自分という存在がわからなくなったのは、自分という存在が生まれた時からだった。
何処までも続く地平線。まるで鏡の様に地面が空を写し、幻想的な風景が何処までも広がり続けていた。
その地平線の中にたったひとつだけ存在する真っ赤な結晶体。その様はまるで木の様に見えた。何故そう見えたといえば、下の方は一本の柱だけで、上に向かう程に逆三角形状に大きくなっていっていたからだ。
その結晶の木の前に佇む一体の巨人。
その時のおれは、それがなんなのか理解できなかった。
燻んだ様な鈍い金色の巨人。
初めて見るその存在に、自分は圧巻させられていた。
まるで違いすぎるその強大な存在感に呼吸さえ忘れていた。
その巨人が手を伸ばしてくる。おれはその手が迫ってくるのを黙っているしか出来なかった。ひとつでも身動きをすれば捻り潰されてしまうのではないかと思えてしまうからだった。
だが巨人はおれを捻り潰すとかそういう風ではなく、その手を広げておれの目の前に止まる。
その手に、おれは自分の手を伸ばして触れた。
その時、触れた手先から結晶が全身に生えていく。手を離そうとしても、まるで楔を打ち込まれた様にびくともしない。
そして流れ込んでくるもの。自身が作り物であるという真実。
たくさんの心を生み出されては消され、そして守りたかった命のすべてを奪われた悲しみと憎しみ。
それがおれの心に流れ込んで――
「やめろ。おれはその為に此処に来たわけじゃない」
結晶が弾けて、手が巨人から離れる。おれの腕を掴んだ誰かが、おれの手を引き離してくれたんだ。
「お前は……」
「わかるだろう。お前には」
おれの腕を掴んでいる相手は、おれ自身だった。
「こんなはずじゃなかった未来にさせないために、おまえに託す」
「託すって。勝手に決めるな! おれは――」
ジョナサン・ミツヒロ・バートランドとして生まれようとしている自分に、何を託すというのだろうか。
「おれのすべてを託す。だから成し遂げてくれ。より良い未来を。希望に溢れた明日を」
仲間を撃った記憶。憧れた英雄と戦った記憶。唯一の肉親と袂を別った記憶。使命に燃え 戦い続けた記憶。希望を信じて明日を進んだ記憶。自分が人形であり、自分の所為で仲間を危機に晒していたと知らされた記憶。
作られた記憶。偽りの記憶に、自分自身が生きた18歳までの真実の記憶が合わさって、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドという存在は、本来生まれるべきだったものとは違う存在となって生まれた。
偽りと真実の衝突。その結果生じた自分という自意識は酷く不安定だった。
ただ未来を知っただけではない。未来を閉ざす存在となってしまう運命を知らされて平気でいられる人間がこの世に居るだろうか。
アトランティス――Dアイランドとは別の島のコアの分身として生まれた自分は、見聞きした物がすべてコアを通して筒抜けになってしまっている。
パペット――人形とは良く言ったものだ。
コアを介された命令に逆らうことの出来ない操り人形。
そんな存在が生きている意味があるのか。だからと言って、おれが自分を殺した所で代わりが用意されるだけだろう。
どうして良いのかわからず、すべてを忘れて自分自身だけを実感できる戦場に身を投じた。幸いにして、ファフナーの適性はあった上に、経験値も記憶と共に得ている。
マークレゾンだけは手元に来る事はなかったが、アザゼル型やディアブロ型が居なければ、充分にフェストゥムと戦っていける力量だけは救いだった。
初めて戦場に立って3年が経つ。世界各地を転々とし、いつの間にか様々な名が付くようになった。
フェストゥムに対して答える者――アンサラー。
瞬く間に敵を倒す蒼い機体の動きから――蒼い閃光。
渡り鳥の様に各地を転々とし、敵を滅ぼす者――死告鳥。
それが戦場に立って戦うおれの存在に対する評価だった。
でもそれは他人から与えられたものであって、自分自身が感じている物じゃない。自分だけの存在意義。
それを探し続けていた。もしかしたらないのかもしれない物を探し続ける無意味な事をしているだけなのかもしれない。
それでもおれは探している。
待ち受けている運命を変えたいと思う未来の自分の記憶と、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドとして生まれた今の自分の意識と、その狭間で存在する自分自身が存在する理由を求めて。
「……夢か」
ファフナーに乗ると、決まって見る夢。あの結晶の木と、マークレゾンに同化されかける夢。
それは夢という言葉で片付けられる物でもなかった。
何故ファフナーに乗るとその夢を見るのかの理由は見当がついている。
おれのベイバロンには人類軍で唯一コアを搭載している機体だからだろう。
おれが生まれた時に生まれたコア。おれのみが適合するコア。おれだけの力。
その力のお陰で今日まで生き残れてきた。
この力のお陰で、人類を救済する力を再び手にする事も出来るだろう。
人類の救世主。日々の戦いに疲弊していく人類には、目に見える希望が必要だった。