記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺

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請負人

 

 

 

*****

 

 

「やべ、あれ半魔巨人(ネフィリム)じゃん」

 

東の森を調査しに来たアインズは、オーガやトロール相手にビシバシ稽古を付ける半魔巨人(ネフィリム)を見つけてしまった。

たぶんあいつが新しい東の主なんだろう。ただのトロールが勝てる訳なかった。

 

「強いんでござるか殿?」

「んー・・・、たぶん俺より強いなあれ」

 

アインズより強いと聞いて驚愕を露わにするハム助を無視して、相手が使っているスキルや技を見てだいたいのレベルを推測する。

 

「高レベルにならなきゃ使えないスキルもあるし、少なくても80レベル―――いや、高めに見積もってMAXlevelと見よう。前衛職ぽいし、う~ん。アイテム使って不意を付けばあるいは勝てるかもしれないけど、不用意に喧嘩売るのは得策ではないな」

 

朽ちた大木に身を隠しながら分析していたアインズはふと、後ろを振り返った。

 

「―――で?お前は何だ」

「っ?!ひぇぇぇ!わ、ワシが見えるのか!?」

「うるさい静かにしろ、気づかれるだろ」

 

姿を消してコソコソ此方を伺っていたのは西の魔蛇、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンというナーガだった。

最近代替えした東の主が恐ろしく強く、いつ自分の縄張りを荒らされるかと戦々恐々していて、ここは南の魔獣と手を組もうとハムスケを探していたという。しかし、見つけた魔獣のそばにはこれまた恐ろしいアンデッドがいるので様子を伺いここまで付いてきていたのだ。

不可視化を無効化出来るアインズには間抜けにヒョコヒョコ付いてきているようにしか見えなかったが。

 

場所を移動し、改めて話を聞く。リュラリュースは東の主の代替わりを不本意にも目撃したらしい。たまたま前主のグと話すことがあり、東の森に来ていたら縄張りに侵入者が現れたとグの部下が知らせに来た。すごく強いと言うことで、グが直接侵入者を殺すと言いリュラリュースはそれの見学をする事になったのだが―――。

 

「結果、グの奴は負けてしまい。東の森の支配権を手放すことになったのです」

 

見たこともない怪物に、警戒しろ用心しろとグに忠告したのだが鼻で笑ってそのまま力任せにつっこんでいったのだが、あっさり返り討ちにしてしまったのである。いったいこの森に何の用かとリュラリュースが震える声で問えば住処を探していると返答があった。つまりはグの縄張りを奪いに来たのだ。それに怒ってグの奴が再び怪物に向かっていくがまるで相手にならずあっさり敗北した。

 

「グの奴は付いてくるわずかな部下を連れて森を離れ、ワシは姿を消して自分の森に逃げ帰ったのです」

 

あのグをものともしない怪物にリュラリュースは怯えていた。あんな奴が自分の縄張りに来たらひとたまりもない。いっそのことこの森から逃げ出すべきかと考えるほどである。しかし、別の住処を探して生きていける保証はない。

 

リュラリュースの話を聞き、アインズはフムと先ほどの半魔巨人(ネフィリム)を思い出す。

 

「―――お前に手を貸してもいいぞリュラリュース」

 

アインズの言葉に魔蛇は驚きの顔を見せる。アインズの実力は話の前に軽く見せた(脅した)ので十分すぎるほどわかっていた。

 

「あの半魔巨人(ネフィリム)は我々にも驚異だ。あれが此方側に侵攻するというのであれば我々もただでは済むまい―――、だから手を組もう。元々そういうつもりだったろう?」

「それは、まあ」

「ま、お前としては私をアレにぶつけて共倒れが望ましいのだろうが?」

「いいいいいいえ、そんなことは―――」

 

わかりやすい動揺に、アインズは笑ってしまう。誰だっておいしいとこどりをしたいものだ。

 

「まあ、そうはいっても此方から仕掛けることはしない。もしかしたら東の森だけで満足する可能性もあるからな、余計な藪をツツいて蛇を出すこともあるまい」

 

そこはリュラリュースも同意である。グの奴は自分の力を過信して余計な喧嘩を売り、結果すべてを失っている。そんな二の舞になるつもりはない。

 

「では、私の縄張りを侵し始めたら撃退の協力をしてくれるということですか」

「―――うん、話が早いな。ハムスケ、リュラリュースのが森の賢王にぴったりじゃないか?」

「そ、そんな~、との~見捨てないで欲しいでござる~~~!!」

 

