Fate/gap 《他世界聖杯戦争》   作:無想転生

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お待たせしました。

久しぶりの本編投稿です。





白昼の接戦

そこはとあるアパートの一室だった。

部屋の中は真昼間だと言うのに薄暗い。カーテンを全て閉めて、太陽の光を一切遮断しているからだ。

 

電球の光だけで照らされた部屋には、赤いソファが一つ置かれ、その上には赤い装束を纏った吸血鬼が腰掛けていた。

 

「怪我の調子はどうだ?ブラッドレイ」

ソファに寝そべりながら、優雅にワインを楽しむアーカードが、ベットに腰掛けるブラッドレイに、サングラス越しに赤い目で覗き見ながら、そう尋ねた。

 

「まずまずと言ったところだ、アーチャーにやられた傷も癒えてきたところだよ。流石に治りが早いな」

 

肩から腹にかけて、大雑把に巻かれた包帯を指でなぞりながら、ブラッドレイが答えた。

重症を負った痛々しい姿にも関わらず、ブラッドレイには微塵の弱々しさは感じられない。万全時と同等の威厳に満ちていた。

 

「…やはりサーヴァントを相手に一対一は厳しいか。令呪を一画消費してしまったな」

 

ブラッドレイが右手の甲に刻まれた、一部が消失した令呪を見ながら、吐き捨てる様にそう言った。

 

「まったくだ。おかげで私は、お楽しみの途中でお預けを食らってしまった」

 

「それについては既に謝ったろうに、意外としつこいな」

 

「これに関してはいつまでも言わせてもらうさ、それだけ私は、この戦争を楽しみにしていたのだからな」

 

顔を顰めるブラッドレイに対し、アーカードがクククッと笑いながらそう言った。

口では文句は言うが、顔を見る限り、それ程怒ってはいないように見える。

 

「聖杯戦争は始まったばかりだ。まだ誰も脱落してはおらんだろう。

サーヴァント相手にどこまで通用するかも十分に試した。体も馴染んでいる。もう令呪で呼び戻したりなどせん、次は存分と楽しむがいい」

 

「そうか、それは素敵だ。とても楽しみだ…とてもとても楽しみだ」

 

サングラスの奥でアーカードの目が歪んだ。口元から覗く白く鋭い牙が、電球の光を反射して怪しく光る。

 

「しかし不便なものだな、この体も…昼間には活動することができんとは」

 

カーテンで閉じきった窓を鋭い目で睨みつけながら、ブラッドレイは忌々しげに吐き捨てた。

 

「それが我々だ。それが我々、化け物(フリークス)の住む世界だ。

お前は夜を選んだ。だからこそ、光の中にいる事を拒まれた。

もはやお前に日の光は振り向かない。居られるのは暗闇の中だけだ。もう絶対に、戻ることはできない」

 

「…それは、私がこの体になった事を後悔している…と、遠回しに言っているのかね?」

 

ブラッドレイが静かにアーカードの方を向いた。

そして眼帯を取り、自らが最強の目と称す、ウロボロスの紋章をもつ眼球でアーカードを睨みつけた。

 

「だとすれば実にくだらん、愚かしい杞憂だ。私はもう既に、とっくの昔に人間である事を捨てている。あの時から…私がキング・ブラッドレイとなった時からずっとだ。

人を捨てた事に未練など無い、人に戻ろうとも思わん。これまでも…そしてこれからもだ」

 

アーカードはブラッドレイの眼球を見た。

一度腐り落ち、ウロボロスの刺繍となって再び復活したその目を…彼をホムンクルス(化け物)たらしめている、その眼球を…

 

そしてアーカードは小さく笑った。

 

「…そうだな、お前の言う通りだ、今のは私が無粋だった、謝るよ」

 

アーカードは謝罪の言葉を送りながら、空になったワイングラスを机の上に置いた。

 

「そうだな、そうで無くては困る。それがお前だ、それがキング・ブラッドレイという男だ。

人間のように歳をとり、短い時間の中でしか生きられなくとも、化け物として、化け物なりのプライドを持って生きている。だからこそ私はお前のサーヴァントになったのだ」

 

それだけ言い残し、アーカードは最後の領地たる、自らの棺桶の中に身を埋めた。

 

「昼はまだ長い、私は眠る。お前もそうしておけ、夜の闘争の為に少しでも魔力を温存しておかなければな」

 

