ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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二十六話『vsルギア② 決着は開幕の合図と共に』

 

 

 白の巨鳥と黒の火竜が(くう)を切って(そら)を舞う。

 文字にすれば幻想的な響きとなるが、実際目の当たりするとそんな悠長な事は言ってられないだろう。

 元々、白の巨鳥と黒の火竜では実力差が圧倒的に違っていた――当たり前だ、伝説のポケモンのルギアに対して、リザードンは色違いという点以外はその他そこらにいるポケモン達とほとんど大差無い。

 だが黒い火竜、エースに乗る少年の指示の下、エースは確かにルギアと対等に渡り合っていた。

 一撃でも貰えばアウトの"エアロブラスト"をギリギリの所でかわし続け、粘り強くチャンスを待つ。

 

 そして――そんな光景を眺める揺れる小型船に乗った三人の人間。

 荒れ狂う高波に攫われない様にしっかりと船にしがみ付き、眼前で行われている戦いに目を奪われている。

 クリスと呼ばれる少女、クリスタルもまたそんな人間達に一人だ。

 彼女の近くではイエローと名乗る少女と、彼女の叔父というヒデノリという釣り人風な中年男性も必死な思いで船にしがみ付きながらも、クリアとルギアの戦いを見つめていた。

 

「クリア! クリア! こ、こうなったらボクも一緒に戦って……!」

「お、落ち着けイエロー、流石にあの戦いに横槍を入れるのはマズイって!」

「でも……!」

 

 傍から見ても分かる。

 伝説のポケモンルギアの圧倒的な力、そしてその力になんとか抵抗しているエースの底力。

 そしてそれを指揮するトレーナーの少年、クリアの実力の高さ。

 仮にも、これでジョウト地方七つのバッジを手に入れる程の実力者なのだ、一年前にイエローと別れて以来、高めてきた実力が今正にこの時の為にある、とでも言いたげに遺憾無く発揮される。

 指示を出すタイミング、状況判断の早さ、そして目の前で"エアロブラスト"の絶大な威力を見ても尚、目を逸らさず立ち向かっていく度胸。

 

 全てにおいて、未熟だった一年前の彼とは比較にもならなかった。

 

 そしてとうとう、クリアがルギアに一撃をお見舞いする。

 超至近距離からの"だいもんじ"、遠くから見るイエローからすれば、それは寿命が縮む思いだったのだろうが、ルギアを打ち落とした彼の姿にひとまず安堵する。

 そんな彼女の傍では彼女の叔父が感嘆の声を漏らし、クリスも驚愕の表情を浮かべていた。

 勿論イエローも驚きはしているのだが、それでもその大きさは他二人程では無い。

 そもそもイエローは一年前の事件の際、クリアという少年に関してはいくつもの――それは良い意味でも悪い意味でも驚かされているので、有る程度の耐性はついているのである。

 

「ま、まさか倒しちまったってのか? あのポケモンを!?」

「……ク、クリアさんって一体、何者なんですか!?」

 

 そんな彼女の傍らで、クリアという少年の異常性を知らない二人が驚きの声を上げているのを見てイエローは苦笑する。

 自分も一年前はこんな感じだったのだろうか、と。

 そしてイエローはクリアの方へと再度目をやる。

 するとどうした事だろうか、視線の先の少年は、こちらの方を――イエロー達の方をジッと見つめているでは無いか。

 数秒間、黙ってクリアはイエロー達の方をジッと見つめてそして、

 

「あ、クリアさんこっちに来てますよ」

「え!?」

 

 クリスが言う通り、エースに乗ったままイエロー達がいる小型船へと接近して来ているのだ。

 これにはイエローも吃驚である、いやどちらかというと喜ばないといけない場面なのだろうが、今の今までそれ所じゃなかった――具体的には突然ルギアが現れたかと思うと、まさかの探し人がそのルギアと戦い、勝利し、そして今ここである。

 つまり、心の準備が出来ていなかったのだ。

 

「わ、わわわ! ど、どうしようおじさん! ボククリアに帰れって言われてたのになんて声を掛ければ!?」

「落ち着けイエロー! というか何で今更になって焦ってんだよ!」

 

