悪運の女将校   作:えいとろーる

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少女と特訓

 いつもと同じ時間。太陽が海から顔を出すよりも早く私はベッドから身体を起こす。時計を見ると短い方の針はまだ四時のちょっと前くらいを指していた。

 

 うん、今日も約束には間に合いそう。

 

 目を擦り、ベッドからもぞもぞと這い出してパジャマを脱ぎ、花柄のワンピースを頭から被る。

 これは昨日でお母さんに買ってもらったばっかりの誰にも見せたことがないお気に入りだ。

 

 脱ぎ捨てたパジャマを畳んで部屋uいの扉に掛けられた鏡で一回りし、服装がおかしくない事を確認したら部屋から出て洗面所へと移動する。

 

 わ…寝癖がなんかすごいことになってる…。

 

 顔を洗って眠気を飛ばすと自分の頭から針のような寝癖が生えているのに気がついた。慌てて寝癖を直すのと同時にいつも通りの二つ結びに髪の毛を整えて前髪に櫛を入れる。

 

 身支度が整ったのを確認したら今度はキッチンへ移動してエプロンを身に着ける。手を洗い、少し水がついた手で米を握り薄く塩をまぶして器用に三角に形を整えていく。一つだけ砂糖入りにしたのは遊び心だ。最近はヘルメッポさんも砂糖入りが当たっても文句を言わずに食べてくれるようになった事が少しだけ嬉しい。

 

「よしでーきたっ!」

 

 出来上がった四つのおにぎりをいつも使っている薬箱の隙間に入れ、肩にはお茶を入れた水筒を下げて家を出た。

 

 東の空はもう少し白くなっている。もうコビー君やヘルメッポさんは来ちゃってるかな?

 

 約束の場所にいるであろう二人の顔を思いながら走る脚を早める。でもあんまり速く走りすぎるとおにぎりの形が変になっちゃうから大変なんだよねぇ…。

 

 むむむ…難しい。もう少し他のおかずとか作ってくればよかったかな…。

 

 スピードを上げるごとに薬箱の中身に揉まれ、形を歪めるおにぎり達に気を使いながら目的地である町外れの丘に向かって走る。

 

『ーーぁ!』

 

『ーーォォ!』

 

 丘に近づくと、訓練している二人の荒々しい声が風に乗って運ばれてくる。やっぱりもう始まっちゃっているみたい。

 

 丘の坂を登り切って見れば、もう随分長い時間訓練をしているのか、お互い鼻血を流し、たんこぶを頭から大量に生やした二人が竹刀を振り回して激しく打ち合っている。

 

 私は二人の邪魔をしないように少し離れた木の下にシートを敷き、薬箱からキズぐすりや絆創膏を取り出して二人の手当の準備を整える。あの調子ではそろそろ終わるはずだ。

 

 今日はどっちが勝つのかなぁ…?

 

「で…でぇいやぁ!!」

 

「うわっ!?」

 

 コビー君が頭を狙って横に振った竹刀をギリギリで伏せて躱したヘルメッポさんの二本の竹刀が、コビー君の足首の辺りを叩き、コビー君が倒れた。立っているヘルメッポさんは右手に持った方の竹刀をコビー君に突きつけている。

 

 今回はヘルメッポさんの勝ちかぁ…。

 

 どちらかというとコビー君を応援していた私は少しがっかりしながら立ち上がる。

 

「そこまでー!勝負あり、だよー!」

 

「あぁ?なんだリカか…いつの間に来てたんだ…?」

 

「いてて…リカちゃんおはよう…」

 

 手を叩きながら二人に向かって言うと、お互いに竹刀を納め、ボコボコになった顔でこちらにふらふらと頼りない足取りでやってきてシートの上に尻餅をつくようにして座りこんだ。

 

 ってうわ…近くで見るといつもよりひどいや…。

 

