記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺

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戦士長

またやっかいごとかとため息を付きたくなるが、そもそも肺がないのにため息なんて付けるんだろうかとふと疑問に思う。

 

そんなことはどうでもいいかと隅に追いやり、チラチラと此方を伺う村長たちに仕方がなさそうに声をかけた。

 

「村人を一カ所に集めてください。出来れば大きな建物の中で。広場には村長と私で相手を出迎えます。味方の可能性もありますし」

 

騎士たちの仲間が報復に来る可能性もあったが「戦士風」と言っていたので仲間ではないだろう。もしかしたら、村の危機を聞きつけた味方がやってきたのかもしれない。もしくは山賊の集団か。

 

とりあえず会ってみないことには判断が難しい。突然攻撃される可能性もあるが魔法で何とかなるだろう。よっこいせとイスから立ち上がり、村長と広場に出ようとしたが慌てて若い村人に止められる。

 

「ああ、そうだった。忘れていた」

 

自分がアンデッドであることを忘れていたと、アイテムボックスから適当なアイテムを探す。空中で手が消えたことに周りが驚いていたが、魔法か何かだろうと何も言わなかった。

 

「これでいいだろう」

 

ガントレットとマスクを取り出すと装着し、鏡で姿を確認する。―――うん、アンデッドには見えないが邪悪な魔法詠唱者だな。何でこのマスクを持っていたんだ―――うっ、頭が痛い。ような気がする。俺の本能が思い出すなと血の涙を流している・・・気がする。

 

準備ができたと広場に出ると、確かに装備がバラバラの戦士風の集団が一直線で向かってきている。・・・山賊の可能性も高くなったが、妙な動きがあったら早々に撤退しようと緊張の面もちで居たら、意外にも礼儀正しい動きを見せた。

そして、王国の戦士長と名乗る男に村長は心当たりがあったらしい。肩の力を抜いてホッとしていた。しかし、隣の怪しい男について聞かれて身を固くした。まあ、どう説明するべきか悩むだろうと此方が代わりに答えてやる。怪しさ爆発の存在を警戒するのは仕方がないだろう。しかし、村を助けたといえば、馬を下りて頭を下げる戦士長に周りがどよめいた。

ふむ、あまり無いことのようだな。しかし、礼は言いつつ警戒は怠らないのは俺の存在が余りにも怪しいからだろう。マスクをとって見せて欲しいと言われて断ったので、さらに警戒心を高めてしまった。では名を聞かせて欲しいと言われたがこれには本当に困ってしまい。思わず村長と顔を見合わせた。

 

「どうしたのだ?名前を教えてはくださらないのか?」

 

鋭い眼光に、どうしたものかと悩む。しかし、どうしようもないかと諦めて正直に話すことにした。

 

「実は、私はこの村に来るまでの記憶を一切失ってまして、名前すら覚えていないのです」

「名前すら・・・」

 

目の前の男は絶句したようだ。まあ、記憶喪失なんて滅多に見られないだろうからなぁ。信じられなくてもうそは付いていないのだからしょうがない。しかし、目の前の男、ガゼフは信じてくれたらしく「己の身が大変であるにもかかわらず、村を救ってくれたのか!」と感動までしてくれた。

 

そう簡単に信じていいのか?お人好しじゃないかこの人。

 

などと考えていたらまた非常事態が起こる。囲まれている?このタイミングで?村に復讐に来たのならもっと前に来れるはずだし、俺を恐れていたとしても、戦力が増えたこのタイミングで現れるのなんておかしいだろ。

 

となると狙いは―――。

 

ちらりと目の前のガゼフを見ると、視線を感じたのか固く険しい顔をすまなさそうに歪めた。

 

どうやらもっとやっかいな話らしいとため息を吐いた。

 

 

*****

 

炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)か・・・」

「あのモンスターをご存じで?」

「ええ、まあ」

 

確か第三位階の召喚魔法で呼び出せる天使系モンスターのはず―――などと考えていておかしなことに首をひねった。

 

「記憶喪失でもそう言う知識はあるんだな」

 

おそらく目の前の相手も思っていたのだろう。思わず苦笑いが漏れていた。まあ、何もかも忘れていたら魔法なんて使えないだろうしな。と深くつっこむことをやめて、村を包囲する敵を見据える。ガゼフの部下からもたらされた情報と己の疑問をすりあわせていると、「雇われないか」と目の前の男が言う。

 

「報酬は望むだけの物を」

「望むだけの物を・・・ね」

 

報酬と聞いて真っ先に考えるのは金だろう。しかし、それは自分に必要だろうかと考える。アンデッドである自分は食事も睡眠も休息も何も必要がない。極端なことをいえば森の中に座り込んで数十年そのままでもかまわない存在だ。そんな自分が金をもらって何をするというのか?だいたい町に行って買い物など出来るだろうか?

