人類軍高速シャトル機内。
地球の各地を転々とするおれの作戦行動範囲を考慮して用意された機体。おれのベイバロンの他にもう一機のベイバロンと作業建機代わりのグノーシスモデル1機を積載する機体の中で、おれは次の戦場へ向けて飛んでいた。
「ミツヒロ隊長。もうまもなく艦隊との合流ポイントです」
「わかった。おれとマナはベイバロンで待機だ」
「了解」
おれに声を掛けてきたのは、何処となく真矢に似た少女だった。おれと同じ金髪に碧眼、おれのひとつ下の彼女はマナ・バートランド。おれの妹だ。
おれがファフナーに乗るようになってから1年後に、父のバートランドが連れてきた娘だ。
身体が弱くて今まで施設に入っていたと父は言っていたが、彼女がパペットでないのかと思えずにはいられなかった。ただ実際どうなのかは、おれにはわからない。
真矢の面影があるのは、あの父なりに娘の真矢を愛しているからだろうか?
おれにそれを計り知ることは出来ない。おれに実験としてコアとの接触や、フェストゥム因子の移植をする男だ。
だが、そのお陰で真壁因子が作られる前にファフナーに乗れているのだから感謝はしている。
戦場での獅子奮迅の勢いでの戦果から、より長く戦える様に同化現象の拮抗薬の開発も推し進めて貰っている。
こういった薬の用意があれば、いずれ訪れるだろうあの長旅で一人でも多くのファフナーパイロットが同化現象から救われるだろう。
シナジェティック・スーツに身を包み、ベイバロンと接続する。自分がファフナーでファフナーが自分である事を受け入れる。
システムをブランクモードへ切り替えて、シャトルのシステムと接続する。
「Dアイランドは見えず……、か」
機体のカメラから眼下に広がる海に浮かぶ3隻からなる艦隊を見る。
人類に対して明確な敵意のない今のフェストゥムだが、それでも彼らは人類を襲う。その目的はわからない。だが実際に人類に対して牙を向くのだから、それと戦うのが人類軍の兵士である者の役目だ。
だが、それ以外の道もこれから生まれるのではないかという未来を知っている。
その中心にあるのがDアイランド――竜宮島。
記憶にあるだけでおれ自身は赴いたことはないが。それは世界が忘れてしまった何かがある、そう感じる空気のある島だった。
叶うのなら、自分自身の足でその島の土を踏んでみたい。そう思っていた。
だがその機会が、まさか島に対してノートゥング・モデルを受け取りに行く艦隊の護衛任務になるとは思いもしなかったが。
輸送艦一隻に、護衛の巡洋艦が二隻。しかも一隻の巡洋艦には新国連事務総長のヘスター・ギャロップ事務総長も乗艦している。
なのにノートゥング・モデルの話題は、まだ幾ばくか後の時期に全世界に向けて発信された記憶がある。
つまりはこの時何らかの理由でノートゥング・モデルを手に入れられなかった可能性もある。
それでも良いと思えるのは、やはりDアイランドの人々に迷惑をかけなくて済むだろうという自身の願望があるからだろうか。
会ったこともないのに、会ったことのある姉や、その家族が少しでも平和でいられる力を奪いたくないからだ。
『APIー1…そこに世界の希望がある。お父さんはそう言ってた』
待機するもう一機のベイバロンとの回線からマナの声が聞こえてくる。
「希望か……」
父にとっては敵を倒す力が眠る宝箱なのだろう。
フェストゥムへの復讐だけだった父。それは今も変わらない。
でもおれは違う。フェストゥムが憎いと思ったことはある。仲間を殺されたのだから、それは人として持つ感情のひとつだろう。
それでもおれは未来の希望を知っている。だから信じたい。フェストゥムとの対話の道があるのなら。そこに至る為におれにしか出来ない事があるのならば。
「っ、来る!」
『ミツヒロ隊長!』
「わかっている! 全システム、戦闘ステータスで起動。出撃スタンバイ!」
『了解! 戦闘ステータス起動!』
おれとマナ共通の感覚。それはフェストゥムの出現の兆候を感じ取れる。フェストゥムの因子を移植したからか、ファフナーに乗っているとそういう感覚を感じる様になったのだ。
『CPよりペルセウス1へ。目標を確認。スフィンクス型、特徴からA型種と仮定。数は1。隊長なら楽勝の相手ですね』
シャトルのコックピットのオペレーターから敵の情報が入る。おれよりも歳上だがまだまだ新米感の抜け切れない女性オペレーターだ。
「どんな相手でも、油断は自分の足元を掬われかねない。常に気は引き締めておけよ」
『了解です。でも隊長だからこそ私達は何の心配もなく送り出せるんですよ? スーパーエースの実力、今日も期待してます!』
たとえスフィンクス型が相手でも、人類にとっては十二分過ぎる脅威だが、エースパイロットクラスなら一対一ないし二対一でも勝利する事はそう難しくもない。
コアの搭載されているファフナーに乗っているのならなおさらだ。そんな戦闘を一年程続けていたらいつの間にかスーパーエースと呼ばれる様になってしまったが。
おれなど、真壁に比べれば敵を倒しているだけに過ぎない。
人類を救済する力を持ち、奇跡を起こし、北極ミールを破壊した真壁に比べれば、おれはそこらに居る普通のパイロットだ。
それでもおれの存在が戦場を共にする仲間たちの希望になるのなら、それも悪くないと思える。
『輸送艦隊旗艦より救難信号を受信!』
「ハッチ開け! ペルセウス隊、これより戦闘を開始する!」
『了解! 識別コード認証、ペルセウス1、2、発進スタンバイ!』
シャトルの後部ハッチが開放されて行くに従って、気分が高揚するのがわかる。
戦場こそが、おれが自分という存在を感じられる場所だからだ。
『ペルセウス2、発進どうぞ!』
『ペルセウス2、マナ・バートランド、行きます!』
マナのベイバロンが発進し、軽くなった機体の重心が傾くのがわかる。次の機体安定までが辛抱だ。
その時を、今か今かと待ちわびる。シャトルの重心が安定していくのを鋼鉄の身体で感じる。その数十秒の間がいつももどかしい。
『機体安定完了。ペルセウス1、発進どうぞ! 戦果を期待してますよ、隊長!』
「ペルセウス1、ジョナサン・ミツヒロ・バートランド、出る!」
シャトルとファフナーを固定するロックボルトが解除され、
既に発進していたマナのベイバロンに追い付く為に、両肩と両腰のバーニアを全開にして加速する。
眼下の青い海。黄金の体躯を持つフェストゥムへ向けて降下して行く。
それが最初の、運命への反抗だった。未来と違う行動をすれば、現在も変わる。その積み重ねが未来を変える。
それでもそれが、より良い未来へと繋がっているかなど誰にも知る事は出来なかった。