「どーもありがとうございました」
とある小さな村の、世話になった民家のキリンリキを連れた娘とその両親にお礼を言ってから、クリアとマチスは村を出る。
今クリアが礼を言った家族は約一週間程、療養する為の場として使わせて貰い、またその間の食事等も提供してくれた家族だ。
いくら恩人であるマツバの知り合いだからといって、彼等にそこまでする義理等無かったのだが、それでもクリア達はそこで厄介になる事が出来た。
動く事もままならない程の負傷を負っていたクリアにとっては不幸中の幸いだった、感謝しても仕切れない位だった。
そしてその日の朝、ある程度まで回復したクリアはマチスと共に渦巻き島を目指して出発したのである。
チョウジの小さな商店の地下にて、仮面の男と対峙したクリアとマチスは、仮面の男の戦略に追い詰められながらも苦肉の策でどうにかその場から脱する事が出来た。
だがその際の"じばく"の代償として、クリアは一週間は安静にしなければいけない程の傷を負う。
結果脱出し、そして怒りの湖で見つけたゴールドとシルバーの荷物を彼等に届け出る事が出来なかったのである。
幸い、療養と仮面の男から身を隠す為に寄った小さな村でエンジュジムジムリーダーマツバと偶然出会ったクリアは、彼に訳を説明して千里眼を使って貰い、図鑑所有者二名の無事を確認してから今まで、ずっと彼は療養に励んでいたのである。
そして村を出た二人は、マチスの船に乗って大海原へと出ていた。
「へぇ、これが高速船アクア号か、いい船乗ってるじゃんマチスさん……まぁ船の良し悪しなんか知らねぇが」
「だったらんな事呟くんじゃねぇよ、オラ、そろそろ見えて来たぜ」
大型船のデッキから段々と大きくなっていく島を眺めながらクリアは呟く。
"高速船アクア号"、ジョウトとカントーを繋ぐ新型高速豪華客船の名称で月水金の曜日にアサギから出航している船なのだが、今現在その船にはクリアとマチス、そして乗務員が何名か程しか乗っていなかった。
というのも今日はそもそもアクア号の運用日では無い、客船なのでそれは勿論人間を運ぶ船なのだが、今日に限ってはマチスの超個人的理由で船は動かされていた。
その理由というのが、マツバの千里眼によって見つけて貰ったジョウト図鑑所有者の二人の少年に出会うというもの、恐らく渦巻き島にいるであろう彼等の荷物を持って、クリア達は"ある目的"でこの渦巻き島へとやって来たのである。
そしてその目的、それは何を隠そうチョウジで出会った彼等の宿敵、"仮面の男"の情報だ。
ホウオウ、伝説の三匹という繋がりから仮面の男を倒そうとしているクリアと、奪われた手下達を取り戻そうと動く元ロケット団のマチス。
二人共お互いに戦う動機は知らないが、利害は一致しているという事でこれまで行動を共にしてきていた。
尤も、マチスが一週間もクリアの回復を待ったのにはまた別の理由があるが、それをクリアが知る事は無い。
「あ、鳥ポケモンの大群……」
もう後数分で島近辺まで近づけるだろう。
それまでの時間を退屈を持て余し、何の気もなしに海や空を眺めてたクリアだったが、見ているとピジョンやポッポの群れが島から出て行くのが分かった。
群れをなして飛んでいく鳥ポケモン達は、アクア号の真上を通過してそのままジョウト本土へと飛び去っていく。
今頃あいつは何してるのかな、と――その姿にかつての自身の手持ちの鳥ポケモンの一体を重ねていると、乗組員の一人、船乗りの男が声を掛けてきた。
「やぁ兄ちゃん、何見てるんだい?」
「……んー、鳥達が沢山島から逃げる様に飛んでってるから何事かなぁ、ってね」
「あぁ本当だね、そういえば近頃は島の周りに巨大な渦が巻いてたり、ポケモン達が大移動していたりするって話だったが、これもそれの一種なのかねぇ」
そう言った船乗りの言葉にクリアは思考を巡らせる。