 ヒデノリの言い分も全くである、今まで散々"クリアに会いたい気持ち"の一心でこのジョウトで活動して来たのに、いざ本人を前にテンパるとはどういう事だろうか。

 

「大丈夫ですよイエローさん! もしクリアさんがイエローさんにきつく当たる時は私が庇いますから!」

「ク、クリスさん……」

 

 そういう事じゃ無いんだけどなぁ、なんてイエローには言えなかった。

 そもそもクリスは、イエローの性別を知らない、恐らくまだ勘違いしてるはずだ。

 イエロー自身も癖になってるのか一人称が"ボク"から変わらず、また麦藁帽子も最早手放せないものになっている為、誤解されるのも仕方無いのだろうが。

 だからクリスに、"久しぶりに気になる異性に会う時どんな対応をしていいか分からない"、なんてイエローの気持ちを理解出来るはずが無いのだ。

 ちなみに、イエロー自身にその自覚は無い、原因は分からないがどう対応していいか分からない、程度の感情しか理解していなかった。

 

「ほらイエローさん、もうすぐクリアさんが……」

 

 言いかけた所でクリスの言葉が止まる。

 同時にイエローとヒデノリの動きも止まった、理由は明白、上から倒れる様に落ちてきた水の柱が目に見えたからだ。

 クリスが右に、イエローとヒデノリが左に咄嗟に飛ぶ、少し先の海上ではクリアがその水の柱を避けるのがイエローには見えた。

 直後、まるでケーキでも切り分けられる様に簡単に、小型船は真っ二つに裂かれたのである。

 

「うわぁぁ! お、俺の船が!」

 

 悲痛なヒデノリの言葉とは裏腹に、残酷にも二つに分かれて波間に漂う二つの(ざんがい)、最早足場すら不安な、いつ崩壊するかも分からない状況。

 一人別れたクリスの事も心配だが、ヒデノリとイエローもまた自分達の事で精一杯だった、何とか波に攫われない様に残骸にしがみ付く。

 そんな絶望的な状況の中、イエローは別れたクリスの方の船の残骸に、高波が近づくその船の半分にクリアのエースが近づくのが見えた。

 

 

 

 悲鳴を上げながら、だけど生き残る為に精一杯船にしがみ付きながら、クリスは叫んでいた。

 叫ぶ事に意味なんて無い、だがそれで最早残骸となってしまった船にしがみ付くだけの力が湧き上がる様な、そんな気がしたのだ。

 

「キャアァ!……メ、メガぴょん!」

 

 揺れ崩れる足場に体勢を崩しながらもクリスは自身のベイリーフを外に出す。

 もし万が一海に落ちた時の為、"つるのムチ"でいつでも助け出して貰える様にだ。

 だがベイリーフを出して安堵したその時、数メートル級の高波がクリスの眼前に現れた。

 

(ッ!ネイぴょん!……いやダメ、間に合わなっ……!)

 

 今から彼女のネイティ(ネイぴょん)をボールから出してる様じゃ、その内に高波が彼女の元まで到達してしまう。

 だがこのまま何もしないでいる訳にはいかない、それ位はクリスも分かる。

 だからクリスは、ベイリーフに"つるのムチ"で何とか船体にしがみつき、波が過ぎるのを待つ様、そう指示しようとした。

 ――した所で、一体の黒いリザードンが飛来する。

 

 

 

「エース!」

 

 唯名前を呼んだだけ、それでクリアの意図は伝わったらしい。

 まずは一人放り出された方を助けようと、クリアはエースと共にその人物の下へ飛来し、そしてエースにその人物が出したベイリーフを掴む様に指示する。

 一方のクリアはクリアでポケモンでは無く人間の方へ手を差し伸べ様と身を乗り出し、そしてようやく顔の識別が出来る程の近くまで接近した所で、

 

「……クリス?」

「ク、クリアさん!」

 

 差し伸べられた手をしっかりと掴んで、少女クリスもまたクリアの名を呼んだ。

 そしてエースもベイリーフを回収した所で一気に上昇し、同時に海面が異常な程に膨れ上がり、

 

「……やっぱルギア、まだピンピンしてら」

 

