本丸side
『ん……こんなものかな?』
セルフ手入れを念入りにした刀を持ち、同じようにセルフ手入れをした艶やかな黒髪を指先で整える。
前髪、オッケー。変な癖もなし、艶も十分。自分が一番可愛い姿。
僻む相棒の顔が視界の端に映るが、それは無視。
『加州、そろそろ行くよ』
『はいよー』
だって、これから何年も愛し慈しむ主と会うのだから。
迎えに来た石切丸もよほど力の入った祝詞を上げたのか、神気でやけにキラキラしている。ちょっと、こんなにエフェクトかかってたら俺の可愛さ霞んじゃうじゃん!
うげっと綺羅綺羅しい大太刀を見るが、浮かれた彼は周りが見えていない。
そう、大太刀枠は石切丸。打刀枠は加州清光に決定した。
主ガチ勢と化した二振りはマジで手段を選ばなかった。
当然だ、彼女の心にヘッドスライディングで滑り込み、可愛い少女の胸のワンルームに住み着かねばならないのだから。
これが他の誰かに先を越されたら?
喉から手が出るほど欲しい立ち位置が他の誰かのものになるかもしれないのだ。それが相棒だろうと昔の仲間だろうと許せない。
きっと、平和な本丸出身の刀剣男士にはわからない。
必死にならなければ絶対に手に入らないものがあることを。
『二人ともやけに時間がかかったねぇ』
にっかり笑う青江が玄関口で待っていた。
『そんなお前の白装束が驚きの白さなんだけど』
本体のケアでどうとでもなる戦闘装束なのだから、何をしたのか明らかだ。
『ふふ、霊刀の僕にしか出来ないこともあろうかと思ってね』
するりと撫で上げるのはにっかり青江本体。
愉快げに笑っているのに物騒なことで脳内が埋め尽くされているのはブラック本丸男士だからだろうか、刀剣男士だからだろうか。
『ま、そういう事情でもないと堀川が諦める筈はないよね』
闇討ち、暗殺、お手の物! を公言する彼は笑顔で殺伐とした雰囲気を纏う。
今回の主虐待疑惑も彼自ら始末しようとしていたが、ちゃっかり青江の素晴らしいプレゼンによって役目を譲ることにしたのだ。
──でも、その代わり。徹底的に潰してよ?
ギラリと濡れ光る空色の瞳がマジでアサシンだった。
それに笑顔でうんうん頷く青江も大概であったが。
言動が若干おかしいのは脇差しの二人だけではない。
支度を早々に終え、一人突っ立っていた短刀枠代表平野はというと。
シャーッ、カチン。
シャーッ、カチン。
シャーッ、カチン。
と本体を鞘から抜いては滑らせ、抜いては滑らせを繰り返しつつ。
『フフッ……たくさん収穫できるといいのですが』
と薄ら笑いを浮かべている。
一期一振に見せられない喧嘩上等の顔だったが、今ここに彼はいない。
正直現世で何を収穫する気だと疑問に思わなくもなかったが、誰も彼もが興奮を覚えていて大したことないと流されてしまった。
ここまでで4枠。少し情報を整理しよう。
大太刀──石切丸
打刀──加州清光
脇差し──にっかり青江
短刀──平野藤四郎
こんのすけより6枠を許されていたので、残り2枠。
登場していないのは、太刀・槍・薙刀であるが、果たして──?
『おお、遅くなってすまんな。連中を手入れ部屋に突っ込むのに時間がかかってしまったわ』
どすどすと重い足音を響かせてやって来たのは岩融。
そう、現本丸内で唯一の岩融は誰かと争うこともなく薙刀枠へ入ったのである。
『部隊最後のあいつは?』
『ん? ああ、奴もここに……』
『岩融でかいなー。後ろにいるだけで俺が見えないんだもんな』
感心しきりの槍、御手杵が登場した。
『まったく、あいつらときたら難儀者よ。主が来るというに、重傷まで
頭痛を
まず、大太刀は大人気ない石切丸が呆れた三振りに譲られてその役に収まった。
次に、打刀。審神者候補に選ばれていたということは選ばれる理由に相応しく、ふて腐れる他の面子を見事に黙らせた。
脇差しは何がどうしてそうなったのか、「最も主の家族を嬲り得る脇差し」が選ばれたという。
短刀は藤四郎兄弟内でもプレゼンが過熱したが、こんのすけ情報によると真面目気質の平野を固定近侍に選んでいたそうで、平野のドヤ顔で争いは終焉を迎えた。ちなみに前田がギリィしていた。僕も真面目なんですよ? 大きな武勲はありませんが、末永くお仕えしますよ?
