を葬る必要があるのだ! カーツ、例の作戦で行くぞ!」

「……あ、あぁ分かった! ヘルガー"ほえる"だ!」

「ペルシアンもやれ!」

 

 眼前に広がるヤドンの群れとそれを率いるヤドキング(ヤドンさん)

 戦況は明らかにシャムとカーツに不利な状況だったが、だが彼等とてたったそれだけの理由でイエローの帽子の羽を諦める訳にはいかない。

 もしかするとその羽が、彼等のボスである仮面の男、ヤナギの目的を邪魔する最後のピースになるかもしれない、その可能性を秘めているからだ。

 時空の狭間に行く為の絶対必須のアイテムが、このまま敵対勢力の手にある事がどれだけ不味い事か、それが分からないシャムとカーツでは無い。

 

 そして彼等のポケモン達、ヘルガーとペルシアンの計六匹が一斉に"ほえる"。

 本来逃走用の補助技である"ほえる"だが、相手の戦意を奪うその技はシャムやカーツの様な訓練された実力者が使う事によって、更にその効力を高める。

 戦闘意欲が高ければ高い程、その気持ちに反して動こうとする意志そ削り取り、体の自由を奪う技術、元々は仮面の男ヤナギの技術だ。

 

「フフフ、これでヤドン達の動きは封じた! "戦おう"とすればする程戦意を奪う技だ! よって状況はまた振り出し……に……」

 

 "ほえる"の成功に、動揺していたシャムの表情に余裕の微笑が戻り、彼女は再度イエローの帽子を狙おうと足を一歩踏み出そうとした、その瞬間――彼女の言葉は不意に途切れる。

 同時にカーツもまた驚愕の表情を浮かべヤドン達の方を見た。

 それは何故か――何故なら動きを封じたと思った相手が、それで無力化したと思っていた相手の軍団が平然とした様子で彼等に向かって歩いてきているからだ――。

 

「な、何故だ!? 確かに"ほえる"の効力は受けているはず……」

 

 彼女がそう驚きの声を上げるのも、カーツが言葉を失ってしまうのも納得出来る。

 彼等が会場で戦った二人の少年少女、図鑑所有者ゴールドとクリスにも先の"ほえる"の技は有効であって、この技術は戦おうとするポケモン、人間全てに有効な戦術だ。

 明確な戦う意思を持った者に対してはこれ以上無い程有効な戦術――にも関わらず、現実としてヤドンの軍団は今も尚カーツとシャムの両名へと迫っている。

 

「……貴方達は一つ大きな勘違いをしている」

「勘違い……だと?」

 

 驚愕する二人のロケット団幹部に、イエローは静かに言った。

 歩みを進めるヤドン達を見つめながら、"ほえる"の効力で動けない身ながらも、それでいて勝利を確信した瞳を真っ直ぐと彼等二人に向けながら。

 真横で全く微動だにしないヤドンさんを一度だけ横目で見て。

 

「……はい、多分今のヤドン達に……戦う意思なんて無い。だから貴方達の技はあの子達には効きません!」

「戦う意思が無いだと!? そんな事が……っ、いや、まさか……!」

 

 言い返そうとしたカーツだが、そこでハッとしてヤドン達を見る。

 のんびりとした足取りで、しかし"ほえる"の効力を完全に撥ね退けて歩き来るヤドン達。

 その常時と全く変わらない"何も理解していなさそう"な無表情から、カーツは、続くシャムも同時にその事に気づく。

 

「まさか……"ドわすれ"か!」

 

 そう叫んだシャムの言葉通り、ヤドン達は皆一斉に"ドわすれ"を使って歩みを進めていた。

 戦う意思が邪魔になるというのなら、戦う理由を一旦忘れて、ただヤドンさんの指示の下訳も分からずヤドン達は前進していただけなのだ。

 だからヤドン達だけ動けて、イエローとヤドンさんは動けなかった。

 明確な戦う理由がある一人と一匹だからこそ、"ほえる"の効力下に置かれ、実は自信に満ち溢れていた彼女等は何の抵抗も出来ない状態にあったのだ。

 今襲われれば一溜まりも無いイエローとヤドンさん、だが逆に、今現在"ほえる"を使っているヘルガーとペルシアンはその他の攻撃行動の一切がとれず、加えて流石にデルビル一匹じゃヤドンの群れは突破出来ない。

