記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺

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100年の揺り返し

 

 

 

 

「ザリュース、生け簀に行くの?」

「ん?ああクルシュ」

 

雄の蜥蜴人のザリュースが振り向くと、雪のように白い鱗を持った雌、クルシュがこちらを伺っていた。

 

「魚の様子を見にな、さすがに先生にまかせっきりと言うのは」

「貴方が育ててきたんですもの、先生だって許してくれるわ」

 

トブの大森林の北、逆さ瓢箪型の湖の湿地帯に住む蜥蜴人の二人は連れだって歩き出す。仲むつまじく歩くその姿は恋人のそれで、時折しっぽが触れ合う。

二人の向かう先には大きな生け簀が幾つも設置してある湖だ。昔はザリュースが小さな生け簀を作っていたのだが、今はそんな粗末な物より大きく立派な物が広がっている。まだ、安定した魚は取れないが、もうしばらくすれば部族全員に行き渡るほどの魚が取れるだろう。

これも全て"先生"のおかげだと、生け簀のすぐ横に立てられた小屋に向かう。

 

「せんせー・・・ウワァッ?!」

「キャアッ!?」

 

中にいるだろうと思っていた"先生"は湖に頭を突っ込んでピクリとも動いていなかった。敵の襲撃かと慌てて駆け寄り引きずり起こし、呼吸を確認する。

 

すぴー すぴー

 

「・・・寝ているようだ」

 

脱力した顔で伝えれば、クルシュは腰が抜けたとその場にへたり込んだ。

 

 

 

 

 

「イヤーすまない。あまりにも星が綺麗なもので徹夜で眺めてしまってね」

 

すまんすまんと謝る"先生"にザリュースもクルシュも心臓に悪いとため息を吐く。

 

「脅かさないでください先生、先生ほどの強者を倒す者がいるのかと肝が冷えましたよ」

「悪かったって」

 

頭に当たる部分を掻く"先生"は蜥蜴人ではない。最近この村に現れた異形の者だ。

ザリュースが作った生け簀を勝手に改良を加えていたところに遭遇したのだ。自分より遙かな強者に逃走を選択しようとしたザリュースに、異形の者は思いがけず理性的に話しかけてきた。

警戒しながらも話を聞けば、生け簀についてすごい知識を持っている彼にザリュースは師事を仰いだ。

 

そこからはすんなりと彼は蜥蜴人達に受け入れられた。力こそ全ての蜥蜴人だ。全ての村の族長に勝って認められたのだ。ゼンベルはその強さに惚れ込み、よく決闘を申し込んでいるようだ。いまだ惨敗だが。

 

そこから彼は生け簀を本格的に作り、飼育を請け負った。なかなか難しいから素人に手を出して貰っては困ると、ザリュースさえも閉め出された。しかし、見学と簡単な手伝いは許してもらえているのでそのうち一つの生け簀を任されるかも知れない。

 

生け簀のほかにも、彼は様々な事を蜥蜴人たちに教えた。小さい魚は逃がすこと、少し我慢すれば大きくなるのだから。

魚の産卵の時期は穫るのを控えること、卵が産みつけられなければ次の魚は生まれてこない。

などの心構えのほかに、日持ちする干物の作り方や保存方法を教え、魚の産卵場所を造ってやる事を教えた。

魚だって勝手に生まれてくるわけではないのだ。環境を整えてやれば、湖の魚も増えてくれると彼は教えてくれた。

 

「観察日誌も増えましたね」

 

小屋の中の一角を占めるのは大量の紙だ。巷にある羊皮紙ではなく、彼が木の繊維から一から作った紙である。―――まあ、現実の世界で普及するようなものではなく、分厚くゴワゴワした手作り和紙だが。

 

蜥蜴人達は文字を持たない。けれど、生け簀などの知識を伝えていくので有れば口伝ではだめだと、彼は日本語を彼らに教え始めていた。今はまだ理解されないが、何代も重ねてゆけば普通に読み書きできるようになるだろう。

 

(―――だが、それで本来の蜥蜴人の生態を壊すことにならないか?)

 

彼は蜥蜴人達を見て葛藤する。自然のままで生きている彼らを、異物の自分が勝手に変えて良いものか・・・。これは自然破壊ではないかと悩んだ。利便性を押しつけて、文明を発達させて文化を失わせる。

自分の、人間の身勝手さではないだろうか?

 

しかし、学ぶことに喜びを覚えているザリュースやクルシュ、わずかな蜥蜴人達に彼は目をつぶって見ない振りをする。

 

(彼らが生きるためだ。そう、これは保護なんだ。生き残るために手助けして、十分生きていける頃に野生に帰す。―――何の問題もない)

 

「先生、そろそろ餌の時間じゃないですか?」

「ん?ああ、そうだな。ザリュース手伝ってくれ」

 

はい!と元気よく応える生徒に、彼は仲むつまじいカップルの元へ足を向けた

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか依頼がありませんね」

「まあ、レベル高い依頼なんてそうそうないよな」

 

モモンが掲示板を眺めているとルクルットものぞきこんできた。

 

「スライム討伐の依頼もあるけど、こんなんはだいたい銀のプレートの仕事だよな」

「ところがどっこい、そうでもないんだよ」

 

横から声をかけたのはそれなりの年数を重ねたであろう冒険者だった。

 

「その依頼、なかなか難しいぞ」

「? 高々スライムだろ?そりゃ専用の装備や酸軽減がないときついだろうけど」

 

そのルクルットの疑問に「甘い」と冒険者が首を振った。

 

「かなり強いぞ?突然変異なのか普通のスライムなんかの100倍強いんじゃないか?」

 

詳しく聞けば"黒き漆黒の粘体"と呼ばれるスライムの最上位種だった。しかし、周囲にとっては色が変わったスライムと言う認識らしく、報酬も少な目であった。

 

「なによりやっかいなのはな、そのスライム、価値の高い武器や防具ばかり狙ってくるんだよ」

「盗られたのか?」

「ならまだましだよ。―――目の前で溶かされんだよ!苦労して買った防具を!その場で!!・・・酸軽減の魔法かけても効かねぇし、今でも狂ったようなあの笑いが耳に付いて離れんのだ」

 

どうやら犠牲者だったらしい。装備もあるし簡単な仕事だと軽い気持ちで行ったら、無理して買った魔法の掛かった防具を目の前でボロボロにされたらしい。

しかし、被害は高価な防具や武器、たまにアイテムだけで人に被害はない。そう言うこともあって報酬も低いし、優先度も低いらしい。

 

「悪いことは言わん。その依頼は受けない方がいい。特にモモンさんの鎧は真っ先に狙われるぞ」

 

別に魔法で造った鎧だから懐にダメージはないが、骨の素顔を見られたら困るとモモンは忠告をありがたく受け取った。

 

「あと、それもランクと報酬が低い割に難易度高いぞ」

 

そう指さした依頼は"ローレライ討伐"と書いてあった。

 

「ローレライって何だ??」

「対象がそう名乗ったらしい。幼い子供の声で相手を誘い、近づいたところを襲われるんだと。油断しないで近づいてもいつの間にかぶっ倒れてるらしい。だから敵の正体も不明。唯一解っているのはピンクのなにかだ」

「ピンクのナニカって何だよ?」

「それが解ったら苦労しない。ちなみに、こっちも死傷者はないが身ぐるみはがされたってさ」

 

そう肩をすくませる男に、モモンも肩をすくませた。特に重要性のない依頼ばかりだし、村も特に困っていない。なら、しばらくは村でのんびりするかと、組合を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 




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