でかいハムスターがスガリツいてくるが、アインズははなからハムスケに期待はしていない。

 

「その代わりといっては何だが、不可侵条約を結びたいがどうだ?」

「―――まあ、今の縄張りを失うよりは数倍良いですからな受けましょう」

 

よしよしとアインズは頷く、言ってしまえばカルネ村に被害さえなければどうでも良いのだ。ならば此方側に被害が広がる手前、リュラリュースの縄張りでくい止められればアインズはそれでいいので、リュラリュースと同盟を組んだのだ。―――もし、あの半魔巨人(ネフィリム)が東の森で満足するというのならそれでも良い。それでリュラリュースが縄張りを広げるために此方側に侵攻する可能性もあったが、この条約によりそれも消えた。

まあ、ナーガにもそう悪い条件ではないだろう。東の森が攻めてきてもアインズが助けてくれるのだ。それにあの半魔巨人(ネフィリム)を倒せたら、東の森はリュラリュースにまるまる渡すつもりだった。―――可能性はかなり低いが。

 

「<伝言(メッセージ)>は使えるな。定期的に連絡を取り合い、情報交換をしよう。どんな些細な情報でも何かの役には立つからな、そのかわり此方からは・・・そうだな何か提供できるものでも考えておこう」

 

そういってアインズが右手を差し出すと、察したリュラリュースも枯れ枝のような右手を差し出して固い握手を交わした。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

とても日のあたりがよい大きな木の上に、まるで大きな鳥の巣のような固まりがチョコンと鎮座していた。中を覗けば黒い粘液がなみなみと入っているのが見える。が、それはただの液体ではなく、命あるスライムである。深く眠っているのか、見ているだけでは液体が零れもせずにたまっているように見えるが、軽くツツいてみれば嫌がるように液体がへこみ自然ではあり得ないさざ波をたてた。

 

「うう~~~、すみません。必ず期限までには仕上げますのでもうしばらく待ってください~~~~~」

 

―――うなされている。申し訳なくなってそっとそこから離れた。

依頼で出会ったスライムのヘロヘロさんは、ハムスケの縄張りで暮らしている。近くに半魔巨人(ネフィリム)が現れたので、一応気をつけてと言いに来たのだが―――、深く眠っているのを無理矢理起こすのはやめておこうとアインズはふわっと巣のある大木から離れた。

 

「スライム殿はいかがお過ごしでござるか殿?」

「あーうん、かなりお疲れみたいだからそっとしておけ」

 

ハムスケはヘロヘロとは面識はない。ただ、主君が連れてきた客人なので丁重に対応しようとしているのだが、いまだ会えずじまいである。というよりいつなら起きているのか全くわからない。寝ているときに木を揺らしてよじ登るという失礼は出来ない。

 

「残念でござる。今日こそご挨拶できると思ったのでござるが―――」

「まあ、今まで苦労していたみたいだし気が済むまで寝かせておけ」

 

挨拶できなくて残念だと思うのはアインズも同じである。だが、起こしてまですることではないと諦めて、カルネ村へ<転移門>を繋げた。

 

「もうお帰りになるのでござるか・・・」

 

出来ればカルネ村まで送りたいとハムスケは言うが、アインズはその僅かな時間も惜しいのである。

―――自分がいない間、ンフィーレアがエンリとイチャイチャしていると思うと無い腹が立ってしょうがない。それを言えばハムスケも呆れたようでため息を付いた。

 

「姫も大変でござる。子孫を残すのは生物としての急務でござるのに・・・」

 

殿の娘御ということでエンリとネムを姫と呼んでいるハムスケは、なぜアインズがその生物の急務を邪魔するのか理解できないでいる。アインズが生物であれば自分の子孫を残したいから他の雄の邪魔をするのはわかるが、スケルトンだし、エンリは娘であるし、ハムスケには訳が分からないでいた。

 

「何か言ったか?ハムスケ」

「なーんでもないでござるー」

 

そうか?と小首を傾げたアインズは、それじゃあ後は頼むと黒い空間に消えていった。

 

「・・・ウウム、拙者のつがいが見つかったら殿には黙っておくべきでござろうか」

 

