ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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十七話『vsヤンヤンマ ヤドンの井戸』

 

 

 始まりを告げる風が吹く町。

 そう比喩されるジョウト地方のとある田舎町、ワカバタウンに一人の少年が舞い降りた。

 黒いリザードンを従えたトレーナー、クリアである。

 

「到着っと! んじゃあエース、サンキューお疲れさん」

 

 チョウジタウンからエースに乗って一っ飛びして来たクリアは、いつもの様にエースに労いの言葉をかけてボールへと戻した。

 いつものクリアなら移動は止むを得ない場合を除いて基本自分の足なのだが、今回に限っては、そもそも目的の人物(オーキド博士)がいるのかどうかすら怪しい、ので急がば回れ的な諺なんて無視して急ぎでワカバへと直行したのである。

 現時点でオーキド博士がジョウトに来てるのならそれでいい、だがもし来ていないのなら――、

 

「……ここだな、ウツギ研究所」

 

 彼に連絡がつきそうな人物を訪ねる、そう思ってクリアが白羽の矢を立てた相手、それがこのウツギ研究所にいるウツギ博士だ。

 オーキド博士同様のポケモン研究者、それに加えて、

 

(ゲームとかでは普通に知り合いだったし、こっちがどうかは分からないけど……つーか少しゲームとかとズレてるってのが難点なんだよなぁ)

 

 自身が元いた世界のポケモン知識によるウツギ博士ならば、十中八九オーキド博士の事を知ってるはずだ、そう思ったのだ。

 ――しかしそこに確証は無かった、それというのも全て一年前の四天王事件が原因だ。

 向こうの世界では知り得なかった大事件、それも人物の役割も少しだけ知っているものと違う、そんな経験から、彼はもうこの世界を"自分が知ってるポケモン世界"とは別に考えていた。

 パラレルワールドの類、大本は同じだが違う歴史を紡ぐ世界、それがクリアがこの世界に持った印象である。

 

 そんな彼、クリアがこの世界に来て早一年と半月程、その間元世界に帰る手がかり発見数ゼロ。

 クリアは元々この世界に住人では無い、別世界――ポケモンがゲーム等のコンテンツとして存在する世界から来た所謂異世界民だ、何故どうしてこんな世界にやって来たのかは分からない、だがだからと言って帰らない理由は無い。

 一応彼もジョウト地方を回ってる時にそれと無くその辺りの事について調べたりもしていたのだが、それでも収穫は何も無しな現状なのである。

 

 

 

「すみませーん、誰かいますかつかいろよー?」

 

 研究所の呼び鈴を鳴らしながら言うクリア、それから少し経ってから、

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 と丁寧な物言いで中から返事が返って来た。

 だがしかし入り口のドアが開けられる様子は無くどうやら相手は少しばかり警戒しているらしい。

 

「えーと、俺はクリアっていう者ですが、ちょっとウツギ博士にお聞きしたい事があって来ました」

 

 だが日常生活の中でも警戒し過ぎる位が丁度良いのかもしれない、いつどんなトラブルが舞い込んで来るかなんて誰にも分からないのだ。

 だから不容易にドアを開けないのだろう――そう結論付けて答えたクリアに相手はいきなり無言で押し黙って数秒後、

 

「いやぁすまないね、最近ちょっと色々あって少しばかり用心深くなってしまってね」

「いえいえ、むしろそれ位が丁度良いんじゃないんですかね」

 

 出てきた人物が侘びながら現れた為、クリアも社交辞令的な返事を返した。

 ドアから顔を出した人物は研究者にしては若い、というよりクリアもオーキド博士位しかポケモン研究者を知らないが、それにしたってその人物は割と若かった。

 人当たりの良さそうな顔に、メガネを掛けた男性。

 

「……貴方が、ウツギ博士で間違い無いですよね?」

 

 そう確信を持って質問するクリアに、ウツギ博士は首を縦に振って答える。

 

「そうだよ私がウツギです、そういう君は、クリア君だね」

「……さっきそう名乗りましたよね?」

「あぁそうだね、だけど僕は君の事を少しだけ知っているんだよ」

「……まぁ大体予想はつきますがね」

 

