始まり
何も存在しないただただ真っ白なだけの空間…
そんな心象風景の中に、“彼ら”はいつの間にか立ってた。
コツコツと、耳に人の足音が流れ込んでくる。
目を向けると、何もない白い空間から、一人の男性が歩いてくるのが見えた。
いや、歩いてきたと言うよりは、蝋燭の灯火の様にぼんやり揺れ動きながら、まるで幽霊の様に突然現れた。と、言った方が正しいだろう。
「ようこそ諸君。君達は聖杯によって選ばれ、“ここ”に召喚された」
男の服装と、その胸に揺れている十字架を見るに、この男は神父だということがわかる。
しかしその目は黒く沈んでいて、神父に似つかない不気味な威圧感を放っていた。
「聖杯は万能の願望実現機だ。
君達はその聖杯によって導かれた、己の願望を叶えたいと欲する者は、己の右腕を見てみるがいい」
殆どの者達は意味を理解できなかった。突然呼び出され、突然願いが叶う装置があるなどと言われても、信用できるわけがない。
おまけにこの神父はどことなく胡散臭い。
理解もできないし信用もできないが、とりあえず彼らは、神父の言葉の通り自分の右腕を確認した。
見ると、身に覚えのない烙印が、右手の甲に刻まれていた。
「それは令呪、諸君らがマスターである証だ。
それを刻みし者はサーヴァントを使役する権利と、サーヴァントに対する絶対的命令権を持つことができる。
ただし令呪の命令権は“三度”までだ。大事に使用することをお勧めしよう」
マスター?サーヴァント?いったい何を言っているんだ?と、口々に彼らが呟いた。
「あぁそうだったな…今回の聖杯戦争の参加者の殆どが、マスターやサーヴァントは愚か、聖杯戦争自体についての知識が皆無なのだった」
神父がたった今思い出したかの様に、ふとそう呟いた。
「マスターとは、サーヴァントと呼ばれる存在を使役する者の総称だ。
サーヴァントとは言わば、使い魔のようなものだと思ってもいい。
しかしただの使い魔ではない、その類の中では最高の位に位置する…英霊と呼ばれる存在だ」
マスター達の言葉を他所に…というか届いていないのだろう。神父はそのまま話を続けた。
「サーヴァントは7つのクラスに分けられ、それぞれ一つのクラスに2騎のサーヴァントが割り当てられる。
したがってサーヴァントの数は14騎…マスターは原則、一人につき1騎のサーヴァントを持つことが許される。故にマスターの数も14だ」
サーヴァントのクラスは『セイバー』 『アーチャー』 『ランサー』 『ライダー』 『キャスター』 『アサシン』 『バーサーカ』
サーヴァントの大まかな説明を終えた神父は、一言「話を戻そう」と言い、話を聖杯戦争の方へと戻した。
「もう一度言うが、聖杯は万能の願望実現機だ。願えばどんな願いでも叶えることができる。
しかしそれを行う権利があるのは、諸君らの中でたった一人と、そのサーヴァントだけだ。
14人のマスターと14騎のサーヴァント…その中で願いを叶えられるのはたったの一組。
当然…聖杯は奪い合いになるだろう」
神父がマスター達の見ているであろう方向を、沈んだ暗い目で真っ直ぐ見ながら、一呼吸を置いて話を続けた。
「…故に聖杯戦争。戦いは熾烈を極めることになるだろう。
だが見返りは大きい、他者を屠り14組の中で最後まで生き残る事ができた者は、己の最も欲するものが手に入るのだからな」
そう、ただ淡々と話しているだけである筈の神父の言葉に、ある者は笑みを浮かべ、ある者は恐怖を抱き、ある者は険悪感を露わにした。
「…さて、今話した通り、聖杯戦争は命の取り合いにも及ぶ危険があるわけだが、当然今の話を聞き命が惜しくなった者も現れただろう、戦いの最中にサーヴァントを失い、自らの命を危険に晒してしまう者も現れるだろう。
そういった者達に対し、我々は寛大だ。
もし願いよりも己の身の安全を選ぶというのなら、今から君達が“向かう場所”で、私に申し出よ。
私の名前は“言峰綺礼”、 “言峰教会”の神父にして、この聖杯戦争の監督役を務める者だ。
教会により戦線の離脱申告すれば、私が責任を持ってその身を保護しよう。しかし一度保護を受ければ、聖杯戦争への参加資格は剥奪され、戦いの終了と同時に聖杯戦争に関わる全ての記憶は消去され、君たちのいた元の世界へと送還される。
申し出るかどうか、よく考えてから行動することだ」
つまり身の安全と引き換えに、願いを叶える権利が剥奪されるというわけだ。
しかしもし願いが叶うなどという話が本当なのだとすれば、この位のペナルティ、甘んじて受けるべきだろう。
「…私からの話は以上だ。詳しい情報は向こうへ行く道中に、直接頭の中に流し込まれるだろう。
君達の召喚するサーヴァントは、あらゆる時限…あらゆる世界から集められた英霊達。それらは君達の味方であり、同時に敵でもある存在だ。この戦いを勝ち抜き、願いを叶えるのは誰になるのかな?
…フッ、では諸君、健闘を祈る」
言峰は笑みを浮かべたまま、コツコツと足音を鳴らして白い空間へと消えていった。
直後、参加者であるマスター達の視野が完全にシャットアウトされる。
そう、たった今彼らは向かって行ったのだ。聖杯戦争が行われる地へと…聖杯が創り出しし架空の世界へと。
あらゆる世界から選ばれし者達の聖杯戦争が、今始まる。