悪運の女将校   作:えいとろーる

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宴会と旧友

 …いや…なんかもう、どうしてこうなった?

 

 航海の末漸く目的の島に近づくと、わざわざ総出で出迎えの為に波止場で待機していてくれた第153支部の海兵達を見て素直にその言葉が浮かんだ。

 出迎えに出てくれた海兵の人数は、総勢およそ百四十人。その全員が横並び一列に並び、接近するこちらの船に最敬礼を向けて立つその姿は、自分に向けられたものでなければ、その見事な統率に拍手を送りたいほどのものだ。今回?出来るだけ彼らから見えないように甲板の一番奥で偉そうに立ってますよ。

 

 しかし、徐々に接近して着岸の準備が整った頃、違和感に気づいた。

 街もあり、特に貧困している様子もないこの島で任務に当たっているにも関わらず、いったい何をどうしたらこうなるのか、彼らの身体は異常に痩せ細り、砂漠で遭難した旅人のような姿になっている。所々ではフラフラしてるような海兵もいるし、一番端っこの妙なキノコ頭の割れアゴ君やピンク髪の丸メガネ君に至っては白眼を剥いて口パクパクしてるし、あのままでは私たちの出迎えの前にお迎えが来てしまいそうな状態だ。

 

 うわぁ…もう既に帰りたい…この支部絶対やばい気がする。確実に何か起きるパターンのやつだもんこれ、十八年間も悪運に憑きまとわれている私が感じたのだから間違いない。

 

「少佐、準備が出来ました!」

 

 ありありと漂うめんどくさそうな雰囲気を醸し出すガリガリ&フラフラな海兵達を見て、内心で溜息をついているとブレンダン君がデッキから港までタラップを下ろし、こちらにサムズアップと爽やかな笑顔を向けてきている。その顔は明らかに『まずは上官である少佐からどうぞ!』と言外に意思表示していた。

 

「あぁ、ありがとう」

 

 そうなるとヘタレな少佐は逃げられない。ブレンダン君から発せられる凄まじい尊敬してます的なオーラを背に受けながら、重い足を引きずってタラップを一段一段踏み締め、今すぐ踵を返して自室に飛び込んでベッドの上で引きこもりたいという欲求と十分過ぎる時間をかけて戦いながら港へと降り立った。

 

「あ…貴女がリード少佐ですね。噂はかねがねお聞きしています。お会いできて光栄です」

 

 久し振りに感じた大地の感触に浸る間も無く、見ないようにしていた一番階級が高そうなヒゲ面の男性が握手のために引きつった笑顔で両の手を差し出してくる。

 しかし、普段であれば爽やかなのだろうその笑顔も、痩せこけた荒れ放題の肌ではもはや海賊のようになってしまっている。

 

 っつーかなんで敬語!?なんかかなり緊張してるぽおいし、もしかして顔怖かった?ごめんなさい!すいません!私こんな感じの仏頂面しか出来ないんです!

 

「わざわざこのような歓待を戴き、恐縮の限りです。リッパー中佐」

 

 内心では全力で土下座を行っている真っ最中だったが、当然差し出された握手を拒むことは出来ない。直ぐさま両手で中佐の大きな手を握り返した。

 

「大丈夫ですか?リッパー中佐も部下の方々もどうやらあまり体調がよろしくなさそうですが…」

 

「だ…大丈夫です!これは我々のけじめなのですから!」

 

 つい気になりすぎた彼らの惨状について、手を離しながら聞くと、中佐は先ほどと同様に爽やかなはずの笑顔を浮かべて返してくる。よく見れば部下の方々も虚ろな表情ながら首を上下に振っている。

 

 それにしても他の海兵を軽く目だけで見渡してみてもアゴに特徴がある人は例の白眼を向いたキノコ頭君しか見当たらず、右手が斧になっている人も見当たらない。やはり大佐にもなると出迎えは部下にやらせて自分は基地で待っているのだろうか。

 

「ところで、こちらの基地長はモーガン大佐とお聞きしていたのですが、基地で待たれているのですか?」

 

『!!』

 

 うをうっ!?