アーカードは霊体化できない。英霊の座に登録されているとも、されていないとも言えるあやふやな存在だからだ。

霊体化できない以上、アーカードはそこに存在するだけで、ブラッドレイの魔力はサーヴァントの維持の為に無駄に魔力を消費してしまう。

少しでも負担を減らす為、アーカードは棺桶の中で眠りについた。

 

部屋の電灯が消え、辺りが暗闇に変わった。

アーカードに言われた通り、ブラッドレイも睡眠をとることにしたのだ。ブラッドレイはベットの上で横になり、ゆっくりと目を閉じた。

 

陽日の下の暗闇の中で、二人の吸血鬼は夜の宴を待ちわびる。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ここは昼間の街中だ。両サーヴァントの攻防は決して生半可ではないが、破壊は最小限に…できる限り周りの一般人に気づかれないように戦っていた。

 

もちろん、ある程度行動は限られるとは言え、少しでも油断をすれば命取りだ。隙を見せればその瞬間に敗北する可能性もある、お互いに英霊のコピーであるサーヴァントだ、それくらいの技量は備わっている。

 

「やっべッ!正直ちょっとなめてたかもしんない!」

ランサーの攻撃を寸前の所でかわしながら、ライダーがそう叫んだ。

 

(いや、よく考えりゃそうか…

サーヴァントってのは生前の全盛期の姿で呼ばれるらしいし、見た目は子どもでも中身は場数を踏んだ大人って可能性もある。

だいたい、あいつと同じくらいの歳のドラゴンキッドだって、ヒーローとして立派に戦えてたじゃねぇか)

頭の中に浮かぶのは、生前の仲間でありライバルであった少女の顔…

 

まだ幼くとも、ライダーと同様にヒーローとして悪と戦っていた少女の姿だ。

 

そう、ライダーはヒーローであった。他の者達からそう呼ばれていたという訳でも、自分が勝手にそう名乗っていたという訳でもない。

正真正銘、彼はヒーローという職に就いていたのだ。

 

“鏑木・T・虎徹”それが彼の真名である。

 

しかし今は違う。

今の彼は、鏑木・T・虎徹であって鏑木・T・虎徹ではない。

 

彼の名は、その身を覆うスーツによって覆い隠されているからだ。

故に…その名はーー正義の壊し屋(ワイルドタイガー)…と言った方が正しいだろう。

 

これこそが彼のヒーローとしての名であり、ヒーローとしての姿であり、彼を象徴する宝具でもあった。

 

「ワイルドに吠えるぜぇ‼︎」

先程まで頭の中で燻っていた邪念を振り払うかのように、ワイルドタイガーは大きく叫び声をあげた。

 

マスクで見えはしないが、ワイルドタイガーの目つきは格段に強く、勇ましくなっている。

そしてワイルドタイガーは構えた。腕はまっすぐ、ライダーに襲いかかるランサーの槍へと伸びる。

 

ランサーの槍の先端の刃が、ワイルドタイガーの体を掠める。

ヒュッヒュッと、風邪を切る音が連続で耳元に流れ込んだ。

 

ランサーが小さく舌打ちをする。

まるで指の隙間から蚊が逃げるように、ワイルドタイガーが攻撃をするりと躱してゆくからだ。

 

確実に仕留める為、ランサーは再び槍を握り直し、構えを変えた。

槍がバラバラに分断され、鎖に繋がれた槍の柄が鞭のように音を出してしなる。

 

「仕込み槍か…⁉︎」

瞬間、ワイルドタイガーは後ろに重心を移し、頭から背後に思い切り倒れこんだ。

 

ワイルドタイガーの鼻先を、マスク越しに槍が掠める。

先程までの突きによる点での攻撃ではない。横に大きく、薙ぎ払うような面での攻撃だ。

 

ワイルドタイガーは頭を地面に打ち付ける寸前で腕を伸ばし、そのまま流れるように、倒れこむ際の勢いを利用して背後に一回転し、再び足を着地させた。

 

しかしランサーの攻めはまだ終わらない。

ワイルドタイガーの足が地面に着いたや否や、ランサーは一瞬にして多節棍の様な形状と化した槍を元に戻し、ワイルドタイガーとの開いた距離を詰め、己の槍が届く射程距離内にワイルドタイガーを補足した。

そしてそのまま二撃、三撃、四撃ーーと、再びライダーに高速の槍が襲いかかった。

 

「ぐおっ!」

ワイルドタイガーの反応が僅かに遅れる。

直撃とまではいかないが、スーツから隔てて霊体に、ガンッと突き刺さる様な鈍い衝撃が走った。

 