 コビー君もヘルメッポさんも、たんこぶの上にたんこぶを作り、変なオブジェの頭みたいになってしまっている。見えている肌も竹刀のささくれや、紐で切れた傷だらけで、無事な所を探す方が難しいかもしれない。

 

「今日は一段と派手にやったみたいだね。たんこぶも擦り傷も数え切れないよ」

 

「本当だぜ…ったく昨日の夜に来た報告を聞いてからコビーの癖に妙に張り切りやがって…そのせいで全部大振りの隙だらけじゃねぇか」

 

「はは…ごめんね…」

 

 私の声にヘルメッポさんがいつもの様に口を曲げて嫌味を発する。

 

 確かに、今日のコビー君は何かおかしかった。いつもなら二本も竹刀を使うヘルメッポさんに向かって突っ込んでいくことなんてないのに、今日は何故か竹刀を振り回して積極的に向かって行っていた。昨日の夜に来た報告を聞いて妙に張り切ってるって言ってたけど、なんの報告だったんだろ?

 

「…リード少佐は、僕よりも二つ下の歳から海軍に入ったんだ」

 

「あぁ?なんの話だ?」

 

 報告の内容について考えながら、ヘルメッポさんの肩に湿布を貼っていると、出し抜けにコビー君がぽつりと呟いた。

 

 リード少佐っていったらちょっと前にこの町に来たっていう海兵の女の人…だよね。確かコビー君よりも偉い人で、私より小さい時から一人で海賊をやっつけたり、一回大砲を撃つだけで海賊船を三隻も沈めたりして、この海で一番強いって言われてる海兵さんだって、コビー君やヘルメッポさんから時々聞いたことがある。

 

「その少佐がずっと水面下で潜んでいた百計のクロを見つけ出してたったパンチ二発で捕まえたんだ…!」

 

「ふん、まぁ懸賞金1600万の賞金首をたった二発で沈めるんじゃ、十分化け物だよな」

 

 俯きながら拳を握って軽く口角を上げながら少し嬉しそうに言うコビー君に相変わらず冷めた様子のヘルメッポさんが返した。

 

 それにしても、一体どういう人なんだろ?コビー君や走っているところを見たっていうお母さんの話を聞けば聞くほどその人のイメージが分からなくなる。

 

 今の話からすると半月前にいたモーガンみたいなゴリラっぽい人をイメージしてしまうけど、お母さんが言うにはものすごい美人さんだって言うし、どんな人かさっぱり想像できない。

 もしかしてゴリラの中では美人さんってことなのかな?それともゴリラな体に美人さんな顔がくっついてるってこと?いや、でもヘルメッポさんは化け物だって言うし、昔お父さんが話してくれた巨人族の人なのかも。

 

 うわぁ…想像したらなんか凄いやだ…。近所のおばさん達は挨拶もちゃんとできる良い子だって言うけど、私がそんなでっかくてごつい人に声をかけられたらさすがにちょっと怖いかも…。

 

「だから、僕はリード少佐みたいになりたいんだ!強くて正しくて、部下に対する情も厚い。少佐は僕の理想の海軍将校そのものなんだ!」

 

「おーおー、随分ご執心じゃねぇか。ま、あの人とその周りのお前みたいになってる奴らを見りゃ気持ちは分かるけどよ」

 

「いやっ!ダメ!!」

 

「い"や"っ!?」

 

 ヘルメッポさんの頭から生えた重なり合って大きくなってしまっているコブに優しく薬をつけているとコビー君がとんでも無いことを言い出し、思わず薬を塗っているソレを叩いて叫んでしまった。

 

「お…おいリカぁ!?」

 

 でも、コビー君がそんな化け物みたいになるのは絶対に嫌!ずっと今みたいに仲良くお話ししながらお茶を飲んだりご飯を食べたりしたいのにそんな化け物みたいになっちゃったら、もう一緒にいられないかもしれない。

 

「おいっ!リカ!リカぁぁ!?」

 

 それだけはどうしても嫌!