『モーガン大佐』の名前を出した途端若干目が虚ろだった後ろの海兵たちの目が眠りから覚めたように見開かれた。すごく…怖いです。

 よく見ればピンク髪の丸メガネ君もキノコ頭君でさえも先ほどの白眼のままだが、こちらに目を見開いて顔を向けている。どうでもいいが白目のまま目を見開くにはやめて欲しい。本当に怖いから。中佐以外は遠いから良かったが、もし目の前で今のをやられたら漏らす自信がある。

 

「何か問題があったのですか?」

 

 よし、なんとか表情は崩さず聞けた。内心でガッツポーズをしていると、中佐は見開いた目を歪め、苦虫を噛み潰したような顔で少しずつ、話し始めた。

 

「えぇ、実は…」

 

 私たちがこの島に到達する十日前に起こった。とんでもない出来事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

「あぁ…酷い目にあった…」

 

 喧騒が飛び交う基地内の大部屋から抜け出し、海賊用の第二対船砲が備えられた塔の屋上でコーヒーを一口飲んで溜息をつく。今夜は新しく着任した『エヴァ・リード少佐』の歓迎会が開かれており、基地内は非常に騒がしい。さらに今日はこの第153基地の全員に課せられたメシ抜きという懲罰が解かれる日であり、リード少佐の着任祝いという名目に託けて騒ぐこの基地の面々が、海賊さながらの喧騒を巻き起こしていた。

 

「う…痛てて…」

 

 十日前の事件で受けた銃痕が痛む。

 海軍に入ってまだ十日ということで、新入りの下っ端である僕が宴席につくことは当然出来ず、使えるのは左腕一本という悪条件ではあるが、料理を運んだり、その途中で無理やり飲まされたり、リード少佐の部下の皆さんにお酒をついだり、そのついでに飲まされたり、空いたお皿を片付けたり、一緒に余ったお酒をコックさんに飲まされたりと、右腕に時折走る痛みと共に、雑用に基地内を駆け回った。

 

 そして合間合間に飲まされるお酒で目の前が回り始めた頃、ようやく雑用の仕事がひと段落したことで休憩を貰うことができ、誰もいない静かな砲の下で一人、新鮮な空気を肺いっぱいに取り込んでいた。

 

「あれから…もう十日も経ったんだ…」

 

 偶然乗り込んでしまい、航海術を買われて扱き使われていたアルビダの海賊船からルフィさんに助けられ、この基地にやってきた。とにかく無茶苦茶なやり方での海軍基地への不法侵入や、狂気の沙汰としか思えないロロノア・ゾロの勧誘。それに加えた海軍大佐の打倒。そして僕の海軍への入隊。

 

 これは僕の身に起こったわずか十数日の出来事だ。

 人生に変化はつきものだ、そんな言葉をいつか聞いたことがある。今の僕にはその言葉が身にしみてよく分かる。ただ海軍の入ることだけが夢だった冴えない僕が、ルフィさんにのせられて気がつけばこの通り、まだ雑用とはいえ憧れだった海軍の一員としてマリンブルーのラインが入ったこの制服に袖を通して基地にしっかりと立てている。

 本当に、ルフィさんは不思議な人だ。ロロノアさんも僕も気がつけばルフィさんのペースに乗せられて、如何してか全部いい方向に物事が進んでいった。

 

 そう言えば新しく着任したリード少佐だが、リッパー中佐からルフィさんのことを聞いたときに一瞬表情が強張ったような気がした。いや、今日一日見てても表情が全く変わらないから気のせいかもしれないんだけど…。

 

 それにしても『最速の海兵』ことリード少佐の噂は一海兵として聞いたことはあったが、実物は噂以上の美貌の持ち主だった。それに加え考えを周囲に一切悟らせないあの寡黙な表情も噂通り、凄まじいオーラを放っていた。あれが本当に強い海兵と言うものなのだろう。階級自体は少佐であるためリッパー中佐や、モーガン大佐よりも下でありながら、それ以上の階級であるかのように感じさせる圧倒的な風格を備えていた。

 

 おそらく中佐もその差を感じ取ったのだろう。港で出迎えを行った際、握手を求めるのも躊躇っていたようだった。他にも酒の席でリード少佐の部下の皆さんが声高に少佐の武勇伝を語っていたのが耳に入ったが、聞いたことがあるものも、無いものも、どれもとんでもないものだった。

 

 今の僕はろくに訓練も受けさせてもらえない下っ端の雑用だが、万が一にでも少佐から実戦での話を一つ聞けたのなら、おそらく夜や空いた時間にやっている勉強の素晴らしい参考になるだろう。