 海中から先の"ハイドロポンプ"を撃った張本人、ルギアが再度姿を現す。

 姿を現し、またクリアを狙ってやって来るかと思ったが、彼の予想とは裏腹にルギアは辺りに手当たり次第に"エアロブラスト"を乱射していた。

 どうやら怒りで我を忘れてる様子、目に映るもの全て敵、とでも言いたげに自身の周囲へと敵意を振りまいている。

 だがクリアからしてみればこの状況はかなり有りがたかった、今はクリスと彼女のベイリーフを抱え込んでる状況である、これだけの数を背に乗せて先みたいな高速空中戦なんて流石のエースにも無理というものだ。

 そこでクリアはひとまず近くの渦巻き島の一つへクリスを降ろす事にした、暴れるルギアを尻目に気づかれない様ゆっくりと移動を開始する。

 

「つーかさ、なんでお前がここにいんだよ、スイクン追ってたんじゃ無かったのかよ……」

「そ、それは、何と言うか成行きで……ってそれを言うならどうしてクリアさんもこんな所に……!」

「あぁ、俺はお前以外の新図鑑所有者の……」

 

 言いかけた所で、一つの異音がクリアとクリスの耳に届いた。

 その音は確かにクリスから、正確にはクリスのカバンから発せられていて、だがどうやらクリスも音の正体は分からないらしい。

 突然の事に驚きながらもクリスは音の正体を――自身のポケモン図鑑を取り出す。

 

「な、何この音……私こんな機能知らない!」

「それは多分、共鳴音だな、前にオーキド博士から聞いた事がある」

「共鳴音?」

 

 聞き返すクリスにクリアはコクンと頷いて答えた。

 思い出すのも懐かしい、それは四天王事件の前、彼がまだオーキド博士の研究所で助手をしていた頃の話。

 その時クリアはオーキド博士から聞いた事があった、同時製作された三つの図鑑が接近した時、それぞれの図鑑から共鳴音が鳴ると――。

 

「三つの図鑑が正確な所有者の手にあって、それぞれ接近した時鳴る音だよ、それが共鳴音なんだけど……」

「って事はもしかして、この場のどこかに私以外の新図鑑所有者がいるって事ですか!?」

「まぁ元々、俺はそいつらを追ってここに来たんだけどね」

 

 そうなのだ、クリアは元々クリス以外の新図鑑所有者、ゴールドとシルバーの二人を探してこの場へ訪れていた。

 今の今までルギアとの戦闘で忘れかけていたが、思えば彼等がマチスと会っているのを見て以来、彼等の姿を見ていない。

 あの後マチス含めた三人はどうしたのかと、クリアがそう思ったその時、

 

「あー! アンタは!」

「む?」

 

 下からそんな声が聞こえたと思い、クリアとクリスが同時に頭を下に向ける。

 そこにいたのは帽子とゴーグルの少年だった、マンタインと大量のテッポウオを使って空を飛んでいるクリス以外の新図鑑所有者の一人。

 ――ゴールド。

 

「おいコラ! ギャルを助けるのは俺の役目だぜ!……って訳でカノジョ、そんな奴のリザードンに乗る位なら俺のマンタインにどう……ってわぁ!?」

「何やってやがる……」

 

 ゴールドが今飛んでいるマンタインはテッポウオの水の発射の推進力で飛んでいる。

 そんなバランスが悪い状況で、掴まるキューから片手離せばそれは体勢も崩れるだろう、そんな彼の姿にクリアは呆れながら呟く。

 

 クリアがルギアと戦ってる最中、ゴールドはゴールドで先に自身のヤミカラスで飛び去ったシルバーを追う様にマチスのレアコイルに相乗りしていたのだが、運が悪い事に暴れるルギアの"エアロブラスト"の一撃を三体のレアコイルの内一体が食らってしまったのだ。

 マチスはどうにか空中に留まる事が出来たものの、ゴールドはそのまま水中へと落下した、だがそんな時、彼は水中を漂う一匹のマンタインを見つけたのである。

 それと同時に、彼が旅先で出会った釣り人、"ヒデノリ"という釣り人から託された大量のテッポウオを使い、今クリアとクリスがいるこの場まで空を飛んでやって来たという訳なのである。

 

「ととっ、危ない危ない」

「ったく、ほらもうつくぞ、じゃあクリスは先に降りてくれ」

「は、はい」

 

