蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH ~まだ私は、ここにいる~ 作:鳳慧罵亜
「母さん!」
ブルグへの扉が開き、そこから走ってきたカノンは、自身の母を呼ぶ。
「ここでは整備クルー兼教官よ?」
「っ……すいません、羽佐間先生」
「フフッ。珍しいですね、カノンが公私混同するなんて」
カノンが公私を混ぜてしまうのは珍しいことだった。それほど、新型機のテストが楽しみなのだろう。
「こっちよ、カノン」
羽佐間容子もそんなカノンを心情を読み取ったのか、微笑みながらカノンとレイを案内する。
案内された先は、13番ナイトヘーレ。今まで欠番だったゲートには今、深紅の巨人が佇んでいた。カノンはそれに見覚えがあった。それは、先日のフェストゥム襲撃でブルグに来たとき、見かけたものと同じだったからだ。
あの時は非常時なこともあって、あまり気には止めなかったが、今見ると、その特徴がよくわかる。
基礎設計はマークヌルと同じで、全体に追加装甲を施て防御力を増強し、増加した重量でも高機動を維持する為の、ヌルのそれよりも大型化した2基の背部ブースタ。
そして、ヌルには実装されていない通常のマニピュレータを持った右腕部に、大腿部のブースタである。
総じて、十分な防御に高い機動力、運動性を併せ持った高機動近距離戦を主にした機体である。特徴としては、彼女が最初に乗っていたベイバロンモデルと同じものである。
「これが……」
「マークドライツェン」
カノンがそれを見上げながら感嘆の声を上げ、容子が説明をする。
「まだ誰も乗ったことの無い、貴方だけの、第13番機よ」
容子の説明にカノンは嬉しそうに「私だけの機体」と呟く。
「では、早速ですがスーツに着替えてください。まだ、機体が出来上がっただけなので、デバックや誤差の修正がすんでいないんですよ」
「ああ、わかった」
カノンはそう答えると、走りながら更衣室に行った。それを容子が心配そうに見つめるがレイは「大丈夫ですよ」と容子に言う。
「ドライツェンの性能は僕が保障します。それに、カノンは貴方が思っているよりも強いですよ」
そう言いながら、レイはシナジェティックスーツに着替え、こちらに走ってくるカノンを微笑を浮かべながら見つめていた。
――――
「ぬあああああ!!」
フェストゥムにルガーランスが突き刺さる。その刀身はフェストゥムに突き刺さったまま広がり、プラズマを展開する。
真実ゼロ距離で直接内部に撃ち込まれる熱核プラズマの弾丸はフェストゥムのコアを粉々に粉砕し、直撃を受けたフェストゥムはそのまま爆発し自身をワームスフィアに飲まれ消滅する。
ルガーランスをプラズマ砲のゼロ距離射撃の反動を利用して、砲撃と同時に引き抜きすぐに後ろ側に飛び退く。その直後、ドライツェンのいた場所がフェストゥムのワームスフィアが出現した。
カノンは地面を滑るように高速で移動しながら、今度はルガーランスを前に突き出す。
展開された刀身から、再びプラズマが走る。
直後、ルガーランスからプラズマの弾丸が射出され、フェストゥムに直撃する。以前ではできなかった攻撃方法だが、改良されたルガーランスでは可能になった射撃戦だった。
シミュレータの世界では仮想の敵を瞬く間に撃破していく深紅の巨人の姿があった。本来ならば模擬戦と言う形にしたいのだが、ファフナー訓練用の慶樹島は今、剣司達が新人の訓練に使用しており、こちらも模擬用の設定ではなくフルパワーでの運用データがほしいため、シミュレータを使用しているのだ。
「……すごい」
感嘆の声を上げたのは羽佐間容子だった。その理由は今、他ならぬシミュレータを行っているカノンである。
「マークドライ搭乗時に比べて、フェストゥム撃破速度と撃破数が1.2倍以上に増えている」
「当然ですよ」
容子の声に応えたのはレイであった。彼は最初からこうなることを予測していたからだ。カノンならこの結果を出してくれるであろうと。
「カノンが本来得意なのは高機動戦闘です。5年以上もJ-O17。つまり高機動戦闘型のベイバロンモデルに搭乗していたんですから、体がそれに順応しているんですよ。マークドライでもある程度の機動力はありますが、ベイバロンモデル、ましてマークドライツェンより、はるかに低いです。そのために彼女自身の持ち味が生かしきれていなかったんです。」
彼はそう説明していった。彼女のことを一番理解しているのは彼なのだ。それにレイは人類軍に入隊してから1年間半の間は、整備士をしていた。さらに、マークザインを創った日野洋治のもとにいた為、ファフナーの構造や、設計の基準点などは理解していたためマークドライツェンの設計からすることができたのだ。
