悪運の女将校   作:えいとろーる

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東の海編
リード・エヴァ少佐


 空の色を写した海を割って碇をモチーフにした旗を掲げる一隻の船が進む。

 風は東。追い風の程よい風が、鋭い陽光に照らされた見張り台に立って軽く汗ばんだ身体を冷やしていく。進行方向に島影はまだ無い、目的地はまだ先のようだ。

 

「おーいブリンドン!交代だ」

 

 下からの声に首だけを手すりの上から出し、声の主を確認すると、甲板でこちらに向かって片手を挙げる同僚の姿が見えた。

 

「ブレンダンだ!俺はブレンダン・バートル!」

 

 同僚の故意を疑いたくなるあいさつにキレ気味に応え、マストロープを降りて甲板に立つ。どうにも俺の名前は覚えられにくい名前らしく、海軍には入ってからまともに名前を呼ばれた経験など殆どない。

 

 ぶつぶつと軽い愚痴をこぼしながら手に付いたオイルの汚れを手拭いで取っていると、ふと操舵席で舵を切る上官に海図を見ながら指示を出す女性の姿が目に入った。

 

 彼女は『リード・エヴァ少佐』今回の航海で船長を務めている。

 まだ生まれて間もない頃に、海軍第149支部で拾われ、東の海では珍しい女海兵でありながら齢十八という若さで将校の一角に登りつめるという他に例を見ないの経歴を持つ人物だ。

 海兵としての実力もさることながら、異色の経歴を持ちながらそれを鼻にもかけず常に表情を引き締め、真面目一貫の姿勢や大人と子供の間の蠱惑的な容姿も相まって、同僚や部下からの信頼と人気は高い。

 

 さらに、彼女の逸話や輝かしい武勲の数々は彼女を知る人物に尋ねれば尽きることなく存在する。一つ例に挙げるとするならば、彼女が五歳の誕生日を迎えた時の話が最も有名な話だろう。

 

 彼女が海軍基地に拾われてから五年が経ち、その日は彼女の五歳の誕生日を祝う宴が開かれ、彼女はプレゼントとして隣の島までの軽い演習に参加させてもらえることになった。

 

 演習当日は周辺の海域に海賊がいないことを入念に確認してから行われ、隣の島までの平和な船旅を彼女らは存分に満喫した。しかし、その平和な船旅は、隣の島で休憩中に彼女を連れていた伍長が彼女から目を離した隙に、突然失踪したことで、同乗していた船員たちや彼女を最も可愛がっていた基地の支部長にとって最悪の悪夢に変わった。

 

 全員にとっての娘のような存在であった彼女を、基地にいた全海兵が血眼になって周囲の海域を捜索したものの、結局一週間が経っても、二週間が経っても彼女は見つからず、当時海賊がひしめいていた東の海での生存は絶望的との見方がされており、基地全体は絶望に包まれていた。

 

 しかし、失踪から実に18日目。彼らにとってが生き地獄に等しいその状況は、四つ離れた島にある海軍第151支部からの電々虫によって急展開を迎える。

 

『当方の船が捕縛した海賊の一団の紛れていた其方の基地のドッグタグを着けた少女を保護した』

 

 無理もない話だが、当時この通信を受けた通信士は思わず耳を疑った。しかし、先方の通信士にしつこいと強制的に通信を切られるまで確認して、その旨を基地全体に通達すると、半ば絶望の中で待ち望んでいた知らせに、149支部は混乱と歓喜に包まれ、誰も感情を整理できていない状態で、彼女を迎えに151支部へと急いだ。

 

 出発して数日後、大きなトラブルも無く、E-11基地までの航海を終えた彼らは、元気にリンゴに噛り付いていた彼女と無事再会し、彼女がどうして基地からも、演習先の島からも遠く離れたこの島にいる理由を知り、思わず言葉を失ったという。

 

 彼女を保護した151支部基地の基地長曰く、彼女は、単身海賊船に乗り込み、持ち込んだ毒をとある島で行われた海賊達の宴の中に混ぜてそこに集まった海賊を全ての海賊を無力化し、偶然その島の沖を航行していた軍船に狼煙を上げて知らせ、全員捕縛という離れ業を成し遂げた。

 そしてさらに驚くべき事に、その場に集まっていた海賊達の殆どがは、全て最近この東の海で力を増してきていた賞金首であり、その宴自体がこの周辺を完全に支配するために同盟について話し合う会合であったと、捕まった海賊船の船長が吐いた。