 後は技の有効範囲に入ったら、ヤドンさんの指示で何も分かって無い状態のヤドン達が"みずでっぽう"をすれば終わり――身動きを封じられながらもイエローとヤドンさんはそうして自由に動けるシャムとカーツを追い詰めていたのだ。

 

「っく、"ほえる"を解け!」

「ヘルガーも解くんだ!」

 

 当然彼等は今すぐに"ほえる"を解く選択を取る、そうしなければ無数のヤドン達の攻撃が飛んで来るから。

 もしこのまま"ほえる"を続けるとなると、技の継続で抵抗が出来ないペルシアンとヘルガー、それにデルビルじゃ防ぐ手立てが無い。だからこそこうして、一旦"ほえる"を解く必要があった。

 迫り来るヤドン達に対抗する為に、例え一度身動きを封じたイエローとヤドンさんの拘束を解く事になったとしても。

 

 だが彼等は知らなかったのだ。

 ――"ほえる"を解くという事は同時に、真に恐ろしい敵の解放を意味するという事を。

 その群れのボスにして、滅多に表に現さない戦う意思を、少しだけ目を尖らせたヤドンさんの力を――彼等はただ知らなかっただけなのだ。

 

 

 

「"ほえる"が解けた! ヤドンさん!」

 

 痺れる様な体の硬直が消えて、イエローはヤドンさんの方を向いた。

 イエローがヤドンさんに目をやった時には、彼女の眼前にはシャムとカーツを睨むヤドンさんがいて。

 彼女自身、そんなヤドンさんを見るのは、ここまで感情を露にしているヤドンさんを見るのは初めてであって。

 そして同時に、この時初めて彼女は一年前とは比べ物にならないその力を目の当たりにする。

 

「……やー!」

 

 ――次の瞬間。

 ヤドンさんの強大な"サイコキネシス"が、友人を傷つけられた彼の怒りが抵抗出来ない程の巨大な力の波となって、ペルシアンを襲いヘルガーを巻き込んでそして、シャムとカーツの両名をもその力で吹き飛ばす。

 木々が少しだけざわめき、周囲のヤドン達は惚けた様な顔でその様子を眺め、そして二人のロケット団残党幹部達の意識の途切れと共に。

 そうしてあまりにもあっさりと、圧倒的な力を以ってしてその戦いは終幕を迎る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十三番道路上空で、二匹の鳥ポケモン達が宙を舞っていた。

 ネギ(クキ)を咥えたねぎまと、プレゼント袋を咥えたデリバードが、両者共一歩も引かずに鬩ぎ合っているのだ。

 速さで勝るねぎまと、相性で勝るデリバード。激突は一進一退の攻防、ねぎまが速さでかく乱しながらデリバードの隙を突こうとするが、相手は仮にもヤナギのナンバー2とも言えるデリバードだ、そう簡単にはいくはずも無い。

 いざデリバードの傍へ近づこうとすると、デリバードは氷の壁を周囲へと張りトラップを仕掛け、ねぎまの速度を実質自分と同じレベルへと落としている。

 いくらねぎまと言えど、突如として現れる氷の壁を避けてかつデリバードへ決定打を与えるのは難しいらしく、攻めあぐねている。

 

 だが一方で、地上で戦う他のカモネギ達は優位を保っていた。

 流石に数で勝っているのが大きいのだろう、上空からの奇襲、地道ながら確実な戦法でカモネギ達は攻める。

 複数でイノムーへと接近し、ヒット&アウェイの要領で小さな攻撃をイノムーへとし掛ける。

 当然それで倒れるイノムーでは無いが、それを何度も何度も何度も繰り返して、確実なダメージを負わせているのだ。

 大体三、四匹でイノムーへと向かい、その部隊が撤退したら次のカモネギが、そしてまた次のカモネギが――という風に、一切の休みをイノムーに与えない様に攻撃をカモネギ達は繰り返していた。

 大方ねぎまが群れの仲間達に仕込んだのだろう、流石はクリアの元手持ちといった所か、伊達にいくつもの修羅場を潜ってきただけの事はある。

 

(イノムー戦は何の問題も無いな……となるとやっぱねぎまとデリバード、実力的には互角の様だけど……ん?)