 

「えっと…リカちゃん…?ヘルメッポさんのソレ…放してあげて?」

 

「え…?あっ!ごめんなさい!」

 

「…リ……カ…てめぇ…」

 

 気がつけばヘルメッポさんの頭から生えているコブを強く掴んで振り回してしまっていた。あまりの痛みに気絶してしまったのか、ヘルメッポさんは白眼を剥いて倒れた。

 

「へ…ヘルメッポさん!?」

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 改めてヘルメッポさんの頭に薬を塗って包帯でぐるぐる巻きに仕上げた。コビー君が体を揺すって声を掛けると口をモゴモゴと動かしながら何かを呟いているからまだギリギリで意識はあるみたいだ。

 

「それで、いきなりどうしたの?」

 

「えっと、それは…」

 

 少し引きつらせた笑顔でコビー君に声をかけられた。でもなんて言えばいいんだろう?

 ゴリラにならないで!っていうには変だし、強くならないで!って言うのはなんかおかしい気がする。

 それより、面と向かってそんなことを言うのは、さすがに恥ずかしい…。

 

「うぅん…ごめんなさい。なんでもないの」

 

「そ…そうなんだ。ヘルメッポさんなら大丈夫だから、心配しないで」

 

「ふぉいこびー…らいじょーぶかろうかをきめんのはふつーおれだろー…?」

 

 うん、こうなったら信じよう。コビー君がゴリラにならないことを。

 それにそのリード少佐がゴリラかどうかはまだ決まっていない。本当にゴリラみたいだったモーガンよりも階級は二つも下なんだしゴリラ度も多分モーガンよりはいいはず。ゴリラ度なんてあるのかどうかはそれこそ分からないけど、多分大丈夫!

 

 それに死んじゃったお父さんは少将だったけど、ゴリラじゃ無かったし、強い人がみんなゴリラってわけじゃないはずだ。麦わらのおにーちゃんもロロノアのおにーちゃんもゴリラっぽくは無かったしね。

 

「でも、コビー君は強くなってもずっとこの町を守ってくれるんでしょ?」

 

 そうだ。コビー君が強くなってゴリラになりそうになったら私が止めればいいんだ。ずっとこの町にいるんなら、ずっとこうして自主訓練の後や訓練が終わった後なんかに会っておしゃべりができる。私はこうしてコビー君と………あとヘルメッポさんとも一緒にご飯を食べたりおしゃべりが出来るなら、それでいいんだ。

 

「いや、僕はいつかこの島を出て海軍本部に行きたいと思ってるんだ」

 

「…え?」

 

「ほれはふっとここでいいぞー…」

 

 予想外の返答に頭が真っ白になった。

 

 今、コビー君はなんて言った?この島を出るって?

 

 海軍本部…ってどこ?

 

 この島を出るって…なんで?

 

「な…なんで?この島じゃダメなの?」

 

「ほれはふっといr…」

 

「僕はね、前までは海軍将校になりたかったんだ。でも、ルフィさんと会って、それじゃダメなんだって気がついた」

 

 コビー君が話している。でも、良くわからない。

 

 私の頭の中はコビー君が出て行ってしまうということに対するクエスチョンマークで埋まっていた。

 

 

 

「あの人はもっともっと強くなるし、どんどんこの海を進んで、やがては偉大なる航路に行く人だ」

 

 

 嫌。

 

 

「あの人と約束したんだ。あなたは僕が捕まえるって。男が一度言った言葉、取り消すわけにはいかない」

 

 

 やめて。

 

 

「ほれはふっと…」

 

 

 聞いてない。

 

 

「だから僕はいずれ海軍本部に行くんだ。そしてあの人を…」

 

「嫌だ…」

 

 思わず口から本音がこぼれた。

 

「嫌だよ!もっと一緒にいたいよ!」

 

「い"や"ぁ"!?」

 

 コビー君の怪我の事も忘れ、下に落ちていた柔らかいものを踏み台に飛んで抱きついた。

 