 

 その事実を知り、凍り付いたのは両基地の基地長だ。実際に彼女が海賊達を無力化していなかったのなら周辺の海軍や島民たちへの被害は到底推し量れるものではない。つまり彼女は、先がわからない事態であるとはいえ、五歳という若さで未然に東の海を救ったのだ。

 

 これが彼女を語る上で必ず誰もが口にするあまりにも有名なエピソードだが、実際のところ、あまりに時間が経っているためこの話には噂の尾ひれや背びれが付き過ぎて真実が曖昧な部分が多い。例えば彼女がどうやって海賊船に乗り込んだのかや、どうやって毒を盛ったのかなど、それぞれに紙製の箱をかぶって侵入しただとか悪魔の実を秘密裏に食べていたなど、様々な噂が流れている。

 

 他にも彼女の有名な逸話といえば、船が乗っ取られた時にいつの間にか大砲に仕掛けていた爆弾を爆破させ、側にいた海賊の船長、副船長を始めとした実力者をことごとく討ち取って戦況をひっくり返したという話や、単身海賊船に斬り込んで全員を斬り伏せて戻ってきたなんて話もあり、ついた二つ名は『豪運のエヴァ』もしくは彼女と彼女が率いる部隊のの異常な動きの速さを讃えて『最速の海兵』と呼ぶものもいる。

 しかし、逆に女性の身でありながらこうしてもてはやされる彼女を僻んだ一部からは、常に表情を崩さない寡黙な彼女を皮肉って『石仮面のエヴァ』などと呼ぶ声も上がっているが、あくまでごく少数派だ。なにせ、この海に彼女以上の実力を持った海兵など、恐らく存在しない。これも噂だが、彼女はかのガープ中将に幼い頃から実力を見抜かれ、中将がこの周辺に来るたび直々に稽古をつけていたという話もある。まさに彼女は完璧な生まれついての海兵だ。本来ならばこのような最弱の海と呼ばれる東の海で燻っているような人物では無いはずなのだが…

 

「どうした、ブレンダン二等、私の顔に何か付いているか?」

 

 視線の先に立っている少佐から声をかけられて咄嗟の我に帰る。見れば先ほどは海図を眺めて副官と話していたリート少佐が俺を見ていた。

 

「し…失礼いたしました!少し気が抜けて…」

 

「目的地が近いとはいえ気はまだ抜くな。目的地に到着するまでが航海だぞ」

 

「はっ!」

 

 青い瞳に見据えられ、萎縮しながら最敬礼で謝罪をすると、少佐は表情をほんの少し柔らかく崩し、優しげな声が返ってくる。やはりこういうところが部下に慕われる所なのだろう。

 

「大尉、ここは任せる。私は中で少し海図を確認してこよう」

 

「了解、紅茶はどうなさいますか?」

 

「ありがとう、いつもので頼む」

 

 性懲りも無く余計なことを考えている間に少佐は舵を握る大尉と少し話した後、船室へと入って行った。少佐を見送りながら俺は今更とある事実に気がついた。

 

 俺の名前…覚えてもらえてた…!

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

「153支部がある島まではまだ先か…」

 

 開いていた海図をベッドに放り、側に置かれた紅茶を一口飲んでひとりごちる。今日はいつもより波が高く、隣に置かれた小さなテーブルにティーカップを置くと、時折カチャカチャと音を立てて小刻みに揺れた。

 

 腰掛けていた革製の椅子から立ち上がり、整えられたベッドに背中から倒れこむと、うっとおしいほどの太陽が海の波間に反射し、ぎらぎらと不規則に飛ぶ照り返しが天井を照らした。

 

「あぁ…」

 

 ぼぅっと波間の不規則な光を眺めながら、深くため息をつく。

 

「つっかれたぁ…」

 

 全身に詰まった空気を抜くような大きなため息とともに一言呟き、ベッドに身体を沈める。

 周囲の気配を探ると、幸い午後の風が変わりやすい時間であるため船員のほとんどが甲板におり、船内にいるのは私以外にはコック長のベルさんくらいだ。

 

 いや、正直もう限界ギリギリだった。あのままブレンダン君に尊敬100%って感じの眼で見つめられるとあまりの申し訳なさで思わず土下座しそうになってしまう。

 

「うー…」

 

 全身の力を抜き、ベッドに頭を擦り付けるように振って脳裏に浮かぶ部下たちの尊敬の視線を振り払う。その時に頭の下でクシャクシャと先ほど放った海図が滅茶苦茶になる音と感触に驚き、飛び起きて確認すると、被害はさほど大きくなく、少しのシワが入った海図が枕の隣にあるだけだった。