 クリアの予想は大方当たっていた。

 ウツギ博士が見ず知らずの他人のクリアの事を知っていたという事は、少なくともクリアの事を多少は知ってる人物から聞いていたという事。

 そしてウツギ博士と関係性の深そうな人物でかつ、クリアの事を知っている人物となるとそれはかなり限られてくる。

 それはつまり、クリアの予想通りウツギ博士とオーキド博士に接点があったという事で、ウツギ博士はオーキド博士からクリアの事を少なからず聞いていたという事になるのだ。

 

「オーキド博士から君の事は度々聞いてたよ『近頃のキレやすい若者』だってため息混じりに話してたよ?」

「はぁ、やっぱそうか……それで、そのオーキド博士は今どこにいるか分かりますか?」

「そうだねぇ、今はヨシノの第二研究所にいるか……いや、今はコガネでラジオの収録かな?」

「コガネ、ですね……ありがとうございますウツギ博士、それさえ分かれば十分です」

 

 ウツギ博士から必要分の情報を聞き出してすぐ、再びクリアはエースをボールから出す。

 オーキド博士の居場所が割れて、かつ本人がジョウトのコガネシティとなればもうこの場所に長居する理由も無い。

 ウツギ博士に礼を言って飛び立とうとするクリアに慌ててウツギ博士は、

 

「黒い、色違いのリザードン!?……って今は後回しで、クリア君!」

「はい? なんでしょうウツギ博士?」

「実はこの研究所で最近ポケモン盗難があったのだけど、もし犯人を見つけたら僕に連絡して欲しい! これが犯人のモンタージュだ!」

 

 今にも飛び立とうとするクリアに一枚の紙を手渡すウツギ博士、そしてその紙を見たクリアは、

 

「……ヒデー顔、ウツギ博士このモンタージュ本当に合ってんっすか?」

「それが僕も顔は見てないから知らないのだけど、犯人を見たと言ってる少年はそうだと言っているんだ!」

「……まぁ別にいいですど、じゃあ情報手に入れ次第知らせます、では!」

「あぁ頼んだよ!……それと!音信不通の君の事をオーキド博士は凄く心配していたんだからね!? ちゃんと謝らないとダメだよ!?」

「……えぇ、元からそのつもりでしたし!」

 

 それで会話は終わった。

 エースが一度羽ばたき、突風を起こしながら地面からその足を離す。

 そして黒い巨体はクリアを乗せたまま浮かび上がり、空を駆けてあっという間にウツギ博士の視界から消えていった。

 

「……それにしても」

 

 クリアが完全に見えなくなってから、ウツギ博士は呟く。

 

「オーキド博士から聞いてた人物像とは少し違ってたな、音信不通になって一年と言うけれど、その一年の間に彼に何か劇的な変化が起こる様な出来事でもあったのだろうか……?」

 

 そう呟くウツギ博士は知らない、というよりイエローと呼ばれる少女以外にその事を知る人物は極端に少ない。

 一年前の四天王事件で一度クリアが命を失っている事を、当の四天王達ですら、そもそもその情報自体が何かの間違いだと思っているはずだ。

 唯一イエローという少女だけが、クリアの手持ちから記憶を覗いてその事実を知っていた。

 

 彼クリアが、虹色に輝く巨大な鳥ポケモンによって再び命を取り戻した事を。

 そしてそれ以来、クリアの何かが変わったという事は、当の本人にも理解出来てはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワカバタウンでそんなやり取りがあっていた頃、ヒワダタウン付近、リングマの山にて。

 

「ヒメグマは後回しだ! 先に俺がこのリングマを頂くぜ! エーたろう!」

「むっ、横取りする気か!?」

「っへ! 野生ポケモンの捕獲は早い者勝ちだぜ、シルバー!」

 

 二人の少年が相対してるのはリングマとヒメグマ。

 赤髪の少年はその手に持ったボール職人ガンテツの力作の一つ、ヘビーボールを使ってリングマを捕獲しにこの山へと入ったのだが、そんな彼の前に、またしてもゴーグルと帽子、そしてボールを弾くキューを持った少年がまだ幼い幼女と共に現れた。