 

 傍から見ても最早カモネギ達とイノムーの戦いは時間の問題、そう判断したクリアはすぐにねぎまとデリバードの方へと目をやり、次に図鑑へと目を落としたクリアの視線の先で、

 

(これは……俺の知らない技、別れた後に覚えたのか?)

 

 図鑑に浮かび上がったねぎまの技、その中の一つに覚えさせた覚えの無い技を見つけて、そして再度クリアは上空のねぎまとデリバードへと視線を戻す。

 

(このまま勝負が長引けば、それはヤナギの目的の成就にも繋がって結局は俺達の負けとなる……なら今すぐにでも、ここは勝負を急いだ方が得策か)

 

 そう判断して、クリアはすぐさまボールからポケモンを一体外に出した。

 普段から傷だらけで、更に今はもう体力の限界値が近いレヴィを、外に出してクリアは言う。

 

「悪いなレヴィ、もうお前も限界近いだろうけど、最後のもう一仕事頼めるか?」

 

 そうレヴィに言ったクリアに対し、レヴィは何も言わずに上空のデリバードへと目をやった。

 どうやら状況は理解しているらしい、そしてデリバードに対し見せるその闘争心を了承の意と受け取ったクリアは、

 

「サンキュ、レヴィ……ねぎまぁ!」

 

 短く礼を言って、クリアはねぎまへと呼びかける。

 今から行う作戦は残り少ないレヴィの体力を更に酷使し、そして恐らくレヴィのヒットポイントが確実にゼロになるであろう作戦だった。

 本来ならばクリアもこんな策には気乗りしないのだが今は非常時、呑気に別の作戦を考えている時間も無く、適任となりそうな別ポケモンも存在しない。

 そして呼びかけられたねぎまもすぐにクリアの下へと下降し、デリバードもそれを追ってきた。

 

「よし、すれ違い様だぞレヴィ、その瞬間を狙え」

 

 コクリと彼の触手が頷くのを見て、準備は整った。

 十数メートル離れた上方からねぎまは勢いよくクリアへと下降し、デリバードも下降するねぎまを追いながら、尚も攻撃を繰り出す。

 氷の塊の様なものがねぎまを襲い、ねぎまはそれを避けて避けて、何度か"いあいぎり"で氷の塊を一刀両断する。

 そうして、何とか無事にねぎまはクリア達の下へとたどり着き――通過して、

 

「今だ、レヴィ!」

 

 それを追ってきたデリバードが彼等に近づいた瞬間、レヴィの"まきつく"がデリバードへと伸びた。

 纏わりつく様に無数の触手がデリバードへと絡みつき、その動きを封じる。

 それを見届ける間も無く、クリアはすぐにねぎまへと技の指示出した。

 

「よしっ、今だねぎま、"ゴッドバード"!」

 

 言って、ねぎまもすぐにクリアの指示に従う。

 レヴィに絡まれ身動きを封じられたデリバードを上空で見下ろすねぎまの体から少しずつ蒸気が上がりだし、技の準備へと入った。

 "ゴッドバード"、一旦動きを止めて力を溜めなければならないその技を確実に成功させる為、力を溜めている最中にねぎまがやられない様に、クリアはレヴィにデリバードの身動きを封じさせたのだ。

 それはクリアの手持ち一の耐久力を持ち、相手を拘束するのに適した無数の触手を持つレヴィだからこそ為せる作戦――。

 

 ――だがしかし、レヴィにはリーグ会場でのホウオウ、ルギアとの戦いの傷も残っている。

 

 忘れてはいけないその事実を再認識させる様に、レヴィの体が不意に崩れ落ちた。

 いくら触手に体を絡められたからといって、それで"ほえる"の様に戦力を削られる訳では無い、従ってレヴィは至近距離からのデリバードの攻撃を受けてしまう事になる。

 もしレヴィの体力が満タンだったなら、この作戦は最後まで成功していたのだろう、いやむしろそんな状態で数秒間もデリバードの攻撃に耐えたレヴィを褒めるべきなのか。

 

「っ、ねぎま!」

 

 そしてデリバードは傍に立つクリアには目も暮れず、再度ねぎまへと向かっていく。

 クリアもすぐにねぎまへと呼びかけるが、だが今だねぎまの準備は出来ていなかったらしい。

 タラリと、額に冷や汗を一つ浮かべ、その瞬間ねぎまの冷や汗が凍りつき――、

 

