この世界の利点と言えるべき所だろう。
なんとこの街、仮想世界の偽物の街とはいえ、ショッピングを楽しむ事ができるのだ。
この街は聖杯戦争の行われていた、冬木と呼ばれる地をモチーフにされており、その形も、多少違う点はあれど、その地で最後に行われた聖杯戦争と同じ年代のものに設定されている。
商品とて同じだ。殆どの物がその当時に、一般的に売買されていたものが、この仮想世界の店々に並べられているのだ。
しかし全てが全く同じという訳ではなく、中には、別の世界から参加しているマスター達の、各々の世界特有で発達した品も、所々で扱われている。
そのため、現在この戦争に参加しているマスター達には、この仮想世界を見た時の印象に大きな違いが生まれていることだろう。
例えば、この仮想世界の元となった世界から来た者はもちろん、それに近い世界から来た者達にとってこの仮想世界の街並みは、いつもと変わらない、なんの面白みもない普通の景色として写っている筈だ。
しかしその世界とは全く違う世界から来た者達、もしくはかけ離れた時代で生きていた者達にとっては、この街並みは正に、一度も見たことのない、想像すらしていなかった未知の世界なのだ。
そしてここにもまた、そんな未知の世界の魅力に囚われた、一人のサーヴァントがいた。
この街で一番大きなデパートの中…いかにもヤング達が好みそうなファッション店で、一人の少女が鼻歌混じりに洋服を眺めている。
桃色がかったブランドの長髪をなびかせるそのサーヴァントは、子どものような小さな体型であるものの、サーヴァントに相応しい…いや、サーヴァントとはまた違った高貴さを漂わせている。
「いいのかキャスター?戦争中にこんな所で買い物なんて…」
「別にいいじゃない。こんな人が大勢集まる白昼の中で、わざわざ狙いにくるサーヴァントなんていないわよ」
「確かにそうだが…」
キャスターはそう言うが、キャスターのマスター…間桐雁夜は不安に思う。確かにこの場には人が多い。しかし魔術師という生き物は、こういった一般の人々の中に隠れ住む事を得意としている連中だ。
魔術師の家で生まれた雁夜には分かる。魔術師という生き物の姑息さが…確かに今すぐ襲いかかってくる事はないかもしれない、だが敵は今この瞬間にも、此方の隙を突こうと、あらゆる手段を尽くして監視している筈だ。
「だいたい…お前のその格好じゃあ、周りの人間に混じって隠れるなんてできないだろ?」
雁夜がキャスターの着ている服について指摘する。
キャスターが今現在身に纏っている服装は、彼女の世界に存在していた、トリステイン魔法学院という学院の制服だ。それ以外にも一応持っているらしいが、そのどれもこれもが数世紀前の貴族が着るような、場違いこの上ないド派手なドレスばかり。
アサシンのように気配遮断のスキルでもない限り、一般人に混じって行動するなどできるわけがない。
「そんな事は分かってるわよ、だからこうして、適当な服を探してるんじゃない」
「それはそうなんだけど!」
雁夜が声を荒らげた。
洋服店から洋服店を渡り歩き、かれこれ二時間近く買い物を続けている。そんなに時間をかけてしまったら、いつ敵に見つかることやら…いや、もう既に見つかっているかもしれない。そうなれば本末転倒だ。
「言っても無駄だって、貴族ってのはどいつもこいつも我が儘なんだからさぁ」
キャスターに大量の服を持たされている黒髪の少年が、半端諦めの表情で雁夜にそう告げた。
少年の左手には令呪の様に印が刻まれているが、彼はマスターではない。一人のサーヴァントにマスターが二人つくことはありえない。キャスターのマスターは雁夜である。
ならばこの黒髪の少年は何なのか…答えはそう、キャスターの宝具によって召喚された、キャスターの使い魔だ。
サーヴァントを使役するサーヴァント…常識外れではあるが、冬木の地で行われていた聖杯戦争でも、少し原理は違うが、そういったサーヴァントは存在していた。ごく希少な例ではあるだろうが、ありえないことではないだろう。
「女の買い物は長いからな。覚悟しとけよ兄ちゃん、多分まだまだ続くぞ」