「リ…リカちゃん!?」

 

「嫌だもん!コビー君が居なくなるなんて絶対いや!」

 

 自分が酷いことを言っているのは分かってる。

 

 ずるいことをしているのも分かっている。

 

 昔お母さんにおもちゃを買ってもらえなかった時に同じ事をしてよく困らせた。

 

 分かってはいるけど、それでも嫌だ。初めて出来た友達なのに、離れるのなんて絶対に嫌。

 

「リカちゃん。僕はそんなすぐに行くわけじゃないよ。まだまだ雑用だし、十年後か、二十年後かもしれない」

 

「でも、いつか行っちゃうんでしょ?」

 

 私を離し、目線を合わせて告げるコビー君をさらに困らせる。

 

「うん…でも、きっと戻ってくるよ。うんと強くて偉い海兵になって必ずここに帰ってくる」

 

「……少佐っていう人みたいに?」

 

「うん、必ず」

 

 リード少佐。コビー君よりも小さな頃から海軍に入ったと言う女の人。コビー君はその人みたいになりたいんだ。

 

 本当にどんな人なんだろう。私からコビー君をとってしまった女の人。とても強い人。コビー君よりも早く…海軍に……?

 

「あっ…!」

 

「ど…どうしたの?」

 

 そうだ。そんな簡単な方法があったんだ。

 

 私がなればいいんだ。エヴァ・リード少佐みたいに。そうしたら、コビー君から離れなくて済む。

 

 コビー君よりも誰よりも強くなれば、一緒に海軍本部にだって行ける!

 

「ごめんなさいコビー君!私いいこと思いついちゃったから先に帰るね!」

 

「おぅっ!?」

 

「えっ!ちょっと待って!」

 

 いつの間にか乗っていた柔らかいものから飛び降り、バスケットからおにぎりと水筒だけを置いてコビー君から離れる。

 

「それ今日の朝ごはんまでのつなぎ!食べて!」

 

 少し走ってから振り返って手を振りながら言う。

 

 すぐ家に帰ってお母さんとお父さんにも話さなきゃ!許してもらったらお父さんの銃と刀を貰おう。銃の扱いなんかはお父さんに少し教えてもらったし、軍の訓練でもしょっちゅう見てるからしっかり覚えている。

 

 これでコビー君と離れなくて済む!

 

 私は心の内に生まれた希望に胸を膨らませ、丘を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 リカが丘を駆け下りて行くのを、ただ呆然と見つめることしかできなかったコビーが我に帰ったのは、それから間も無くだった。

 

「えっと…大丈夫?」

 

「らいじょーぶにみえるかぁー…?」

 

 コビーはまずシートの上で目を伸びているヘルメッポに声をかけた。元からボロボロだった身体はリカの無意識下に行われた特に悪意のない暴力によって見るも無残な状態になっていた。

 

「…僕、少佐が帰って来られたら、直々に鍛えてもらえないかどうか頼んでみようと思うんだけど、ヘルメッポさんも一緒に行かない?」

 

「ふるへー…かっぺにひろー…」

 

 コビーの声に反射的にヘルメッポが返した。

 

 

 

『麦わらのルフィ』によって導かれた少年、コビー。

 

 元海軍大佐『斧手のモーガン』の息子、ヘルメッポ。

 

 二人の若き海兵は気付かない。己が決めたエヴァ・リードに師事するという事の重大さを。

 

 二人の若き海兵は知らない。彼女がガープ中将によって直々に授けられた修行の内容を。

 

 二人の若き海兵は選んでしまった。現在彼らの選択肢として考えられる中では最も過酷な道であろう運命の道を。

 

「よし!頑張ろう!」

 

「ふぉー…」

 

 コビーはかぶりを振ってリカの残したおにぎりにかじりついた。

 

「……甘い」

 

「ひぇっひぇっひぇっ…ひゃまーみろ…ひゃずれだ…」

 

