Daydream 0(デイドリーム・ゼロ)   作:皐月潤

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少女視点のちに刀剣視点です。


第一話~ブラック家族とブラック本丸~

現代side

 

 

 

 これまでの人生で、私が人から『特別だ』と言われたことは、ただの一度もない。

 何故か? ──それはズバリ身近に特別な存在が既にいたからだ。

 しかも不運なことに、上と下の両方。間の私だけが鳶だったのである。

 

 まぁつまり、姉と妹が世間に高い評価を受ける外観と才能を有していて、私は持ち得なかったというわけ。

 両親もどう見たって鳶でしかないが、二羽も鷹が生れたので図に乗ってしまったらしい。テメェらそっくりの鳶の私に対して何で生まれたという理不尽な判定を下した。

 

 家族の絆って何でしたっけという家庭環境だったので、義務教育真っ只中の私が『早く自立したい』と思うのも当然であった。

 齢十三。ピチピチの中学二年生だった私は、嫌なものを日常的に見ることに耐えかね審神者となった。もちろん、アプリの中だけの職業であったが。

 

 審神者として重い責務を果たすことは私のストレス発散であり、本丸に住む刀剣たちは心を癒す存在であり、理想の職場だったのだ。

 とはいえ、優秀な本丸かと訊かれたら全くそうでもないのだが。

 

 収集する刀剣の種類に偏りが出るのは個性だろうか?

 友人から打刀本丸と笑われるほどドロップも鍛刀も打刀ばかり出るのだが、何とか漸く短刀の平野&厚コンビや大太刀をコンプしたところである。

 合計三十五振りもいれば凡人審神者に不満もなく、戦闘も演練も遠征も何事もスムーズだ。

 目指しているのは、オールカンスト。怪我をしたり刀装を破壊される様子は偲びなく、うちの子たち全員がちょっとやそっとじゃ倒れないようになればいいなと思っている。

 

 でもまさか、そんな画面向こうの世界が本当にあるとは思いも寄らなかった。

 運営によって放り込まれていた受信箱の二振り、三日月宗近と小狐丸のみが審神者適性を推し量っていたなど。私は、全くもって知らずに画面に向かい呟いていたのである。

 

「三日月、お前何でずっと誉桜背負ってんの……」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

本丸side

 

 

 

 ふわ、と閉じたまぶた越しに何か小さなものが流れていくのを感じた。

 集中していた意識が徐々に徐々に現実へと戻ってくる。

 こうして自分が我に返ったのも無事務めを果たせたからだろう。ふぅ、と息を吐き出した。

 

 顔を上げて目を惹いたのは、この本丸にない桃色の花びら。

 はらり、ひらり。軽やかに流れるそれを見遣り、発生源と思われる人物──いや刀剣男士に視線を向けた。

 

「ほう……」

 

 思わず感心するような声が漏れた。

 自分は今とてつもなく珍しいものを見ている。まじまじと見てもそれは変わらずに幸せそうに笑っていた。

 

 視線の先にいたのは、一振りの刀剣男士。

 胡座のままじっと目を閉ざす姿は瞑想中のようだが、その顔は緩みに緩み、まるで締まらない。

 

 刀帳で見る微笑みでもない、もう完全に蕩けきった表情。

 ここまでだらしなく口端を緩めているのは、この本丸の刀剣男士の中では未だかつて見たことがない。

 つられるように口角が上がってしまうのは、彼が何を見聞きしてこんな表情になったか知っているからだ。

 

 彼──三日月宗近は今、新しい審神者候補を見ている。

 

 補助をしたのは神力を多量に有する御神刀、石切丸。

 政府による発案で彼らは己が仕えるに足る審神者を発掘しているところだった。

 

 かなり早い段階から歴史改竄の遡行軍に対する戦力として刀剣男士と審神者というシステムを確立していた時の政府だが、二次創作にもなっているブラック本丸の多発や神隠しが勃発し問題を抱えることとなった。そこまで思い至らなかったのは、時の政府の失態と言わざるを得ない。

