まるで、導かれるようだった。
用事があり、仲間達と別行動をとっていたラキュースは裏路地に、怪しい影が入り込むのを見た。
その影が、人の物とは思えずラキュースは単身でそれを追ったのだが・・・。
「女性一人、こんな所に足を踏み入れるなんて物騒ですよ?」
後ろから囁かれた声に、ラキュースはとっさに距離をとって武器を取る。―――そして、そいつを見て目を見開いた。
「お前はっ!?」
目撃者からの証言を元に作られた王都襲撃の主導者である悪魔の人相書きにそっくりな悪魔がソコにいた。
「自衛の手段は持っているようですが、私にとって小さな薔薇のトゲなんて何の意味もないですよ」
その言葉の通り、ラキュースは為す術もなく舗装されていない路地で泥にまみれた。
「・・・くっ、殺せっ!!」
「気高い薔薇ですね。たとえ地に落ちて泥にまみれようとも光を失わない」
しかし、ウルベルトにはラキュースにある可能性を感じていた。
「・・・しかし、貴方の中に私と同じモノを感じる」
「っ?!」
「ふふ、人間は貴方を光り輝く薔薇だと思っているようですがね・・・私にはわかるんですよ」
スルリと泥に落ちている金糸を拾い上げると悪魔は笑う。
「知ってますか?光には常に影がつきまとうんですよ。光が強ければ強いほど影は深くなり、闇となる―――貴方はこちら側の人間でしょう?」
「っ!!なにをバカなことを―――っ!!」
「強がるのもいいですが・・・本当はつらいんでしょう?その身の内にある暗黒の力を解放したいと―――貴方は思っているはずだ」
「黙れ―――っ!!」
苦しげに己の魔剣キリネイラムを握りしめて悪魔を睨みつける。しかし、その肩は震えていた。
「素直になれないというのも可愛いものだ。―――いいでしょう、私が手伝ってあげましょう」
「っな、なにを!?」
片手で持ち上げられ目線を合わせられた。目の前の悪魔はとても楽しそうにのどを鳴らしている。
「美しき薔薇の身の内にある、もう一つの人格を呼び出しましょうか」
「ま、まさかっ!!やめろ!目覚めさせるな!!」
「そういやがるものではないでしょう?光と闇は表裏一体のコインだ。光の貴方ばかりでは不公平でしょう」
悪魔が何かの魔法を詠唱したらしい。ラキュースの姿が変わっていく。
「い、いやだ!!私は蒼の薔薇のリーダー・・・」
「さあ、目を覚ましなさい。美しきダークウォーリアー"黒き薔薇"よ」
ラキュースの全身は黒く染め上げられた―――。
周りはまるで、竜巻に見舞われたかのようになぎ倒されている。
ソコに佇むのは黒い騎士。仮面により表情は見えないが、まがまがしい気配に対峙するモノはあれは悪魔だと恐れおののくだろう・・・。
だが、黒騎士の前に立つアダマンタイト冒険者は、"彼女"が自分の意志でこんなことをするはずないと知っている。
「彼女になにをしたっ!?」
叫んだのは小柄な魔法詠唱者、イビルアイ。黒騎士と化したかつての仲間ラキュースの後ろで愉悦に笑う悪魔に怒鳴る。が、悪魔はニヤニヤと笑うだけだ。
「そんなに怒ることはないでしょう?彼女の秘められた欲求を解放しただけですよ」
「っ!!てめぇまさか!!」
ガガーランが顔色を変える。ラキュースは魔剣を扱うに当たって闇の人格に悩まされていた。神官である彼女だから押さえ込め扱える為、知っては居ても大丈夫だと安心していた。――――――それを、悪魔に目を付けられるとはっ!