 そうこうしてる内に四つある渦巻き島の一つに到着である。

 柔らかい砂浜の上にエースは着地して、次にクリスが砂の上に足をつける、続く様にゴールドもマンタインをボールに戻して地上に降りてから、

 

「あ! シルバーこんな所にいやがったのか!」

 

 彼等の近くでルギアを見上げるシルバーの存在に気づいてゴールドが叫び声を上げた。

 ゴールドよりも先に一人ヤミカラスで脱出していたシルバーだったが、体力的な問題でもいつまでも飛んでる訳には行かなかったのだろう、ヤミカラスの羽を休めるという意味でもこの島に上陸した様だ。

 そして彼に近づくゴールドと、それを追うクリスの二人にシルバーは面白く無さそうにそっぽを向いた。

 瞬間、三人の図鑑の共鳴音が同時に鳴り出し、重ね木霊する。

 

「あ?」

「……?」

「これって、じゃあもしかしてこの二人が!?」

「その通りだよクリス、新ポケモン図鑑三人の所有者が、偶然とはいえ集まったみたいだな」

 

 突如鳴り出す図鑑の共鳴音、ゴールドとシルバーの二人はその存在を知らなかった様でキョトンとした顔で図鑑を見つめている。

 そしてそんな二人を明らかに不安気な表情を浮かべて眺めるクリス。

 

「こ、この不良二人が私以外の図鑑所有者だなんて……」

「ふ、不良!? おいおいシルバー(こいつ)はともかく俺は……」

「いやお前も十分不良だけどな」

「なんだとこの野郎!」

「っひ!?」

 

 冷静に呟くクリアに今にも噛み付きそうな勢いで突っかかるゴールド、にいつかのクリアとの初対面時の様な反応を示すクリス。

 状況が状況なら、簡単な自己紹介でも挟んで図鑑所有者同士で話す事もあったのだろうが、今は戦闘中だ。

 それも伝説のポケモンルギアという大型ポケモンとの、それに海に投げ出されたクリス以外の他二人の事もクリアの頭にはちゃんと残っている。

 

「まぁ喧嘩は後にして……っておいシルバー、お前ちゃっかり一人で離脱しようとすんじゃねぇよ」

「っぐぇ!?」

 

 騒ぐ三人を尻目に一人でルギアの下へ向かおうとするシルバー、の襟元を掴んでクリアは彼を引き止める。

 襟を掴まれ、結果的に急に首を絞められる形となったシルバーが妙な声を出しているが、クリアはあえてスルーして。

 

「よし、じゃあまずはクリス、お前さん確か前に会った時"捕獲(ゲット)専門家(スペシャリスト)"とか言ってたな」

「は、はい!」

「じゃあ問題無いな、お前があのルギア捕まえろ」

「え?……えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 目に見えて大声で驚くクリス、まぁそれも当然か。

 今の今までそのルギアと戦ってた人物が、当然そのクリアがルギアの捕獲も担当すると思っていたのだろう、それなのに突如自分にそんな重大な役割を押し付けられたのだ。

 驚くのも無理は無い。

 

「ク、クリアさんが捕獲するつもりだったんじゃ……」

「うんそのつもりだったんだけどさ、俺捕獲って一回しかやった事無いんだよねぇ、だからそこはその道のプロに任せようと思ってな」

「い、一回!? たったの一回だけですか!?」

「うるさいなぁ、いいだろ別に」

 

 不貞腐れる様に言って、まだ驚愕の表情を浮かべているクリスを無視して、次にクリアはゴールドに向き直り、

 

「って事で、ゴールドとシルバーはクリスのサポートよろしく」

「あぁ? なぁんで俺がアンタなんかの言う事聞かなきゃ……」

「あっそ無理なのねじゃあいいわ」

「……はぁ? 誰が無理だって言っ……」

「それは了承と受け取るぜ、そんでシルバー」

「……いい加減離して欲しいんだが」

「おっとこりゃ悪い……で、だ…ってまだ逃げるなよ、お前はポケモン達の方を見てみろ」

 

 気づけばまだ掴んでいたシルバーから手を離して、クリアは彼等のポケモン達の方へシルバーの視線を促す。

 三人のポケモンの主人達がそちらへ目を向けてみると、そこにいた三匹は同時にルギアの方を見上げている、図らずしてポケモン達は共闘の構えをとっていたのである。

 

