その日、柱島の提督は書類を親の仇かというほど睨みつけていた。
そのすぐそばで電も書類を手にうんうん唸っていた。
二人の周りには余人が触れにくい空気が漂っている。
「やっぱり……ないのです……」
「何度見直しても、見落としていたわけでは……なかったか……」
そうして二人して大きなため息一つ。
普段は柔和な相貌、しかし今電には、軍帽を深く被り天を仰ぐ提督の眉間に皺が寄っていることが手に取るように判った。
自らも気分が深く落ち込むことを抑えられない。
うつむき、目に入った書類を惰性でもう一度見直しはじめる。
「この泊地には彼女が……彼女たちが必要だというのに!」
「なのです……」
手に持つ書類に力が入る。
チャットの彼から貰ったこの情報、今まで大きな指標となり、何度も助けられてきた。
つい最近だと軽空母、水上機母艦の彼女らの建造。
それ以後にも、装備建造で最新の艦載機、烈風・流星改・彩雲も数が少ないとは言え確保。
どれ程の金を積まれようと代えられない価値があった。
だが、今、二人が求める情報は一切記載されていなかった……
「私は、私たちは頼りすぎていたのかも知れない」
「司令官さん……?」
「私たちが悩みにぶつかったとき、行き詰ったとき、答えやヒントがいつも提示されていた」
「……」
「きっとこれが、普通なのだ。二人だけでこの泊地ですごした日々、あの時私たちはこれほど悩んだか?」
「いいえ、拙かったけれど……私たちは自分の手でがんばっていたのです」
「ちょっと大変になるだろうが、やってやれないことは無いさ」
「できる、でしょうか……?」
「なに、頼りになる仲間も今は居る、我々だけの問題ではないのだ、皆で力を合わせよう」
「なのですっ」
向かい合う二人の目にもう迷いは無かった。
「さぁ料理だ!」
「なのです!」
ちなみに、二人が必死に探していたのは間宮と伊良湖の建造およびドロップ方法である。
最近一気に艦娘が増え、妖精さんが謎技術で食堂を拡張してくれたのはいいのだが、料理人が居ないのだ。
今までは私や電と雷の誰かが料理を作って皆で食べていた。
ちなみに暁が来たときに一度だけ作ってくれた響のボルシチは美味しかった。
しかし、一人で全員分を作るとなると、流石に仕事量が増えすぎてそれだけで大仕事になってしまう。
「……というわけでだ、手伝ってはくれないだろうか」
「私たちだけじゃちょっと手が足りないのです」
「いいわよ!もっともーっと私に頼っていいのよ!」
「私は雷ほど料理がうまいわけではないが……基本的な調理くらいなら、やるさ」
響と雷は快諾してくれた。
「何で二人には聞いて、私には、聞かないの……?」
「暁ちゃん……無理しないほうが……」
「大丈夫よ暁!味見は任せたわ!」
どう答えたものかと思っていると、末子二人の遠まわしの「料理できないだろ?」的な答えが飛び出した。
「ゆ、ゆるさない、許さないんだからね!」
と言いつつ、響の胸に泣きついて「響ぃ……料理教えてぇ」なんて言ってるあたり姉の威厳はブレイクしている。
暁の頭をぽんぽんと上から撫で付けた響が二人に
「あんまりいじめちゃダメだよ?」
と注意する
「「はーい」なのです」
この四人は仲がいいのか何なのか
「そういえば司令官、料理できる人なら一人知ってるよ」
「本当かい?誰か教えてくれないか?」
「はっちゃんだよ、昨日の昼はドイツパンを焼いたらしくて貰ったんだ」
「へえ……彼女が……」
水着で焼いてるところを考えるとシュールだな、火傷しそうなんだが……艦娘だし大丈夫なのか?