「避けろぉ! ねぎまぁ!」

 

 言った瞬間、その寸前で。

 恐ろしい程の寒風が氷の飛礫を纏わせてねぎまへと襲い掛かる。

 そしてクリアの目の前で、デリバードの"ふぶき"がねぎまへと直撃するのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった、のか?」

 

 小声でそう自問自答したイエローに、ヤドンさんは小さく頷いて答える。

 彼女等の前には無数のヘルガーとペルシアンそれにデルビルと、シャムとカーツと名乗った二人のロケット団残党幹部が意識を手放し倒れていた。

 そしてその周囲にはヤドンさんの仲間のヤドン達がいて、敵を退き安心したのか思わずイエローはペタンとその場に座り込んで、

 

「……助かったよ、ありがとうヤドンさん」

 

 イエローがそう礼を言うと、ヤドンさんは薄く微笑を浮かべて彼女へと手を貸した。

 ――実際には念力で彼女の体を浮かし、その小柄な体を自身の肩へと乗せる。

 

「あ、あはは……ゴメンねヤドンさん、ボクが満足に歩けないから肩まで貸して貰って」

 

 痛みこそ最初に比べて引いているものの、それでもペルシアンの"ひっかく"を受けた彼女の足はまだ力を込めると激痛が走ってくるものだった。

 それを見越したのだろう、ヤドンさんは何も言わずに彼女のサポートへと徹し、イエローも再度礼を言って少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

 イエローとヤドンさんの再会は実に約一年振り。

 彼女もヤドンさんに、その一年間の間何があったのか、クリアの様子がどうだったのか等の事柄をヤドンさんに今すぐにでも聞きたかっただろう。

 だが今はまだそれ所じゃない、例え目の前の敵を倒したとしても、リーグ会場から始まったヤナギとの最終決戦にはまだ勝負はついていないのだ。

 彼女自身、今起こっている戦いの概要を半分も理解していない、しかしだからと言って、目の前の戦いを無視する理由にはならない。

 そしてそれは、ヤドンさんも同意だ。

 

「ヤドンさん、ボク達もレッドさん達の所へ! この戦いを止める為に!」

 

 そう言ったイエローの声にヤドンさんは了承の声を出して答えた。

 元々偵察程度の理由でやって来たこのウバメの森だが、ここまで来ると彼等もまた当事者であると考えたのだろう。

 上空で繰り広げられる戦いへと、まだ満足に動けないイエローとヤドンさんより先駆けてヤドン達はホウオウとルギアへと向かう。

 ――イエローの"戦いを止めたい"という思いを受けて。

 

 

 そしてそれとほぼ同時に、ヒワダタウンのポケモンセンターの転送マシンからウバメの森へと進行する大量のポケモン達の姿があった。

 次々と各地のトレーナー達から送られてくる彼等のポケモン達もまた、イエローの思いを受けたヤドン達と同じく、ホウオウとルギアへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂だけが残った。

 コンマ数秒以下の駆け引き、レヴィの拘束を解いたデリバードがねぎまへと向かい、ねぎまも必死な思いで"ゴッドバード"の準備を進める。

 技の有効範囲に入り、自慢の"ふぶき"ねぎまへと放つデリバード、その瞬間にピクリと羽を震わすねぎま。

 だが速かったのは――デリバードだった。

 ねぎまが回避行動を取る直前で、デリバードの"ふぶき"がねぎまへと直撃したのだ。

 飛行タイプと氷タイプと技の相性から見ても、同時に今の"ふぶき"の威力を見ても、ねぎまが唯で済む訳が無いのは明白だ。

 いやそれ以上に、最悪ねぎまの体力が一気に持っていかれた可能性だって――。

 

 静寂はほんの一瞬だった。

 冷気の煙が宙に残留し、ねぎまとデリバードの二匹の姿を完全に隠す。

 だからクリアはすぐに勝負の行方を知る事は出来なかった、出来るのはただ祈る事のみ。

 せめてその煙の中からねぎまが力無く落下して来ない様に、そう祈って眺める事しか出来なかった。

 

 そして静寂は破られて――傷だらけの体と、片方の翼を完全に凍結されたねぎまは、

 

「クェェェェエッ!!」

 

 雄叫びと共に煙の中から姿を現しそして、"ゴッドバード"でデリバードを地面へと叩きつけるのだった。

 

 


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