ちょっぴり自分の心配も始めたハムスケだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

カルネ村は騒然としていた。武装した集団が此方に向かっていると聞くと、顔を青くする村人が多数。まだ自分の村を焼かれた心の傷が癒えておらず、誰かを探すように不安げにあたりを見渡している。

それが誰かなんて、エンリにも判る。どうしてこう言うときに限ってやっかいごとが起こるのかと、神様に問いつめたくなる。しかし、もしかしたらただの冒険者の可能性もあるので、まずはジュゲム達に確認に向かってもらった。

 

すると、やはり冒険者風であるとの報告にエンリは少なからずホッとするが、不審な点が多いとジュゲムは言う。

 

「冒険者ってーのは身分証明にプレートを下げとくもんだが、ぱっと見プレートが見あたらねぇ。まあ、距離あるし、見落としたかもしれやせんがね」

 

次に、冒険者にしては大所帯だ。おそらく数チームが集まっているのだろうが、そこまで人数をそろえるような事があるのか?普通の依頼では、報酬の配分がかなり少なくなる。となると、全員に十分行き渡る報酬を約束するような大きな依頼がある事になる。

ジュゲムはとっさにアインズの討伐を頭に思い浮かべたが、アインズが外でヘマした話は聞かない。次に考えられるのは、トブの大森林の東の森の主の交代である。主の交代により、森が騒がしくなり周辺の村に被害が出ていても不思議ではない。それで、冒険者が数チームで組んで森の調査に来たのなら話は分かる気がした。

 

「でも、それなら漆黒の剣の皆さんにも話が行ってるはずだよな?」

 

アダマンタイト級冒険者には釣り合わない仕事かもしれないが、エンリが前にモモンの名前を出したのだから、話だけでも行くはずだ。が、ペテル達から何の連絡もない。

 

そして最後に、彼らはすでに戦闘をした後らしくボロボロである。おそらく重傷者もいるようだ。しかし、助けを求めるならエ・ランテルへ向かうはずである。カルネ村が近かったとしても、森が近いこの村を負傷した冒険者が選ぶだろうか?モンスターとの遭遇率を考えれば街道に沿って町に行きそうなものだが―――。

 

「まあ、地図を無くしたとか、一刻の猶予もないけが人がいる可能性も無くはないんですがね」

 

どうにも不信感が拭えないジュゲムに、エンリも少し考える。確かに疑問も沢山あるが、けが人を見捨てるのも嫌である。しかし、村長として村に何かあったら一大事だ。何かの罠の可能性も捨てきれない。

アインズに連絡しようかとも思ったが、相談する時間もなさそうである。

 

「・・・ちょいと乱暴な手を使いましょうか」

 

ジュゲムの提案にエンリは仕方がないと同意した。

 

村に訪ねに来た者達をおびき寄せると、隠れていたゴブリン達が囲い込み武器を捨てさせた。相手には気の毒ではあるが、村を襲う危険性を排除するには有効であろう。

 

思ってもみないゴブリンの登場に相手は目を白黒差せていたが、集団の中で一番の手練れと見られていた老人が抵抗しない方がいいと言えば、皆疲れたように武器を手放した。

此方が主導権を握った後に、相手の状態を確認すればやはりけが人が多数いた。ンフィーレアに薬草とポーションを頼めばすぐに取ってくるよと走り出す。

魔法詠唱者(マジックキャスター)に気をつけながら冒険者風の者達を観察すると、やはりプレートが見あたらない。ここに来た目的を聞いてもどうも納得できない。

 

「我々はモンスター討伐に来たのだが、強いモンスターと出くわしてしまい。深手を負ってしまったので近くの村に薬草を分けてもらおうと来た」

 

その答えにエンリも眉を潜めた。この辺りはアインズ扮するモモンが殆どの強いモンスターを討伐してしまっている。そのため、それほど強いモンスターなど森の奥以外にはいないはずである。それに、カルネ村周辺のモンスター情報はモモンが優先的に依頼を受けているはずである。

 

怪しい集団に村人も互いに顔を合わせてヒソヒソと不信感を見せている。

秘匿性のある依頼かもしれないが、やはり信用できないとジュゲムの顔も険しくなる。何よりエンリが気になるのが、他の者とは少し違った様子の二人だった。とてもきれいな女の人なのだが、武器も防具ももっておらずボロボロの衣服を纏っていた。薬草やポーションを持ってきたンフィーレアに聞こうとすると眉を寄せ、手伝いに来たツアレが顔を歪ませた。

 

