時の政府、応接室にて
神をも接待できる優雅なその一室に、沈黙が落ちた。
政府長官たる御劔は落ち着いて腰を下ろしていたが、吉本新喜劇の如くソファから転がり落ちたかった。
「うちの子」
『うちの子』
反芻するように口にした言葉をまんまそのまま返されて、やはり沈黙が落ちた。
──聞き間違いではなかった。
実にアットホームな言葉が聞こえた気がする。
しかし戸籍も書類審査もない付喪神様にどう答えよと言うのか?
「審神者をですか」
『審神者をだよ』
古めかしい着物を着ていなければちょっと変わったヘアスタイルの穏やかパパの外見な石切丸様が
手元にある【伯耆国元ブラック本丸再起案審神者候補リスト】という紙の束を無言で捲る。
義務教育真っ只中の女子中学生、両親健在、pocket版プレイヤー。
刀剣破壊歴なし、目立つレア収集行為なし、手入れ部屋全開放に現状軽傷者・中傷者なし。
初期刀加州清光、初鍛刀乱藤四郎、近侍平野藤四郎。
至って問題のない本丸運営をしている。
割り振りはコンピューター任せだったが、ブラック本丸の刀剣男士たちも気に入ったらしい。それは良かった。
でも。
「うちの子?」
『娘にしたい』
あっ、本音漏れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
政府side
本能的にひれ伏してしまいたくなる心身疲れる対談を終え、御劔は部下を傍らに目を揉んでいた。
疲れた。ほんと疲れた。初の成功例となったが、何だかとっても疲れた。
「ちょ、長官……」
オロオロと手にした書類に困る部下が傍らにいるわけだが、どうか今は見逃してほしい。自分だって神職でもないのに神様と会談して疲れたのだから。
神様接待なんて巫女や神主やイタコや霊能者に任せればいい。ああいう人たちって特別な能力があるんでしょ、霊力とか霊能力とか何かそれっぽいの。長官にはないもの、あるのは組織の中で蹴落としたり持ち上げたりいい気分にさせて突き落とすくらいなんだもの。
「あの、これ、どうしたら……?」
「適当な市役所に出しておけ」
「いやこんなの市民課に出されたって困りますよ!」
知ってる。わかってる。
神力バッチリ込められたその【親権(管理権)届】、投げられた先の市役所でパニックが引き起こされるに違いない。神との契約という重いものを神社でも何でもない市役所で引き取る恐怖。確実金庫行きである。いやむしろ市役所全体を謎の神力で覆われパワースポット化するに違いない。やばい、市長が怒鳴り込んでくるぞ。
「というかこれ、審神者候補のご両親未承諾ですよね……?」
「………………」
「明後日の方向見てないで現実見て下さいよう!」
知らん。知らんぞ私は。
義務教育中の子どもの戸籍弄ったとかそんな軽犯罪知らないったら知らない。
「何か石切丸様が仰るには親子関係が破綻してるそうですけど、本当ですかねぇ……?」
「事実無根であれば私もお前も共犯だな」
「は、あぁッ!? ちょ、ちょっ」
「その紙持ったら終わりだ」
人と神との契約を熟知した石切丸様の懇切丁寧な儀礼を踏んだその一枚は、第三者にとってはただの呪いのアイテムである。
神様の言い分を無視した処理は出来ない、むしろ廃棄した瞬間発動する。ブラック本丸の怒りの波動ががが。
「………………」
「諦メロン」
涙目は同じである。
頑張ってどこかの市役所に押し付けて受理させて親御さんに菓子折り持って謝罪に行こうではないか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
本丸side
『ただいま』
『お疲れ様でした、石切丸さん』
重い音を立てて本丸の門戸を開いた彼も、迎えた彼もニコニコ笑顔だ。
『快くあの子をうちの本丸にくれたよ』
今現在時の政府は涙目になっているわけだが、「かみさまのちからってスゲー!」な感じで下界のことなぞ知る由もないことです。
堕ちても堕ちなくても性格は良いままで表現されることの多い平野藤四郎も、『それはようございました』と微笑みで全てを流した。ブラックに堕ちた本丸、後は言わなくてもわかるな?
『あ、あ、あのぅ、あ、あるじさまは……っ』
いつもは控えめな五虎退が、虎を周囲にまとわりつかせながら寄ってきた。落ち着かせるように頭を撫で、その小さな背を広間へと押す。
『ふふ。君だけじゃなく皆が知りたがっているようだ。さあおいで、審神者候補の話をしよう』
姿を見せていない刀剣も広間で待ち構えていることを知ってるよ?
全国の市役所の皆様、御覚悟!