 

 ほっと息を吐き、シワの入った海図を手に持って広げてもどこにも破れや汚れは無く、航海にも問題はなさそうだ。

 

 …改めて海図を見ると、ずいぶん故郷から離れてしまったようだ。

 生まれてすぐにこの東の海に流され、波間を小舟に乗って漂っているところを偶然通りかかった海軍の軍艦に拾われて以来、海兵になるために育てられ十八年。生まれ持った悪運のおかげで無駄に功績を積んで異常な速さで形ばかりの出世を果たした。若輩であり、大して強くもない私が分不相応なこの『少佐』という階級についているのは、全て偶然が成したことだ。

 

 確かに誰よりも幼い頃から海軍の訓練を見て育ち、訓練を遊びに成長した私は、周囲よりは少しだけ強い。しかし、それだけだ。

 本当の私は皆が噂する伝説的な海兵などでは無い。本当にただの悪運に死ぬほど愛されてしまった哀れな女海兵なのだ。

 

 彼らが話すリード・エヴァの逸話の数々も、話の一つ一つに妙な脚色が加えられていて、さも私が実力で成し遂げたことのように語られているが、それらは全て私の生まれ持った悪運が上手く働いた結果起こったことで、私の実力なんて全く関係がない。

 確かに生まれてすぐに海に流された事や生まれながらに海兵としての訓練を受けていたことなど、一応事実である噂も存在するが、あくまでそれはほんの一握りの噂にのみに限る話だ。

 

 だから私は彼らから向けられる尊敬の眼差しがとても苦手だ。いや、ただ嫌になるというわけでは

 なく、ただただ、申し訳ない気持ちになるのだ。

 

 たまたま運が良かっただけの一海兵が毎日必死に正義のため汗水垂らして鍛錬を行う彼らに対し、偶然と周囲が作り上げた功績に胡座をかいていて良いはずがないのだ。

 そのため、私は彼等が話す私の噂を自分で聞いてしまうたびに本当に申し訳ない気持ちになる。

 

 例えば私の悪運が作用した例を一つ挙げてみると、まず何より全ての始まりである五歳の頃の失踪騒動が挙げられる。

 

 確かに話だけを聞けば五歳の少女が屈強な海賊団を全員捕縛し、一つの海を救うという、痛快かつ豪快な話だが、この話には実はなんとも間抜けなエピソードがある。

 

 あれはそう、航海演習で隣の島に到着し、休憩している時のことだった。私は、それまで危険だからという理由で参加させてもらえなかった航海演習に初めて参加させてもらい、上機嫌で初めての隣の島の観光を楽しんでいた。

 

 その日、島ではは月に一度、東の海にあるあらゆる島から商船が集まり、小さな祭りが開かれており、港から出てすぐの大通りには各島の特産品を持ち寄った縁日が多く開かれていた。

 当時五歳でまだ表情豊かだった私は、基地長からお守りを任されていた伍長の手を引き、その祭りを思い切り満喫した。いつもの遊び代わりの訓練や、基地長に連れられてのお買い物では味わうことができない刺激を思う存分味わっていたのだ。

 

 しかし、私は子供だった。それまでごく一般的な祭りという娯楽に触れたことのなかった私は、基地に戻る時間が迫っているにもかかわらず、伍長の目を盗んで離れ、一人で街の中へと遊びに行ってしまい、案の定迷子になってしまったのだ。

 

 そしてそこからが大変だった。しばらく遊び歩いて少し疲れた頃、ようやく迷子になったことを自覚した私は、帰りの時間まで必死に島を走り回って海軍の軍船を探した。しかし、その島は港が三つあり、相応に停泊している船も多く、結局私は乗ってきた軍船を見つけることができず、歩き疲れて腰掛けた木箱の上で、つい眠りに落ちてしまった。

 

 そして気がつけばとある海賊船の中にいたのだ。

 

 ありのまま起こったことを話そう。幼かった私は迷子の末、歩き疲れて座った木箱の上でつい居眠りをしてしまい、目が覚めたら海賊達のど真ん中。何を言っているかわからないと思うが、私も何が起こったかはわからなかった。超スピードや催眠術なんて高尚なものでは断じてない。もっとアホくさい理由が引き起こした出来事だった。

 

