蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH ~まだ私は、ここにいる~   作:鳳慧罵亜

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ようやく、完結にこぎつけた。
今回は結構長めに書いてみました。

では、どぞ。


蒼穹 ~そら~ Ⅲ

 

「―――あ」

 

「え―――」

 

「これは―――」

 

「―――まさかっ」

 

防衛部隊の全員が、同時にその変化に気づいた。

 

曇天の空。暗雲の天蓋が竜宮島を中心に穴を開け、湖面に小石を投げた時に生じる波紋のように急速に広がりだしたのだ。

 

同時に差し込むのは太陽の光。

 

雲が広がったところから天陽の恵みがこれでもかという程に海に、島に降り注がれる。それはこの1ヶ月の月日の中で勝ち取るため、取り戻すためにと必死の思いであがき戦い求め続けたもの。敵のフェストゥムによって陽の光は閉ざされて久しい日差しを浴びた島はもはや見る影もないほどに疲弊し、果ててしまっていたが、陽光はその傷を癒すかのように優しく島を照らす。

 

その光景を前に、島の沿岸部に集結していたフェストゥム達も動きを止めた。

今までの戦闘が嘘だったかのように、総てのフェストゥム達が晴れていく空を見上げている。

 

ファフナーのパイロット達も随分浴びてこなかったその光を見て、思わず顔がほころぶのだった。

 

「やったんだ……真壁のおじさん達」

 

真矢は半壊したマークジーベンからその景色を見ていた。するとカノンの赤い影がとなりに現れる。となりを見やると彼女の表情も心なしか嬉しそうに口元を歪めていた。

 

『無事か、真矢』

 

「うん」

 

『手を貸す。動けるか?』

 

左半身が損失したマークジーベンの右から肩を貸すマークドライツェン。なんとか原形を保っている両足と貸して貰った肩で立ち上がる。

痛みは既にないが、同時に左半身の感覚も薄い。ペインブロックの影響で体の左半身だけが、ファフナーとは切り離されている影響だろう。

 

「ありがとう、カノン」

 

『礼はいい。とりあえず、このまま海岸まで行こう』

 

ゆっくりと2機は動き出す。その二人のもとへ、2人の影が表出した。沿岸部へ行っていたレイと広登である。

 

『大丈夫スか?先輩達』

 

『海岸まで行ったらコックピットブロックを強制排出します。それまでは動きづらいですが耐えてください』

 

心配そうにこちらを見やる広登に対し、あくまでまだ任務中だと周囲を見ながら目線だけこちらへ向けて言うレイ。

 

その対象的な2人を見て、真矢とカノンはクスリと笑った。

 

『ああ』

 

「うん」

 

広登とレイの影が消え、少ししたところでマークフュンフが海岸部へ向けて移動しているのが遠目に見えた。

 

移動しながらこちらと会話していたのだろうが、こちらより少し速い。

 

「こっちより速いね」

 

『大方日差しを1番乗りで浴びたいんだろ』

 

投げかけた言葉にカノンがやや失笑しながら答えた。

 

「残ってるフェストゥムは?」

 

『全て停止している。動向観察のためにレイはまだここに残っているつもりだろうが……』

 

カノンは1度言葉を切り、マークヌルが居るはずの沿岸部を見てからこちらへ振り返る。そして口を開く。

 

『もう敵にも攻撃の意思はないようだがな』

 

その言葉通り、沿岸部ではレイのマークヌルが無防備に立っているのにも関わらず、赤いフェストゥムの群れは完全にそれを無視してただ日差しに向いて、空を見上げているだけだった。

 

――――

 

海面に浮上したRボートと遊撃部隊も、その変化に気がついていた。

1番最初に気がついたのはボレアリオス甲板で半壊したゼロファフナーに乗っていた西尾姉弟。そして、Rボートの甲板に立っていた真壁史彦と日野母娘である。

 

1条の光が海面に差し込む。その光を皮切りに次々と光が差し込み始め、周囲は先程までの暗さが嘘のように明るくなりだす。

 

「空が―――」

 

