新武将の野望in恋姫†無双 ROTA NOVA 作:しゃちょうmk-ll
さてはて参った、いったいここはどこなのだ。そして己れはだれだ・・・?
対岸の見えないほどの、海と見まごう大河のほとりに一人の男がぽつんと立っていた。
腰には安っぽい脇差、薄汚れた着物の下には鎖帷子を着込んでいる。それ以外の持ち物は特に見当たらず旅人というには軽装すぎて散歩していたら見知らぬ土地に迷い込んでしまったようにも見える。
体は鍛えこまれているがその顔には思慮深さとどこか憎めない魅力の持ち、どことなく洗練された所作を持つ不思議な男だった・・・
名はわかる、新武将(あたらしたけまさ)だ。しかしなんでこのようなところにいるのかがわからない。
剣術の稽古の最中に頭をぶったたいた相手の記憶を飛ばしたことなら何度かあるが・・・、いや待てそれでは自分は剣術の師範だったのか?
男は腕を組み途方にくれていた。自分の名は覚えているがどうにも自分がどういった来歴の人間であるかかがいまいちつかめない。記憶喪失ではなく記憶混濁といった状態だ。
武士だったような、商人だったような、忍者だったような、はたまた海賊だったような・・・、いや待て、本当に己れは男であったか?女であったような気もする・・・
自分の性別すらもあいまいというのはいささか危険な状況である。
小大名に仕えて主君に天下を献上した名臣でもあれば、大大名に仕えて上司に謀反を促しその主さえ裏切り、主家を滅ぼし主君を手にかけ主殺し、奸臣、梟雄とも謗られた悪逆非道であった気もする、いったい何者なのだ・・・?
軍神、天下無双、縦横家、天下一博徒などそれらすべてが彼が今まで確かに得てきた称号であるが一人の人間が一生の中で得られる栄光にしてはいささか多すぎる
では単なる気のせいであるかといわれるとそうでもない、確かにそう称されるに足るだけの功績を打ち立ててきたという自負があった。
まぁそんな細かいことはどうでもいい、よく考えたら物心ついたころから槌すら握ったことないのに天下一鍛冶とか言われていたこともあったし、米転がししまくって賢侯()とか言われたり・・・、天下には不可思議なことがあふれていよう!
この男、かなりポジティブである。
とりあえずこのまま突っ立ていても埒が明かないので周囲の景色を見て自分がどこにいるのか確認することから始めたのだったがどうにも見覚えのない場所であった。
日ノ本であればどこであろうと自分の居場所がわかるほど駆けずり回った記憶のある男であってもこのような大河は日本で見たことがなかった、瀬戸内のどこかかと思ったがそれならすぐに見当がつく
これほどの大河・・・、ならばここは大陸か?大陸のどのあたりかまるで見当もつかぬ
寧波(上海)のあたりなら貿易で何度も立ち寄ったような販路を引いてそれっきりだったような気もするが、とにかくにこの当たりに覚えがない
日本ならば川沿いに歩いていけばいずれは集落につけるだろうが大陸となれば話が違う、普通なら無計画に歩くのは得策ではない
なるようになるか、川沿いに歩いていけば飢えて死ぬこともあるまい
えらく楽天的なようにも思えるが男にとって肝心なのは、どうやって生きるのかではなくどのように生きるのかである
武士であれ商人であれ忍者であれ海賊であれ、それを志し極め、天下に名声を轟かすことこそ男にとって〝生きる”ということであり生き様でもあるのだ
やはり天下は広く、空は果てしなく高い・・・ 四海踏破などと称されようが所詮は日本周辺のみ、南蛮商人たちとは比べることもおこがましい
堺や平戸で出会った商人たちは日本の中では見たこともない名品、珍品を携えてこの星の裏側から世界を股にかけ船を駆りやってきた。
特に堺の商人はたった一隻の小型船で七つの海を舞台に大暴れし、恐ろしいまでの槍の使い手でまさしく”悪魔”と呼ぶにふさわしいほどの武人であった。
そんな彼らと出会い、新武将という男は世界の広さを痛感した。ならば七つの海に漕ぎ出し立身出世を志すのもまた一興
~さて、往くか・・・
新武将の新たな人生が日本から遠く離れた中華の地で始まるのであった。
「んで、お兄さんは東の島から朝貢しに来た人なんすか?」
あれから歩くこと数時間、偶然にも一人の少女と出会うことができ情報収集がてらに同行を申し出た.
