「――――お前さん、なんというか見どころはあるがつまらんなぁ」
バイト先である古道具屋の店長が、いつもの様にカウンターで品のいい煙管を吸いながらそんなことを言い出した。
年齢不詳で素性も不詳、出る所はきっちり出ている豊満な体に、何を考えているかさっぱり分からない微笑み。曰く、昔亡くなった僕の祖母の古い知り合いだと言う彼女は、一言で言えば胡散臭くて怪しい人だ。
「すみませんね、生憎と危うきに近寄らない人生を心がけているもので。第一この眼鏡を売ってくれたあなたがそれを言いますか?」
「わかっとるよ、んなことは」
故あって掛けている伊達眼鏡の位置を直しつつ、その中に映る店長はやれやれと肩をすくめる。厭味ったらしい言い方だとは思ったが、この人はそんなことで傷付くような繊細な神経を持ち合わせていないだろうから問題ないだろう。
「まぁ、あれだ。そんなお前さんにちょいといいことをしてやろうと思ってなぁ」
「しなくていいです」
「……即答かい。付き合い悪いなぁもう」
「付き合いを良くしていたら何をされるかわかったものじゃありませんから」
何せこの店、いつも閑古鳥が鳴いている癖に僕への給料とか、金払いはかなりいいのだ。裏で何をやっているのかわかったものじゃない。だから、あくまで僕はこの店のバイト、そのスタンスを崩したくない。
「――でだ、そこでこんなもんを用意してみた」
生憎と、そんな僕の内心はあえなく無視される物の様だった。店長がごそごそとカウンターの奥から何かを引っ張り出そうとしている。どうせ、何かまたろくでもないものだろうと、軽い覚悟だけは決めておいた。ちなみに、この店では髪の伸びる市松人形など序の口だと言っておこう。
「……鏡、ですか?」
「うん、鏡だねぇ」
引っ張り出されたのは化粧用の鑑らしきものだった。古ぼけた丸型の木枠に、不釣り合いなほどに鮮明に景色を映し出す鏡がはめ込まれている。一見すると、鏡だけを新品に取り換えたかのような印象がある。
「ところで、君は鏡というと何を思い浮かべるかな?」
ニヤリ、と胡散臭い笑みを浮かべ、鏡に手を添えながら店長はそう問いかけてきた。
「反射、とか逆さまとか……ですか?」
「そうさね、さかしまの光景、そう言った物を映し出すから、大昔から祭事やら儀式やらに用いられてきたのが鏡というわけだ」
「はぁ、それで?」
「つまりだ、異なるものを映す、というのは鏡の本質なんじゃなかろうかと思うのだがね。そして繋がる、標ができると言うことは、だ――」
瞬間、視界を真っ白に染めるほどに、店長の手の中にある鏡が光り輝き始めた。
これで光が輝いて僕が慄いて「どう、びっくりした?」で済めば御の字なのだが、この店長が今だけもったいぶった挙句にやり出したことだ。そんな生易しいことじゃ済まないだろうという予感があった。
正しく、鬼が出るか蛇が出るか。いくらかそういう代物を見て来た経験はあるが、できるだけ生易しいものでお願いします神様仏様!!