真壁史彦は空の変化を見ていた。

光が差し込んだ瞬間から、雲が流れるように動き出し、次々と曇天の空模様に穴を穿ち出す。空いた穴からは太陽の日差しが差し込まれ、流れていく雲の量に比例するように光が差し込み、またそれに合わせて空から流れるように雲が消えていくのだった。

 

「やった……の?」

 

「やったんだ……きっと」

 

空の変化に誰知らず問を投げた西尾里奈。それに答えるのは同乗していた西尾暉。

 

「ふぅ――――」

 

ドームから重音を響かせて歩き出てきたマークアハト。彼も突然出口が明るくなったために攻撃を中止、戦闘が終わったことを感じ取り外に出てきたのである。

 

そして、久しぶりに見た陽の光に眩しくてカメラを手で覆う。

 

「やったな」

 

『ホント、お疲れさんね。剣司』

 

「咲良。大丈夫か?」

 

『なんとかね。ただ、歩けそうにないから、手貸してくれる?』

 

「おう。ちょっと待ってろ」

 

剣司は機体のハードポイントに装備されている大型武装『メドゥーサ』の片側をパージする。片側を残すことで、不測の事態に対応できるようにしている。

剣司はマークドライの居場所をウィンドウに表示させると、その場所へ向かった。

 

剣司のマークアハトに搭載されているジークフリートシステムも、レイのマークヌルと同じ機能を持つようにアップデートされている。

剣司もファフナーの仲間を率いるための訓練を積み、部隊の司令塔として機能している。本来部隊の指揮を執るのは剣司なのだ。今は遊撃部隊として出撃していたが、その際にも部隊の指揮は彼が執っていた。そのため、他のファフナーよりも多くの機能が存在し、扱うことが出来るのだ。

 

マークドライの現在位置は白いドームの端。ちょうど海に落ちるか落ないかの結構ギリギリの位置にいた。

 

「―――よっと」

 

ドームから甲板に飛び乗り、マークドライのもとへ向かう。マークドライはリンドヴルムから切り離され、ドームにもたれかかるようにしていた。

肝心のリンドヴルムは、マークドライよりも奥に大破炎上していた。

 

マークドライが墜落のシグナルを発信してからそれなりに時間が経過しているが、未だに燃えている。

幸運にもミサイル類には誘爆していないようだった。いや、打ち切ったあとに撃墜されたのかもしれないが。

 

「ほら、咲良」

 

『ありがとう、剣司』

 

手を差し出すマークアハトに助けられ、マークドライもなんとか起き上がる。剣司は1度ゼロファフナー、エーギルモデルに目をやった。

ドーム頂上から出現した敵性フィールドを破壊してくれたが、その余波で機体が半壊状態になり、膝をついて沈黙していた。

クロッシングが途切れていないので生きているだろうが、彼らも心配である。

 

『エーギルモデル。動けるか?』

 

空を眺めていた西尾姉弟の傍に剣司の赤い影が現れる。それではっと、我に帰った暉と里奈は剣司の方へと向き直った。

 

「は、はい!」

 

「なんとか、動くことくらいは」

 

返事を聞いた剣司は頷いた。

 

『少し辛いだろうが、なんとか自力でRボートまで帰還してくれ。こっちは1人担いでるからな』

 

『そういうわけだから、最後に根性見せな』

 

剣司の言葉の後、剣司の隣に咲良の影が現れる。小首をかしげ、威勢の良い姉御肌という雰囲気を出している彼女の言葉を聞いた2人は頷いた。

 

「はい」

 

「なんとか、頑張ってみます」

 

『おう』

 

剣司は一度繋がりを切り、周りを見渡す。あたりはすっかり明るくなっており、太陽もほぼ真上に来ていた。時間的には昼過ぎだろうか、今まで太陽のない曇天の下にいたためか、時間間隔が乏しくなっている。

 

『あ―――剣司、あれ』

 

「ん?―――てありゃあ、島か?」

 

赤い影となって剣司の隣にいた咲良が機体の指で指した方向を見ると、いつの間にか竜宮島が意外に近距離にいることがわかった。

いつの間にか、このボレアリオスが島へ向けて移動していたのだろう。Rボートも美羽による敵との対話のために一定の距離を保ち続けていたため、気がつかなかっが、島も移動していた音もあってか結構距離が縮まっていたようだ。