 反対にゴーグルの少年、ゴールドはこの山にガンテツの孫娘のチエの為にヒメグマを捕獲しに共にこの山に入った所で、赤髪の少年シルバーと出合って、彼の捕獲しようとしていたリングマに自身もまた狙いをつけたという所である。

 

 フレンドボールとヘビーボールを手に、二人の少年は二匹のポケモン達と向き合い、バトルを開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っよし、ここらで一旦休憩しとこうかエース」

 

 ワカバタウンを出発して暫くはエースの背に乗っていたクリアだったが、丁度ヒワダタウンに差し掛かってきた頃、突然に地面に降りてエースをボールに戻した。

 

「ポケモンっつっても生き物だから無理は禁物ってね、それにここにはあれ(井戸)があるし」

 

 それからクリアはボールから手持ちのヤドンのヤドンさんを外に出して、ヤドンさんのペースに合わせてゆっくりとした足取りで目的地へ向かう。

 彼が目指してる目的地、それはヒワダタウン外れにある井戸、通称ヤドンの井戸だ。

 では何故クリアがヤドンさんを連れてその場所に行くのか――別になんて事は無い、ただの休憩がてらの寄り道である。

 

 というのも、クリアが暫くこのジョウトでジム巡りをしていた頃、その時にも一度クリアはヤドンさんと共にその場所を訪れた。

 ヤドンの井戸、と呼ばれる様にそこには沢山のヤドンがいて、その訳もあってか井戸に行くといつも無表情のヤドンさんが少しだけ楽しそうにしている、そうクリアには見えたのだ。

 だから近場に寄った今、久しぶりにヤドンさんをこの場所に連れてきたかった、ただそれだけの理由だったのだが――、

 

「あ? なんだテメェジロジロ見てんじゃねぇよ」

「……」

 

 井戸の前にいた人物にクリアは動きを止めた。

 全身黒尽くめの格好のその男、顔に見覚えは無いがその胸のマークには見覚えがあった。

 大きく『R』と描かれた――ロケット団、かつてその残党員の一人と戦った事のあるクリアだったが、まさかこんな所でその残党の一人と出会うとは思っていなかったのだろう、固まったまま動かない。

 

「……ん、なんだテメェもヤドン連れてんのか、丁度いいぜ! オイガキ、そのヤドンは我等ロケット団が頂く!」

 

 言って残党員が繰り出したのは一体のヤンヤンマ、そして立ち尽くすクリアに近づきながら、

 

「言っておくが無駄な抵抗は止めとけ、そうすりゃあそのヤドン一匹だけで勘弁してやるからよ!」

 

 そう残党員が言った直後、ヤンヤンマの羽の動きが早まった。

 活発化したその羽の振動によって生まれる衝撃波がクリアの真横を突き抜ける。

 薄く裂かれた頬からタラリと血を垂らしながら、クリアはおもむろに図鑑を取り出した。

 

「あ、なんだそりゃあ……」

「ヤンヤンマ、うすばねポケモン……なるほど、高速で羽を動かして衝撃波を飛ばしたりも出来るのか」

 

 図鑑の説明を見てクリアは残党員へと視線を移す。

 視線の先の残党員はクリアの動作に不信感を持ってるらしい、しかし相手はまだ子供、それに抗う様子も今のクリアからは感じられないのですぐに、

 

「っへ! そうだよその通りだ、だから怪我したく無かったら抵抗はよすんだな!」

 

 相も変わらずクリアは動かない。

 先程の行動からてっきり抵抗するものだと思っていた残党員だったが、一向にその様子を見せないクリアに抵抗の意思は無いと受け取り、そしてヤドンさんへと手を伸ばす――が、

 

 バシン、と大きな音を立てて、ヤドンさんは残党員の手を叩き退けた。

 そしていつもと変わらない無表情を崩して、睨む様な視線を残党員に向ける。

 

「へぇ、ヤドンさん、そんな顔もするんだね」

 