「それじゃあ剣とか魔法とか、そんなファンタジー溢れる旅にいってらっしゃいな。土産話は期待しとくからさ」
が、やっぱ呪詛とか唱えたほうがよかったんじゃなかろうか、という感情を溢れださせる言葉と共に、ぼくの意識は光の中に溶けて消えていった。……ああ、大学の授業どうしよう。
ふと目を開ければ、粗末な作りの木製の天井が目に入った。機械加工の合板とは違う不揃いさが滲み出ていて、明らかに人の手によって苦心しながら作り上げたんだろうと感じる。
そして、僕はどうやらベッドの上に寝かせられているらしい。僅かばかりの綿しか入っていない硬くて寝心地の悪いベッドに、これまた肌触りの悪い、麻布らしきシーツが僕の体にかぶせられている。
「……どこだここ?」
はっきり言って状況がつかめない。昨日までは普通に自分の家で寝ていた記憶がある。そしてこの場所自体も、全く以って記憶に無い。
「いや待て」
無い、が、見覚えの無い場所にいる原因などはいともあっさりと思いだせた。こんな状況に陥っている原因など、あの胡散臭さ爆発の店長しかいない。
そこまでくればあの時、鏡から発せられた光に飲み込まれ意識を失ったことまでも思い出せた。
良し、とりあえずあの店長のことは頭の片隅にでも置いて、問題はこれからどうするかだ。焦っても仕方がない。元よりこれまでの人生にだって常識外れの事柄はたくさんあった。だったら、これまで同様に今回だってどうにかなる筈だ。
無暗矢鱈に楽観思考をするわけでもない、けれど、悲嘆にばかりくれていては前に進めない。月並みな言葉だけどそれを人生の指針にしている僕は、心のうちでそう言い聞かせつつ、ベッドサイドに置かれていた愛用の眼鏡をかけると、とりあえずベッドから起き上がって深呼吸をすることにした。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
吸って吐く、その行為をじっくりと、入念に数回繰り返し、体の隅々に十分な酸素をいきわたらせる。そして自分の胸に手を当て、心拍数が正常であることを確認したら、まずはどうするかを決めることにした。
「まずはここがどこか、だよな」
分かり切っていることだけど、あえて口にすることによって行動の指針を強固にする。何にせよ、僕が今理解していることと言えば、何処とも知れぬ場所にいる、ということだけだ。事態に対する対処はそれからで構わないだろう。
「え~と、建築様式は……、煉瓦の壁に、柱は無し、っと」
そしてまずは自分が今いるこの建物を調べることにした。基本的に柱や梁で建築しているのが日本の建築で、西洋においては煉瓦や石を使っての建築が基本だ。
それだけであれば西洋風の建物、で終わるのだが、この建物、古臭い上に比較的新しいというのが気にかかる。というのも、先程天井を見て思ったけど、工業製品らしきものが一切使われていないのだ。
如何に古臭い建物とはいえ、フローリングなり、壁材なり、その他さまざまな所で何らかの工業製品が使われるのが現代の建物だ。それを何ら使わない、例えるなら歴史的資料として保存されていそうな様式の建物なのに、そこまで年季の入った建物という感じがしない。普通に建てられ、普通に住居として使われている、という感じだろうか。
「本当にどこなんだよここは。ちょっと調べるだけでこれだけ違和感出てくるとか……」
どう見てもこれは何かとてつもないことへのフラグが積み重なっている。もう一度眠りに就けばいつも通りに自分の部屋で目が覚める、……なんてことになってくれたらどれだけ嬉しいか。
そんな現実逃避に浸りつつ頭を抱えていると、僅かに物音が聞こえた。それは壁の向こうから聞こえてきて、だんだんとこちらに近づいてくる。多分きっと、この建物の住人とかそういう類の人だろう。
人がいる。その事実を認識した時点で安堵と不安が半分ずつ僕の心中を塗りつぶしていく。少なくとも現状を確認できるだろうという安堵と、確認できる現状が果たしてどれほどのものかという不安だ。
ともかく、こうして僕をベッドに寝かしつけてくれていたんだ。少なくともそれなりに友好的な対応は取ってもらえるだろう。