 今日から少佐も此処で任務に就くのだ。何かの間違いで話をお聞きすることができる機会が生まれるかもしれない。その時は、話の内容を絶対に忘れないように話の一言一句を頭に叩き込もう。必ず僕はそれで成長できるはず…。

 

 ミシッ…

 

 背後で聞こえた音に肩を跳ねさせ振り返る。その際に手に持っていたコーヒーがズボンに掛かってしまったが、そんな些事は背後に立っていた人物の姿を見た瞬間、頭の中から消え失せた。

 

「リード…少佐……?」

 

 屋上に続く扉に背を預けて誰かが立っている。月明かりに照らされて妖艶にたなびく背中まで伸びた美しい黒髪。適度についた筋肉が自己主張することなくすらりと長く伸びた白磁のような肢体。括れた腰に、慎ましい膨らみを隠した身体。額に手を当て、猫目がちな青みがかった物憂げな瞳を

 こちらに向けて立っていたのは、リード少佐その人だった。

 

「…すまない、騒がしいのは苦手で抜けてきたのだが、邪魔したか?」

 

「い…いえいえいえいえ!!滅相も無い!ぼく仕事に戻りますから!」

 

 惚けている僕に見かねて掛けられた少佐の言葉を両手を目の前で振って否定し、突然の緊張に絡む足を動かし、少佐の脇を通って階段を駆け下りる。いざ少佐を目の前にすると、話すことなどあまりに恐れ多い気がしてとても無理な話だった。

 

 少し早いが休憩を切り上げて厨房に戻ろう。確かさっき交代したヘルメッポさんが皿洗いを続けているはずだ。給仕長はゆっくり休めと言ってくれたが、早く戻れば夜の勉強の時間が増えるかもしれない。

 

 最後にそう思考をまとめ、厨房へ急ぐ。

 ヘルメッポさんは複雑な心境だろうな。今でこそ同じ下っ端の雑用だが、元の境遇があまりに違いすぎる。権力と言う高椅子に座っていた人間と、それを引き摺り下ろした海賊に手を貸した人間とでは、心情的にとても近寄りがたい。周囲からは白い目で見られることも多いらしく、基地の中で孤立している。

 ヘルメッポさんからすればどの面下げて、というところだとは思うが、同じ下っ端としてうまく支えて行きたいと思う。孤独は辛い。アルビダの船で一人雑用として働かされた僕が一番よくわかる。

 

 だから今日も話しかけよう。彼を孤独にした僕が、責任を持って彼の孤独を癒そう。彼の行いは許されることでなかったが、それは僕も同じだ。アルビダの船で腐っていた僕も、彼と何も変わらない。

 

 できることなら共に強くなりたい。彼とともに海軍将校になって昔の罪を償うのだ。

 僕は気を引き締めて喧騒が未だに続く本館のほうへと長い廊下を駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 ーー異動初日に昔の友達が十日前に、自分の職場の上司をぶっ飛ばしたと聞かされたらどんな顔をしてその話を聞けば良い?

 

 この島に着いてすぐ、海兵の異常なダイエットの理由を尋ね、その答えを聞いてから私は頭の中でそんな自問自答を繰り返していた。

 

 

 

 十日前に起こったという第153海軍支部襲撃事件の犯人…めっちゃ知り合いですやん…。

 

 

 

 海賊『モンキー・D・ルフィ』

 今からおよそ十年前。私が八歳の頃、当時からちょくちょく私が生活していた149支部に現れ、無理やり私の訓練を行っていたガープ中将に連れられて行ったドーン島という小さな島でごく僅かな期間ではあったが彼とともに過ごした事がある。

 

 お互いに八歳と七歳の子供で、かたや無邪気に海軍に入っていっぱい海賊を捕まえるという夢を語る者と、海賊王になるという夢を語る者が一緒の家に住んだとはいえ、水と油の関係である海賊と海軍を目指す二人が相入れるはずもなく、私はルフィとしょっちゅう喧嘩していた事を覚えている。

 

 当時のルフィはとにかく弱かった。基本的に私はダダンといういかついおばさんの家で家事の手伝いや、時々やって来るガープ中将に申し付けられた訓練をこなしながら生活しており、いつも外をふらふらと出歩いているルフィと会う事は1日の中では少ない時間だったが、時折ばったり出会うと、すぐに海賊か、海軍か。己が歩むと決めた道に互いを引き込もうと話し始め、最終的には喧嘩になって元々海軍の訓練を積んでいた私に軍配があがるという毎日を繰り返していた。