最初はこんなところに男一人でいたことで川賊の一味かと疑われたが、東にある異国の島から商売をするためにやってきたが船が賊に襲われ命からがら逃げてきたという話を持ち前の弁舌ででっちあげなんとか同行に成功した。
そして少女から話を聞いていると、ここは明の時代からはるか昔の後漢の時代であることが分かったのだった。
大抵世界史で習うだろうが、朝貢とは中国周辺の国々が貢物として特産品を献上しその見返りとして献上品以上の褒美を授けるというものだ。
一見中国が不利に思えるが反乱起こされたときにかかる軍事費よりは大幅に安上がりとなる。軍隊はいつの時代も生産性が乏しい上に金食い虫である。
彼の時代では朝貢はすでに形骸化しており、倭寇が跋扈し密貿易が盛んに行われている。正式な文書を持たないものは貿易ができないという決まりになっていた
大抵、三好氏か毛利氏あたりから御用商人になるか部下に命じて盗ませるかして王印か勘合を工面して初めて貿易が可能となる.島津家は大抵大友家に滅ぼされるのでルソンに行けるかは運次第だが
自分が生きていたあの戦国の世からゆうに千年は時をさかのぼっていたと知りさすがの彼も言葉を失い、その様子を見ていた少女も不思議そうに首を傾けた。
「東の国から来たってことはお兄さん、真名については知らないんすか?」
「ああ、全く知らなんだ。 己れの国にはそのような習慣はなかったのでな」
真名というものは初めて聞いた。なんでも自分が信頼できる人物にのみ呼ぶことを許す名であり無断で呼んでしまうとその場で斬られても文句は言えないほど重要なものであるらしい
人によっては自分の一人称を真名で呼ぶものもいるらしく、習慣を知らぬものにとっては初見殺しもいいところの迷惑な風習である
「へ~真名を知らないとは・・・ずいぶん遠くからきたんすね~」
「こちらとしてはそんな初対面の相手と会うたびに死亡判定が出るような物騒すぎる風習は勘弁願いたいな」
「あ、申し遅れました! 自分は姓は呂、名は範、字は子衡というっす! お兄さんはなんというのでしょうか?」
新武将、という名であるが中華風にいえば姓は新、名は武、字は将、真名はタケマサといったところだろうか
「こちら風に言うなら姓は新、名は武、字は将という。己れの国とは色々勝手が違うようなのでな、頼りにさせていただきたい」
「そうっすね、将殿と呼ばせていただくっす。 困ったときはお互い様ですから何でも聞いてください。金額次第っすけど」
無一文の男から金を巻き上げようとするとは、なかなか根性の座った娘である。
呂子衡と名乗った少女ではあるがいささか幼すぎるのではないか、この時代では一人旅は危険で賊や獣、急な災害など危険が伴うものであった。
きっと食うに困った家族がせめてもの贈り物として字を送り、幼い少女を送り出したのであろう・・・
「なんかすげぇ失礼なこと考えてる顔してるっす!」
「いやいや、まだ幼いというのにずいぶん利発だと思いましてな、つらいことがあったいつでもいって下され。歩き疲れてはおりませんか、よければおぶりましょうか?」
「馬鹿にするなっす!これでも2,3人相手なら負けないっす! 人を見た目で判断すると損をするっすよ!」
そうやって大声で主張する姿は彼女の背格好や外はねの髪型もありどこか子犬を連想とさせるものがあった。
「まぁいいっす、私はこのあたりで一番栄えてる襄陽で一発あてるためにはるばる豫章のほうから旅をしてるっす」
「ふむふむ、襄陽に向かっているのか、とすればここはどのあたりなのか?」
「そ~っすね~、あと4、5日もすれば襄陽ってとこっすかね? 船があれば早いんですけどさすがに高くて・・・」
そういって困ったように頭をかく呂範、どうやら途中までは商人の一団と共に旅をしていたようだが江陵を出たあたりから一人旅をしているらしい
「この時代、何をするにも名士の紹介がなければ厳しいと思うが何か伝手はあるのか?」
「う・・・、でもあのまま郷里でくすぶっているよりましっす。出世して故郷に錦を飾ってやります!」
どうやら最初は故郷で仕官しようとしたが家が貧しく満足に学問ができなかったため襄陽で学んで一旗揚げようとのことらしい
ここまで金にがめついのは家が貧しく幼いころから節制しなければならなかったからなのだろう
「うむうむ、その意気やよし。人間どんなに才能がなくても優秀な人間に諦めず師事すれば技能を極めることができるものだ」
「いいこというじゃないですか~、あたし頑張りますよ!」
能力とはいわば才能であり、その個人の資質でもある。これは生まれた時から決まっていて伸ばすのはそれなりに手段が限られてくる
しかし技能は鍛錬によって伸ばすことが可能で、それによって得られる特技こそ乱世の中で大きな力を発揮するのだ
数多くの特技の中でも特定の人間しか会得していないものなどは特に強力のなものが多い
