動き始めた参加者達
現在は昼である。
聖杯戦争が始まって、初めての昼が訪れた。
白昼の町の中では、様々な人が溢れかえっている。休憩中のサラリーマンや学生、小さな子どもを連れて買い物する主婦など、何の変哲もない平和な暮らしを続けていた。
…ただ数人を除いてだ。
本来ならばこの世界にはいない筈の存在が、平和とはかけ離れた環境の元に町の中で行動していた。
もちろんその数人というのは…聖杯戦争の参加者達の事である。
聖杯をその手に掴み願いを成就させる為、あるいはそれ以外の目的の為、彼らは各々戦いに備えていた。
この辺り一帯の地理を知る為に、町中を練り歩く者…
装備を整える為に必要な物資を購入しに来た者…
ただただ敵を待ち伏せる…もしくは探す者…それぞれだ。
今宵の聖杯戦争では、昼間に戦闘を行う者はあまりいない。
というのも、この聖杯戦争は冬木市と呼ばれる地で行われたものを基準にしているからだ。
冬木の聖杯戦争は魔術の秘匿の為、その殆どの戦いが人目の少ない夜間に行われていた。
それに習い、今宵の聖杯戦争にはあるルールが追加されている。
それは民間人…ここにいるのはNPCと呼ばれる偽りの存在だが、それらに対して聖杯戦争に関わる情報を与えないことである。
このルールがある為、白昼堂々とは戦闘が行えないのである。
もし戦いの一部始終を目撃されれば、聖杯戦争の存在を認知させてしまう、それだけで聖杯戦争に関する情報を与えてしまったことになる可能性だってある。
さすがにいきなり脱落する…などは無いだろうが、ルールを破った場合にはペナルティが与えられているらしい。
しかしそのペナルティというのが、いったいどういうものなのかは詳しく知らされていないし、情報を与えてはいけないというのも、どこまで知られてはならないのかという基準もよく分からない。
その為、昼間は参加者達はうまく行動ができないのだ。
ただ、戦闘はなるべく行わない方がいいとは言うが…時と場合によっては行わざるえない状況にも見舞われる。
そう、例えば…偶然敵と遭遇してしまった時などだ。
建物と建物の間…比較的人通りの少ない場所で、二人のマスターが偶然にも鉢合わせしてしまった。
(一人よりも二人で探索した方がいいと判断し、霊体化を解いたことが裏目に出たか…)
顔つきから見ておそらく日本人だろう、ガタイのいい男が自らのサーヴァントである赤毛の少女に声をかけた。
「どうするランサー?」
「どうするも何も…出会ったのなら倒さなきゃね。これはバトルロワイヤルなんだからさ」
対する槍兵のクラスを持つ少女が、獲物である長槍を構え、まっすぐ敵を睨めつけながら男の言葉に答えた。
「こんな昼間からか?」
「安心しなよ、私がちょいと細工して、一般人が近づきにくくしたからさ」
ランサーのクラスではあるが、元々この少女にはキャスターとして適性もある、この程度の事ならば造作もないのだろう。
「本当にやるのか?」
今度はもう一方のサーヴァントだ。
全身に、何故か企業の名が刻まれたパワードスーツの様な物を纏っている為、顔すら碌に見えないが、声と体格からして男だろう。
あまり気分が乗らない…といった様子で己のマスターに顔を向けている。
「当たり前だろライダー!これは戦争だぞ!やらなきゃこっちがやられるんだよ!とにかく僕がマスターなんだから、僕に従えよ!」
まるで食卓にも並ぶ海藻の様な髪型をした少年が、騎馬兵のサーヴァントに向かってそう叫んだ。
「とは言っても…相手は小さな女の子じゃねぇかよ…
俺も娘がいたから、あのくらいの子どもと戦うのは正直なんか…こう…なぁ」
敵サーヴァントを見て、ライダーは頭を掻きながら小言を呟いた。
それを聞いて憤慨したのだろう、見るからに気の強そうなランサーの顔が一層険しくなった。
「随分と余裕そうじゃんかライダー…だったら直ぐにその余裕を無くしてやるよ!」