 驚く残党員とは対象的に、クリアは何が可笑しいのかクツクツと笑ってヤドンさんに語り掛ける。

 

「っな、何しやがんだヤドンの分際でこのっ! ヤンヤンマ!」

 

 驚きは怒りへと変わって、残党員はヤンヤンマへと声を掛ける。

 直後空中に停滞していたヤンヤンマはその速さを生かして縦横無尽に飛び回り、

 

「"ソニックブーム"!」

 

 ヤドンさんを翻弄する様にヤンヤンマは飛び回り、飛び回りながら残党員の指示で衝撃波(ソニックブーム)を次々と打ち出してくる。

 そして衝撃波はヤドンさんの足元、頭の上へと除々にその精度を上げていき、そしてヤドンさんの顔の前へと衝撃波は押し迫る。

 だが唯でやられてやる程、というよりやられてやろうなんてヤドンさんは思っていない、衝撃波が目の前まで迫ったその瞬間、大きく右手を降るってヤドンさんは衝撃波を悠々とかき消した。

 

「何っ!?」

「ヤドンさん」

 

 何の技も使わずに衝撃波をかき消すヤドンさんに驚く残党員だが、当のヤドンさん本人からすればこんな事は造作でもない事だ。

 かつて四天王ワタルの(ドラゴン)の"はかいこうせん"を"かいりき"で払ったヤドンは、世界広しと言えど恐らくこのヤドンさん位だろう

 そしてヤドンさんが衝撃波をなぎ払って、残党員が隙を見せた直後、クリアは目を瞑って呟く。

 

「"フラッシュ"」

 

 閃光がヤドンさんを中心に広がった。

 目を瞑ったクリアに影響は無かったが、その閃光は残党員とそのヤンヤンマの視界一杯に広がって、

 

「っくそ、ってヤンヤンマ!?」

 

 眩しさに一瞬目を瞑るもすぐに目を開ける残党員だったが、目を開けた先に広がっていたのはヤドンさんに羽を捕まれるヤンヤンマの姿だった。

 羽を捕まれ、羽ばたきで衝撃波を出す事も出来ずただ足掻く事しか出来ない虫一匹を、いつもの無表情で見つめるヤドンさん。

 

「ヤドンさん、もう一度だけ"フラッシュ"」

「っく、そう何度も効くかよ、目を逸らせヤンヤンマ!」

 

 二度目の閃光が井戸前に広がる。

 だが今回は事前に何をするかも残党員には分かっていた、光に目をやられない様に太陽でも見るかの如く薄っすらとだけ目を開き光に備える。

 しかし対策を出来たのは残党員だけだった、"フラッシュ"直後、ヤドンさんの手元のヤンヤンマは二度の閃光、それも二度目は目の前での全力"フラッシュ"で完全に気を失ってしまっていた。

 

「な、何故目を逸らさないヤンヤンマ!?」

「ヤンヤンマの眼は常に360度全体を見渡している、逸らせる範囲なんて存在しねぇよ」

「っく! こうなったら井戸の下の仲間に連絡を……」

「行かせると思うか? ヤドンさん!」

 

 背を向け逃げようとした残党員に呆れ気味にクリアが語りかけてから、その背へ向けて力一杯ヤンヤンマをヤドンさんは投げつけた。

 宙に弧を描いて気を失ったヤンヤンマは見事に残党員に直撃する、それも井戸へと入ろうとしていた残党に、である。

 

「……あー、まぁ死んではいないだろう、多分」

 

 大きく音を立てて井戸へと落ちていく残党員を見て、クリアはもう一度ヤンヤンマのページを図鑑で見る。

 ヤンヤンマ、うすばねポケモン、たかさ1.2m――おもさ38.0kg。

 ぶっちゃけ、今の残党員が死んでても何もおかしくない状況だったりするが、敵の事なのでクリアは然程気にはしない。

 

 それから数秒後、すぐに井戸の中から物音が聞こえてきた。

 どうやら井戸へと落ちた残党員の様子から外の様子を察知した仲間が上がってきているらしい。

 その事にすぐに気づいたクリアは薄く冷笑を浮かべる。

 