見た感じ、今彼が乗る船の周りの海域には渦という渦は少ない、それも小型船程度でも脱出出来そうな程小さなものばかりで巨大ものなんて全く視認出来ず、また波も至って普通の高さで上下に揺れて、際立った異変というものは確認出来ない。
――だがポケモンという生き物は人間よりも第六感に優れた生き物である。
かつてのスオウ島での決戦前にもポケモン達の大移動というある種の異常はいくつか観測されていた。
(これは少しだけ、注意しといて損は無ぇかもな)
飛び去っていく鳥ポケモン達を見送ってクリアは心中ボソリと呟いた。
もしこのポケモン達の大移動が、かつてのスオウ島の時の様な大規模な戦いの前兆だとしたら、否こういう時は常に最悪な方に仮定して物事を進めていった方が得策だ。
そうする事で、突然最悪な状況に放り込まれても対処出来る確率が大幅に上昇するからである。
そう判断して、クリアは腰の四つのボールに納まる四匹のポケモン達をチラリと見て、そしてその内の一体をボールから出した。
「エース!」
黒いリザードン、いつもの事ながらクリアのリザードン初見の乗組員の船乗りの男が驚嘆の声を漏らしているが、クリアはこれをスルーして自身もレアコイルを出したマチスに近づいて、
「マチスさん、何か見えましたか?」
双眼鏡で島の中腹辺りを見つめているマチスにそう声を掛ける。
そして彼が手に持った紙に描かれた島の外観と目の前の島を見比べ、その特徴が一致している事からマツバの千里眼の情報に間違いが無い事を確認する。
後は島を隅々まで見ているマチスが何かを見つけ次第エースに乗って飛んでいくだけ。
「ん、あれはっ!?」
「何か見つけました?」
「……あぁ、ガキが二人、黒と赤の髪のガキが二人だ」
「ビンゴですね、ちょっと
「あっ、コラ勝手に取んじゃねぇよ!」
マチスの返事等聞かずに彼の手の双眼鏡を奪い取りレンズに目を通して。
「……間違いない、ゴールドとシルバーだ」
そしてクリアはレンズ越しの景色を見る、洞窟の出入り口の様な場所、その付近に二人の少年がいるのを彼は確認したのである。
彼がコガネで初めて会った少年ゴールド、そしてエンジュで初めて会った少年シルバー、かつて出会った二人の少年が確かに生きてそこにいるを確認して、
「よし、じゃあ行きましょうかマチスさん」
「というかもう少佐なら行っちまったよ」
「え?」
船乗りの男に用済みになった双眼鏡と島の描かれた紙を手渡しながらそう言ったクリアだったが、そこにはもうマチスの姿は無かった。
彼が島にいる二人の少年の素性を、ゴールドとシルバーの二人だと確認した、そう呟いた瞬間にはもうマチスは三匹のレアコイルで磁気浮上を起こして空中へと身を乗り出し、クリアを残してさっさと行ってしまっていたのである。
そしてもう一度双眼鏡を手に取り島へと目をやると、そこには彼等の荷物を持って少年達と話すマチスの姿が――完全に置いていかれた様だ。
「なっ!? あ、あの人は……良い人かと思ったら……!」
「いやー多分少佐は基本悪人だと思うぜ?」
どこか自嘲気味に言う船乗りの男の言葉なんか聞かずに、クリアもマチスを追ってゴールドとシルバーに仮面の男の情報を聞くべくエースの傍へと寄ろうとして。
そしてエースに乗ってそのまますぐに飛んで彼等の元へ――クリアが向かおうと思った直後だった。
「……っわ!? 揺れ……んだこれ!?」
突如として船体が大きく揺れたのである。
足元が覚束無くなるほどの揺れに必死の思いでクリアはデッキにしがみ付き、
「と、とりあえずエースは空に逃げてろ!」
まずは飛行能力を持つエースを空へと逃がす、彼の言葉にエースはすぐに弧を描きながら空へと舞う。
とりあえずそれでエースは大丈夫だ、そう判断して次にクリアは揺れの原因を調べる事にする。