「なんなら、私から聞いておいてみようか?」
「それなら頼むよ、響」
「あと榛名さんとか、料理できそうな雰囲気出してるわよね!」
「ふむ、確かに、大人のメンツにも手伝ってもらったほうがいいだろうし、今から行ってみるか」
じゃあ後で厨房で、と暁型の部屋を離れた。
わたしおとなのれでぃだもん、と誰かが誰かの胸でつぶやく声を背に。
「料理ですか……私は出来るのですが……」
「それなら提督!私が気合!入れ」
「霧島ァ!」
「ワン!ツー!」
榛名らしからぬ怒声、横合いから飛び込んできて鮮やかに顎、鳩尾と二連撃で比叡を沈める霧島。
話を切り出して僅か数秒の出来事だった。
「すみません提督、見苦しいところをお見せしました」
比叡を引き摺って何事も無かったかのように部屋の奥に下がる霧島。
「ず、ずいぶん過激なスキンシップだな……」
「比叡姉さまは料理に欠ける熱意は人一倍なのですが、ダメです、ダメなんです」
首を何度も横に振って榛名は語った。
「最初比叡姉さまの料理を食べたのは金剛お姉さまで、すぐお倒れになりました……起きたときには直近の記憶すら失い……
その後、私と霧島は比叡姉さまを抑えるために共同戦線を張っているのです。
台所に立たせてはいけない、食材に触れさせてはいけない、ずっと、ずっと戦ってきたんです……」
すごく悲壮な顔で彼女は語った。
「霧島一人では比叡姉さまを完璧に抑えられるか判りません、二人がかりで無いと……
みなを守るためにこの戦場を離れるわけに参りません。
手伝えるのならば手伝いたいのですが……お力になれず申し訳ありません」
そう言って深々と榛名は頭を下げた。
「いや、うん。
無理にとは言わないんだ、邪魔したね」
触れてはいけないモノもある、私の第6感がそう告げていた。
「金剛型はダメだった」
「料理が出来なかったのかしら?意外ね」
「なのです」
「いや、榛名は料理は出来るようだが、ちょっと他にやることがあって無理だったんだ」
金剛型の名誉のため、詳しい事情は黙っていよう。
「響とはっちゃんは来ていないようだが……あと暁も来そうなものだったが、いないな」
厨房には私以外には雷と電の三人しか居ない
「響ちゃんに暁ちゃんが泣きついて、そのまま泣き疲れて寝ちゃったのです……」
長女ェ……
「響は暁についてるわ、
はっちゃんには私から話しに行ったんだけど、全員分の料理を作るのはさすがに無理だそうよ」
「む、そうだったか」
となると、戦力はここにいる三名
相手は戦艦含む多数
「……今からだと夕食までに全員分となると手の込んだものは厳しいな」
「カレーとかかしら?」
「それなら冷凍庫に漁港の皆さんから分けてもらったエビなんかが冷凍してあるのです」
「フライなんかにする手間がなあ
茹でて皮むきしたやつを出せば問題ないか?」
「それじゃ、時間も無いし動きましょ!」
「私はまずはお芋を剥くのです」
「私は米をといで炊くとするか」
「私はタマネギ炒めておくわね!」
カレーを作るためにそれぞれの判断で動き出す私たち。
今まで料理をしてきた三人だけあり、難しい工程があるわけでもないのでスムーズに料理は進んだ。
だがしかし、途中から暁と響、はっちゃんもやってきて、調理を手伝ってくれなかったら間に合わなかったかもしれない。
何故か吹雪も参加して芋を剥きまくってた。
そうして予想外の援軍にて本日の夕餉はつつがなく終了した。
「で、だ、六駆とはっちゃん吹雪に私という七人がかりで夕食を捌くのがギリギリという点に疑問を持つべきだった」
「戦艦が少ないとは言え、今までの半分ほどの人数を一人ずつで私たちは支えてたのです。
途中でおかしいことに気づくべきだったのです……」
「体中からカレーのかおりがする気がするわ……」
「さすがに……これは疲れたな……」
「タマネギの切りすぎで目が痛いよう……」
「はっちゃん、指先がエビの匂いがする……」
ぐったりしている雷に響、目をぐしぐし擦っている暁、くんくんと指先を嗅いでは渋い顔をしているはっちゃん。
吹雪はさらっと自室に帰った。
「大本営から移籍になった航空母艦、赤城です!美味しかったです!ご馳走様でした!」
そして、満面の笑みで食後の挨拶をしてくる赤城
「赤城だったか、移籍というが何でこの泊地に……?」
正規空母が艦隊に参加してくれることは嬉しい、だがなんでこんな新任が運営する辺鄙な場所に……?
