こっから数話にかけて、新しいサーヴァントが続々登場していくと思います。楽しみにしてください。
日は完全に沈み、辺りは夜の帳が下りた。
おそらくそう設定されているのだろう。街を見ても、夜中に出歩いている者は限りなく少ない。
街中でも少ないのだから、この場所…コンテナや大型乗用車の並ぶこの様な工場地帯には、全くいないだろう。
ーーある一定の、特殊な状況下に置かれた者達を除けば…の話だが。
「ようやく敵と巡り会えたな。街中を練り歩いていた甲斐があったというものだ」
全身を、緑色のタイツのようなもので身を包んだ、驚くべき程の美貌を持つサーヴァントだ。
目の下には特徴的な黒子が付いている。槍を持っていることから、おそらくランサーであろう。
「うわぁ…あの人かっこいい…」
「マスター、気をしっかり保て」
何かに取り憑かれたように、赤い顔でランサーの顔を見つめる少女を、赤い髪の女騎士が肩を揺すって目覚めさせる。
「その黒子…
少女がハッと我に返る。
赤い髪の女騎士は、少女の心を奪っていたものの正体である、ランサーの泣き黒子を睨みつけながら、強い口調でそう言った。
「悪いが、持って生まれた呪いのようなものだ。こればかりは如何ともし難い。
俺の出生か…もしくは女として生まれた己を恨むんだな」
「そんなもので私の剣が鈍ると思ったら大間違いだ。よもや、それを期待してはいないな?」
「そうなってしまえば興醒甚だしいな。
ーーしかしなるほど…かの騎士王と同様、セイバークラスの対魔力というのは大したものだ」
話しながらも、ランサーは短槍と長槍を両手に構えながら、ゆっくりとセイバーとそのマスターに迫り寄った。
セイバーもそれに応えるように、両手に剣を出現させる。
「マスター、大丈夫か?」
真っ直ぐランサーを睨みつけながらも、セイバーはランサーのチャームに陥りかけていた、自らのマスターに声をかけた。
「ごめんセイバー…油断してた。でももう大丈夫」
気恥ずかしそうに頭を掻く。
セイバーのマスター…青い髪の少女、美樹さやかは顔を引き締め、今度はランサーの魔貌を真っ向から弾いた。
「ーーサーヴァント、マスター共に俺の黒子を打ち破るか…
結構。この黒子の所為で腰が抜けた女を切ったとあれば、俺の面目に関わる。双方、骨のあるようで嬉しいぞ」
「ほぉ…正当な戦いを所望だったか。私としても、そういった手合いの者が相手の方が、心地がいい」
両者、直線上に対面した。
嵐の前の静けさだ…辺りに音が消える。
「ーーでは、尋常に…」
両者が構えた。瞬間ーー
二人の姿が一瞬消え失せ、中心から、金属が激しくぶつかり合う音が鳴り響いた。
ランサーの短槍と、セイバーの剣が重なり合う。
しかし互いに使っているのは片腕だけだ。
残る右腕の長槍で、ランサーが横に薙ぎ払う。
セイバーはそれを、姿勢を下げる事でギリギリで躱し、剣でランサーを突き刺した。
短槍と剣の間から火花が飛び散る。ランサーが短槍と剣をぶつけたまま、横へと飛んだからだ。
しかもただ攻撃を躱しただけじゃない。ランサーはそのまま、膝で、セイバーの真っ直ぐに伸ばされた腕を蹴り上げた。
蹴りの衝撃で、セイバーは思わず剣を手放してしまう。
セイバーの目が、一瞬だけ空中で円を描く、自らの剣の方へと移った。その、目が逸れた僅かな瞬間を見計い、ランサーは長槍の柄でセイバーを殴り付ける。
しかし、ほんの僅かな一瞬の隙をつけるランサーもそうだが、セイバーの反応の速度も負けてはいない。
ランサーの殴打が降りかからんとする中、セイバーは素手となった手に、一瞬にして盾を出現させ、ギリギリで長槍の柄から己を守った。
盾と柄の間に火花が走る。長槍の柄が盾の表面を、ガリガリと音を出して滑っているのだ。
そしてセイバーは剣を持つ手でランサーの短槍を弾き、そのまま流れる様に体を回転させ、盾と瞬時に交換した剣で、ランサーを切りつけた。
ランサーは咄嗟に地面を蹴った。しかしそれでも僅かに剣が速い。
ランサーは短槍の尻を上に振り上げ、寸前で斬撃を上に晒した。
再び両者の間に一定の距離が生まれ、睨み合いの膠着状態になる。
「ーーなるほど、扱うのは剣だけではないということか…
臨機応変に獲物を持ち替える…その上、武器は幾らでも変えが効くと見える」
先ほどの斬撃が頬を掠めたのか、ランサーは僅かに流れ出る血を、指で拭った。
「これが私の能力だ。だか変換できるのは武器だけじゃないぞ」
「それは楽しみだな、是非とも見せて貰おう」
セイバーの構えに、ランサーが応じた。
瞬間、セイバーの体から光が放たれ、同時にその身に纏う鎧が、みるみると剥がれていった。
「換装!“天輪の鎧”」
(鎧が変わった…?鎧まで変換できるのか?