まず初めに考えられる原因があるとすれば地震、津波や高潮の類も考えられるが、揺れは今も長期的に続いているのでその可能性は低い。
そう考えクリアは水面へと顔を向け、更にその状況に混乱する事になる。
「ッ!……浮いて……アクア号が浮いてる!? この巨体で!」
見た瞬間は、流石にクリアも理解が出来なかった。
アクア号程の巨大客船がまるで風船の様に宙に持ち上げられてるのだ、最早冗談として笑い飛ばせそうな話だ。
だが実際に事は起きている、彼の身に直接に、そしてそのまま原因を探る様に船下へと視線を向けていると、何やら白い物体が顔を出した。
それは白い翼を持つ海を統べる巨鳥、強力なエスパー能力も有する、かつてクリアがスオウ島で垣間見た存在。
「……予感はしてたが、なーんでこんなタイミングで現れるのかなぁ、なぁルギアさんよぉ!」
ルギア――ジョウト地方伝説のポケモンの一体で、伝説の三匹を生み出し、彼の命の恩人ともなったホウオウと同等クラスの力を持った存在が、今彼等に牙を向けていたのだ。
「っま、予感はしてたから覚悟はバッチリなんだけどな! エース!」
だがいつまでも尻込みしてるクリアでも無い。
彼が言う通り、まさかルギアが出てくるとは彼も思わなかったが、相応の脅威は現れるかも、という心持で今彼はこの場にいたのだ。
鳥ポケモンの大移動を目撃した瞬間から、もう戦いの準備は完了しているのである。
そしてクリアに呼ばれて、黒い火竜は空を切りながら彼へと近づく。
それを見て、クリアは船のデッキから勢い良くジャンプすると、そのまま宙へと身を放り出し、そこにすぐさまエースが飛来する。
「野生相手の荒事は出来れば避けたいとこだけど、そうも言ってられない状況だ、エース! 奴に近づけ!」
今まで彼が乗っていた客船に加えて、よく見ると小さな小船も一隻ルギアの念力に捕まり宙に浮遊していた。
乗員数は三名、その顔までは見えないが数まで把握出来る、まずはこの小型船とアクア号の乗員達を助ける事を最優先に考えて、ゴーグルを装着しながらクリアはエースに指示を出す。
言われたエースは彼の指示通り、そのまま全速力でルギアへと近づき、それに気づいたルギアも此方へと向き直りそして、
「"りゅうのいかり"!」
エースの"りゅうのいかり"がルギアの顔面へと直撃した。
突然の攻撃に体勢を崩され念力の力も弱まり、そのまま大きな波飛沫と音を立ててアクア号と小型船は海面へと落下する。
その様子を見てとりあえず安堵した所で、クリアは再度ルギアへと視線を移した。
「さぁ気合入れろよエース……」
目の前に広がる伝説、その強大な力が今、怒りの形相でクリアとエースを睨む。
当然だ、突然現れて攻撃を仕掛けられたのだ、怒るのも当然だろう。
だがクリアからしてみれば最初に攻撃を仕掛けてきたのはルギアの方で、しかもルギアは彼の知人を既に攻撃に巻き込んでいた、その時点でクリアには攻撃する動機が生まれていた。
だからクリアは攻撃した、まず説得したとして聞き入れられたのかは分からないが、今回に限ってはそんな暇等彼には無かったのだ。
そしてルギアも今は攻撃を仕掛けてきたクリアにその怒りを向けている、最早激突は必須、止められない状況――そんな状況で、最初に動いたのはクリアだった。
「エース降下!」
クリアの声に反応してすぐにエースが高度を下げる、直後それまでクリアがいた位置、その場所にルギアの攻撃が放たれた。
まるで見えない大砲でも飛ばしたかの様な圧力が、離れたはずのクリアまで伝わり、彼は頬を流れる汗を拭う。
「空気の大砲、弾丸……なるほどあれが"エアロブラスト"か、せっけー威力っ!」
言いながらも尚クリアとエースはルギアの"エアロブラスト"を二発三発と避ける。
更に脅威となるのは空気の弾丸だけでは無い、ルギアの翼、尻尾もまた一撃でもクリアが食らえば致命的とも言える威力を持っている。