 

 元々、何度言っても『俺は海賊王になるんだ』と豪語していたルフィだったが、やはりこうして海賊になっていることを知ってしまうとやはり少し辛い。喧嘩ばかりしていたとはいえ、なんだかんだ言って一緒に遊んだこともある友達が完全に相容れぬ敵となっている現実は、正式に海兵となり、幾つかの海賊団を捕縛してきた私にはあまりに現実的すぎて、受け入れがたいものがある。

 

 それに加えて驚きなのは、ルフィがこの基地の『モーガン大佐』を子供扱いするかのような実力差を見せて打倒したという所だ。思わず何度も聞き返してしまった。

 

 だってあの弱っちくて拳の握り方もわかっていなかった様なルフィがまさか海軍大佐クラスを子供扱いって…冗談や情報の齟齬だったとしたらあまりにもたちが悪すぎる。

 

 確かに、ルフィがあの島で兄と慕っていつの間にか後ろをついて歩いていた二人組は流派も無く、師もいない環境で身につけた喧嘩殺法なのにも関わらず、かなりの強さだった。何度かルフィとともに帰ってきたときに一緒に稽古したことがあったが、勝率は思わしくなかった。それに加えて二人組の片割れである『ポートガス・D・エース』は今や偉大なる航路で絶大な力を持つ『白ひげ海賊団』の二番隊隊長として悪名を轟かせている。

 

 そんな二人にあの島で十年近く鍛えられたのならば、その強さが身についていても仕方ないかもしれない。私は五ヶ月経った頃に149支部の面々から猛抗議を受けたガープ中将が迎えに来て基地に戻ったため、それ以降のことはよく知らないが、本当にあの二人に鍛えられ、ここまでの力を備えたのならば、捕まえるのは容易ではないだろう。

 

 どうしよう、めっちゃ顔怖くなってたら…。アゴ割れてたらどうしよう。ムッキムキのアゴ割れなんかになってたりなんてしたら、もう怖くて絶対に戦いたくなんかない。そんなんなってたら喋れる気もしないし。

 

 そんな訳で今私は、中佐さんから聞いた話よりもより深い話を聞くために、十日前の事件の当事者であるというコビー君を探すために誰もいない基地の廊下を歩いている。中佐さんや、部下たちには少し部屋で休むと言ってきたためしばらくは戻らなくても問題ないだろう。というか戻りたくない。

 

 予想はしていたが、この基地でもやはり私の盛りに盛られた噂話は浸透しているらしく、酒の席ではあっという間に囲まれ、質問攻めと酌責めに追われた。慣れた部下達に注がれたり、質問を受けるのは慣れているためあまり気にしなかったが、知らない男の人達が無邪気に酒や料理を片手にわらわら近寄ってくるのは本当に怖かった。これなら刀や銃を持って殺気を出しながら斬りかかってくる方がマシかもしれない。いや、どっちも怖いけど。

 

 というか私のコミュニケーション能力の欠如も大概なところまでにきてしまったような気がする。戦闘なら相手に気を使う必要がないからと言う理由でそっちのほうが楽というのは、些か問題なような気がする。

 子供の頃は今よりもっと感情豊かだったはずなのにどうしてこうなった。

 

 まぁ、原因はわかってるんだけどね。単純に五歳から妙な期待を周囲から寄せられ、立場とか階級とかそういった上下関係を学ぶにつれて、上司としての在り方や、周囲への対応を身につけて行った結果、部下の前でヘラヘラ笑っているわけにいかず、この仏頂面に行き着いたのだ。周囲から石仮面などと呼ばれているらしいが、まぁ仕方ないだろう。

 

 どうでもいいのだが、陰口で石仮面少佐と呼ばれるたび『WRYYYYYYYYY!!』と叫びたくなるのは何故なんだろう。一度誰もいない山の中で自主鍛錬中に叫んでみたことがあるが、意外と叫びやすい言葉だ。

 

「…も…たんだ…」

 

 どうでも良いことを考えながら軽快な足取りで歩いていると、通りかかった階段の上階から声が響いてくる。どうやらこの上は屋上らしく、一人分の気配が、手すりに寄りかかっているのが伝わって来る。

 

 気配を頼りに階段を登ると、月明かりに照らされたピンクの髪が風に揺れている。このファンシーでクレイジーな髪色はコビー君以外に見たことが無い。これが地毛だとしたら彼の祖先は一体なんなのだろう。よほどファンシーなパーティー野郎に違いない。

 

 それにしても彼はこんなところで何をしているのだろう。コーヒー片手に立っているところを見ると、雑用係の休憩と言ったところだろうか。

 

 と、ここで私は非常に重要な問題に行き当たった。

 

 

 

 …あれ…どうやって話しかけるんだっけ…?