 

「―――ん?」

 

―――空耳、だろうか。剣司は島よりもさらに奥の方を見上げた。微かに飛行機がの音が聞こえたのだ。

 

―――

 

「あれは―――」

 

それにまっさきに気がついたのは、レイだった。

彼は今まで警戒をとかずに、あたりを注意深く見渡していた。だからこそ気が付けたのだろう。

 

いつの間にか接近していたボレアリオス級空母、それが見える方向の上空―――

 

雲の切れ間から現れる影が、こちらへ向かって接近していた。

 

――――

 

それは島のCDCでも既に捉えている。一瞬前までは、突如晴れた空と収束していく戦況に、つかの間の喜びを分かち合っていたが、今は慌ただしく現れた影の対応をしていた。

 

「人類軍爆撃機、エノラ512、進路維持!」

 

レーダーを捉えている要澄美は口早に状況を報告する。

そして、報告しながらも新たな対応を続けているが―――

 

「全チャンネル拒絶―――応じません!!」

 

溝口の方へ振り返り、絶望的な現実を伝えた。

 

溝口は、正面に映し出されているモニターを睨みつけていた。

モニターには現在の竜宮島の状況が映し出されているが、島の周囲とモニターの隅の方にいるRボートとボレアリオスの周囲にいるフェストゥムの反応の他に、ボレアリオスとは逆の左下の方より、多数の航空機が島の防衛圏に接近しているのが確認できる。

 

溝口の拳は限りないほどに強く握られ、かすかに震えている。その目は強い赫怒の色がにじみでていた。

 

「俺たちごと消す気か…………バカ野郎……」

 

やっと絞り出された声は静かで、でも今にも噴火せんと煮えたぎる火山のような熱量を持っていた。

 

「同じ……人間が―――」

 

まるで沸騰する溶鉱炉、灼熱の怒りが全身から放出されるかのような、それほどの怒りが溝口を支配する。

 

拳の震えが腕へ、肩へと伝わり全身に伝播する。

 

「―――此処にいるんだぞ!!!!」

 

その咆哮は正しく火山の噴火とも言うべきだろう。鋼鉄をも沸騰するかのような

熱を帯びて周りに反響する、だが、いかに膨大な熱量でも、その声は敵に届くことなく、CDCに虚しく響くのみであった―――

 

 

――――

 

 

「―――エノラ512爆撃機!?核攻撃部隊!!」

 

レイは限界まで視界を拡大、航空機を視認。マークヌルとの戦闘の影響か視界がややブレているが間違いない。

大型爆撃機のエノラに複数の小型戦闘機による護衛によって編成されている空爆部隊の存在は彼も知っている。ファフナー部隊は存在していないのが特徴で味方もろとも核攻撃で吹き飛ばす、要は粛清部隊と言ってもいい。

 

ある命令(・・・・)によって動くことが多いが、今回は特例だろうと推測される。

 

彼らにとって幾分都合の悪いこの竜宮島と敵であるフェストゥム、その両方を抹殺できるまたとない機会だということだ。僕が人類軍でも、この状況でならこの手を用いるだろう。

 

だが、不可解なところが幾つも見受けられる。

 

―――何故、僕たちがフェストゥムと戦っていることを人類軍が把握しているんだ?

監視?ありえない。僕らがどこにいるかすら把握するのは不可能に近いはず―――

 

さらに、連中の基地からここまでの距離を考えても、足の遅い部隊をここまで持ってくるというのは半ば賭けに近い。

今、竜宮島は赤道付近、南緯15°西経120°辺りを移動中の筈なのに、赤道付近の基地は基本常駐部隊程度で粛清部隊を配備するような基地は存在しないはず。

 

つまり本部の息の掛かった、ユーラシア大陸内にある基地からしか発進できない。一番近い基地からも、ここまで来るのに何千kmあると思っている。にも関わらず、見たところほぼダメージ無しの完全部隊。補給基地が点在しているとは言えど、無傷でここまで来るというのは、まずありえない。

 

だが、ここに人類軍部隊は存在している。どういうわけかこちらの状況を把握し

竜宮島とフェストゥム、この両方を潰す絶好の機会に、さらに長距離を移動しながらも無傷の状態で。

 