「たぶん、アレはエルフの奴隷じゃないかな」

 

言いづらそうにそういったンフィーレアに、エンリは目を剥き嫌悪感を露わにする。奴隷を連れている事にますます不信感を募らせていると、若い男がエンリに話しかけてくる。ヘッケランと名乗った男は不信感をもたれていることが判ったようで、さっきの話は嘘だと気軽にあかして見せた。

 

「ちょっとヘッケラン!?」

「しょうがないだろ?下手な嘘ついてけが人抱えたまま放り出されても困るのは俺たちだ。―――悪いな、詳しいことは契約上いえないんだが、少なくともこの村に悪いことをしに来た訳じゃないんだ。傷薬をもらったら早々に立ち去るよ」

 

ヘラっと笑いながらも真剣な目を向けるヘッケランにエンリはどうしようかとンフィーレアを見つめた。恋人に見つめられ、ンフィーレアは僅かに考えると頷いて見せた。

 

怪しさ満載ではあるが、けが人がいることは事実だしこの村に危害を加えないと言うのであれば、放っておいても大丈夫だろう。村に留まらないとも言っているし。エルフの奴隷も気にはなるが、だからといってどうすることも出来ない。

 

仕方がないと、エンリも渋々頷こうとしたときだった。エンリの横に見慣れた闇がぽっかりと口を開けた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

ヘッケランは今回の依頼は人生最大級のハズレだと、墳墓の中を逃げ回りながら思った。

 

帝国の貴族が起死回生をねらって、未発見のこの墳墓の調査という名の宝漁りを、請負人(ワーカー)の"ヘビーマッシャー""天武""緑葉"そしてヘッケランのチームの"フォーサイト"に依頼したのだ。

今帝国の鮮血帝にはある噂が囁かれている。皇帝に悪魔がとり憑いたという噂話。―――それは今まで処刑してきた貴族達の呪いで召喚されただとか、死んだ貴族が悪魔に生まれ変わって皇帝をとり殺そうとしていると帝国民の間で噂になっている。事実、ここ数ヶ月皇帝の様子が少しおかしいらしい。

何にせよ噂の真相より、皇帝の力が弱まっている事実が貴族には重要で、今のうちに力を蓄えようと遺跡の宝を狙って動いたのだ。

 

他国の未発見の遺跡の調査は犯罪である。しかし、目の前にぶら下がった未知のアイテムと多額の報酬に目がくらみ、ヘッケラン達"フォーサイト"はこの依頼を受けた。―――仲間の事情も多少は入っているが、本当に多少である。アルシェという仲間の問題が無くてもほぼ受けただろう事は全員判っている。

 

しかし、もっとよく考えるべきであったと逃げ回りながらヘッケランは思う。

 

この墳墓には確かに宝があった。それはもう輝かんばかりのお宝がすぐに見つかったのだ。そうなれば、もっとあるだろうと奥に進むのが人間である。はじめはまだ良かった。墳墓に巣くうモンスターは確かにいたが、それほど強くは無かった。しかし、奥に行けば行くほど敵は強く、そして巧妙な罠が待ちかまえている。それでももう少し先に行けるのではと考えてしまったのが間違いだった。

初日はそれぞれのチームで探索していたが、敵が強くなってこれ以上進めないと判断し地上に戻った。そして合流後、次はチームを一つにまとめて進もうという提案が出た。"天武"のエルヤーが不満げな顔になったが、"緑葉"のパルパトラがなだめる事によって渋々承諾したが、正直ここでエルヤーを外せば良かったのだとヘッケラン達は思った。

 

墳墓にはさらに奥があり、さらに下に続く階段があり敵が手強くなっていった。帰りのことも考えて慎重に進もうとしているのに、エルヤーはドンドンと先に進んでいってしまう。己の腕を過信しているからだ。そして仲間という名の奴隷を囮に使ったり、罠がないか確認するために先に進ませるという外道な行為に、他の請負人(ワーカー)達は顔を不快げに歪ませて内心エルヤーを軽蔑した。

しかし、それを声に出してしまえば敵地での仲間割れとなり、互いの命が危険にさらされてしまう。だから、さりげなく奴隷のエルフの娘達をかばうように率先して先に進んだり、八つ当たりの怒りを逸らすために話しかけたりと、むしろ墳墓よりエルヤーに対しての注意が強かっただろう。

 

そのため、普段であれば深入りしすぎたと顔を青くする程の奥地にまで入り込んでいた。

 