そうこうしているうちに、ギシリ、と音がした。立てつけの悪い木製の扉がゆっくりと開かれ、誰かがこの部屋に入ってこようとしている。果たして、鬼が出るか蛇が出るか――
「――――もう起きていたのね」
入ってくるなりそう告げたのは、女性だった。まるで燃え盛る炎の様な赤毛に褐色の肌、そして、何より目を引くのは、ちょうど耳の少し上ぐらいから斜め後ろに付き出る様に映えている二本の角。幾重にも枝分かれしたそれは、その質感と言い、まるで東洋の龍の角の様だ。例えるなら日本昔話のOPのあれ、みたいなものだ。
「龍、かぁ……」
鬼でも蛇でもなく、出てきたのは龍? だった。コスプレ、というには余りに自然体でいる彼女に対し、それが偽物だとは到底思えなかった。
「ええ、見ての通り龍人族よ」
「え、あ、そうなんですか?」
「そうよ、見てわかるでしょう?」
竜人族、ねぇ、生憎と聞いたことが無い単語だ。しかし、眼前の女性は然もそれが常識的な言葉であるかのように振舞っている。むしろ、要領を得ない僕の方に対して不信感を感じているようだ。
「すみません、どうもここにいる経緯が不明瞭でして……」
「ここの軒先にあなたが倒れていたから、それだけよ」
「それだけ、ですか」
「ええ」
もっと詳しい話を聞き出そうとするものの、彼女のリアクションは希薄だった。こっちの問いかけに対して、一応答えはしてくれるものの、必要最低限のことしか口にしてくれない。
どうにか、もっと会話をかわせないだろうか。そんな焦りが募り始めているのが、自分でもわかる。彼女の姿を見てしまっているから、明らかな異常事態に巻き込まれていることの確信が深まっていることも、原因なのだろう。
すると、僕の腹が空腹を訴え始め盛大な音を響かせてしまった。僕がいつ頃からここにいたのか分からないけれど、恐らくそれから一回も食べ物を口にしていないだろうから、仕方の無い生理現象なのだろう。
けれど、それを年上の女性らしき人の前で晒すのは、やっぱり気恥ずかしさが前に出てくる。
「……何か用意するわ」
僕の盛大な腹の音に対し、彼女は少しだけ呆れたような表情を浮かべると、そう口にしてさっさと踵を返して部屋から出て行ってしまった。
どうやら僕のためにご飯を用意してくれるらしい。様子とは裏腹に優しい人なのかな、と印象を修正した。……よくよく考えれば見ず知らずの僕をこうして看病してくれていたんだし、そういう優しさを持っている人なんだろう。
そう考えると、お礼の一つも口にしていない自分が酷く恥ずかしかった。とりあえず僕はこのまま彼女が戻ってくるのを待つことにして、戻ってきたらまずはお礼を言おうと決める。
「簡単なものだけれど、どうぞ」
「ありがとうございます」
「……そんな大袈裟に感謝されるほどの食事じゃないわよ」
ほどなくして、彼女は湯気を立てる木のお椀を手に戻ってきた。見たところ、麦に似た何かを煮込んだ粥だろうか。
そして、僕が目覚めるまで面倒を見てくれたことと、こうして食事を用意してくれたことに対し、しっかりと頭を下げて感謝したら少し戸惑ったような表情を浮かべ僕に粥の入ったお椀を差し出してくれた。
「それじゃあ、いただきます」
ひょっとして照れているのかな、とか思いつつ僕はお椀を受け取り、添えてあった杓子でまずは一口食べてみた。
すると、口の中に広がったのは穀物の甘みと、砂糖よりは薄い何かの甘みだった。てっきり塩で味付けされていると思い込んでいたのは、僕が日本人だからだろうか。少々面食らいはしたものの、これはこれでありだと思い再び粥を口に含む。
「口に合わなかった?」
「あ、いえ、僕の故郷だとお粥は塩で味付けしていたもので」
「塩なんて禁制品、税率が高過ぎて私達には早々手に入らないわよ」
「すみません。何だかケチを付けたみたいに言ってしまって」
諦め交じりにそう言い捨てる彼女。どうやらこの地においては塩に高い税率が掛けられているらしい。無論、今の地球において塩に高い税率が掛けられていて、中々手に入らない、なんて話は聞いたことが無い。
つまりは、そういう横暴がまかり通る場所、ということだ。光にのまれて意識を失う間際に、店長がのたまった言葉ががぜん真実味を帯びていく。
