少年、クリアがポケモンの世界に来て半年が過ぎた。
「P、"たたきつける"! Vは"でんこうせっか"! エースは"ひのこ"!」
マサラタウン、前回ポケモンリーグベスト3全員の出身地でもあるこの場所で、クリアは今日もポケモン特訓に励んでいた。
この半年間、オーキド博士の研究や仕事を手伝う傍らこうして自身のポケモン達の訓練もかかさずやって来たのである。
せっかく持っているポケモンだ、しかもこの世界にもロケット団の様な悪のポケモン使い達も無数にいる、そんな奴等と遭遇した時の為にポケモンを鍛えておく事は別に悪い事では無いのだ。
そしてクリアの指令どおり、
そして
「っま、こんなもんだろ……んじゃ仕上げだ、三匹共!」
そう言ったクリアはゆったりと構え、呼ばれた三匹のポケモン達もクリアの方を向いた。
一匹と三匹は一瞬だけ身動きを止め、一陣の風が通り抜ける。
そして、風が止んだ瞬間、三匹が三匹動いた。
まずVの"でんこうせっか"勢いよくクリア目掛けて繰り出される、その素早い動きでクリアの視線を左右にゆさぶり近づいて、思い切り突撃する。
――が、クリアはこれを間一髪のとこで避けた――後すぐに頭上から"たたきつける"を行ったPが降ってくる。
クリアは倒れ込む様に転がって近場の石を一つ、P目掛けて投げた、当然Pはこの投石の対応に追われ技を石を弾く事に使う。
だがクリアが転がった先には大きく口を開けたエースの姿、エースはクリア目掛けて"ひのこ"を飛ばす。
「っ!」
ここで一瞬、右と左と後ろ、どちらへ逃げるかクリアは迷いそうになるが、すぐにクリアは判断した。
右足に力を入れ、踏み切ってエース目掛けて駆け出した。
"ひのこ"の一つがクリアの右頬を霞め、そのままクリアはエースの頭上へとジャンプする、追うようにクリアを追う"ひのこ"。
そしてエースの背後を取った瞬間、
「……終了、かな」
いつでも技を繰り出せる形を取ってクリアのすぐ近くに身構えたPとVを尻目に見て、クリアは涼しげな表情で呟くのだった。
前述の通り、クリアがこの世界に来て半年程が過ぎた。
最初こそ慣れない世界観に右も左も分からない状態のクリアだったが、それもほんの一週間で克服した。
オーキド研究所でそこそこ安定した生活を送っていた彼は、オーキド博士の研究の手伝いをし、合間でポケモンの特訓という生活をここ四ヶ月程ずっと続けていたのだ。
彼もゆくゆくは元の世界に戻る為の旅をすぐにでも始めるつもりだったのだが、その前準備の特訓を続けているうちに今の安定した生活に満足してしまっていたのである。
「さてと、そろそろ研究所につくぞヤロー共、まずは帰ってから飯にでもすっか!」
笑顔でそう言ったクリアに、元気よく返事をするのはVとP、エースはいつも通りの素っ気無い態度だが、クリアにはエースがいつもより少し上機嫌なのが一目で分かった。
クリアがこのポケモン達にニックネームをつけたのはつい最近の事だった。
オーキド博士から「そう言えばクリア、このポケモン達にニックネームはつけないのか?」なんて言われたのが切欠である。
――と言ってもあまり悩まず考えず、その場の発想でクリアはこの三匹のニックネームを付けてしまった訳だが――。
ピカチュウの頭文字からとって"P"、イーブイのブイからとって"V"、手持ちの中でも一番の実力者であるリザードは"エース"。
まぁポケモン達も悪くは思っていない様なのでオーキド博士も何も言わなかったのだが。
「……あ、研究所が見えて……ってあれ?」
いざ研究所が目の前まで来てクリアは違和感に気づく。
研究所の中から人の気配がしないのだ。
(今の時間なら、博士がいつも図鑑のバージョンアップ作業中のはずだったはずだけど……)
そんな少しの違和感を持ちながらクリアは研究所内へと入る。
そこにあったのはいつも通りの乱雑に置かれた研究資料とパソコン、そしていつもは作業が中断すれば必ず直してるはずのバラバラのポケモン図鑑だった。
「おかしい、おかしいな、博士はよほどの事が無い限りポケモン図鑑の扱いは慎重にしてたはずなのに……」
クリアは数秒考え込み、
「ッチ、P、V、エース、ちょっと博士探しに行くぞ!」
図鑑を放り出してまでの急ぎの用があったのか、それとも博士の身に何かあったのか、それは分からないがお世話になった人に何か異変があったのは確かだった。
ならばクリアが動くのは当たり前である。
急いで出入り口のドアに走り寄ったクリアだったが、丁度目の前で開け放たれたドアがクリアの顔を打った。
「っが!?」
突然の事に一瞬頭が真っ白になって尻餅をつく。
「おぉなんじゃクリア、帰っておったのか!」
直後聞きなれた老人の声が聞こえ、僅かな安堵と共に小さな怒りがこみ上げてくる。
「帰っておったのか……じゃねぇよ爺! 急にドア開けやがって!」
「なんじゃ、ドアの前で突っ立てるお前さんが悪いんじゃろうが」
「誰の所為……ってなんだそのチビ?」
気づくとオーキド博士のすぐ後ろに見慣れない少年が立っていた。
大きな麦わら帽子と黄色い髪が特徴的な少年で、すぐ傍にはピカチュウが立っている。
心なしかクリアのPが嬉しそうに鳴いた気もする。
「あぁそうじゃな、実はクリアに用事を頼もうと思っての」
「え、あのう博士? もしかしてこの人が?」