「ポケモンに指示を出すのがトレーナーの仕事だが、ポケモン達を信じてやるのもまたトレーナーの仕事だぜ」

「……」

 

 そう言ったクリアに無言で返答しシルバーも仕方なしといった感じにその場に残る。

 一年前の四天王事件の際にはクリア自身、まともに指示を出す力がまだ少なく、常にポケモンを信じる力のみで戦ってきた様なものであった。

 そんな彼の言葉には、何かしらの"重み"があったのかもしれない。

 

「さて、じゃあ……」

「で、俺達に言うだけ言って、アンタは何するってんだよ?」

 

 生意気そうにそう言うゴールドに、クリアはニヤリと笑って答える。

 クリス、ゴールド、シルバーの三人に必要な指示は出した、何とか三人を纏める事にも成功した。

 後はクリアが自分の仕事を果たすだけだ。

 エースに乗ったまま、羽ばたくエースの背上で、

 

「俺が奴の"エアロブラスト"封じた上でここまで連れて来るから、後の事は任せたぜ」

「連れて……ってそれクリアさんの役割が一番危険なんじゃ……」

「っま、こういう時位"後輩"達に良いとこ見せようって思うのが……」

 

 そこでクリアは自身のポケモン図鑑を取り出し、新ポケモン図鑑を持った三人に見せる。

 レッド達カントー図鑑所有者達と同じデザインの、だが共鳴音はならないクリア単一の図鑑。

 事情を知ってたクリスは別として、彼が図鑑を持ってる事に驚愕するゴールドとシルバー、その姿に満足した様な笑みをクリアは浮かべて、

 

「"先輩"ってもんでしょ!」

 

 後輩三人に背を向け、再度エースに乗り空へと舞い上がる。

 

 

 

 海面ギリギリの所を滑空しながら、クリアとエースはルギアの下へ向かう。

 三人を残してきた砂浜の方をチラリと見ると、三人の少年少女達がいまだ自分の方を見ていた、その姿を確かめて、クリアは一度海面に手をつけて、そして一気に上昇し、

 

「エース! "かえんほうしゃ"!」

 

 ルギアの左翼目掛け、エースは直線状の炎の放射を直撃させる。

 直撃後、水蒸気がルギアの左翼から沸きあがり、ギロリとその眼光をクリアへと向ける伝説。

 それで思い出したのだろう、自分何故こうも暴れているのかを、狙うべき相手が誰なのかを。

 

「……飛び上がれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 クリアの絶叫とルギアの"エアロブラスト"はほぼ同タイミングだった。

 僅かコンマ数秒の差、その差が生死の分かれ目となる、そんな戦い。

 何とか間一髪でルギアの"エアロブラスト"を避けて、旋回するエース、戻る先は三人の後輩達がいる渦巻き列島の一つの島だ。

 

「ったく、ここまでの空中戦は"ハヤテ"さんとのジム戦以来だっての」

 

 そう呟くクリアだが、シミジミと昔を懐かしんでる場合では無い。

 風を切るエースと、それを追うルギア。

 エースには前だけを見て飛ぶ様に予めクリアは指示してある、その真後ろでルギアが大きく口を開けるのを確認して、

 

「来るぞエース、"エアロブラスト"か"ハイドロポンプ"か分からないが……二、一、右に避けろ!」

 

 直後ルギアの"ハイドロポンプ"がエース目掛けて放たれる。

 だがその発射タイミングを見切って、クリアはタイミングと回避行動をエースに指示し、どうにかその攻撃を避けた。

 トレーナーがいるポケモンといないポケモンの差、かつてねぎまと呼ばれたカモネギとオニドリルを撃退した時もこんな感じだった。

 手数の多さ、判断力の差、全てにおいて野生とトレーナー持ちではトレーナー持ちの方が優れている。

 それでもそのトレーナーに力量や、そもそも覆せない様な実力差という現実があったりもするのだが、今この時においてはトレーナー持ちのエースの方が野生のルギアよりも遥かに有利だった。

 

「よし、そろそろあいつらの所に到着するな、エース! 俺を"残して"急降下!」

 