 

―――タイミング、島の位置、部隊の数、こうなることが最初から判っていたかのような、何故―――

 

 

「―――って分析している暇はない!」

 

 

右腕を部隊へ向ける。

機体状態をチェックし、ウィンドウを開く。そして、早口気味に機体の調整の支持を飛ばしていく。

 

右腕部、ジェネレーターオーバーロード。セーフティ、強制ダウン。

出力40%に固定、収束率を60%増加、エネルギーライン損傷部分カット(切断)。システム障害、全件無視(オールスキップ)チャンバー内部、加圧開始……」

 

機体が表示されているウインドウから、煩いアラートを聞きながら、無理やり右腕を使用する。

 

損傷が激しく、普通は撃てない状態だが、右腕の機関を無理やり暴走させ、出力が大幅に減少した1発を辛うじて撃てる状態に持っていく。

 

1発撃てば右腕は完全に吹き飛び、下手をすると機体がバラバラにバラバラになる。

 

が、そんなことは瑣末なこと。それで島を守れるんなら、こんな機体くれてやる。

出力は落ちたが、収束率は上げている。これにより強引に射程と貫通力を上げて、一発限りの狙撃といいこうじゃないか。真矢さんほどではないが、元軍人として、狙撃の心得は多少ある。

 

が、いかに射程を伸ばしても距離がありすぎる。収束率を高めても、ギリギリ届くかどうか、届いたとしても爆撃機を破壊できるかはわからない。

 

余りにも部の悪い賭けだが、やるしかない。

 

ターゲットインジゲーター起動。射線予測、計算開始。

 

「視界拡大、最大値。ターゲット、エノラ512。ターゲット(捕捉)インゲージ(交戦)!」

 

計算完了、誤差修正―――マイナス0.6

 

狙うは爆撃機本体。発射される前に破壊してしまえば、あとは小型戦闘機のみ。フェストゥムに対抗する手段を持たない案山子に成り下がる。直ぐに撤退するだろう。

 

さあ、あとは疾く落ちるがいい!

 

 

 

「……セプター(迎撃)()―――ッッ!!?」

 

 

 

 

―――ドクン、と一際大きな鼓動が身体を貫いた。

 

 

 

「っはあ!グ、ぅううううあアアァ!!」

 

 

 

呼吸をするたびに胸に激痛が走り、体温が一気に上がる。まるで全身の血液が沸騰したような感覚に陥り、汗が止まらない。全身から力が抜けかけ、同時に痛みが襲いかかる。この症状は、以前にも味わったことがある。

というより、戦闘が始まる前、この痛みと戦っていたのだから。

 

これは紛れもなく、フェストゥムの毒素による症状であった。

すぐに、レイはその意味と可能性に思いつき、確信した。

 

―――まさか、こんなところで―――

 

時間切れ。視界の隅の時計に目をやれば、戦闘開始から既に75分が経過していた。

彼が予想していた自身の先頭可能時間は55分。その予測を上回りこの瞬間までなんとか持っていたアクティビオンの効力が、ついに切れたのだ。

 

 

「ああっ、ッグ―――っ、しまった!?」

 

 

そして、無情にも核弾頭は、発射された。

 

島とミール、その両方を滅ぼすために。

 

 

「さ、せる、かあっ!」

 

重い右腕を、なんとか持ち上げる。震える自身の右腕とは違い、ファフナーの腕は震えないのが救いか。

 

なんとかもう一度ターゲットを補足し直せば、まだ―――

 

「ターゲット……っっぅう……インゲージ……っ!」

 

ターゲットマーカーが再表示され、その標的は核ミサイル。爆発前に破壊すれば、核攻撃は防げる。

だが、視界が霞み始めている。ターゲットマーカーを合わせらない。

 

しかも、爆発までの時間もない。射線予測と修正無しでの狙撃は専門職と専用装備がなければ難易度は跳ね上がる。

こんな身体状態で、この狙撃は不可能に近いレベルといえるだろう。

 

「でも……」

 

―――やるしかない。

 