ランサーが力強く槍を握り締める…そして次の瞬間、槍兵の名に恥じない速度で、敵に向かって一気に駆け出した。
「え…⁉︎いや、そういう風に言ったわけじゃないんだけど…」
「油断するなよライダー!敵が来てるだろ!」
ライダーのマスターが叫ぶ。
威勢はいいが、その足は驚くべき速さでライダーの背後へと向かっている。
「あー!くっそッ!やるしかないのかよ!」
前からは迫り来るランサー、後ろからはマスターの怒号が飛び、ライダーは半端ヤケクソ気味になりながら、全身に纏ったスーツから緑色の光を放ち、迫り来るランサーを迎え撃った
ーーーーーーーー
空を一騎の戦車が疾走する。
二頭の巨大な牛が、雷光を携え馳け回る姿は…正に圧巻である。
その手綱を握り、中央に鎮座するは…この戦車に見劣りしない程の、逞しい巨漢の持ち主であった。
赤毛の大男は真っ直ぐに目的地を見定めながら、その太い手で街へと進路を向ける。
「街へ行くのは僕も賛成だけど…この戦車はできるだけ人目のつかない所で停めてくれよ」
赤毛の大男とは対照的な、金髪の小柄な少年が、赤毛の大男の巨大なマントに掴まりながらそう言った。
まるで少女の様な顔立ちではあるが、こう見えても訓練を終えた、立派な兵士である。
「そのくらい心得ておるわ、あの辺りに停めれば文句はあるまい」
赤毛の大男が、少年の言葉に対し鬱陶しそうに眉をひそめながらも、人影の少ない街の外れを指差した。
「…にしても坊主、前回の余のマスターはこれに乗っただけで大層な狼狽えぶりであったが…お前は随分と慣れておるようだな?」
“これ”というのはもちろん、現在赤毛の大男が手綱を握っている天を駆ける戦車のことだ。
「まぁ…高速で飛び回ることには慣れているからね」
金髪の少年が苦笑しながらそう答えた。
話に聞く限り、前回のマスターというのもこの金髪の少年と同じ小柄で華奢な少年であったらしい。
とは言え、この金髪の少年は本物の兵士だ。
厳しい訓練を経たおかげで、前回のマスターである少年と比べれば、心身ともに幾分かは逞しい方なのだろう。
「あの腰に付ける装置のことか。
いやぁ、あれはなかなかに良いものだ、余も一度あれを使って空を駆けてみたいものだな」
「止めておいた方がいいんじゃないかな、ちゃんと適性審査なんかの手順を踏まないと…訓練兵の中には立体機動の訓練中に、事故で死んでしまった人だっているし…」
「そいつはまぁ…気の毒な話ではあるが…余とそいつを一緒にしてもらっては困る。
余はライダーのクラスを持って召喚されたのだ。その程度、完全に乗りこなせねばその名が腐ってしまうわ」
赤毛の大男…もといライダーのサーヴァントが豪快に笑った。
とは言え、少年の持つ機械…立体機動装置に騎乗スキルが適応するかどうかは微妙なところではあるが…まぁ、もし意味がなくとも、ライダーが立体機動の事故ごときで死ぬことはないだろう。
サーヴァントは人間よりも遥かに高位の存在だ。この少年とて、そのことはライダーを召喚した時から十分なほど痛感している。
今だって、その力の象徴たる宝具に乗って、人智を遥かに超えた体験をしているのだ。
しかし、だからと言っても立体機動装置を貸すわけにはいかない。
確かに事故を起こしてもライダーは無事かもしれない、しかし立体機動装置の方はそうはいかないだろう。
今あるのは、元いた世界から偶然持ち込むことのできたものが一台だけ、壊されると非常に困る。
先ほど「事故を起こすと危ない」などの口実で拒否したが、本当の理由はこっちである。
「話の続きだったが、そろそろ着地する、しっかり捕まれよ坊主」
ライダーが手綱を引き、戦車が僅かにスピードを緩めて急降下した。
彼の名は“征服王イスカンダル”。
途方もない大望を胸に、制覇すべき戦地へと目を向ける。
今回は登場キャラの紹介がメインなので、場面の移り変わりが激しいです。
おそらく次回もこんな感じになると思います。