薙刀は競い合う相手がなかったので豪快に笑いながら騒ぎになった広間を眺めていたが、笑えなくなり途中で真顔になる事態に発展した。
そう、特にこんのすけ情報もなく、人数もそれなりに揃った太刀勢だ。こいつらがド修羅場を演じだした。
『ふっ……主を迎えに行くはこの俺。何せ幾日も見守ってきたのだからな』
『三日月、それはこの小狐も当てはまること』
三条が惨状となる泥沼の睨み合いが始まったかと思えば、
『ここは俺だな! 主の暗い気分を吹き飛ばし、とっておきの笑いと驚きを提供してやろう!』
『現世で落とし穴でも作る気? 駄目だよ、そんなのカッコよくないし後で被害届が出たら困るからね 』
伊達組内で争いが勃発する。
『俺の真価を見せるときが『どれどれ、この父が率いようぞ』ってゴラァ! 話を遮るな小烏丸! しかも隊長になる気満々か貴様!』
『……ふっ……ふふ、ふっ……話を最後まで言わせてもらえない大包平……っ』
『指差して笑ってやるなよ、本当は仲悪いのか古備前……』
最早鶯丸のためのコントと化している小烏丸と大包平、可哀想なものを見る目のソハヤノツルキ。
『和睦の道は……ないのでしょうか……』
『待って? 江雪はん待って? 何で真剣で斬りかかってきてんの? 圧してる! 圧してる! 打撃MAX……あるぇ!? 江雪はん金刀装いつの間に装備したん!? てか3スロ金刀装ってズルない!? しかも重騎兵てどゆこと!? 自分折る気でおんの!?』
ピュイー!
『は、指笛? うわちょお待ち! あほやめ青毛ぇえええ! 何で広間に乗り上がってきてん!? え、待ち? 総合打撃上増しいくらやねんぎゃああああっ!』
ピンポイントに明石に狙い定めた江雪が、殺る気に満ちています……。
そうこうするうちに鶴丸が三日月の背後から腰にダイブし重傷を負わせ、巻き添えを食った小狐丸が膝を
光忠は炊飯器の炊き上がる音にいそいそと厨に戻り、常ならば穏やかな江雪の惨劇を目の当たりにした大典太光世が『俺は置き物俺は置き物俺は置き物』と存在を必死で消していた。
ヤベェこいつら、と顔を引きつらせていた獅子王はスッと襖を閉めた。巻き込まれたら自分も漏れなく手入れ部屋行きである。
天下五剣の腰が逝った瞬間を目撃した源氏兄弟二人は屋根へとんずら。千年刀剣にあれは怖い。白目を剥く自信がある。
ちなみに山伏はどこにもいなかった、彼は修行をしに裏山を登っていたからである。
始めは笑っていた岩融もこれには真顔になった。こいつらは阿呆かと真剣に思った。とりあえず怪我の手当てが必要な者は手入れ部屋に突っ込んでおき、集合場所へ集まった次第である。
長物仲間の槍三振りも手伝い、運び込んだ。が、全員の目が死んでいた。何で戦場でもないのにこいつら血みどろなの? 心の底から思った。
そういうわけで──太刀枠、消失。
数珠丸恒次は生き残っていたが、あまりの阿鼻叫喚地獄に『ここが地上の地獄か』と虚ろな目で呟いた。言外に『こいつら何て馬鹿なんだ一緒つらい』と言っていた。
それを見守る破目になった太刀の関係各所が死にたい気持ちになったのはまた別の話である。
私こそが関係各所に謝罪したい。