 二人が雑用の朝の仕事である芋の皮むきと掃除のために基地に戻ったのは、それから三十分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

「あぁ…どうしたもんかねぇ…」

 

 シェルズタウンに近づく船の甲板で、船を一人で見回りながらため息をついた。

 

 俺は今、もしかしたらとんでもない秘密を握っているのかもしれない。例えば誰かにこれを話そうものならこの船…いや、東の海中の海兵に衝撃が走り、今まで見てきた誰もが知り、尊敬するその人のイメージが音を立てて崩れ去ってしまうほどの秘密を…。

 

 あの戦いが終わってから三度夜を越えた。しかし、ベッドに入り夢をみるたびに、その時の彼女の声が、姿が、目が俺の頭に浮かび、離れなくなる。

 

 最初にその姿を見て、その声を聞いた時は、まさかそんなはずが無い。この人がそんなことを言うはずがない、と俺の勝手な聞き間違いと妄想が生んだものだと考えた。

 

 しかし、一夜、また一夜とその姿を繰り返しフラッシュバックすることによって、俺にはそれが本当に俺の妄想だったのか、それとも現実だったのか、もう分からなくなってきていた。

 

『ブ…ブレンダン君!櫂!櫂ちょうだい!』

 

 なんなのだ、あの時のあの声、あの姿は。

 

 誰だアレは。あんなのは俺たちがこれまで信じてついてきた少佐じゃ断じてない!

 少佐はいつも強く、そして正しく、何事にも動じず威風堂々としていて、絶対的正義の道を俺たちに示しながら導いてくれるお方だ。

 

 そんな少佐が酷く焦った町村のような顔をして、ちょっと無意識な上目遣いをしながらブ…ブレンダン君って…そんなの…そんなの…そんなのは少佐じゃない!そんな少佐可愛すぎるだろ!?

 

 

 思わず当時を思い出し、自分の体を両手で抱き、腰と体をくねくねと振りながらうほほいうほほいと、自分でもよくわからないダンスを踊ってしまう。

 

 いや、なんつーかギャップ萌えって奴か?

 

 一部では石仮面だとかなんとか言われてる少佐があんな女の子みたいなリアクションするのはどう考えても反則だ。

 っつーかもしあれが現実だったとしたらいつもの少佐のあの態度はなんなんだろう?

 

 もしかして部下の前だからって俺たちに気を使って必死に強くて堂々とした上官を演じてきたとか?なにそれ可愛い。

 

 

 

 

 

 

 …はぁ、いくらそんな事考えても事実はそんなわけないんだろうなぁ。なんてったってあの『百計のクロ』をたった二発で粉砕するような人だ。ガープ中将から受けたという訓練もくぐり抜けてきた修羅場も、とても常人には到達し得ない境地にある。それを成し遂げた少佐がそんな弱い一面を持っているはずがないのだ。

 

 全ては俺の妄想。そう自分に言い聞かせ、俺は軽く体をほぐして空を見上げた。。

 

 でも…今夜もあの少佐と会えるといいな…。

 

 毎晩夢に見る可愛らしい少佐の姿に想いを馳せながら俺は再び甲板を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブレンダンの頭上。メインマストの見張り台。

 

「…何やってんだ、あの馬鹿は?」

 

「…さぁ?」

 

 メインマストに登り、今日も見張りをしていたキンドロ二等兵が、眼下でくねくねと妙な動きをしていた同僚の姿を腰に携えた愛砲である銃剣付きの迫撃砲を撫でながら、冷めた目で見下ろして言うと、同じく隣で見張りをしていたバーノン二等兵が引きつった笑みを浮かべて首をかしげた。

 

「…東の海に春島なんてあったのかねぇ…」

 

「あそこだけ、今は春だと思うよ?」

 

 とても見ていられない光景に二人は目を背けて仕事を続ける。

 

 明日の帰港に向けて、一部が春と化しているエヴァ・リードの軍船はゆっくりと進んでいった。


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