 私が眠ってから何が起こったかというと、どうやら私が座った木箱の裏には口を開けた絹織物の箱が置いてあったらしく、寝相の悪い私は眠ったままバランスを崩してその箱の中に転落。落ちた衝撃で絹の布製品が私の体をすっぽり覆い隠すように覆い被さり、その船の商人が私に気づくことなく木箱に蓋をして船に積んでしまったという事らしい。

 

 そしてその商船が、他の商戦に偽装した海賊船に襲撃され、積荷の中にいた私ごと積荷を全て奪われ、不運なことに私は、海賊船への潜入という全く予定に無い超弩級のぶっ飛んだミッションをを寝ているうちにに達成してしまったというわけだ。

 

 商戦が乗っ取られ、自分が入った木箱が海賊船内に運び込まれた後でようやく目が覚めた私は、締め切られた暗く狭い木箱の中から、ぼぅっと海賊達を見ていた。

 基地での勉強の時間に、海賊とはどういうものかという話は常々聞いていた私だったが、知識の中に思い描いた海賊像はあっても、実際に海賊に会ったことのなかった私は、とても楽しそうに酒を飲み、歌い、笑い合う彼らを頭の中に描いた凶悪な海賊像とすぐに結びつけることができず、いつしか彼らを変わった気のいい船乗りとして箱の中で一緒に彼らの歌に合わせて歌っていた。

 

 当然、彼らも野太い自分達の声に混ざる女児の声に気付かないはずがなく、私はご機嫌で歌っていたところを発見され、船内はパニックに陥った。

 しかし、運が良いことに私が乗っていた海賊船の船長は、どうやら大の子供好きだったらしく、『Yes・ロリータ・ノータッチ』という聞いたことのない騎士道を掲げ、私を次の島までの仲間に迎え入れてくれた。

 表向きは商人を語り、子供の私に対しても紳士的な態度を取る彼らが海賊である事など、全く気付かず、私はしばし、彼らとの遊びに興じた。

 

 さて、前置きが長くなったが海賊達の会合をどうして私がぶち壊せたのか、その本題に入るとしよう。それは次の島に寄る前にどうしてもと彼らに連れられて行った島で行われていた海賊達の会合にて、協定がまとまった時のことだ。長かった同盟協定が正式に決まったことで海賊達の宴が最高潮に達し、その集まった人数が人数だけに、各海賊がもちこんだ料理や食材が足りなくなってしまった。

 

 そうなると酒だけでは口が寂しくなった海賊達が料理の追加を要望し、集まりの中で最も新参者の海賊船の船員たちに、山へ行って食材を調達してくるようにとの命令が降った。

 そしてその新参者の海賊船とは私が乗ってきたロリコン一味であり、半ば必然的にそれに私も同行した。

 しかし、後から思えばこの行動が協定ぶち壊しのが引き金となったのだ。

 

 山に行った私たちは山菜班と狩猟班に分かれ、食材を集めた。私は当然危険の少ない山菜班に配属された。私の仕事はみんながコックと船医の指示のもとで採ってきた山菜やキノコを食材を待っている別の船のコックさんたちに届けることだった。

 

 確かに荷物は少し重いが、ただキノコや山菜を運ぶだけの仕事と言うことで、内容は全く難しいものではなかった。しかし、その事実が私を油断させた。私は途中でただ運ぶだけの仕事に飽き、道中に生えていたキノコを適当に摘み、それを籠に入れて届けてしまっていたのだ。

 

 当然、被害を受けたのは私たちがアジトにいた大喰らいの海賊達だ。私たちがせっせと食材と毒キノコを集めている間にも調理された毒キノコを美味しそうに食べた彼らは全員まとめて腹を下し、少ないトイレを目指して駆け込む者が続出し、トイレは奪い合いの戦場となった。

 

 結局、宴会の席を離れていた私たちはそれに気がつくことなく食材の調達を続け、彼らのみにそんなことが起こっていたことを知ったのは、狩猟班が十分な獲物を調達し、宴に全員で戻ってからだった。

 

 戻った私たちが見たものはまさに死屍累々といった様相の宴会場。トイレを目指して途中で力尽きた海賊もいれば、お互いの足を引っ張り合い、トイレを奪い合った体勢のまま倒れこみ、いろいろ漏らしてしまった絶望から動かなくなった海賊達の姿もあった。

 