 

「お断りします」

 

そんな物を対価に、命の危険があるかもしれない事を引き受けるのはバカのやることだと首を振る。

 

「では、あの召喚された騎士を貸していただくだけでも」

「お勧めしませんね」

 

死の騎士(デス・ナイト)は天使系と相性が悪い。特性故、一撃で消滅する事はないが上位の天使を召喚されて数回で滅ぼされる可能性がある。戦力としては加算しない方がいい。

 

「王国の法を用いて、強制徴収というのはどうだ?」

 

まるで脅すような剣呑な視線に、鼻で笑う。普通なら怯えるはずだが、アンデッド故に心は凪いで動かない。

 

「なるほど、死にたくないと怯える人間に戦いを強要する人でしたか、残念です」

 

その言葉に、苦痛で顔をゆがませると「申し訳ない」とガゼフは頭を深く垂れた。

 

「まあ、死にたくないのはあなたも一緒でしょう。少しでも生存率を上げたいなら仕方がないが―――、私を信用しすぎでは?実は私は彼らの仲間で、後ろからあなた方をだまし討ちにするつもりかもしれませんよ?」

 

途端に側に控えていたガゼフの部下の目が物騒な色に染まる。

 

「そうでなくても、強制された人間が裏切る可能性もあるでしょう?」

「・・・そうだな」

 

殺気立つ部下を下がらせ、ガゼフは改めて謝罪をすると再び敵の部隊を見据えた。

 

「村を救っていただいた御仁に無礼の数々、申し訳ない」

「かまいませんよ、私だってこんな怪しさ満載の人間が居たら警戒しますよ」

 

奇妙なマスクを指さしていえば、ほんの少し空気が和らいだ気がした。

 

「ならせめて、この村を守ってはもらえないだろうか?」

 

自分たちが囮になり敵を村から引き剥がし、その隙に村人を連れて脱出して欲しいとガゼフが言った。確かに作戦としてはいいのかもしれない。―――敵があれだけしかいないのならばだが。

 

「・・・彼らの狙いが貴方だとして、戦力があれだけだと少なくは感じませんか?」

 

ガゼフの連れてきた兵の数、敵の数を比べて少ないと感じる。天使を召喚できるにしても、しょせんは後衛。召喚師の戦闘力はそれほど高くないと思える。―――どこかに伏兵か切り札を持っているか。どっちにしても敵の増員の可能性があり、村人を逃がした先に伏兵が待ちかまえているかもしれない。

ガゼフが苦い顔をする。自分の考えすぎかもしれないが、完全に無いとも言い切れない。可能性の話をしたらきりがないが慎重に越したことはない。では、どうするべきか?

 

「私も出ましょう」

 

一転した言葉にガゼフは驚きの声を上げる。このまま籠城したところで時間の問題である。ならば打って出るしかない。

 

「村の人間は」

「動かさない方がいいですね」

 

敵が潜みやすい森に避難させるよりは村の一カ所に守りの魔法をかけて凌いでもらうのがベストだ。もちろん護衛は置いていく。

伏兵が村を襲ったとしても時間稼ぎにはなる。その間に主力を倒し、村に戻る。もし伏兵がおらず、此方が倒れた場合はすぐさま森に避難してもらう。もし自分が倒れたら死の騎士(デス・ナイト)は消滅するだろう。だが、村娘に渡したアイテムで小鬼(ゴブリン)の軍勢を呼ぶことが出来るからその小鬼(ゴブリン)を護衛にすればいい。

ただ、伏兵がいて、自分たちが倒れれば村人は死ぬ。

 

今思いつく限りのベストな作戦を伝えれば、ガゼフはそれを承知した。

 