しかし何だこの鎧は…こんな作りでは身を守れる筈がない)
4本の鋼の翼が備わった、ドレスの様な作りの鎧だ。
だが露出度が大きい為、ランサーの思考通り、身を守ることに適しているとは思えない。
しかしセイバーは笑っている。自らの鎧に、絶対的な自信がある。そういった顔だ。
「くっ!?」
ランサーが咄嗟に首を傾けた。
何もない筈の空間から突如、一振りの剣が現れ、猛スピードでランサーに襲いかかったからだ。
「言い忘れていたが、私の鎧はただの鎧ではない」
再びランサーを剣が襲いかかった。
しかも今度は一本や二本ではない。十数…いや、数十本の剣が、宙を舞うようにランサーを切り裂かんとしている。
(手数が違い過ぎる…!)
ランサーは二本の槍を手元で回転させ、迫り来る剣を打ち落とした。
しかし量が量だ。それにどうやら、セイバーはこの剣を全て自在に動かせるらしい、全てを打ち落すことはかなわない。
なによりセイバーの剣の腕は決して侮れない。このまま舞乱れる剣を捌きつつ、セイバーと打ち合うのは、些か以上に難しい行為だ。
(さて…どうでるか…)
否が応にも、一旦距離を開かざるを得ない。
ランサーはセイバーとの距離を一定に保ちながら、状況を打開する策を探るべく思考した。
ーーーーーーーー
状況はすこぶる悪い。
キャスターとその従者、平賀才人は片膝をついて敵を睨みつけていた。
目の前では三つの眼球が赤く光っている。
二体の吸血鬼が、目の前にいる獲物を狩るべく牙を覗かせていた。
「もう終わりかね?余力を残しているのなら、遠慮なく力を出しきりたまえ」
「何だあいつは…マスターの癖に、ここまで前線に出るなんて…!」
雁夜が目の前の、初老の吸血鬼を睨みつけながらそう呟いた。
たった今自分の隣で、ボロボロの体で息を切らして戦っているのは、何処かの世界で英霊に召し上がる程の武功を立てた英雄だ。
若いが、腕は一級品…サーヴァントに召喚されたサーヴァントとはいえど、それに申し分ない実力を備えている。
にも関わらず、サイトは今、敵のマスター1人に完全に抑えられている。
それも平然と…戦闘を楽しむ余裕すら持ってだ。
(この聖杯戦争に参加するマスターは、こんなやつばかりなのか!?)
キャスターの宝具により、ほぼ一騎分の魔力で二騎のサーヴァントを扱える…そんな圧倒的アドバンテージがあった筈なのに、この規格外なマスターの存在で、それはいとも容易く砕かれた。
「くそっ…!」
サイトが歯を噛み締め、剣を強く握りしめる。
キャスターの攻撃は極めて強力ではあるが、それを発動するにはどうしても時間がかかる。
その時間を埋める存在こそが自分なのだが、敵をサーヴァントどころか…マスター1人足止めするのが精一杯だ。
おまけに一発や二発程度当てても、あのアーカードというサーヴァントは、攻撃により損傷した個所を一瞬で再生させ、何事もなかったかの様に立ち上がってくる。
完全に手詰まりだ。
何度も仕掛け、傷つき、雁夜の魔術でそれを癒しながらも、なんとかギリギリで耐え忍んできたが…もう限界は近い。
辛うじて耐えられていたのも、理由は相手の攻め方がお粗末だったからというだけだ。
相手は戦いを楽しんでいる。敵を倒し、勝利することに全力を尽くしていれば、とっくにキャスターや雁夜達は全滅しているだろう。
そう、相手は本気で戦ってすらいない。絶望的過ぎる力の差だ。
「どうした
アーカードが挑発気味にキャスターに語りかけた。
遊んでいるのか、その顔には楽しそうに笑みが浮かばれている。
「た…誰が…力尽きたのよ…!こんな所で!負けてなんていられないわよ!」
怒号をあげながら、キャスターは勢いよく立ち上がって杖を張りかざした。
詠唱は無し。虚無の魔法としての
もちろんそれで、驚異的な再生能力を持つアーカードを倒すことは不可能。
しかしこれはフェイントであった。キャスターの狙いは、アーカードではなくそのマスター、ブラッドレイだ。
確かにアーカードを倒すのは不可能だが、マスターであるブラッドレイならば、倒せはしなくともダメージにはなるだろう。足などを怪我すれば尚良しだ。
しかしキャスターの攻撃は届かない。
ブラッドレイは爆発の寸前に身を僅かに捻らせ、まるで軽い段差を避けるかのごとく、容易く躱してしまった。
「意外に冷静じゃないか…だがその程度では駄目だ」
チェックメイトと言わんばかりに、アーカードがキャスターの頭に銃口を向けた。
アーカードの銃は、高重量の炸裂徹甲弾である。サーヴァントであろうと、頭に直撃すれば間違いなく霊核は破壊され、消滅する。