全身を巡る激痛を振り払い、霞む視界に喝を入れ、右腕に神経を集中させる。

右腕さえ動かせば「シヴァ」を発射できる。ミサイルさえ、破壊できれば―――

 

 

「―――そんな、馬鹿な……」

 

 

突如、機体の状態を示す表示が展開される。そこに表示されたエラーは、彼を絶望に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

          『RIGHT ARM-SYSTEM ALL DOWN』

 

 

 

 

 

暴走させたジェネレーターが上昇し続ける熱量に耐え切れず自らを溶解し、機能を停止させた。1発限りの最終手段は、一度も行使されることなく、その役目を終えたのだ。

 

「くそったれが……これが、こんなものが……」

 

もはや吼える気力もない。走る激痛すらも脳が認識することを放棄した。

握り締める左手が、デュランダルを握りつぶしたことも、周りのエウロス型のフェストゥム達が、一斉に核ミサイルへ向けて飛翔していくことも

もはやどうでもいい。

 

The End チェックメイトだ。

 

呆然と迫るミサイルを、最早見送ることしかできず、思考が完全に停止してしまった。

 

―――おわった―――

 

 

迫り来るミサイル。もはや迎撃は不可能。

 

 

 

ミサイルへ向けて飛んでいくフェストゥム。どうでもいい。

 

 

予想される島の被害。どうでもいい。

 

 

他のファフナーパイロット達。どうでもいい。

 

 

カノンの安否。―――だめだ、もう間に合わない。ごめん、カノン。

 

 

視界の隅から、核ミサイルへ向けて飛んでいく白銀と紫暗の影。もう、どうでもいい。どうで、も……。

 

 

「……マークザイン、マーク、ニヒト―――」

 

フェストゥム達を抜き去り、置き去りにして核ミサイルに突っ込んでいく。マークニヒトに損傷は見受けられないが、マークザインは両手が破損、消失している。

殴り合いでもしたのだろうか―――。

 

でも、いくらあの2機でももはやミサイルは臨界点だ。近接信管で勝手に爆発する。

ミサイルの大きさからして4ktクラスは降らないだろう。

 

それは100年近く前に、今は亡き日本国へ落とされた原爆に匹敵する破壊力の弾頭だ。あの2機が無事でもこの島は確実に死滅する。

 

僅かに復活した思考力で分析する。だが、同計算しようとも、島が助かる確率はない。

 

ファフナーの接近に対しミサイルの近接信管が起動、ミサイルの隙間から死の閃光が漏れ出す。それでも、あの2機は速度を落とすことなく接近していく。

そして、今まさに核ミサイルと2機のファフナーが接触し―――

 

「―――っ!!」

 

―――爆発。したかに思えた。

 

「―――っうあああああ!!」

 

衝撃で、もはやボロボロだった機体が沿岸から転げ落ちる。その下は、海岸付近の浅瀬だ。

 

ミサイルとマークニヒトが接触する瞬間、マークニヒトから何かが飛び出したようにも見えたが、爆心であるあの場所は眩いばかりの閃光に覆われ詳細を見ることはできない。

 

どうやら、ヴェルシールドが展開されたようで、光芒と共に激しく景色が波打っている。

が、そもそも沿岸から浅瀬に叩き落とされ、機体がバラバラになりそんなことを分析しいるところではない。

 

「ぐあああああ!!」

 

叩きつけられた衝撃は思いのほか強く、一瞬で意識を奪い去られる。その瞬間―――

 

「―――ぁ」

 

ただ、視界が真紅の光芒に包まれているのだけははっきりとしていた。

 

 

 

――――

 

 

 

「―――っくぅ……があっ」

 

閉じた瞼から強い光が感じられ、目を開いたら鋼鉄が広がっていた。マークヌルが完全に沈黙したため、機体の接続が解除されていたのだ。

 

ニーベルングシステムから両手を引き抜き、完全に機体とのつながりを断つ。

天地が反転していないところを見ると、どうやら機体の方が逆さまになっているらしい。ノートゥングモデルは、コックピットブロックが人体で言う子宮に相当する部分に存在し、更に子宮内の胎児のようにファフナーから見て上下前後が逆さまになっている。その状態でこうして天地が逆になっていないということは、自然と機体が逆さまになっているであろうことが推測できるわけだ。