「後もう一つ、私は同行せず後方から戦いを窺います」

 

自分の情報が何処まで相手に伝わっているかわからないが、当然魔法詠唱者(マジックキャスター)を警戒するだろう。しかし、同行していなければ彼らを見捨てて逃げたのだと見なし、意識から外すだろう。そうなれば自分は伏兵として機能する。

 

「可能なら背後から魔法をぶっ放します。それが無理なら攪乱魔法で相手に隙をつくる」

「なるほど、頼もしい限りだ」

 

表情が晴れたガゼフが心強いと笑う。だが油断は禁物だ。相手の強さは未知数で、もしかしたら策など何の意味もなく殺される可能性もある。

―――よりにもよって天使か、他のモンスターだったら生き残る可能性があったのに。

アンデッドの自分と相性が悪すぎる敵にため息がこぼれる。なら逃亡すればいいだろうともう一人の自分が囁くが、逃げて何処に行くのだ?自分が何者なのか何処から来たのかもわからない。ならば今は心のままに行動するしかない。せっかく助けたのだから最後まで面倒を見てやろう。

 

「では村長を呼んで作戦を説明しましょう」

 

 

*****

 

 

 

不安そうな村人に大丈夫だと声をかけて守りの魔法をかける。これで大概の攻撃は防げるだろう。倉庫の入り口付近に死の騎士(デス・ナイト)を待機させて侵入者を留めさせる。エンリを呼び、渡してあったマジックアイテムを使ってもらい小鬼(ゴブリン)達を召喚しておく。逃げる段階で召喚してもパニックでまともな命令が行えないだろうからの処置だ。

 

ガゼフ達は先に村を出ている。村の入り口を見張られていたら意味がないからだ。不可視化を看破する敵がいないとも限らないし。

それでもガゼフ達に出来る限りのバフ魔法をかけて居るのでしばらくは大丈夫だろうと大きく迂回しながら戦場を目指す。こういうときアンデッドは便利だ。歩きにくい道も、長い距離も何のそので走ることが出来る。疲れないとはすばらしいことだと思いながら戦いの場を目視する。

 

周囲に伏兵はいないか注意深く探る。探知系の魔法はあまり持っていない・・・あるのはこれだけだと<兎の耳(ラビット・イヤー)>を発動させる。あまり人に見せられた姿ではないが文句を言っている暇はない。ピクピクと周囲の音を拾うが戦いの音以外の誰かが潜んでいる音はしない。伏兵は無し、ならば切り札でも持っているのかもしれない。

 

戦場に耳を澄ませていれば、少し焦ったような指揮官の声が聞こえる。

 

<これほど手こずるとは、神官長様より授かった秘宝を使わねばならないか?>

 

「―――やはり、切り札を持っているか」

 

秘宝と言うことはマジックアイテムだろう。どんな効果があるかわからないが自分にはやっかいなのは間違いが無いだろう。隙を見て奪うか指揮官を先に潰すか―――、タイミングを計るために戦場を窺う―――が。

 

「? 皆何を遊んでいるんだ??」

 

命の取り合いにしては低レベルな戦いに一瞬自分の目を疑う。確かに天使の数は多いが殆どが上位天使(アークエンジェル)だ。そこまで強いモンスターではない。魔法も飛んでいるが良いとこ第三位階。なのに必死に戦っている。何体かしとめているがバフ魔法をかけているにしては弱すぎないだろうか?

ガゼフが一番まともに戦っている。それにしたってあまりにもお粗末ではないか??

 

「・・・ガゼフは王国最強の戦士、だよな?」

 

本人も村長も言っていたのだから間違いないはずだ。自称(笑)ではないだろう。では全体的に弱体化の魔法でも受けているのか?しかし敵味方無差別に?それ何の意味があるの?

 

「まさか皆弱いのか?適正レベルが低すぎるのか?」

 

いやいやいや、もしかして俺を騙すために皆グルでは?などと被害妄想まで出る始末だが、だんだんと面倒になってくる。

 

「ガゼフも追いつめられてるし、もういいや。いざとなったら奥の手を使えばいいし」

 

名前を覚えていないのに奥の手は覚えてんだよな~

ガゼフを助けるために歩き出した。

 

 

 


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