「私は未だどこにも配置されておらず、本来なら前線に送られるはずだったのですが
この泊地が正規空母を所望しているとの事でしたので」
前回の呉に向けての報告書、軽空母のみで制空権を抑えているが、今後正規空母探しをしなければいけない旨を書いて送ったな。
それにしても……
「この泊地は……左遷場所だぞ?」
「えっ?」
「だって私はそこいらにゴロゴロいる程度の新任の提督だし、
物資なんかも逼迫しているわけではないが、遠征なんかで自給自足しなければならない程度の小さな泊地だ」
「その、私……新進気鋭のとても優秀な提督の下に配置されると横須賀の元帥から言われたんですが……」
「まさか、私がそうだと?
ないない、優秀ならば前線に配置されているはずさ」
配置ミスだろうか?
赤城が持ってきた書類では間違いなくこの泊地に着任する事になっているが……
……あ
「そういえば赤城、普段からあの量を食べるのかい?」
「え、あ、はい。補給は大事ですから」
ふむ、という事はだ、見えてきたぞ。
「配置されていなかったということは、そしてうちに送られたという事は、だ
戦場に出ていないのに大飯食らいは要らないということなのじゃ……」
「っ!?」
それと、前線の食料事情じゃ彼女を支えられないだろう。
うちは漁協やいくつかの商家から独自に補給ルートを持っている。
それを鑑みて大本営は彼女をうちに送ってきたのだろう。
「油断……正規空母だからと慢心……
ごめんなさい……いっそ雷撃処分してください……」
打ちひしがれている赤城、そりゃあ一航戦として名を馳せた彼女からしてみたら、左遷なんてショックだろう。
「大丈夫だ赤城、私たちの泊地には正規空母の君という戦力は喉から手が出るほど欲しい
見捨てたりなんかしないさ」
「……提督」
「横須賀や呉に比べれば、小さな泊地だが、一緒にがんばっていこう」
「はい……はい……一航戦赤城これより艦隊に参加します!」
うん、立ち直ってくれたようでよかった。
「空母のことだと鳳翔に一任している、まずは彼女の部屋を訪ねてみなさい」
「はっちゃん、案内しますね」
「はい、お願いします!」
翌朝、朝食を作らねばと響と雷と電を引き連れて食堂にやってきた、暁は寝坊だそうだ。
そこで私たちを迎えたのは……
「あら提督、おはようございます」
「ほ、鳳翔……これは一体……?」
味噌汁のにおい、香ばしい焼き魚、黄色が美しい卵焼き、そして白く輝く銀シャリ。
「いえ、吹雪ちゃんから提督が大変そうだと聞きまして
赤城さんも自己申告で多く食べるそうなので、お手伝いを、と」
お手伝いも何もすでに全部やってしまっているような。
それも昨日の惨状から見てみても充分な量がすでに用意されている。
「お料理、楽しいですね。これからもやってみようと思うのですが、よろしいでしょうか?」
そう言ってはにかむ彼女に、私は後光がさしているように見えた。
「おぉ……おぉ……お願いします……」
「良かったのです……」
「はらしょー、はらしょぉー……」
「鳳翔さん大変なら、わたしに頼っていいんだからね!無理しちゃダメなんだから!」
響は拳を硬く握り両の手を天に突き上げつつ小躍りし、電は鳳翔さんの手を握り涙ぐみ、雷は鳳翔さんにひたりつく。
そして私は深く、深く頭を下げた。
「誰か起こしてくれてもいいじゃない!置いていかないでよ!
……皆どうしたの?」
鳳翔さんはこうして台所の主としての地位と皆の胃袋を握るに至った。
提督と赤城の会話の裏で
8「うちって、左遷場所だったの?」
電「最初は色々足りないことばかりで苦労したのです」
雷「そういえば電は他の泊地の艦娘にもあったことあるのよね?」
電「なのです、この響ちゃん以外の響ちゃんと演習したのです」
暁「へー、私たち以外にも私たちがいるのね」
響「その私は強かったのかい?」
電「改造もしていないのに改造と改修をした私に主砲を直撃させてきたのです」
8「それじゃ……負けたの?」
電「勝ったのですが改造と改修で装甲が上がっていた分がなかったら負けてたのです」
響「不死鳥の名は伊達ではない」
暁「あなたのことじゃないでしょ」
雷「当時駆逐艦トップだった電と同格……」
8「その響ちゃんが平均だとするなら、うちは弱小だね」
雷「赤城さんの心がへし折れたわ」
電「なのです」
暁「あ、でもフォローするみたいよ」
響「自分でへし折って手を差し伸べるのかい」
8「でも事実っぽいし……あ、案内……してくるね」