家主の居ない古びた道場の中で、刃と刃が打ち合う音が何度も響き渡った。
サーヴァントであるエミヤと、マスターである衛宮士郎が、その手に干将・莫耶を投影し、何度も何度もぶつかり合っているのだ。
「どうした?もう足がフラついているぞ?」
アーチャーの蹴りが士郎の鳩尾に突き刺さる。
急激な嘔吐感と共に、士郎の体は後ろへ吹き飛び、手放された干将・莫耶が、カランカランと音を立てて床の上を転がった。
「立て、衛宮士郎」
冷たく鋭い目で見下しながら、アーチャーは刃先を士郎の首元に突きつけた。
「ーー仮にも未来の俺だって言うんなら、もう少し手を抜いてくれてもいいんじゃないか…?」
士郎が苦痛で顔を歪めながらも、口元に笑みを浮かべて、軽口を叩いた。
「だから“死なない程度”には手加減してやってるだろう?
それにこれはお前自身が望んだ事だ。これしきの怪我を負う程度で根を上げるなら、こっちから降りさせてもらおう」
「そうかよ…!」
士郎は再び干将・莫耶を投影し、首元に向く刃を弾いてアーチャーに切りかかった。
しかし届かない。士郎の攻撃は簡単に捌かれ、いとも容易く突き飛ばされた。
「終わりか…?」
アーチャーが冷たく言い放つ。
これでもまだ、彼は実力の半分も出していないのだろう。それほどまでに、英霊エミヤと衛宮士郎の力の差は膨大だ。
「ーーぐっ…!」
足が震える。視界が霞む。服は血で滲んでいる。
しかし士郎は立ち上がった。勝ち目は無いのに…最初は唯の訓練の様な感覚でやっていた筈なのに、何故か…何故か、絶対に負けたくない。と、そう思ってしまうのだ。
「まだまだぁ!!」
士郎は再びアーチャーに立ち向かう。
そんな士郎の姿を見て、アーチャーは口元で薄い笑みを浮かべた。
「こんな無茶な訓練に、果たして本当に効果はあるんでしょうか?」
「あら以外ね、セイバーの生きていた時代の騎士なら、これ位の訓練は普通だと思ってたけど」
「確かに、私も真剣を使った実戦に近い訓練は何度か経験しました。
怪我を負う事など日常です。訓練に耐えられず死んでしまう者だっていました。しかしこれはあまりにもーー」
最早セイバーにとって、衛宮士郎という人間は、マスターとサーヴァントの関係を超えた存在だ。少々ながらも過保護的になっていることは否定しない。
しかしそれを差し引いても、この訓練はあまりにも痛々しい。
死なない程度…とは言ったものだ。アーチャーは手を抜かない。
その言葉の通り、士郎が死んでしまわない様に細心の注意を払いながら、アーチャーは士郎の体を痛めつけている。
半殺し…その言葉が正にそうだろう。
もちろんそれ自体がこの訓練の本質ではない。
それは分かっているのだが、セイバーの表情は次第に険しくなってくる。
「確かに無茶な訓練ね、体が壊れても不思議じゃないくらいに…
でもこれが士郎にとって、力を手に入れる為には最も手っ取り早くて、効率的な方法なのよ」
「・・・・・」
凛の言葉に、セイバーは沈黙で返した。
「辛いんなら、別の場所に行っててもいいのよ?」
「余計な気遣いです。私はブリテンを治めていた一国の王、これしきの事で目を逸らしていたら、私を慕ってくれた者達に申し訳が立ちません」
「ーーそう」
凛は横目でセイバーの顔を覗き見た。
真剣な表情だ。視線は真っ直ぐ、士郎とアーチャーの方へと向いている。
その顔を見る度に切なくなる。士郎とセイバーの距離が近ければ近いほど、その感情は強くなってくる。
見れば見るほど嫌でも痛感してしまうからだ。今のーーこの場にいる士郎の隣に立っているのは、自分ではなくセイバーなのだと。
分かっている。今目の前にいる士郎は、自分がアーチャーに対して導いてみせると言った、あの士郎ではないことは。
分かってはいるのだが…どうにも、やはり…思う所があった。
「…どうしたのですか凛?」
「…何でもないわ」
意地悪な考えなど止めよう。
例え自分が何をしようと、士郎は絶対にセイバーを選ぶだろう…彼はそういう人間だ。
凛は一言も喋らず、黙ったまま士郎とアーチャーの方へと目線を戻した。
ーーーーーー
「はぁ!?私があんたの配下になれって言うの!!?」
コーヒーの匂いが漂う、とあるデパートの喫茶店の中。
キャスターの怒号と、バンッという、机が思い切り叩かれた衝撃音が鳴り響いた。
顔を真っ赤にして怒るキャスターの隣で、周囲の視線に気づいたサイトと雁夜が、キャスターの仲裁へと慌ただしく作業を転移する。
「応とも!先程の名乗り、実に力強く清々しいものであったぞ?
