暗黒大陸が第二の故郷です   作:赤誠

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前半は33巻の内容をまとめているだけなので、「****」のところから読んでも大丈夫です。



プロローグ

ハンター協会は現在、対応に追われていた。

 

先日、V5は暗黒大陸への進出計画を進めているカキン帝国をV6として新たに迎え入れることと相成ったが、その裏では各国の思惑が交錯していた。

本来「暗黒大陸には誰も行かせない」という姿勢を貫いていたV5が、ここにきて暗黒大陸渡航を結果的に許可したのは、カキン帝国の抑止としての意味合いが強い。

カキンが暗黒大陸から厄災を持ち帰れば、全世界を危機に晒すことになりかねない。逆にリターンを持ち帰ったとしても、カキンによって独占されてしまう。そのどちらもがV5の望む事ではなかった。

カキンはV5と違い暗黒大陸不可侵条約の締結をしていないため、V5はカキンの暗黒大陸渡航を公に阻止することはできない。だが、それはあくまでも“公には”の話だ。今回の案件は国家を揺るがすほどの危険事態であるため、軍事的介入等のような強制的手段も取れなくはない案件だった。しかし、それを行使する事はすなわち平和的解決を放棄する事に他ならなかった。

その結果V5がとった選択は、新たにカキンをV5に迎え入れ、V6として再編成するということだった。

リターンを得た場合はV6加盟国で6等分に分配する。そのかわりカキン国王の名前は新大陸の開拓者として公式に歴史に記す。カキンとV5双方に利益が生じるよう調整された妥協案といえた。

しかし、この流れはカキンによる暗黒大陸探検隊総責任者に抜擢されたビヨンドの望むままの結末であった。彼はカキン国王を歴史的偉人にするかわりに、今こうして確実に暗黒大陸行きの切符を手に入れたのである。

V5としてはビヨンド――ひいてはカキンにしてやられたままでは体裁を保てない。何よりも面子を重んじる彼らは、ビヨンドへのお目付役が必要だと考えた。

 

そこで白羽の矢が立ったのが、ハンター協会である。

 

V5はハンター協会に、ビヨンドを監視しながらの暗黒大陸渡航への同行を命じた。

V5からの指令、そして今は亡きネテロ会長からの要望により暗黒大陸に行くことになったハンター協会最高幹部――十二支んの悩みの種は尽きなかった。それもそのはず。彼らは、ビヨンドを監視しながら、彼の仲間を撃退しつつ厄災の解決法を見つけなければいけない。それも、何が起こるともしれない未開の地で、だ。

無計画で行けば当然この任務は達成できない。それどころか何の成果も得られず全滅したとしても何らおかしくないほどの難易度だった。

失敗すればハンター協会は許可庁やV5からの信頼を失う。そして何よりもネテロ会長の遺志を反故にすることになる。

そういったリスクが重圧となってのしかかり、彼らの頭を悩ませた。

 

医療チームの編成、乗船者の把握、ビヨンドの逃亡防止策、上陸までの経路の確保、防疫対策のマニュアル作成など、挙げていけばキリがないほどにやることは沢山ある。彼らは入念な渡航準備のために奔走することを余儀なくされた。

 

 

 

しかし、弱り目に祟り目と言うべきか。それだけでなく、新たに彼らの頭を悩ませる問題が浮上していた。

 

 

****

 

 

ハンター協会本部のとある一室。

そこで小柄な男は受話器を手に佇んでいた。背後から声をかけると、振り返ったその人物は予想通り浮かない表情をしている。

 

「またあの電話がきたのか、ビーンズ」

「は、はい……」

 

事の始まりは、ハンター協会へとかかってきた一本の電話だった。

変声機を使っているため性別不明なその声の主は、ある日唐突に協会に電話を寄越し、一方的に意見を展開したかと思えば、電話対応係の返答を待つこともなく一方的に電話を切っていった。

その後も幾度となくその声の主は電話をかけてきたが、よく聞いてみると一貫してある主張を貫いていた。

 

『暗黒大陸には行くな』

 

その電話の主張を一言でまとめるとしたら、まさにそれに尽きる。

 

ハンター協会ほど巨大な組織ともなると、それだけクレーマーや迷惑電話の類も多くなってくる。その全てを馬鹿丁寧に対応していたらキリがない。そのため、この電話に関しても当初は注視されることもなくその他大勢の迷惑電話と同じで、真面目に取り合うこともなく適当に流されていた。しかし後にその電話が彼らの目に留まった理由としてはいくつかある。

 

一つに、その頻度の高さだ。

粘着質な迷惑電話は他にもあるが、それにしてもこの電話は群を抜いていた。一日5回は最低限電話をかけなければいけないと心に決めているのではないかと疑うほどには、回数を重ねていた。

 

そして、もう一つ理由を挙げるとするならばその内容だった。まだ公にはハンター協会が暗黒大陸渡航に同行するとは発表されていない。ニュースで報道されている内容でも、暗黒大陸渡航に参加するのはビヨンド氏とカキンの王子達ぐらいしか世間一般には知られていないはずだ。

それにも関わらずカキン国ではなくハンター協会に電話をかけてきたということが、この電話の最も不審な点であった。

 

最近では、専らこの電話の対応はビーンズの仕事となっているが、彼の表情からは疲労の色が窺えた。俺――ミザイストムは、日に日に窶れていく彼の姿に同情を覚えていた。

 