例えば魅力や智謀が一桁だろうが技能と特技(札)がそろっていればその家の主の息子だろうと、家臣ごと或いは城ごと寝返らせることが可能である。
具体的に言うと某M利家のT・KさんとかT田家のM・Sさんとかが有力候補
この娘は見たところ武力はあまり高くないようだが他はそこそこ、能吏や軍師、商人向きの人材である。武官でやっていくには武力が厳しい
他は鍛え方次第ではどうにでもできるが武力のは生まれ持った才能によるところが大きく、いくら剣術を修めていようと各上相手には一撃でやられることが多い
とはいっても鹿島の妖怪ジジイやフラフラ出歩く厩橋の不良道場主等の人外クラス相手だと武力1だろが100だろうがあまり関係なくなってくるのだが・・・
「まとまった時間があれば己れがじっくり指南することもできるのだがな、今はそういうわけにもいくまい。 襄陽についたら礼にいくらか教授して差し上げよう」
「う~ん、無一文でさまよってた人に教授してやると言われてもいまいち頼りないっすね。 将殿はどんな特技を持ってるっすか?」
「そうさな、効果的な城の壊し方からいかに領主から軍資金と兵糧を脅し取るかまで様々な分野を網羅しているぞ」
「分野がやけに限定的かつ非合法な匂いがするっす! あんた今まで何やってたんすか!?」
世の中生きるのには金が必要なのだ、金がなければ生きてゆけない。 ならばあるところから頂戴するしかないのだ
「いいか、狙い目は拠点が一つしかない領主だ、戦もせずにため込んでいる。あらかじめ周到にぶっ壊しておいてぎりぎりまで攻め込んでから交渉すれば有り金すべてむしり取ることが可能だ」
「聞きたくないっす!完璧に盗賊の手口っす!」
「交渉の時に停戦とか言われるが別に構わん、協定が切れるころにはまたしっかりため込んでいるからまた強請りにいけばよい。ただし援軍には気を付けろ、いろいろ面倒だ」
「考え方がもろ野盗の類じゃないですか!?」
「あと仕官するなら家老が2、3人いて城数もある程度ある勢力がいいぞ。手っ取り早く城主になれるし謀反した後に滅ぼす時も楽だ」
「なんで謀反すること前提なんすか!?あんためっちゃ危険人物じゃん!」
「はははは、冗談だ」
「嘘だぁ!!」
主君に殺意がわくときは主に落とせもしないのに半年以上だらだらと城攻めしたり,せっかく立派に仕上げた城に勝手に拠点移してパクるなどがあげられる。
「ほんとになんなんすかこの人、発言がいちいち物騒っす。こんな野盗もどきと一緒にいられないっす、私は自分の寝室に帰るっす」
「おいおい、そういう発言は縁起が悪いぞ。まぁこんな無一文の男にそんな大それた事ができるわけないだろう、冗談だ冗談 ・・・イマハナ」ボソ
「なんか最後に言ったよう気がするけど気のせいっす。ほんと頼むからおとなしくしといてください、もう少しで無事に襄陽につけるんですから・・・・」
案の定、その日の晩に野盗に襲われた。
「やいやいやい! 命が惜しくば金と積み荷を置いていけ!」
野営をしていたときに河から数十人の男たちが現れ、あっという間に囲まれてしまった。どうやら近くに船を泊め、気取られないように泳いで一気に近づく江賊の一味だったようだ
こちらは2人で、武装は護身用。向こうは20人ほどでこちらを包囲しており、武装は剣や槍などで弓はない。向こうのほうが人数が多くこちらは無勢、普通に考えればこの時点で詰みである。素直にみぐるみ置いていくかいくらか払うかが得策だ
「なぁ、こういう時のために普通は用心棒を雇っておくのではないのか?」
「そんなの雇うぐらいならもっと金になりそうなもん買うっす」
「命あっての物種だろうに・・・」
「なにいってんすか? 金は命より重いんすよ」
この娘、真顔で言いやがった・・・、ここまではっきりと言い切るとは、いい商人になるだろう
「んで、この状況何とかできないんですか? 将殿ガタイがいいからなんか〝ここは拙者にまかせて~”とかなんとか」
「なんかそれやったら死にそうだな」
「大丈夫っす!尊い犠牲は決して忘れないっすよ。 天からあたしの活躍を見守っててほしいっす」
ほんとぉぉにいい根性してるなこの娘は・・・ このまま無一文の不審者だと思われるのは癪だな、面倒だがやるか
集団から一歩前に出て賊の前に立つ、賊はいかにもな男が出てきたことにより警戒を強めるが脇差一本腰に差しているだけとわかり武器を突き付けた
「あぁ?なんだてめぇやる気か!? どうやらおめぇから死にてぇらしいな」
語気強く言い放つが将はどこ吹く風といった様子でまるで気にしていない、それどころかまるで相手を憐れむかのような表情をしている
「すまんが素直にひいてはくれんか。あいにくと貴様らにくれてやる金も積み荷もないのでな」
「なに、渡さねぇだと!? 舐めた面しやがっていい度胸だ、地獄へ行って後悔しやがれ!」
「子衡殿、あんまり動くなよ」
臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前 神隠しの術!