 そろそろ島の海岸線に差し掛かる頃、クリアは躊躇い無くそう言って、最早そんなクリアの奇行にも慣れたエースは迷う事無くクリアを"上空"に残して一気に下降する。

 一瞬だけ上空に留まり、そして除々に速度を上げて落ちていこうとするクリア、下降するエース、その一人と一匹を交互に見てルギアは、すぐ様クリアへと視線を合わせる。

 

「分かってたぜ、お前が俺を狙って来るって事はな」

 

 だがそれもクリアの作戦通り、今まで散々ルギアへの攻撃指令を出していたのはクリア、それはルギアも分かってるはず。

 だからルギアはクリアを狙うだろう、今の様な大口開けて"エアロブラスト"を狙おうとするはず、そう考えていたのだ。

 

 彼の下の砂浜では三人の新図鑑所有者達が焦り気味にポケモン達に技を指示している。

 マグマラシ、アリゲイツ、ベイリーフの三匹が同時に攻撃を放ち、そらはクリアの真横を通り過ぎてルギアへと向かい、ルギアもまた"エアロブラスト"の準備を終え放とうとした――瞬間。

 クリアがずっと狙っていたその瞬間に。

 

「いけ、P! V! エース!」

 

 ルギアの真上から、エースから離れる寸前ボールから出しておいたPとV、そしてクリアに気をとられてる隙にルギアの真上へとポジショニングしたエースが、三匹共各々の技を繰り出す。

 Pは"10まんボルト"、Vは"めざめるパワー"、エースは"だいもんじ"、まずは"めざめるパワー"と"だいもんじ"の二つがルギアの頭へと直撃し、その拍子にルギアの口が閉じる。

 だがそれで止まるルギアの"エアロブラスト"じゃない、狙い通りルギアの口内で暴発する"エアロブラスト"、それでようやく苦しそうな表情をルギアが見せ、直後にPの"10まんボルト"がルギアへと被弾する。

 痺れ、ピタリと一瞬だけ動きを止めたルギア、そしてそこに到達する三匹のポケモン達の炎、水、草。

 しかもこのタイミングで同時進化したらしく、更に威力は倍増されて、バクフーン、オーダイル、メガニウムの攻撃技がルギアへと直撃したのだ。

 

 流石のルギアでもこれだけ浴びれば体力も大分減っただろう。

 後は当初の予定通りクリスがルギアを捕まえればそれで終わり、そしてその行動も既にほぼ終わっている。

 蹴り出されたクリスのヘビーボールがルギアの額へと向かっていき、発光するのを落下しながらクリアは確認して、

 

「レヴィ!」

 

 予め外に出しておいたレヴィの名を呼ぶ、直後すぐに海中から伸びてくる一本の触手。

 よく見るといくつもの触手が海面から伸び、二つの人影もその触手に救出されていた、島からルギアへと向かう際、海中にそのまま放して、クリスと共にいた二人をまずは救出する様クリアがレヴィに言っていたからだ。

 ゴーグルが曇って良く見えないが人数だけは確認出来る、とりあえず救出出来た事に安堵して、クリアはゴーグルを外してまずはクリス達の方へ目をやった。

 

「ははっ、三人揃ってボールを見てるよ……で、レヴィ、助けた人達は無事だっ……」

 

 そこでクリアの言葉が止まった。

 ゴーグルを外した先、一点の曇りの無い視線の先に見えたからだ。

 一人の中年男性の姿と、そして――、

 

「……ったく、クリスの奴、あれだけ言ったのに……」

 

 ひとまず無事の確認である。

 気を失っている様だが胸は上下に動いている、脈も正常な様だ、中年男性の方も無事らしい。

 それを確認して、クリアは降りてきたエースの背に乗り、一見少年の様な少女と、釣り人風の中年男性をエースの背中に押し上げてから、

 

「流石に満員か……じゃあ、ちょっと借りるぜ……ピーすけ」

 

 麦藁帽を被った少女の腰のボールから、一匹のバタフリーを外に出した。

 開閉スイッチを押して、ポケモンの方も外に出るのを了承したらしくすんなりと出てくる。

 

「お前のご主人助ける為だ、ちょっと俺抱えて運んで……ってサンキュ、頼まれなくてもって奴だな」

 