それを惜しむ事無く使ってくるルギア、"エアロブラスト"を放つ傍ら、尻尾等を使った打撃攻撃もしっかり入れて来てクリアとエースに着実にダメージを与えようとしてくるが、簡単に当たってやる程クリアもエースもお人良しでは無い。
「まずは奴に傾いてる流れを絶つぞエース、奴の懐まで入り込め!」
縦横無尽に空気の弾丸、打撃系攻撃と避けていたクリアだったが、いつまでもそうしてても埒が明かない。
だからこそ、危険は承知で彼はエースにそう指示を下し、エースもそれを了承する。
「さっきは"りゅうのいかり"だったが、今度は"だいもんじ"をお見舞いしてやれ!……奴は俺達で捕獲するぞ」
先程エースが放った技"りゅうのいかり"は派手な見た目とは裏腹に、敵に与えるダメージは固定されたもので、レベルの弱い相手には効果的だが、今彼等が相対しているルギアの様な伝説級の相手に使うにはいささか威力が心もとない。
もしかしたらそれで正気を取り戻して住処に帰るかも、そう思ってあえて威力の低い技を指示したクリアだったが、そこは彼の思惑通りにはいかなかった。
結果的にルギアはクリアへと攻撃対象を定め今も攻撃して来ている――一応他の人々ポケモン達から攻撃の照準をずらす、という目的は達成出来てはいるのだが、このままだとクリア自身の身が持たなくなる。
だからクリアは、かつてのメノクラゲ、レヴィの時の様にルギアを捕獲する事にしたのである。
一度捕獲して大人しくさせ、自然に帰してやる――それにもしかしたらルギアもクリアについていくと言うかもしれない、そう考えて彼はルギア捕獲の決断を下す。
一方、此方はクリアによって何とかルギアの念力から解放された小型船。
その船に乗る一人の中年男性と二人の少女は各々に苦い表情を顔に浮かべながら、
「ハァハァ、だ、大丈夫かお嬢ちゃん? イエロー?」
「は、はい、何とか」
「こ、こっちも大丈夫ですおじさん」
互いに生存確認し合ってから、三人は上空に浮かぶポケモンへと見やる。
彼等を宙へ浮かべた元凶となったポケモン、その巨体と溢れんばかりのオーラからその事に関しては三人共すぐに理解して、
「あれは、スオウ島で見た……でも、それよりもあれは……あの黒いリザードンは……!」
最初こそ圧倒的な存在感を放つルギアに目がいってたイエローだが、すぐにその周りを飛び回り一回りも二周りも小さなポケモンの存在に気づく。
普通ならば、その存在に気づいた所でまたルギアへと目がいくのが普通の反応だろう、だが彼女、イエローにはその存在は到底見逃せないものだったのだ。
通常色とは違う黒色の体を持ったリザードン、そしてその背に乗るゴーグルをつけた少年。
「あれは……もしかして」
ようやくクリスも気づいた様だが、その呟きはイエローの耳には届いていなかった。
だがそれも仕方の無い事、遠目とはいえ、向こうは此方に気づいていないとはいえ、その人物は彼女にとってある意味特別な存在。
カントーからはるばるジョウトまでやって来て、そしてようやく――実に約一年ぶりにその姿を見る事が出来た少年。
「……クリア!」
「クリアさん!」
イエローとクリスが同時に叫び、その名を聞いてイエローの叔父ヒデノリもまた、伝説のルギアと空中戦を繰り広げるクリアに驚愕しながらも視線を送る。
彼、彼女等の視線の先では今も尚クリアとルギアの戦いが続いていた。
ルギアが放つ空気の弾丸、その情報を持たないイエロー達の眼にはただのエネルギー弾の様にも見えているのだが、クリアはその弾丸をどうにか避けながらルギアへと近づこうとしている。
「ッチ、右に旋か、いや下だ! 海面間際まで下降しろエース!」
縦になぎ払われた尻尾を避けようとしたエースにそう指示を出すクリア。
