その光景は、サーヴァントが立ち尽くす程に圧巻だった。
突き刺す。突き刺す。突き刺す。
次々と、360度全方位から遅いかかってきた蟲達を全て、小町小吉は拳に生えた巨大な針で刺し殺した。
全て…例外なくだ。殆どは体に風穴が開くほどの損傷を受け即死、辛うじて生き残った蟲も、針に含まれる猛毒によって踠きながら生き絶えた。
小町の足元が一面真っ黒に染まっている。この黒いものの正体は全て、返り討ちにされた蟲の死骸だ。
黒く染まった地面の中心で、小町は軽く首を鳴らして、深く息を吐いた。それも、まるで準備体操を終わらせた後のような軽々しい動作でだ。
「悪いがデカイ虫を相手にするのは慣れている、それも、こいつらよりももっと強くて賢いやつをな」
まだ余裕の残る表情で、小町はワイルドタイガーと慎二の二人に向かい合った。
あれだけ欲していた魔術も手に入れ、それを十分に発揮し、敵の周りを百を超える蟲の大群で取り囲んでいた。かつての自分では考えられない程の強気な先制だったと言える。
しかしもはや、慎二の戦意は喪失された。
相手はサーヴァントに頼ることもなく、何の苦もなく慎二の奇襲を凌いで見せた。馬鹿らしい程の力の差だ。
ワイルドタイガーは完全に察した。
サーヴァントマスター共に、敵の方が一枚上手である。このままでは勝てない。
いや、切り札を使えばおそらく勝てるだろうが、敵のサーヴァントはまだ十三騎いる。慎二の魔力量と、仮想世界であるこの戦場の範囲を考えれば、切り札はできる限り温存しておきたい。
だがこのままでは敗北は確実だ。ワイルドタイガーは、二つ残してある手の内の一つをここで使うことにした。
(五分しか持たないが…今使うしかねぇよな)
ワイルドタイガーの体を光が包み込む。
瞬間、ワイルドタイガーはアスファルトの地面を蹴り砕いた。
爆発的なスピードでランサーに迫るワイルドタイガー。
先程とは段違いのスピードに、ランサーは呆気に取られた。
しかしそこはサーヴァント。僅かに出遅れたが、その両の手に構える槍でワイルドタイガーの攻撃をしっかりと受け止めた。
(どうなってんだこいつッ!?スピードだけじゃねぇ!パワーも桁違いに上がってやがる!!)
本来ならば、ぶつかり合っても筋力で勝るランサーが、ワイルドタイガーを体こと容易く弾き返せる筈だ。
しかし今はそうならない。その攻撃は速く重く、逆にランサーの方が押し負けそうな程に力が加わっている。
ワイルドタイガーは生前、NEXTと呼ばれる特殊な能力を持つ人達の内の一人だった。
その名はハンドレッドパワー。能力は自らの身体能力を五分間だけ百倍にすること。
ワイルドタイガーをワイルドタイガーたらしめる、ヒーローとして生きる彼の持つ武器である。
「ぐっ…!」
筋力でランサーを上回ったワイルドタイガーは、そのままの勢いでランサーを槍ごと突き飛ばし、ランサーが体制を崩したところで、すかさず腹に回し蹴りを食らわせた。
ランサーの体が後ろ向きのまま飛ぶ。
しかしワイルドタイガーは追撃を加えない。何故ならば、背後から襲ってきた巨大なオオスズメバチの針が、ワイルドタイガーのスーツを掠めたからだ。
小町はすぐに突き出した腕を戻しーー更にもう一撃。ワイルドタイガーを突き刺そうと毒針を放った。
ワイルドタイガーは身を捻らせて、再び毒針による攻撃を躱す。しかし敵の攻撃はそれだけでは終わらない。
たった今ワイルドタイガーに押し負けたランサーが、すぐさま態勢を立て直し、ワイルドタイガーの死角から槍を振るった。
流石に躱しきれないかーー
そう判断したワイルドタイガーは、身を屈めて槍を防ぎ、地面を蹴ってランサーや小町から距離をとった。