 

 

 

 コミュニケーション能力の欠如ここに至る。私は目の前でたそがれている少年に話しかける方法を見失っていた。

 

 いや、待って…私ってここまでコミュニケーション…もうコミュ力でいいや、コミュ力下がってたの…?

 

 すっかりガタが来ていた自分のコミュ力に思わず頭を抱える。

 

 みしっ

 

 左手で頭を押さえ、扉に寄り掛かると木製の扉が軋んだ。そこまで体重があるとは思ってなかっただけに、若干ショックだ。

 

「…リード…少佐…?」

 

 あ、はい、エヴァです。

 私の体重で鳴った扉の音に気がついたのか、コビー君が飛び上がりながら振り返った。まん丸になったコビー君と目が合う。どうやら想定外だったらしく、完全にフリーズして動かない。

 それにしてもここまで近づくまで気がつかなかったということは、もしかしたら今重要な考え事をしていたのかもしれない。

 

「…すまない、騒がしいのは苦手で抜けてきたのだが、邪魔したか?」

 

 突如湧き上がった申し訳なさに堪え兼ね、咄嗟に謝罪する。

 

「い…いえいえいえいえ!!滅相も無い!ぼっ…ぼく…仕事に戻りますから!」

 

 謝罪に対してすぐに反応した彼は言うが早いか両手を目の前で振り、私の脇をすり抜けて走っていく。右肩に怪我をしているだろうにそんな無茶な動きをして大丈夫なのだろうか。

 

 あ、やばい。何も聞けなかった。

 

 階段を駆け下りていくコビー君の背中を見ながら考える。やはり目が合って逃げられるのは流石に傷つく。これまで私は睨んでもいないのに相手が萎縮してしまったり、怯えてしまうことは過去にも何度かあるが、私の顔というのはそんなに怖いのだろうか…。

 149支部や支部がある島では常に可愛い可愛いって育てて貰ったし、自分でもちょっぴり自信はあったんだけどなぁ…。やっぱり親バカとかそういうことだったんだろう。実際、身長だけは高いし、胸も小さいし、もしかしたら男に見えているのかもしれない。

 あぁ、そう考えるとやっぱりへこむ。このままじゃ恋人も結婚も出来ないかもしれない。

 

 まぁ、そうなったらそうなったで任務に生きるからいいんだけどね!寂しくなんてないんだからね!

 

 …はぁ、少し部屋に戻って休もう。

 

 飛躍した考えに一旦歯止めをし、脚を階段に向ける。ネガティブな考えが次々に浮かんでしまってこのまま宴会場に戻っても三割増の仏頂面が場の空気を凍りつかせるだけだ。こんな時には少し眠るに限る。

 

 溜息を一つ吐き、なんとなく空に目を向けると、光源の少ないこの場所では星が目の前いっぱいに広かっている。少し前まで生活していた149支部で見ていた星空とは少し違う空だ。

 

 今、基地のみんなや、何処かを旅しているルフィやエースもこの空を見ているのだろうか。

 

 みんな、エヴァは頑張ってるよ。

 そしてルフィ、お願いだからまだ何もやらかさないでね。私がすぐに捕まえてあげるから。まだ何もやらかしてない今ならまだ間に合う。

 海賊旗も揚げてないみたいだし、海賊としても私たち以外の軍には認知されていない。

 

 友達が海賊として処刑されるのを見るのは絶対に嫌なんだ。出来ることなら一緒に海兵になろう。ダメなら賞金稼ぎでも冒険家でも何でもいいから、海賊だけはもうやめてほしい。

 

 内心では絶対に叶わないと思いながらも、夜空に友への想いを切に願う。

 

 

 そしてどうか明日も平和に生きられますように。

 

 空を見上げて祈った願い事は夜空に吸い込まれて消えて行った。

 


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