 そんな惨状を見て焦ったロリコン海賊団は、それがどこかの海賊の裏切りだと勘違いし、私を連れて全力で海へと逃げ出した。

 そしてその後、約束通り隣の島の海軍第151支部のある島にこっそりと降ろされた私がそのまま基地に行ってそれまで起きたことを説明し、その説明に驚いた基地の海軍が現在は死屍累々の惨状になっているその島に急行して全員捕縛という結果になったのである。余談ではあるが驚くことに、私は彼らを151支部の海兵達が連行してくるまで彼らが海賊だと気がつかなかった。後から現場検証の資料を見たら壁にはしっかり海賊のドクロマークがでかでかと描かれていたのにも関わらずだ。我ながらとんでもないアホの子だったものだと改めて感心する。いや、しちゃいけないところなんだけどね。

 

 それからとあるお節介焼きの中将の余計な口出しや、最後まで彼らが海賊であることを気付かなかった私のふわっとした説明がどう働いたのか、気が付けば私はわずか五歳にして東の海を救った海軍の英雄として祭り上げられていた。解せぬ。

 

 いや…もうほんとどうしてこうなった…。

 

 他の噂もそうだ。私が大砲に爆弾を仕掛けて海賊を倒したという噂も、私が整備をミスった大砲を海賊が使おうとして勝手に暴発しただけだし、海賊船に一人で乗り込んで全滅させたという噂も、乗り込む寸前に海賊船の火薬庫で謎の爆発が起き、甲板にいた海賊たちが全員吹き飛んだというだけで、全て私の実力が事を成したのではなく、生まれつき私に取り憑いた『悪運』が働いた結果にあるのだ。

 

 生まれてからすぐに海に流されたのも、小さな時から何かとトラブルに巻き込まれるのも、身分不相応すぎる称号と階級を与えられ、部下達から熱い視線を向けられるのも、悪運が引き起こした事件に興味を示した暇な海軍中将が時々私を鍛えようとするようになったのも、上層部からより激しい任務が似合うとか言われて無理やり他の支部に異動させられたのも、コミュニケーションが苦手すぎていつも偉そうな話し方になってしまうのも、全てこの『悪運』の所為だ。私は悪くない…はずだと信じたい。

 

「あぁ…もう帰りたい…」

 

 ベッドに顔を埋め、家であったE-15支部にいる父親代わりの基地長の顔を思い出す。あぁ、初めての異動先である『シェルズタウン第153支部』の『モーガン大佐』は良い人だろうか。『斧手』という物騒すぎる二つ名も付いてるし、もしかしたら怖い人なのかもしれない。もしそうだったら嫌だなぁ…。でもお義父さんも「本当に右腕が斧になってるよ」何て冗談を飛ばしていたから、意外とユーモアがある人なののかもしれない。だって右手が斧の人間なんているはずがない。もし本当だとしても右手が斧ではお箸も握れないからご飯が食べられないじゃないか。お義父さんも変なことを…

 

「失礼します少佐、目的の島が見えました」

 

 ひぃっ!?

 

「分かった。すぐに行くから先に行っていてくれ」

 

 ドア越しのノックとともに飛び込んだ突然の部下の声に飛び上がりながらも瞬時にいつもの鉄面皮を顔に貼り付けて答える。

 うっかりだらだらしすぎて気を抜き過ぎてしまってたようだ。危ない危ない、こんなところを部下に見られたら威厳なんてあったもんじゃない状態になるところだった。

 

 とにかく残念ながらモーガン大佐が待つ島に着いてしまったようだ。本当に、怖い人じゃないといいなぁ…。脳内で『斧手のモーガン』をイメージしながら扉へ向かう。

 

 そう例えば、斧手と呼ばれるだけあって普通の斧よりももっと大きい斧が右手についてて、神は多分短い…あとは多分アゴ割れてる。そんな気がするもし違っても絶対アゴにはなんかある。意外とアゴだけロボ化してたり、顎髭がめっちゃ生えてたりするかもしれない。とりあえず偉い人には大体アゴに特徴がある。今まで見てきた海賊達や海軍のお偉いさんもそうだったから今回もきっとそうだ。

 ちょっと元気も出てきたし、あとはしっかり部下たちの前で威厳をひねり出して頑張ろう。お義父さんや基地のみんな、それにちょくちょく来て無理やり特訓の相手をしてくれた自称おじいちゃんの中将もやれば私は出来る子だって褒めてくれた。だから今回もなんとかなる!多分!

 

 もう考えていても仕方がない。

 

 そう考えた私は再び顔をむにむにとマッサージして整え、扉を開いて甲板に上がっていった。

 

 

 

 

 

 


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