海の上を滑走するベイバロン。島の陸地も目と鼻の先に見えている。
『アルヴィス司令、真壁史彦だ。貴官の申し入れを受諾し、島への立ち入りを許可する。マークゼクスのパイロットは訓練を受けていない素人だ。すまないが、島の防衛とマークゼクスの支援を頼む』
まだ味方と決まったわけではない相手に、そしてバートランドの息子であるおれを受け入れて貰えるかという不安要素もあった。
それでも事態はおれが想定していたよりも楽に、しかし予断を許さない方向へと進んでいる様だった。
素人の様な単調な動きだと思っていたがまさかのド素人が乗っていたとは思わなかった。
「了解しました。この身に誓って、島の防衛は成し遂げてみせます」
島を守る。ようやく希望の地に足を踏み入れたのだ。真矢も居る。そして真壁の故郷でもあり、美羽が産まれてくる場所を守れるこれ以上の光栄がどこにあるのだろうか。
竜宮浜から本島を竜宮山頂へ向けて駆ける。防壁で守られている上に、スフィンクス型C型種の戦闘領域が山腹とあって、町並みにこれといった被害は見受けられなかった。
その町並みを横目に、レンジ内にスフィンクス型C型種を捉える。
マインブレードを一心不乱に降り下ろすマークゼクスだが、硬いフェストゥムの体表に阻まれてまったく刃が立っていない。それを降り下ろす者が素人というのもあるのだろうが。
「それはさせん!」
まったく効かずとも、攻撃してくるマークゼクスを鬱陶しく思ったのかスフィンクス型C型種は右腕を剣状に変形させ、マークゼクスを突き刺そうとする。
その変形した腕を、ルガーランスで斬り上げて引き裂く。
刀身を展開し、電磁加速した弾丸を胴体、足下、中腹の順番で当てていく。
上体のバランスを崩し、接地している下半身は巨体の自重をどう支えているのかつい考えたくもなる細々しい脚も簡単によろけ、中腹に直撃した弾丸の勢いに負け、山肌にもたれ掛かる。
直ぐ様マークゼクスと有線回線を開く。
「人類軍参謀本部直属特務隊、ペルセウス隊隊長のジョナサン・ミツヒロ・バートランドだ。あのスフィンクス型はおれが仕止める。君は下がってくれ」
『あ、あのっ…――ブツッ』
返事を聞く前に回線を切り、スフィンクス型C型種に向けて駆ける。失礼かもしれないが、敵を前にして他に意識を向けているのは自殺行為だ。
スフィンクス型C型種の背中が漆黒に輝きを放つ。
無差別にワームスフィアが発生するが、その合間を擦り抜けてジャンプし、ルガーランスを突き刺そうとすると目の前にワームスフィアが発生し、反射的に機体をバレルロールさせて切り抜ぬけ、スフィンクス型C型種の人型の胸に深々と刃を突き刺した。
「ちっ、外したか…!」
いつもと異なる手応え。僅かにだが急所を外してしまった。
もがき暴れながら、再度スフィンクス型C型種の背中が漆黒に輝きを放ち、ワームスフィアが右足を呑み込んでいった。
「ぐうううっ」
痛みを歯を噛み締めて耐える。しかしバランスを崩した途端、ルガーランスの刀身も同時に折れ、ベイバロンは背中から地面へと落ちていく。それを見下ろしながらスフィンクス型C型種の背中が漆黒に輝きを放つ。
ワームスフィアの直撃に備えていたが、数発の弾丸がスフィンクス型C型種の体表を叩く事で注意が逸れた。
「これでっ!!」
落ちる機体を無理矢理スラスターの出力で物を言わせて打ち上げつつ、ガンドレイクを抜き、本命の場所へ刃を突き立てる。
「消えろおおおおお!!!!」
久し振りの痛みを振り払う様に叫びながら電磁加速された弾丸を叩き込めば、コアを貫かれたスフィンクス型C型種はワームスフィアを発生させて無へと消えた。
片足の無いまま着地に悩んでいると、白い機体が手を貸してくれて、ベイバロンはゆっくりと島の土に腰を落ち着けた。
手を貸してくれた白い機体。マークゼクスに向けて再度有線回線を繋ぐ。
「すまない。助けに来たつもりが助けられてしまった」
『あ、いえ……その。わたしこそ、ありがとうございます。お陰で、島を守る事が出来ました』
ウィンドウに映るのは黒髪の同年代の少女だった。何処か儚げで、陽射しの下に出たことが無いのではないかと思うくらい白い肌の少女。
マークゼクスのパイロットの少女。その存在は以前真矢や真壁から聞いていた。
ショウコ・ハザマ。島を守る為に一人で出撃し、いなくなった大切な友人だと真矢は悲し気に言っていた。
あんな素人の腕で、スフィンクス型でも上位の戦闘力を有するC型種を一人で倒せたとは思えない。
憶測でしかないが、知らぬ内におれは未来をひとつ変えてしまったのだろう。
いなくなるはずだった人間がいなくならず、それによってもたらされる新しい未来。
それが少しでも希望に満ちた未来であることを願わずにはいられなかった。
コックピットブロックを開放し、島の空気を肌身で感じ、深呼吸をする。
「産まれてくる生命に意味があるのなら、おれの生命にはどんな意味があるんだ」
宙に浮かぶ少女。島のコアであることは、クロッシングしているから理解できた。
島のミールが、異なる分岐を進むミールの申し子の写し身であるおれに接触してきているらしい。
眠そうに、はたまたまた虚ろな目をしている彼女が一瞬だけ目を見開いた。それは驚きの様な動きだった。
そして、柔らかな笑みを浮かべながら彼女の姿は消え、ミールからの接触も終わった。
もう一度深呼吸をする。スフィンクス型C型種によって荒らされた山肌から土の香りが漂って来るが、それに合わせても消えない自然と、潮の香りはとても心が落ち着くものだった。