「こんっの悪魔がっ!!!」
「悪魔に悪魔とののしる意味が分かりませんが・・・、よそ見をしていていいので?」
「っ! ちぃっ!!」
悪魔にばかり気を取られていると、黒いラキュースがガガーラン達に向かって飛んでいた。鋭い攻撃を受け止めながらガガーランは細腕が繰り出しているとは思えない力に舌打ちした。
「ラキュースよぉ、あいつにナニされたんだ?随分と、色っぽくなってるじゃねぇか・・・・・・っ」
普段のラキュースからは想像がつかないほど胸元が開き、黒いドレスのようなインナーのスリットからは白い太股が見え隠れしていた。
「・・・・・・私はダークウォーリアーだ」
「はっ!!仲間と会話する気ねぇってのか!つれねぇ・・・なぁ!!!」
強い力とは言え、ガガーランの腕力の方が上である。気合いを入れて押し返せば、ラキュースの軽い体は軽く吹っ飛ぶ。―――が、まるで意に介した風もなく軽くその場に降り立った。
「おいイビルアイ!!何とかならねぇのかよ?!」
「うるさいっ!!今やっている!!」
イビルアイは己が知るありとあらゆる洗脳系の魔法解除を試みているが全く効果がない。悪魔だけが使える特殊な魔法だろうかとイビルアイは悪態を吐く。
そもそも、イビルアイは回復系補助系の魔法はそれほど覚えていないし、信仰系はラキュースの得意分野である。そのラキュースが敵の手に落ちてしまえばどうしようもない。
「全く、下品な女達ですねぇ。"蒼の薔薇"とは聞いて呆れる」
口汚く罵る彼女らに悪魔はやれやれと肩を竦めた。
「薔薇を冠するのなら美しく、それでいて鋭いトゲを持つ冒険者かと思いましたが―――名前負けしてません?」
「うっせーよ!冒険者に何を求めてんだてめぇっ!!」
似たようなことを貴族のバカに言われたことがあり、ガガーランはカチンと来る。貴族相手には笑って流してやったが、対モンスターの傭兵に何を求めているのかと腹が立つ。
怒りのままに悪魔に突進しようとするとそれを遮る黒い影が。
「くそがっ!!」
「さあ、私の黒薔薇よ。彼女と踊ってあげなさい」
死の舞踏を。
剣と刺突戦鎚がぶつかり合う音が響きあう。もちろんイビルアイやティアティナの援護もあるのだが、ウルベルトが相殺したり緩和するのであまりあてには出来なかった。アイテムに込められた魔法を使うも、すでに見破られていた。長年連れ添った仲間と戦いなどと厄介なものだなとガガーランは苦笑いする。―――と、余所事を考えていたせいで注意力が散漫となり体勢を崩してしまう。
あっ、こりゃ死んだ。
そうガガーランは顔面に迫る切っ先に冷静にそう思った。―――っが、
「っ」
「うおっとぉ?!」
しかし、ラキュースの剣がガガーランの男らしい顔面を貫くことはなく、わずかに切っ先が頬から耳にかけて引き裂いただけだった。
相手を蹴り上げて仲間の元に転がるように下がれば、ラキュースはその場から動こうとしない。
「見たか?イビルアイ」
「ああ、見た。―――まだ希望は消えちゃいないようだ」
「鬼リーダーそんなに柔じゃない」
「そうそう、図太い」
あの瞬間、ラキュースが戸惑ったのだ。まるで仲間を手に掛けたくないと言うように、体が一瞬硬直したのである。
どうやら悪魔も気づいたらしい。つまらなそうに口を尖らせている。
「―――なるほど、まだ染まりきられないと言うことですか」
まるで聞き分けがない子供にあきれるように肩をすくめると、悪魔はラキュースを見つめた。
「まあ、今回は貴方の力を見たかっただけですし、今回は下がりましょうか。―――闇になじむにはまだまだ時間がかかりますしね」
そう言ってラキュースを下げようとするが、ガガーランやイビルアイ達がラキュースに怒濤の攻撃に打って出た。
ウルベルトに連れて行かれる前にラキュースを確保しようと勝負に出たのである。
ウルベルトには忍術での足止めを試み、全員でラキュースに殺到する。効くかどうかもわからないし、効いたとしても長時間拘束は無理だとわかっている。だから、この一瞬で決めるしかないとイビルアイは考える。
「少しキツいが、仲間のためだっ!!」
イビルアイには魔神と戦うために様々な魔法を習得、開発してきた。その中には神聖系の強力な魔法もあるのだが、吸血鬼であるイビルアイ自身にもダメージがあるという諸刃の刃である。
ガガーランがラキュースにキツメの一発を決め、双子が束縛系の忍術を使う。体力を削り、動きを制限させるとイビルアイは魔法を発動させる。
イビルアイを中心にガガーラン達を神聖な光が包み込む。
「っああっ!!!」
「うぉっ!ちっとキツい、な!」
「ビリビリするっ」
「バリバリするっ」
まるで電撃を受けているような衝撃が体中を駆け抜けていく。しかし、ガガーラン達はまだましな方である。アンデッドであるイビルアイにとっては身の内から焼かれるような苦しみだ。