痛みはある。だが大したことではない。

ワイルドタイガーはまっすぐランサーを睨みつけ、そしてその顔面をめがけて、足元に転がっている石を思い切り蹴り飛ばした。

 

予想外の反撃にランサーは目を見開いた。ただの石ころではあるが、不意を突かれたランサーにとってその攻撃は、通常の倍以上の回避動作を起こさせるには十分であった。

 

通常の倍以上…その僅かな動きの無駄は、当然敵であるワイルドタイガーに対し、一瞬の隙を生じさせるものとなる。

 

そしてワイルドタイガーは、その一瞬の隙を見逃さなかった。

 

ワイルドタイガーの腕に取り付けられた装置から、ワイヤーが勢いよく射出される。

射出されたワイヤーはランサーの足に絡みつき、ワイルドタイガーが引き寄せる事で、ワイヤーの先端に取り付けられたフックがランサーの足を引っ張り、そのままランサーのバランスを大きく崩した。

 

「くっ…!」

ランサーの視界に建物と建物の間に広がる青空が映った。

身体全体が仰向けのまま宙を待っているのだ。

 

しかしこのままでは当然、重力の影響によって地面に倒れこむ事になってしまう。

それもそのまま仰向けの状態で…降伏の印に腹を見せる動物の様に、敵に大きな隙を与えてしまうのだ。

 

「やらせるかッ!」

追撃を加えようとするワイルドタイガーを前に、ランサーは咄嗟の判断で地面に槍を突き刺した。

 

ワイルドタイガーの拳が迫る。

瞬間、ランサーは腕に力を入れ、地面に突き刺した槍に重心を預ける事によって、空中で身を捻らせた。

 

ワイルドタイガーの拳が、ランサーの胸を掠めた。

ほんの僅か…1センチにも満たない、紙一重とも呼べる僅かな差で攻撃を回避したランサーは、地面に両足が着いた瞬間、自分の足に巻き付いたワイルドタイガーのワイヤーを逆に利用して、ワイルドタイガーの身体を引き寄せた。

 

双方、両足でしっかりと地面に根を張っているこの状況…対等な状況である今、筋力でランサーに劣るワイルドタイガーは抵抗も虚しく、無抵抗のままランサーに突っ込んでゆく形となった。

 

ワイルドタイガーがワイヤーを回収するが、もう遅い。

勢いは止まらず、ワイルドタイガーはそのまま、正面に立つランサーの蹴りをまともに喰らい、後方へ吹っ飛んだ。

 

「がはっ!…ぐっ‼︎」

強烈な一撃を鳩尾に貰い、噎せ、喘ぎ声を出すワイルドタイガー。

その顔は苦痛に歪んで入るが、こんな事でいちいち動揺していてはヒーローとしては失格だ。ワイルドタイガーの目は、負けるものかと燃え上がっていた。

 

「何やられてんだよ!しっかりしろよライダー!」

 

「うるせぇな!そっちも見てないで何かしろよ!」

 

敵サーヴァントであるランサーを相手に、劣勢に陥っているワイルドタイガーに対して、ワイルドタイガーのマスターが怒鳴り声をあげた。

 

しかしながら、このマスターは戦闘が始まって真っ先にワイルドタイガーの背後へと逃げたのだ、ワイルドタイガーとしては当然、いい反応を返す訳もない。

ワイルドタイガーはマスターの怒鳴り声に対し、それに負けない程の大声で反論した。

 

だがワイルドタイガーは知らない。もう既に、ワイルドタイガーのマスターは敵マスターに攻撃を開始しているのだ。

ワイルドタイガーのマスターは、他のマスターに比べれば多少小心者ではあるものの、これでも聖杯戦争体験者でもある。

 

そして何より、ワイルドタイガーのマスターは前回の聖杯戦争では持ち得なかったものを持っている。

 

それは魔術である。

 

マスターの名は間桐慎二。魔術師の家系の子として生まれるも、魔術回路を持つ事ができなかった少年である。

それにより、前回の聖杯戦争でもサーヴァントを召喚する事は叶わず、義理の妹の代役としてしか聖杯戦争に参加することはできなかった。

 

しかし今は違う。今は自らが正式なサーヴァントのマスターとなり、魔術を行使して戦うことができる。

 

魔術が使えないというコンプレックスに悩まされていた以前の自分はもういない。

一人前の魔術師となれたという確信と、その自信が、慎二に今まででは考えられない様な、積極的な行動をとらせていた。

 

間桐は蟲を操ることに長けた家系だ。当然その血を引き継ぐ慎二も、蟲を操る才能は備わっていた。今まではそれを扱う為の土俵にも立てていなかっただけだ。

 

建物の隙間…物陰には既に複数匹の蟲を忍ばせている。

ほぼ360度全方位。後は慎二の気一つだけで、敵マスターに向けて蟲の群勢を襲わせる事ができる。

 

(いけ!)