とはいえ、まずは出された料理に感謝してお粥を熱いうちにいただくことにする。甘いお粥も、慣れればそれなりに美味しかった。
「御馳走様でした」
しばらくして、僕は空にしたお椀を置いて手を合わせた。味は問題なく、両に関しては些か物足りないと感じたものの、腹の虫がおさまる程度には満腹感を感じている。
「……変わったお祈りね」
彼女はそんな僕の様子を、部屋の中にあった丸椅子に腰かけ、飽きるでも無くじっと眺めていた。変わらず希薄で茫洋とした感じではあったけど、どうやら僕の食後の挨拶が気にかかったらしい。
「食べ物を恵んでくれた自然に、食事を用意してくれた人に感謝をこめて、食べる前にはいただきますを、食べた後にはごちそうさま、と言って手を合わせるのが僕の故郷の風習なんですよ」
「人間達が崇め奉る創造神とやら、じゃないの?」
「生憎と、僕の生まれ故郷は一神教じゃなくて多神教ですから」
「多神教……?」
「万物には万物の神が宿る。そういう考え方です」
「ふぅん、私達の精霊信仰みたいなものかしら。人間にしては変わっているのね、あなた」
「僕の故郷は、宗教に関しては偉く大雑把というか、緩いんですよ」
やはり、確信を深めているとはいえ、こうした些細な会話にも噛み合わなさが滲み出てくるのはどうにも落ち着かない。常識、というものがどれほど大事かを改めて認識させられる。
が、そんな常識を更に打ち砕くであろう出来事が待ち受けているに違いないのだから、これしきのことでへこたれてもいられない。
ベッドの端に腰かけていた僕は居住まいを正し、背筋を伸ばす。やはり、こういう状況下である以上、まずはこの人と友好的な関係を築けなければ手詰まりだ。
「まずは寝床と食事を提供してくれてありがとうございました」
「……別に、大したことじゃないわ」
「大したことじゃなくても、僕にはありがたかったですから」
「そう、……物好きね、あなたは」
僕としては、いいことをされて感謝するというのは至って普通の行為だと思うのだが、彼女にとってはそうじゃないらしい。まるで奇妙なものを見る胡乱げな視線を向けられる。
「ところで」
「何でしょう?」
「いつまでもあなたじゃ呼びづらいのだけど」
「あ」
それどころかそもそも自分の名前を名乗ってすらいなかった。大学生にもなってこの片手落ちは恥ずかし過ぎる。しかも、こうして目の前にいる彼女の名前すらうかがっていなかったという体たらく。
やはり、わけのわからぬ状況に陥って自分でも気付かないうちに動揺していたらしい。
「すみません、名乗るのが遅れました。僕は尾上明と言います」
「おがみ……あきら……? 変わった名前なのね」
「ちなみに尾上が姓で、明が名前です。ところであなたの名前も伺ってよろしいですか?」
「サアラよ。姓は無いわ」
「サアラさんですか。良い名前ですね」
「物のついでに、ここがどこか伺ってもいいですか?」
「帝国の龍人族隔離居住地よ、少し考えればわかるでしょう?」
すみません、聞き覚えの無い単語なので全くわかりません。そんなふうに言いたくなる衝動をぐっとこらえ、これまでの情報を頭の中で整理する。
まず第一に、サアラさんは龍人族という民族、というよりは種族に近いものだろう。今のところ分かっている特徴は頭に生えている二本の角だけだ。
次いで、龍人族隔離居住地という言葉。そこから察するにこの龍人族という種族は、帝国とやらから何がしかの制限をくわえられているのではないだろうか。もしかしたら塩に高い税率がかかっているのもその一環かもしれない。
「すみません、帝国って言うのはどんな国なんですか?」
「あなた、そんなことも知らないの?」
「全く欠片も自分の知識と今の状況が噛み合わないんですよ。逆に聞きますけど日本という国に聞き覚えはありますか?」
「いえ、全く無いわね。どこの僻地の名前かしらそれは」
「……全然僻地の名前じゃないんですけどねぇ、ハハハ」
思わず、渇いた笑い声を洩らしてしまう。あの腐れ店主、マジで人を異世界に飛ばしやがった。
(――――今度あの胡散臭い顔見たら絶対ぶん殴ってやる)
「あ、あの、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