「もういい加減その番号着信拒否しとけよ」

「いえ、それがどうやら様々な公衆電話を使ってかけてきているようでして…」

「逆探知でどこの公衆電話か調べたのか?その電話周辺の国に住んでるやつだろ。さっさと捕まえて厳重注意した方が早いんじゃないか」

「何度も逆探知したのですが、本当に様々な国の公衆電話からかけてきているんです。ある時はクカンユ王国の公衆電話から。ある時はパドキア共和国の公衆電話から。そしてある時はカキン帝国の公衆電話から……といった感じに」

「複数犯ということか?」

「その可能性もありますが、単独犯が瞬間移動の類の念能力を使って所在を眩ましている可能性も高いです」

「瞬間移動か……それほどの距離を移動できるとなると、暗黒大陸行きのメンバーに加えたいところだな」

「ええ?!こんな得体の知れない電話をかけてくる人物をですか!?その方が危険ですよ!」

「それもそうか」

 

納得する素振りは見せつつも、現在 転送系の念能力者を協会が欲しているのは事実だった。

暗黒大陸という未開の地への挑戦には、通常の何倍もの食料や物質の調達が必須となってくる。その点に関しては本来ならば、人や物質の転送に優れた能力をもつノヴに頼めば何の問題もないはずだった。

しかしノヴはキメラ蟻討伐の際に精神的深手を負ってしまったため、恐らく今回協力してくれたとしても、仮想の新大陸――限界海境線付近の不干渉協定エリア内までが限度だろう。現在、彼と同レベルの類似能力者を探しているが、そうそういるものではない。それだけに、ノヴという戦力の損失はハンター協会にとっては痛手だった。

 

 

 

会話が途切れたため、特に何をするでもなく佇む。

無機質な音声が耳に入ってくる。例の電話の音声をビーンズが再生しているようだ。

それまで流し聞き程度だったそれに自分もビーンズ同様耳を傾ける。暫くそうしていると、ある違和感に気付いた。

 

「なんというか、最初の頃に比べると……内容が濃くなったな。この脅迫電話」

 

十二支んでの会議の最中にもかかってきたことがあるため、自身も過去にこの電話は何度か聞いたことがある。当初は二、三言のみの本当に簡潔な電話だったはずだ。

しかし、今再生している電話は、すぐに切れることはなく、かれこれ1分近く話が続いている。

 

「やはりそう思いますか?最近、そうなんです。まるで実際に見てきたかのように詳しく暗黒大陸の恐ろしさを語っているんですよ、この人」

 

ビーンズのその言葉に興味が湧いたため、俺は最初から聞かせてもらえるよう頼み込んだ。もともと人が良いビーンズのことだ。嫌な顔一つせず承諾してくれた。

「それでは流しますね」そう言ってビーンズは再生ボタンを押す。今度は聞き漏らさないよう、耳を澄まして音声に集中した。

 

変声機を使った歪な声が鼓膜を撫でる。当初と変わらず、その声の主は大本の主張をまず最初に述べていた。しかし、明らかに当初とは違った。かつての電話と同じ人物がかけてきたとは思えないほどに、内容が充実している。

 

 

 

 

――そう、あまりにも充実しすぎていたのだ。

 

徐々に顔色が変わっていくのが自分でもわかった。

 

「おい、待て……こいつ、何で……?」

 

ビーンズも同じことを思っていたようだ。神妙な面持ちをしている彼と目が合う。

 

信じがたいことに、そいつの語りには、俺達やV5の各国首脳ぐらいしか知らないような内容が含まれていた。

 

――高層ビルの何倍もの大きさの生物が沢山いる。

 

これはお忍びで暗黒大陸に行ったことがあるネテロ会長の、かつての証言と一致している。

 

――樹海付近に生息する謎の球体植物には、出会った瞬間死ぬと思え。

 

これは恐らく古代の迷宮都市を守っているという謎の球体ブリオンのことだろう。『新世界紀行』にも記されている5大厄災の一つだ。

 

それだけでない。地形や気候、異様な生態の生物、謎の病などについても事細かに述べられていた。それこそ、『新世界紀行』にすら載っていないような内容についても、まるで実際に体験したかのように語っているのだ。

 

 

徐々に、この電話の主がこの世の者ではないかのような、不気味な存在に思えてきた。

 

 

――この電話の主は、何者だ?

 

まさか、本当に暗黒大陸に行ったことがある人物がかけてきたとでもいうのか。いや、そんなはずはない。暗黒大陸に渡航した者の中で生きて帰ってきたのはわずか28名。その中で現在も存命なのはビヨンド氏のみのはずだ。

この電話の主が暗黒大陸に行った者のはずがない。

しかし、この人物がただ虚構の物語を語っているようにも思えなかった。それにしてはあまりにも事情に精通しすぎている。

 

そうなると、生還者28名のうちの誰かが存命時に周囲に情報を洩らしたのかもしれない。それが後世にまで語り継がれ、それを耳にしたこの人物が電話をかけてきた。

この考えが、現在考えられる最も整合性のある説明のように思えた。

しかし、どうにも違和感が拭いきれないのもまた事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『再生を終了します』という音声の後に残されたのは、静寂だけだった。

 

もう音声は流れていない。

 

 

 

 

 

――それなのに、あの歪な声が嫌に耳にこびりついて離れなかった。

 

 

 

 


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