チーム別でいたらおそらく死んでいただろう相手を何とか倒し、そろそろ戻るべきじゃないかと"ヘビーマッシャー"のグリンガムの言葉に殆どの者が同意する中、またもエルヤーが異を唱え、さっさと先に進んでしまった。今までと雰囲気が違う場所に出たと感じるまもなく、エルヤーは地獄の扉を開けてしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

結果、ヘッケラン達は墳墓内を逃げ回っていた。とんでも無い敵との遭遇にエルヤーは敗北し心をへし折られ、涙と鼻水を垂れ流しヘッケラン達を置いて逃走。

そして、おそらくこの墳墓の主であろう美しい少女の姿をした化け物に追われ、ヘッケラン達は全力で出口を探して逃げ回る。

何処をどう通ってきたのかもはや判らない。化け物の他にも大量のモンスターが行く手を阻む。はじめは何とか撃退できても徐々に体力が奪われ苦戦してゆく。後ろからは鈴のように軽やかな少女の笑い声が追いかけてくる。なぶるように地下だというのに黒い日傘をクルクル回して歩く。嘗められていると判っていても誰も怒りなど沸かなかった。竜狩りも成功しているパルパトラでさえも、アレと対峙すれば死ぬと理解していた。

だから、とにかく逃げる事を優先した。

 

何度も死を覚悟しながら進むと神のご加護か、上に続く階段をようやく発見し上の階層に足をもつれさせながら登り切った。

途中、イミーナが転び階段の上で倒れ込んでしまった。正直に言えばイミーナはここで死んだと思った。すぐそこまで化け物が迫っているのだ。助けに戻る無謀者などいないと思われたが、ヘッケランが迷わず助けに向かった。

 

公言はしていないが二人は恋人同士であった。本来であれば見捨てて行くのが正しい行為だというのに、ヘッケランは戻りイミーナを助け起こした。それを見て、パルパトラは愚かなことをと吐き捨てながらもその場に留まる。別に老い先短いから若い者達の為に犠牲になろうというわけではない。このままでは追いつかれるのは目に見えている。だからヘッケランとイミーナを攻撃している間に己の最大の技を叩き込み、歩みを鈍らしてから逃走するつもりである。

しかし、そんな老公の謀など知らない若者達はその姿に感動し、震えながらも武器を手にその場に立ち止まった。

 

―――しかし、待てど暮らせど化け物は追ってこない。恐る恐るヘッケランが下をのぞき込めば、つまらなそうに見上げる少女と目があった。チビリそうなほど震え上がったが、興味を無くしたように化け物はクルリと来た道を戻っていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

そこから何処をどう通ったのかよく覚えていないが、何とか地上に這いだすとヘッケラン達は少しでも墳墓から離れたいと休む間もなく逃げ続けた。拠点に戻る勇気もないので宝は放置された。

 

出来ることならそのまま帝国に戻りたいが、重傷者も少なくないためどこか安全な場所で傷を癒さなくてはならない。エ・ランテルに向かいたいが、仕事の内容上大きな町には寄れない。そうなれば10Km程離れた場所にある集落に身を寄せるのがいいだろう。そうして、地図上では小さな村に身を寄せることにしたのだが―――。

 

実際の村を見て、請負人(ワーカー)達は度肝を抜かれた。もはやちょっとした要塞の様な村である。森が近いために守りを頑丈にしているのかもしれない。

ヘッケラン達はむしろ村が強固なことに少しホッとする。

無いと思うが、あの墳墓から化け物が追ってきているのではないかと何度も振り返ってしまうのだ。これほど頑丈な壁に囲まれていると思えば少しだけ安心できる。

 

などと考えながら畑で作業をしている村人に声をかけたらゴブリン達に囲まれて捕まってしまった。

意外なことに、この村はゴブリンとオーガなどと共生しているらしい。驚きはしたが、そこまで不思議なことではないだろう。まれにゴブリン達を手懐けたり出来るタレント持ちがいたりするのだ。おそらく、ゴブリン達と話している娘がその特別な才能を持っているのだろうとヘッケラン達は考える。

 

ここは穏便に話を進めようとヘッケランは友好的な態度で話しかける。嘘も見抜かれているようだから、あえて話が嘘であったことを明かして謝罪する。―――そうすれば、僅かにも此方を信用する空気が生まれるものだ。すると思った通り、不審な目の奥に困惑した色が滲み戸惑いが生まれる。そして、傷薬やポーションは提供しようと言う雰囲気になった。出来ることなら休む場所も借りられればと交渉しようと言うときだった。