見かけこそは華奢な小娘だが…いやなかなか、大した威勢だ」
キャスターの怒りの矛先…ライダーは豪快に笑ってそう答えた。
この上からの物言いが、プライドの高いキャスターを怒らせているのだが…ライダーとて王だ。改めるつもりは微塵もないだろう。
「余はそこが気に入った!!どうだ?余の配下となって、共に世界を征服してみるつもりはないか!?」
「お断りよ!!そんなの!」
即答するルイズに、ライダーは目を丸めるが…
直ぐに笑みを戻し、指で輪を…そう、銭を現す形にして語りかけた。
「それ相応の報酬は、用意するつもりだがーー」
「くどい!!!それに私は!アンリエッタ女王陛下という!あんたよりも偉大な王族に忠誠を誓ってるんだから!!」
再び突きつけられた拒否の言。
ライダーは唇を尖らせながら俯いた。
「この征服王たる余よりも、偉大な王とは聞き捨てならんがーー
しかし、まったく…残念だなー」
ライダーは露骨に落胆する。
しかし相手は、英霊の座にまで昇った英霊なのだ。皆それぞれの信念を持っている。いくら人類最高クラスのカリスマを持っていようと、そうやすやすと折れる相手ではないだろう。
「話というのはこれで終わり?」
「うむ…貴様が余の申し出を断るというなら、その通りだな」
眉根を寄せて腕を組むキャスターに対し、ライダーが未だしょぼくれながら質問に答えた。
「待て!本当に今の、配下にするだのがお前の目的なのか…!?」
「そうだと言っとるだろうが、何度も言わせるな」
本気で言ってるのか?その為にわざわざ真名まで明かして、確率の低い交渉を…?
雁夜は絶句する。そしてそのままアルミンの方へと顔を向け、こう話しかけた。
「お互い、厄介なサーヴァントがいると苦労するな」
「ははは…」
アルミンが苦笑した。
お互い、サーヴァントに振り回されている為か…敵同士ではあるものの、二人の間には奇妙な…親近感のようなものが形成されつつあった。
「用がないんなら、私達はこの場を立たせてもらうわよ?」
「あっ、ちょっと待てよルイズ。
ーーったく…マスター、置いてかれる前に早く行こうぜ」
食べ終わったケーキの皿に、フォークを丁寧に置き、席を立ち上がるキャスター。
サイトが呼び止めるも御構い無しだ。サイトはため息を吐きながら雁夜に声をかける。
(相変わらず自分勝手なサーヴァントだ…)
などと思いながらも、雁夜は仕方なく二人の後を追った。
暫く経った後…三人が店の外へと出て行った姿をしっかりと確認したライダーは、急遽立ち上がり、アルミンにこう行った。
「奴らの後を追うぞ小僧。もうすぐ夜だからな…」
「人目の少ない場所で戦うの?」
「いや違う」
「まさか」と言って、ライダーはアルミンの言葉を否定した。
「余はキャスターの心意気こそは買っているが、奴の実力をまだ知らん。余の申し出を断る程だ、ならばその口が実力に見合っているかどうか、確認しなければなるまいて」
ライダーはニカリと笑った。
「…まだ諦めてなかったんだね」
アルミンが呆れ半分で呟く。
「余は欲しいものがあれば、どんな手を使ってでも手に入れるタイプなのでな」
そう笑うライダーを見て、アルミンは再度ため息を吐いた。
空は黄昏…日が沈み始めた。
戦いの夜が訪れる。
今回からできる限り、投稿時間を19時から21時の間にします。