敵マスターがこれ程戦闘力が高いとは…ワイルドタイガーにとっても予想外だった。
状況は実質2対1…何より相手は、未だ宝具を使用していない。
使用する為の条件が整っていないのか…広範囲で高火力の宝具である為、人々が行き交う街の中では使えないからか…
それとも単純に、まだ出さずに温存しているのか…いずれかだ。
前者であるならば、そのまま戦いを続けるという選択肢も十分にありえる。しかし後者の場合は、このまま続行するにはあまりにも危険だ。
ワイルドタイガーとて切り札は温存しているものの、ハンドレッドパワーには時間制限がある。そして何より、マスターである慎二の身が心配だ。
放心状態である彼を、いつまでも放っておく訳にはいかない。
(ここは一回…逃げた方がよさそうだな)
そう決めたワイルドタイガーの行動は速い。
ハンドレッドパワーによって極限にまで高められたスピードで、一瞬にして慎二の所まで駆け付け、慎二の体を担ぎ上げてその場から走って離脱した。
「待て!」
ワイルドタイガーを追おうとするランサーに対し、小町が叫んだ。
「だけどこのままじゃ逃げられちまうぞ!」
「だからと言っても追うのは無理だ。いくらランサーが俊敏性に優れたクラスといっても、肉体を強化したヤツの方が速い。
それもライダーというくらいだ。何か乗用の宝具を持っていても不思議ではない」
ランサーの顔が僅かに歪む。
だが小町に説得され、ランサーは舌打ちしつつも、手に持っていた槍をしまい、その場に座り込んだ。
「まぁ、私はマスターであるあんたに従うけどさ…これからどうすんの?」
「周りが騒いできている。NPC達に気づかれる前に、取り敢えずここを離れよう」
「はいよ」
返事をしつつ、ランサーは霊体化して姿を消し、小町と共に建物の間を沿ってその場から姿を消した。
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人々の行き交う街…そのサーヴァントは音も気配も殺し、その中を歩いていた。
全身を強靭な筋肉と、黒いスーツで纏ったその男は、深くかぶった帽子の影から、目の前にいるターゲットを鋭く睨みつける。
ターゲットは少年だった。もちろんただのNPCではない。暗殺者のサーヴァントが狙う獲物は一つ…敵マスターだ。
もちろんその少年とて、自らがマスターだと指し示す令呪を無碍に晒している訳ではない。右手に手袋を着け、外からは見えないようにしている。
サーヴァントや魔術を使用しない限りは、マスターであろうとも周りのNPCと然程見分けがつかない筈だ。
だがアサシンには、NPCと敵マスターとを見分ける術があった。
“覇気”というスキルだ。
アサシンのいた世界には、覇気と呼ばれる技術が存在していた。覇気には大きく三つあり、アサシンはその中でも、二つの覇気を習得していた。
現在使用しているのは、“賢聞色の覇気”と呼ばれるもの。
人は生きているだけで、体中から“声”を発しているという。賢聞色の覇気はその、聞こえない筈の声を“聞く”能力なのである。
これを使えば、覇気の及ぶ範囲であれば敵や味方がどこにいるのか瞬時に把握することができ、もっと集中すれば、敵が次に何をするのかなど…行動やその表面的な心理を読み取ることすらできる。
ここには様々な声が行き交っているが、参加者以外は全員、人間に近いとは言えNPCだ。それも戦争中で警戒心のある者と、日常を送り緩みきっている者達…数は多けれど判断するにはそう難しくない。
アサシンのサーヴァントは“気配遮断”のスキルを使い、目の前にいる敵マスターの背を追った。
目的は暗殺。暗殺者は鋭い眼光で、その絶好の機会を探っていた。