「―――ーーっっっ!!!も、どってこい馬鹿者!!!」
それでも、痛みや苦しみを抑え込んでラキュースを睨みつければ、仮面に罅が入り、覗くラキュースの瞳がイビルアイを見た。
「い、びるあ―――あ、ああああああっ!!!」
その瞳に、理性的な光が戻ったように見えた。と、ラキュースは己の仮面に手をかけると、引きはがそうとする。
なんの変哲もない仮面かと思ったが、どうやらこれが原因かとあたりをつけると、イビルアイ達はその仮面を破壊した。
仮面が砕け散ると、まるで呪いが解けるように装備が形を変えて元のラキュースの姿へと戻った。そのまま、倒れ込む彼女をガガーランが受け止めて呼びかける。
「ラキュースっ!!」
「・・・どうやら、気を失っているだけのようだ」
ヨロッとバランスを崩しながらもイビルアイは冷静に確認すると、ホッとしたように言う。―――何とか取り戻せたようだ。が、これで終わりではないと悪魔を睨みつけた。
「―――仲間の情に負けたか。まあ、仕方がない」
足止めはなんの効果もなかったらしい。ただ、自分たちの遣り取りを興味深そうに観察していたようだ。
「なかなか興味深かったですよ?彼女が奪い返されたのは痛いが―――、だが、彼女はこちら側の人間です。いずれは我が元に戻ってくる」
「―――そんなことは私たちがさせない」
ラキュースを庇うようにウルベルトを睨みつける彼女らに、悪魔は肩をすくめただけだった。
*****
酒場に降りてくるその姿を認めて、ガガーランは飲んでいた酒を掲げて呼んだ。
「よお、ラキュース!体はもういいのか?」
「ええ、―――ごめんなさい迷惑をかけたわ」
そう、表情を暗くするラキュースに、気にもしていないという声でイビルアイが肩を竦める。
「気にするな、お前の闇の人格とやらを知っていながら任せっきりにしていた我々も悪いからな」
「っ、し、知っていたの?」
「ああ、わりぃ。―――隠しておきたかったかもしれねぇが、お前一人に押しつけるわけにはいかねぇからな」
そう言って脳天気なほどに背中をバシバシ叩くガガーランだが、その手にはいつも以上の力が籠もっていた。
「ラキュースの状態が他に例がないかいろいろと調べてみよう。呪いや支配とは違うようだしな」
「だな、あの悪魔がまたラキュースを狙ってくるだろうし。モテモテだなラキュース」
二人の言葉に苦笑いを返したラキュースは、ふと、あの時のことを思い出していた。
解放された心、みなぎる力に、まるで酒に酔うような高揚感。ふわふわと記憶が曖昧で実際はあまり覚えていない。
しかし、自分はあの悪魔と楽しそうにしていたのは覚えている。まるで探し求めていたモノをようやく得たような―――。
そこまで考えて頭を振って思考を散らした。これはおそらくはあの悪魔の術中にはまっているのだろうと、ラキュースはため息を吐く。
心を強く持って己を戒めねばと誓うが、甘い誘惑がラキュースを誘う。
*****
「さすがゴウン様ですね!病人の薬の処方も出来るなんて!!」
「ん?あれはンフィーレアの薬だぞ?俺はさすがに薬師の職は持ってないからな」
あの薬のおかげで体が楽になったと喜んでいる村人の話をすると、アインズは悪びれもなくそう言う。それにエンリはびっくりしてしまう。
「え?だってンフィーの薬はあんまり効かないって言ってましたけど・・・??」
「ああ、それは僕が説明するよ」
薬草を煎じていたンフィーレアが、手を拭きながら立ち上がると薬を一つ置いた。
「これがその薬なんだけどね。これ、僕が作ったのとゴウン様が作ったのとどっちが効きそうだと思う?」
「そりゃ、ンフィーの腕は信用してるけど、やっぱりゴウン様が作った方が効きそう」
エンリの言葉に苦笑いしてしまう。祖母と薬師をしていたときも似たようなことがよくあったのだ。
「まあ、そう思われてもしょうがないんだけどね。けど、そう思いこまれるとどんな薬も効きにくくなるんだよ」
「逆に、俺がどんな病気も一発で治す薬だというと、たとえ井戸水でも次の日にはケロッとよくなるんだ」
思い込みというのは人間の体に大いに影響を及ぼすものである。
「じゃあ、嘘ついたんですか?」
「いや?ただ俺が渡しただけだ。別に俺が作ったとかンフィーレアが作ったとは言ってない。これもまた思いこみだな」
ふと、お前を呪ったと言うだけでも、相手は呪われたと信じるだろうなぁとアインズは思う。
思いこみ、自己暗示というものは時に己の不都合であろうともその威力を発揮するのだ。―――それを利用した詐欺もあると聴いたことがある、気がする。
「まあ、病は気からとも言うし。良くなったというのならそれでもいいだろう?むしろほんとのこといったらまたぶり返す危険もあるからな」
口元に一本指を立ててエンリを見れば、苦笑いしながらも頷いた。
*****
別題は不治の病。