黒髪の少年の背から声が聞こえてくる。
声の正体は少年の武器、少年が背負っている剣道用のバッグの中に入った、日本刀の様な長刀だった。
武器の名はデルフリンガー。キャスターの使い魔…平賀才人の宝具であり、意思を持つ魔剣である。
デルフリンガーは僅かに開けられたバッグの口から、金具をカタカタ鳴らして声を出していた。
「はぁ…これから先、こんなので大丈夫なのか?」
「大丈夫だって、もし敵が来たら、俺とデルフが倒してやる」
「おう!俺様と相棒に任せとけ!!」
ため息をつきながら、これからの事を不安視する雁夜。
そんな雁夜に対し、サイトとデルフリンガーは胸を張って励ましの言葉をかけた。
見た目こそは高校生くらいの少年ではあるが、これでも幾多もの修羅場をくぐり抜けてきた英雄だ。
その顔つきと口調は、雁夜が今まで出会ったどんな人間よりも心強い。
………両手いっぱいに女性物の衣服を抱えた姿でなければ、の話だが。
「はぁ…」
色鮮やかな布地に包まれているサイトを見て、雁夜は再度ため息をついた。
「本当に、どうか何事もなく時間が過ぎてくれ」
店の手前にあるベンチに座り込み、手を合わせてそう念じる雁夜だったが…運命の悪戯か、どうやらその願いは叶わなかったようだ。
「さて…服も手に入れたし、これで街の中も堂々と歩けるというものだな」
よく響く、低い男の声だ。
店の奥から響いてくるその声は、笑い声と共に、どんどんと雁夜が座っているベンチの方へと向かってくる。
「ご満悦なのはいいけどライダー。試着室の中とは言え、いきなり店内で霊体化を解くのはやめて欲しいな。誤魔化すこっちの身にもなってよ」
「一刻も早く自らの足で街を探索したかったのでな。偽物の世界とは言えなかなかに面白そうだ」
出てきた。店の奥から現れたのは、赤毛に髭を生やした大男に、金髪で小柄な少年だ。
身長差に極端な偏りのある二人組だ。ただでさえ小柄な少年に、2メートルを超える大男が並び、更に小さく見える。
しかし真に驚くべきはその図体の大きさではない。マスターである雁夜には分かる。あの大男は間違いなくサーヴァントだ。
マスターにはサーヴァントのステータスを見る能力がある。見え方には個人の違いはあれど、マスターの腕前とは関係なく、マスターには全て共通する能力だ。
雁夜の目には、この大男のステータスがはっきりと見えていた。
「だがやはり、あの“アドミラブル大戦略”のTシャツは売っていなかったな。もう一度あれを身に纏ってみたかったが、非売品であるならばしかたない」
「その大戦略って何なの?」
「余が気に入った、極上のテレビゲームというやつだ」
「テレビゲーム?」
おそらく元いた世界には存在しなかったのだろう。金髪の少年が首を傾げて聞き返した。
「余の時代から何世紀も後に生まれた娯楽でな、これが実に面白い。
テレビという…小僧、ここに来てから貴様も何度か見ただろう。あの映像を映し出す機械に繋げる道具でなーーええい!説明するよりも見た方が早い。ここに来る途中でゲームショップなるものを見かけたのだった、早速行くぞ坊主」
バチィンと、痛そうな鈍い音が響かせて、大男が少年の背中を叩いた。
そのあまりの衝撃に、金髪の少年は前のめりに倒れそうになる程だ。
ライダーの器量としては、軽く背中を叩いて先へと急かしただけなのだが、何しろサーヴァントの馬鹿力だ。一応鍛えているとは言え、金髪の少年の小さな体くらいなら簡単に吹っ飛ばせる。
「ライダー…もう少し手加減してくれないか…」
金髪の少年はむせ返しながら、赤くなった背中をさすった。
「情けない事を言うでないわ。貴様も兵士ならば、これ位眉ひとつ動かさずに耐えてみせんか」
「めちゃくちゃだ…」
しかしライダーからは謝罪の言葉はない。むしろ帰ってきたのは叱咤の言葉だ。流石は暴君、横暴である。
「ーーしかし向かいたいのはやまやまだが…その前に先に話しておくべき事があるようだな。
…なぁ?まだ見ぬサーヴァントのマスターよ」
ライダーが鋭い目つきで、ベンチに座っている雁夜を睨みつけた。瞬間、雁夜と金髪の少年の体がビクリと震える。
(バレたか…!)