 クリアが言い終わる前にピーすけと呼ばれたバタフリーは彼の背中へ張り付く。

 これでいつも彼のよく知るピーすけの主人の様に飛び回る事が出来る。

 そこでクリアはそのピーすけの主人の服の合間から、一枚のメモ用紙を発見し、次の目的地も定めてから、

 

「おーいクリスー!」

 

 砂浜にいるクリスに呼びかける。

 すぐにクリスはクリアの方へ振り返り、その無事を確認して安堵した様子で、すぐにゴールドとシルバーが同時に振り返るのを確認してから。

 

「俺はちょっとこの二人を安全な所に送ってくから、そのルギアは好きにしろ!」

「え!? 二人、ってイエ……」

「釣り人のおっさんも無事か!?」

 

 クリスの声を掻き消す様なゴールドの問いかけにクリアは頷いて答え、彼等に背を向ける。

 

「まっ、クリアさん! それが、このルギア、ボールの中が空……ってもう行っちゃった……」

 

 よほど急いでいたのだろう、クリスが言い終える前にエースに二人を乗せたまま、クリア自身はピーすけに運んで貰ってすぐにその場を離れてしまった。

 "ボールの中が空だった"――という事実を告げられ無かったのが少しだけ心残りになりながらも、去っていった人物の事をいつまでも考えていても仕方無い、とクリスは掛かってきたポケギアをとる。

 クリアが去った直後すぐにシルバーもその場から離れ、結局誰がルギアを捕獲したのかも分からないまま、彼女はオーキド博士からの着信をとって――。

 

 そしてゴールドと共に一つの指令を言い渡されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったくよぉ……」

 

 ピーすけに運んで貰いながら、クリアはエースの背中を見やる。

 そこに眠る、名も知らない一人の中年の釣り人、そしてもう一人の、

 

「こんな事になるかもと思ってたから、だから帰って欲しかったってのにさ……でもまぁ」

 

 麦藁帽子がトレンドマークの様な少女、クリアが少年だと思っている人物を眺めて彼は呟く。

 

「久しぶりに会えて嬉しかったぜ、イエロー」

 

 彼女には聞こえていない事は承知の上で、むしろ聞こえていないからこそそう呟いて、彼はようやく見えてきた一軒の民家に目を向けた。

 コガネシティ近辺に存在する一軒の建物、そこに住まう"育て屋"をしている二人の老夫婦、イエローの持っていたメモに導かれてクリアは二人をここまで運んで来たのだった。

 ――彼が師と仰ぐ人物の古い馴染みの下へと、その事実を知らないままに、勿論口止めされてる為彼がヤナギの情報を口外する事も無いのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経って、

 

「さてと、そういやセキエイ来るのは初めてだっけか……師匠はどこかなぁーっと」

 

 クリアはセキエイ高原の地へ足を運んでいた。

 人混みでごった返す会場に、偶然ラジオで知った情報から、彼が師と呼ぶ老人のバトルや、かつて彼が戦ったジョウト地方ジムリーダー達のバトルを見る為である。

 コガネの市街ラジオで偶然聞いた情報、今年のポケモンリーグではカントーとジョウトのジムリーダー達によるエキシビジョンマッチが開催されるというイベント情報。

 そんな面白そうな情報を聞いて黙ってるクリアでは、勿論無かったのである。

 

 ――そして。

 クリアは何も知らないままその会場内へと踏み入れたのである、これからそこで起こるであろう陰謀や戦いを知らずに。

 ゴールドとクリスの両名や、シルバー、更にブルー、グリーン、伝説の三匹――そして"仮面の男"。

 陰謀渦巻く今年度ポケモンリーグは、ルギア襲撃の決着から数日後すぐに、多くの人間の歓喜の声と共に盛大に開催されるのだった。

 

 




単行本読んでていつも思うけど、イエローのピーすけ絶対"そらをとぶ"覚えてるよね。

そして物語もそろそろ終盤、ようやくポケモンリーグまでこれた!時系列とか知った事じゃ――すいませんこの世界ではこうなってるんですきっとはい。

イエローとクリア、会えたはいいけどこれは再会とは呼べないだろうなぁ。

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