 

嫌に明るいコックピットブロックからは、光が差し込んでいた。気を失ってからさほど時間は立っていないはず。差し込む光はコックピットブロックの開閉装置がひしゃげ、

歪んだ隙間から差し込んでいる。この様子ではマークヌルも原型をとどめているか不安になってきた。

 

「―――っ」

 

不意に、頭に痛みが走る。右手を頭に当てると、ねちゃっ、と言う気味の悪い感触がした。手を離してみると右手の半分ほどが血で覆われていた。

落下の際にぶるけたのかもしれない。足元を見渡すと、ファフナーの部品が散乱していた。

 

そして、あることに気づく。

 

「痛みが―――無い」

 

そう、先程まで全身を襲っていたフェストゥムの放った毒素による症状が引いている。

強いて言えばぶつけたであろう頭が痛むがそれ以外は全く通常時と同じであった。

 

「まさか―――」

 

ひしゃげたコックピットブロックの隙間からなんとか這い出る。隙間は少しきつかったが、無理やりこじ開けて、隙間を少しだけ広げればギリギリ通ることができた。

ブロックの上に立つと、目の前にはまさに壮観とも言うべき景色が広がっていた。

 

 

「―――綺麗な、蒼穹だ……」

 

戦闘時は気にしている余裕はなかったが、久しく見ていなかった青天の空。戦闘が終わった今ならばこうして落ち着いて空を見上げることができた。

ファフナー越しでなく、自らの肉眼で、こうして改めて見ると思うことがある。

 

 

蒼穹って、こんなにも綺麗なものだったのか、と―――

 

 

「痛みが消えた。ミールが、大気になったのか」

 

成長期だった島のコア。コアが自らの成長に力を注ぐために島の各種機能が低下していたが、どうやら成長期を乗り越え、島の機能が復活したようだ。

 

見たところ、放射能汚染も無いと言える。特有の死の灰(デス・フォール)が見受けられないということは、如何なる奇跡か核爆発は阻止されたということだろう。

 

そして、何よりも―――

 

「最後の最後に、島がボクらを守ってくれった―――」

 

 

その事実に、感謝するほかはない。

 

 

 

「―――っ!?」

 

 

突如、目の前の海面が水しぶきを上げた。綺麗な空を見ていて気がつかなかったのだろか、何かが墜落してきたのだ。

降りかかる飛沫を、顔に来るものを右腕で防御しつつ、コアブロックから降りる。マークヌルは、胴体部分の半分が折れ曲がり、何とも言えないけ態勢を取っていた。

 

「ありがとう」

 

今まで戦いを支え続けてきた僕の剣に感謝して、浅瀬に降りる。

 

浅瀬に降り立つとくるぶしまでが海水に浸かるほどの深さまで進む。墜落してきたのは、今立っている場所より奥にいる赤いフェストゥムだった。

四肢が消失し、横たわるフェストゥムはあろう事かこちらを向いていたが、もはや朽ち果てる寸前の有様だ。

 

何ができるわけではない、が―――

 

『―――、――――』

 

人間でいう顔に相当する部分に、子供のような顔が表出し、今にも泣き出しそうな顔をして何かを訴えているようにも見えた。

その口の動きをよく観察すると、ナニを言おうとしているのか、なんとなく察しがついた。

 

「『いたい、たすけて―――』」

 

それを、言い終えると、フェストゥムは紅から黒に変色し、正真正銘のケイ素体となって、崩壊、崩れ落ちる。

海水に沈んだフェストゥムだった「モノ」は、海に混ざり、波にさらわれていってしまった。たしか、このフェストゥムの変化に真っ先に気がついたのは、立上芹さん、でしたっけ―――

 

「さようなら」

 

そう一言だけ呟くと、振り返り海岸へ向けて歩き出す。おそらく、ファフナーパイロット達は既に集結しているだろうから。

運良く海岸に近い場所まで落下したようで、もう砂浜は目と鼻の先にあった。

 

「レーイ!!」

 

「レイセンパーイ!!」

 

「レイ君!!」

 