ライダーの目線は真っ直ぐに此方を向いている。雁夜は小さく舌打ちし、その場から立ち上がった。
「何故分かった?」
「貴様は余の顔を見た時、一瞬顔を強張らせたな?そしてその直後に、思わず右手を触っておった。ここまでくればバカでも分かる。次はもっと上手くかくすんだな」
方や魔術という危険な世界から逃げ出した、フリーのルポライター。方や幾多もの戦場を駆け巡り、何万もの部下を率いた大英雄。
実戦経験の差も、敵を見分ける観察眼の差も桁外れだ。時代という越えようのない壁があるが故、そういった駆け引きではどうしても分が悪くなる。
「待った。まさかここで戦う気か?周りには人が沢山いるんだよ?」
金髪の少年が警告を加えた。サイトがいつでも抜刀できるように、デルフリンガーの柄を掴んでいたからだ。
「ほぉ、いい反応だ。それに顔つきもいい。幾多もの修羅場を経験しておるようだな」
「ライダー、君もだよ。戦えないのは僕達だって同じ筈だ。何故今、相手にわざわざ僕達の存在を示したんだ?」
敵の警戒を制止しながらも、金髪の少年が横目でライダーに尋ねる。
「勘違いするでない。言ったであろう?“話すべき事”があると。今は敵と刃を交えるつもりはない。対話によって語り合おうと言っているのだ」
「対話…だと?」
ライダーの意外な返答に、雁夜が問い返す。
「応とも、もちろん貴様らを含める、13騎のサーヴァントを全て倒す自信はある。しかしただ敵を倒し、屠るというのは…些か面白味に欠けるというものだろう?」
つまり敵を倒す事は簡単だが、ただ倒してしまうだけではつまらないので、話し合いで何かの交渉を行おう…との事だ。
大きく出た発言ではあるが、全くのハッタリという訳ではないのだろう。ライダーからはそれを実行に移せるという、確かな自信が見て取れた。
「簡単に…倒せる…?」
しかしこの発言は問題であった。明らかに相手を見下した様な、侮辱とも言える発言だ。
誇りを重んじる貴族であるキャスターにとって、侮辱は絶対に許されないものである。
この場にいる誰よりも小さな体でありながらも、キャスターは堂々とした態度で、2メートルを超える巨体であるライダーに言い放った。
「さっきから黙って聞いてたら偉そうに…あんたは一体誰なのよ!!」
「ほぉ…余の名前を問うと…?」
ライダーがニヤリと笑みを浮かべた。
それを見て何か嫌な予感を抱いた金髪の少年は、ライダーを制止しようとするが…もう既に遅い。
ライダーを大きく声を張って、キャスターの出した問いに対して答えを返した。
「余の名は征服王イスカンダル!!ライダーのクラスを得て、この聖杯戦争に馳せ参じた!!」
ライダーのマスターとキャスターのマスターが、両者共々目を丸めた。
聖杯戦争において秘匿するべき自らの真名を、あろうことか…この男は声高々に叫んだのだ。
「な…何だこいつは…!?馬鹿なのか…!?」
あまりの衝撃に、雁夜が隠す事もなくそう叫んだ。
「だが…征服王と言えば、歴史上二番目に多くの地を侵略したという、大帝国マケドニアを統一した大英雄…!まさか…こんな馬鹿に、世界は一度征服されかかったって言うのか!?」
「何だ?そんなに有名なのか?あのおっさん」
サイトが尋ねた。
「イスカンダルはアラビア語やペルシア語の人名だ。日本ならアレクサンドロス大王…と言えば思い当たるか?」