「ヤドンさん、今回はお前だけでいいよな?」

「……やー……!」

 

 いつもより少しだけ力強い返事の後、再び戦闘は再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは」

 

 水道から水が出ない――異変を察知したガンテツがヤドンの井戸へと来てみると、そこにあったのは大量のロケット団残党達の山だった。

 皆が皆、縄で縛られてしかも気絶している。

 誰がやったのかはガンテツには分からなかったが、ロケット団残党の山としっぽを切られたヤドン達、その中で一匹だけ異彩を放つヤドンがいた。

 一匹だけ尻尾を切り取られず、井戸の淵で佇む一匹のヤドン、何故だか分からないがそのヤドンだけ、他のヤドンとは違い妙な風格があった。

 

 まるで歴戦の猛者の様な力強さを思わせる、ガンテツは即座にそのヤドンからそんな雰囲気を感じ取っていた。

 

「おじいーちゃーん!」

 

 そんなガンテツの下に走り寄ってくるのは彼の孫娘のチエである。

 走り寄ってきた彼女はガンテツにゴールドがフレンドボールで捕まえたヒメグマを見せ、叱られ、そしてポケモンとの友好の大切さを教えられる。

 

「……で、なんだこのロケット団残党の山は……もしかしてこれ全部爺さんがやったのか!?」

「いや、ワシが来た時にはもうこうなっておったんや……」

 

 チエと共に来たゴールドがガンテツにそう聞くが、先に現場に来ていたガンテツも事情は分からないという。

 二人して不思議そうにロケット団残党の山を見るが、それで答えが分かるという訳でも無い。

 そうこうしてるうちに、三人の近くの草陰が揺れる。

 こんな状況である、流石に警戒するゴールド達だったが、

 

「あれ、ゴールド?」

「ツクシ!?……ってなんだツクシか」

「なんだって事は無いんじゃないかな、ゴールド……」

 

 出てきたのはヒワダのジムリーダーにして、学術調査員として遺跡調査等もしている人物ツクシ。

 ゴールドとツクシとはとある遺跡にて出会い、交流はあったのでその姿を見た途端に警戒を解くゴールド、ガンテツも同様である。

 

「なんだぁ、ツクシも異変を察知してやって来たって口か?」

「あぁ…いやまぁそうなんだけどね、だけど僕は知人から連絡を受けて警察への連絡を済ませて来たんだよ」

「知人から連絡?」

「うん、ロケット団残党達を捕まえたから後は頼む、ってね……全く、相変わらず人使いが荒いよあの人は……」

「……おいツクシちょっと待て、"あの人"って事はこれ全部そいつ一人でやったって事なのか!?」

「うんそう言ってたよ、ほら、あそこのヤドン」

「ん?」

 

 事情を説明しながらツクシは井戸の淵で佇む一匹のヤドンを指差す。

 尻尾が唯一切られていないヤドン、そのヤドンにその場の全員が視線を集めて、次の瞬間――ロケット団残党達の為に枯れていたであろう井戸から大量の水が噴出してくる。

 

「な、何だよそりゃあ!?」

「あのヤドンはその人のポケモンだったんだけど、どうやらここに残していったみたいだね」

 

 止め処なく湧き上がる大量の水、その水を受けて尻尾を切られたヤドン達も少しずつ元気を取り戻していく。

 その様子に一先ず安堵するツクシとガンテツ、この町に住む者として、この井戸の水は大切なライフラインの一つだ。

 それが回復したとみて胸を投げ下ろすのも当たり前の事である。

 

「すげぇなあのヤドン……」

「そうだね、僕も数ヶ月位前にあのヤドンにやられたんだよね……」

「?……どういう事だそれは?」

「ジム戦だよ、僕が任されていたヒワダジムに"その人"が来て、そしてそこのヤドンで挑んで来て……結果は敗北」

「……というと、そいつやっぱすげぇ強かったりするの?」

「強いよ、僕はあのヤドン以外に彼のポケモンは一匹も見てないけど、きっと他のポケモン達も強いはずだ」

 