 その後手に出来た国策が、ゲームというカモフラージュで刀剣男士自身に審神者を発掘させるというもの。ゲームプレイで事前に審神者業務を体感させているので、チュートリアルも口頭説明も不要となる。決めるのは自分たちなので刀剣が暴動を起こす恐れもない。誰もがWin-Winの国策だ。

 

 そう、つまり──ここにいる石切丸も三日月宗近も、かつてブラック本丸と呼ばれた場所で苦しみ抜いた刀剣男士だった。

 

 そんな彼らが政府紹介の後任審神者に見向きするはずがない。

 時の政府の妙案を聞き、一も二もなく飛び付いた。

 

 天下五剣の実力者三日月宗近、レアリティ詐欺と呼ばれる小狐丸、御神刀と名高い石切丸がその神力を以て策に乗った。複数の本丸でも同メンバーとなったらしい。

 

 ゲームを介し、審神者の本質を量る。

 妙案参加を募ったと同時にアプリとしても公開されたタイミングで、レア太刀らは新規登録者プレゼントという形で初期刀より早く審神者の元へ侍ることが出来た。

 他はデータでしかないが、石切丸のサポートを得て三日月と小狐丸のみ立ち絵の向こうから審神者を眺めている。放り込まれる先は政府が割り振った先だが、着任してもお断りしてただのデータと入れ替われば良いだけのこと。

 

 ゲームとして世に出しているので、本丸に就任する審神者は年齢性別多種多様。三日月は未だ学舎に通う少女の元へと顕現され、その本質を見極めることとなった。

 

 ──偶然は必然、これもまた我らの運命(さだめ)よ。

 

 そう楽しそうに戻ってきた三日月に、このマッチングテストが成功したことを知る。

 

 幾度となく画面越しに顔を合わせ、経験してきた戦闘、演練、遠征の話を語って聞かせる。

 先の極悪審神者のせいで猜疑の念に取り憑かれていた刀剣たちも、その少女がどういう人となりをしているか少しずつ知っていく。

 おまけに画面越しに見聞きした少女の置かれた環境や漏れ出た心情までプライバシー皆無で情報共有したもので、情に篤いメンバーたちから陥落していった。

 

 “ 自分たちも会ってみたい。話してみたい。 ”

 

 その想いは膨れ上がり、今やこの本丸で審神者の話がされない日はない。

 スマホという媒体を使って画面向こうの声まで聴くものだから、真名などとうに知れている。その親近感のせいだろうか?

 

「ああ、羨ましいなぁ……」

 

 父性の塊とも言われる石切丸さえも思わず本音が漏れ出た。

 ゲームを介して審神者と接しているのは、小狐丸と三日月の二振りだけ。渡りをつけている石切丸も直接目にしたことはない。

 毎度のように幸せそうな二振りを見ていると、一度は裏切られた親愛がいつの間にかこの胸に宿っていた。少女という年齢と家族環境を聞き齧ったせいか、人間のような父性が刺激されている。

 トロットロに蕩けた三日月を眺め、スゥと目を眇める。

 

 ──頃合いだろう。

 

 この本丸内で猜疑に駆られ、少女を傷つける者はもう居ない。

 馴染まない借り物のような霊力も長期は御免だ。むしろ情を持てる審神者を見つけて尚他人の霊力を受け入れ続ける理由がない。

 

 切なげな三日月の気配が、ゲームの終焉を告げる。

 まったく、こちらは(まみ)えることも出来ないというのに。贅沢を覚えたものだ。

 呆れた気持ち以上に羨ましい。でもこの本丸に来るだろうことはほぼ間違いない、その時は自分にしか出来ない接し方をすればいい。

 少女の環境を思えば人間による己への評価は好都合。恐らく他の刀剣たちでは叶わない関係性が築けるだろう──。

 

 待たされ過ぎた刀は、もう待たない。




石切丸さんの父性に異論は認めない。

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