攻撃は上から下に降りてきているのだから、そこは当然左右のどちらかに逃げなければいけないと、普通ならそう思うのだが、この時のクリアはゴーグル越しに見ていたのだ。
ルギアが大きく空気を吸い込む様を、まもなく発射するだろう"エアロブラスト"の準備を、そしてその攻撃をどの様にルギアが振るおうと考えているのかも、ルギアの視点になって考えてみればすぐに考え付く。
だからあえて、クリアは真下へと振るわれる攻撃を避ける為に真下へと逃げる。
「来るぞ、避けろ!」
言われた通り海面ギリギリまで下降するエース、そして海との差数センチ、そんな所まで下降すればどうにかルギアの尾を避ける事が出来た。
そして直後に横に払う様に放たれる"エアロブラスト"――そう、下へと落とす様な尾の攻撃は囮、本当のルギアの狙いはその攻撃を横に逃れたクリア達を横に払う"エアロブラスト"で打ち落とす事にあったのだ。
だがその攻撃をクリアは先読みして避けた、さらにその一撃でクリアとエースを仕留められると思っていたのだろう、
「今だエース」
ルギアが攻撃を撃ち終わるのとほぼ同タイミング、そこを狙ってクリアはエースを急上昇させ、そして当初の作戦通り懐に入り込んだクリアはエースに呼びかける。
クリアが言った直後、口の中に炎を溜め込み最大技の発射用意をするエース、ルギアもそれに対応しようと思う――が今は"エアロブラスト"を撃ち終わったばかりだ、次に"エアロブラスト"を撃つ為の空気の補充をルギアは済ませていない。
更に言うならもうエースはルギアの間近、腹の辺りだ、ここまで間近だと逆に翼や尾を使った物理攻撃もし辛いだろう。
そこまで見越して、クリアは薄ら笑いを浮かべてルギアを見て、
「"だいもんじ"!」
そして――海面から急上昇したエースの"だいもんじ"がルギアの腹の部分に直撃した。
「っよし!……てヤベ!」
確実なダメージを与える事が出来た事に歓喜するクリアだが、すぐ慌ててその場を離れる。
丁度ルギアの真下に位置しているクリア達だったが、そのままだと崩れ落ちるルギアの胴体に巻き込まれて海に飲み込まれてしまうからだ。
そしてどうにかルギアと海の間から体を滑り込ませる様に脱出して一安心するクリア、直後ルギアは騒音を立てながら海へと落ちる。
更にルギアが海に落ちた影響で辺りに高波が起きて、まだ視界に残るアクア号が派手に揺れている。
「って海に落としちまったら捕獲出来ないじゃん、しかも多分まだ力尽きて無いだろうしなぁ」
海中に消えたルギア、その姿を捉える事は出来なくても消えた海面をどうしても眺めてしまうのが人間というものだろう。
意味も無い事だと分かってるがクリアも何の変化も起きない海面を暫く眺めてそして、
「……そう言えば小型船が一隻あったな、流石に離れ……ってまだ離れてないし、ちょっと警告に行くか」
いつまで経っても変化が無い海面を眺めていても意味が無い。
そういう考えも含めてそう遠くでは無い位置に見える小型船へと目をやるクリア。
海水でよくは見えないゴーグルの向こうで、大体三人位の人の数を確認し、クリアがそちらへ向かおうとした、その時だった。
「ッわ!?」
海面から上がった水柱に思わず驚愕の声を漏らすクリア。
その水柱は恐らくはルギアの"ハイドロポンプ"なのだろう。
そしてその高く上がった水柱はクリア目掛けて、まるで垂直に立った棒を倒す様に落ちてきて、それを難なくエースで避けるクリアだったが、
「っは! しまっ!」
水柱は倒れる様にクリアへと迫ってきていた、そしてクリアと一隻の小型船は丁度直線上の位置にあったのだ。
そしてその水柱が、先程まで自身が見ていた方向へと倒れてるという事に気づいた時にはもう遅い。
振り向いた瞬間にクリアが見たものは――彼の目の前で、一隻の小型船がケーキを切るかの様に真っ二つに分断される光景だった。