「そうじゃ、こいつがクリア、わしの助手みたいなもんじゃが、君達の旅にはこいつを同行させよう」
「え、えぇーと……」
「……おーいクソ爺? 全然話が見えねーんですけど?」
何やら麦藁帽子の少年とオーキド博士は知人同士の様な、だがしかし雰囲気的には今さっきあったばかりな感じもする。
そしてその二人で、クリアのあずかり知らぬ所で何らかの話が進んでいた様で、取り残されたクリアは肩眉を吊り上げながらオーキド博士に質問する。
「全く、お前さんは時々本当に口が悪いな、今度矯正してやらないといけないのう」
「いけないのうじゃねぇよさっさと話せよ」
「あーはいはい、クリア、お主ちょっと旅に出ろ」
「……は? いや別にいいけどよ」
「うむ、お前さんならそう言ってくれると思っていたぞ、じゃあ……」
「じゃあじゃねぇよ! 旅の目的とか何やらを詳しく! 説明しやがれ!」
「これこれ、あまり声を張り上げるでない、少年が怯えておるではないか」
「誰の所為だ誰の!」
多分クリアの所為である。現に麦藁帽の少年はクリアに怯えているのだから。
まぁ実際、怒りに任せて老人相手に怒鳴り散らす目付きの悪い不良にしか、今のクリアは見えない訳だし。
それからクリアはオーキド博士から簡単な説明を受けた。
半年前クリアを助けた張本人、レッドがその頃から音信不通になっていた事――はクリアも知っていたのだが、その手持ちポケモンのピカチュウこと"ピカ"が傷だらけで帰って来た事。
その直後この麦藁帽の少年が現れ、ピカを連れてレッドを探すと言い出した事、そしてその麦藁帽の少年を少なからず信用したオーキド博士は彼をピカと共にレッドのポケモン図鑑を預け、レッド探しの旅に送り出す事にした事。
そしてその旅に絶賛暇人街道まっしぐら中のクリアを同行させる事にした事。
「……えぇ、大体の事は分かりました博士」
「お前さんのその豹変ぶりは一体どういう訳なんじゃ……」
いつもの調子に戻ったクリアの様子にオーキド博士はガックリと肩を落とした。
少し離れた所では麦藁帽の少年がそんなクリアの様子を興味深そうに見ている。
「レッドには恩もありますからね、そういう事なら喜んで行って来ますよ」
そう言ったクリアだが、それとは別に別の目的の計画も立てていた。
(せっかくの旅だし、ここは密かに元の世界に戻る手がかりでも探しておくか)
あくまでもついでにといった感じに、だが。
「さて、では善は急げじゃ!クリア、この少年と共に今すぐ旅立つのじゃ!」
「え、あれ? ご飯は?」
「さっさと旅立てぇい!」
半ば追い出される形でクリアは研究所から締め出される。
続く様に麦藁帽の少年も研究所から出てきて、レッドのピカとクリアのポケモン達も続いて出てきた。
「ほれクリア、餞別じゃ!」
「うわっ! 投げるな爺!」
外に出たクリアはオーキド博士に投げられたリュックをどうにか受け取る。
中に入っていたのは最低限の旅用品、そして、
「これは、ポケモン図鑑と空のモンスターボール…!?」
「お前さんにはいつかレッド達みたいにポケモン捕獲を任せようと思っていたからの、密かに作っておいたんじゃよ」
「……爺」
「おいクリア今のは"博士"の場面じゃぞ」
オーキド博士からのツッコミ等無視して、クリアはリュックをからってモンスターボールを腰のベルトにセットする。
「あ、ちょっとタイム!」
これでようやく旅に出れる、そう思った途端慌ててクリアは駆け足で研究所内に戻った。
オーキド博士の横を通って自室に借りた部屋に戻り、机の上に無造作に置かれた一個のゴーグルを手に取る。
「おっ待たせー!」
深めにハットを被って意気揚々とクリアは再び外に出た。
「何事かと思えばお前さん……まだ目付きが悪い事気にし取ったのか?」
「うるさい爺! こちとらこの鋭い眼差しでどれだけの青春を棒に振ってきたと思ってやがる!」
まだ青春なんて送った事無いじゃろ、なんて呟くオーキド博士等無視してクリアは麦藁帽の少年の方へと歩いていった。
「オッス! 少年、もう俺には慣れた?」
にこやかな笑みを浮かべて挨拶をするクリアには、先程のオーキド博士との言い合いの時の面影は無い。
暴言を吐く時こそその目付きの悪さも相まって迫力は数倍増すが、そうじゃない平時の時は彼は基本人当たりの良い少年なのだ。
「はい、慣れはしてませんけど今はあまり怖くは無いです」
「そっか、正直者だなお前はおりゃりゃ!」
「わ!? 帽子の上から頭撫でないで!」
帽子上から頭を撫でようとするクリアを必死に振りほどく少年、何故かガッシリと異様なまでに麦藁帽を掴むその姿にオーキド博士もクリアも気づかない。
「じゃあグズグズしてても始まらないし、行こうか麦わら君」
「あ、はい! クリアさん!」
グズグズしていたのはクリアだという事は分かっていても少年は言わなかった。
そして走り出したクリアを追いかける形で麦藁帽を被った少年も走り出す。
そんな二人の小さくなっていく後ろ姿を見つめながら、
「大丈夫、なのか本当に……?」
オーキド博士は心配そうな声で呟くのだった。
とりあえず勢いに任せて書いた三話までを手始めに、ヒトカゲ系統はゲームで最初に選んだポケモンなので愛着があり入れました、一応グリーンのリザードンと区別する様に色違いという設定で。