人は未来を知った時、どうするのだろうか。
それが自身に有益な未来であるのなら、その通りの選択をすれば良いのだろうか。
希望に満ちた未来。しかしその過程に多くの犠牲を支払わなければならないと知った時、その通りに未来を選べるのだろうか。
痛みを伴う事で生まれる
多くの仲間を失った。それは世界中何処でも同じだ。今この瞬間も、世界の何処かではフェストゥムと戦う仲間がいなくなっているだろう。そのすべてを救う事など救世主であろうとも無理だ。それこそ神の御業だ。救世主も、人である事に違いはない。
だが人であろうと出来ることはある。目の前の敵を倒し、これ以上の犠牲を出させないという目の前の事なら、人である身でも出来ることだ。
「島が攻撃されているのか? 真壁は、真矢はどうしたんだ」
今、この島にも救世主はなく。しかしそれでも世界有数のパイロットを抱える島なのは間違いない。
なのに島はスフィンクス型C型種に荒らされていた。
ワームスフィアによって荒らされる山肌や家屋。憧れていた光景が。守りたいと思える尊い場所が壊されていく光景に怒りを覚える。
「ちっ」
しかし今のベイバロンに遠距離を攻撃する術はない。手持ちの武装は全て中・近距離用の武装だ。
逸る気持ちに答える様にベイバロンは加速する。スラスター類のコンディションモニターに警告が乱立するが無視する。機体を気にして間に合わなければ、一体何のためにここにいるのか。その理由を見失ってしまう。
「あれは……マークゼクスか?」
海中から飛び出し、背中の翼を広げて飛び立つ白亜の機体。真矢の乗っていたマークジーベンと同型の空戦型ノートゥング・モデル。
たった一機で敵を引き付け、誘引したその勇敢さは記憶に新しい。
しかし、その機動が何処かおかしい事に気付く。
「機体の状態が万全じゃないのか…?」
そんな状態の機体を出さなければならないほど、今の竜宮島の戦力は不足していると言うことなのか?
「頭部での攻撃も驚いたが、体当たりまでするのか」
自分もスフィンクス型A型種を押し倒したが、それは戦術的に必要であったからだ。だがマークゼクスはただ体当たりをして、引き下がるような事もせずにスフィンクス型C型種と睨み会っている。その手に武器の類はない。いくらノートゥング・モデルと言えども、丸腰でスフィンクス型C型種との戦闘など無謀過ぎる。
「竜宮島CDCへ。こちらは新国連人類軍参謀本部直属特務隊、ペルセウス隊隊長のジョナサン・ミツヒロ・バートランド。この声が聞こえていたら応答してくれ! こちらに敵対の意思はない」
島の防衛圏内に進入しつつ、通信を試みる。美羽もエメリーも居ない今、彼等がこちらの通信に応じてくれるかわからないが、どうか届いてくれと願う。
「応じてくれ。共に脅威を退ける為に協力したい!」
◇◇◇◇◇
「ミツヒロ…」
島を守る為に駆け馳せる蒼いベイバロンを見送る。
わたしのたった一人の家族。こんな世界だから、何時かどちらか、あるいはどちらもいなくなってしまうだろう時代だから、たとえ戦場でも共に過ごして存在している事は幸せだと思う。
でもミツヒロは『
わたしもコアとの同期実験をした時に未来を見た。
見たことのないファフナーと、小さな男の子に同化されそうになった。感じるのは悲しみと憎悪。どこに向ければ良いのかわからない憎しみ。それがさらに多くの悲しみを生んだ。
完全に同化されて無に帰ろうとしたわたしを、ミツヒロが助けてくれた。でもそれは、わたしの知っているミツヒロじゃない。
誓いを胸に戦って、想いを踏み躙られて、操られて世界の希望を消そうとまでしてしまった未来のミツヒロだった。
未来を知れば、ミツヒロがわたしと同じものを見たというのがわかる。
同化現象の拮抗薬の開発。ファフナーの技術開発。
ミツヒロが関わっているそれから見えてくる事は、ザルヴァートル・モデルを生み出すこと。
人類を救う救世主の力。その力をミツヒロは世界の希望を守る為に使うと思う。
未来を見たのだからそうするのがミツヒロだとわたしにはわかる。でもミツヒロにはそれしかなくなってしまっている。他には……なにもない。
わたしに出来ることは、せめてミツヒロの帰る場所である事だと思う。兄妹だから、家族だから、身内を捨ててまで世界を救おうなんて言う非情な人でもないから。
ミツヒロが居るのにも関わらず、わたしが居る意味はわからないけれど、わたしがここにいる理由があるとすれば、わたしはミツヒロの為にこの生命を使おうと思う。
それがたったひとりの家族に出来るわたしの選択だと思う。
だからミツヒロには無事に帰ってきてといつも祈っている。未来ばかりじゃなくて、今も見て欲しいと願っている。
世界でたったふたりの兄妹だから、わたしにだって寂しいって感情はあるのだから。