「やらせるかぁ!!」
キャスターへの攻撃を阻止するべく、サイトはデルフリンガーを構え、アーカードに迫りよった。
「!!?」
瞬間、アーカードとブラッドレイの体が一瞬だけ硬直する。
原因は足元に流れる水だ。貯水タンクから水を摘出した雁夜が、魔術によって二人の足元を、囲む様に流れる水で覆っているのだ。
吸血鬼の弱点の一つに“流水を渡ることができない”というものがある。
もちろん、流水といっても、本来当てはまるのは川や海といった、巨大なもののみ。このような微量な水では、二人の足止めなどできるわけもなく、簡単に攻撃を躱されてしまうのが関の山だ。
しかしこの、流水など存在がカケラも予想できない状況で不意をつけば、僅かに…本当に僅かだが隙を作ることもできる。
雁夜はその、ほんの僅かな隙に全てを賭けた。
「令呪を持って命ずる。キャスターの従者である平賀才人よ、敵を倒し、その武器を奪え!」
雁夜の本来のサーヴァントであるならともかく、サイトに令呪が適応するのかどうかは、正直言って不明であった。
だが確信はあった。サイトはキャスターの宝具だ、言わばキャスターの一部と言っても過言ではない。
その結果は吉。サイトの身体能力は、令呪によって一時的に上昇し、瞬く間にアーカードを切り倒し、その腕から手放された二丁の拳銃を奪い取った。
(重い…!)
型は違うが、生前にもガリア王との戦いで拳銃は使った事がある。
しかしアーカードから奪ったこの拳銃は、それよりも一回りも二回りもでかく…そして重かった。
しかしサイトにはガンダールヴの力がある。
例えそれが、使い方の分からない未知の武器であろうと、その性能を十分に発揮し、達人レベルの腕で扱うことができる。
「確か吸血鬼専門の殺し屋だったんだろ?ならその装備だって、それに適したものを使ってる筈だ。
例えばそうだな、洗礼詠唱を施した水銀や銀…それを弾丸に混ぜて撃ち込んでいる…と言ったところか?」
「さっきの流水もそうだが…随分と吸血鬼について精通しているな」
「近くに吸血鬼の様な化け物がいたからな。正直殺したい程憎らしかった。
魔術は嫌いだったが、弱点についていろいろと調べたよ」
雁夜は自分の父親…間桐臓硯の事を思い浮かべた。
もっとも、その男と吸血鬼は厳密には違う部類なので、その知識が役立つことはあまりなかったが。
「お前達がこいつをまともに受ければ、絶対に無事では済まない筈だ。自らの武器で、ここで死ね」
雁夜の合図で、サイトの両腕に握られた拳銃は、銃声をあげて発砲された。
一発一発が対化け物用の特別弾。雁夜の言葉通り、化け物を間違いなく屠る事のできる。アーカード自身も「これを受けて平気な
「なっ…!?」
しかし目の前の吸血鬼達には、その銃弾も全く意味を持たなかった。
ブラッドレイは剣一本で全て弾き落とし、アーカードに至っては無抵抗のままわざと弾丸を頭に受け、尚も問題なく復活したのだ。
「ば…化け物が…!」
「よく言われる」
アーカードは笑う。己の掲げる信条のままに、相手を討ち倒すために…殺すために、敵へと迫りよった。
完全に八方ふさがりに陥ってしまったキャスター達…
三人が勝つ確率は…もはやゼロである。
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「…始まったわね」
「その様だな」
魔術によって強化した視力と、サーヴァントの視力でそれぞれ夜空を見上げた。
真っ暗な空の上には、僅かに薄っすらと…戦塵が立ち昇っている。
何ヶ所で行われているのかまでは分からないが、敵のマスター達が、たった今戦闘を行なっているのだ。
「今回の聖杯戦争の参加者は全部で14人。ほっといても何人かは脱落していく筈よ」
凛はアーチャーとそう話しながらも、セイバーに看病される士郎の方へ目を向けた。
「だから後…二、三日の間は出来るだけ戦闘を避けるわ。なにより、今のまま戦ったら士郎の体は絶対に持たない」
アーチャーとの修行により、士郎の身体は既にボロボロだ。戦うことなど絶対にできない。
にも関わらず、敵が来たら士郎は絶対に立ち向かうだろう。体が壊れようとお構い無しに、凛やセイバーのために体を張る筈だ。
「あなたの千里眼のスキルで、辺りに敵がいないか見張っておいて。私もできる限り索敵を続けるわ。
異論ないわよね?アーチャー」
「あぁ、君の判断に従おう」
戦乱の夜は、まだまだ始まったばかりである。
おじさんのドロドロした感じが上手く表現できないな…
やっぱ時臣や葵さん関連じゃないと難しいかな。