 

 

 

 

 

 

村の少女の横に闇が出現し、ヘッケランは硬直した。

その闇は墳墓の中で散々目撃したものだった。化け物を振り切ったと安心する間もなく、その闇が生まれてそこから化け物が現れるのだ。

まさかここまで追ってきたのかと、顔を青くしてヘッケラン達は後ずさった。

 

―――しかし、そこから現れたのは別の存在だった。

肉も皮もない骨だけの姿にローブ姿に、ヘッケランはエルダーリッチだと肩の力を抜く。エルダーリッチも油断できないモンスターではあるが、あの化け物よりは遙かにマシである。

背後のグリンガム達もホッと力を抜くのが判った。まだ敵か味方か判らないが、一体だけのエルダーリッチなら何とでもなると――――――その少女以外請負人(ワーカー)全員が思ったのだ。

 

「―――おげええええええっっ!!!!」

「アルシェ?!」

 

突然嘔吐した仲間の少女にイミーナはかけより、そして原因であろうエルダーリッチを睨みつける。奴が現れてすぐにアルシェが吐いたのだ。どう考えてもエルダーリッチが何かしたと思うだろう。「何をしたの!?」と怒鳴るイミーナにアルシェがスガリツき必死に訴えた。

 

「みんな逃げて!そいつは化け―――おえええええっ!!」

 

全員アルシェの様子に呆気にとられ・・・・・・そして戦慄した。アルシェのタレント能力は全員知っていた。"相手の魔力量を見抜く"その能力でエルダーリッチを"見た"アルシェの反応は尋常ではない。涙を流して怯えるその様子は、あの化け物に追われていた時以上である。

落ち着かせるために<獅子のごとき心>をかけ、冷静さを取り戻したアルシェがエルダーリッチの恐ろしさを震えながら言った。

 

「そいつは、化け物!人が勝てるような存在じゃない!!あのフールーダでさえも勝てない!!」

 

その言葉に絶望の色に塗り替えられる。そんなわけがないと笑い飛ばすことなど出来ない。なぜなら、アルシェはフールーダの魔力を"見て"いる。そのアルシェがフールーダ以上と言えばそれは紛れもない事実である。

もはやこれまでかと、イミーナとアルシェを無駄と判っていながらも背後に隠しながらエルダーリッチを睨み上げ――――――ーようとして目を見開いた。

 

「――――――へ?」

 

なにやらエルダーリッチが顔を覆ってしゃがみ込んでいる。何事かと目をぱちくりしていると、ものすごい弱々しい声が聞こえた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・初対面の女の子が吐くほど、オレって気持ち悪いのか?」

 

すさまじく傷ついていた。横にいた村娘が慌てて慰めている。周りで様子を伺っていた村人はなぜか殺気だち、ゴブリン達もオロオロとエルダーリッチを伺いながらも此方の警戒を緩めない。

 

「そ、そんなことありませんよゴウン様!!きっと突然現れたからびっくりしたんですよ!!」

「おめーら失礼だろうが!!ゴウンの旦那はこう見えて繊細なんだぞ!!」

 

村人もこぞってゴウンと呼ばれたエルダーリッチを励ましにやってきて、アルシェ達を睨みつける。

 

「ゴウン様が気持ち悪いなんて絶対ありませんよ!」

「・・・そうは言ったって、お前だってオレと初めて会ったとき―――」

 

恨めしそうに村娘を見上げたエルダーリッチが、何かを言い掛けて慌てて立ち上がった。

 

「・・・あ~~いや、すまん何でもない。うん、忘れた。忘れたから気にしなくて良いぞ!!」

「・・・・・・・・・・・・・ゴメンナサイ」

 

今度は娘が真っ赤になってうずくまったので、初対面で何かあったのだろう。逆に慰める側に回ったエルダーリッチに、ヘッケラン達はポカンと間抜けな顔をしてしまう。それに気づいたエルダーリッチが、ゴブリンのリーダー格に近づき何かを囁き合い、頷きあうとゴブリン達がヘッケラン達を取り囲み、剣を向けた。

 

「―――悪いが、しばらく拘束させてもらうぞ」

 

ヘッケラン達は抵抗するすべを持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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