思わず漏れ出た怒りと憎しみと殺意がごちゃ混ぜになった空気に、サアラさんがちょっと引いていた。何事も無関心そうなこの人でもそういうリアクションをとるんだ。
しかし、ここが異世界であるということはほぼ確定してしまった。
まだサアラさん一人と話しただけだが、ここが異世界であるということは念頭において行動したほうがいいだろう。
そうなると、ここからどう行動するべきか。勿論元の世界に戻る手立てを探るべきだけれどなんだかそれなりに時間がたてばあの腐れ店長がひょっこり現れて、「異世界の旅はどうだったかね?」とほざきそうな気もするのだ。
「ちなみに、魔術とか使えます?」
「精霊魔法が少しだけ」
そういうなり、サアラさんは短く何かを唱えたかと思うと、指先に火を灯してテーブルの上におかれていたカップにその火を近づける。どうやらそのカップは照明器具だったらしい。中に油を溜め、その中に浸した灯心に火を付けて明かりをとるという、非常に簡素な造りの照明器具だった。鼻につく焦げ臭さと共に、淡い光が部屋の中を照らす。
それにしても、やっぱり魔法とかそういうのがある世界なのか。本当に僕はこの世界で生きていけるのだろうかという不安にかられる。
その不安を暗示するかのように、いつの間にか窓の外は暗闇に包まれていた。
再び、この部屋には僕一人だけが残された。
「これからどうするかは明日にしたらどうかしら」
サアラさんにも、僕がどうやら尋常ならざる状況にいるらしいというのは伝わったらしい。精々が見たことも聞いたことも無い、遠く離れた僻地の国からアクシデントに巻き込まれてこの地にやってきた、というぐらいだけど。
「明日になったからって、どうすればいいか決まるとは思えないんだけどな」
苦笑しつつ、僕は眼鏡を外した。外して、窓から外の景色を眺める。
そこに広がっているのは、人の光など欠片も無い木々と、満天の星空。きっとここの人達にはありふれた景色で、こんな景色に目を奪われているのは僕ぐらいだけだろう。そう考えると、まるでこの景色を僕だけが独占している様な気がして、なんだかおかしかった。
そうして、少しだけ楽になった気分のままに、更に目を凝らして窓からの景色を眺め見る。
「あれが精霊って奴なのかな」
すると、なんだか鬼火のように、ぼんやりとした明かりを纏った丸い何かが、いくつも空を漂っているのが目に入った。
それがサアラさんが口にした精霊、とかいう奴なのだと理屈ではなく直感で理解できる。
――――見えないものが見える。
それはあの店長が僕を気にかけていた理由であり、祖母から受け継いだものだった。
僕の祖母はいわゆる拝み屋、という奴で、幽霊とかそういったモノを祓う仕事を昔から行っていた。
表沙汰にすれば色々と良くない咆哮で騒ぎ立てられるような仕事であり、実際祖母も、悪霊に取りつかれているなどと思いこんでいたりする人に対して、形ばかりの除霊行為を行ったことや、正真正銘の除霊行為をやる時も仏教やら神道やらごちゃ混ぜの方式でやっていたりする。
けれど、そんな祖母に育てられたせいか、僕も物心ついた時には既に、そういうモノが見える体質だった。
幽霊やら、時には妖怪やら、そういうモノと遭遇したことも少なからずある。だからと言ってそういうモノと正面から切った張ったできるほど、人間離れしているわけじゃない。
あくまで僕にできるのは、祖母の真似ごと。手慰みの拝み屋行為だけだ。
とりあえず僕は、その精霊らしきモノに向かい手を合わせ、これから先を大過なく過ごせるようにと願をかけた。生憎とこちらの宗教など欠片も知らないので、本当に手を合せて拝むだけだったけど。
――鰯の頭も信心から、って言うからねぇ。信じる、って行為には意味があるのさ。
――信じるってことは、認めること。神様だって、誰かに存在を認めてもらわなきゃいないも同じさね。
昔、そう教えてくれた祖母の顔が、やけに鮮明に瞼の中に映る。
果たして、自分という存在はこの世界に許容されるのか、そんな不安を抱きながら、異世界での一日目は過ぎていった。
これからしばらくは、サアラメインの話で展開していこうと思います。