 そう言ったツクシの脳裏に浮かぶのは数ヶ月前の光景。

 ジム戦に来たヤドンさんを使うクリアの姿、一対一でのバトル形式で行ったジム戦で、クリアは目の前のヤドンを使ってツクシのヘラクロスを何とか下す事に成功したのである。

 

「おもしれぇ……」

「ゴールド?」

「面白ぇじゃねぇか! ツクシ、そいつの名前はなんてんだ!?」

「……"クリア"だけど……もしかしてゴールド、彼を追うのかい?」

「いや追うって訳じゃねーんだけどよ、どうせ会う事があればその時には強さの秘訣的な何かを聞けるかもしれねーじゃねぇか!」

「そういう事、クリアならコガネに向かうって言ってたよ、今からならまだ間に合うんじゃないかな? 彼が普段どこにいるのか僕も詳しくは知らないし、多分この機会を逃せば簡単には捕まらないと思うから急いだ方がいいね」

「分かったぜ! サンキューツクシ、それじゃあ行くぜ皆!」

 

 そう言ってゴールドは仲間のポケモン達と共に走り出した。

 元々シルバーを追って旅に出ているゴールドだったが、ここに来て彼にまた新しい目的が追加されたのである。

 クリアとの邂逅、まぁシルバー程重要な目的では無いのだが。

 そうして彼はウバメの森へと入っていく――。

 

 仮面の男(マスク・オブ・アイス)がいる、今現在最も危険な森の中へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、そろそろ降りるぜエース」

 

 コガネ周辺道路の上空にてクリアは言う。

 それから地上に降りて、ふとヒワダ方面の方、ウバメの森へと視線を移した。

 数秒だけそうして固定し、直後微笑を浮かべて振り返りコガネへと進む。

 

 

 ヤドンの井戸で、ヤドンさんが残った事はクリアにとって想定内の出来事だった。

 元々ヤドンさんはカモネギ(ねぎま)についてくる形でクリアの手元にいた、つまりねぎまが彼と別れた今、ヤドンさんがクリアの手元にいる理由は特にこれといって無かったのである。

 それが別れて暫くヤドンさんがクリアの手元にいたのは、ただの気まぐれなのかクリアの事も気に入ってたのか、それはイエローの様なトキワの力を持たないクリアには分からない。

 

 そして先程、ロケット団残党を全て駆逐して通りかかったツクシに声を掛けてから井戸を離れる間際、ヤドンさんはクリアの手元へは帰らなかった。

 尻尾を切られたヤドン達を見つめ、そしていつもの無表情でクリアへと振り返る。

 それだけで、クリアはヤドンさんの気持ちを汲み取って、ヤドンさんをその場に残したのだ。

 過去一度だけ井戸へ行った時も、ヤドンさんはどこか名残惜しそうな顔でクリアへとついて戻っていった。

 それが先の出来事で、ヤドン達が再び狙われた時にそれら脅威から守れるだけの力を持つヤドンさんも決心がついたのだろう。

 

 クリアの手元から離れ、仲間達と暮らす決意。

 どこかの親友(ねぎま)の様に。

 

 そしてクリアもそれを了承した。

 クリアの手持ちは彼に"ついて来たい"と思ってるメンバーのみで構成され、彼自身もそのスタンスを貫いている。

 だからこそ、クリアが空のモンスターボールを投げた事はこれまで"たったの一回"しか無い。

 だからこそ、クリアはヤドンさんの残留を快く了承してやったのだ、いつかのねぎまの様に。

 

「……っま、会おうと思えばいつでも会えるし、別に一緒に旅し無くなってあいつが変わる訳じゃないしな」

 

 件のねぎまと違い、ヤドンさんはいつでもヤドンの井戸にいる、会いたい時にはそこまで飛んでいけばいいのだ。

 そう言い聞かせる様にそう呟いて、クリアはコガネシティへと足を踏み入れるのだった。

 

 




ねぎまとヤドンさんは似たもの同士です。色んな意味で。

――はぁ、ゴールドの性格が思う様に掴めない、これから頑張ろう。

――はぁ、イエローが出ない。イエローが出ない!イエローが出なあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(発狂)

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