その瞬間に子衡の姿がその場からあたかも神隠しにあったかのようにふっと見えなくなった。賊に動揺が走る。この男はいったい何者なのだ、妖術使いかはたまた仙人、化生の類か
「て、てめぇいったい何しやがった!?」
「何でもよかろう、お前たちには関係ない。さっさとかかってくるがいい」
腰から脇差を抜き放ち、両の手で握り脱力したかのように腰のあたりで構える、いわゆる無形の型だ
「よくわからねぇがおめぇをやれば済む話だ!一勢にかかれ!」
「数が多いのでな、一気にかたをつける」
ーーーーーーーー新陰流 究極奥義 〝転”ーーーーーーーーー
その少女、呂子衡はそこらの男2,3人には負けないくらいの腕っぷしはあるが武に関してはあまり造詣が深くはない。
故郷の近く、呉群のほうには人を吹き飛ばす勢いで戦場を駆ける女傑がいると聞いたことがあるがその目で見たことはない
彼女の中ではそういった暴風のようなものこそが”武”であると考えていた
しかし、今自分の前に立っている新武将の武は違った、敵を圧する強大な戦気と違うまるで一振りの鋭い刃のごとき殺気だ
その殺気に気押されつつも多勢に無勢と四方より賊が一気に押し寄せる。それに対してタケマサはただ構えるだけで動こうとはしない
一人が袈裟切りで斬りかかる、半身をずらして頸を一閃
またある一人は槍で突きを放つが躱され槍を持たれて引き寄せられ胸を一突き
後ろに回り羽交い絞めにしようとしたものは背に構えた刃によって自らの勢いで腹を断った
動きは最小限に、相手の動きを完全に読み切りあたかも自ら斬られに行くかのように次々に賊が斬られていく
あらかじめそのように定められた舞踏のごとく、一寸の乱れなくこれを断つ
ーーーー相手がどのような動きをしようと、自在に対応しこれを打つ
これこそが剣聖・上泉秀綱が開眼した新陰流の基本にして究極奥義 「相手に応じる円転自在の剣」の境地ーーーー”転”ーーーー
「ひ、ひいぃ! 強すぎる! 助けてくれぇ!」
20はいただあろう賊が気が付けば2~3人にまで減っていた。
武将に斬りかかったものは皆斬り捨てられ残っていたのは遠巻きに周囲を警戒していた者たちのみだ
瞬く間にたった一人で数十人を切り捨てたこの男は、化生か天魔か・・・。残った賊は我先にと逃げていった。
「とまぁこんなところか、得物がこれではいかんな」
四方八方に血や骸が散乱している中で武将はあっけからんに、何でもないかのように言い放つ。軍を率い日ノ本を駆けり、屍の山の上に天下泰平を成し遂げた男にとってはこの程度些細なことであるのか・・
ただただ魅せられていた。呂範はこの惨状を前にしても、武将に対する恐怖よりその極められた一個の武に惹かれていた
この只者ではない男についていけば自分は成り上がることができるのではないか
例え化生や魔物の類であってもこちらは学のない小賢しいだけの小娘だ、千載一遇の気を逃すわけにはいかない
何としてでもこの男についていかねば、そしてその技を手に入れて見せるーーーーーーーーー
タケマサの前に跪き礼を取る
「改めまして!あたしは姓は呂、名は範、字は子衡、真名は陽花っていうっす! どうか弟子にしてください!」
戦国の世にから来た男に弟子入りした少女の運命はいかようになっていくのであろうか・・・
「別にいいが・・・君に武術の才能ないぞ」
「ばっさり!?ひどいっす師匠ぉぉぉ!」