「アレクサンドロスって…教科書にも出てくるあの…!?」
平賀才人…その名が示す通り、サイトの出身は雁夜と同じ、日本だ。ルイズによって異世界であるハルケギニアに召喚されたが、元々は普通の高校生であった。
それほど深く追求してはいないが、一般教育の教材にはライダーの名が登場する。なのでサイトも、名前程度ではあるがライダーを知っていたのだ。
もっとも…サイトの居た世界は、あくまで雁夜やライダーの居た世界と“似た世界”であるに過ぎない為、その教科書に載っていたというアレクサンドロスと、現在現界しているライダーが同一人物かどうかすらも、怪しい所ではあるが…
「そこの小僧にも余の武勇は届いておるか。ーーして小娘よ、余はこうして名乗りを挙げてやった訳だが…よもや貴様は、そのまま無言を貫く訳ではあるまいな?」
ライダーは不敵な笑みを浮かべながら、挑発するようにキャスターの方へと目をやった。
「なっ…!も…もちろんよ!」
キャスターの側としても、そこまで言われて黙っておくわけにはいかない。
キャスターは杖を握り、ライダーに負けぬ程に堂々とした態度でこう言い放った。
「私の名前は!ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!!ヴァリエール家の血を引き継ぐメイジとして!必ず聖杯を掴む者よ!!」
言ってしまった…
と、思わず雁夜は顔を覆った。
「何故真名を明かしたんだキャスター!!お前だってこの戦争の基本は知ってる筈だろ!!」
「ライダーもだよ!!真名を明かすって事は、敵に此方の情報を開示するのと同じなんまろう!!?」
当然二人のマスターは、自らのサーヴァント達に食ってかかる。本気で戦いに勝つつもりならば、自分達の情報を相手に渡さないに越した事はない。
しかしそれが、唯の見栄の為にあっさりと破られたのだ。怒らない訳がない。
「やかましいっ!!!」
「うるさーいっ!!!」
しかしそんな二人の反論は、一瞬にして…文字通り体と共に弾き飛ばされた。
「私は貴族よ!!ただ魔法を使える者を貴族って呼ぶんじゃない!!何事にも背を向けず!確かな誇りを持っている者こそを、貴族と呼ぶなよ!!」
「ガッハッハッハッハ!!!よく言った!!己の名すら名乗れぬ臆病者などではない!胸を張って名乗りを挙げられる者こそが、真の強者というものよ!!」
ライダーは大きく口を開け、豪快に笑った。
もはやこのサーヴァントの暴走は止められない。ライダーのマスターである金髪の少年…アルミン・アルレルトは諦めた。
「まことに気に入ったぞキャスター!!であれば!早速一戦と行く前に、語り合うとしようではないか!」
「望むところよ!」
キャスターの方も駄目だ。
勢い付き、何故かライダーと意気投合してしまっている。
もう止められない。
床に倒れる二人のマスターは、互いに目を合わせながらこう呟いた。
「俺達、言ってる事間違ってないよな?」
「う、うん…おそらくは…」
一方で…キャスターの使い魔であるサイトは、大声で名乗りを挙げた二人の声によって集まってきた人々に対し、必死にあれこれ理由を付けて、何とか誤魔化していた。
二人じゃなくて、サイトも入れたら実質三人だな。