慎二の指示により、一匹の蟲がランサーのマスターを背後から襲った。

 

翅刃虫と呼ばれる蟲だ。巨大な羽を持ち、牛骨も容易く抉る顎を持つその蟲は、一匹でも人間を十分に殺傷できる能力を持っている。

翅刃虫は猛スピードで、背後からランサーのマスターの首を狙う。放っておけば間違いなく死が訪れるだろう。

 

しかしランサーのマスターは一切の動揺すら見せず、蟲を見向きもしないで、背後から聞こえる羽音だけでその位置を察知し、首をほんの少し傾けるだけで蟲の攻撃を回避した。

 

「なっ⁉︎」

慎二は驚愕した。

蟲の攻撃をかわした事もそうだが、何より相手は微塵の恐怖も抱いてはいなかった。

 

慎二の操るものは虫ではない、蟲だ。

大きさは小型の犬や猫とほぼ同じ、複数匹集まれば大型の動物だって殺すことができる。

 

いくら強いといえど、あのサイズの蟲の羽音を聞けば、多少なり恐怖心や不快感を掻き立てられる筈だ。

にも関わらず、敵のマスターは一切の動揺なく対処してみせた。異常なほどに図太い精神力である。

 

「おい、大丈夫か⁉︎」

 

「あぁ、心配ない。これくらいなら自分で対処できる。

お前は自分の戦いに集中するんだ」

 

ランサーが叫んだ。敵のサーヴァントに意識を向けていた事もあり、完全に意表を突かれ、敵の攻撃からのマスターへの防衛が間に合わなかったからだ。

 

ランサーは敵サーヴァントに向かい合いながら、視線だけをマスターの方へと向けた。

ランサーのマスターは傷一つ無い。返答も堂々とした、力強いものだ。それを確認したランサーは、一瞬安堵の表情を浮かべ、マスターの指示通り、敵サーヴァントへと再び意識を戻した。

 

「さて…敵のサーヴァントの言う通りだ、マスターだからといって、いつまでも傍観してるわけにはいかないな」

 

そう呟いて、ランサーのマスターは身構えた。

恐ろしく静かで…それでいて気迫溢れる、隙のない達人レベルの空手の構えだ。

 

ランサーのマスターは大きく息を吸うーーそして吐き出し、ゴツゴツとした骨太い拳を硬く握った。

 

「人為変態」

ランサーのマスターがそう呟いた瞬間、ランサーのマスターの体に異変が起こった。

 

身体中の細胞が急激に分解し、膨張した肉体が変異し始めたのだ。

 

ドクンドクンと、身体中に浮き出た血管が脈をうち、顔つきは獰猛かつ凶暴に歪んでいく。

頭からは虫の触覚の様なものが生え、拳からは殺傷力のありそうな巨大な針が備わった。

 

もはやその姿は、人にして人に非ず。その姿は、人の形をした異形へと変貌していた。

 

「何だ…⁉︎その姿は…?」

 

変貌したランサーのマスターの姿を見て、慎二は驚愕した。

 

そして震えた。

何だとは言葉に言いつつも、日本で生まれ育った慎二には、男の姿に心当たりがあったのだ。

 

虎のような黄色と黒の縞模様…凶悪な顔つき…そして巨大な毒針…

これらの特徴から一致するのは、一つしかない。

 

日本で最も多く、人間に遅いかかり、直接攻撃して死に致しめる野生動物は、熊でも鮫でもない。人よりも遥かに小さな昆虫…蜂である。

 

そう、人間を殺すのに巨大な蟲など必要ない。ほんの数十㎜程の小さな虫で十分なのだ。

 

日本原産オオスズメバチ。

目の前にいるのは、それが人間大の姿になった化け物だ。

 

ランサーのマスターの名は、“小町小吉”。

殺人人型ゴキブリと相対する、火星調査アネックス1号の艦長を務め…

 

マーズランキング3位だった男である。

 

 




キリよく6370字、投稿の少し事故が起こりましたが、何とか無事に投稿できました。

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