その向こうではフェストゥムそ襲来から現場復帰した小楯保がなにやら唸っている様だ。
「頭部で攻撃するやつがいるかぁ……」
「変成意識による行動ですか?」
「だとしたら、想定外の装備がいるな」
イアン・カンプの意見に保は装備の設計に取り掛かる。レイはその光景を一概すると、時計を見てこういった。
「そろそろ、会議の時間ですね。僕は先に行きます羽佐間さんも後で」
「ええ、わかったわ」
レイはを会議室へ向け、歩き出した。
――――
「クロッシング?」
「ええ、一騎君が日常的に何者かとクロッシング状態にある事が判りました」
真壁史彦の疑問にそう答えたのは遠見千鶴であった。彼女は先ほど一騎がいまだに同化現象からの回復が見られないことを疑問に思いスキャニングにかけたところクロッシング状態にあるのだという。
「一騎が、敵の側にいる皆城総士と、二年もの間繋がっていたと」
史彦の言葉に羽佐間容子が答える。
「対象は不明ですが、どうやらそれが、別の激しい負荷にに繋がっている様で」
「別の負荷?ザインに関係が」
容子の言葉に新たに疑問を持った溝口が視線を容子から小楯保に向けながら言った。
「たぶんな、同化現象の塊みたいな機体だ。特殊すぎて他のパイロットには動かせんし……」
「決して一騎君を搭乗せてはいけません。激しい同化現象で、確実に命を失います!」
保の言葉を遮り、千鶴は強くそう言った。
―――マークザインが出撃れないとなると、フォーメーションはドッグを組んでの行動より遊撃がメインになる。各員の連携が取れなければ、同士討ちも出てきます、か……
レイはマークザインが出撃不可と聞き、それにあわせ、戦闘行動を変えていく。皆城総士ほど、上手ではないが、彼なりに部隊の代表として、勤めを果たそうそしているのだ。
「……無人船のほうは」
史彦はしばらく考えるそぶりを見せた後、燈美に眼を向けた。
「船内にあった存在ですが、ソロモンはこれをスフィンクス型と断定。体組織はコア型に似ていますが、染色体を持たない、謂わば人のレプリカです」
その場にいた全員が驚く中で溝口は「島を襲った敵と同じ存在だってのか?」と誰にでもなく疑問を口にした。
「船自体に異状は無し、自動操縦のデータによれば、まっすぐ島に向かっています。つまり、偶然流れ着いたわけじゃない」
保の言葉にレイが続ける。
「船内部の情報はその殆どが新種の分析でした。通常とは全く違う同化能力に、人類の火器を模した武器。そして、今までとは一線を画す強力な戦闘能力。人類軍はこれをエウロス型と呼称。ギリシア神話に登場する、嵐を呼ぶ神の名前です」
「これから戦うから勉強しとけってか?」
溝口が背もたれにもたれながら言った。
「他にも、奇妙なデータを発見」
イアンが、新しいデータを表示しながらそう言った。
「この航行中の何かに対して、SCコードクラスの情報提供が推奨されています」
「SCコード?島のコアのやミールの情報を誰かに公開しろって言うの?」
全員が驚く中で、千鶴が「或いは、ミールに等しい何らかの情報を。それが何であるかは」
「不明です。このデータを作成した者にとても未知の物だったのでしょう」
イアンの言葉の後に、史彦が口を開いた。
「島上空の現象。敵の襲来。無人船。この因果関係を何としても掴め」
――――
「……はっきり言って、酷いですね」
レイはパソコンに表示されたデータを見て放った第一声がそれだった。そのデータは慶樹島で行われていた模擬戦の映像だ。レイの感想は
「全員連携をとろうとしていません。個人の戦闘能力はそこそこあるものの、これではあっという間に全滅してしまいます。剣司君も剣司君で自信を付けさせたいのは分かりますが、手加減をしすぎですよ。自信とおごりは違うんですから……」
そう言いながら、次々とパソコンに映し出されるデータを見ながら思考をまとめていく。
―――遊撃戦で行きましょう。新人を前面に出し、僕と剣司君、そしてカノンがバックアップにまわり、空中から復帰した咲良さんと真矢さんで攻撃する。新人達には、実戦の厳しさを知ってもらい、そこから連携訓練をしていくのが妥当ですねマークヌルの火力ならいざとなっても助けにいけますから心配はあまり無いでしょう。
考えをある程度まとめると、レイはパソコンを閉じ、そして眼も閉じた。
これからの戦いは、別の意味でも難しくなる。そう心の中でつぶやきながら。
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