砂浜には、3騎のファフナーが待機していた。直立するマークフュンフに、片膝をつくマークドライツェンとそれに肩を借りる形のマークジーベン。

最早見る影もないほどにボロボロだが、何とも言えない体勢になっていたマークヌルよりはだいぶましだろう。

そして、そのファフナーから3人の人影が走ってくる。

 

先頭にいるのは、見間違えることはない、彼女だった。

 

「レイ!」

 

「あっと―――」

 

勢いそのままにカノンは僕の胸に飛び込んできた。後ろに倒れそうになる姿勢をなんとか支え、彼女の頭を撫でる。

 

「良かった……良かった……!」

 

涙ぐんだ声で何度もいうカノン。レイはそんな彼女の頭を優しく撫でながら、口を開いた。

 

「カノンこそ、無事で良かった……」

 

「ああ……」

 

カノンはそう言うと、僕を突き放すように一歩距離を置く。

 

「機体のクロッシングが消えたとき、どうなるかと思ったが……本当に、無事で良かった」

 

「……ああ、そういえば機体のコックピットブロックの排出をやっていませんでしたね」

 

言われて思い出す。ということは彼女たちは自分たちでブロックの排出をしたのだろう。

 

「皆さんも無事で何よりです」

 

カノンの後ろに居た2人にも声をかける。2人は僕の声にそれぞれ「うん」「もちろんっす!」と応じてくれた。

 

「では行きましょう、あの奥に今日のメインが揃っているようですし」

 

僕は砂浜の奥に存在する2機のファフナーを見て言った。視線の先にあるのは、ザルヴァートルモデル―――マークザインとマークニヒト。

 

「ああ」

 

「うん」

 

「了解っす!」

 

4人で、やや駆け足で現場へ向かう。距離はそう遠くない。十数秒もすればその場所に到着した。波が押し引きする砂浜には2基のコックピットブロックがあり、その一つに2人の人影が。

 

一人は真壁一騎、そしてもう一人は―――

 

「ああ―――」

 

「あれは―――」

 

「帰ってきたんだ―――」

 

「そのようですね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

                「お帰り―――総士!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――世界に満ちる果てしない痛み。

そのすべてに、帰る場所があるのだろうか。

今は信じたい。

 

帰り着く場所にある、最善の安らぎを。

そのために、僕らはここにいるのだと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、そのために僕は戦い続ける。

ここにいたいから、ここに居るための戦いを。

戦わずして、勝ち取らずして、何も手にすることはできないと知っているから。

それが、僕が信じ求める道。

 

 

 

 

 

 

アルヴィス内部。

レイ・ベルリオーズに宛てがわれた部屋。その中で、僕はコンソールを打っていた。

 

「これから先、人類軍との戦闘も視野に入れなくてはならない。ノートゥングモデルではこれからの戦いについてこれるかは不明だ」

 

これから先において、同じ人類との戦いは必ず起こる。現に人類軍がこちらに攻撃を加えたのはこれが2度目、1度目に参加した身としてはやはりこの可能性を捨てることはできない。

 

さらに、敵は進化し続けている。こちらも機体を改良し続けていはいるが、いずれ近いうちに限界は来る。ノートゥングモデルは素晴らしい機体だ。それは確信を持ってそう言える。でも、これからの戦いで、ノートゥングモデルでは太刀打ちできない場面も必ずある。

 

人類軍も、この機体に匹敵するものを建造していてもおかしくはない。もともと人類軍の機体の性能が低めなのはフェストゥムをいたずらに強化させないためだった。

 

だが、もはや現状は変わっている。

 

人類軍も、強力な機体を建造しなければ、確実にフェストゥムに後れを取っている。

今回のことで、浮き彫りにされた人類軍の脅威。いずれ、戦う時が来る。

 

「やはり、これを完成させなくては―――」

 

映し出されるディスプレイは、ファフナーの設計図。

そして、その機体コードは―――

 

 

 

 

 

           『EINHERJAR MODEL Mk-NULL』

 

 

 

 

 

 

 




感想、意見、評価、おまちしています

1万文字超えてた。

本編はこれで完結となります。が、このあとにちょっとしたおふざけ会がありますので、
もうちょっとだけお待ちください。

要は解説とかそんな感じです。




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